勾留の裁判に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件

平成19年(し)第369号

最高裁判所第三小法廷(裁判官:那須弘平・藤田宙靖・堀籠幸男・田原睦夫・近藤崇晴)

平成19年12月13日

決定

主 文

本件抗告を棄却する。

理 由

本件抗告の趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。

本件は、覚せい剤取締法違反等の事実により勾留のまま地方裁判所に起訴された被告人につき、第1審裁判所が、犯罪の証明がないとして無罪判決(以下「本件無罪判決」という。)を言い渡し、刑訴法345条の規定により勾留状が失効したところ、検察官の控訴を受けた控訴裁判所において、職権で、被告人を再度勾留(以下「本件再勾留」という。)し、これに対して弁護人が異議を申し立てたものの、棄却されたことから、更に特別抗告に及んでいる事案である。被告人は、外国人であり、本件無罪判決により釈放された際、本邦の在留資格を有しなかったため、入国管理局に収容されて退去強制手続が進められていたが、本件再勾留により拘置所に身柄を移されたものである。

所論は、上記被告事件の訴訟記録が控訴裁判所に到達した日の翌日に、本件再勾留がされたことを指摘しつつ、第1審の無罪判決後に控訴裁判所が被告人を勾留できるのは、少なくとも、当事者の主張、証拠、公判調書等の第1審事件記録につき十分な調査を行った上で、第1審の無罪判決の理由について慎重に検討した結果、第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合に限られると解すべきであるのに、原決定はこのような解釈によることなく、控訴裁判所が、慎重な検討のための時間的余裕のないままに、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があると即断したことを是認し、かつ、本件が「第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合」に当たらないことも明らかなのに、これを看過しているなどとして、本件再勾留が違法であると主張する。

そこで検討すると、第1審裁判所において被告人が犯罪の証明がないことを理由として無罪判決を受けた場合であっても、控訴裁判所は、その審理の段階を問わず、職権により、その被告人を勾留することが許され、必ずしも新たな証拠の取調べを必要とするものではないことは、当裁判所の判例(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁)が示すとおりである。

しかし、刑訴法345条は、無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨規定しており、特に、無罪判決があったときには、本来、無罪推定を受けるべき被告人に対し、未確定とはいえ、無罪の判断が示されたという事実を尊重し、それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されるから、被告人が無罪判決を受けた場合においては、同法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は、無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず、嫌疑の程度としては、第1審段階におけるものよりも強いものが要求されると解するのが相当である。そして、このように解しても、上記判例の趣旨を敷えんする範囲内のものであって、これと抵触するものではないというべきである。

これを本件について見るに、原決定は、記録により、本件無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に検討しても、被告人が、上記起訴に係る覚せい剤取締法違反等の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認められるとして本件再勾留を是認したものと理解でき、その結論は、相当として是認することができる。

よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官田原睦夫、同近藤崇晴の各補足意見がある。

裁判官田原睦夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見に賛同するものであるが、なお事案にかんがみ、第1審で無罪判決が言い渡された場合の控訴審における勾留の要件及び本件事件への当てはめについて、以下に私の意見を述べる。

1 第1審で刑訴法345条に定める判決が言い渡されて、検察官から控訴がなされたときに、被告人を勾留することができる場合の要件について、刑訴法60条以外に規定はないが、刑訴法345条の趣旨及び控訴審の構造を踏まえれば、次のように解すべきものと考える。

 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」について

控訴裁判所は、被告人に罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(以下「嫌疑」という。)が存するか否かについては、第1審判決を踏まえた上で、控訴裁判所として独自に判断すべきものであることは言うまでもない。したがって、第1審判決が刑の執行猶予あるいは罰金の判決の場合は、有罪の判決であるから、通常は嫌疑が存するものと言い得るが、控訴裁判所において、記録を検討した結果、その点につき疑問が存すれば、勾留すべきでないことは当然である。

他方、第1審において事実調べをなした上で、無罪判決を言い渡した場合、その事実は尊重されるべきであるから、控訴裁判所が勾留するには、その無罪判決にもかかわらず、なおその判決を覆して有罪判決がなされ得るに足る嫌疑が存在する相当な理由が必要と言うべきである(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁における遠藤光男裁判官、藤井正雄裁判官の各反対意見参照)。言い換えれば、第1審無罪判決の場合の控訴裁判所での勾留の際の嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりはより高度な嫌疑が必要とされるものと言うべきである(比喩として必ずしも適切ではないが、第1審での勾留における犯罪の嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の可能性」をもって認められれば足りるのに対し、第1審無罪判決後における嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の蓋然性」をもって認められるに足りる必要があるとするものである。)。

このように、第1審無罪判決の控訴審での勾留における嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりも高度なものでなければならないと解することなく、第1審係属中と同程度の嫌疑が存すれば足りると解することは、第1審無罪判決にもかかわらず控訴裁判所は、刑訴法60条に定める他の要件が存する限り被告人を勾留することができることとなり、無罪判決の言渡しによって勾留状が失効することを定めた刑訴法345条の意義を没却することとなる。

 勾留の理由について

控訴審で被告人を新たに勾留するには、刑訴法60条1項各号に定める事由が新たに生じたことが必要である(最高裁昭和29年(あ)第2248号同年10月26日第三小法廷判決・裁判集刑事99号507頁)。

同条1項各号に定める事由のうち、1号及び3号の該当性については、次に述べる勾留の必要性の観点からの検討が不可欠であり、また、2号については、検察官は本来第1審で立証を尽くしているはずであり、加えて、控訴審は、事後審としての性質上、証拠の取調べは制限され、事実誤認に関しては、やむを得ない事由によって第1審の弁論終結前に取調べ請求することができなかった証拠であって、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことができない場合に限り、これを取り調べなければならない(刑訴法393条1項ただし書)とされているのであって、第1審の無罪判決後になお被告人に新たに罪証を隠滅するおそれが存することは、極めてまれであると言わねばならない。

 勾留の必要性について

被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が認められても、なお被告人を勾留する必要性がなければ、被告人を勾留することはできない。被告人は、第1審公判では、公判期日への出頭義務が存する(刑訴法286条等)から、刑訴法60条1項1号、3号に該当する場合には、原則として勾留の必要性が認められる。

しかし、控訴審では、被告人には出頭義務はなく(刑訴法390条本文)、また、弁論能力も認められないのであるから(刑訴法388条)、控訴審での審理のために被告人を勾留する必要があるのは、実体的真実発見のために被告人質問をする必要がある等、なお被告人の公判期日への出頭を確保する必要性があり、かつ、勾引によっては、その出頭を確保することが困難であると認められる場合に限られると言うべきである。

2 本件勾留の適法性について

本件は、第1審で無罪判決が言い渡され、被告人が刑訴法345条により釈放された後に、検察官による職権発動の申立てを受けて控訴裁判所が勾留を決定したものであるから、その適法性の有無については、1に述べたところに基づいて判断すべきであり、その判断に裁量権の濫用がある場合には、当該勾留は違法であって、取り消されるべきものである。

そこで記録を検討するに、原決定は、「本件記録を精査し、被告人に対し無罪の言渡しをした第1審判決の理由を踏まえて慎重に検討した上でも、なお被告人が本件公訴事実記載の犯罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があることは明らかである」としているところ、第1審判決は、故意を否認する被告人の弁解には多くの疑問点が存することを認めながらも、「被告人には、未必的にせよ、覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意があったとするには合理的疑いが残る」と判示しているのである。かかる第1審判決の判示をも踏まえれば、被告人に犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとする原決定は是認することができる。また、被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が存することを認めた上で、被告人を勾留しないときには出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となることをも含めて、勾留の必要性があるとした原決定には裁量権の濫用は認められない。したがって、勾留の裁判に対する異議申立てを棄却した原決定は是認することができるものと言うべきである。

おって、前記平成12年決定の判例としての射程距離に関する考え方、並びに出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続と刑事訴訟手続の調整規定を設ける必要性については、近藤裁判官の補足意見に同調するものであり、ここに援用する。

裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。

1 私は、法廷意見に賛同するものであるが、第1審で無罪判決を得た被告人を控訴裁判所が勾留することは例外的な場合にのみ認められるべきであり、その要件の充足については厳格な判断が要求されるものと考えるので、若干敷衍して述べておきたい。

2 第1審裁判所が被告人を無罪としたときは勾留状はその効力を失うが(刑訴法345条)、検察官が控訴した場合に、控訴裁判所が刑訴法60条1項の要件の下に改めて被告人を勾留することは禁止されてはいない。しかし、第1審裁判所が被告人を無罪としたときは、いわば無罪の推定がより強まった状態になったのであるから、十分な重みをもってこれを尊重すべきであり、それにもかかわらず控訴裁判所が被告人を勾留するのは、社会通念に照らすならばかなり違和感のある事態だといわなければならない。

したがって、勾留の要件が満たされているかどうかの判断は、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留におけるそれよりも更に厳格なものでなければならないと考える。すなわち、この場合の刑訴法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求される程度以上に、第1審の無罪判決を尊重してもなお強い疑い(以下「高度の嫌疑」という。)があるといえることが要求されるものというべきである。また、控訴審においては原則として被告人の出頭を要しないのであるから(刑訴法390条)、控訴審の審理のために勾留の必要性があると認められるのは、第1審裁判所が審理を尽くしたとは認められない場合などの極めて例外的な場合にとどまるものというべきであろう。

そして、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用がある場合には、その勾留の裁判は違法であって取消しを免れないものというべきである。

3 最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁(以下「12年判例」

という。)は、第1審で無罪判決を得た被告人について、控訴裁判所が第1回公判前(控訴裁判所に訴訟記録が到着してから7日後)に勾留状を発したことを是認し、これに対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告を棄却した。この12年判例が控訴審での勾留について上記2のような厳格性を要求しないとの趣旨であるとすれば、これに疑義を差し挟む余地があるが、私は、上記2に述べたところが必ずしも12年判例と抵触するものではないと考える。

すなわち、12年判例は、第1審裁判所が被告人を無罪とした場合であっても、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法60条1項各号に定める勾留の理由があり、かつ、その必要性があるときは、同条により職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がないとした。

12年判例のこの説示については、以下のように理解することが可能である。すなわち、1審無罪の被告人を控訴審で勾留する場合であっても、嫌疑、勾留の理由及び勾留の必要性の各要件が満たされれば足りるとの点では、被疑者・被告人の勾留一般と別異のものではなく、また、その各要件が満たされる限りはその時期についても特段の制約がないとしたにとどまるのであって、その抽象的要件の具備の要求から更に進んで、具体的事実に照らして各要件の充足性を判断するに当たってその要求される程度までもが被疑者・被告人の勾留一般と同様のもので足りるとしているわけではない、あるいは、この点については何らの説示もしていない、と。

そして、そうだとすれば、12年判例の事案の具体的事実関係の下において、多数意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるとしても、その時点でこれを充足しているとしたものであり、反対意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるのであって、その時点ではこれを充足していないとしたものであると理解することが可能である。

4 なお、1審無罪の被告人を控訴審で勾留するには高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されると解する場合において、これが充足されず、かつ、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときは、勾留されていない被告人は、出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となるから、控訴審の審理において被告人質問が必要となってもこれを行うことができず、また、控訴審では有罪とされた場合であっても刑の執行を確保することもできない。このような事態に対処するためには、退去強制手続と刑事訴訟手続との調整規定を設け、退去強制の一時停止を可能とするなどの法整備の必要があるのであるが、12年判例において遠藤裁判官の反対意見と藤井裁判官の反対意見がそれぞれこの点を強く指摘したにもかかわらず、いまだに何らの措置も講じられていない。

したがって、上記のような不都合が生ずることをもって、1審無罪の被告人の控訴審における勾留について、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときはその要件の充足を緩やかに解すべきであるとすることは許されないと考える。

5 以上のとおりであるから、本件においても、第1審で本件無罪判決を得た被告人について控訴裁判所が勾留状を発したことについては、その時点(控訴裁判所に訴訟記録が到着した翌日)で高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件を充足していることが要求されたのであって、それは、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求されたのと同程度では足りないと解すべきである。

もっとも、記録を検討しても、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、本件再勾留の裁判をした控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用があるとまでは認められず、これに対する異議申立てを棄却した原決定が違法であるとはいえない。したがって、結論としては、本件特別抗告は棄却を免れないものというべきである。

勾留の裁判に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件
平成19年(し)第369号
最高裁判所第三小法廷(裁判官:那須弘平・藤田宙靖・堀籠幸男・田原睦夫・近藤崇晴)
平成19年12月13日

決定
主 文
本件抗告を棄却する。
理 由
本件抗告の趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
なお、所論にかんがみ、職権で判断する。
本件は、覚せい剤取締法違反等の事実により勾留のまま地方裁判所に起訴された被告人につき、第1審裁判所が、犯罪の証明がないとして無罪判決(以下「本件無罪判決」という。)を言い渡し、刑訴法345条の規定により勾留状が失効したところ、検察官の控訴を受けた控訴裁判所において、職権で、被告人を再度勾留(以下「本件再勾留」という。)し、これに対して弁護人が異議を申し立てたものの、棄却されたことから、更に特別抗告に及んでいる事案である。被告人は、外国人であり、本件無罪判決により釈放された際、本邦の在留資格を有しなかったため、入国管理局に収容されて退去強制手続が進められていたが、本件再勾留により拘置所に身柄を移されたものである。
所論は、上記被告事件の訴訟記録が控訴裁判所に到達した日の翌日に、本件再勾留がされたことを指摘しつつ、第1審の無罪判決後に控訴裁判所が被告人を勾留できるのは、少なくとも、当事者の主張、証拠、公判調書等の第1審事件記録につき十分な調査を行った上で、第1審の無罪判決の理由について慎重に検討した結果、第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合に限られると解すべきであるのに、原決定はこのような解釈によることなく、控訴裁判所が、慎重な検討のための時間的余裕のないままに、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があると即断したことを是認し、かつ、本件が「第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合」に当たらないことも明らかなのに、これを看過しているなどとして、本件再勾留が違法であると主張する。
そこで検討すると、第1審裁判所において被告人が犯罪の証明がないことを理由として無罪判決を受けた場合であっても、控訴裁判所は、その審理の段階を問わず、職権により、その被告人を勾留することが許され、必ずしも新たな証拠の取調べを必要とするものではないことは、当裁判所の判例(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁)が示すとおりである。
しかし、刑訴法345条は、無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨規定しており、特に、無罪判決があったときには、本来、無罪推定を受けるべき被告人に対し、未確定とはいえ、無罪の判断が示されたという事実を尊重し、それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されるから、被告人が無罪判決を受けた場合においては、同法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は、無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず、嫌疑の程度としては、第1審段階におけるものよりも強いものが要求されると解するのが相当である。そして、このように解しても、上記判例の趣旨を敷えんする範囲内のものであって、これと抵触するものではないというべきである。
これを本件について見るに、原決定は、記録により、本件無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に検討しても、被告人が、上記起訴に係る覚せい剤取締法違反等の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認められるとして本件再勾留を是認したものと理解でき、その結論は、相当として是認することができる。
よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官田原睦夫、同近藤崇晴の各補足意見がある。
裁判官田原睦夫の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、なお事案にかんがみ、第1審で無罪判決が言い渡された場合の控訴審における勾留の要件及び本件事件への当てはめについて、以下に私の意見を述べる。
1 第1審で刑訴法345条に定める判決が言い渡されて、検察官から控訴がなされたときに、被告人を勾留することができる場合の要件について、刑訴法60条以外に規定はないが、刑訴法345条の趣旨及び控訴審の構造を踏まえれば、次のように解すべきものと考える。
 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」について
控訴裁判所は、被告人に罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(以下「嫌疑」という。)が存するか否かについては、第1審判決を踏まえた上で、控訴裁判所として独自に判断すべきものであることは言うまでもない。したがって、第1審判決が刑の執行猶予あるいは罰金の判決の場合は、有罪の判決であるから、通常は嫌疑が存するものと言い得るが、控訴裁判所において、記録を検討した結果、その点につき疑問が存すれば、勾留すべきでないことは当然である。
他方、第1審において事実調べをなした上で、無罪判決を言い渡した場合、その事実は尊重されるべきであるから、控訴裁判所が勾留するには、その無罪判決にもかかわらず、なおその判決を覆して有罪判決がなされ得るに足る嫌疑が存在する相当な理由が必要と言うべきである(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁における遠藤光男裁判官、藤井正雄裁判官の各反対意見参照)。言い換えれば、第1審無罪判決の場合の控訴裁判所での勾留の際の嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりはより高度な嫌疑が必要とされるものと言うべきである(比喩として必ずしも適切ではないが、第1審での勾留における犯罪の嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の可能性」をもって認められれば足りるのに対し、第1審無罪判決後における嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の蓋然性」をもって認められるに足りる必要があるとするものである。)。
このように、第1審無罪判決の控訴審での勾留における嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりも高度なものでなければならないと解することなく、第1審係属中と同程度の嫌疑が存すれば足りると解することは、第1審無罪判決にもかかわらず控訴裁判所は、刑訴法60条に定める他の要件が存する限り被告人を勾留することができることとなり、無罪判決の言渡しによって勾留状が失効することを定めた刑訴法345条の意義を没却することとなる。
 勾留の理由について
控訴審で被告人を新たに勾留するには、刑訴法60条1項各号に定める事由が新たに生じたことが必要である(最高裁昭和29年(あ)第2248号同年10月26日第三小法廷判決・裁判集刑事99号507頁)。
同条1項各号に定める事由のうち、1号及び3号の該当性については、次に述べる勾留の必要性の観点からの検討が不可欠であり、また、2号については、検察官は本来第1審で立証を尽くしているはずであり、加えて、控訴審は、事後審としての性質上、証拠の取調べは制限され、事実誤認に関しては、やむを得ない事由によって第1審の弁論終結前に取調べ請求することができなかった証拠であって、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことができない場合に限り、これを取り調べなければならない(刑訴法393条1項ただし書)とされているのであって、第1審の無罪判決後になお被告人に新たに罪証を隠滅するおそれが存することは、極めてまれであると言わねばならない。
 勾留の必要性について
被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が認められても、なお被告人を勾留する必要性がなければ、被告人を勾留することはできない。被告人は、第1審公判では、公判期日への出頭義務が存する(刑訴法286条等)から、刑訴法60条1項1号、3号に該当する場合には、原則として勾留の必要性が認められる。
しかし、控訴審では、被告人には出頭義務はなく(刑訴法390条本文)、また、弁論能力も認められないのであるから(刑訴法388条)、控訴審での審理のために被告人を勾留する必要があるのは、実体的真実発見のために被告人質問をする必要がある等、なお被告人の公判期日への出頭を確保する必要性があり、かつ、勾引によっては、その出頭を確保することが困難であると認められる場合に限られると言うべきである。
2 本件勾留の適法性について
本件は、第1審で無罪判決が言い渡され、被告人が刑訴法345条により釈放された後に、検察官による職権発動の申立てを受けて控訴裁判所が勾留を決定したものであるから、その適法性の有無については、1に述べたところに基づいて判断すべきであり、その判断に裁量権の濫用がある場合には、当該勾留は違法であって、取り消されるべきものである。
そこで記録を検討するに、原決定は、「本件記録を精査し、被告人に対し無罪の言渡しをした第1審判決の理由を踏まえて慎重に検討した上でも、なお被告人が本件公訴事実記載の犯罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があることは明らかである」としているところ、第1審判決は、故意を否認する被告人の弁解には多くの疑問点が存することを認めながらも、「被告人には、未必的にせよ、覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意があったとするには合理的疑いが残る」と判示しているのである。かかる第1審判決の判示をも踏まえれば、被告人に犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとする原決定は是認することができる。また、被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が存することを認めた上で、被告人を勾留しないときには出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となることをも含めて、勾留の必要性があるとした原決定には裁量権の濫用は認められない。したがって、勾留の裁判に対する異議申立てを棄却した原決定は是認することができるものと言うべきである。
おって、前記平成12年決定の判例としての射程距離に関する考え方、並びに出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続と刑事訴訟手続の調整規定を設ける必要性については、近藤裁判官の補足意見に同調するものであり、ここに援用する。
裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。
1 私は、法廷意見に賛同するものであるが、第1審で無罪判決を得た被告人を控訴裁判所が勾留することは例外的な場合にのみ認められるべきであり、その要件の充足については厳格な判断が要求されるものと考えるので、若干敷衍して述べておきたい。
2 第1審裁判所が被告人を無罪としたときは勾留状はその効力を失うが(刑訴法345条)、検察官が控訴した場合に、控訴裁判所が刑訴法60条1項の要件の下に改めて被告人を勾留することは禁止されてはいない。しかし、第1審裁判所が被告人を無罪としたときは、いわば無罪の推定がより強まった状態になったのであるから、十分な重みをもってこれを尊重すべきであり、それにもかかわらず控訴裁判所が被告人を勾留するのは、社会通念に照らすならばかなり違和感のある事態だといわなければならない。
したがって、勾留の要件が満たされているかどうかの判断は、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留におけるそれよりも更に厳格なものでなければならないと考える。すなわち、この場合の刑訴法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求される程度以上に、第1審の無罪判決を尊重してもなお強い疑い(以下「高度の嫌疑」という。)があるといえることが要求されるものというべきである。また、控訴審においては原則として被告人の出頭を要しないのであるから(刑訴法390条)、控訴審の審理のために勾留の必要性があると認められるのは、第1審裁判所が審理を尽くしたとは認められない場合などの極めて例外的な場合にとどまるものというべきであろう。
そして、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用がある場合には、その勾留の裁判は違法であって取消しを免れないものというべきである。
3 最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁(以下「12年判例」
という。)は、第1審で無罪判決を得た被告人について、控訴裁判所が第1回公判前(控訴裁判所に訴訟記録が到着してから7日後)に勾留状を発したことを是認し、これに対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告を棄却した。この12年判例が控訴審での勾留について上記2のような厳格性を要求しないとの趣旨であるとすれば、これに疑義を差し挟む余地があるが、私は、上記2に述べたところが必ずしも12年判例と抵触するものではないと考える。
すなわち、12年判例は、第1審裁判所が被告人を無罪とした場合であっても、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法60条1項各号に定める勾留の理由があり、かつ、その必要性があるときは、同条により職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がないとした。
12年判例のこの説示については、以下のように理解することが可能である。すなわち、1審無罪の被告人を控訴審で勾留する場合であっても、嫌疑、勾留の理由及び勾留の必要性の各要件が満たされれば足りるとの点では、被疑者・被告人の勾留一般と別異のものではなく、また、その各要件が満たされる限りはその時期についても特段の制約がないとしたにとどまるのであって、その抽象的要件の具備の要求から更に進んで、具体的事実に照らして各要件の充足性を判断するに当たってその要求される程度までもが被疑者・被告人の勾留一般と同様のもので足りるとしているわけではない、あるいは、この点については何らの説示もしていない、と。
そして、そうだとすれば、12年判例の事案の具体的事実関係の下において、多数意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるとしても、その時点でこれを充足しているとしたものであり、反対意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるのであって、その時点ではこれを充足していないとしたものであると理解することが可能である。
4 なお、1審無罪の被告人を控訴審で勾留するには高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されると解する場合において、これが充足されず、かつ、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときは、勾留されていない被告人は、出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となるから、控訴審の審理において被告人質問が必要となってもこれを行うことができず、また、控訴審では有罪とされた場合であっても刑の執行を確保することもできない。このような事態に対処するためには、退去強制手続と刑事訴訟手続との調整規定を設け、退去強制の一時停止を可能とするなどの法整備の必要があるのであるが、12年判例において遠藤裁判官の反対意見と藤井裁判官の反対意見がそれぞれこの点を強く指摘したにもかかわらず、いまだに何らの措置も講じられていない。
したがって、上記のような不都合が生ずることをもって、1審無罪の被告人の控訴審における勾留について、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときはその要件の充足を緩やかに解すべきであるとすることは許されないと考える。
5 以上のとおりであるから、本件においても、第1審で本件無罪判決を得た被告人について控訴裁判所が勾留状を発したことについては、その時点(控訴裁判所に訴訟記録が到着した翌日)で高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件を充足していることが要求されたのであって、それは、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求されたのと同程度では足りないと解すべきである。
もっとも、記録を検討しても、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、本件再勾留の裁判をした控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用があるとまでは認められず、これに対する異議申立てを棄却した原決定が違法であるとはいえない。したがって、結論としては、本件特別抗告は棄却を免れないものというべきである。

在留特別許可処分義務付け等請求事件
平成19年(行ウ)第227号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:古田孝夫・工藤哲郎・古市文孝)
平成20年2月29日

判決
主 文
一 本件訴えのうち、東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の在留を特別に許可しない決定の取消しを求める部分を却下する。
二 東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決を取り消す。
三 東京入国管理局主任審査官が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
四 東京入国管理局長は、原告に対し、原告の在留を特別に許可せよ。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の在留を特別に許可しない決定を取り消す。
二 主文第二項と同旨
三 主文第三項と同旨
四 東京入国管理局長は、原告に対し、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間三年との条件を附して、原告の在留を特別に許可せよ。
第二 事案の概要
本件は、ガーナ共和国(以下「ガーナ」という。)国籍を有する原告が、本邦に不法残留したことに基づく退去強制手続において、法務大臣の権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。また、東京入国管理局を「東京入管」という。)から、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四九条一項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決を受け、東京入管主任審査官から退去強制令書発付処分を受けたことについて、上記裁決及びこれに伴ってされた在留特別許可をしない決定には、原告が日本人女性と内縁関係にあることなどの事情を看過して裁量権を逸脱、濫用した違法があり、上記裁決を前提とする退去強制令書発付処分も違法であると主張し、これら各処分の取消しを求めるとともに、在留特別許可の義務付けを求めた事案である。
一 前提となる事実(各掲記の証拠により認められる。)
 原告は、一九六四(昭和三九)年一〇月一六日、ガーナにおいて出生したガーナ国籍を有する外国人男性である。
 原告の入国及び在留状況等
ア 原告は、昭和六三年五月一一日、成田空港に到着し、平成元年法律第七九号による改正前の法四条一項四号に規定する在留資格(「短期滞在」に相当)、在留期間一五日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、その後在留期間一五日の在留期間更新許可を受けたが、同年六月一〇日の在留期限を超えて本邦に不法残留した。
イ 原告は、平成一八年一一月八日、日本国籍を有するB(《日付略》生。以下「B」という。)との婚姻の届出をした。
 本件の退去強制手続に関する経緯
ア 埼玉県狭山警察署警察官は、平成一八年九月四日、原告を法違反(旅券不携帯)の嫌疑により現行犯逮捕した。
イ 東京入管入国警備官は、平成一八年九月二五日、原告が法二四条一号(不法入国)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同日、同令書を執行し、同月二六日、原告を東京入管入国審査官に引渡した。
ウ 東京入管入国審査官は、平成一八年一〇月一九日、原告が法二四条四号ロ(不法残留)に該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、特別審理官による口頭審理を請求した。
エ 東京入管特別審理官は、平成一八年一一月一日、原告について口頭審理を実施した結果、同日、入国審査官の認定は誤りがない旨の判定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、法務大臣に対し、法四九条一項に基づく異議の申出をした。
オ 法務大臣の権限の委任を受けた東京入管局長は、平成一八年一一月七日、原告の異議の申出が理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、その通知を受けた東京入管主任審査官は、同日、原告にこれを告知するとともに、原告に対し、送還先をガーナとする退去強制令書を発付した(以下「本件退令発付処分」という。)。
カ 東京入管入国警備官は、平成一八年一一月七日、本件退令発付処分に係る退去強制令書を執行して原告を東京入管収容場に収容し、平成一九年一月一九日、原告を入国者収容所東日本入国管理センターに移収した。
 本件訴訟の提起及びその後の事実経過
ア 原告は、平成一九年四月一〇日、本件訴訟を提起した。
イ 入国者収容所東日本入国管理センター所長は、平成一九年七月二五日、原告を仮放免した。
二 争点
本案前の争点は、在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性(争点一)及び在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性(争点二)であり、本案の主な争点は、東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か(争点三)である。
三 争点に関する当事者の主張
 争点一(在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性)
(原告の主張)
東京入管局長は、平成一八年一一月七日付けで、本件裁決をするとともに、原告に対し在留特別許可をしない決定をし、この決定は処分に当たるから、前記第一の一の訴えは、処分の取消しの訴えとして適法である。
(被告の主張)
法は、在留特別許可を求める実体上の権利及び手続上の権利(申請権)を外国人に認めていないから、在留特別許可をしない旨の法務大臣の判断は、当該容疑者に恩恵を付与しないという不作為にすぎず、その者の権利義務に変動を生じさせるものではない。したがって、東京入管局長が平成一八年一一月七日付けの本件裁決に際して行った、原告に在留特別許可をしない旨の判断は、取消訴訟の対象となる処分に当たらないから、前記第一の一の訴えは、存在しない処分の取消しを求めるものか、又は、処分に該当しない行為の取消しを求めるものであり、不適法である。
 争点二(在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性)
(原告の主張)
原告は、在留特別許可処分がされないことにより重大な不利益を受け、かつ、在留特別許可の義務付けを求める以外にその不利益を避ける適当な方法がないから、前記第一の四の訴えは適法である。
(被告の主張)
法は、在留特別許可を求める申請権を外国人に認めていないから、在留特別許可の義務付けを求める訴えは、行政事件訴訟法三条六項一号の非申請型の義務付けの訴えに当たる。そして、同法三七条の二第一項は、「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないとき」を訴訟要件とするところ、原告は、在留特別許可がされないことにより生ずる重大な損害を避けるため、本件裁決又はこれを前提とする本件退令発付処分の取消訴訟を提起することができるから、前記第一の四の訴えは、「その損害を避けるために他に適当な方法がないとき」の要件を満たさない不適法な訴えである。
 争点三(東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か)
(原告の主張)
原告とBは、平成元年九月に知り合い、平成二年一月から同居を始め、本件裁決時まで約一七年間にわたって同居し、その間、婚姻手続の準備をし、また、Bが交通事故に遭い、後遺症で苦しんでいるときは、原告がBを献身的に看護し夫婦の絆を強めてきたものであり、継続して真摯な意思に基づく内縁関係にあった。たしかに、原告が警察官及び東京入管職員に対し、自己の身分事項や入国歴について虚言を弄し、虚偽の身分証明書を提示したことは良くないが、原告は、そのことを反省し、また、不法残留以外に違法行為をしたこともなく、その在留状況は良好である。そうすると、本件裁決は、原告と日本人であるBとの真摯な内縁関係についての事実を誤認し、裁量権を逸脱、濫用した違法な処分というべきである。
(被告の主張)
在留特別許可は、退去強制事由に該当し本邦からの退去を強制されるべき外国人に対し、特別に在留を認める処分であり、その許否に係る裁量の範囲は極めて広いから、その判断が裁量権の逸脱、濫用となるのは、当該外国人について、本邦に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど、在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情がある場合に限られる。
原告は、不法就労目的で来日した上、一八年以上にわたり本邦に不法に残留して不法就労を継続し、虚偽の身分証明書を使用するなどして逮捕、摘発を免れたり、外国人登録法で定められた登録義務にも違反するなど、その入国・在留状況は悪質である。また、原告とBとの内縁関係は、そもそも原告の不法残留という違法状態の下で築かれたものであり、当然に法による保護の対象となるものではなく、また、特段の理由もなく長期間にわたり婚姻手続を行わず、婚姻が成立したのは本件退令発付処分がされた後であることからすると、本件裁決当時、その関係が真摯な婚姻意思に基づくものであったとも認め難い。さらに、原告が本国に帰国することに特段の支障があるとも認められない。そうすると、原告に在留特別許可を付与しなければならない積極的な理由はないから、本件裁決には裁量権の逸脱、濫用がない。
第三 当裁判所の判断
一 争点一(在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性)について
法四九条一項の異議の申出があった場合の法務大臣の応答については、同条三項が、法務大臣は、同条一項の規定による異議の申出を受理したときは、異議の申出が理由があるかどうかを裁決しなければならないと定め、また、法五〇条一項が、法務大臣は、上記の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が同項各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができると定めている。しかしながら、法務大臣が法五〇条一項の在留特別許可をしないとの判断をしたときに、その旨の処分をすべき旨を定めた規定は存在しない。したがって、法は、法四九条一項の異議の申出に対しては、法務大臣が、①異議の申出が理由がある旨の裁決、②異議の申出が理由がない旨の裁決、③在留を特別に許可する旨の処分の三通りの裁決又は処分を行うことを予定し、これらとは別に、在留特別許可をしない旨の処分を独立の処分として行うことは予定していないものと解される。そして、法務大臣が法五〇条一項の在留特別許可をしないとの判断をしたときは、異議の申出が理由がないとの判断に従って、異議の申出が理由がない旨の裁決をすれば足りるとしたものと解される。
ところで、法務大臣が法五〇条一項の判断権限を発動し、その結果在留特別許可が付与されるか否かは、異議の申出をした容疑者にとって本邦への在留が認められるか否かの重大な利益に関わる事柄であり、また、後記三に説示するとおり、在留特別許可を付与するか否かの判断に法務大臣の広範な裁量が認められているとしても、法務大臣がそのようにして与えられた権限を誠実に行使しなければならないことはいうまでもなく、上記のような容疑者の重大な利益に関わる判断権限を法務大臣の裁量で発動しないことが許されているとは到底解し得ない。したがって、法務大臣は、法四九条一項の異議の申出を受理し、その異議の申出が理由がないと認める場合には、当該容疑者が法五〇条一項各号に該当するか否かを審査する義務があり、その結果、その者に在留特別許可を付与すべきであると判断したときは、その旨の許可処分を、在留特別許可を付与すべきでないと判断したときは、異議の申出が理由がない旨の裁決をそれぞれ行うことによって、在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務があると解するのが相当である。
そうすると、法四九条一項の異議の申出に対しては、法務大臣によって、①異議の申出が理由があるとの判断、②異議の申出が理由がなく、かつ、在留特別許可を付与しないとの判断、及び、③異議の申出が理由がないが、在留特別許可を付与するとの判断のいずれかの判断が行われ、これらがそれぞれ、①異議の申出が理由がある旨の裁決、②異議の申出が理由がない旨の裁決、及び、③在留を特別に許可する旨の処分として示されることとなるから、在留特別許可を付与しないとの判断の当否を裁判で争おうとする場合には、異議の申出が理由がない旨の裁決を対象としてその取消訴訟を提起しなければならず、かつ、それで足りるというべきである。
以上のことからすると、本件における在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴え(前記第一の一)は、存在しない処分を対象としたものか、又は、併合提起されている本件裁決の取消しを求める訴え(前記第一の二)と実質的に重複する訴えというべきであり、取消しの対象又は訴えの利益を欠くものとして、不適法な訴えであるといわざるを得ない。
二 争点二(在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性)について法五〇条一項の在留特別許可は、法四九条一項の異議の申出があったときに初めて付与され得るものであり、同項の異議の申出とは無関係に法五〇条一項の在留特別許可が付与されることはない。そこで、仮に、容疑者が、退去強制対象者に該当する旨の入国審査官の認定に誤りがない旨の特別審理官の判定を争っている場合でない限り、法四九条一項の異議の申出をすることができないものと解すると、自己が退去強制対象者であることを争う者にはいかにその主張が不合理なものであっても在留特別許可を受ける機会が与えられるのに対し、自己が退去強制対象者であることを正直に認めた者にはかえって在留特別許可を受ける機会が全く与えられないという不合理な結果を招くこととなる。したがって、法は、特別審理官の判定そのものは争わないが、自己が退
去強制されることには不服があり、在留特別許可を希望するという者に対しても、異議の申出を認めていると解するのが相当であり、法四九条一項にいう「判定に異議があるとき」とは、上記のような場合も含むものと解するのが相当である。なお、このような解釈に対しては、仮に在留特別許可を求める異議の申出が認められるとすると、審理の結果在留特別許可を付与すべきであるとの結論に至った場合には当該異議の申出は理由があったことになるが、これは異議の申出が理由がない場合に在留特別許可を付与することができるとした法五〇条一項の定めと矛盾するという反論が考えられないでもない。しかしながら、法四九条四項ないし六項の定めによれば、法において「異議の申出が理由がある」とは、容疑者が法二四条各号のいずれにも該当せず又は出国命令対象者に該当すること、すなわち、退去強制対象者(法四五条一項)に該当しないことをいい、「異議の申出が理由がない」とは、これとは逆に、容疑者が退去強制対象者に該当することをいうと解されるから、法五〇条一項は、要するに、容疑者が退去強制対象者に該当すると認められる
場合でも、在留特別許可を付与することができる旨を定めたものにすぎず、上記の当裁判所の解釈と何ら矛盾するものではない。
そして、法務大臣が、このような異議の申出を受理し、「異議の申出が理由がない」と認める場合、すなわち、容疑者が退去強制対象者に該当すると認める場合には、法務大臣に、当該容疑者が法五〇条一項各号に該当するか否かを審査し、在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務が生じるものと解すべきことは、前記一に説示したとおりである。 
以上のような法の仕組みによれば、法は、法四九条一項の異議の申出権を法五〇条一項の在留特別許可を求める申請権としての性質を併せ有するものとして規定し、かつ、当該申請に対しては在留特別許可を付与するか否かの応答をすべき義務を法務大臣に課したものと解するのが自然であるから、本件における在留特別許可の義務付けを求める訴え(前記第一の四)は、行政事件訴訟法三条六項二号にいういわゆる申請型の義務付けの訴えであると解するのが相当である。
そして、本件において、原告は、行政事件訴訟法三七条の三第二項の「法令に基づく申請又は審査請求をした者」に、本件裁決は、同条一項二号の「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決」にそれぞれ該当し、また、同条三項二号の「処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴え」として、本件裁決の取消しを求める訴え(前記第一の二)が併合提起されており、さらに、後記三及び四のとおり、本件裁決は取り消されるべきものであって、同条一項二号の「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」との要件も満たすから、本件における在留特別許可の義務付けを求める原告の訴えは、適法である。
三 争点三(東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か)について
 法二四条各号の退去強制事由に該当する外国人に対し、法五〇条一項の在留特別許可を付与するか否かは、法務大臣(法務大臣の権限の委任を受けた地方入国管理局長を含む。以下同じ。)が、当該外国人の在留状況等の個人的事情を検討し、さらに国際情勢、国内の政治、経済、社会の諸事情、労働事情などにも配慮した上で判断すべきものであり、その判断については、法務大臣の広範な裁量が認められていると解される。しかしながら、その裁量権の内容は全く無制約のものではなく、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣の判断が裁量権を逸脱、濫用したものとして違法になるものと解される。
ところで、日本人と婚姻関係にある外国人に対して在留資格を付与するか否かは、当該日本人にとっては、配偶者の選択、住居の選定等、婚姻及び家族に関する憲法上の保護利益(憲法二四条)に関わる事柄であり、このような憲法上の保護利益は、出入国管理行政の上でも最大限の尊重を要するものであることはいうまでもない。そして、憲法二四条一項が、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するものである旨を定めていることに鑑みると、上記のような憲法上の保護が及ぶ「婚姻」の範囲は、婚姻の届出によって成立する法律上の婚姻にとどまらず、婚姻の届出はしていないが事実上これと同様の事情にある関係、すなわち、内縁関係をも含むものと解するのが相当である。
そうすると、本邦への在留を希望する外国人が、日本人との間に法律上又は事実上の婚姻関係がある旨を主張し、当該日本人も当該外国人の本邦への在留を希望する場合において、両者の関係が、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められる場合には、当該外国人に在留特別許可を付与するか否かの判断に当たっても、そのような事実は重要な考慮要素として斟酌されるべきであり、他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情がない限り、当該外国人に在留特別許可を付与しないとする判断は、重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として、裁量権の逸脱、濫用となるものと解するのが相当である。
 本件においては、原告はBとの事実上の婚姻関係(本件裁決時)を主張し、Bも原告の本邦への在留を希望しているので、原告とBとの関係が、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるか否かについて検討するに、前記第二の一の事実に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成元年九月ころ、Bと知り合い、交際を始め、同年一一月ころ、Bに求婚した。
Bは、これを一旦は断ったが、その後、原告が住む場所を失って困窮していたことから、平成二年一月ころ、Bが当時一人暮らしをしていたアパートに原告を迎え入れて、原告と同居するようになった。その後、Bも原告の求婚を受け入れる気持ちになり、同年一二月ころ、原告とBは二人で現在の住居に転居して、同居生活を続けることとなった。
イ 原告は、Bと同居を始めたころは金属工場で稼働し、その後、平成五、六年ころには、雑誌やCDジャケットにイラストを載せる仕事をしたこともあったが、その後は金属加工業者やリサイクル業者等の下で勤務していた。他方、Bは、派遣社員として企業の経理事務の仕事に従事する傍ら、副業としてイラストの製作や金属アクセサリーの製造販売の仕事をしていた。二人の生活費のうち、原告が月約八万円の家賃のうちの半分以上と食費を負担し、Bが家賃の残りと光熱費、水道代、電話代等の費用を負担していた。原告は、外泊したことがなく、仕事が終わると帰宅して、夜はBと一緒に過ごしていた。休日には、二人で掃除、洗濯をしたり、食事に出かけたり、クラブや楽器屋に行ったりしていた。
ウ 原告の本国においては、結婚登録をする人がほとんどいなかったため、原告にはもともと、法的に婚姻するために役所に婚姻の届出をするという知識がなく、また、Bも、形式にこだわらない性格で、子どもができない限り婚姻の届出をする必要はないと考えていた。ところが、平成一一年初めころ、原告の就労先が警察と入国管理当局による摘発を受けたことを契機として、原告は、Bとの生活を安定させるため、正式に婚姻の届出をする必要を感じるようになり、Bも、そのころ、自己の年齢を考えて原告との間に子どもを持つことを切望するようになった。そこで、原告とBは、婚姻の届出をして、原告の在留資格を得ようと考え、Bの戸籍謄本(平成一一年二月二五日付け)や原告の出生証明書(同年四月二六日付け)を取り寄せ、婚姻の届出の準備をした。ところが、原告の旅券については、当時既に有効期限が過ぎており、新たな旅券の発給を受ける必要があったが、在日本ガーナ大使館において申請書式がないことを理由に旅券の発給を拒否されたため、本国にいる原告の弟に旅券発給の手続を依頼せざるを得なくなり、その手続がなかなか進まなかったことから、婚姻の届出ができないままになっていた。
エ そうした中、平成一二年八月九日、Bは、交通事故に遭い、頸椎を痛め、その後遺症による極端な目眩等によって起きることも困難な状態となったことから、原告との同居を一時的に中断し、静岡県の実家に戻って療養に専念した。当時のBは、この体調不良のため原告との婚姻の届出を考えるどころではなくなっており、原告との関係解消を言い出すこともあったが、原告は、Bに電話をかけたり、手紙や現金を送ったりしてBを精神的に支えていた。Bは、平成一三年一〇月ころから二、三か月に一度の頻度で原告の住居に戻るようになり、平成一五年春から原告との同居生活を再開した。原告は、家事全般を担当し、家計を支え、Bに
マッサージを施すなどして、体調の優れないBを物理的、精神的に支えた。
オ Bは、平成一八年になると体調が以前よりは安定し、原告との婚姻の届出を考える精神的余裕ができたことから、原告とBは、改めて婚姻手続をすることについて話し合った。また、Bは、交通事故後の後ろ向きな自分と決別して思い切ったことをしてみようと思い立ち、原告の婚姻のための書類が届くまでの間、ヨーロッパでデザインを学び、アクセサリー製作を本格的に始めることを計画し、原告の承諾を得て、平成一八年六月中旬ころ、オーストリアの美術学校のサマースクールに入学を申し込んだ。Bは、渡航準備を整える一方で、自己の戸籍の新しい記録事項証明書(同年七月一〇日付け)を取り寄せるなど、婚姻の届出のため
の準備を行い、帰国後に婚姻の届出をすることを原告と約束した上で、同年七月一八日、オーストリアに向けて出国した。Bは、同年九月一六日に帰国する予定であった。
カ Bは、平成一八年九月四日、原告が逮捕された旨の電話連絡を受け、原告の身を案じたが、あいにく航空機に空席がなく、予定どおり同月一六日の帰国となった。Bは、帰国後、婚姻の届出を行うため、原告の友人を介して、在日本ガーナ大使館から原告の新しい旅券と婚姻要件具備証明書の発行を受けたが、一旦発行された婚姻要件具備証明書の記載に誤りがあり再発行を受けたことや、その翻訳に時間を要したことなどから、婚姻の届出が受理されたのは、本件裁決及び本件退令発付処分がされた日の翌日(同年一一月八日)であった。
 以上の事実関係によれば、原告とBは、まず原告がBに求婚し、Bもその後の原告との約一年に及ぶ同棲生活を送る中でこれを受入れる気持ちを固め、改めて新居を構えて同所を二人の生活の本拠とし、以後、本件裁決時までの期間に限っても、Bが交通事故後遺症の療養のため実家に戻っていた一時期を挟んで、実に約一六年もの長期にわたる共同生活を続けてきたものであり、この間の原告とBとの生活状況は、婚姻の届出こそないものの、経済的な相互扶助関係を含め、社会一般の夫婦生活と比べても遜色のない、内縁関係と呼ぶにふさわしい実質を備えたものであったことがうかがわれ、一時、Bが交通事故に遭い実家に戻っていたときには、内縁関係解消の危機が訪れたものの、原告の献身的な努力でこの危機を乗り越え、本件裁決の翌日には遅ればせながら婚姻の届出も行ったことが認められる。そして、婚姻の届出が遅れた
ことについても、上記認定の事実によれば、一応それなりの理由があったものということができることをも併せ考慮すれば、原告とBとの関係は、遅くとも本件裁決の時点においては、相互の協力と扶助によって相当程度安定した状態にあったと認めることができるのであって、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質的な関係にあったということができる。
なお、以上の事実のほか、《証拠略》によれば、原告はBに対して「バリー」と名乗っていたほか「ポール」という名前も使用していたこと、Bが原告の本名を知った時期についてのBの記憶があいまいであること、Bが原告の新旅券等を申請する時点まで原告の生年月日を正確に記憶していなかったこと、原告がBに話していた原告の家族構成が違反審査時に原告が審査調書別紙に記載した家族構成と異なっていること、原告が就労中に腕を負傷した時期に関する原告とBの供述が齟齬していること、Bが平成一七年八月三〇日に自己名義の旅券の発給を受けていることなど、被告が疑問点として指摘するいくつかの事情も認められるが、前記認定の事実関係に照らし、これらの事情はいずれも原告とBとの真摯な事実上の婚姻関係を否定するに足りるほどのものではないというべきである。
 もっとも、原告は、前記認定のとおり、現行犯逮捕されるまで約一八年にわたって不法残留を継続し、この間不法に就労していたほか、《証拠略》によれば、原告は、所定の期間内に外国人登録法に基づく新規登録申請をせず、また、警察官や東京入管入国警備官及び入国審査官らに対し、自己の本名でない氏名等が記載されたアメリカ合衆国発行の永住者カードを示すなどして、自己の身分事項や入国歴等について嘘の供述をしていたことが認められるのであって、その在留状況が問題のないものであったとは言い難い。また、原告は、稼働能力を有する成人であって、前掲各証拠によれば、原告は、本国で生まれ育ち、本国には母親や弟らが居住していることが認められるから、原告が本国に帰国したとしても、本国での生活に特段の支障はないものと認められる。
しかしながら、不法残留の点は、一定期間を限って本邦への上陸が拒否される事由となるにすぎず(法五条一項九号)、また、不法就労、外国人登録法違反、警察官及び入国審査官らに対する嘘の供述などの点も、それのみで直ちに退去強制事由となるものではないから、これらのことをもって、日本人の事実上の配偶者としての真摯な実体を有する原告に対し、なお在留特別許可を不相当とするような特段の事情とみることはできない。また、本国での生活に支障がないという点も、在留特別許可を積極的に不相当とするような事情ではない。
 以上のことからすれば、東京入管局長は、本件裁決に当たり、原告とBとの内縁関係が婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるにもかかわらず、これを誤認したか、又はこれを過少に評価することによって、原告に在留特別許可を付与しないとの判断をしたものということができる。したがって、他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情が認められない以上、上記の判断は、重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として、裁量権の逸脱、濫用となるというべきである。
四 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について
前記三のとおり、本件裁決は、裁量権を逸脱、濫用した違法な裁決として取り消されるべきである。 
また、退去強制令書は、法四九条一項の異議の申出に理由がない旨の法務大臣の裁決が適法に行われたことを前提として発付されるものであるところ、本件退令発付処分の前提となる本件裁決が取り消されるべきであることは上記のとおりであるから、本件退令発付処分もまた根拠を欠く違法な処分として取り消されるべきである。
五 在留特別許可の義務付けについて
 前記四のとおり、本件裁決の取消しを求める原告の請求には理由があり、かつ、前記三に説示したところに加え、前記認定のとおり、原告とBが平成一八年一一月八日に婚姻の届出をしたことにより、現在(口頭弁論終結時)では、原告とBとの間に法律上の婚姻関係が成立していることが認められることをも併せ考慮すれば、東京入管局長が原告に対して在留特別許可をしないことは、その裁量権の逸脱、濫用になると認められる。
 したがって、行政事件訴訟法三七条の三第五項に基づき、当裁判所としては、在留特別許可をすべき旨を命ずる判決をすべきこととなるが、在留特別許可に係る在留資格及び在留期間等の条件については、法五〇条二項及び法施行規則四四条二項によれば、東京入管局長の裁量により、原告の請求に係る在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間三年との条件のほか、在留資格「永住者」、在留期間無期限との条件、あるいは、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間一年との条件などを附することも可能であるというべきであって、その内容が一義的に定まるものではないから、原告の在留特別許可の義務付けの請求(前記第一の四)については、これに附すべき条件を指定する部分を除いて認容するのが相当である。
第四 結論
以上の次第で、本件訴えのうち在留特別許可をしない決定の取消しを求める部分は不適法であるから却下し、その余の請求のうち本件裁決及び本件退令発付処分の取消しを求める部分並びに在留特別許可の義務付けを求める部分(これに附すべき条件を指定する部分を除く。)はいずれも理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

在留特別許可不許可処分取消等請求控訴事件
平成19年(行コ)第127号
控訴人:Aほか2名、被控訴人:国
大阪高等裁判所民事第6部(裁判官:渡邉安一・安達嗣雄・明石万起子)
平成20年5月28日

判決
主 文
一 原判決中被控訴人と控訴人A関係部分を取り消す。
二 大阪入国管理局長が平成一六年一二月二二日付けで控訴人Aに対してした出入国管理及び難民
認定法四九条一項による異議の申出が理由がない旨の裁決を取り消す。
三 大阪入国管理局主任審査官が平成一六年一二月二八日付けで控訴人Aに対してした退去強制令
書発付処分を取り消す。
四 控訴人B及び控訴人Cの各控訴をいずれも棄却する。
五 控訴人Aと被控訴人に関する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とし、控訴人Bと被控
訴人に関する控訴費用は控訴人Bの負担とし、控訴人Cと被控訴人に関する控訴費用は控訴人C
の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 大阪入国管理局長が平成一六年一二月二二日付けで各控訴人に対してした出入国管理及び難民
認定法四九条一項による異議の申出が理由がない旨の各裁決をいずれも取り消す。
二 大阪入国管理局主任審査官が平成一六年一二月二八日付けで各控訴人に対してした各退去強制
令書発付処分をいずれも取り消す。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要及び訴訟の経過
一 本件は、中華人民共和国の国籍を有する外国人である控訴人らが、それぞれ出入国管理及び難
民認定法四九条一項に基づいて法務大臣に対し異議の申出をしたものの、法務大臣より権限の委
任を受けた大阪入国管理局(以下「大阪入管局長」という。)よりそれぞれ上記異議の申出が理由
がない旨の裁決を受け、引き続いて大阪入国管理局主任審査官(以下「大阪入管主任審査官」とい
う。)よりそれぞれ退去強制令書の発付処分を受けたことから、上記各裁決及び上記各退去強制令
書発付処分の取消しを求めた抗告訴訟である。
二 原審は、控訴人らに対し、在留特別許可を与えることなく、その異議の申出に理由がないとし
た大阪入管局長の判断が、全く事実の基礎を欠き、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠く
こと等により社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるということはできず、そ
- 2 -
の裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとは認められず、上記各裁
決は、いずれも適法であり、また、入管法四九条五項は、主住審査官は、法務大臣ないし法務大臣
から権限の委任を受けた地方入国管理局長から同条一項の規定に基づく異議の申出が理由がない
と裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに退去強制令書を発付しなければならないとしてお
り、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否かについて裁量の余地はないと解されるとこ
ろ、上記各裁決が適法であるから、上記各退去強制令書発付処分もいずれも適法であるとして、
控訴人らの各請求をすべて棄却した。
三 これに対し、控訴人らが各控訴を申し立てた。
四 本件事案の概要は、原判決三頁四行目「又は」を「若しくは」に改めるほかは、原判決「事実及
び理由」中「第二 事案の概要」一ないし三記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、控訴人Aの請求は理由があり、控訴人B及び控訴人Cの各請求はいずれも理由が
ないと判断するが、その理由は、以下のとおりである。
二 法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長の裁量権について
原判決二一頁一一行目から二四頁九行目記載のとおりであるから、これを引用する。
三 事実関係について
以下のとおり補正するほかは、原判決二四頁一〇行目から三一頁五行目記載のとおりであるか
ら、これを引用する。
 原判決二九頁七行目から一九行目までを次のとおり改める。
「ウ 控訴人Aは、八歳時(小学校二年生時)に控訴人C及び控訴人Bに連れられて中国から
本邦に入国したが、本邦に入国する理由については全く分からず、本邦に入国後も何故日本に
いるのかを深く考えたことはなかった。
控訴人Aは、本邦入国後間もなく、東大阪市立D小学校に編入し、その直後は、一部科目を除
いてクラス仲間と一緒に授業を受けることはほとんどなく、別の場所で、外国人の子供が日本
語を勉強するために開かれていた日本語教室でほとんどの時間を過ごしていた。
控訴人Aは、クラス内では日本語を話せなかったことから、友達ができず、また、クラスの他
の生徒から馬鹿にされていると感じ、孤独な毎日であったため、何とか日本人の友達を作りた
いと思い、夜遅くまで一生懸命日本語の勉強をした結果、回りの大人より早く日本語を覚える
ことができ、日本語を覚えるに連れ、クラスで過ごす時間が増え、日本語で話しができるよう
になったことから、クラス仲間から話しかけられる機会も多くなった。
そして、控訴人Aは、小学校五年生で、小学校で使うほとんどすべての日本語を理解するこ
とができるようになり、苦手であった教材も、質問ができたり、解説が理解できるようになっ
たため、成績も伸び、また、バスケットボール部に入部して部活動にも励み、勉強や運動を通じ
て、日本社会に溶け込んでいった。
控訴人Aは、その後、控訴人らの上記オの各転居に伴い、平成一一年六月ころ(同五年生時)
- 3 -
に八尾市立E小学校に、平成一二年一〇月ころ(同六年生時)に大阪市立F小学校にそれぞれ
転校した。
控訴人Aは、平成一三年四月、大阪市立G中学校に入学し、入学後は、勉学に励み、また、バ
スケットボール部に入部したほか、少林寺拳法の道場に入門するなどし、充実した中学生活を
送り、三年間にわたり、学級委員長をしていたこともあって、同中学の卒業式において、卒業生
一八〇名を代表して答辞を述べた。
控訴人Aは、中学校に入学するころは、中国語を忘れつつあることに気付いたが、これから
も日本で生活を続ける以上、中国語を忘れても差し支えはないと考え、あえて、中国語を勉強
することはしなかった。
また、控訴人Aは、中学校に入学したころ、親戚のH(昭和五一年八月二三日生)と初めて会
い、その後同人と交流を深め、同人を兄とも慕うようになった。
控訴人Aは、教師の薦めもあって、I高校を受験することに決め、勉学に励んだ結果、同高校
の普通科特進文系コースに合格し、平成一六年四月、同高校に入学し(同高校には「J」夫婦と
共に住んでいるものとして手続がされた。)、同高校においては、大学進学を目指してさらに勉
学に励むほか、学級委員長を務め、課外活動にも積極的に参加するなどし、中国語の理解が衰
えるのに反比例して、日本語の理解には全く不自由がなくなったため、充実した高校生活を送
り、弁護士になるという夢の実現に向けて大学受験めざして努力していた。
控訴人Aは、高校在学中、大阪入国管理局長の平成一六年一二月二二日付け裁決及び大阪入
国管理局主任審査官の平成一六年一二月二八日付け退去強制令書発付処分を受け、強い精神的
打撃を受けたが、大学受験勉強に打ち込み、本件訴え提起後(本件裁決後)の平成一八年一一月、
K大学法学部法律学科の入学試験に合格した。
控訴人Aは、将来弁護士になって日本社会に貢献したいと考えている。
控訴人Aは、温厚・誠実な人柄で、級友からの信頼も厚く、学業においても向上心があり、こ
れまで、問題行動は全くなく、健全で充実した学生生活を送り、本件裁決時には、完全に日本社
会に溶け込んでいた。
控訴人Aは、両親と離れ離れになっても、日本での生活を続けることを希望している。」
 同三一頁四行目から五行目の「となっている。」を「となり、平成一八年三月一六日より大阪
府立精神医療センターで通院加療を受けている。」に改める。
四 大阪入国管理局長が控訴人C及び控訴人Bに対して在留特別許可を付与しなかったことが裁量
権の逸脱又濫用に当たるか否かについて
原判決三一頁九行目から三三頁三行目、三六頁五行目から一六行目までの控訴人C及び控訴人
B関係部分記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、後記のとおり、控訴人Aに対する本件裁決及び本件退去強制令書発付処分は違法として
取り消すことになるところ、控訴人Aが引き続き本邦に在留し、控訴人C及び控訴人Bが本邦か
ら退去を強制されることになると、親子が離れ離れになり、控訴人Aが、両親の監護を受けられ
- 4 -
ず、経済的に生計を維持することが困難になることも考えられるが、後記のとおり、控訴人Aの
みが引き続き本邦に在留することになったとしても、経済的に生計を維持して行くことが可能で
あり、また、その年齢、日本語の能力、交友関係等から、両親と生活を別っても、控訴人Aの福祉
に悪影響を及ぼすおそれはないと推認されるから、控訴人Aに対する本件裁決及び本件退去強制
令書発付処分を違法として取り消すからといって、控訴人C及び控訴人Bに在留特別許可を付与
すべきであるということにはならない。
五 大阪入管局長が控訴人Aに対して在留特別許可を付与しなかったことが裁量権の逸脱又は濫用
に当たるか否かについて
 前提事実及び上記三のとおり引用認定した事実によれば、控訴人Aは、小学校二年生時に、
控訴人Cが日本人の子として出生した者の実子であることを偽装し控訴人Bが同Cの配偶者と
して本邦に上陸する際、そのような事情を全く知らずに、控訴人C及び控訴人Bに連れられて
本邦に在留し、その後三回の在留期間更新許可を受けて、本件各裁決に至るまでに約八年間本
邦に在留していたものであるが、入国手続や在留期間更新許可等の手続はすべて控訴人C及び
控訴Bらが行い、控訴人Aは、全く関与しておらず、控訴人C及び控訴人Bの不法入国等の事
実の発覚及び本件裁決及び本件退去強制令書発付処分に至る経緯の中で、初めて控訴人C及び
控訴人Bによる不法入国等及びその後の不法在留の事実を知るに至ったこと、控訴人Aは、本
邦入国後東大阪市内の小学校に編入した後、中学校、高等学校に進学し、その学業成績は優秀
であり、また、部活動に従事し、学級委員長を務めるなどし、それらが評価されて、卒業式にお
いて、卒業生を代表して答辞を述べるという栄誉を担っていること、控訴人Aは、日本での教
育を受け、遅くとも中学校を卒業するころには、他の日本人の生徒らと同程度の日本語能力を
備えるに至り、これに対して、中国語については、日常会話程度の語学能力であること、控訴人
Aは、本件裁決時において、一六歳(高校生)であり、自らの生き方や将来についての判断能力
もある程度備わってきており、控訴人C及び控訴人Bと離れ離れになっても、日本での生活を
続けることを希望していることが認められる。
また、控訴人Aの周囲には、同控訴人の在留を願う教師や友人が多数存在しているが(甲三
の一ないし四、四の一・二、三〇の一ないし四、三一。その中には、控訴人Aに対する大学進学
後の経済的援助を確約する教師も存在する(甲三一)。それらの書証は、本件裁決後に本件訴訟
中に証拠として提出されたものであるが、そこに記載の事実は、ほとんど本件裁決時に存在し
た事情と評価できる。)、そのことは、控訴人Aが日本社会の溶け込み、その人柄や能力等が多
大な信頼や評価を受けていることを示すものであること、控訴人Aが兄とも慕う縁者であるH
(一九七四年八月二三日生)は、仮に同控訴人の在留特別許可のみが認められた場合でも、経済
的援助等を通じて同控訴人の生活を支援する意思を表明していること(甲一六、原審証人H。
本件裁決時も同様の考えであったと推認される。)などから、控訴人Aのみが日本で生活する
ことになったとしても、生活を維持して行くことが可能であり、また、控訴人Aと控訴人C及
び控訴人Bと離れ離れになることになったとしても、控訴人Aの福祉に悪影響を及ぼすおそれ
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もないと推認されること、控訴人Aは、本件訴訟提起後(本件裁決後)の平成一八年一一月、K
大学法学部法律学科の入学試験に合格していることなどの事情が認められ、これに対し、本件
裁決及び本件退去強制令書発付処分により控訴人Aは、中国での生活を強いられることになる
が、控訴人Aは、小学校低学年時から高校まで、日本において教育を受け、言語、生活習慣とも
日本の生活に溶け込んでおり、今後、約一〇年前の幼少時に生活したにすぎない中国での生活
を強いられることは、日本において、小学校低学年時から高校生までの重要な人格形成の時期
に、これまで懸命に努力し、築き上げてきた学業等の成果や身に付けた日本の生活習慣等がほ
とんど無に帰すおそれがあるばかりでなく、控訴人Aが中国の生活に溶け込むには多大の困難
や相当の年月と努力(少なくとも日本の生活に溶け込むのに要した年月や努力と同等ないしそ
れ以上の年月と努力)を要するであろうと推測され、その被る不利益の内容・程度は深刻かつ
重大であると認められる。
 上記のとおり、控訴人Aは、同控訴人の如何ともし難い事情とはいえ、小学校二年生時に控
訴人B及び控訴人Cに連れられて本邦に不法上陸し、以後不法在留を続け、客観的には、我が
国の出入国管理行政の公正な運営に著しい弊害を生じさせたことは否定できないものの、その
後の不断の努力により、日本社会に溶け込んだもので、本件裁決時には、特別に在留を許可す
べき事情があると認めるときに該当することは明白であったところ、それにも関わらず、本件
裁決がなされたのは、入国警備官や入国審査官において、控訴人Aから、同控訴人の生活状況
等についてある程度の事情聴取をしているものの、上記認定の事情(本件裁決時までの事情。
以下同じ。)について十分聴取しなかったことにより、大阪入管局長は、上記認定の事情につい
て十分考慮することなく本件裁決をするに至ったもので、仮に、大阪入管局長が控訴人Aに関
する事情を正しく認定していれば、控訴人Aに在留特別許可を付与した可能性が高かったもの
と推認される。
 そうすると、大阪入管局長の判断は、全く事実の基礎を欠くことが明らかであるか、仮に、大
阪入管局長が上記認定の事情を把握していたにもかかわらず、それを軽視し、控訴人Aが客観
的に我が国の出入国管理行政の公正な運営に著しい弊害を生じさせた点を重視して、本件裁決
をするに至ったのであれば、その判断は、事実に対する評価が明白に合理性を欠くことにより、
社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであり、いずれにしても、本件裁決は、裁
量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法というべきであって、取り消しを免
れない。
 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は、不法上陸や不法在留について控訴人Aに帰責性が認められないとしても、そ
のことによって我が国の出入国管理行政の公正な運営に著しい弊害を生じたこと自体を否定
することができないのみならず、当該外国人に帰責性がないからといって在留特別許可を付
与することとすれば、どのような違法な手段や方法を使っても、その点について責任のない
者には在留特別許可が認められるとの期待を増長させ、その結果、入国管理行政上、看過し
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得ない支障を生じると主張する。
確かに、控訴人Aに不法上陸、不法在留に帰責性が認められないとしても、このことによ
って我が国の出入国管理行政の公正な運営に著しい弊害を生じたこと自体を否定することが
できないことは被控訴人主張のとおりであり、帰責性の有無を殊更重視するのが相当でない
ことも、被控訴人主張のとおりである。また、仮に、不法上陸や不法在留について帰責性が認
められないことをもって、当該人物に在留特別許可を付与することになれば、被控訴人が懸
念する事態が生じ得ることは一般論としては否定できない。
しかし、本件においては、不法上陸や不法在留について帰責性が認められないことをもっ
て、控訴人Aに在留特別許可を付与すべきであるというものではなく(当裁判所も、その点
のみでは、控訴人Aに在留特別許可を付与する理由にはならないと考える。)、上記認定の控
訴人A自身の事情(その中には、不法上陸や不法在留について控訴人Aに帰責性が認められ
ないことも一つの事情として考慮されてよいと考えられる。)や同控訴人を取り巻く事情や
環境等を総合考慮して、在留特別許可を付与すべきであると判断するものであるから、本件
において、上記のような事情を総合考慮して控訴人Aに在留特別許可を付与するからといっ
て、どのような違法な手段や方法を使っても、その点について責任のない者には在留特別許
可が認められるとの期待を増長させることにはならないといえる(ちなみに、本件において、
控訴人C及び控訴人Bにおいて、控訴人Aに在留特別許可を付与させることを目的として、
同控訴人を連れて本邦に入国・在留したとは認められない。)。
イ 被控訴人は、控訴人Aが本邦の大学への進学を予定していたことや、控訴人Aの大学合格
といった事情は、不法滞在という違法状態の継続を前提として、仮放免という退去強制手続
が終了するまでの一時的な状態において形成された事実にすぎない上、本件裁決後の事情で
あることから、在留特別許可の許否を判断するに当たって積極的に評価すべき事情ではない
と主張する。 
しかし、不法滞在という違法状態の継続については、控訴人Aに帰責性が認められないの
であるから、控訴人Aを自ら違法状態を作出した者と同一視して、不法滞在という違法状態
の継続中に築かれた事情という点を強調することは相当でなく、また、本件において、控訴
人Aに在留特別許可を付与するかどうかの判断については、あくまで、本件裁決時までの控
訴人A自身の事情や同控訴人を取り巻く事情・環境等に基づいており、上記認定中の本件裁
決後の事情についても、本件裁決時に予測可能な事情であり、かつ、本件裁決時までの控訴
人Aの性格や行状等の認定に資するものであって、本件裁決当時予測不可能な事後の事情を
積極的に評価して、控訴人Aに在留特別許可を付与すべきであるとする判断をしているもの
ではない。
ウ 被控訴人、控訴人Aが一定の中国語の能力を有していることなどにかんがみれば、同控訴
人が中国社会に溶け込むことに伴い生じ得る困難の程度は、いわゆる帰国子女が通常経験す
る範囲内にとどまるものと推認することができ、この困難さをもって控訴人Aが退去強制に
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よって受ける不利益が極めて大きいとまでいうことはできないと主張する。
しかし、控訴人Aが中国社会に溶け込むことに伴い生じ得る困難の程度について、事情を
異にする帰国子女が通常経験する範囲内にとどまるものと推認してよいかどうかは問題で
あるのみならず、本件裁決及び本件退去強制令書発付処分により生じ得る控訴人Aの不利益
は、それにとどまらず、控訴人Aの我が国における上記のような学童期からの長年にわたる
努力の成果をほとんど無に帰させることになりかねない重大なものであり、控訴人Aに在留
特別許可を付与すべきかどうかの判断にあたり、控訴人Aが中国社会に溶け込むことに伴い
生じ得る困難について、事情の異なる帰国子女の不利益との比較により論じるのは相当でな
い。
エ 被控訴人は、本件裁決当時の控訴人Aの年齢及びそれまでの控訴人Aが両親と共に生活し
養育され、本件裁決当時も現に両親の直接の監護を受けていたことを考えれば、控訴人Aを
控訴人C及び控訴人Bと引き離すことも、その福祉や適切な監護の観点から必ずしも適当で
ないと主張する。
しかし、上記認定のとおり、控訴人Aは、本件裁決時において、一六歳であり、自らの生き
方や将来についての判断能力もある程度備わってきているところ、両親と生活を別っても、
日本での生活を続けることを希望していること、同控訴人が兄とも慕うHは、仮に、同控訴
人の在留特別許可のみが認められた場合でも、経済的援助等を通じて同控訴人の生活を支援
する意思を表明していることなどから、控訴人Aのみが本邦で生活することになっても、生
活を維持して行くことが可能であり、また、控訴人C及び控訴人Bと異国で生活することに
なったとしても、控訴人Aの福祉に悪影響を及ぼすおそれもないと推認される。
オ したがって、被控訴人の主張はいずれも採用できない。
六 そして、入管法四九条五項は、主任審査官は、法務大臣ないし法務大臣から権限の委任を受け
た地方入国管理局長から同条一項の規定に基づく異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を
受けたときは、速やかに退去強制令書を発付しなければならないとしており、同法第五章の規定
する退去強制の手続等に照らしても、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否かについて
の裁量の余地はなく、上記通知に従って退去強制令書を発付するほかないと解される。そうする
と、上記のとおり、控訴人Aに対する本件裁決は違法であるから、それに基づく控訴人Aに対す
る本件退去強制令書発付処分も違法であり、取消しを免れないというべきである。
第四 結論
よって、控訴人Aの請求を棄却した原判決は不当であるから、原判決中被控訴人と控訴人A関
係部分を取り消した上、本判決主文第二項及び第三項のとおり判決することとし、控訴人B及び
控訴人Cの各請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人C及び控訴人Bの各控訴はいずれも理
由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

退去強制令書発付処分取消等請求事件
平成18年(行ツ)第135号
上告人(被控訴人):A、被上告人(控訴人):法務大臣
最高裁判所大法廷(裁判官:島田仁郎・横尾和子・藤田宙靖・甲斐中辰夫・泉徳治・才口千晴・津野修・今井功・
中川了滋・堀籠幸男・古田佑紀・那須弘平・涌井紀夫・田原睦夫・近藤崇晴)
平成20年6月4日

判決
主 文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人山口元一の上告理由第1ないし第3について
1 事案の概要
本件は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父とフィリピン共和国籍を有する母との間に本邦において出生した上告人が、出生後父から認知されたことを理由として平成15年に法務大臣あてに国籍取得届を提出したところ、国籍取得の条件を備えておらず、日本国籍を取得していないものとされたことから、被上告人に対し、日本国籍を有することの確認を求めている事案である。
2 国籍法2条1号、3条について
国籍法2条1号は、子は出生の時に父又は母が日本国民であるときに日本国民とする旨を規定して、日本国籍の生来的取得について、いわゆる父母両系血統主義によることを定めている。したがって、子が出生の時に日本国民である父又は母との間に法律上の親子関係を有するときは、生来的に日本国籍を取得することになる。
国籍法3条1項は、「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であったときは、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。」と規定し、同条2項は、「前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。」と規定している。
同条1項は、父又は母が認知をした場合について規定しているが、日本国民である母の非嫡出子は、出生により母との間に法律上の親子関係が生ずると解され、また、日本国民である父が胎児認知した子は、出生時に父との間に法律上の親子関係が生ずることとなり、それぞれ同法2条1号により生来的に日本国籍を取得することから、同法3条1項は、実際上は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子で、父から胎児認知を受けていないものに限り適用されることになる。
3 原判決等
上告人は、国籍法2条1号に基づく日本国籍の取得を主張するほか、日本国民である父の非嫡出子について、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者のみが法務大臣に届け出ることにより日本国籍を取得することができるとした同法3条1項の規定が憲法14条1項に違反するとして、上告人が法務大臣あてに国籍取得届を提出したことにより日本国籍を取得した旨を主張した。
これに対し、原判決は、国籍法2条1号に基づく日本国籍の取得を否定した上、同法3条1項に関する上記主張につき、仮に同項の規定が憲法14条1項に違反し、無効であったとしても、そのことから、出生後に日本国民である父から認知を受けたにとどまる子が日本国籍を取得する制度が創設されるわけではなく、上告人が当然に日本国籍を取得することにはならないし、また、国籍法については、法律上の文言を厳密に解釈することが要請され、立法者の意思に反するような類推解釈ないし拡張解釈は許されず、そのような解釈の名の下に同法に定めのない国籍取得の要件を創設することは、裁判所が立法作用を行うものとして許されないから、上告人が同法3条1項の類推解釈ないし拡張解釈によって日本国籍を取得したということもできないと判断して、上告人の請求を棄却した。
4 国籍法3条1項による国籍取得の区別の憲法適合性について
所論は、上記のとおり、国籍法3条1項の規定が憲法14条1項に違反する旨をいうが、その趣旨は、国籍法3条1項の規定が、日本国民である父の非嫡出子について、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者に限り日本国籍の取得を認めていることによって、同じく日本国民である父から認知された子でありながら父母が法律上の婚姻をしていない非嫡出子は、その余の同項所定の要件を満たしても日本国籍を取得することができないという区別(以下「本件区別」という。)が生じており、このことが憲法14条1項に違反する旨をいうものと解される。所論は、その上で、国籍法3条1項の規定のうち本件区別を生じさせた部分のみが違憲無効であるとし、上告人には同項のその余の規定に基づいて日本国籍の取得が認められるべきであるというものである。そこで、以下、これらの点について検討を加えることとする。
 憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
憲法10条は、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定し、これを受けて、国籍法は、日本国籍の得喪に関する要件を規定している。憲法10条の規定は、国籍は国家の構成員としての資格であり、国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情、伝統、政治的、社会的及び経済的環境等、種々の要因を考慮する必要があることから、これをどのように定めるかについて、立法府の裁量判断にゆだねる趣旨のものであると解される。しかしながら、このようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別が、合理的理由のない差別的取扱いとなるときは、憲法14条1項違反の問題を生ずることはいうまでもない。
すなわち、立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合、又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には、当該区別は、合理的な理由のない差別として、同項に違反するものと解されることになる。
日本国籍は、我が国の構成員としての資格であるとともに、我が国において基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。一方、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは、子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって、このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討することが必要である。
ア 国籍法3条の規定する届出による国籍取得の制度は、法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子について、父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得すること(以下「準正」という。)のほか同条1項の定める一定の要件を満たした場合に限り、法務大臣への届出によって日本国籍の取得を認めるものであり、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した嫡出子が生来的に日本国籍を取得することとの均衡を図ることによって、同法の基本的な原則である血統主義を補完するものとして、昭和59年法律第45号による国籍法の改正において新たに設けられたものである。
そして、国籍法3条1項は、日本国民である父が日本国民でない母との間の子を出生後に認知しただけでは日本国籍の取得を認めず、準正のあった場合に限り日本国籍を取得させることとしており、これによって本件区別が生じている。このような規定が設けられた主な理由は、日本国民である父が出生後に認知した子については、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得することによって、日本国民である父との生活の一体化が生じ、家族生活を通じた我が国社会との密接な結び付きが生ずることから、日本国籍の取得を認めることが相当であるという点にあるものと解される。また、上記国籍法改正の当時には、父母両系血統主義を採用する国には、自国民である父の子について認知だけでなく準正のあった場合に限り自国籍の取得を認める国が多かったことも、本件区別が合理的なものとして設けられた理由であると解される。
イ 日本国民を血統上の親として出生した子であっても、日本国籍を生来的に取得しなかった場合には、その後の生活を通じて国籍国である外国との密接な結び付きを生じさせている可能性があるから、国籍法3条1項は、同法の基本的な原則である血統主義を基調としつつ、日本国民との法律上の親子関係の存在に加え我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を設けて、これらを満たす場合に限り出生後における日本国籍の取得を認めることとしたものと解される。このような目的を達成するため準正その他の要件が設けられ、これにより本件区別が生じたのであるが、本件区別を生じさせた上記の立法目的自体には、合理的な根拠があるというべきである。
また、国籍法3条1項の規定が設けられた当時の社会通念や社会的状況の下においては、日本国民である父と日本国民でない母との間の子について、父母が法律上の婚姻をしたことをもって日本国民である父との家族生活を通じた我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったものとみられ、当時の諸外国における前記のような国籍法制の傾向にかんがみても、同項の規定が認知に加えて準正を日本国籍取得の要件としたことには、上記の立法目的との間に一定の合理的関連性があったものということができる。
ウ しかしながら、その後、我が国における社会的、経済的環境等の変化に伴って、夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており、今日では、出生数に占める非嫡出子の割合が増加するなど、家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきている。このような社会通念及び社会的状況の変化に加えて、近年、我が国の国際化の進展に伴い国際的交流が増大することにより、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生する子が増加しているところ、両親の一方のみが日本国民である場合には、同居の有無など家族生活の実態においても、法律上の婚姻やそれを背景とした親子関係の在り方についての認識においても、両親が日本国民である場合と比べてより複雑多様な面があり、その子と我が国との結び付きの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちに測ることはできない。これらのことを考慮すれば、日本国民である父が日本国民でない母と法律上の婚姻をしたことをもって、初めて子に日本国籍を与えるに足りるだけの我が国との密接な結び付きが認められるものとすることは、今日では必ずしも家族生活等の実態に適合するものということはできない。
また、諸外国においては、非嫡出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあることがうかがわれ、我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも、児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存する。さらに、国籍法3条1項の規定が設けられた後、自国民である父の非嫡出子について準正を国籍取得の要件としていた多くの国において、今日までに、認知等により自国民との父子関係の成立が認められた場合にはそれだけで自国籍の取得を認める旨の法改正が行われている。
以上のような我が国を取り巻く国内的、国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると、準正を出生後における届出による日本国籍取得の要件としておくことについて、前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっているというべきである。
エ 一方、国籍法は、前記のとおり、父母両系血統主義を採用し、日本国民である父又は母との法律上の親子関係があることをもって我が国との密接な結び付きがあるものとして日本国籍を付与するという立場に立って、出生の時に父又は母のいずれかが日本国民であるときには子が日本国籍を取得するものとしている(2条1号)。その結果、日本国民である父又は母の嫡出子として出生した子はもとより、日本国民である父から胎児認知された非嫡出子及び日本国民である母の非嫡出子も、生来的に日本国籍を取得することとなるところ、同じく日本国民を血統上の親として出生し、法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず、日本国民である父から出生後に認知された子のうち準正により嫡出子たる身分を取得しないものに限っては、生来的に日本国籍を取得しないのみならず、同法3条1項所定の届出により日本国籍を取得するこ
ともできないことになる。このような区別の結果、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子のみが、日本国籍の取得について著しい差別的取扱いを受けているものといわざるを得ない。
日本国籍の取得が、前記のとおり、我が国において基本的人権の保障等を受ける上で重大な意味を持つものであることにかんがみれば、以上のような差別的取扱いによって子の被る不利益は看過し難いものというべきであり、このような差別的取扱いについては、前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだし難いといわざるを得ない。とりわけ、日本国民である父から胎児認知された子と出生後に認知された子との間においては、日本国民である父との家族生活を通じた我が国社会との結び付きの程度に一般的な差異が存するとは考え難く、日本国籍の取得に関して上記の区別を設けることの合理性を我が国社会との結び付きの程度という観点から説明することは困難である。また、父母両系血統主義を採用する国籍法の下で、日本国民である母の非嫡出子が出生により日本国籍を取得するにもかかわらず、日本国民である父から出生に認知されたにとどまる非嫡出子が届出による日本国籍の取得すら認められないことには、両性の平等という観点からみてその基本的立場に沿わないところがあるというべきである。
オ 上記ウ、エで説示した事情を併せ考慮するならば、国籍法が、同じく日本国民との間に法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず、上記のような非嫡出子についてのみ、父母の婚姻という、子にはどうすることもできない父母の身分行為が行われない限り、生来的にも届出によっても日本国籍の取得を認めないとしている点は、今日においては、立法府に与えられた裁量権を考慮しても、我が国との密接な結び付きを有する者に限り日本国籍を付与するという立法目的との合理的関連性の認められる範囲を著しく超える手段を採用しているものというほかなく、その結果、不合理な差別を生じさせているものといわざるを得ない。
カ 確かに、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知された子についても、国籍法8条1号所定の簡易帰化により日本国籍を取得するみちが開かれている。しかしながら、帰化は法務大臣の裁量行為であり、同号所定の条件を満たす者であっても当然に日本国籍を取得するわけではないから、これを届出による日本国籍の取得に代わるものとみることにより、本件区別が前記立法目的との間の合理的関連性を欠くものでないということはできない。
なお、日本国民である父の認知によって準正を待たずに日本国籍の取得を認めた場合に、国籍取得のための仮装認知がされるおそれがあるから、このような仮装行為による国籍取得を防止する必要があるということも、本件区別が設けられた理由の一つであると解される。しかし、そのようなおそれがあるとしても、父母の婚姻により子が嫡出子たる身分を取得することを日本国籍取得の要件とすることが、仮装行為による国籍取得の防止の要請との間において必ずしも合理的関連性を有するものとはいい難く、上記オの結論を覆す理由とすることは困難である。
 以上によれば、本件区別については、これを生じさせた立法目的自体に合理的な根拠は認められるものの、立法目的との間における合理的関連性は、我が国の内外における社会的環境の変化等によって失われており、今日において、国籍法3条1項の規定は、日本国籍の取得につき合理性を欠いた過剰な要件を課するものとなっているというべきである。しかも、本件区別については、前記エで説示した他の区別も存在しており、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子に対して、日本国籍の取得において著しく不利益な差別的取扱いを生じさせているといわざるを得ず、国籍取得の要件を定めるに当たって立法府に与えられた裁量権を考慮しても、この結果について、上記の立法目的との間において合理的関連性があるものということはもはやできない。
そうすると、本件区別は、遅くとも上告人が法務大臣あてに国籍取得届を提出した当時には、立法府に与えられた裁量権を考慮してもなおその立法目的との間において合理的関連性を欠くものとなっていたと解される。
したがって、上記時点において、本件区別は合理的な理由のない差別となっていたといわざるを得ず、国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは、憲法14条1項に違反するものであったというべきである。
5 本件区別による違憲の状態を前提として上告人に日本国籍の取得を認めることの可否
 以上のとおり、国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは、遅くとも上記時点以降において憲法14条1項に違反するといわざるを得ないが、国籍法3条1項が日本国籍の取得について過剰な要件を課したことにより本件区別が生じたからといって、本件区別による違憲の状態を解消するために同項の規定自体を全部無効として、準正のあった子(以下「準正子」という。)の届出による日本国籍の取得をもすべて否定することは、血統主義を補完するために出生後の国籍取得の制度を設けた同法の趣旨を没却するものであり、立法者の合理的意思として想定し難いものであって、採り得ない解釈であるといわざるを得ない。そうすると、準正子について届出による日本国籍の取得を認める同項の存在を前提として、本件区別により不合理な差別的取扱いを受けている者の救済を図り、本件区別による違憲の状態を是正する必要があることになる。
 このような見地に立って是正の方法を検討すると、憲法14条1項に基づく平等取扱いの要請と国籍法の採用した基本的な原則である父母両系血統主義とを踏まえれば、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知されたにとどまる子についても、血統主義を基調として出生後における日本国籍の取得を認めた同法3条1項の規定の趣旨・内容を等しく及ぼすほかはない。すなわち、このような子についても、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという部分を除いた同項所定の要件が満たされる場合に、届出により日本国籍を取得することが認められるものとすることによって、同項及び同法の合憲的で合理的な解釈が可能となるものということができ、この解釈は、本件区別による不合理な差別的取扱いを受けている者に対して直接的な救済のみちを開くという観点からも、相当性を有するものというべきである。
そして、上記の解釈は、本件区別に係る違憲の瑕疵を是正するため、国籍法3条1項につき、同項を全体として無効とすることなく、過剰な要件を設けることにより本件区別を生じさせている部分のみを除いて合理的に解釈したものであって、その結果も、準正子と同様の要件による日本国籍の取得を認めるにとどまるものである。この解釈は、日本国民との法律上の親子関係の存在という血統主義の要請を満たすとともに、父が現に日本国民であることなど我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を満たす場合に出生後における日本国籍の取得を認めるものとして、同項の規定の趣旨及び目的に沿うものであり、この解釈をもって、裁判所が法律にない新たな国籍取得の要件を創設するものであって国会の本来的な機能である立法作用を行うものとして許されないと評価することは、国籍取得の要件に関する他の立法上の合理的な選択肢の存在の可能性を考慮したとしても、当を得ないものというべきである。
したがって、日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し、父から出生後に認知された子は、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の要件が満たされるときは、同項に基づいて日本国籍を取得することが認められるというべきである。
 原審の適法に確定した事実によれば、上告人は、上記の解釈の下で国籍法3条1項の規定する日本国籍取得の要件をいずれも満たしていることが認められる。そうすると、上告人は、法務大臣あての国籍取得届を提出したことによって、同項の規定により日本国籍を取得したものと解するのが相当である。
6 結論
以上のとおり、上告人は、国籍法3条1項の規定により日本国籍を取得したものと認められるところ、これと異なる見解の下に上告人の請求を棄却した原審の判断は、憲法14条1項及び81条並びに国籍法の解釈を誤ったものである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、上告人の請求には理由があり、これを認容した第1審判決は結論において是認することができるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官横尾和子、同津野修、同古田佑紀の反対意見、裁判官甲斐中辰夫、同堀籠幸男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官泉徳治、同今井功、同那須弘平、同涌井紀夫、同田原睦夫、同近藤崇晴の各補足意見、裁判官藤田宙靖の意見がある。

行政処分取消請求事件
平成17年(行ヒ)第397号
上告人(控訴人・原告):Aほか28名、被上告人(被控訴人・被告):浜松市
最高裁判所大法廷(裁判官:島田仁郎・横尾和子・藤田宙靖・甲斐中辰夫・泉徳治・才口千晴・津野修・今井功・
中川了滋・堀籠幸男・古田佑紀・那須弘平・涌井紀夫・田原睦夫・近藤崇晴)
平成20年9月10日

判決
主 文
原判決のうち被上告人に関する部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。
前項の部分につき、本件を静岡地方裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人渡辺昭、同松浦基之の上告受理申立て理由第1、第3、第4について
1 本件は、被上告人の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定について、施行地区内に土地を所有している上告人らが、同決定の違法を主張して、その取消しを求めている事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 被上告人は、新浜松駅から西鹿島駅までを結ぶ遠州鉄道鉄道線(西鹿島線)の連続立体交差事業の一環として、上島駅の高架化と併せて同駅周辺の公共施設の整備改善等を図るため、西遠広域都市計画事業上島駅周辺土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)を計画し、平成15年11月7日、土地区画整理法(平成17年法律第34号による改正前のもの。以下「法」という。)52条1項の規定に基づき、静岡県知事に対し、本件土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要について認可を申請し、同月17日、同知事からその認可を受けた。被上告人は、同月25日、同項の規定により、本件土地区画整理事業の事業計画の決定(以下「本件事業計画の決定」という。)をし、同日、その公告がされた。
 上告人らは、本件土地区画整理事業の施行地区内に土地を所有している者であり、本件土地区画整理事業は公共施設の整備改善及び宅地の利用増進という法所定の事業目的を欠くものであるなどと主張して、本件事業計画の決定の取消しを求めている。
3 原審は、要旨次のとおり判断し、本件訴えを却下すべきものとした。
土地区画整理事業の事業計画は、当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的、抽象的に決定するものであって、いわば当該土地区画整理事業の青写真としての性質を有するにすぎず、これによって利害関係者の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されているわけではない。事業計画が公告されることによって生ずる建築制限等は、法が特に付与した公告に伴う付随的効果にとどまるものであって、事業計画の決定ないし公告そのものの効果として発生する権利制限とはいえない。事業計画の決定は、それが公告された段階においても抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、本件事業計画の決定の取消しを求める本件訴えは、不適法な訴えである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
ア 市町村は、土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、施行規程及び事業計画を定めなければならず(法52条1項)、事業計画が定められた場合においては、市町村長は、遅滞なく、施行者の名称、事業施行期間、施行地区その他国土交通省令で定める事項を公告しなければならない(法55条9項)。そして、この公告がされると、換地処分の公告がある日まで、施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い、又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(法76条1項)、これに違反した者がある場合には、都道府県知事は、当該違反者又はその承継者に対し、当該土地の原状回復等を命ずることができ(同条4項)、この命令に違反した者に対しては刑罰が科される(法140条)。このほか、施行地区内の宅地についての所有権以外の権
利で登記のないものを有し又は有することとなった者は、書面をもってその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず(法85条1項)、施行者は、その申告がない限り、これを存しないものとみなして、仮換地の指定や換地処分等をすることができることとされている(同条5項)。
また、土地区画整理事業の事業計画は、施行地区(施行地区を工区に分ける場合には施行地区及び工区)、設計の概要、事業施行期間及び資金計画という当該土地区画整理事業の基礎的事項を一般的に定めるものであるが(法54条、6条1項)、事業計画において定める設計の概要については、設計説明書及び設計図を作成して定めなければならず、このうち、設計説明書には、事業施行後における施行地区内の宅地の地積(保留地の予定地積を除く。)の合計の事業施行前における施行地区内の宅地の地積の合計に対する割合が記載され(これにより、施行地区全体でどの程度の減歩がされるのかが分かる。)、設計図(縮尺1200分の1以上のもの)には、事業施行後における施行地区内の公共施設等の位置及び形状が、事業施行により新設され又は変更される部分と既設のもので変更されない部分とに区別して表示されることから(平成17年国土交通省令第102号による改正前の土地区画整理法施行規則6条)、事業計画が決定されると、当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて、一定の限度で具体的に予測することが可能になるのである。そして、土地区画整理事業の事業計画については、いったんその決定がされると、特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。前記の建築行為等の制限は、このような事業計画の決定に基づく具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐために法的強制力を伴って設けられているのであり、しかも、施行地区内の宅地所有者等は、換地処分の公告がある日まで、その制限を継続的に課され続けるのである。
そうすると、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない。
イ もとより、換地処分を受けた宅地所有者等やその前に仮換地の指定を受けた宅地所有者等は、当該換地処分等を対象として取消訴訟を提起することができるが、換地処分等がされた段階では、実際上、既に工事等も進ちょくし、換地計画も具体的に定められるなどしており、その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消した場合には、事業全体に著しい混乱をもたらすことになりかねない。それゆえ、換地処分等の取消訴訟において、宅地所有者等が事業計画の違法を主張し、その主張が認められたとしても、当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるのであり、換地処分等がされた段階でこれを対象として取消訴訟を提起することができるとしても、宅地所有者等の被る権利侵害に対する救済が十分に果たされるとはいい難い。そうすると、事業計画の適否が争われる場合、実効的な権利救済を図るためには、事業計画の決定がされた段階で、これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性があるというべきである。
 以上によれば、市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定は、施行地区内の宅地所有者等の法的地位に変動をもたらすものであって、抗告訴訟の対象とするに足りる法的効果を有するものということができ、実効的な権利救済を図るという観点から見ても、これを対象とした抗告訴訟の提起を認めるのが合理的である。したがって、上記事業計画の決定は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。
これと異なる趣旨をいう最高裁昭和37年オ第122号同41年2月23日大法廷判決・民集20巻2号271頁及び最高裁平成3年(行ツ)第208号同4年10月6日第三小法廷判決・裁判集民事166号41頁は、いずれも変更すべきである。
5 以上のとおりであるから、本件訴えを不適法な訴えとして却下すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決のうち被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして、同部分につき、第1審判決を取消し、本件を第1審に差し戻すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官藤田宙靖、同泉徳治、同今井功、同近藤崇晴の各補足意見、裁判官涌井紀夫の意見がある。
裁判官藤田宙靖の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛成するものであるが、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める理論的根拠につき、涌井裁判官からの意見があることに鑑み、私の考えるところを補足しておくこととしたい。
1 当裁判所判例が従来採用してきた「処分」概念の定義に忠実に従う限り、土地区画整理事業計画決定に処分性を認める根拠は、まずもって、事業計画決定が公告されることによって生ずる建築行為等の制限等の法律上の効果(昭和41年大法廷判決では「付随的効果」に過ぎないとされた効果)に求められることにならざるを得ないのは、涌井裁判官の指摘されるとおりである。しかし、涌井裁判官の意見のように、この論拠のみで必要かつ十分であるとする場合には、当然のことながら、同じく私人の権利を直接に制限する法的効果を伴う他の計画決定行為(例えば都市計画法上の地域・地区の指定等、いわゆる「完結型」の土地利用計画)についてどう考えるのかが、直ちに問題とならざるを得ない。この点に関してはおそらく、まずは従来の当裁判所判例に従い、これらの土地利用計画は一種の立法類似の行為としての性格を持つものとして、土地区画整理事業計画決定とは区別され、行政処分とは認められない、とすることが考えられよう。そして、それはそれなりに、一つの可能な考え方であるとは思われるが、ただ、従来の判例が前提としてきた、完結型の土地利用計画は「不特定多数の者を対象とした一般的、抽象的規制である」という性格付け自体が、果たして(少なくとも)すべての場合に納得し得るようなものであるか否かについては、なお問題が残らないではない。例えばまず、規制の内容自体から言えば、完結型土地利用計画は、まさに「完結型」なのであって、私人の権利への侵害は、(土地区画整理事業計画決定に伴う建築行為等の制限の場合と同
様、あるいは見方によってはより一層)直接的かつ究極的な(暫定的規制に止まらない)ものである。また、対象となる地域についても、規制区域の範囲はかなり限定的なものとなるケースも無いではない。こうしてみると、今回、昭和41年大法廷判決を変更するとして、そこから直ちにこれらの土地利用計画決定についての従来の判例を云々する必要までは無いものとしても、将来においてはこういった問題も新たに登場して来る余地があることを想定しておいた方が、賢明であるように思われるのである。このように考える場合には、同様に私人の権利義務に対し直接の法的効果をもたらす各種の計画行為の中で、他を差し置いても土地区画整理事業計画決定については処分性を認めなければならない固有の理由は何かを問うことには、十分な意味があるものといわなければならない。
2 私自身は、土地利用計画と異なる土地区画整理事業計画決定の固有の問題は、本来、換地制度をその中核的骨格とするこの制度の特有性からして、私人の救済の実効性を保障するためには事業計画決定の段階で出訴することを認めざるを得ないというところにあるものと考える。すなわち、土地区画整理事業計画の場合には、純粋に理論的には、計画の適法性を、後続の換地処分等個別的処分の取消訴訟においてその前提問題として争うことも可能であるとは言い得るものの、多数意見も指摘するとおり、換地制度という権利交換システムをその骨格とする制度の性質上、実際問題としては、この段階で計画の違法性を理由に個別的処分の取消しないし無効確認を認めることになれば、事業全体に著しい混乱をもたらすこととなりかねない。それ故、換地処分の取消訴訟においては、仮に処分ないしその前提としての計画の違法性が認められても、結果としては事情判決をせざるを得ないという状況が、容易に生じ得る。このような事態を避け実効的な権利救済を図るためには、事業プロセスのより早い段階で出訴を認めることが合理的であり、かつ不可欠である、ということができる(同様のことは、同じく権利交換システムないし権利変換システムを骨格とする土地改良事業、第一種市街地再開発事業等についても言える。)。これに対して、完結型土地利用計画の場合には、例えば各種用途地域において例外許可が認められることもあるように、仮に個別的開発行為や建築確認等の段階でその許可等の拒否処分が争われ、その前提問題として計画自体の違法性が認定され取消判決がなされたとしても、そのことが直ちに、システムの全体に著しい混乱をもたらすということにはならない(少なくとも、裁判所が事情判決をせざるを得ないといった状況が広く生じるものとは考えられない。)。
3 一般的に言って、行政計画については、一度それが策定された後に個々の利害関係者が個別的な訴訟によってその取消しを求めるというような権利救済システムには、そもそも制度の性質上多少とも無理が伴うものと言わざるを得ないのであって、立法政策的見地からは、決定前の事前手続における関係者の参加システムを充全なものとし、その上で、一度決まったことについては、原則として一切の訴訟を認めないという制度を構築することが必要というべきである。問題はしかし、現行法上、このような構想を前提とした上での計画の事前手続の整備がなされてはいないというところにあり、こういった事態を前提として、司法が、その本来の責務に照らしてどのような法解釈を行うのが最も合理的であるかが問われることになる。そしてその場合、問題のパーフェクトな解決は、立法技術の上でも必ずしも容易な問題であるとは言えないのであるから(このことは、問題提起は早くからなされているにも拘らず、今日に至るまで、この種の立法が実現していないという事実に、既に表われている。)、現段階において、司法がこの問題についての幅広い解決方法を示すことは、必ずしも適当であるとは言えまい。このような前提の下で、行政訴訟における国民の権利救
済の実効性を図るという課題に鑑みるとき、当裁判所として今行うべきことは、事案の実態に即し、行政計画についても、少なくとも必要最小限度の実効的な司法的救済の道を、(立法を待たずとも)判例上開くということであろう。そして、上記に見たような意味において、土地区画整理事業計画決定に対する抗告訴訟の道を開くことは、まさにその典型例であると思われるのである。
4 もとより、涌井裁判官も指摘されるように、換地の法的効果自体は、土地区画整理事業計画決定から直接に生じるものではないが、一度計画が決定されれば、制度の構造上、極めて高い蓋然性をもって換地処分にまで到ることは否定し得ないのみならず、まさに、その段階に到るまでの現実の障害の発生を防止することを目的とする(いわば計画実施保障制限とも称すべき)建築行為等の制限効果が直接に生じることとなっている。そして、この制限は換地処分の公告がなされるまで継続的に課されるのであって、この意味において、事業計画決定は、土地区画整理事業の全プロセスの中において、いわば、換地にまで到る権利制限の連鎖の発端を成す行為であるということができる。
多数意見が「施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、前記のような規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべき」であるというのは、まさにこの意味であって、冒頭に見た従来の判例における「処分」概念との整合性についても、このように理解されるべきである。
裁判官泉徳治の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、土地区画整理事業の事業計画の決定が処分性を有する理由について、私の考えるところを補足しておくこととする。
1 本件土地区画整理事業は、都市計画法12条2項の規定により土地区画整理事業について都市計画に定められた施行区域の土地についての土地区画整理事業であるから、都市計画事業である(法3条の4第1項(平成15年法律第100号による改正前の土地区画整理法3条の5第1項)、法2条8項)。
都市計画法4条15項は、「この法律において『都市計画事業』とは、この法律で定めるところにより第五十九条の規定による認可又は承認を受けて行なわれる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう。」と規定し、同法4条7項は、「この法律において『市街地開発事業』とは、第十二条第一項各号に掲げる事業をいう。」と規定し、同法12条1項は、市街地開発事業として、「土地区画整理法による土地区画整理事業」、「都市再開発法による市街地再開発事業」などを掲げている。
都市計画事業は、公権力の行使である公用収用又は公用換地の手法によって、その法的実現が担保されている。
すなわち、法律に特別な規定があるものを除き、都市計画事業は、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用されるものとし(都市計画法69条)、法的実現の担保として土地収用法による公用収用の手法が採用されている。
土地収用法においては、同法20条の規定による事業の認定があり、同法26条1項の規定による事業の認定の告示があると、起業者に対して、同法の定める手続を履践することによって最終的には認定に係る起業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与される(同法39条1項)。起業地内の土地は、事業の認定の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。なお、告示された事業の認定は、行政不服審査法による不服申立ての対象とされている(土地収用法130条1項)。
そして、都市計画事業については、土地収用法20条の規定による事業の認定は行わず、都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可をもってこれに代えるものとされている(同法70条1項)
(ここでは、同法59条3項の規定による承認については触れないこととする。)。上記の認可を申請するには事業計画を記載した書面を提出しなければならず、事業計画には収用又は使用の別を明らかにした事業地を定めなければならない(同法60条1項、2項)。また、同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示をもって、土地収用法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなすこととされている(都市計画法70条1項)。その結果、都市計画事業の認可の告示があると、施行者に対して、事業地内の土地を収用し、又は使用し得る地位が付与され、事業地内の土地は、都市計画事業の認可の告示により、特段の事情のない限り、収用又は使用されることになる。
他方、都市計画事業として施行する土地区画整理事業については、法3条の4第2項が、都市計画法60条から74条までの規定を適用しないと規定し、公用収用の手法を採用しないことを明らかにしている。そして、法は、公用収用に代わる法的実現の担保として、最終的には換地処分に至る公用換地の手法を規定しているのである。
2 ところで、最高裁昭和63年(行ツ)第170号平成4年11月26日第一小法廷判決・民集46巻8号2658頁(以下「平成4年判決」という。)は、都市再開発法51条1項、54条1項の規定に基づき市町村により定められ公告された第二種市街地再開発事業の事業計画の決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分であると判示している。
市街地再開発事業の施行区域内において施行される第二種市街地再開発事業は、都市計画事業であり、土地収用法3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなされ、同法の規定が適用される(都市再開発法6条1項、都市計画法69条)。
市町村は、第二種市街地再開発事業を施行しようとするときは、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて事業計画を決定し、これを公告しなければならないが、この認可が都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可とみなされ、この認可及び公告により、市町村は、都市計画事業としての第二種市街地再開発事業の施行権を取得する(都市再開発法51条、54条)。また、上記の認可及び公告は、土地収用法20条の規定による事業の認定及び同法26条1項の規定による事業の認定の告示とみなされ、市町村は、これにより施行地区の土地に対し土地収用法による収用権限を取得する(都市再開発法6条4項、都市再開発法施行令1条の5、都市計画法70条1項)。
したがって、第二種市街地再開発事業の事業計画の決定及び公告により、施行地区内の土地の所有者等は、特段の事情のない限り、自己の所有地等が収用されるべき地位に立たされることになる。
平成4年判決は、このことを理由として、「公告された再開発事業計画の決定は、施行地区内の土地の所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすものであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」と判示したのである。
3 また、最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁(以下「平成17年判決」という。)は、都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可について、それが抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを当然の前提として、その取消訴訟に係る周辺住民の原告適格について判示している。
都市計画法59条の規定による都市計画事業の認可及び同法62条1項の規定による都市計画事業の認可の告示により、事業地内の土地に権利を有する者は、土地収用法により当該土地が収用又は使用されるべき地位に立たされることになるから、告示された都市計画事業の認可が抗告訴訟の対象となることは明らかである。
4 そこで、土地区画整理事業における事業計画の決定の法的性質について考えるに、法52条1項は、市町村が都市計画事業として土地区画整理事業を施行しようとする場合においては、事業計画において定める設計の概要について都道府県知事の認可を受けて、事業計画を定めなければならないと規定し、同条2項は、この認可をもって都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなすとしている。また、法55条9項は、市町村が上記事業計画を定めた場合においては、市町村長はこれを公告しなければならないと規定し、同条11項は、この公告があるまでは、市町村は事業計画をもって第三者に対抗することができないと規定している。すなわち、市町村は、事業計画の決定の公告により、都市計画事業として、事業計画に定める内容の土地区画整理事業を施行する権限を取得して、これを第三者に対抗することができ、以後、建築行為等の制限、仮換地の指定、建築物等の移転・除却及び工事等を経て、最終的に換地処分に至る強制処分により、土地区画整理事業を実施することになる。他方、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定の公告により、特段の事情のない限り、自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされることになるのである。
このように、土地区画整理事業の事業計画の決定は、そこにおいて定められる設計の概要についての認可が都市計画法59条に規定する都市計画事業の認可とみなされるのであり、その公告により施行者に法的強制力をもった事業の施行権が付与されるという点において、平成4年判決の第二種市街地再開発事業の事業計画の決定や、平成17年判決の都市計画施設の整備に関する事業に係る都市計画事業の認可、ひいては土地収用法20条の規定による事業の認定と同じ性質を有するものである。法的実現を担保する手法が、土地区画整理事業にあっては公用換地であるのに対し、第二種市街地再開発事業等にあっては公用収用であるという違いがあるにすぎないのである。
5 以上のように、土地区画整理事業の事業計画の決定及び公告の本質的効果は、都市計画事業としての土地区画整理事業の施行権の付与にある。法76条1項の規定による建築行為等の制限は、事業計画の決定及び公告そのものの効果として発生する権利制限ではなく、事業の円滑な施行を図るため法律が特に付与した公告に伴う付随的な効果にとどまるというべきである。土地区画整理事業の施行権の付与の効果及び建築行為等の制限の効果は、いずれも公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることを理由付けるものと考えるが、公告された事業計画の決定が抗告訴訟の対象となることの本来的な理由は、それが土地区画整理事業の施行権の付与という効果を有し、それにより施行地区内の宅地所有者等が特段の事情のない限り自己の所有地等につき換地処分を受けるべき地位に立たされるということにあるのである。
裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。
本判決は、当裁判所のこれまでの判例を変更して、土地区画整理事業の事業計画の決定にいわゆる処分性を認めるものであり、これに関連して検討すべき理論上及び実務上の問題が幾つかある。私は、多数意見に同調するものであるが、その立場から問題の所在を指摘し、一応の私見を述べておくこととしたい。
1 公定力と違法性の承継
 ある行政行為について処分性を肯定するということは、その行政行為がいわゆる公定力を有するものであるとすることをも意味する。すなわち、正当な権限を有する機関によって取り消されるまでは、その行政処分は、適法であるとの推定を受け、処分の相手方はもちろん、第三者も他の国家機関もその効力を否定することができないのである。
そして、このことがいわゆる違法性の承継の有無を左右することになる。すなわち、先行する行政行為があり、これを前提として後行の行政処分がされた場合には、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を理由とすることができるかどうかが問題となるが、一般に、先行行為が公定力を有するものでないときはこれが許されるのに対し、先行行為が公定力を有する行政処分であるときは、その公定力が排除されない限り、原則として、先行行為の違法性は後行行為に承継されず、これが許されないと解されている(例外的に違法性の承継が認められるのは、先行の行政処分と後行の行政処分が連続した一連の手続を構成し一定の法律効果の発生を目指しているような場合である。)。
 したがって、土地区画整理事業の事業計画の決定についてその処分性を否定していた本判決前の判例の下にあっては、仮換地の指定や換地処分の取消訴訟において、これらの処分の違法事由として事業計画の決定の違法を主張することが許されると解されていた。これに対し、本判決のようにその処分性を肯定する場合には、先行行為たる事業計画の決定には公定力があるから、たとえこれに違法性があったとしても、それ自体の取消訴訟などによって公定力が排除されない限り、その違法性は後行行為たる仮換地の指定や換地処分に承継されず(例外的に違法性の承継を認めるべき場合には当たらない。)、もはや後行処分の取消事由として先行処分たる事業計画の決定の違法を主張することは許されないと解すべきことになろう。
そうすると、事業計画の決定の処分性を肯定する結果、その違法を主張する者は、その段階でその取消訴訟を提起しておかなければ、後の仮換地や換地の段階ではもはや事業計画自体の適否は争えないことになる。しかし、土地区画整理事業のように、その事業計画に定められたところに従って、具体的な事業が段階を踏んでそのまま進められる手続については、むしろ、事業計画の適否に関する争いは早期の段階で決着させ、後の段階になってからさかのぼってこれを争うことは許さないとすることの方に合理性があると考えられるのである。
2 出訴期間と経過措置的解釈
 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認めるならば、抗告訴訟としてその取消しを求める訴訟を提起することが許されるが(行政事件訴訟法3条2項)、この取消訴訟には出訴期間の定めがあり、処分があったことを知った日(公告があった日に事業計画の決定を知ったことになる。)から6か月を経過したときは提起することができず、ただし、正当な理由があるときはこの限りでないこととされている(同法14条1項)。出訴期間が経過した場合には、事業計画の決定は形式的に確定し、いわゆる不可争力を生ずることになる。
 本判決の後にされる事業計画の決定については、出訴期間について特段の問題を生じないのであるが、本判決より前にされた事業計画の決定で、既に6か月の出訴期間を経過し、あるいはこれが切迫しているものについては、別途の配慮を要するであろう。本判決によって変更された従前の判例の下においては、国民は、土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性は認められないと判断して、通常はその段階では取消訴訟を提起しなかったであろうと考えられるからである。
この点に配慮するならば、本判決より前にされた事業計画の決定については、6か月の経過について上記の「正当な理由」があるものとして救済を図るといういわば経過措置的な解釈をすることが相当であろう。ただし、換地処分がされてその取消訴訟の出訴期間も経過しているような場合には、「正当な理由」があるとはいえないであろう。
3 取消判決の第三者効(対世効)と第三者の手続保障
 土地区画整理事業の事業計画の決定に処分性を認める場合に、事業計画の決定を取り消す判決が確定すると、取消判決の形成力によって、当該事業計画決定はさかのぼって効力を失う。そして、この判決は第三者に対しても効力を有する(行政事件訴訟法32条1項)。いわゆる取消判決の第三者効(対世効)である。
土地区画整理事業の事業計画の決定は、特定の個人に向けられたものではなく、不特定多数の者を対象とするいわゆる一般処分であるが、このような一般処分を取り消す判決の第三者効については、相対的効力説(原告との関係における当該処分の相対的効力のみを第三者との関係でも失わせるものであるとする見解)と絶対的効力説(第三者との関係をも含む当該処分の絶対的効力を失わせるものであるとする見解)の対立がある。詳論は避けることとするが、私は、行政上の法律関係については、一般に画一的規律が要請され、原告とそれ以外の者との間で異なった取扱いをすると行政上不要な混乱を招くことなどから、絶対的効力説が至当であると考えている。
 事業計画の決定を取り消す判決の第三者効によって、訴訟の当事者ではない関係者で、当該事業計画決定の適法・有効を主張する者は、不利益を被ることになるから、このような利害関係人が自己のために主張・立証をする機会を保障する必要がある。上記の絶対的効力説を採ったときは、特にその必要性が高い。
このような第三者の手続保障としては、まず、「訴訟の結果により権利を害される第三者」の訴訟参加がある(行政事件訴訟法22条)。例えば、土地区画整理事業の施行地区内の宅地所有者等で、当該事業計画決定は適法・有効であるとして事業の進行を望む者は、裁判所の決定をもって訴訟参加をし、被告の共同訴訟的補助参加人として訴訟行為を行うことができるものと考えたい。さらに、そうだとすれば、自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかった第三者は、第三者の再審の訴えを提起することができることになろう(同法34条)。したがって、第三者の手続保障に欠けるところはないというべきである。
裁判官今井功は、裁判官近藤崇晴の補足意見のうち1(公定力と違法性の承継)及び2(出訴期間と経過措置的解釈)に同調する。
裁判官涌井紀夫の意見は、次のとおりである。
私は、本件事業計画の決定が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとする多数意見の結論には賛成するが、その理由付けの仕方について多数意見とは考え方を異にする点があるので、その点について意見を述べておくこととしたい。
1 公権力の行使として行われる行為について抗告訴訟の対象となる行政処分性が肯定されるための最も基本的な要件が、その行為が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものといえるか否かの点にあることはいうまでもない。すなわち、問題となる行為が、個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものである場合には、そのことだけで処分性が肯定されるのが原則とされるものというべきである。
本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定について見ると、多数意見も指摘するとおり、この事業計画が定められ所定の公告がされると、施行地区内の土地については、許可なしには建築物の建築等を行うことができない等の制約が課せられることになっているのであるから、この事業計画決定が個人の権利・利益を直接に侵害・制約するような法的効果を持つものであることは明らかである。確かに、この建築制限等の効果は、土地区画整理事業の円滑な施行を実現するために法が事業計画に特に付与することとした付随的な効果ともいうべき性質を持つものではある。しかし、この建築制限等の効果が発生すると、施行地区内の土地は自由に建築物の建築を行うことができない土地になってしまい、その所有者には、これを他に売却しようとしても通常の取引の場合のような買い手を見つけることが困難になるという、極めて現実的で深刻な影響が生じることになるのである。このような効果は、抗告訴訟の方法による救済を認めるに足りるだけの実質を十分に備えたものということができよう。
2 もっとも、それ自体で個人の権利・利益を制約するような効果を持つ行為についても、その行為の段階でその適否を争わせるのでなしに、これに引き続いて行われることが予定されている後続の行為を待ってその適否を争わせることとすることの方が合目的的であり、個人の利益の救済にとってもそれで支障がないと考えられる場合があり得るところであり、そのような場合には、先行行為についてはその処分性を否定することも許されるものと考えられる。
これを本件の事業計画決定について見ると、例えば施行地区内の土地上に建築物を建築したいと考えている土地所有者の場合には、その建築に対する不許可処分が行われるのを待ってその不許可処分の適否を争わせることで、その建築制限等に伴う不利益に対する救済としては足りるものと考えることも可能であろう。しかし、このように所有地に自己の建築物を建築したいというのではなく、所有地を他に譲渡・売却する際の不利益を排除するためにこの建築制限等の制約の解除を求めている者の場合には、後にその適否を争うことでその目的を達することのできるような後続の行為なるものは考えられない(例えば、土地区画整理事業の進行に伴って後に行われる換地計画等の行為の取消請求が認容されたとしても、それによって当然にこの建築制限等の効果が解消されることとなるものではないし、仮にこの段階で当初の事業計画決定自体が取り消されることとなったとしても、それまでの間継続して被ってきた不利益がさかのぼって解消されることとなるものでもない。)のであり、抗告訴訟の方法でその権利・利益を救済する機会を保障するには、事業計画決定の段階での訴訟を認める以外に方法がないのである。
そうすると、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画の決定については、それが上記のような建築制限等の法的効果を持つことのみで、その処分性を肯定することが十分に可能であり、また、そのように解することが相当なものと考えられるのである。
3 多数意見の考え方は、上記のような建築制限等の法的効果についても言及はしているものの、結局は、事業計画の決定がされることによって、施行地区内の宅地所有者等が換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その法的地位に直接的な影響が生ずることになるという点に、本件事業計画決定の処分性を肯定する根拠を求めるものとなっていると解される(このように専ら換地処分による影響を根拠に処分性を肯定しようとする多数意見の考え方からすると、この建築制限等の法的効果への言及が理論的にどのような意味を持つことになるのかは、多数意見の判示からしても必ずしも明らかでないところがある。)。すなわち、そこでは、抗告訴訟の方法による救済を図るべき不利益等の内容としては、専ら土地区画整理事業の本来の目的である換地処分による権利交換という措置によってもたらされる不利益等が考えられているのであって、上記の建築制限等の効果が発生することによって個人の被る不利益は、それ自体を独立して取上げると抗告訴訟による救済の対象とするには足りないものと考えていることになるのである。しかし、前記のとおりこの建築制限等によって土地所有者の被る現実の不利益が具体的で深刻な実質を持つものであることからすると、このような考え方には問題があるものというべきであろう。
また、多数意見は、このように専ら換地処分の効果に着目して処分性の有無を考えるに際して、この換地処分の法的効果が現実に発生する前の段階においても、将来発生する法的効果の影響や実効的な権利救済を図る必要性の程度等を考慮して、抗告訴訟の対象となる行政処分性を肯定しようとするものである。しかし、このような考え方に立つと、そこでいわれる法的効果の影響や権利救済の必要性の度合いがどの程度であれば処分性が肯定されることとなるのか、その判断の基準が一義的な明確性を欠くものとなり、視点のいかんによってその判断が区々に分かれるという事態が避けられないこととなろう。現に、本件で問題とされている土地区画整理事業の事業計画決定そのものについて、見方によってはこの多数意見がいうのと同様の判断基準に立ったものとも解される昭和41年2月23日の当審大法廷判決の多数意見では、この段階で抗告訴訟の提起を認めることは妥当でなく、また、その必要もないと判断されていたのに対して、本件の多数意見は、これとは正反対の判断を行うに至っているのである。国民にとっても明確で分かりやすい形で訴訟の門戸を開いていくことによって、行政訴訟による権利救済の実効性を確保するという見地からするなら、処分性の有無の判断基準としても、できるだけ明確で分かりやすいものが望ましいものといえよう。その
意味でも、本件事業計画の決定の処分性を肯定する法的根拠としては、多数意見のように不安定な解釈の余地を残すような考え方ではなく、端的に上記の建築制限等という法的効果の発生という一事で足りるものとする考え方の方が簡明であり、相当なものというべきであろう。

退去強制発令書発付処分取消等請求事件
平成19年(行ウ)第357号
原告:A、被告:東京入国管理局長・東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第38部(裁判官:杉原則彦・品田幸男・島村典男)
平成21年3月6日

判決
主 文
1 東京入国管理局長が原告に対して平成18年12月4日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
2 東京入国管理局主任審査官が原告に対して平成18年12月4日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、ミャンマー連邦(ミャンマー連邦は、平成元年に改称した後の国名であるが、以下、改称の前後を区別することなく、同国を「ミャンマー」という。)の国籍を有する外国人である原告が、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定を受け、東京入管特別審理官から同認定は誤りがない旨の判定を受け、東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を受け、東京入管主任審査官から退去強制令書の発付処分を受けたため、自分は日本人を父に持つ日系人であり、そのことを考慮せずにされた上記の裁決及び退去強制令書発付処分は違法であるなどと主張して、これらの各取消しを求める事案である。
1 前提事実
本件の前提となる事実は、次のとおりである。証拠により容易に認めることができる事実等は、その旨付記した。その余の事実は、当事者間に争いがない。
 原告及び関係者の身分事項等
ア 原告は、昭和《日付略》にミャンマーで生まれた、ミャンマー国籍を有する外国人の男性である。
イ Bは、大正《日付略》に広島県で生まれ、昭和《日付略》に同県で死亡した、日本人の男性である。(乙11、22)
ウア 原告に係るミャンマー連邦身分証明カード(平成2年6月1日発行)には、父親として「B’」、民族として「日本+ビルマ」とそれぞれ記載されている。
イ 原告に係るミャンマーのメイ市の出生登録書(平成13年8月23日登録)には、父親として「B’’」と記載されている。
ウ 原告に係るミャンマーのメイ市の住民登録票には、父親として「B’’」、民族として「日本+ビルマ人」とそれぞれ記載されている。(乙11)
 原告の入国及び在留の状況
ア 原告は、平成5年7月6日、新東京国際空港(現在の成田国際空港)に到着し、東京入管成田支局(現在の成田空港支局)入国審査官から、入管法所定の在留資格「短期滞在」、在留期間「90日」の上陸許可を受けて本邦に上陸したが、在留資格の変更又は在留期間の更新を受けることなく、在留期限の同年10月4日を超えて本邦に不法残留するに至った。
イ 原告は、平成10年7月15日、居住地を東京都墨田区(以下「墨田区」という。)《住所略》とする外国人登録法3条1項に基づく新規登録を受けた。
 原告に係る退去強制手続
ア 警視庁本所警察署警察官は、平成18年10月18日、原告を入管法違反容疑で現行犯逮捕した。
イ 東京入管入国警備官は、平成18年10月19日、原告が入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、原告に対し、同令書を執行した。
ウ 東京入管入国警備官は、平成18年10月19日、原告に係る違反調査をし、原告を入管法24条4号ロ該当容疑者として、東京入管入国審査官に引渡した。
エ 東京入管入国審査官は、平成18年10月20日及び同年11月2日、原告に係る違反審査をし、その結果、同日、原告が入管法24条4号ロに該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定をし、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
オ 東京入管主任審査官は、平成18年11月16日、原告の収容期間を同年12月17日まで延長し、東京入管入国警備官は、同年11月16日、原告に収容令書を提示した。
カ 東京入管特別審理官は、平成18年11月20日、原告について口頭審理を行い、その結果、入国審査官の前記エの認定に誤りはない旨の判定をし、原告にその旨通知したところ、原告は、同日、法務大臣に対し、異議の申出をした。
キ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は、平成18年12月4日、前記カの異議の申出に対し、原告の異議の申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同日、東京入管主任審査官に本件裁決を通知した。
ク 前記キの通知を受けた東京入管主任審査官は、平成18年12月4日、原告に本件裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付し(以下「本件退令処分」という。)、東京入管入国警備官は、同日、同令書を執行した。
ケ 原告は、平成19年1月31日、入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)に移収された。
コ 東日本センター所長は、平成19年10月11日、原告に対し仮放免を許可し、原告は、同日、東日本センターを出所した。原告は、現在仮放免中である。
 原告の妻の出入国及び退去強制手続
昭和《日付略》生まれのミャンマー人の女性であり、原告と平成3年4月25日にミャンマーで婚姻した妻であるC(以下「訴外妻」という。)は、同9年6月12日、入管法所定の在留資格「短期滞在」、在留期間「90日」の上陸許可を受けて本邦に上陸したが、在留資格の変更又は在留期間の更新を受けることなく、在留期間の同年9月10日を超えて本邦に不法残留し、その後、同18年10月9日、出国命令を受けて出国した。(乙11、19)
 本件訴えの提起
原告は、平成19年6月4日、本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点
 本件裁決の適法性
東京入管局長は、原告につき在留を特別に許可すべき事情があるとは認められないと判断して本件裁決をしているが、原告については、原告がBを父とする日系人であること等を考慮して在留特別許可が付与されるべきであって、東京入管局長の上記判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用した違法なものであるということができるか。
 本件退令処分の適法性
東京入管主任審査官のした本件退令処分は、違法な本件裁決を前提とするものとして、又は東京入管主任審査官の裁量権の範囲を逸脱し、若しくは濫用したものとして、違法であるということができるか。
3 当事者の主張の要旨
 争点(本件裁決の適法性)について
ア 原告の主張
ア 在留特別許可の許否の判断に当たっての法務大臣及び同大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下、併せて「法務大臣等」という。)の裁量権は、出入国の公正な管理という入管法の目的の範囲内でのみ認められる。そして、外国人は、退去強制された場合には著しい不利益を受けることになるのであるから、法務大臣等が在留特別許可の許否を判断するに当たっては、比例原則の観点から、事実を正確に把握した上で、各種通達、先例、出入国管理基本計画、国際的な準則等の示すところに従い、慎重な検討をすべきであり、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断をした場合、又はその
判断が合理性を持つものとして許容されない場合には、当該裁決は、法務大臣等の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったものとして、違法になる。
イ Bは、昭和31年ころから同39年ころまで、D株式会社(以下「D」という。)の従業員として、当時Dがミャンマー南部のメルギー群島で行っていた真珠養殖事業のため、同群島に赴任していたところ、その間に知り合ったミャンマー人の女性であるEと事実上の夫婦関係となった。原告は、BとEとの間の子である。
本件裁決は、原告がBの子であるという事実を前提としていないところ、同事実は、入管法が日系人に対して手厚い保護を与えていることなどからすると、在留特別許可の許否の判断に当たり、大きく考慮されなければならない重要なものであり、同事実を考慮すれば、原告については当然に在留特別許可が付与されるべきであった。
ウ したがって、本件裁決は、考慮すべき事項を考慮せずに判断がされたものであり、東京入管局長の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったものとして、違法である。
イ 被告の主張
ア 在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦から退去を強制されるべき者に対し、在留を特別に認める処分であって、その性質は恩恵的なものである。
そして、在留特別許可の許否の判断に当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治、経済、社会等の諸事情、当該外国人の本国との外交関係、我が国の外交政策、国際情勢等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものである。
このように、在留特別許可に係る法務大臣等の裁量の範囲は極めて広範なものであって、極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても、それは、法律上当然に退去強制されるべき外国人について、なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど、在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られる。
イ 原告は、自分はBの子であると主張するが、これを裏付ける客観的かつ明確な資料が存在しない以上、その事実を認めることはできない。
ウ 仮に原告がBの子であったとしても、後記のとおり、それは原告に在留を特別に許可しなければならない積極的な理由とはならず、そのほか、在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情はない。
すなわち、まず、原告は、Bから認知されていないのであるから、入管法所定の在留資格「日本人の配偶者等」には該当しないし、当然に在留資格「定住者」に該当するものでもない。
また、原告は、1歳のころにBと離別してから本邦に入国するまで、ミャンマーにおいて、我が国とは全くかかわりのない生活をしていたもので、我が国との関係は希薄であり、他方、ミャンマーには妻及び長男がいるのであるから、帰国したとしても生活に特段の支障はない。
そして、原告は、平成5年7月に本邦に入国して間もなく不法就労を開始し、同9年6月にはミャンマーから妻を呼び寄せて、同18年10月に摘発されるまでの長期間にわたり、夫婦共に不法就労にいそしんでいたのであって、その在留状況は悪質であり、我が国の出入国管理行政上看過することはできない。
エ したがって、本件裁決は適法である。
 争点(本件退令処分の適法性)について
ア 原告の主張
ア 前記アのとおり、本件裁決は違法であるから、これに基づく本件退令処分も違法である。
イ 入管法24条は、同条各号の退去強制事由に該当する外国人については、5章に規定する手続により本邦からの退去を強制「することができる」と定め、他方、入管法5章の各規定は退去強制令書の発付に至る手続を定めたものにすぎないことからすると、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か、発付する場合それをいつにするかについて、裁量が認められているというべきである。
本件において、東京入管主任審査官は、東京入管局長による本件裁決と同様に、原告がBの子であるという考慮すべき事項を考慮せずに本件退令処分をしているので、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。
ウ したがって、本件退令処分は違法である。
イ 被告の主張
ア 退去強制手続において、法務大臣等から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合、主任審査官は、速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって、退去強制令書を発付するにつき全く裁量の余地はない。
イ したがって、本件裁決が前記イのとおり適法である以上、本件退令処分も当然に適法である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(本件裁決の適法性)について
 法務大臣等の裁量権等について
入管法50条1項柱書きは、入管法49条1項所定の異議の申出を受理したときにおける同条3項所定の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合でも、法務大臣は在留を特別に許可することができるとし、入管法50条3項は、この許可をもって異議の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨定めているところ、この在留特別許可を付与するか否かの判断は、法務大臣の極めて広範な裁量にゆだねられていると解すべきである。しかし、このような法務大臣の在留特別許可の許否の判断であっても、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものとして、違法というべきものである。そして、このことは、法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長である東京入管局長についても同様に当てはまるところというべきである。
 争点に対する判断の基礎となる事実関係について
ア 証拠(該当箇所に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
ア B及びEの事実上の夫婦関係並びにEの出産等
a Bは、昭和31年ころ、Dの従業員として、当時Dがミャンマー南部のメルギー群島においてミャンマー企業と合弁で行っていた真珠養殖事業のため、同群島内にあるマルコム島に赴任し、潜水夫の仕事をしていた。Bには日本人の妻及び養子がおり、両名を日本に残しての単身赴任であった。ところが、Bは、同36年ころ、ミャンマー人の女性であるE(なお、当時は「E’」と呼ばれていた。)と事実上の夫婦関係となり、マルコム島において同居するようになった。やがてEは懐胎し、Bをマルコム島に残し、マルコム島の北にある都市であるメイに移動して、出産に備えた。
b Fは、昭和32年7月、Dの従業員としてマルコム島に赴任し、真珠貝を管理する仕事をしており、Bとは同僚及び友人として交流があった。
Fは、前記aのとおりEがメイで出産に備えていたころ、ちょうど同地に滞在していたので、Bから、Eの出産の折にはよろしく頼むと言われていた。そこで、Fは、Eが産気づいた時に、Eを病院まで車で搬送した。
そして、Eは、昭和《日付略》、メイの病院において原告を出産した。
c ミャンマーでは、昭和37年に起こった軍事クーデターによって樹立された新政府の方針で、Dを含む外国会社の事業が接収されることになった。そこで、B、FらDの従業員は、同38年12月、マルコム島からメイに移動し、数箇月間そこに留め置かれた後、同39年3月にヤンゴン経由で日本に帰国した。なお、Bは、上記のとおりメイに留め置かれていた間に、同地に家を新築又は購入し、E及び前記bのとおり同女が出産した原告と共に居住していたが、同人らを残して単身で帰国した。
d B及びFは、日本に帰国して約1年後、Dの真珠養殖事業のため、今度はフィリピンに赴任した。Bは、フィリピンにおいて、Eが産んだ子供が日本に来たいと言ったら受け入れるつもりである旨をFに話し、また、E及び原告のことを気にかけていた。(甲1の1ないし3、5、11、12、19の1ないし7、20、22から24まで、28から32までの各1及び2、33、34、36から38まで、乙11、23、証人F)
イ 原告のミャンマーでの生活状況等
a 原告は、前記アのとおり、メイで生まれ、同地で成育した。原告は、幼少の頃より、母親であるEから、父親がBという名前の日本人であることや、その父親が原告を「A’ ちゃん」と呼んでいたことを聞かされていた。また、原告の生家にはBが写った写真が複数あり、原告は、就寝前にそれらの写真の一部(甲5の番号⑨、⑩、⑭)に向かってひざまずき、祈りをささげていた。しかし、原告には父親についての直接的な記憶はない。(甲2、3、5、18、27、乙9、11、23、原告本人)
b 原告は、高校在学中であった昭和55年11月、東京都内の「G」という女性及びDのマネージャーにあてて、それぞれ手紙を出した。その内容は、自分はEと「B’」又は「B’’」という日本人(Bを指すものと考えられる。)の間の子であるが、自分が幼いときにその父親は日本に帰国したため、連絡が途絶えてしまったことを告げ、父親と連絡を取る方法を尋ね、父親からの返信を請うものであった。しかし、上記各手紙は、いずれも転居先不明のため原告に返送された。(甲8、9、27、乙9、11、原告本人)
c 原告は、昭和56年ころ、ミャンマーで戦死した日本人を慰霊するためにメイを訪れていたHら複数名の日本人(同人らは、「I会」という名称の団体を構成していた。)と知り合い、同人らに対し、自分の父親は日本人であり、その父親を捜してほしいとか、日本に行きたいというような話をした。原告とI会の構成員との交流はその後も続き、その構成員は、原告が来日する際の身元保証人になったり、来日直後の原告を約1週間自宅に滞在させたりしたほか、平成15年ないし同16年ころには、I会の行事である旅行に原告を招いたこともあった。(甲4、7、27、乙8、9、11、原告本人)
d Eは、昭和《日付略》、ヤンゴンの病院において、《病名略》のため死亡した。(甲27、乙6、原告本人)
e 原告は、昭和57年、ミャンマー国籍を選択する手続をした上で、同年3月にメイの高校を卒業し、その後、共同組合省に勤務する公務員となって、その仕事を平成4年ころまで続けていた。(甲27、乙6、9、原告本人)
f 前記bのとおり日本にあてた手紙が転居先不明で返送されてきた後、原告は、ミャンマー国内のDの関係先からの情報により、Dの新しい住所を突き止めた。そして、原告がDにあてて平成2年2月8日付けで手紙を出したところ、元従業員であるJから、同月27日付けの返信があった。その内容は、Bが既に18年前に死亡していることを知らせるとともに、DにおけるBの知人として、F外4名を原告に紹介するものであった。原
告は、この手紙によって、既にBが死亡していることを初めて知った。(甲10、27、乙9、原告本人)
g 原告は、平成3年4月25日、訴外妻と婚姻し、同《日付略》、同人との間に長男をもうけた。(甲27、乙6、11、原告本人)
ウ 原告の来日後の生活状況等
a 原告は、来日して約2箇月後である平成5年9月ころから東京都内で清掃作業員として稼働し始め、前記第2の1アのとおり同18年10月18日に現行犯逮捕されるまでそれを続け、月額約17万5000円の収入を得ていた。また、原告は、不法残留中に、同のとおり、訴外妻をミャンマーから呼び寄せ(なお、長男はミャンマーに残った。)、東京都内で同居して、訴外妻においても不法就労により月額約14万円の収入を得ていた。(甲27、乙9、11、原告本人)
b 原告は、来日後間もなく、I会の助力を得て、Fと初めて対面し、その後も、後記の平成7年の墓参りまでの間に、Fを始めとするDにおけるBの知人と複数回会っていた。
当初は、原告が十分な日本語能力を有していなかったことから、あいさつ程度のやり取りしかなかったが、その後、原告は、Fに対して、Bの墓参りに行きたいと述べるようになっていった。(証人F)原告は、平成7年5月10日、Fと共に広島県竹原市(以下「竹原市」という。)を訪れ、初めてBの墓参りをした。 
また、原告は、平成14年1月にも、訴外妻と共に竹原市を訪れ、Bの墓参りをした。
原告と、Fを始めとするDにおけるBの知人及びI会の構成員との間の交流は、現在も続いている。(甲1の1及び2、4から6まで、19の1ないし3、21、25の1及び2、27、乙9、11、23、証人F、原告本人)c 原告は、来日後、行政書士らに認知の手続について相談するなどしていた。そして、原告は、前記第2の1ウイのミャンマーのメイ市の出生登録書が戸籍法41条の証書(認知証書)に該当するとして、平成14年10月17日、竹原市長に対し、Bによる原告についての認知事項記載の申出をしたが、同市長は、同16年1月14日、上記申出を不受理とした。
原告は、竹原市長の前記不受理処分を不服として、広島家庭裁判所呉支部に対し、前記の認知事項記載の申出を受理すべきことを同市長に命じる旨の審判を求める申立てをした(同裁判所平成○年(家)第○号市町村長の処分に対する不服申立事件)。これに対し、同裁判所は、平成18年9月22日付けで、①日本の民法は、非嫡出親子関係のうち父子関係の成立について認知主義を採用しているところ、Bと原告の父子関係を成立させる日本の方式による認知の届出はなく、裁判認知もない、②ミャンマーにおいては、非嫡出親子関係の成立について事実主義を採用していると考えられるから、前記出生登録書を戸籍法41条の証書(認知証書)とみることはできないなどとして、原告の上記申立てを却下する旨の審判をした。(乙11、21から23まで)
イ 前記アの各事実によれば、Eが出産した子供である原告は、BとEとの間にできた子であると認めることが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない(この認定は、前記第2の1ウの各文書の記載内容や、Fを始めとして、生前のBを知る複数の者が、原告がBとよく似ているという感想を持っている事実(甲19の1、証人F)とも符合するものである。)。
したがって、原告はBの血縁上の子である(ただし、原告はBから認知されていない。(乙22、弁論の全趣旨))。
 争点に対する判断
ア 前記第2の3イイのとおり、被告は、原告がBの血縁上の子であることを認めていないので、本件裁決は、同事実を考慮せずにされたものと考えられる。そうすると、前記の判断の枠組みによれば、本件裁決の適法か否かは、東京入管局長が同事実を考慮しなかったことをもって、本件裁決の判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものであるといえるか否かによることになる。
イ そこで検討するに、入管法上、「日本人の配偶者等」の在留資格をもって在留する者は、日本人の配偶者若しくは民法817条の2の規定による特別養子又は日本人の子として出生した者という身分を有する者としての活動を行うことができ(入管法2条の2第2項、別表第二)、別表第一で規定されている各在留資格をもって在留する者とは異なり、本邦在留中に行うことができる活動に制限はない。したがって、入管法は、上記の各身分を有する者に対し、本邦への在留について高度の保護を与えているものということができる。
ところで、上記の各身分のうち「日本人の子として出生した者」とは、日本人の実子、すなわち、日本人の嫡出子又は認知された非嫡出子を指すものと解される。したがって、日本人男性の血縁上の子であるというだけでは「日本人の子として出生した者」に該当するものではない。
しかし、日本人男性の血縁上の子は、認知された非嫡出子となるための前提というべき身分であって、同男性から認知を受けさえすれば非嫡出子となり、同男性が認知をしないときは、認知の訴え(民法787条)を提起して認容判決を受けることにより、非嫡出子の身分を取得することができるのであるから、日本人男性の血縁上の子であるという事実は、非嫡出子という身分の中核と評価されるべきものというべきである。
さらに、国籍法3条1項は、「父又は母が認知した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であったときは、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。」と規定している。したがって、日本人男性の血縁上の子は、20歳未満であり、同男性から認知を受ければ、届出によって日本国籍を取得することまでも可能なのであるから、我が国との強い結び付きを有する者ということができる。
以上によれば、日本人男性の血縁上の子であるという事実は、入管法上在留について高度の保護を与えられている「日本人の子として出生した者」の中核と評価されるべきものとして、また、その者と我が国との強い結び付きを示すものとして、在留特別許可の許否を判断するに当たり、重要なな積極的事情として考慮されなければならないものというべきである。そして、同事実は、原告のように、出訴期間制限(民法787条ただし書)によりもはや認知された非嫡出子となることができない者についても、かつてはそれが可能であったのであり、かつ、血縁上の親子関係に変化はないのであるから、同様に重要な積極的事情としての考慮が求められるべきものである。
ウ ところで、原告は、前記アイのとおり、1歳のころにBと離別してから本邦に入国するまで、ミャンマーにおいて生活していたものであるが、他方において、その間も、Eから、血縁上の父親が日本人のBであることを聞かされ、Bの写真に祈りをささげるなどして成育し、日本にいるBと連絡を取ることを希望して、D等に複数回手紙を出し(うち1回は返信を受領)、I会の構成員との接触を続けてきたのであるから、直ちに我が国との関係が希薄であるということはできない。
また、原告は、前記アウaのとおり、平成5年7月に本邦に入国して間もなく不法就労を開始し、同9年6月にはミャンマーから妻を呼び寄せて、同18年10月に摘発されるまでの長期間にわたり、夫婦共に不法就労を続けていたものであり、このことが、在留特別許可の許否を判断するに当たっての消極的事情として考慮されるべきことは当然であるが、他方、原告は、同bのとおり、Bの墓参りを2回実現させているほか、Fを始めとするDにおけるBの知人及びI会の構成員との交流を続けているのであり、このような、Bの血縁上の子と
しての原告の行動についても、着目する必要がある。
エ そうすると、前記イのとおり、日本人男性の血縁上の子であるという事実が在留特別許可の許否を判断するに当たっての重要な積極的事情であること、及び前記ウで説示したことを総合すれば、本件裁決に当たり、仮に原告がBの血縁上の子であるという事実を考慮していたとしても結論に影響がなかったとは到底考えられないところである。 
したがって、原告がBの血縁上の子であるという事実を考慮しなかった本件裁決は、全く事実の基礎を欠くものといわざるを得ず、東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものというべきである。
よって、本件裁決は違法であり、取り消されるべきものである。
2 争点(本件退令処分の適法性)について
本件裁決が違法であることは前記1のとおりであるから、これを前提とする本件退令処分も違法であり、取り消されるべきものである。
第4 結論
よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

退去強制令書発付処分取消請求事件
平成20年(行ウ)第186号(甲事件)、平成20年(行ウ)第198号(乙事件)
原告:A(甲事件)・B(乙事件)、被告:国(甲事件・乙事件)
東京地方裁判所民事第38部(裁判官:杉原則彦・品田幸男・島村典男)
平成21年3月27日

判決
主 文
1 東京入国管理局長が甲事件原告に対して平成19年11月30日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
2 東京入国管理局主任審査官が甲事件原告に対して平成19年12月11日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
3 東京入国管理局長が乙事件原告に対して平成19年11月30日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
4 東京入国管理局主任審査官が乙事件原告に対して平成19年12月11日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する外国人である原告らが、それぞれ東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定を受け、東京入管特別審理官から同認定に誤りはない旨の判定を受け、東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を受け、東京入管主任審査官から退去強制令書の発付処分を受けたため、上記の各裁決及び各退去強制令書発付処分を不服として、これらの各取消しを求める事案である。
1 前提事実
本件の前提となる事実は、次のとおりである。いずれも証拠等により容易に認めることのできる事実であるが、括弧内に認定根拠を付記している。
 原告らの身分事項について
ア 甲事件原告(以下「原告夫」という。)は、《日付略》、韓国で生まれた韓国国籍を有する外国人の男性である。(乙1、4の1、5)
イ 乙事件原告(以下「原告妻」という。)は、《日付略》、韓国で生まれた韓国国籍を有する外国人の女性である。(乙2、4の2、6)
ウ 原告らは、昭和58年4月に結婚し、両者の間には、《日付略》に長男(以下「訴外長男」という。)が、《日付略》に長女(以下「訴外長女」といい、訴外長男と併せて「訴外子ら」という。)
が生まれた。(乙4の1及び2、5、6、31の4)
 原告夫の過去の出入国及び在留歴等について
ア 原告夫は、昭和62年3月29日、新東京国際空港(現在の成田国際空港。以下「成田空港」という。)に到着し、東京入管成田支局(現在の成田空港支局。以下「成田支局」という。)入国審査官から、在留資格を平成元年法律第79号による改正前の出入国管理及び難民認定法4条1項4号所定のもの(以下、この在留資格を「4-1-4」という。)、在留期間を「60日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
原告夫は、昭和62年5月22日及び同年7月22日、それぞれ在留期間を各「60日」とする在留期間更新許可を受けた。
原告夫は、昭和62年9月24日、成田空港から出国した。(乙1)
イ 原告夫は、昭和63年2月18日、成田空港に到着し、成田支局入国審査官から、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「60日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
原告夫は、昭和63年4月13日及び同年6月9日、それぞれ在留期間を「60日」及び「30日」とする在留期間更新許可を受けた。
原告夫は、昭和63年7月17日、成田空港から出国した。(乙1)
 原告らの今回の入国及び在留状況等について
ア 原告らは、昭和63年9月4日、成田空港に到着し、成田支局入国審査官から、原告夫について、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「30日」とする上陸許可を、原告妻について、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「60日」とする上陸許可をそれぞれ受けて本邦に上陸した。
原告らは、その後、在留期間の更新又は在留資格の変更の許可を受けることなく、原告夫について在留期限である昭和63年10月4日を、原告妻について在留期限である同年11月3日をそれぞれ超えて本邦に不法残留した。
原告らは、上記上陸直後ころからおおむね継続して就労し、平成16年9月7日からは、東京都豊島区において焼き肉店を経営するようになった。(乙1、2、5、6、13、14)
イ 原告らは、それぞれ外国人登録法に基づき、平成9年10月16日、居住地を東京都荒川区《住所略》とする各新規登録を受け、同10年10月19日、居住地を同区《住所略》とする各変更登録を受け、同15年6月2日、居住地を東京都台東区《住所略》とする同各登録を受け、同16年10月4日、居住地を東京都豊島区《住所略》とする同各登録を受けた。(乙1、2、5、6)
 原告らに対する退去強制手続等について
ア 原告らは、平成18年4月24日、自ら東京入管に出頭して不法残留の事実を申告するとともに、本邦在留を希望した。(乙3及び4の各1及び2)
イ 東京入管入国警備官は、平成18年10月16日、原告らに係る違反調査をし、同年11月2日、原告らが入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして東京入管主任審査官から各収容令書の発付を受け、同月7日、同各令書を執行して原告らを東京入管収容場に収容した上、同号ロ該当者として東京入管入国審査官に引渡した。原告らは、同日、仮放免を許可された。(乙5ないし7、8ないし10の各1及び2)
ウ 東京入管入国審査官は、平成18年11月7日及び同19年2月6日、原告らに係る違反審査をし、その結果、同日、原告らがいずれも入管法24条4号ロに該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨各認定し、これらを通知したところ、原告らは、同日、それぞれ特別審理官による口頭審理を請求した。(乙11ないし14、15の1及び2、24)
エ 東京入管特別審理官は、平成19年11月29日、東京入管において、東京都台東区議会議員Cを立会人として原告夫に係る口頭審理をするとともに、原告妻に係る口頭審理をし、その結果、東京入管入国審査官の各認定にいずれも誤りがない旨各判定し、これらを通知したところ、原告らは、同日、法務大臣に対し、異議の申出をした。(乙16、17、18及び19の各1及び2)
オ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は、平成19年11月30日、原告らの異議の申出にはいずれも理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)をし、同日にその通知を受けた東京入管主任審査官は、同年12月11日、原告らに本件各裁決を通知するとともに、それぞれ韓国を送還先とする退去強制令書発付処分(以下「本件各退令処分」という。)をし、東京入管入国警備官は、同日、同各令書を執行し、原告らを東京入管収容場に収容した。
原告らは、平成20年2月29日、入国者収容所東日本管理センターに移収されたが、同年10月2日、仮放免を許可されて同センターを出所した。(乙20ないし23の各1及び2、28及び29の各1及び2)
 本件訴えの提起
原告らは、平成20年4月1日、本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点
 本件各裁決の適法性
東京入管局長は、原告らにつき在留を特別に許可すべき事情があるとは認められないと判断して本件各裁決をしているが、原告らは本邦における在留状況等を理由として在留特別許可を付与されるべきであって、東京入管局長の上記判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用した違法なものであるということができるか。
 本件各退令処分の適法性
東京入管主任審査官のした本件各退令処分は、違法な本件各裁決を前提とするものとして、違法であるということができるか。
3 当事者の主張の要旨
 争点(本件各裁決の適法性)について
(原告らの主張)
在留特別許可の許否の判断に当たり、法務大臣及び同大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下、併せて「法務大臣等」という。)に一定の裁量が認められることは否定できないとしても、入管法が目的とする「出入国の公正な管理」(入管法1条)とは、国内の治安及び労働市場の安定等の公益、国際的な公平性及び妥当性の実現、憲法、国際慣習及び条理等により認められる外国人の正当な利益の保護を図るための管理を意味するものであるところ、上記の裁量は、このような公益と外国人の正当な権利及び利益の調整を図るという趣旨に羈束されるものである。
そして、次の事情を考慮すれば、本件各裁決が考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮するなどして比例原則に反し、裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用してされたものであることは明らかである。
ア 原告らは、不法入国者ではなく、その本邦滞在期間は長期間に及び、我が国において平穏に生活している。
イ 原告らは我が国において身を粉にして働き、その結果、株式会社aの商号を使用して焼き肉店の営業をすることを許諾されるなど絶大な信頼を得て有限会社を設立し、従業員として日本人約18名を雇用して同店の経営に当たっている。
ウ 原告らについては、入管法違反以外の罪を犯したことはなく、我が国において善良な一市民として生活の基盤を築いているところ、在留資格を有しないという不安定な状況に悩み、その結果、自主的に不法残留事実を申告したものである。
エ 原告らは既に20年近く本国を離れており、原告らの年齢も考慮すると、現段階で帰国しても、住む所はもちろん、就職先を見付けることも困難である。
オ そして、このような原告らについて在留特別許可を付与したとしても、原告らの我が国における特殊な安定的地位に照らすと、他に類似の事例は見いだしがたいから、一般的な不法残留者の取締りの要請に反するとまではいえず、我が国の出入国管理行政に具体的な支障を生ずることはない。
(被告の主張)
ア そもそも、国家は、国際慣習法上、外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約ないし取決めがない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり、憲法上も、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない。
在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦から退去を強制されるべき者に対し、在留を特別に認める処分であって、その性質は恩恵的なものというべきである。そして、在留特別許可の許否の判断に当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治、経済、社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものである。
このように、在留特別許可に係る法務大臣等の裁量の範囲は極めて広範なものであって、極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても、それは、在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど極めて特別な事情が認められる場合に限られる。
イ 原告らはそれぞれ入管法24条4号ロ(不法残留)という退去強制事由に該当するところ、不法滞在が長期間継続されたからといって法的保護を受けるものではない。そして、原告らの入国及び在留状況は悪質であり、出入国管理行政上、到底看過することができないこと、原告らが東京入管に出頭申告したのは、不法残留の期間を計画的かつ周到に長期化させた上でのことであること、訴外子らの入国に係る手続では不正な申告書が作成されているところ、原告らはこれに関与したとうかがうことができるから、その遵法精神に疑問を抱かざるを得ないこと、原告らが本国に帰国した場合の不利益は、在留特別許可の許否の判断において考慮すべきではなく、また、原告らが帰国して生活することに特段の支障もないことなどに照らすと、原告らに在留特別許可を付与すべき極めて特別な事情は認められず、本件各裁決に裁量の逸脱又は濫用がないことは明らかであるから、本件各裁決は適法である。
 争点(本件各退令処分の適法性)について
(原告らの主張)
本件各裁決は違法であるから、これを前提とする本件各退令処分も違法である。
(被告の主張)
退去強制手続において、法務大臣等から異議の申出には理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合には、主任審査官は、速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって、退去強制令書を発付するにつき全く裁量の余地はない。
したがって、本件各裁決が前記のとおり適法である以上、本件各退令処分も当然に適法である。
第3 争点に対する判断
1 争点(本件各裁決の適法性)について
 法務大臣等の裁量権等について
入管法50条1項柱書きは、入管法49条1項所定の異議の申出を受理したときにおける同条3項所定の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合でも、法務大臣は在留を特別に許可することができるとし、入管法50条3項は、この許可をもって異議の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨定めているところ、この在留特別許可を付与するか否かの判断は、法務大臣の極めて広範な裁量にゆだねられていると解すべきである。しかし、このような法務大臣の在留特別許可の許否の判断であっても、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものとして、違法というべきものである。そして、このことは、法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長である東京入管局長についても同様に当てはまるところというべきである。
 そこで、以上の判断の枠組みに従って、原告らに在留特別許可を付与しないとした東京入管局長の判断に裁量の逸脱又は濫用があるといえるか否かについて検討する。
ア 証拠(該当箇所に併記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア 原告夫は、《日付略》、韓国の済州島(済州特別自治道)で生まれた韓国国籍を有する外国人の男性である。
原告夫の両親は、既に死亡しており、原告夫の異母弟3人及び異母妹4人は、現在、いずれも韓国で生活している。なお、原告夫の伯母は、大阪府に居住している。
原告夫は、昭和48年、済州島に在る工業高等学校を卒業し、兵役を務めた後、約4年間は大型貨物船の船員として働き、その船舶の乗員として日本各地の寄港地に上陸するなどし、その後の3年間か4年間は原告夫の実家の農業に従事するなどして、この間、前記第2の1の前提事実(以下「前提事実」という。)ウのとおり、同58年4月に原告妻と結婚した(ただし、戸籍上の婚姻申告日は、同62年11月10日である。)。(甲1、乙4の1、5、13、16、17、31の4、原告夫本人)
イ 原告妻は、《日付略》、韓国の済州島で生まれた韓国国籍を有する外国人の女性である。
原告妻の両親は、既に死亡しており(なお、原告妻の母親の死亡日は、《日付略》である。)、原告妻の異母姉1人、兄2人及び弟1人は、現在、いずれも韓国で生活している。
原告妻は、昭和51年、済州島に在る中学校を卒業し、原告妻の実家の農業に従事するなどし、前記アのとおり、同58年4月に原告夫と結婚した後、前提事実ウのとおり、《日付略》には訴外長男を、《日付略》には訴外長女をそれぞれ出産した。(甲5、乙4の2、6、14、17、31の4、原告妻本人)
ウ 原告らは、結婚後、原告夫の実家の農業に従事していたが、収入が少なく、相当程度の負債があってその返済もままならないため、原告夫において稼働目的で来日することを思い立ち、前提事実のとおり、原告夫は、昭和62年3月29日から同年9月24日まで、同63年2月18日から同年7月17日まで、それぞれ「4-1-4」の在留資格をもって本邦に在留し、いずれも埼玉県川口市内のパチンコ店で不法就労するなどした。(甲1、乙13、14、16、17、原告夫本人)
エ さらに、原告らは、夫婦そろって少なくとも数年間は日本で稼働することを思い立ち、訴外子らを原告妻の母親(訴外子らの祖母)に預け、前提事実アのとおり、昭和63年9月4日、いずれも「4-1-4」の在留資格をもって本邦に上陸した。
原告らは、来日後、2箇月間か3箇月間は埼玉県川口市内のパチンコ店で働き、原告夫は、その後、東京都台東区内のラーメン店での勤務を経て、平成元年ころからは、Dが代表取締役を務める株式会社aの経営する焼き肉店でホール係として働くようになった。なお、株式会社aは、原告夫が働き始めた当時は十数店舗の焼き肉店を経営していたところ、現在では、全国でおよそ50の焼き肉店、従業員約2000名を擁し、これらの店舗はすべて直営で、業界内で最も売上げの多い企業である。また、Dは、現在、農林水産省認可に係る事業協同組合である加盟店舗数約2000の全国焼肉協会の会長も務めている。
株式会社aでは、当初、適法に本邦で就労することができる在留資格の有無をさほど問うことなく、本邦に在留する外国人を従業員として雇っていたが、平成11年前後ころ、外国人の不法就労者の存在が社会問題として表面化してきたことから、このころ、同社で働いていた不法就労者をすべて解雇し、原告夫も、これに前後して同社を辞めた。
なお、株式会社aは、前記のとおり、焼き肉店を直営する経営方針を採っており、「a」という商号を使用させて他者に焼き肉店を経営させるフランチャイズ事業は行っていないものの、Dとの個人的関係等により、これまでに数店、他の経営者に「a」の商号を使用して焼き肉店を経営することを許諾したことがあるところ、平成12年当時、このような店舗として東京都豊島区内に「b」があり、株式会社aとは資本関係なく、Dの幼なじみが同店を経営していた。そして、株式会社aを辞めた原告夫は、このころからbの店長として働くようになり、上記のDの幼なじみと共にDを訪れるなどして、Dとの交際は絶えなかった。
他方において、原告妻は、上記のとおり、2箇月間か3箇月間ほどパチンコ店で働いた後、胆石を患った約1年間を除いて東京都台東区内の飲食店数店等で順次働くなどし、平成12年ころからは、原告夫が店長を務めるbで働いた。
原告らは、上記の来日後、2年ほどして負債を返済することができ、このころか、あるいはその後1年が経過したころから、本国である韓国で原告妻の母親と共に暮らす訴外子らに対し、月額7万円から10万円ほどの仕送りをするようになった(なお、訴外子らは、《日付略》に原告妻の母親が死亡した後は、原告妻の兄の子と共に暮らしていた。)。(甲1、5、6、乙4の1及び2、5、6、13、16、17、証人D、原告夫本人、原告妻本人)
オ 前記エのbの経営者は、平成14年ころに病を得て同16年3月ころに死亡し、同店は廃業することになったので、原告夫を含め、同店の従業員は職を失うことになった。原告夫は、不法残留の身では新たに就職先を見付けることは難しいと考え、また、同店の従業員たちも営業を継続したいと要望していたことなどから、自ら焼き肉店を経営することを決意し、Dにその援助を願い出た。Dは、原告夫が不法残留者であることは知っていたものの、株式会社aに勤務していたころの働きぶりやその人柄などを極めて高く評価していたことから、これを快諾し、焼き肉店の新規開店に必要な約4200万円の資金のうち約2500万円について、Dが自ら貸すか、他からの借入れを保証するなどして原告夫に資金援助をしたほか、原告夫が株式会社aの商号を使用して営業を行うことを許諾した。そこで、原告夫は、友人から更に約2000万円を借り入れるなどし、同年9月7日に東京都豊島区において「c」を開店し、原告妻と共にその経営に当たることとした。
cの開店に当たり従業員となったのは、bの元従業員らであった。これまでcで従業員として働いた者のうち、2人は適法に就労することができる在留資格を有する外国人であり、その余の十数人の従業員は、すべて日本人である。
その後、原告夫は、cの経営を会社組織で行うため、平成17年12月26日に有限会社cを設立し、その取締役に就任した。
Dの経営する株式会社aと原告夫の経営する有限会社c’ の間には、資本関係はないが、来店客に提供する肉、漬物、焼き肉のたれ等は、前者の工場から後者の店舗に直接配送されており、Dが確認したところ、cにおける接客等は、株式会社aの直営店におけるものと比べそん色のないものであった。なお、株式会社aの商号を使用することの許諾を得ている店舗は、現在では、cのみである。(甲2、6、乙4の1及び2、5、7、13、14、25、証人D、原告夫本人、原告妻本人)
カ cの営業時間は、毎日午前11時30分から翌日午前3時までで、年中無休である。原告夫は毎日午後5時ころから閉店まで勤務し、また、原告妻は毎日午前10時ころから、日によって午後6時ころ又は午後10時ころまで勤務し、それぞれ週に1日か2日の休暇を取っていた。
原告夫が有限会社c’ から受ける報酬は月額約120万円であり、原告妻のそれは月額約50万円であったが、遅くとも原告らが収容された平成19年12月11日ころから、原告らはcの経営を従業員のマネージャーに任せ、報酬を受領していない。
原告らは、肩書地のマンションを月額19万円の賃料で賃借しているが、原告らが東京入管に出頭した平成18年4月24日当時、合わせて約1000万円の預貯金を有しており、現在はこれを生活費等に充てている。
また、原告夫は、韓国の実家の土地家屋を所有しているが、家屋については長年住む者がなく、居住に適さない状態であり、土地(農地)については原告夫の親族が管理している。
なお、訴外長男は、平成18年ころに兵役を終え、専門学校に入学し、このころ、訴外長女も専門学校に通学していたが、訴外子らは、本件各裁決及び本件各退令処分がされた後の同20年4月3日に来日し、いずれも「就学」の在留資格で日本語学校に通学するなどし、現在は肩書地で原告らと共に生活している。(乙4の1及び2、5、7、13、14、16、17、34、原告夫本人、原告妻本人)
キ 原告らは、日常会話程度の日本語には通じており、平成18年10月16日に実施された違反調査(前提事実イ)、同年11月7日及び同19年2月6日に実施された違反審査(前提事実ウ)及び本件訴訟において実施された原告本人尋問では、いずれも通訳を介さずに質問を受けて供述した。(乙5ないし7、11ないし14、原告夫本人、原告妻本人)
なお、原告らについて前科前歴があることをうかがわせる証拠はない。
ク なお、原告らが平成18年4月24日に自ら不法残留の事実を申告した後の経過は、前提事実のとおりである。
イ 原告らは、前提事実アのとおり、本邦に不法残留したものであり、入管法24条4号ロ所定の退去強制事由に該当する者であるから、原告らがいずれも法律上当然に退去強制されるべき外国人に当たることは明らかである。
ウ 在留特別許可の許否の判断に当たっての消極的要素について
ア 前記アの認定事実(以下「認定事実」という。)及び前提事実によれば、原告らは、当初から稼働目的を有していたにもかかわらず、そのような目的を有することを秘して本邦に上陸したものであるところ(認定事実エ)、このような原告らの行為は、原告らの入国目的にかかわる日本国政府の認識を誤らせ、適正な出入国管理行政を阻害するものであり、しかも、原告夫についてはそのような入国が今回で3回目になるのであるから(認定事実ウ及びエ)、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
イ また、原告らは、本件各裁決に至るまで、20年を超える期間本邦に不法残留し、かつ、不法就労に従事して(前提事実ア、オ、認定事実ウからカまで)、長期間にわたり継続的に相当額の金員を韓国に送金していたものであるから(認定事実エ)、これらの事実は、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
ウ さらに、原告らは、昭和63年9月4日に本邦に上陸した後、平成9年10月16日に至るまで外国人登録法に基づく新規登録を受けていないところ(前提事実)、これは同法18条1項1号の定める罰則規定に抵触するものであるから、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
エ なお、被告は、訴外子らの入国に係る手続で不正な申告書が作成されていることを問題とするが、同申告書は、平成20年3月28日(乙30)、同年6月9日(乙32)及び同19年11月22日(乙33)に各作成されたものであるところ、本件各裁決がこれら申告書の記載内容を資料としてされたものであることをうかがわせる証拠はなく、また、原告らが上記の各申告書の作成に関与したことを認めるに足りる証拠もない。
エ 在留特別許可の許否の判断に当たっての積極的要素について
ア 他方において、原告らは、平成18年4月24日、自ら東京入管に出頭して不法残留の事実を申告しているところ(前提事実ア)、このような事実は在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものであり、このことは、昭和56年5月15日に開議された第94回国会衆議院法務委員会において入国管理局長が「潜在不法入国者のうちには、子供がいよいよ学齢に達したとか、そういう事情からみずから名のり出て、先生のおっしゃいましたいわゆる自主申告をする人がおります。こういう場合には、私どもといたしましては、当然、情状を考慮するに当たりましてプラスの材料と考えております。」と答弁していること(乙26)によっても裏付けられる(なお、同委員会において、入国管理局長は、「個々の事案につきましては、その不法入国者の居住歴、家族状況等、諸般の事情を慎重に検討して、人道的配慮を要する場合には特にその在留を認めているわけでございます。したがいまして、不法入国者が摘発されまして強制退去の手続がとられた後でも、法務大臣の特別在留許可がこういう場合には出るということになります。」、「それでは、その居住歴というのは何年ぐらいかということは、現在はっきり何年ぐらいと申し上げることはできません、個々のいろいろなケースの中身によるわけでございますから。しかし、十年以上は居住歴があるということが必要でございましょうし、それから家族状況の場合でも、日本人と結婚しているとかあるいは日本にすでに生活の本拠を築いてしまった、こういう場合が想定されております。」とも答弁している。)。
これについて、被告は、原告らがcを開店させた上で上記の自主申告をするに至ったのは、在留特別許可を得るために計画的かつ周到に不法残留を長期化させた結果にすぎず、その態様は悪質である旨主張するが、長年にわたり本邦に在留する不法残留者又は不法在留者については、我が国において形成した家族関係又は財産関係等のそれぞれの事情に応じた目的及び動機に基づき、適法な在留資格を得るために自主申告するに至るのであって、殊更に逃亡又は潜伏生活を送って入国管理局又は警察による摘発等を免れ、不法在留期間を長期化させて自主申告の時機をうかがっていたなどの特別の事情があるならばとも
かく、そうでない場合に自主申告の態様を悪質と評価することは相当とはいえない。そして、前提事実、認定事実ウからカまで及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは遅まきながら平成9年10月16日には外国人登録法に基づく新規登録を受け、我が国において平穏な生活を送ってきたものと認めることができるのであるから、被告の上記主張は採用することができない。 
イ ところで、このように原告らが東京入管に自主申告したのは、原告らがcの経営を継続しながら本邦において適法に在留することを希望したためであるところ(乙3及び4の各1及び2)、確かに、原告らが我が国において形成した財産関係は、原告らの不法残留及び不法就労の継続という違法状態の上に築かれたものであって、このような違法状態の上に築かれた関係は、当然に法的保護に値するものではない(最高裁昭和53年(行ツ)第37号同54年10月23日第三小法廷判決・裁判集民事128号17頁参照)。
ただし、その財産関係の内容及び性質を子細に見ると、まず、原告夫は株式会社aの商号を使用して営業を行うことを許諾されているところ(認定事実オ、なお、会社法9条参照)、著名かつ有力な企業である同社(認定事実エ)の商号を使用する権限はそれのみで相当に高い経済的価値を有するものと容易に推認することができる。
しかも、このような権限は、現在では原告らの経営するcの営業に関してのみ与えられており(認定事実オ)、これは株式会社aの代表取締役であるDの原告夫に対する高い評価に基づいて与えられたものであるから、原告らの一身に専属する性格が強く、原告らが有限会社c’ の経営権を他に譲渡したり、cの営業を他に譲渡したとしても、その譲受人が株式会社aの商号を使用したり、同社の工場から食品の直接配送を受ける取引関係を継続することはできないものと認めることができる。したがって、原告らは、このような経営権又は営業の譲渡によっては、cの営業に投下した資本及び労力を回収することができず、原告らにとって、cの営業は極めて企業継続価値が高く、自らその経営に当たらなければ維持することのできないものということができる。
ウ そうとすれば、退去強制によって原告らの上記の財産的利益をすべて失わせることは、いささか酷であるといわざるを得ない。また、原告らは、cにおいて不法在留者を雇い入れたことはなく、その限りでは我が国の出入国管理行政を阻害しておらず、むしろ少なくとも十数名の日本人の雇用確保に貢献していること(認定事実オ)なども併せ考慮すると、これらの事情は、在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものと認めるのが相当である。
これについて、被告は、原告らのように、飲食店の経営者として、単なる従業員の立場よりも大規模に収益活動をしている者に対し安易に在留特別許可を付与することは、不法残留の上、大規模に不法就労しようと画策することを助長することになり、このような事態を容認すれば、不法就労目的の不法残留者の増加を招きかねず、治安維持等の観点からも看過できない状態に陥るおそれもあり、出入国管理行政上、到底容認できるものではないと主張するところ、確かに、一般的にはそのような側面があり得ることは否定し難いもの
というべきであろう。しかしながら、在留特別許可を認めなかった法務大臣等の裁決の取消訴訟において、上記の側面を強調して、我が国に生活上の経済的基盤を有するという事実があっても、このような経済的理由をもってしてはおよそ裁量の逸脱又は濫用を認める余地がないとすることは相当ではない。また、原告らの形成した財産関係が特殊な部類に属するものであることは、前記認定のとおりであり、単なる賃金労働者の事案や通常の事業経営の事案とは異なる要素が多いのであるから、これを積極的要素として評価しても、直ちに不法就労を助長し、その増加を招くとまではいえないものというべきである。さらに、本件では、原告らは不法残留事実を自主申告しているところ、およそ経済的理由による在留特別許可を認める余地がないとすることは、このような自主申告を断念させる萎縮的効果を生じさせることになり、かえって法秩序維持等の観点にそぐわない可能性もあるのであるから、被告の上記主張を全面的に採用することはできない。
エ また、原告らは、昭和63年9月4日に来日してから本件各裁決がされた平成19年11月30日に至るまでの20年を超える本邦在留の結果、日常会話程度の日本語には通ずるようになっており、また、原告らには前科前歴があるとはうかがわれない(認定事実キ)。そして、原告らに在留資格が与えられることを希望する旨の嘆願書には、約460人の者が署名しているところ(甲4)、これらの事実は、在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものである。
オ 本件各裁決に係る裁量の逸脱又は濫用について
以上認定の事実によると、原告らは、稼働目的で本邦に不法残留し、かつ、不法就労に従事するなどしたものではあるが、長期間にわたって正に身を粉にして働いた結果、著名かつ有力な企業である株式会社aの経営者であるDから高い評価と信頼を受け、同社の商号を使用して焼き肉店の営業を行うことを許諾され、同社との業務上の緊密な協力関係の下に、相当数の従業員を雇用してcの営業を行う経営者の地位を築き上げたものであること、上記のcの営業は経済的価値の高いものであるが、原告夫とDとの間の個人的な信頼関係に基づく一身専属的な性格が強く、その営業権を他に譲渡するなどして経済的価値を具体的かつ即時に実現回収することは困難であり、また、原告らが退去強制されるとその営業の継続は困難であること、原告らについて、主に経済的事情を理由に在留特別許可を付与すべきであると判断しても、それが直ちに不法就労を助長し、稼働目的の不法残留者の増加を招くとは考え難いこと、原告らは、不法残留に関連することを除くと、前科前歴もなく、平穏な社会生活を送っており、日本社会にも生活の根を下ろして受入れられており、原告らに在留資格を付与することを求める多数の嘆願書が寄せられていること、原告らは、本邦に適法に在留することを希望して、自ら東京入管に出頭し、不法残留の事実を申告していることなどの事実が認められるのであるから、これらの事実を総合考慮すると、原告らについては、在留特別許可を付与すべきであると判断する余地が十分にあるものと認めることができる。他方において、被告の主張に照らすと、本件各裁決に当たり、東京入管局長は、原告らの形成した財産関係の特殊性について特段の考慮をしなかったものと認めるほかなく、また、自主申告の事実についても、態様が悪質であるなどと評価しているというのであるから、前記の積極的要素を適切に考慮していたとしてもその結論に影響がなかったとは到底考えられないところである。
したがって、これらの積極的要素を考慮しなかった本件各裁決は、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであると認めることができるから、東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用してされたものというべきである。よって、本件各裁決は違法であり、取り消されるべきものである。
2 争点(本件各退令処分の適法性)について
本件各裁決が違法であることは前記1のとおりであるから、これらを前提とする本件各退令処分も違法であり、取り消されるべきものである。
第4 結論
よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

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