出入国管理令違反被告事件
昭和34年(あ)第1678号
上告人:被告人A
最高裁判所大法廷
昭和37年11月28日

判決
主 文
本件上告を棄却する。

理 由
弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点について。
憲法二二条二項の外国に移住する自由には、外国へ一時旅行する自由をも含むものと解すべきではあるが、外国旅行の自由といえども、無制限に許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきであること、及び、旅券の発給を拒否することができる場合を規定した旅券法一三条一項五号が、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものと解すべきであることは、すでに当裁判所判例(昭和二九年(オ)八九八号、同三三年九月一〇日大法廷判決、集一二巻一三号一九六九頁)の示すところであり、また、出入国管理令六〇条は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に出国の手続に関する措置を定めたに過ぎないのであつて、かかる手続のために、事実上、出国の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、それは同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行なうという目的を達成する公共の福祉のために設けられたものであつて、もとより憲法二二条二項に違反するものと解することはできないから、この点に関する所論は、採ることを得ない。
なお、原判決は、証拠に基づき、日本政府は、旅券下附申請者が共産党員なるの一事を以て、旅券法による旅券の発給を拒否したことはないとの事実を認定しているのであるから、所論憲法一四条違反の主張は、原判示に副わない事実を前提とするものであり、適法な上告理由に当らない。
同第二点について。
所論は、独自の見解を以てする単なる法令違反の主張を出でないものであつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
同第三点について。
所論は、判例違反をいう点もあるが、引用の各判例は、事案を異にして本件に適切でなく、その余の所論は、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
なお、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである」というにあつて、犯罪の日時を表示するに六年余の期間内とし、場所を単に本邦よりとし、その方法につき具体的な表示をしていないことは、所論のとおりである。
しかし、刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。
これを本件についてみるのに、検察官は、本件第一審第一回公判においての冒頭陳述において、証拠により証明すべき事実として、昭和三三年七月八日被告人は中国から白山丸に乗船し、同月一三日本邦に帰国した事実、同二七年四月頃まで被告人は水俣市に居住していたが、その後所在が分らなくなつた事実及び被告人は出国の証印を受けていなかつた事実を挙げており、これによれば検察官は、被告人が昭和二七年四月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同三三年七月八日白山丸に乗船して帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。そして、本件密出国のように、本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず、外交関係を維持していない国に赴いた場合は、その出国の具体的顛末ついてこれを確認することが極めて困難であつて、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものというべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、起訴状及び右第一審第一回公判の冒頭陳述によつて本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防禦の範囲もおのずから限定されているというべきであるから、被告人の防禦に実質的の障碍を与えるおそれはない。それゆえ、所論刑訴二五六条三項違反の主張は、採ることを得ない。

弁護人の上告趣意について。
所論は、結局において、前記弁護人諫山博、同谷川宮太郎の上告趣意第一点と同趣旨に帰し、その理由がないことは、同弁護人らの右論旨につき説示したとおりであるから、論旨は、採ることができない。
よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官奥野健一の補足意見あるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

弁護人の上告趣意第三点について。
本件公訴事実は、本件起訴状の記載と検察官の冒頭陳述による釈明とを綜合考察するときは、被告人が昭和三三年七月八日中国から白山丸に乗船し同月一三日に本邦に帰国した事実に対応する出国の事実、すなわち右帰国に最も接着、直結する日時における出国の事実を起訴したものと解すべきである。
然らば、右帰国に対応する出国の事実は理論上ただ一回あるのみであつて、二回以上あることは許されないのであるから、本件公訴事実たる出国の行為は特定されており、その日時、場所、方法について明確を欠くといえども、なお犯罪事実は特定されていると言い得べく、本件起訴を以つて、不特定の犯罪事実の起訴であつて刑訴二五六条に違反する不適法なものということはできない。
若し本件起訴の事実が、起訴状記載の如く単に、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間における被告人のした中国への出国の事実というだけであるとすれば、その期間内における被告人の中国への出国の行為は、理論上ただ一回のみであると断定することはできないことは明白である。従つてその期間内に二回以上の出国行為があつたとすれば各出国行為は各独立の犯罪であり、併合罪の関係に立つのであるから、右起訴状の記載だけでは、そのうち何れの出国の事実が起訴になつたのか、将またその間のすべての出国行為について起訴があつたのか不明確であり、かかる起訴に対し仮令有罪の判決があつたとしても、判決の確定力が何れの出国行為について生ずるのか、また全部の各出国行為に及ぶのか不明である(かかる場合に、全部の出国行為につき確定判決を経たものと解することは到底できない)。また、被告人の防禦も何れの出国の事実についてなすべきか、その間のすべての出国行為についてなすべきかも全く不明であり防禦権の範囲に関し被告人は不利益な地位に置かれることになる。要するに、何れの出国行為を指すかを釈明できない場合において本件起訴状記載の如き公訴事実とすれば、二重起訴の虞を招き、判決の既判力の範囲が不明確であり、被告人の防禦権に著しい不利益を及ぼすものであつて、刑訴二五六条に違反し、公訴事実の特定を欠く不適法な起訴たるを免れない。しかし、私見によれば前記白山丸による帰国に対応する出国の事実のみが起訴されたものと解するが故に仮りにそれ以外の出国行為があつたとしても本件においては起訴の対象になつておらず、従つて判決の確定力もかかる出国の事実には及ばないのである。

弁護人の上告趣意
第一点 
憲法第一四条一項同二二条違反 本件は、いわゆる白山丸事件として、全国各地の裁判所で有罪無罪が争われている事件のひとつであるが、これにたいする第一審の有罪判決を支持した原判決は、憲法第一四条一項、同第二二条に違反しているので、破棄さるべきである。
昭和二十年八月の終戦以後現在にいたるまで、日本共産党にたいしては海外渡航の自由がほとんど完全に圧殺されている。このことは、すでに公知の事実というべくとくに証明を要しないほどであるが、B、Cの各証人尋問調書の記載は、右のことを裏づけている。このような情勢下に、日本共産党員である被告人が共産党員としての政治活動、平和運動を行うために中国に渡航しようとしたとしても、政府がこれを認めることは、まつたく考えられなかつた。被告人が海外に渡航した時期は、日本共産党が極度の弾圧をうけ、共産党員には憲法上の保護も認められないという驚くべき議論が横行していたときである。そういう時期に、日本政府が共産党員の政治活動を目的にした海外渡航を許可する可能性は、絶無といつてよいほどのものであつた。社会党の国会議員や藤田総評議長その他の著名人が渡航申請をしても受けつけられず、ついに国を相手に損害賠償請求訴訟を起したということからみても、これは明らかなことであつた。
ひるがえつてこの問題に関する法律問題を検討すると、まず憲法第二二条が、公共の福祉に反しないかぎり、国民は居住移転の自由を有することを宣言している。旅券法第一三条では、特別の場合にかぎつて外務大臣は旅券の発給をしないことができると規定しているが(この条文の違憲性については、宮沢・日本国憲法コンメンタール二五四頁参照)、それは特殊のケースについてのみ適用さるべきことであつて、旅券法第一三条は共産党員が政治活動の一環としてソビエトや中国などに渡航する自由を侵害する根拠にはなり得ない。しかるに共産党員にたいしては、ぜつたいといつてよいほど海外渡航が認められていなかつたのが、昭和二十年以降本件公訴提起にいたるまでのわが国の実情であつた。共産党員が海外渡航を申請しても許可される可能性が全然ないという前述の事情のなかで、正当な政治活動平和運動をするためどうしても海外に渡航したいと思う共産党員が、正当な手続をとらずに海外に渡航したとすれば、外形的には出入国管理令違反の体裁をそなえていても、これを処罰することはできない。憲法第一四条一項、同二二条、旅券法第一三条を正しく解釈するかぎり、こういう結論しかでてきようがない。被告人の本件海外渡航は、こういう法的評価をうくべきものである。
被告人の行為が外形的に出入国管理令の条文に違反していることは、弁護人も争わない。しかしながら、弁護人はつぎのように主張する。海外渡航の自由を侵害し制限することを認めた出入国管理令は、全体として憲法第二二条違反として無効である。かりに出入国管理令そのものが違憲無効でないと仮定しても、日本共産党員に渡航の自由を認めないような適用をされている出入国管理令によつては、共産党員を処罰することはできない。共産党員に原則として海外渡航の自由を認めないでおきながら、その禁止を破つた共産党員を出入国管理令違反として処罰するようなことがあれば、そのような法令の適用の仕方自体が憲法第一四条一項、同第二二条違反になる。しかるに原判決は右のような弁護人等の控訴趣意を排斥して、被告人に有罪を言渡した第一審判決を支持した。このような原判決は、憲法第一四条一項同第二二条の解釈適用を誤つているので、破棄さるべきである。

第二点 
法令解釈適用の誤り 共産党員である被告人の海外渡航の権利にたいして、本件当時重大な弾圧が加えられていたことは、上告趣意第一点に指摘したとおりである。被告人の権利にたいするこのような加害は、憲法第一四条一項同第二二条、旅券法第一三条に違反する違法のものであつた。
被告人の基本的人権にかかる違法な弾圧が加えられているとき、被告人が正規の手続をとらずに海外渡航したとしても、これは緊急避難の法理によつて、違法性または責任を阻却する。被告人の海外渡航の権利にたいして政府から加えられた加害は被告人にたいする現在の危難にあたり、被告人のなした海外渡航は、現在の危難を避くるため已むことを得ざるに出でたる行為にあたる。しかも被告人が強行した海外渡航によつてなにらかの法益侵害があつたと仮定しても、それは被告人が避けようとした害に比較して、その程度を超えていないからである。つぎに被告人の行為は、超法規的違法性阻却の理論によつて違法性を阻却し、無罪判決が言渡さるべきである。これに反する判断をした原判決は、緊急避難及び超法規的違法性阻却の法理の解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかで、原判決を破棄しなければいちじるしく正義に反することになるので、原判決は破棄さるべきである。

第三点 
法令違反、判例違反 本件公訴提起の手続は、刑訴法第二五六条第三項に違反して無効であるから、原判決は破棄され、本件公訴は刑訴法第三三八条第四項により、判決をもつて棄却さるべきである。刑訴法第二五六条第三項は、「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。
訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない」と規定している。「できる限り」とは、もちろん「できる限り厳格に」の意味である(刑事判決研究会編集・訴因に関する研究五四頁)。それでは、日時、場所、方法をどれくらい厳格に記載して犯罪を特定しなければならないかというと、判例はつぎのようにいつている。イ「日時、場所、方法は、これを綜合して犯罪構成要件に該当する具体的事実を他の事実と判別し得る程度に記載すれば足りる」(昭和二六年(う)九〇七号同二七年一月三一日札幌高刑三判、高裁刑集五巻一号八五頁)ロ「其の各個の行為の内容を一々具体的に判示し更に日時、場所等を明らかにすることによつて、一の行為を他の行為から区別することができる程度に特定し、もつて、少くとも各個の行為に対し法令を適用するに妨げない限度に判示することを要するものというべく」(昭和二五年一一月二二日広島高刑二判、高裁刑特報一四号一五二頁)ハ「数罪を構成する公訴事実を起訴する場合の訴因としては、一の行為を他の行為から区別し得る程度に特定し、以て少くとも各個の行為が如何なる法令の適用を受けるかが判明する程度に明らかにすることを要する」(昭和二五年一一月三〇日仙台高刑一判、高裁刑特報一四号二〇三頁)ニ「他の犯罪事実と識別することを得ざるもの若くは犯罪の内容を知るに由なきものは、何れも犯罪事実の表示としては不適法にして其の公訴提起の手続は無効なり」(大審昭和五年(れ)九七二号同年七月一〇日刑二判、刑集九巻五〇八号)
つまり、犯罪行為を構成する具体的要素を特定し、審判の対象となる訴因を、他の行為から区別できるようにしなければならないというのである。刑訴法ポケツト註釈全書が、「特定の程度は、少くとも他の訴因を構成すべき事実と区別できる程度でなければならない」(同書四九四頁)としているのも、その意味であろう。起訴状における訴因の特定が右のような厳格性を要請される根拠は、「訴因が特定していなければ何が起訴せられたか審判の対象が確定せず、又被告人に於ても再訴の抗弁を提出してよいかどうか判らず防禦の完璧を期することが出来ない」(昭和二五年一一月二二日広島高刑二判、高裁刑特報一四号一五二頁)、「訴因が特定していなければ、何が起訴せられたか訴訟の物体が判明せず被告人に於ても防禦の手段を尽くすことが困難で、再訴の抗弁をしてよいか判らないからである」(昭和二五年一〇月二七日広島高刑二判、高裁刑特報一四号一三三頁)とされている。これで明らかなように、刑訴法第二五六条第三項の趣旨は、審判の対象を特定して被告人の防禦を容易ならしめる目的と、さらに二重起訴のおそれがないかどうかを判別できるようにする必要があるためである。この場合注意しなければならないのは、二重起訴のおそれとは、現に審判をうけている事件が、将来間違つて再び裁判をうけるおそれがないように特定していなければならないということである。その意味では、「右犯罪は本件起訴前になされ、また二重起訴でもなく、時効にかかつていないことが明らかである」という第一審判決の判示だけでは、訴因の特定を判断する基準としては不充分である。第一審判決は将来における再起訴のおそれを見忘れているからである。そこで本件起訴状を検討すると、犯罪の日時としては、「昭和二十七年一〇月頃より同三十三年六月下旬迄の間に」と書かれているだけである。犯罪の場所及び方法については、何も書かれていない。刑訴法第二五六条第三項の要件は、どれひとつとして満足に充たされていないのである。こんなでたらめな起訴状は、前代未聞であろう。したがつて、たとえば、被告人が昭和二十七年四月頃から同三十三年六月下旬迄の間に、数回中国に渡航していたか、あるいはそういう疑いをかけられたと仮定してみよう。しかも本邦出発の地が、福岡、東
京、新潟、長崎というように異つており、また渡航の方法も飛行機、艦船、小舟といろいろの方法を採つていたとする。あるいは、そういう嫌疑を被告人がかけられたと仮定する。そういう場合に、本件のような起訴状では、被告人のいついかなる方法による渡航が審判の対象になつているのか分らないので、二重起訴の抗弁を出そうにも出しようがない結果になる。そういう危険を防ぐ法的保障が、刑訴法第二五六条第三項の法意にほかならないので、本件起訴状における訴因特定の方法は、明らかに刑訴法第二五六条第三項に違反して、無効である。犯罪の日時、場所、方法は、そのすべてが細く具体的に記載されていなければならないというものではない。たとえば日時の記載がいくら不明確であつても、場所、方法を具体的に書くことにより、「これを綜合して」(前掲札幌高裁判決)その不明確を補うことができれば、訴因の特定ができていないというわけでもない。要は、起訴状を全体としてみて、一事実を他の事実と区別して特定できる程度の記載があるかどうかである。しかるに本件起訴状は、犯罪日時の記載が不完全であり、場所、方法にいたつては、まつたく記載がないのであるから、訴因たる事実を他の事実から区別できる程度に特定したことにはならない。こんな起訴状は、典型的な刑訴法第二五六条第三項違反であつて、無効である。検察官の方では、こういう不完全な起訴状しか作られなかつたのは被告人が黙秘したからだと反論するかも知れない。しかし黙秘権の行使は被疑者の基本的な権利のひとつであるから、黙秘権の行使を理由にして、訴因明示の義務が免除もしくは軽減されるものではない。検察官は論告のなかで、「本件は密出国という隠密性の犯罪であり、相当以前の犯行であつて且出国先が本邦外で国交もなく捜査の方法がない事案であるので、本記載の如きはその日時の表示として当然許容さるべきものであると思料する」といつている。第一審判決も原判決もこのような検察官の見解を支持しているかのようにみうけられる。しかし、旧い事件であるかどうか、捜査
が困難であるかどうかなどによつて、被告人等のための権利保障規定である訴因特定の義務が緩和もしくは免除されるというのは、法文上の根拠がないし、またそういうことがあつてよいはずもない。
いずれにしても、本件起訴状は刑訴法第二五六条第三項に違反して無効であるから、本件は刑訴法第三三八条第四号により、公訴棄却の判決が言渡されなければならない。右に反する判断をした原判決は、刑訴法第二五六条第三項の解釈適用を誤つており、この法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかで、原判決が確定することはいちじるしく正義に反することになり、かつ原判決は前掲各判決に違反しているので、破棄さるべきである。

弁護の上告趣意
第一点 
出入国管理令第六〇条は旅券法第一三条の規定と相まつて憲法第二二条に違反し無効である。
一、憲法第二二条は外国移住の権利を明白に定めている。しかるに、出入国管理令第六〇条は外国に渡航する者は旅券の交付を受くるを要すると定め、同第七一条は密出国したばあいには犯罪として処罰すると規定している。この規定は旅券法第一三条第一項五号の規定、「……大臣は著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれあると認めるに足りる相当な理由がある者には旅券は発給しない」と関連して考察しなければならない。ところで、原判決は前記出入国管理令の規定が右旅券法の規定と相補因果関係にあつて「渡航の自由」を制限していることを認めながら、「外国移住の自由」も公共福祉の制約に服すべきものであるとの議論を前提にし、右旅券法の規定もこれに基く合理的制限である旨判示する一審判決を引用している。しかしながら、抑々、「外国移住の自由」の一態様としての「海外渡航の自由」が憲法上、公共福祉の制約に服すべきであるとの論拠には疑問がある。けだし、憲法第二二条は一項において居住移転、職業選択の自由を公共福祉の範囲内で保障しているのに対し、第二項では文理的にも公共福祉の制約を伴わず外国移住の自由を保障している。さらに憲法一二条一三条による公共福祉の要請も基本的人権の享有並びに行使における道徳的責務を強調したにとどまり、人権固有の内在的制約を意味するに過ぎず、進んで個々の人権に対する具体的法律的制限効果を許容するものではないと解される。
けだし、しからざれば憲法が基本的人権保障の条章に於て、殊更に公共福祉の文言による制約を認めた条項と否とを区別する実質的論拠はないからである。しかも事を実質的に考慮すれば、資本主義の弊害を是正する見地にたち、且国際協調主義を基調とする憲法の趣意からすれば外国移住の自由‖海外渡航の自由の保障は不可侵であるべく、国法をもつてもこの自由を実質的に奪うことはできぬと解される。そしてこの自由の制限ないし侵害の態様はいかなる方法によるかをも問わず許されないと解されるから、従つて出国の手続法令によつて実質的、結果的に渡航の自由が侵害されることも、渡航の自由を保障する前記憲法の条章並びにその精神に反するものと言わざるを得ない。
二、この意味で旅券の発給を制限する形式も「渡航の自由」にかんする憲法上の保障に抵触する可能性をもつ。すなわち、国の政策的理由により法律で海外渡航の自由を制約し、又行政的方法で統制することも同様許されないと考える。しかるに原判決は旅券法による旅券の発給の当否については行政庁における法の運用の当、不当の問題に過ぎず、旅券法の規定の実質は憲法に違反しない、と判示する。しかしながら、判旨の前提とする旅券法がその全体の法意において、公共福祉のための要請をみたすものであるにせよ、又、旅券法の一三条が旅券発給につき行政庁の自由裁量権を是認するものであるにせよ。同条一項五号の規定は本来、公共福祉のために合理的制限と思考される範囲を超え必要以上に不当に旅券の発給を拒否する可能的余地を自由裁量という名目で一行政庁の権限としている点で、重大な違憲の要素を具有するものである。
すなわち、旅券法一三条一項五号によれば、冒頭に既に引用した如く、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」には旅券の交付を拒否できる旨、規定されているが、右規定中、「日本国の利益又は公安を害する行為」それ自体が旅券申請当時明白且つ顕著であり、しかも刑法上の外患罪、内乱罪、国交にかんする罪等に該当し、刑事責任を課されるものである場合、旅券の発給を拒否するは格別、単に「“そのおそれのある”」故をもつて一行政庁の認定により旅券発給を拒否できる旨の右規定は実質的には時の為政者の主観的好悪の感情や偏見、悉意によつて国民の基本権が左右される危険性を文理的にも是認するものであり、これらを排除するなんらの客観的公正な安全保障が該規定上用意されていない。しかも、発給拒絶の処分をうけた申請人の権利の救済にかんする規定も欠いている。そして、前記のように「日本国の利益又は公安を害する行為」という概念は甚だ広汎且つ莫然とした抽象的なものであつて、もし、これが広く柔軟に解釈されるならばこれを保持するうえに、いかに“著しくかつ直接の危険がある場合” という法文上の限定を設けたとしてもその限定は全く意味のないものと謂うのほかはない。しかも右規定には近時東京地方裁判所において違憲無効とされた東京都公安条例(都条例四四号)に於てさえ、いわゆる集会等の許可申請に対し許否を決定するについて判断すべき
「公共の安寧を保持する上に直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合」か否かの基準がその規定自体の形式において整つていたにもかかわらず、尚該条例の全体系からみて、同条例六、七条の運用規定を考慮に入れても尚、許否の基準が具体性を欠き不明確の譏りを免れない、として違憲無効とされたのである。しかるに旅券法の前示の規定(十三条一項五号)には文理形式からみても、かような旅券発給を許容するか拒否するかの合理的基準を欠く。従つて憲法の鎖によつて固く保障されている国民の基本的人権としての「渡航の自由」は一行政機関の恣意的判断によつて左右されざるを得ない。なる程、かりに公共福祉のために制約が可能であるという見解にたつたとしても、本来、伸縮性にとむ公共の福祉という観念についてはそれによる制約は最少限度にとどまるべきであつて、叙上旅券法の規定は法文自体に於て、本来、許容される範囲としての公共の福祉による制約を超えて、必要以上にこれを容易に拡張若しくは利用して渡航にかんする自由権を不当に制限しているものと言わざるを得ない。従つて、右旅券法の規定は形式的には無論のこと、実質的にも、渡航の自由を保障した憲法第二二条二項に反する違憲無効なものであると解すべきところ、前記出入国管理令の条項は右旅券法の当該規定を前提とするか又はこれと不可分一体の関係̶̶いいかえれば、出入国管理令の前記条項は違憲無効原因を包含する前記旅券法の規定事項の遵守を可罰的構成要件となすもので右両法令の規定は相互に補充し合う具体的因果関係にたつものであるから、仮りに出入国管理令の前記条項が形式的には合憲性を有する有効なものであるとしても、前記旅券法の規定の形式と実質並びに後にふれるように現実の該規定の適用され運用されている実態とを連関させて考量すれば出入国管理令の前記各条項は実質的に違憲性が明瞭であり、無効たるを免れ得ない。と言わねばならぬ。
三、原判決は原審弁護人の前記法令の運用における違憲性を主張したのに対し、「出入国管理令や旅券法が実質的に憲法第二二条の精神を無視されて運営されているとの所論は独自の見解に過ぎず、これを認むべき何等の証左もない云々」と判示しているけれども、これは事実を顧みない暴論であることは被告人Bにかかる福岡地方裁判所昭和三四年れの第三号、出入国管理令違反公判における元外務大臣C、国民救援会会長代理Bの各証言に徴しまことに明瞭なりというべきである。すなわち、本件当時の旅券法の前記規定の具体的運用状況について、B証言の趣意、概要によれば、昭和二七年四月モスコーでの国際経済会議に対し、ソ連から日本に各界の有力者(北村徳太郎、帆足計、石橋湛山、村田省蔵、石川一郎)や労組代表の派遣方招請があつたので準備していたことがあるが、政府の渡航妨害がひどいため中途で断念し、僅かに宮越喜助氏外がデンマーク迄の旅券を下附をうけて旅行先からソ連に入国し危く目的を達したこと、同年九月、北京におけるアジア太平洋地域平和会議に出席のため、大山郁夫、松本治一郎、神近市子、宇田耕一、畑中政春等の諸氏が旅券を申請したが、右会議がコミンフオルム系の計画にかかるものとして好ましからざる傾向を有するものであることを理由に拒否された事実、同年五月メーデー参加のため日本労組代表が北京迄の旅券申請も同様不許可になつた事実、等旅券の下附について非常に困難な状態がつづき、日本国民の海外渡航の権利はアメリカ、イギリス、フランス、デンマーク、ビルマという国々には自由であつたけれども、中国、ソ連、東欧諸国に対しては全く不自由というよりは完全に抑圧されていたという事実、又翌昭和二八年十一月には中国国慶節に参加方の招請をうけた清水幾太郎、丸岡秀子氏他、日本でも社会的地位も高く信頼されていた人達がした旅券の申請も拒否された事実、又同年三月中国から日本帰国者送還にかんするいわゆる「北京協定」締結のための日本代表団に対する通常の旅券も発給を拒否された事実、更に同年四月、在日中国人浮虜遺骨送還の日本側代表に対し北京への旅券下附が拒否された事実、昭和二九年度前同様な旅券申請が容れられなかつた事例が数多存在している事実、しかも、右何れも旅券の発給が拒否された理由はC証言によれば、当時は中国、ソ連地域とは何れも国交未回復であつたから、前記旅券法十九条、並びに一三条の規定に従つてなされたとされるが、一方、出国者の「生命、財産の危険」や「国の利権や公安を害する」ことが旅券発給拒否の主たる理由とされていたというにかかわらず、外務大臣在任中、ソ連、中国に入国し得た日本人が至るところで優遇され、生命、財産の危険に遭遇したことはなかつたこと、が認められ、又、旅券発給許可基準はあるが、それは行政機関内部の機密にかんする黙否事項であつたこと、等が認められる。
而して、以上の点について仔細に検討すれば、旅券発給にかんする行政庁の処分は前記旅券法の条項の許可基準が広範、漠然、抽象的であることを奇貨として、極めて技術的にルーズな判断に依拠していたことが顕著であり、このことは旅券発給庁である外務省が法務省と協議しても協議の一致しないときは外務省が政治的にきめる、とのC証言と、当時、旅券発給拒否の処分を受けた者の殆んどが、日本国憲法下で合法的に成立し保障されている共産党内外の支持者であることから、「権力者の思想と意見を同じくする者」には自由な渡航の機会を保障し、「権力者が嫌悪する思想の持主」に対しては、渡航の自由を抑圧していたことが明らかである。ちなみに、中国とは不幸にも未だ国交未回復であるが近時に於ては国際情勢の好転を理由に若干の旅券の発給が許容されていることにてらし、国交の回復しているか否かの一事によつて且それの理由によつては旅券拒否の正当の理由にはなり得ず、又、渡航の目的地とか会議の性質如何も旅券発給拒否をなんら正当に理由ずけるものではない。しかるに、本件当時の旅券発給庁である外務省の旅券法運用に対する処分は渡航申請者が合憲法的に保障を具有する属性(例えば共産主義という思想)や、渡航の目的地、会議の性質に着眼し、これらにつき実質的因果関係を含めて、渡航者の「生命、財産の危険がある」とし、さらにはは「日本国の利益や公安を害するおそれがある」という名目で渡航の自由を奪つていたものであり、してみれば、旅券法の該法文は、規定自体のうちに前叙の如き、違憲性を具有していると同時に、その具体的運用に於ても極めて反憲法的に処理されていたことはこれを窺知するに充分である。附言すれば、前記引用のC証言中、旅券発給にかんする「許可基準」は公務所の機密にかんする黙否事項とあるけれども、実はこの点にこそ、国民の基本的自由権としての渡航の自由を制約する公務福祉(かりに制約が可能としても)の論理においてもおよそ客観的に至当な範囲、許容さるべき範囲を超えて政府的好悪の判断を恣意に任せている違憲性の根拠がある。如上「黙否事項」なる範疇は国民の基本権をひいて闇打ちするには格好の形式論理である、よろしく旅券法自体の条項に於て、所要の「許可基準」を定立すべきであり、これを欠く旅券法の前記の条項は基本的自由権を一行政機関の専断に委ね、その侵害の危険を容認するが故に違憲無効たるを免れ得ないこと既に前段にふれたところである。

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