退去強制令書発付処分等取消請求事件
昭和60年(行ウ)第184号
原告:A、被告:法務大臣・東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所(裁判官:鈴木康之・太田幸夫・塚本伊平)
昭和61年9月4日
判決
主 文
一 被告法務大臣が昭和六〇年一一月二二日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法
四九条一項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
二 被告東京入国管理局主任審査官が昭和六〇年一一月二六日付けで原告に対してした退去強制令
書発付処分を取り消す。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件の各処分に至る経緯
 原告は、イラン政府発行の旅券を取得し、昭和五六年八月一三日、出入国管理令(昭和五六
年法律八六号により出入国管理及び難民認定法に改正。以下「法」という。)四条一項一六号、
特定の在留資格及び在留期間を定める省令(昭和五六年法務省令五四号出入国管理及び難民
認定法施行規則(以下「規則」という。)により廃止。)一項三号に該当する在留資格(規則二
条三号に該当する在留資格に同じ。以下「在留資格四―一―一六―三」という。)により本邦
への上陸を許可された。
 原告は、昭和六〇年八月一五日在留期間更新の許可申請をしたところ、被告法務大臣は、
同年一〇月八日、右申請を不許可とする旨の処分(以下「本件更新不許可処分」という。)をし、
この旨原告に通知した。
 原告は、東京入局管理局入国審査官により、同月二四日、法二四条四号ロ(不法残留)に該
当すると認定され、これに対し、同日、口頭審理の請求をしたところ、同局特別審理官は、同
年一一月六日、右認定は誤りがない旨の判定をした。
 原告は、同日、被告法務大臣に法四九条一項に基づく異議の申出をしたが、被告法務大臣
は、同月二二日、右異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。
 被告東京入国管理局主任審査官は、同月二六日、原告に対し退去強制令書を発付(以下「本
件退令発付処分」という。)した。
2 本件裁決及び本件退令発付処分の違法性
 原告とBとの婚姻関係の存在
 原告は、昭和五九年初め、日本人Bと知り合い、両名は、同年一一月ころから同棲し、夫
婦と同様の生活をしていた。
 原告とBは、昭和六〇年一一月八日、法律上の婚姻をするために婚姻届を渋谷区役所に
提出した。
 右婚姻届は、同年一二月一二日に正式に受理された。
 よつて、原告は、本件裁決時には、Bと婚姻関係が成立していたこととなり、法四条一項
一六号、規則二条一号に該当する在留資格を有している。
 原告がイラン難民であること
 原告は、昭和五五年ころ、イランにおける反政府組織であるムジヤヘデインに加入し、
その活動をしていた。
 原告は、イランにおいてイラクとの戦争が激しくなつてきたため、前記のとおり昭和
五六年八月、当時婚姻していた日本人Cの本国である本邦に上陸したが、その直後、イラ
ン政府軍は、原告がムジヤヘデインに所属していることをつきとめ、原告の家宅捜査を行
つた。
 現在、イランでは反政府組織のムジヤヘデインに所属していることがわかれば捕えら
れ、直ちに処刑されてしまうという状況にある。
 よつて、原告は、難民の地位に関する条約一条A「特定の社会的集団の構成員である
こと又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがある」者に該当する難民である。
 長女Dとの面接権の侵害
原告には、Cとの間に生まれた現在四歳になる長女Dがおり、イランに強制送還されると
同人との面接権を喪失することになる。
 原告は、過去一三回にわたり在留期間更新の許可がされているが、その間一回も在留期間
を徒過した後にその更新の申請をしたことはない。
 以上のとおりであるところ、本件裁決は、まず、右の事実を看過したものであつて、法四
条一項一六号、規則二条一号に違反し、両性の自由な合意に基づいてなされる婚姻及び婚姻
生活を保障する憲法二四条及び一三条に違反し、次に、右の事実を看過したものであつて、
難民の地位に関する条約の精神に反し、また、右の事実を考慮しないものであつて、憲法
一三条に違反し、更に、右の事実を不当に無視している。
本件裁決は、右各事実を正当に評価しなかつたため、原告に対し法五〇条一項三号の在留
特別許可(以下「在特許可」という。)を与えなかつた点において裁量権の行使を誤つた違法
なものであり、したがつて、これに基づいてされた本件退令発付処分もまた違法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の各事実は認める。
2 同2について
のうち、原告と日本人であるBが昭和五九年初めに知り合い、その後同居したことは認
めるが、その余の事実は不知。及びの各事実は認める。のうち、本件裁決時に原告とBと
の婚姻が成立していたこととなることは認めるが、その余の主張は争う。
の事実は不知。のうち、原告がその主張の月、日本人のCと婚姻関係にあつて本邦に
上陸したことは認めるが、その余の事実は不知。の事実は不知。は争う。
のうち、原告に長女Dがいることは認めるが、主張は争う。
の事実は認める。
は争う。
三 被告の主張
1 本件更新不許可処分に至る事情
 原告は、米国の大学に留学中の昭和五五年二月ころ日本人Cと知り合い、同年五月末同地
のイスラム教の教会で結婚式を挙げ、同年六月ころ大学を中退し、Cを伴つてイランの両親
のもとに帰国し、同年七月七日、同地でCとの婚姻の届をした。
 Cは、妊娠による体調不良等もあつて、昭和五六年六月四日、日本に帰国していたところ、
原告は、Cを追つて来日し、請求原因1のとおり、同年八月一三日、在留資格四―一―一六
―三及び在留期間九〇日の上陸許可を付与されて本邦に上陸した。その後Cは、同年九月
一二日長女Dを出産した。
 その後、原告は、二回在留期間更新の申請をし、被告法務大臣は、いずれも右在留資格でこ
れを許可したが、昭和五七年八月ころから、原告とCは別居するようになつたので、被告法
務大臣は、婚姻関係は破綻しているものと判断し、同年一一月一五日の在留期間更新の申請
に対しては、出国準備期間と許可証に明示して三月の在留期間の更新を許可した。
 しかし、原告は、昭和五八年二月一四日、東京入国管理局(以下「同局」という。)において
難民認定申請を行つたため、右難民認定申請中であることを考慮し、被告法務大臣は、都合
七回の在留期間更新の申請についてこれを許可した。
 原告は、昭和五八年一月ころから日本人Eと同棲を始め、同年二月二五日には同局におけ
る事情聴取の際、係官に対しCと離婚後はEと結婚する旨言明していた。また、原告は、同年
五月ころCを相手方として離婚調停を申し立てた。原告は、昭和五九年三月ころにはEとの
同棲を解消し、同年六月ころから前記Bと肉体関係を持つようになつていた。
 同年一〇月四日被告法務大臣が原告の前記難民認定申請について難民と認定しない旨決定
し、これに対し、原告は異議の申出をしなかつた。しかし、Cとの離婚調停が係属中であつた
ので、被告法務大臣は、以後三回の在留期間更新の申請についてこれを許可した。
 ところが、原告が昭和六〇年八月一五日にした在留期間更新の申請は、Cに対する離婚判
決についての再審提訴中を理由とするものであつたので、被告法務大臣は、在留期間更新を
適当と認めるに足りる相当な理由はないと判断して、本件更新不許可処分をしたものであ
る。
2 本件裁決の適法性
 原告は、本件更新不許可処分により、法二四条四号のロの規定による不法残留者となつた
ことは明らかであるから、右法条該当性を肯認した本件裁決は、適法である。
 在特許可について
在特許可を与えるか否かの判断は、被告法務大臣の自由裁量に属するものであり、当該外
国人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合考慮したうえ、そ
の責任において決定されるべき恩恵的措置であつて、その裁量の範囲も極めて広い。したが
つて、当該裁量が違法とされるのは、裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があつた場合に限
られるものであるところ、原告の主張は、以下ないしに述べるとおり失当であつて、本
件裁決における被告法務大臣の在特許可を与えないとした判断には、裁量権の範囲の逸脱又
はその濫用はない。
 原告とBとの婚姻関係について
原告とBとの婚姻については、原告が本件更新不許可処分を受け、収容されて後で、しか
も、同局特別審理官の判定が行われた後になつて、婚姻届が提出されたものである。原告の
収容後も、Bは、当初は同局係官に対し原告との婚姻意思がないことを明らかにしていたも
のであり、その後しばらくして弁護士立会いのうえ、結婚が放免の手段ではないこと、きち
んと扶養すること、暴力をふるわないこと、女性とのトラブルを家庭に持ち込まぬことの四
条件をつけて婚姻を承諾するに至つたものであるが、このようなことは社会通念上到底考え
られないことである。その他、原告とBの年歳差(一九歳)や同棲に至つた経緯などの事実を
総合的に判断すれば、原告とBの婚姻は、少なくとも原告において、原告が本邦在留期間許
可を得るために行つた仮装のものであることが明らかであり、原告の主張はその前提を欠き
失当である。
仮にそうでなくても、原告とBの婚姻は、原告が退去強制事由に該当する者として収容さ
れた後に手続がされたものであり、その後退去強制されるという事態になるということは十
分予測しえたはずであるから、原告の退去強制により、相当期間の離別等の不利益を被るこ
とがあるとしても、それはやむを得ないことである。
仮に原告とBが婚姻生活を真実望むのであれば、Bには現在わが国において同居のうえ扶
養しなければならない近親者はいないのであるから、Bが原告の本国であるイランに行つて
一諸に生活することも可能であり、また、原告が将来再入国したり、Bがイランへ渡航する
ことも必ずしも不可能ではないのであるから、原告とBとが永久的に離別を強いられるわけ
ではない。
なお、外国人が日本人と結婚したからといつて、当然本邦に在留が認められるものではな
く、右外国人に対して在留を認めないからといつて、そのことが憲法一三条、二四条に違反
するものではなく、また、法四条一項一六号、規則二条一号に違反するものでもない。
 原告がイラン難民であるとの主張について
原告は、前記のとおり難民認定の申請をし、これが認められなかつたことについて異議の
申出を行つていない。原告が本邦に入国したのは、前記のとおりCと同居するためであつて、
イランにおいて迫害を受けるおそれがあつたためではない。また、入国後においても、原告
は、本邦において迫害の原因となるようなイラン政府に対する反政府活動などを行つたとい
う事実は認められない。更に、原告の母と弟は、何らの制約もなくイラン政府より正規の旅
券の発給を受けて昭和六〇年六月二七日にイランから本邦に入国して再びイランに帰国して
いるのである。
右事実によれば、原告の主張は理由がないことは明らかである。
 長女Dとの面接権について
Dは、現在Cの監護のもとにあつて、原告と没交渉であること、原告とCの離婚の経緯、原
告がDの養育費を全く負担していないことなどからして、原告にDとの面接権が容認される
状況にないことは明らかである。
3 本件退令発付処分の適法性
右2のとおり、本件裁決は適法であるから、これに基づいてされた本件退令発付処分は適法
である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1について
、の各事実は認める。
のうち、原告のその後二回の在留期間更新の申請に対し、被告法務大臣が右在留資格でこ
れを許可したこと、昭和五七年八月ころから原告とCが別居するようになつたこと、同年一一
月一五日の在留期間更新の申請に対し三月の在留期間更新の許可がされたことは認め、その余
は争う。
の事実は認める。
のうち、原告が昭和五八年二月二五日に当局における事情聴取の際、係官に対しCと離婚
後はEと結婚する旨言明していたとの事実は否認し、その余の各事実は認める。
の事実は認める。
のうち、本件更新不許可処分がされたことは認める。
2 被告の主張2のうち、ないしは争う。
なお、難民不認定の決定に対し原告が異議の申出をしなかつたのは、原告が当時病に伏して
おり、全快してから異議を申し出ようとしていたところ、手続を十分理解していなかつたため、
異議申出期間を経過してしまつたことによるのである。
第三 証拠《省略》
理 由
一 請求原因1の各事実(昭和五六年八月一三日原告が在留資格四―一―一六―三で本邦への上陸
を許可されたこと、昭和六〇年一〇月八日本件更新不許可処分が同年一一月二二日本件裁決が、
同月二六日本件退令発付処分がそれぞれされたこと等)は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件裁決が、原告に対し在特許可を与えなかつた点に裁量権の範囲の逸脱又はその濫
用があつたかどうかについて判断する。
1 本件更新不許可処分に至るまでの事情
被告の主張1(本件更新不許可処分に至る事情)の各事実中、、の各事実(Cとの婚姻と
本邦上陸の経緯等)、のうち、原告が本邦に上陸後二回の在留期間更新の申請に対し、被告法
務大臣が右在留資格でこれを許可したこと、昭和五七年八月ころから原告とCが別居するよう
になつたこと、及び、同年一一月一五日申請の在留期間更新の申請に対し三月の在留期間の更
新が許可されたこと、の事実(昭和五八年二月一四日の難民認定申請とその後の在留期間更
新許可)、のうち、原告が、同年一月ころからEと同棲を始め、同年五月ころCを相手方とし
て離婚調停を申し立て、昭和五九年ころにはEとの同棲を解消し、同年六月ころからBと肉体
関係を持つようになつていたこと、の事実(同年一〇月四日の難民不認定決定とその後の在
留期間更新許可)は、いずれも当事者間に争いがない。
2 原告とBとの関係
 請求原因2(原告とBとの婚姻関係の存在)の各事実中、のうち、原告と日本人である
Bが昭和五九年初め知り合い、その後同居したこと、、の各事実(昭和六〇年一一月八日
婚姻届提出、同年一二月一二日その受理)、のうち、本件裁決時に原告とBとの婚姻が成立
していたことになることは、いずれも当事者間に争いがなく、この争いのない事実並びに前
記一及び右1の争いのない事実に、成立に争いのない甲第二、第八号証、乙第四、第五、第七、
第一〇号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一五号証、証人Bの証言及び原告本人尋
問の結果並びに弁論の全趣旨を合せ考えれば、以下の事実が認められる。すなわち、原告は、
高田馬場等で英語を教えたりして生計を立てていたとろ、昭和五九年二月ころから、Bの子
であるFが米国に留学することになつたため同人に英語を教えていたが、Fの留学後B自身
にも英語を教えることになり、やがてBのマンションでも教えたりするうち、同年六月ころ
からBと原告との間に男女関係ができ、同年一一月ころからBのマンションで同棲すること
になつた。そして、その後Cとの離婚調停が不調となり、Cから提訴された離婚請求を認容
する判決が昭和五九年一一月一六日にあつたが、同判決が公示送達によるものであつたの
で、原告は、応訴する機会を奪われたとして再審請求をしていたところ(なお、昭和六〇年九
月五日に同請求を取り下げた。)同年八月一五日にした在留期間更新の申請については、同年
一〇月八日本件更新不許可処分がなされた。原告は、同日収容され、収容中には、Bも同局係
官から事情を聴取されたが、Bは、収容直後の同月一一日には原告との婚姻意思がないと言
明していた。原告は、同月二四日同局入国管理官により不法残留と認定され、同年一一月六
日に同局特別審理官の右認定に誤りがない旨の判定がなされた。ところでBは、同年一〇月
一八日ごろになつて、前記婚姻意思がない旨の供述を翻し、四条件(結婚が放免の手段でな
いこと、きちんと扶養すること、暴力をふるわないこと、女性とのトラブルを家庭に持ち込
まぬこと)を示して、これを原告が誓約、実行するならばということで原告との婚姻意思を
表明するようになり、また、原告もBが示した右提案を受け入れ、同年一一月八日Bが原告
との婚姻届を渋谷区役所に提出した。しかし、原告の本国であるイランの大使館における婚
姻要件の審査のため、右婚姻届は、直ちには受理されず、同年一二月一二日に正式に受理さ
れ、右届出の時に原告とBとの婚姻が成立していたことになつた。その間の同年一一月二二
日に本件裁決がされた。
以上のとおり認められる。
 そこで、まず、原告とBとの両名にそれぞれ真実の婚姻意思があるかどうかにつき判断す
る。
証人Bの証言によれば、Bは、本件更新不許可処分当時、離婚した前夫から仕送りを受け
る身であり独身で他に男女関係がなかつたが、昭和一六年生まれで当時四四歳であり、原告
がBより一九歳も年下の昭和三五年生まれで当時二五歳であつて、しかも、女性関係で相当
に問題があり、また暴力をふるうといつたBにとつて極めて不安な側面が存することなどの
点から当時の時点で原告と正式に婚姻することを必ずしも真剣に考えていたものではなか
つたこと、もつとも、Bが当初同局係官に原告との婚姻意思がないと言明したのは、同局係
官に対し自己のプライバシーを詮索されているかのように誤解して、反感と敵意を抱き、必
ずしも真実の意思を述べたものでなかつたこと、その後事態の深刻さを認識するに及んで、
原告に存する前記の不安かつ問題のある側面を除去できるような前記の四条件の誓約、実行
を提示したところ、これが原告に受入れられたので、原告と正式に婚姻する意思を固めるに
至つたことが認められ、前記認定のとおり、原告とBと知り合つてから約一年半、男女関
係が出来てから約一年の期間があつたことを考慮するならば、Bが原告との婚姻意思を表明
し、婚姻届を提出したのが、婚姻を仮装するものであるとか、専ら原告を強制送還から免れ
させるための便宜的な意思によるものであるとかと断定することは困難であり、その間に多
少は原告が強制送還されることを避けたいとの便宜的な意思が介在していないとはいえない
が、そうであるとしても、これをもつて右婚姻意思が真意に基づくものであることの障害と
なるものではないというべきである。
また、原告本人尋問の結果によれば、原告も、Bが婚姻に応じてくれる以上、同人との婚姻
を真に望んでいることが認められ、前記認定のとおり、原告は女性関係で相当に問題があ
ると認められるが、本件全証拠によるも、当時B以外に女性関係があつたことを窺うに足り
ず、右認定の原告の婚姻意思についても、Bの場合と同様その間に多少は強制送還を避ける
ためといつた便宜的な意思が含まれていないとはいえないが、なお、右婚姻意思が真意に基
づくものであることを否定することはできないというべきである。
 以上のとおり、本件更新不許可処分の当時、原告とBとの婚姻意思は固まつてはいなかつ
たものであるが、本件裁決の時点では、既に原告とBとの真意に基づく婚姻意思は実質的に
も固まり、またこれが婚姻届の提出という形で外部にも表明され、しかもその後の右届の受
理により原告とBとの婚姻が成立していたことになつたものである。したがつて、本件裁決
は、右の事実を前提にしてされることを要するというべきである(もつとも、右婚姻が成立
したからといつて、原告は、法四条一項一六号、規則二条一号を根拠として、当然に本邦に在
留できることになるわけでない。)。
3 原告とイラン難民
 右1の争いのない事実に、前掲乙第四号証、証人Gの証言及び原告本人尋問の結果を合せ
考えれば、原告は、昭和五五年六月にCを伴つてイランに帰国した後、間もなく友人を通じ
てイランの反政府組織であるムジヤヘデインに所属するに至り、武器を運ぶ等の活動をして
いたこと、原告は、昭和五六年八月にCを追つて本邦に上陸したが、昭和五八年ころからイ
ランでは、ムジヤヘデイン等の反政府組織に対する取締りが強化され、そこに所属していた
と思われる原告の知人の何名かが政府に処刑されるなどとの事態も生じ、また、イラン警察
がイランの原告の両親の家を捜索したり、原告の父親、弟などが右警察に原告の行方等につ
き事情聴取されたことが認められ、右各証拠に原本の存在及び成立に争いのない甲第一一な
いし第一六号証、第一九、第二〇号証、成立に争いのない甲第一八号証並びに弁論の全趣旨
によれば、現在イランでは、ムジヤヘデインに所属している者に対する取締りは、弾圧とも
いえる程度に達ており、なかには正式な裁判も経由せずに直ちに処刑されてしまうことがあ
るとされていることが認められる。
 なお、証人Gの証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が本邦に滞在中の昭和五九年
中には、原告の母親と弟がイランから本邦に入国し、無事帰国したこと、原告の右の弟とは
別の弟であるGも昭和六一年六月にイランから本邦に入国していることが認められるが、本
件全証拠によるも、ある者がムジヤヘデインに所属していると、その者だけでなく、その親、
兄弟等までもが特段の不利益を受けるものであるといつた事実を認めることはできず、そう
である以上、右認定の事実は、前記の認定を覆すに足りるものではない。 
また、原告は、前記のとおり、昭和五八年二月に難民認定申請をし、これが昭和五九年一〇
月に退けられたところ、原告はこれに対し異議の申出をしなかつたものであるが、まず、難
民認定申請が退けられたからといつて、当然に原告が難民性を有しないということにはなら
ず(難民不認定決定が本件に関し拘束力を有しないことはいうまでもない。)、次に、原告が
難民不認定決定に対し異議の申出をしなかつたからといつて、当然に原告が自ら難民性を有
しないことを自認したものといえないから、右難民認定に係る事情も、前記の認定を覆す
ものではない。
更に、乙第一二号証中のCの供述中には、Cは夫であつた原告がムジヤヘデインに所属し
ていたことを知らなかつた旨の部分があるが、夫が反政府組織に所属していることを妻が知
らないということもあり得ないことではないと考えられるから、やはり右部分をもつて前記
の認定を覆すに充分ではない。
しかして、他に前記の認定を覆すに足りる証拠はない。
 以上のとおり、原告は、イランに帰国すれば、ムジヤヘデインに所属したことより格別の
不利益を受けるおそれが強く、場合によつては処刑される可能性もないではないということ
ができるものであり、前掲乙第四、第五号証によれば、原告はこのことを同局の事情聴取の
際にも供述していたことが認められる。したがつて、本件裁決は、原告の右事情を前提とし
てされることを要するというべきである。
4 考察
原告の主張するところは、要するに、本件事実関係のもとにおいて、被告法務大臣が原告に
対し在特許可を与えなかつたことは違法であるというに尽きる。
ところで、在特許可を与えるか否かの判断は、被告法務大臣の自由裁量に属するものであつ
て、当該外国人の個人的事情のみならず、国内事情、国際情勢、外交政策等の諸般の事情を総合
考慮のうえ、その責任において決定されるべきものであり、その裁量権の範囲が極めて広汎で
あることは、被告らの指摘するとおりである。しかしながら、その裁量権は、もとより無制限な
ものではなく、被告法務大臣の右判断が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くときは、裁量
権の範囲を逸脱し又はその濫用があつたものとして、違法となるのを免れないというべきであ
る。
右の見地に立つて考えるに、前記3で認定したところによると、原告はイランにおいて反政
府組織に所属したことのゆえに、同国に帰国すれば格別の不利益を受けるおそれが相当に強
く、生命にも危険が及びかねないものと認められるし、この事情を前提とすれば、前記2で認
定した原告とBとの真意に基づく婚姻意思の実現(しかも、それは正規の届出を経た法律上の
婚姻関係である。)としての両名の平穏な婚姻生活を同国において送ることは、不可能ないし極
めて困難であると考えざるを得ない。そして、前記1によれば、原告は昭和五六年八月以来本
邦に在留を継続していること、前記2によると、未だ婚姻意思は固まつていなかつたとはいえ
約一年間Bと同棲生活を続けていて、今後それを婚姻生活に改めることが予定されていること
などの事情が認められるところである。以上の諸事情を合せ考えると、原告を本件退令発付処
分によりイランに送還することは、原告に対し生命に危険の及ぶ可能性を含む格別の不利益を
与える蓋然性が相当に強いとともに、原告及びBから平穏な婚姻生活を送る機会をも奪うもの
というべきであり、他方、原告を従来どおり本邦に在留させたとしても、原告とBの現在の婚
姻意思に変更をきたすなどといつた事情変更のない限り、我が国の国益を具体的に損うとも考
え難い。
そうすると、本件に現れた諸事情のもとでは、被告法務大臣が原告に対し在特許可を与えな
かつたことは、他に特段の事情につき立証のない本件では、社会通念に照らし著しく妥当性を
欠くものと評価するほかはない。
よつて、本件裁決は、原告に対し在特許可を与えなかつた点において、裁量権の範囲を逸脱
し又はその濫用があつたものとして、違法なものというべきであり、その取消しを免れない。
三 本件退令発付処分の適法性
右二4のとおり、本件裁決が違法であるから、本件裁決に基づく本件退令発付処分もまた違法
なものというべきであつて、その取消しを免れない。
四 よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について
行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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