離婚請求事件
昭和61年(オ)第260号
上告人:A、被上告人:B
最高裁判所大法廷(裁判官:矢口洪一・伊藤正己・牧圭次・安岡満彦・角田礼次郎・島谷六郎・長島敦・高島益郎・
藤島昭・大内恒夫・香川保一・坂上寿夫・佐藤哲郎・四ツ谷巌・林藤之輔)
昭和62年9月2日
判決
右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一八一三号離婚請求事件について、同裁判所が昭
和六〇年一二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、
被上告人は上告棄却の判決を求めた。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人菊地一夫の上告理由について
所論は、要するに、上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し、しかも、両者は共同生活を営む意思を
欠いたまま三五年余の長期にわたり別居を継続し、年齢も既に七〇歳に達するに至ったものであり、
また、上告人は別居に当たって当時有していた財産の全部を被上告人に給付したのであるから、上告
人は被上告人に対し、民法七七〇条一項五号に基づき離婚を請求しうるものというべきところ、原判
決は右請求を排斥しているから、原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある、というのである。
一1 民法七七〇条は、裁判上の離婚原因を制限的に列挙していた旧民法(昭和二二年法律第
二二二号による改正前の明治三一年法律第九号。以下同じ。)八一三条を全面的に改め、一項一
号ないし四号において主な離婚原因を具体的に示すとともに、五号において「その他婚姻を継
続し難い重大な事由があるとき」との抽象的な事由を掲げたことにより、同項の規定全体とし
ては、離婚原因を相対化したものということができる。また、右七七〇条は、法定の離婚原因が
ある場合でも離婚の訴えを提起することができない事由を定めていた旧民法八一四条ないし
八一七条の規定の趣旨の一部を取入れて、二項において、一項一号ないし四号に基づく離婚請
求については右各号所定の事由が認められる場合であっても二項の要件が充足されるときは
右請求を棄却することができるとしているにもかかわらず、一項五号に基づく請求については
かかる制限は及ばないものとしており、二項のほかには、離婚原因に該当する事由があっても
離婚請求を排斥することができる場合を具体的に定める規定はない。以上のような民法七七〇
条の立法経緯及び規定の文言からみる限り、同条一項五号は、夫婦が婚姻の目的である共同生
活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなった場合には、夫婦の一方は他方に対し訴
えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであって、同号所定の事由
(以下「五号所定の事由」という。)につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべ
きでないという趣旨までを読みとることはできない。
他方、我が国においては、離婚につき夫婦の意思を尊重する立場から、協議離婚(民法七六三
条)、調停離婚(家事審判法一七条)及び審判離婚(同法二四条一項)の制度を設けるとともに、
相手方配偶者が離婚に同意しない場合について裁判上の離婚の制度を設け、前示のように離婚
原因を法定し、これが存在すると認められる場合には、夫婦の一方は他方に対して裁判により
離婚を求めうることとしている。このような裁判離婚制度の下において五号所定の事由がある
ときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば、自らその原因となるべき事実を作出
した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ、相手方配偶者の離婚について
の意思を全く封ずることとなり、ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかね
ないのであって、右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまで
もない。
2 思うに、婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をも
って共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失する
とともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態
に至った場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失っているものというべき
であり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえって不自然であ
るということができよう。しかしながら、離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するも
のであるから、離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであってはならな
いことは当然であって、この意味で離婚請求は、身分法をも包含する民法全体の指導理念たる
信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならな
い。
3 そこで、五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以
下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許
されるものであるかどうかを判断するに当たっては、有責配偶者の責任の態様・程度を考慮す
べきであるが、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認め
た場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子
の監護・数育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既
に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更
には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し、ま
た、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時
の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである。
そうであってみれば、有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦の別居が両当事者の
年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場
合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等
離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない
限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはで
きないものと解するのが相当である。けだし、右のような場合には、もはや五号所定の事由に
係る責任、相手方配偶者の離婚による精神的・社会的状態等は殊更に重視されるべきものでな
く、また、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、本来、離婚と同時又は離婚後におい
て請求することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるからで
ある。
4 以上説示するところに従い、最高裁昭和二四年(オ)第一八七号同二七年二月一九日第三小
法廷判決・民集六巻二号一一〇頁、昭和二九年(オ)第一一六号同年一一月五日第二小法廷判
決・民集八巻一一号二〇二三頁、昭和二七年(オ)第一九六号同二九年一二月一四日第三小法
廷判決・民集八巻一二号二一四三頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は、いずれも変更
すべきものである。
二 ところで、本件について原審が認定した上告人と被上告人との婚姻の経緯等に関する事実の概
要は、次のとおりである。
上告人と被上告人とは、昭和一二年二月一日婚姻届をして夫婦となったが、子が生まれなか
ったため、同二三年一二月八日訴外乙山春子の長女夏子及び二女秋子と養子縁組をした。上告
人と被上告人とは、当初は平穏な婚姻関係を続けていたが、被上告人が昭和二四年ころ上告人と
春子との間に継続していた不貞な関係を知ったのを契機として不和となり、同年八月ころ上告人
が春子と同棲するようになり、以来今日まで別居の状態にある。なお、上告人は、同二九年九月七
日、春子との間にもうけた一郎(同二五年一月七日生)及び二郎(同二七年一二月三〇日生)の認
知をした。被上告人は、上告人との別居後生活に窮したため、昭和二五年二月、かねて上告人か
ら生活費を保障する趣旨で処分権が与えられていた上告人名義の建物を二四万円で他に売却し、
その代金を生活費に当てたことがあるが、そのほかには上告人から生活費等の交付を一切受けて
いない。被上告人は、右建物の売却後は実兄の家の一部屋を借りて住み、人形製作等の技術を
身につけ、昭和五三年ころまで人形店に勤務するなどして生活を立てていたが、現在は無職で資
産をもたない。上告人は、精密測定機器の製造等を目的とする二つの会社の代表取締役、不動
産の賃貸等を目的とする会社の取締役をしており、経済的には極めて安定した生活を送ってい
る。上告人は、昭和二六年ころ東京地方裁判所に対し被上告人との離婚を求める訴えを提起し
たが、同裁判所は、同二九年二月一六日、上告人と被上告人との婚姻関係が破綻するに至ったの
は上告人が春子と不貞な関係にあったこと及び被上告人を悪意で遺棄して春子と同棲生活を継続
していることに原因があるから、右離婚請求は有責配偶者からの請求に該当するとして、これを
棄却する旨の判決をし、この判決は同年三月確定した。上告人は、昭和五八年一二月ころ被上
告人を突然訪ね、離婚並びに夏子及び秋子との離縁に同意するよう求めたが、被上告人に拒絶さ
れたので、同五九年東京家庭裁判所に対し被上告人との離婚を求める旨の調停の申立をし、これ
が成立しなかったので、本件訴えを提起した。なお、上告人は、右調停において、被上告人に対し、
財産上の給付として現金一〇〇万円と油絵一枚を提供することを提案したが、被上告人はこれを
受けいれなかった。
三 前記一において説示したところに従い、右二の事実関係の下において、本訴請求につき考える
に、上告人と被上告人との婚姻については五号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべ
きであるが、上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論の終結時まででも約三六年に及
び、同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり、しかも、両者の間には未
成熟の子がいないのであるから、本訴請求は、前示のような特段の事情がない限り、これを認容
すべきものである。
したがって、右特段の事情の有無について審理判断することなく、上告人の本訴請求を排斥し
た原判決には民法一条二項、七七〇条一項五号の解釈適用を誤った違法があるものというべきで
あり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨の違法をいうも
のとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、右特段の事情の
有無につき更に審理を尽くす必要があるうえ、被上告人の申立いかんによっては離婚に伴う財産
上の給付の点についても審理判断を加え、その解決をも図るのが相当であるから、本件を原審に
差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官角田礼次郎、同林藤之輔の補足意見、裁判官佐藤哲
郎の意見があるほか、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
裁判官角田礼次郎、同林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。
我々は、多数意見とその見解を一にするものであるが、離婚給付について、若干の意見を補足して
おくこととしたい。
多数意見は、民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある有
責配偶者からされた場合に、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判
断する一つの事情として、離婚を認めた場合における相手方配偶者の経済的状態が斟酌されなければ
ならないとし、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、離婚と同時又は離婚後において請求
することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるとしている。
しかし、右の経済的不利益の問題について、これを相手方配偶者の主導によって解決しようとして
も、相手方配偶者が反訴により慰藉料の支払を求めることをせず、また人事訴訟手続法(以下「人訴法」
という。)一五条一項による財産分与の附帯申立もしない場合には、離婚と同時には解決されず、ある
いは、経済的問題が未解決のため離婚請求を排斥せざるをえないおそれが生ずる。一方、経済的不利
益の解決を相手方配偶者による離婚後における財産分与等の請求に期待して、その解決をしないまま
離婚請求を認容した場合においては、相手方配偶者に対し、財産分与等の請求に要する時間・費用等
につき更に不利益を加重することとなるのみならず、経済的給付を受けるに至るまでの間精神的不安
を助長し、経済的に困窮に陥れるなど極めて苛酷な状態におくおそれがあり、しかも右請求の受訴裁
判所は、前に離婚請求を認容した裁判所と異なることが通常であろうから、相手方配偶者にとって経
済的不利益が十全に解決される保障がないなど相手方配偶者に対する経済的配慮に欠ける事態の生ず
ることも予測される。したがって、相手方配偶者の経済的不利益の解決を実質的に確保するためには、
更に検討を加えることが必要である。
そこで、財産分与に関する民法七六八条の規定をみると、同条は、離婚をした者の一方は相手方に
対し財産分与の請求ができ、当事者間における財産分与の協議が不調・不能なときは当事者は家庭裁
判所に対して右の協議に代わる処分を請求することができる旨を規定しているだけであって、右規定
の文言からは、協議に代わる処分を請求する者は財産分与を請求する者に限る趣旨であるとは認めら
れない。また、人訴法一五条一項に定める離婚訴訟に附帯してする財産分与の申立は、訴訟事件にお
ける請求の趣旨のように、分与の額及び方法を特定してすることを要するものではなく、単に抽象的
に財産分与の申立をすれば足り(最高裁昭和三九年(オ)第五三九号同四一年七月一五日第二小法廷
判決・民集二〇巻六号一一九七頁参照)、裁判所に対しその具体的内容の形成を要求すること、いいか
えれば裁判所の形成権限の発動を求めるにすぎないのであって、通常の民事訴訟におけるような私法
上の形成権ないし具体的な権利主張を意味するものではないのであるから、財産分与をする者に対し
て、その具体的内容は挙げて裁判所の裁量に委ねる趣旨でする申立を許したとしても、財産分与を請
求する側において何ら支障がないはずである。更に実質的にみても、財産分与についての協議が不調・
不能な場合には、財産分与を請求する者だけではなく、財産分与をする者のなかにも一日も早く協議
を成立させて婚姻関係を清算したいと考える者のあることも当然のことであろうから、財産分与につ
いて協議が不調・不能の場合における協議に代わる処分の申立は財産分与をする者においてもこれを
することができると解するのが相当というべきである。
以上のような見地から、我々は、人訴法一五条一項による財産分与の附帯申立は離婚請求をする者
においてもすることができると考える。そしてこのように解すると、有責配偶者から離婚の訴えが提
起され、相手方配偶者の経済的不利益を解決しさえすれば請求を許容しうる場合において、相手方配
偶者が、たとえ意地・面子・報復感情等のために、慰藉料請求の反訴又は人訴法一五条一項による財
産分与の附帯申立をしようとしないときは、有責配偶者にも財産分与の附帯申立をすることを認め、
離婚判決と同一の主文中で相手方配偶者に対する財産分与としての給付を命ずることができることに
なり、相手方配偶者の経済的不利益の問題は常に当該裁判の中において離婚を認めるかどうかの判断
との関連において解決され、さきに我々が憂慮した相手方配偶者の経済的不利益の問題の解決を全う
することができることになるのではないかと思うのである。
裁判官佐藤哲郎の意見は、次のとおりである。
私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る説示には同調することができない。
一 民法七七〇条一項五号は、同条の規定の文言及び体裁、我が国の離婚制度、離婚の本質などに
照らすと、同号所定の事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者からされた離婚請求
を原則として許さないことを規定するものと解するのが相当である。
同条一項一号から四号までは、相手方配偶者に右各号の事由のある場合に、離婚請求権がある
ことを規定しているところ、同項五号は、一号から四号までの規定を受けて抽象的離婚事由を定
め、右各号の事由を相対化したものということができるから、五号の事由による離婚請求におい
ても、一号から四号までの事由による場合と同様、右事由の発生について相手方配偶者に責任あ
るいは原因のある場合に離婚請求権があることを規定しているものと解するのが相当である。法
律が離婚原因を定めている目的は、一定の事由の存在するときに夫婦の一方が相手方配偶者に対
して離婚請求をすることを許すことにあるが、他方、相手方配偶者にとっては一定の事由のない
限り自己の意思に反して離婚を強要されないことを保障することにもあるといわなければならな
い。我が国の裁判離婚制度の下において離婚原因の発生につき責任のある配偶者からされた離婚
請求を許容するとすれば、自ら離婚原因を作出した者に対して右事由をもって離婚を請求しうる
自由を容認することになり、同時に相手方から配偶者としての地位に対する保障を奪うこととな
るが、このような結果を承認することは離婚原因を法定した趣旨を没却し、裁判離婚制度そのも
のを否定することに等しい。また、裁判離婚について破綻の要件を満たせば足りるとの考えを採
るとすれば、自由離婚、単意離婚を承認することに帰し、我が国において採用する協議離婚の制
度とも矛盾し、ひいては離婚請求の許否を裁判所に委ねることとも相容れないことになる。法は、
社会の最小限度の要求に応える規範であってもとより倫理とは異なるものであるが、正義衡平、
社会倫理、条理を内包するものであるから、法の解釈も、右のような理念に則してなされなけれ
ばならないこと勿論であって、したがって信義に背馳するような離婚請求の許されないことはす
べからく法の要求するところというべきであり、離婚請求の許否を法的統制に委ねた以上、裁判
所に対して右の理念によってその許否の判定をするよう要求することもまた当然といわなければ
ならない。右のような見地からすれば、民法七七〇条一項五号は、離婚原因を作出した者からの
離婚請求を許さない制約を負うものというべきである。
実質的にみても、婚姻は道義を基調とした社会的・法的秩序であるから、これを廃絶する離婚
も、道義、社会的規範に照らして正当なものでなければならず、人間としての尊厳を損い、両性の
平等に悖るものであってはならないというべきである。また、婚姻は両性の合意のみに基づいて
成立するものであることからすると、それを廃絶する離婚についても基本的には両性の合意を要
求することができるから、夫婦の一方が婚姻継続の意思を喪失したからといって、相手方配偶者
の意思を無視して常に当該婚姻が解消されるということにはならないこともいうまでもない。そ
して、離婚が請求者にとっても相手方配偶者にとっても婚姻を廃絶すると同時に新たな法的・社
会的秩序を確立することにあることからすると、相手方配偶者の地位を婚姻時に比べて精神面に
おいても、社会・経済面においても劣悪にするものであってはならないが、厳格な離婚制度の下
においては離婚給付の充実が図られるものの、反対に、安易に離婚を承認する制度の下において
は相手方配偶者の経済的・社会的保障に欠けることになるおそれがあることにも思いを致さなけ
ればならない。有責配偶者からの離婚請求を認めることは、その者の一方的意思によって背徳か
ら精神的解放を許すのみならず、相手方配偶者に対する経済的・社会的責務をも免れさせること
になりかねないことをも考慮しなければならないであろう。
そもそも、離婚法の解釈運用においては、その国の社会制度、殊に家族制度、経済体制、法制度、
宗教、風土あるいは国民性などを無視することができないが、吾人の道徳観や法感情は、果たし
て自ら離婚原因を作出した者に寛容であろうか、疑問なしとしない。 
以上の次第で、私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として
原因を与えた当事者は原則として自ら離婚請求をすることができないとの立場を維持したいと考
える。
二 しかし、有責配偶者からの離婚請求がすべて許されないとすることも行き過ぎである。有責配
偶者からされた離婚請求の拒絶がかえって反倫理的であり、身分法秩序を歪める場合もありうる
のであり、このような場合にもこれを許さないとするのはこれまた法の容認するところでないと
いわなければならない。
有責配偶者からされた離婚請求であっても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場
合、相手方配偶者側の行為によって誘発された場合、相手方配偶者に離婚意思がある場合は、も
とより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の
償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶
し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事
情に照らしてかえって社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のあ
る場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当であると考
える。
三 以上のとおり、私は、有責配偶者からされた離婚請求が原則として許されないとする当審の判
例の原則的立場を変更する必要を認めないが、特段の事情のある場合には有責配偶者の責任が阻
却されて離婚請求が許容される場合がありうると考える。そして、本件においては、被上告人の
離婚拒絶についての真意を探究するとともに、右阻却事由の存否について審理を尽くさせるため
に、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
上告代理人菊地一夫の上告理由
原判決は、民法第七七〇条第一項五号の適用解釈を誤り、理由不備の違法があり、その違法は判決
に影響を及ぼすことは明らかであって破棄さるべきものである。
一、すなわち、原判決は、本件の「破綻の原因は、原告(上告人)が訴外甲野春子と同居するように
なり、前記離婚判決後もその同居を継続してきたためで、一方、被告(被上告人)はこれといった
落度はなく、破綻の責任は専ら原告にある」とし、いくつかの事情を列挙した上、「このような特
別の事情のある本件においては、専ら婚姻関係の破綻を招来したものとして有責配偶者である原
告(上告人)の本訴離婚請求を認めることは信義誠実の原則に徴し相当でないといわざるを得な
い。」と判示している。
二、その特別事情の一つとして、被上告人の生活基盤が必ずしも安定したものとはいえないのに対
し、上告人は経済的には安定していながら「離婚に伴う相応の財産給付をなす意思に乏しく、別
居が継続している間被告(被上告人)に対する経済援助を全くすること」がなかった旨認定して
いる。
しかしながら、他方同じく原判決が認定しているとおり、被上告人は、「原告(上告人)及び被
告(被上告人)が居住に使用していた原告(上告人)名義の建物(これは土地及び建物の誤りであ
る―上告人注)を金二四万円で売却し、その代金を受領して実兄丙川松男方に転居し、右代金を
生活費に充ててきて」いるのである。
記録から窺えるとおり右土地及び建物は当時の上告人のいわば全財産であったものであり、上
告人は別居に伴い自分の所有する全財産を既にその時に被上告人に分与したのであって、当時の
上告人の経済状態から見れば最大限の償いをしたと評価し得るのであり、原判決の如く「被告(被
上告人)に対する経済的援助を全くしなかった」というのは全く事実に反している。
換言すれば、上告人は、別居の際に、既に「離婚に伴う相応の財産給付」に相当するものを被上
告人に分与していたのである。
この財産給付の事実は離婚請求の認否の判断上の重要な要素に係わるものであって、給付それ
自体を認定しつつその給付の意義を全く無視した点において原判決は理由に齟齬ないし不備があ
るものと言わざるを得ない。
三、次に、自己の背徳行為により勝手に夫婦生活破綻の原因をつくりながら、それのみを理由とし
て相手方に離婚を強制することは、婚姻秩序や性秩序あるいは道徳観念よりして許されるべきこ
とではないとの法理に基き、有責配偶者の離婚請求を排斥してきた判例の集積は上告人も是認す
るところである。
しかしながら、他方において離婚請求者に有責的行為がある場合には安易に離婚を棄却しがち
な傾向も厳に慎むべきである。
なぜならば、そもそも民法第七七〇条第一項五号の「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、いわ
ゆる破綻主義の立法化に外ならず、婚姻関係が深刻に破綻し婚姻の本質に応じた共同生活の回復
の見込みがない場合を云うものとされ、元来不治的に破綻した婚姻は当事者の責任を問わずその
解消を認めるという原則に立脚し、また有責配偶者の離婚請求を拒否したとしても婚姻関係の復
元が可能になるわけではないことから、有責配偶者の離婚請求を余りに厳格に否定して適用すべ
きではないからである。
四、この点に関するリーディングケースとしては最判昭和二七年二月一九日(民集六―二―一一〇)
が挙げられる。
これは、夫が婚姻中に他の女性と情交関係を結び子供も産ませ、別居わずか五年後に婚姻関係
破綻を理由に妻に対し離婚を請求した事案である。
このような事実関係においては、「本訴の如き請求が法の認める処なりとして当裁判所におい
て是認されるならば、戦後に多く見られる男女関係の余りの無軌道に拍車をかける結果を招致す
る虞が多分にある。前記民法の規定は相手方に有責行為のあることを要件とするものでないこと
は認めるけれども、さりとて前記の様な不徳義・得手勝手な請求を許すものではない。」として余
りにも相手を無視した身勝手な請求を排斥したものであり、その点にリーディングケースとして
価値があるものである。
五、これに対して本件においては、昭和二四年から三五年余の極めて長期間に亘って別居生活が継
続されてきており、子供もなく、その間夫婦の行き来も全くなく、夫婦ともに婚姻の本質に応じ
た共同生活を継続する意思を全く欠いており、婚姻関係は単に戸籍上のみでその実体は全く破綻
し形骸化しているものである。
この長期間の破綻状態・形骸化の過程において、夫婦の年令も七〇才前後に達し、上告人の当
初の有責性はいわば風化していると言い得るのである。このような状態にある現時点においても
なお数十年前の破綻原因をつくった責任を負わせ続けることは妥当なのであろうか。
前記判決の余りにも身勝手な請求と同視し本件と同一に論ずることが社会正義に適うものであ
ろうか。
被上告人の生活基盤は必ずしも安定したものではないであろうが、さりとて離婚が認容されて
も直ちに生活に著しい変化が生じるとも考えられないこと、また前述のとおり上告人は別居の際
に当時の全財産を被上告人に与えていること、夫婦間には子供がないこと、そして右のとおり長
年の経過により上告人の有責性が風化していること、を考え合わせるならば、三五年余にも及び
破綻し形骸化した婚姻関係はお互いに整理した上で、それぞれが平穏な余生を過ごせるように取
り計らうのが法の理念に合致すると言うべきである。
原判決も触れているとおり「夫婦間の婚姻関係が全く形骸化して久しいような場合においては
有責配偶者からの離婚請求であることの一事をもってただちにその請求を排斥するのは相当でな
い」のであり、その請求が「不徳義・得手勝手」な事情がある場合にそれを許さないとするのが婚
姻秩序・道徳観念に最もよく合致する正しい解釈であると信ずるものである。
六、この点に関して、破綻後の原告の有責行為は問わない旨判示した最判昭和四六年五月二一日(民
集二五―三―四〇八)のコメントとして、「右の判例を相当期間の別居に重点をおいて離婚を認め
る判例のはしりとして、評価したい。右の判例を契機として、最高裁が、婚姻破綻の徴表としての
相当期間の別居がある場合には、別居前に原告側に有責行為があるときにも離婚を認める、とい
うように理論を展開していくことを期待する。別居後の有責行為を問わないとするなら、別居前
の有責行為も問わないはずだからである。」(島津一郎・「別冊ジュリスト家族法判例百選((新版・
増補))」七六頁、同「破綻主義」続判例展望別冊ジュリスト三九号一三六頁)との見解が示されて
いるが、本件ケースは正に右見解を適用すべき事案である。
よって、原判決は法の適用解釈を誤った違法があり、これは判決に影響を及ぼすことは明らか
であるので、破棄を免れないものである。 

お気軽にお問合せください

お電話でのお問合せ

03-5809-0084

<受付時間>
9時~20時まで

ごあいさつ

VISAemon
申請取次行政書士 丹羽秀男
Hideo NIwa

国際結婚の専門サイト

VISAemon Blogです!

『ビザ衛門』
国際行政書士事務所

住所

〒150-0031 
東京都渋谷区道玄坂2-18-11
サンモール道玄坂215

受付時間

9時~20時まで

ご依頼・ご相談対応エリア

東京都 足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・大田区・葛飾区・北区・江東区・品川区・渋谷区・新宿区・杉並区・墨田区・世田谷区・台東区・中央区・千代田区・千代田区・豊島区・中野区・練馬区・文京区・港区・目黒区 昭島市・あきる野市・稲木市・青梅市・清瀬市・国立市・小金井市・国分寺市・小平市・狛江市・立川市・多摩市・調布市・西東京市・八王子市・東久留米市・東村山市・東大和市・日野市・府中市・福生市・町田市・三鷹市・武蔵野市 千葉県 神奈川県 埼玉県 茨城県 栃木県 群馬県 その他、全国出張ご相談に応じます