退去強制令書発付処分取消請求事件
平成2年(行ウ)第9号
原告:A、被告:福岡入国管理局主任審査官
福岡地方裁判所第1民事部
平成4年3月26日

判決
主 文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成元年一二月一日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は中華人民共和国(以下「中国」という。)国籍を有する外国人であるが、平成元年九月二七日、有効な旅券を所持せずに本邦に入国した。
 原告は、平成元年当時、中国福建省に住んでいたが、同年中に中国で生じた民主化運動に共鳴し、同年六月三日、同省福州市において民主化運動に参加していわゆるデモ行進やカンパを行い、同月四日に中国政府が右運動を武力鎮圧したいわゆる天安門事件が発生した後中国政府により右運動参加者に対する追求が行われたため、右追求を恐れて中国から日本へ脱出したものである。
2 原告の右入国の事実が発覚したため、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「法」という。)所定の手続に従って、別紙経過表に記載のとおりの経緯により、被告は原告に対し、平成元年一二月一日、退去強制令書を発付した(以下「本件処分」という。)。
3 本件処分の違法性
 退去強制手続における適正手続の保障
法の規定する退去強制の手続は、容疑者の意思に反して身柄を収容・拘束しつつ退去強制事由の有無の審査をし、その結果如何によっては国外退去を強制するもので、身体の自由を拘束し、又はこれを奪う手続であるから、刑事手続に準ずるものであり、憲法三一条の適正手続の保障の原則に則って遂行運用されるべきものである。
 違反調査の違法
入国警備官は、法二四条各号の一に該当すると思料する外国人があるときは、当該外国人(容疑者)につき、違反調査をすることができる(法二七条)が、その違反調査手続は、右の適正手続の要請から、容疑者に対する対面調査により、退去強制手続の概略、手続上の諸権利を告知した上で、入国に至る経緯、動機、退去強制事由の有無を取り調べ、右の点に関して容疑者の主張や弁明の機会を付与すべきである。にもかかわらず、本件における当局入国警備官B(以下「B警備官」という。)がした違反調査は、原告に対面せず、専ら書面によるものであったために、右手続の概略及び手続上の諸権利の告知がされず、入国の経緯、動機、とりわけ原告の政治的難民として保護を求める意思等も確認されず、原告に主張や弁明の機会を与えることなく実施されたものであるし、違反調査書の作成に当たっても、原告が入国当時作成した質問書(これには、原告が中国を脱出して日本へ来るに際しての迫害的要因として、民主化運動に関わる前記の原告の政治的立場を反映して、「精神的圧迫」と記載されている。)についてその内容を吟味することもされなかったのであるから、本件の違反調査は違法である。
 入国審査の違法
入国審査官による審査手続(法四五条)においても、入国審査官は、右の適正手続の要請から、容疑者に対する対面調査により、また、十分な語学能力を有するとともに法の定める手続について十分な知識を有する通訳を介して、退去強制の手続の概略、手続上の諸権利を告知した上で、入国に至る経緯、動機、退去強制事由の有無を取り調べ、右の点に関して容疑者に主張や弁明の機会を付与すべきであるし、更に、右以外にも救済手段として別に難民認定申請手続(法六一条の二以下)があることを告知する必要がある。にもかかわらず、本件における当局入国審査官C(以下「C入国審査官」又は「C審査官」という。)が平成元年一一月九日にした入国審査では、原告に対する右手続の概略や手続上の諸権利の告知もなく、通訳のD(以下「D通訳」という。)は語学能力及び法の定める手続についての知識ともに不十分であり、パスポート等を所持していなければ本国へ強制送還するしかないとの前提に立脚しての退去強制事由の有無の審査のみに終始し、入国の経緯等に関する原告の主張や弁明、とりわけ前記質問書に記載された「精神的圧迫」の意味について十分に問い質されることもなく、また、難民認定申請手続という救済手段があることも告知されずに行われたものであるから、右入国審査は違法である。 
なお、原告が難民認定申請手続の存在について知ったのは、本件処分後の平成元年一二月一五日である。
 口頭審理請求権の告知手続における違法
入国審査官は、審査の結果、容疑者が法二四条各号の一に該当すると認定したときは、容疑者に対し、理由を付した書面をもって通知するとともに、口頭審理を請求することができる旨を告知しなければならず(法四七条二項、三項)、しかも、右告知をするについては、容疑者の理解できる言語で、かつ、容疑者の能力等に充分配慮しながら、口頭審理請求権の存在・内容はもちろんであるが、それのみでなく、口頭審理を経ることを前提とする異議の申出(法四九条)及び特別在留許可制度(法五〇条)の存在について、口頭審理請求権の行使、不行使によって生じる法的効果の差異など、同請求権を行使するかどうかを決定することに
つき実質的かつ十分な判断ができるだけの情報を提供することが必要である。にもかかわらず、C審査官は、原告に対し、平成元年一一月九日、単に「次の審査を請求できる。」と告げたのみで、右の意味での告知を十分にしなかった違法がある。
 口頭審理請求権の放棄手続における違法
法は、入国審査官が法二四条各号の退去強制事由に該当すると認定をし当該容疑者が右認定に服したときは、入国審査官が行った審査手続が適正なものかどうかをチェックさせ、かつ、当該容疑者が口頭審理請求権及びその放棄の意義について十分理解した上で任意にかつ真意に基づいて口頭審理を請求するための熟慮期間を放棄して手続の早期確定を求めるのかどうか等を確認させる趣旨で、入国審査官から右認定の通知を受けた「主任審査官」において、右容疑者に対し、口頭審理の請求をしない旨を記載した文書(以下「放棄書」という。)に署名させる旨定めている(法四七条二、四項)。にもかかわらず、本件においては、入国審査手続を担当した「入国審査官」であるC審査官が、前述した同審査官の違法な手続の結果口頭審理請求権の意義すら理解しないまま同審査官が繰り返し申し向けたとおりにもはや国外退去を強制されるしかないと思い込んでいた原告に対し、平成元年一一月九日、放棄書に署名させたのであるから、本件口頭審理請求権放棄書は、権限なき入国審査官により作成された違法文書であり、右審査官の行為は、明白なる違法措置である。
 国際人権規約等の違反による違法
いわゆる天安門事件の発生により、本件処分当時中国から同国政府の追求を逃れて相当多数の政治的難民が日本にやって来ることが予見されたところ、我が国も批准している市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という)、難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)並びに難民の地位に関する議定書(以下「難民議定書」という。)等に照らせば、中国からの入国者に対して、予め退去強制手続に関する何らかの規定方針を定めて処理にあたることは許されない。しかるに、被告は、原告と同時に日本に入国した中国人はいずれもベトナム難民を装う「偽装難民」であり国外退去させるべきであるとの方針のもとに、前述したような違法な形式的かつ画一的な処理を行ったのであって、右は前記各条約に反する違法なものである。
 一時庇護のための上陸の不許可通知の違法
一時庇護のための上陸の許可(法一八条の二)、不許可は、右許可申請をした申請人に対する各個別の処分であるから、その不許可処分の告知も各申請人ごとにされるべきである。しかるに、本件における同処分においては、原告らを含む二〇〇名の中国人に対する同不許可処分の告知について右全員に対して包括的に一括してされたにすぎないから、原告に対する適法な不許可処分の告知があったとはいえない。したがって、被告は、原告のした右許可申請につき、適法な不許可処分及びその通知をしないままの状況で、すなわち、一時庇護のための上陸の許可申請が存続する状況のまま、退去強制の手続を実施し本件処分を行った違法がある。
4 よって、原告は、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のの事実は認める。
 同の事実のうち、平成元年六月四日に中国においていわゆる天安門事件が発生したことは認めるが、その余は知らない。
2 同2の事実は認める。
3 同3のは争う。
 同のうち、当局のB警備官が原告に対する違反調査手続を対面調査によらず書面により行ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。
 同のうち、C入国審査官が原告に対する入国審査をし、D通訳がその通訳をしたことは認めるが、原告が難民認定申請手続の存在を知ったのが平成元年一二月一五日であったことは知らず、その余は否認ないし争う。
 同のうち、C入国審査官が原告に対して口頭審理請求権の告知として「次の審査を請求できる。」と告げたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
 同のうち、原告の放棄書への署名がC審査官の面前でされたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
C審理官が原告に対し、「強制送還しかない。」旨繰り返し述べた事実はない。原告は、自ら不法入国者であることを認め、不服申立てをする必要がないと判断して放棄書に署名したものである。
 同は否認ないし争う。
 同は否認ないし争う。
三 被告の主張(本件処分の適法性)
1 本件処分は、別紙経過表記載のとおりの経緯により、法の規定に基づいて行われたものであり、適法である。
2 原告の主張に対する反論
 適正手続の保障について
憲法三一条は、本来刑罰を科する法手続の適正を要請しているものである。これに対して、退去強制の手続は、本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図る目的(法一条)をもって、わが国社会にとって好ましくない外国人を国外に退去させんとする出入国管理行政上の手続であるから、本件退去強制手続には、憲法三一条は適用されない。
仮に、退去強制の手続に同条が準用されるとしても、法は同条の適正手続の要請を充たした退去強制の手続を規定しているから、本件処分が法所定の手続に従って行われたか否かを問題とすれば足りる。
 違反調査について
違反調査手続においては、容疑者に対し、対面調査が義務付けられていないし(法二九条一項)、退去強制手続の概略や手続上の諸権利を告知した上で違反事実についての主張、弁解を聴取して供述調書を作成することを義務付けた規定もない。また、同調査手続は、退去強制事由の有無を明らかにするために行われるものであり、容疑者が政治的難民として保護を求める意思を有するかどうかを確認するなど、在留を希望する事情を明らかにすることを目的とするものではない。
本件の違反調査においては、B警備官が、法所定の手続に従って、前記質問書及び原告作成の陳述書など関係書類によって退去強制事由の有無を調査しているから、何ら違法はない。また、右関係書類をみると、原告は入国目的を経済的困窮から免れるためと述べており、政治的理由による迫害を受けたとする具体的事情や政治的難民としての保護を求める意思を表明していないから、当局入国警備官が対面調査をしなかったことをもって原告の政治的難民としての保護を求める機会と権利を奪ったことにはならない。
 入国審査について
入国審査手続においても、退去強制手続の概略や手続上の諸権利、難民認定申請手続の告知を義務付けた規定はない。
本件の入国審査手続は、中国語に堪能なD通訳を介して原告に審査内容を理解させた上で慎重に実施されたものであり、右手続に何ら違法はない。
また、原告は、右審査において難民認定が受けられるような事情を全く述べていないのであるから、C入国審査官が難民認定申請手続を教示しなかったとしても、原告の政治的難民としての保護を求める機会を奪ったとはいえない。
 口頭審理請求権の告知について
法は、口頭審理請求権の告知(法四七条三項)の他に、法務大臣に対する異議の申出(法四九条)や法務大臣の裁決による特別在留許可制度(法五〇条)を教示することまで要求してはいない。口頭審理の請求は、法二四条各号の一に該当する旨の認定に不服がある場合にとられる手続であり、特別在留許可を請求するための手続ではない。しかも、特別在留許可制度は、法務大臣による例外的な恩恵的措置であり、原告にそれを求める請求権があるわけではない。
本件においては、C入国審査官は、通訳を介して原告に対し「違反認定に服するならば、強制送還されることになるが、違反認定に不服がある場合には、三日以内に特別審理官に対し口頭審理の請求(口頭審理の請求については、原告に理解しやすいように、『次の審査』、通訳は中国語で『再審』と述べた。)ができる。」と伝え、原告も右内容を理解していた。したがって、口頭審理請求権については十分告知されている。
 口頭審理請求権の放棄について法四七条四項は、主任審査官に対し、口頭審理の請求をしない容疑者に対するすみやかな退去強制令書発付義務を課したものであって、主任審査官自ら口頭審理放棄書に署名させることを目的としているわけではない(容疑者が認定に服したとの事実は、同人が放棄書に署名したことで確認できるから、ことさら主任審査官自らが放棄書に署名させる必要性もない。)と解すべきであるから、入国審査官が原告に対して放棄書に署名させたとしても、同条項に違反しない。
それに、容疑者は、認定の通知を受けた日から三日を経過すれば口頭審理の請求ができなくなり認定に服したことになって、主任審査官は容疑者に対して放棄書に署名させるまでもなく退去強制令書を発付することになるところ、本件では、原告が認定通知を受けた日から二二日後に本件処分がされているから、そもそも原告の放棄書署名が不要な事案である。
 国際人権規約等違反について
原告らが国籍を偽ったいわゆる偽装難民であることは慎重な違反調査及び入国審査によって明らかになったものであり、原告らについて当初から本国送還の方針のもとに形式的に退去強制手続を実施したことはない。
また、昭和五〇年四月のベトナム戦争終結後船舶等により同国を脱出したいわゆるベトナム難民については、同年一二月の国際連合総会決議により、これら難民を保護する権限が国連難民高等弁務官事務所に与えられ、昭和五四年七月、各国政府及び民間団体が、近隣沿岸国がベトナム難民に一時的庇護を与え、最終的には先進諸国などの第三国に定住させることに合意したものである。我が国も国際的合意や人道的立場から、ベトナムからのいわゆるボート・ピープルに対して庇護を与えることとしたものである。ゆえにこれら難民と中国国籍を有する原告らとの取扱いを異にしても違法な差別とはいえない。なお、これらベトナムか
らのいわゆるボート・ピープルについても、平成元年九月一二日、閣議了解により、難民条約一条に規定する「難民」又は難民議定書一条の規定により難民条約の適用を受ける「難民」としての蓋然性の有無を審査するためのいわゆるスクリーニング制度が導入されているのであって、ベトナム人からの入国者であることから当然に入国が認められるわけではない。
 一時庇護上陸の不許可通知について
本件における一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可通知の実際の処理としては、申請人各人ごとに通知書が作成され、それが原告らを含む各申請人に交付されている。
それに、そもそも一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可の告知方法については、法に定めがなく、包括的な一括告知が禁止されているわけではないから、仮に、原告の主張するような告知方法がなされたとしても、違法とはいえない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1のうち、本件処分に至るまでの経緯が別紙経過表記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。
2 同2は争う。
第三 証拠《省略》
理 由
一 当事者間に争いのない事実
原告は中国国籍を有する外国人で、平成元年九月二七日、有効な旅券を所持せずに本邦に入国したこと、その後、被告が原告に対して同年一二月一日に本件処分をするまでの経緯が別紙経過表記載のとおりであることについては当事者間に争いがない。
二 本件処分の適法性について
1 右争いのない事実及び証拠《書証番号略》、証人C、同D、同B、原告本人)によれば、次の事実が認められる。
 原告は、平成元年当時福建省に両親とともに住んでいたが、同年中に中国で生じたいわゆる民主化運動に共鳴し、同年六月三日には同省福州市においてデモ行進に参加し、募金にも協力したが、同月四日に中国政府が右運動を鎮圧したいわゆる天安門事件が生ずると、右運動から離れた。その後は、いったん自宅に帰る等して動向が目立たないようにしていたが、中国政府による右運動参加者への追求が迫っていると感じ、折から集団で船により日本へ向かう動きがあると聞き及んで、日本への脱出を決意した。
 原告は、他の二三〇名とともに、平成元年九月二四日、中国福建省《地名略》から木造船に乗船し、同月二七日、沖縄県那覇市所在の那覇新港に到着した。そして、日本に上陸するために、当局那覇支局の入国審査官に対し、法一八条の二に基づく一時庇護のための上陸の許可申請を行った。同支局の主任審査官は、右許可申請の審査のため仮上陸を許可し、同月二九日、原告を指定住居である大村難民一時レセプションセンターに入所させていたが、同年一〇月一二日、当局入国審査官は、原告の右一時庇護のための上陸の許可申請に対して、これを不許可として、同月一七日、その旨を原告に通知した。
 この間、当局那覇支局側は、原告に対し、予め用意した質問書用紙(平成元年九月二七日付け)に身分や入国目的に関する事項等を記載させ、同支局長宛に提出させた(《書証番号略》)。これには、日本へ入国するに際しての迫害要因として、「精神的圧迫。仕事がない。生活できない。」と記載されている。
 当局入国警備官は、右のとおり原告らの一時庇護のための上陸の許可申請が不許可とされたことを受けて、原告に法二四条一号の退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして、当局主任審査官が平成元年一〇月一三日付けで発付した収容令書(法三九条)に基づき、平成元年一〇月一八日、原告を大村入国者収容所に収容した。
原告は、その収容の際、報道機関による取材を受け、平成元年六月に中国で発生した天安門事件に関与したため中国政府の迫害をおそれて日本に脱出してきたと述べ、同年一一月五日、その取材内容がテレビ放映された。
 原告とともに入国した二三〇名の者のうち原告ら中国人二〇〇名(以下「本件グループ」という。)の違反調査を担当する入国警備官ら(五名程度であった。)は、打合せの結果、これらの者について収容後四八時間以内に違反調査を行って容疑者を入国審査官に引き渡す(法四四条)ためには、通例に従いそれぞれ対面による調査をして供述調書を作成する時間的余裕はないとの判断のもとに、原則としてリーダー格以外の者については法施行規則が定める書式にない陳述書をもって代用することに決め、原告にも収容翌日の平成元年一〇月一九日付けで陳述書(《書証番号略》)を作成させた。そして、B入国警備官は、同月一九日、原告の右陳述書や前記質問書、それに本件グループのリーダー格であった二名に対する事情聴取書(《書証番号略》)およびボート・ピープル名簿(《書証番号略》)の五通の書面を資料とした書面調査により違反調査書を作成し、同月二〇日、当局入国審査官に対し、右書類とともに原告を引渡した。
 原告ら二〇〇名の入国審査については、大村入国者収容所の管轄に属する入国審査官だけでは対処できないので、その管轄外からも入国審査官が応援として事務処理に当たることとされ、事務処理に当たる入国審査官は約七名となった。そして、平成元年一一月六日、同所で、口頭により、今回の入国審査の実施の要領として、容疑者が認定に服した場合にはその場で放棄書を作成するよう指示、説明が行われた。
 C入国審査官は、当局鹿児島出張所の所属であり、右のとおり応援として大村入国者収容所での事務処理にあたることとなったが、同月九日、D通訳を介して、原告が理解できる北京語で、直接対面による入国審査(法四五条)を実施した。審査の冒頭、同審査官は、「違反審査を始めます。私は、入国審査官です。」と告げ、まず、原告に紙を渡して身上関係を書いてもらってこれを確認し、前記違反調査書記載の法二四条一号違反の有効な旅券・乗員手帳を所持せずに入国したとの容疑事実を読み聞かせた。その上で、前記の質問書と陳述書が原告作成であることを確認した後、違反調査において作成された前記五つの資料(前記)に照らして、容疑事実があるか否か及び入国の経緯、動機等について、原告に質問を発しながらその事情を聴取した。しかし、前記質問書に入国に際しての迫害的要因として記載されていた「精神的圧迫」の文言には特に注意を払わず、その意味について原告に対して問い質しはしなかった。また、同審査官は、平成元年一一月五日にテレビ放映された原告の「天安門事件に関係し、日本政府の保護を求める。」旨の報道機関に対する発言を審査当時は知らなかったとして、その点に関する原告の主張や弁明も尋ねてはいない。
原告は、同審査官の問いに対し、容疑事実については「間違いない。」旨を、入国の動機については「生活が苦しかったから。日本に行けばお金を稼げる。職がたくさんある。」旨を話した。同審査官は、原告に法二四条一号に該当しないことの立証責任がある(法四六条)ことを説明するために、原告に対し、「不法入国者ではないことの説明ができますか。」と尋ねたところ、原告は、「説明できない。」と答えた。
以上のような審査の結果、同審査官は、原告を法二四条一号に該当すると認定した。
 右認定後直ちに、C入国審査官は、原告に対し、認定に服する場合は本国に強制送還される旨告げ、また、認定に不服な場合に関しては、予め書式の用意されていた認定通知書(《書証番号略》)に不動文字として記載されている文言のとおりに「認定に不服があるときは、この通知を受けた日から三日以内に、特別審理官に対し口頭審理の請求をすることができる。」と告知した(法四七条三項)。もっとも、同審査官は、「口頭審理の請求」をそのまま直訳しただけでは、日本の出入国制度を知らない原告にとって理解できないと判断して、原告に分かりやすいようにとの配慮から、「次の審査を請求できる。」、更には、「もう一度話しができる。」旨の表現で説明し、D通訳は、「口頭審理」を「再審」と訳して原告に伝えた。原告は、同通訳に対し、「旅券や乗員手帳など何も持たないから、口頭審理の請求をしても一緒じゃないですか。以後の手続は必要ありません。送還されるのならば、早く中国へ帰してください。」との趣旨の答えをした。同通訳は、C審査官に対して、原告が認定に服する旨と送還されるのなら早く中国に帰してほしい旨とを述べていると告げた。そこで、C入国審査官は、原告に、前記の予めした実施要領の打合せに従って、口頭審理放棄書(《書証番号略》)に署名・指印させた。
 C審査官は、以上の審査(約一時間程度を要した。)の結果を審査調書(《書証番号略》)に記載して、原告にその内容を読み聞かせ、間違いないと述べたので、原告に、右調書の末尾にその署名・指印をさせた。
そして、同審査官は、認定書(《書証番号略》)及び認定通知書(《書証番号略》)を作成し、原告及び主任審査官に通知した(法四七条二項)。
なお、同審査官の審査態度は威圧的なものではなく、また、他に原告がその意思に反して発言等を行った事実もない。
 被告は、平成元年一二月一日、原告に対して本件処分を行い、同処分は、同月一六日に執行され、原告は、引続き大村入国収容所に収容された(法五二条五項)。
 なお、原告は、平成元年一二月一五日に、本件原告訴訟代理人と初めて面会し、同日口頭による難民認定申請(法六一条の二)を行い、また、平成元年一二月二〇日には、改めて書面による難民認定申請を行ったが、法務大臣は、平成二年六月一三日、「原告は難民条約一条A及び難民議定書一条二に規定する『政治的意見』を理由に迫害を受けるおそれがあるものとは認めず、右条約等にいう難民とは認められない。」との理由で、難民認定をしない処分をし、その旨を原告に通知した。これに対して、原告は、同月二五日、法務大臣に対し、異議の申出をしたが、法務大臣は、同年九月三日、理由がない旨決定し、その旨を原告に通知した。
2 右事実を前提にして、以下本件処分の適法性について検討する。
 退去強制手続に関する適正手続の保障について退去強制の手続は、法二四条所定の退去強制事由の有無を明らかにして最終的には行政処分である退去強制処分を行うことを目的とする手続であるから、刑事責任追求を目的とする手続に適用される憲法三一条は当然には適用されない。しかし、退去強制の手続がその過程においては容疑者の身体の自由を拘束し最終的には退去強制処分という容疑者の身体の自由
に重大な影響を与える不利益処分を実施するための手続であることからすれば、憲法三一条が刑罰という同じく身体の自由等に重大な影響を与える不利益処分を行うについて適正な手続によるべきであると規定した趣旨は、退去強制の手続においても十分に生かされるべきである。
ところで、本件において、原告は、退去強制の手続について法の規定するところを運用するに当たって、法に明文の根拠がなくても憲法三一条の精神に照らし一定の義務が生ずると主張するので、以下検討する。
 違反調査手続について
原告は、違反調査手続においても容疑者に対面調査して容疑者の弁明、主張等を聴取、確認するなどすべきである旨主張する。
ところで、違反調査手続に関する法二七条ないし三八条の規定に照らし、違反調査は退去強制事由の存在が疑われる外国人について同事由の有無を明らかにするための証拠を収集するという目的で実施されるものと解すべきところ、法は、「入国警備官は、違反調査の目的を達するために必要な取調べをすることができる。」(法二八条一項)、その取調べの一方法として、「入国警備官は違反調査をするため必要があるときは、容疑者の出頭を求め、当該容疑者を取り調べることができる。」(法二九条一項)と規定しているのである。 
このように、法は、違反調査に際して必ず容疑者に対して対面調査することを要求し、義務付けてはおらず、また、実際にも、容疑者との対面調査以外の適当な方法により違反調査の目的を達成し得る場合も考え得るから、違反調査の方法として、入国警備官が容疑者との対面調査をすることは必須とまではいえない。
前記二、1に認定の事実によれば、原告についての違反調査を担当したB入国警備官は、原告作成の質問書や陳述書などの関係書類によって違反調査をしているが、右が法の予定した調査方法を逸脱したものとまでは認め難い。
なお、右質問書(《書証番号略》)には原告が日本に入国する際の迫害的要因として「精神的圧迫」との記載があるが、右文言に続いて「仕事がない。生活できない。」と記載されていることも考慮すると、「精神的圧迫」との文言のみでは、いまだ直ちに原告がその主張するような事情により難民として日本政府の保護を求める意思を有していたとは読み取り難く、同入国警備官が右の点について対面調査により原告に確認しなかったからといって、必ずしもなすべき義務を怠ったとまでは断じ難い。
以上のとおり、原告に対する違反調査は適法なものであり、憲法三一条の精神に照らしても違法とはいえない。
 入国審査手続について
原告は、入国審査手続においても、担当の入国審査官が容疑者と対面審査をして、退去強制の手続の概略や別途の救済手段として難民認定申請手続があること等を説明した上で、容疑事実等に関して容疑者の弁明や主張を聴くべきであったと主張する。
ところで、入国審査手続に関する法四五条ないし四七条の規定に照らし、入国審査は容疑者について退去強制事由の有無を認定するという目的で実施されるものと解すべきところ、その審査に当たり、容疑者との対面審査を義務付けた明文の規定はない。これについても、容疑者との対面審査以外の適当な方法により入国審査の目的を達成し得る場合が考え得るから、入国審査の方法として、入国審査官が容疑者との対面審査をすることは必須とまではいえないと解すべきである。もっとも、前記二、1に認定の事実によれば、原告に対する入国審査は原告と直接対面して実施されているから、原告の主張をいずれに解するにせよ、結論には影響を与えない。
問題となるのは、対面審査を行う場合の容疑者に対する手続の概要等についての事前告知義務の存否等であるが、この点に関しては、右のような告知等を義務付ける法の明文の根拠はないものの、まず、前述した退去強制手続の性格及び同手続中における入国審査の第一審的な審判手続としての機能や位置付けに照らし、容疑者の主張、弁解の機会を適正に保障するという観点から、入国審査官は、その冒頭において、容疑者に対して少なくともこれから始まる入国審査手続の目的及びそれの結果としてもたらされる効果を理解させ、容疑者に十分な主張、弁解を行う機会を与えるべきものと解するのが相当である。
これに対して、難民認定申請手続は退去強制事由の有無にかかわらず一定の事由の認められる者に日本への在留を許可する手続であり、退去強制手続とは法体系上別個の目的に立脚する手続と見るのが相当である。したがって日本への外国人の出入国に関する法体系について必ずしも十分な知識を有しているとは限らない退去強制手続上の容疑者に対して日本の法体系の概要についての理解を提供することは、将来不利益処分を受けるかもしれない同人の地位を考慮すると望ましいこととは考えられるものの、退去強制手続上の入国審査において、難民認定申請手続の存在及びその概要等について当然に告知義務が存するとまで解するのは困難というべきである。
ただし、入国審査の過程において、当該容疑者に難民認定の対象となり得る事由の存在が明らかに窺われ、容疑者としても難民認定申請手続の存在について知識があればこれを行うであろうことを窺わせる相当の事情がある場合には、単に外国人の日本の法体系についての知識の不足のみを理由に難民認定申請を行う機会を奪う結果となることは、同手続の基礎となっている難民条約等に我が国も加盟しておりその遵守義務も負っていることに照らして公正とはいえないから、当該入国審査官は、右の告知をすべき法律上の義務を負担する場合もあると解される。
本件においては、前記二1、に認定の事実によれば、審査の冒頭、C入国審査官は、「違反審査を始めます。私は、入国審査官です。」と告げた後、違反調査書記載の容疑事実を読み聞かせ、容疑事実に関連して原告の入国経緯や動機等について事情聴取したほか、原告に対して「(原告が)不法入国者に該当しないことの説明ができるか。」と尋ねていることが認められ、他方、原告の供述に照らせば、原告は右審査においては原告の日本への在留資格の有無が問題とされており、これが認められなければ不法入国者に該当するものとして中国へ送還されることになると認識していたことが明らかである。したがって、原告に入国審査手続の目的及び効果を理解させ、十分な主張、弁明の機会を与えるべきとの要請は満たされていたものというべきである。
加えて、前記二、1に認定の事実によれば、本件の入国審査に際しては、原告自身、自分が「難民」であることを窺わせる事情を当局入国審査官には一切訴えてはおらず、かえって入国の動機につき、経済的困窮を免れるためである旨話していること、そして、前に述べたとおり原告作成の質問書に日本入国に際しての迫害的要因として「精神的圧迫」と記載されてはいたが、それのみでは、いまだ直ちに原告がその主張のような事情により日本政府の保護を求める意思を有していたとは読み取り難いこと、平成元年一一月五日にテレビ放映された原告の「天安門事件に関係し、日本政府の保護を求める。」旨の発言については、同審査官
が当時これを認識していたと認めるに足りる確たる証拠がないこと、むしろ、原告は、帰国後に生じる不安や恐怖から、退去強制手続の段階では、当局に対しては自分が政治的難民であることを明らかにすることをはばかり、消極的に振る舞ってき、難民であることによる救済を積極的に求めたり、その契機となるべきものを当局に陳述したりしたことは全くなかったこと(原告本人、《書証番号略》)、以上の諸事情に照らすと、原告に対する入国審査過程で原告が政治的難民であることを窺わせる事情が明らかになっていたものとは認め難く、右状況下においては、同審査官に、原告に対して難民認定申請手続の存在等を告知すべき法律上
の義務が発生していたことまでは認め難い。
また、仮に、そうでないとしても、原告はその後難民認定の申請手続を行っており(前記二、1)、実質的に同認定申請権は行使されているから、適正手続の保障の観点からしても、同認定申請に関する告知をしなかったことをもって本件審査手続に瑕疵があったものとすることはできない。
更に、原告は、原告に対する入国審査に立ち会ったD通訳の適性にも疑問を呈する趣旨の主張もするが、証拠(《書証番号略》、証人D)によれば、D通訳は、中国国籍を有し、その居住する《地名略》市主催の中国語講座の講師を約二年間担当したり、刑事事件や本件に関連した中国人ボートピープルの違反審査約一五〇名の通訳をするなどの経験を持つものであり、通訳としての能力は一応備えていたと認められ、原告自身も同通訳が北京語を理解でき、同審査官の質問と自分の回答を正確に通訳してくれているものと信頼していたこと(原告本人)に照らせば、右主張は採りえない。
以上のとおりであり、原告に対する入国審査は適法なもので、憲法三一条の精神に反するとはいえない。
 口頭審理請求権の告知について
原告は、口頭審理請求権の告知として法四七条三項が求めるのは、右請求権の存在、内容の告知はもちろんとして、それに加えて、口頭審理を経ることを前提とする異議の申出(法四九条)及び特別在留許可制度(法五〇条)の存在並びにこれらに関して口頭審理請求権の行使・不行使によって生じる法的効果の差異の説明など口頭審理請求権を行使するかどうかを決定するのに実質的かつ十分な判断ができるだけの情報を提供することが必要である旨主張する。
法は、容疑者が入国審査官がした認定に対して異議がある場合は、通知を受けた日から三日以内に特別審理官に対して口頭審理の請求ができる旨規定し(法四八条)、入国審査官の退去強制事由の有無に関する認定に対する不服申立ての権利を認める。
この口頭審理の請求は、右請求を行わせるために法務大臣が特に指定した入国審査官たる特別審理官(法二条一二号)が、必ず容疑者に対面し、その面前で容疑者に弁解、防御の機会を与えて行うべきものとされている(法四八条三項)。したがって、口頭審理請求権を告知するには、少なくとも、特別審理官が容疑者に直接対面して弁解、防御の機会を与えつつ入国審査官の認定の当否を審理する不服申立手続である程度のことは説明を要するものと解される。
これに対し、口頭審理の結果下された判定に対する不服申立手続である異議の申出及び右異議の申出に対する法務大臣の裁決に際して例外的に適用されることのある特別在留許可制度については、口頭審理請求権告知の段階においてこれを容疑者に告知するよう義務付ける明文の規定はないものの、必ずしも我が国の法手続について詳しい知識を有しているとは限らない外国人の容疑者に対して、手続の全体像に対する理解を深めさせることによって、その主張、弁解の機会を適正に保障することを確保するという観点からは、これらについても早い時期に理解の機会が与えられることが望ましいものと言する。
しかし、これらの手続については、口頭審理の結果下される判定に対する不服申立手続又はこれに付随する手続として、口頭審理請求が行われた後にその手続内で告知の機会を確保することでも、前記の手続的保障の趣旨は満たされると考えられるし、そもそも特別在留許可制度は、口頭審理請求やそれに対する異議申出を経てもなお退去強制事由が存在するものと認められる場合においても、他の例外的な特殊事情を考慮して日本への在留を特別に許可するという最後の恩恵的な救済制度であり、その性質上、在留許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられていると解されることから、同制度について容疑者に手続的な請求権が存すると見るのは困難であることも考慮すると、右制度を含む口頭審理手続以後の手続についてまで告知しなければ口頭審理請求権の告知としては不十分であるとまで解するのは困難である。
もっとも、法務大臣の特別在留許可を受け得る利益は、容疑者の手続上の地位の一つに含まれていると考えられ、この利益を現実に受け得るようになるには、口頭審理を経ること及びその結果としての判定が不利な場合には異議の申出をすることが手続的前提として要求されているから、入国審査の過程において、容疑者が特別在留許可を受けることも考えられるような特殊事情の存在が相当程度濃厚に窺われるような場合には、容疑者の法手続に対する単なる知識の不足ゆえに前記のような容疑者の手続上の地位に付随する利益を喪失させることが公正に反することもあると考えられるので、このような場合には、入国審査手続を主宰する入国審査官は後見的立場から、右制度を含む以後の手続につき告知・説明すべき義務が生ずることもあると解する余地もある。
本件においては、まず、前記二1、に認定の事実によれば、C入国審査官により、原告に対し、同審査官の認定に不服があるならば、認定の通知を受けた後三日以内に請求すれば、本件入国審査官とは別人の特別審理官の面前で、もう一度弁解や話を聴いてもらえる趣旨のことは伝わっていたことが認められ、口頭審理請求権の告知として最低限要請されるところは知らされていたというべきである。
他方、前記のとおり、その入国審査の過程において、原告が特別在留許可を受けることも考えられるような特殊事情が存したことを窺わせるような発言等が行われ、又は同旨の客観的状況があったと認め得る事情も発見し難いから、右入国審査官において口頭審理請求権告知の段階で、口頭審理以後の手続である異議の申出や特別在留許可制度まで告知すべき法律上の義務が発生したと見ることは困難である。
以上のとおり、原告に対する口頭審理請求権の告知は適法であり、適正手続の保障の精神にもとることはない。
 口頭審理請求権放棄手続について
原告は、法四七条四項にいう口頭審理の請求の放棄手続は、入国審査官から認定の通知を受けた「主任審査官」において、当該容疑者が口頭審理請求権及びその放棄の意義について十分理解した上で任意にかつ真意に基づいて放棄するものであることを確認の上で放棄書に署名をさせて行うべきである(法四七条四項)のに、本件においては、権限のない「入国審査官」が原告に同放棄書に署名させたもので違法である旨主張する。
 右のうち、原告の口頭審理請求権及びその放棄に関する意義の理解に問題が存したとはいい難いことは、前項で説示のとおりである。
 ところで、法四七条四項は、「第二項の場合において、容疑者がその認定に服したときは、主任審査官は、その者に対し、口頭審理の請求をしない旨を記載した文書に署名させ、すみやかに第五一条の規定による退去強制令書を発付しなければならない。」と規定するが、入国審査官が容疑事実の存在を認定した後に主任審査官に対して容疑者の身柄を引き渡すべき旨の規定は存しないのであって(法四七条二項は、認定したとき、主任審査官に対してその旨を告知する義務を定めるに止まる。)、法四七条四項の解釈上容疑者に口頭審理の放棄書への署名をさせるのは主任審査官の面前においてに限られると当然に解すべきかは疑問が存するところである。
しかしながら、法は、退去強制手続(第五章)において、違反調査及び容疑者の身柄の確保、収容令書及び退去強制令書の執行権限を「入国警備官」に、入国審査の権限を「入国審査官」(特別審理官を含む。)に、収容及び退去強制令書の発付権限を「主任審査官」に、それぞれ付与している。つまり、法は、入国審査、令書交付及び令書の執行を、それぞれが独立の機関と目すべき異なる担当者に委ね、それら各々の権限と定めている。この法の趣旨は適正手続の保障の理念と基盤を同じくするものであり、審理機関、令書発付機関及びその執行機関を別個の主体とすることによって適正手続を担保し、機関相互間にチェック機
能が作用することを期しているものと理解される。
したがって、法四七条四項、五一条が退去強制令書の発付権限を入国審査官とは異なる主任審査官に与えている趣旨も、右令書の発付が、通常の場合には当該容疑者に対する終局処分となることを踏まえ、退去強制事由の有無の認定に当たった入国審査官とは別の主体であり、かつ、その上級者から指定される主任審査官をして、発付の当否や現実にどのような時期、形で退去強制を発付すべきかについて判断させるとしたものと考えるのが相当であり、その立場上、入国審査官のした認定についてのチェック的役割を果たすことも期待されているものと見ることができる。
そして、容疑者が入国審査官の認定に服したとして口頭審理の放棄書に署名するに当たり、これを当該容疑者に対する入国審査の実施に当たった入国審査官自らが行うことを許容すると、自己の認定を押しつける結果ともなって適正でなく、また仮にその入国審査の手続及び認定に問題があったとしても、口頭審理の放棄書の作成により認定は確定することとなって、主任審査官に期待された適正手続保障のためのチェック機能が働かなくなる。
本件においては、前記二1、及びに認定の事実のとおり、本件口頭審理請求権の放棄は、原告に対する入国審査を担当したC入国審査官において、入国審査の前に主体不詳の者から包括的な指示を受けて(C証言によっても、それに被告たる主任審査官が関与していたとは認め難い。)、その入国審査終了直後に原告に口頭審理の放棄書に署名させるという形で行われたのであり、このような口頭審理の放棄手続は、叙上の法の趣旨に違背するものというべきである。
 もっとも、前記のとおり、原告の口頭審理請求及びその放棄の意義の理解については特に問題は認め難いし、前記二1、に認定の事実、ことに、原告は、入国審査において入国の動機として経済的理由のみを述べ、また、不法入国者ではないとの説明は出来ない、中国に早く送還して欲しい旨述べるなど容疑事実を全面的に自認している事実に照らせば、原告が法二四条一号に該当することが明白であったものといえることなどからすれば、原告は、右理解に基づいて任意にかつ真意に従って口頭審理の放棄書に署名・指印したと認められるのである。加えて、本件退去強制令書は、原告が本件認定通知を受けた日から口頭審理申立期間(三日間)をはるかに経過した二二日目に発付されているものであるから、結果的には本件の右放棄書はその本来の機能、効用に従って使用されなかったことになる。
これらからすると、本件における口頭審理請求権放棄手続には前述した瑕疵が存在したことは否めないけれども、この瑕疵が本件退去強制手続における原告の容疑事実の認定ひいては本件退去強制令書の発付という結果に影響を及ぼしてはいないものと理解される。
それゆえ右瑕疵をもってしても、適正手続保障の趣旨が実質的に侵害されたとはいえず、これをもって本件処分の取消を必要とすべき程度の違法な瑕疵であると判断することはできない。
 国際人権規約等との関係について
原告は、本件処分当時、中国から同国政府の追求を逃れて政治的難民が日本にやって来ることが予見されたところ、原告についてはベトナム国籍を偽った「偽装難民」として本国に送還するべきであるとの方針のもとに退去強制手続を実施して本件処分を行ったのであり、我が国も批准している国際人権規約等に違反する違法が存する旨主張する。
しかしながら、前記二、1の認定に用いた証拠によれば、原告及び原告と同時に入国した中国国民が当初ベトナム国籍を偽る考えを有しており、当局からいわゆる「偽装難民」との位置付けのもとに退去強制手続が進められたこと、及び一時に多人数が入国したため事務処理の効率化のため退去強制の手続を実施要領についての申合せが行われたことが認められるものの、更に進んで、原告らをその事情のいかんを問わず入国当初から本国に送還するとの方針のもとに右の退去強制手続が実施されたとまで認めるに足りる証拠はない。
 一時庇護のための上陸の不許可通知について
原告は、一時庇護のための上陸の不許可処分の告知は右許可申請をした申請人ごとにされるべきであるのに、本件においては、原告を含む二〇〇名の中国人に対する包括的な告知がされたにすぎないから、結局、原告に対する適法な不許可処分及びその通知があったとはいえず、このような状況で原告に対して退去強制の手続を実施して被告が本件処分を行ったことは違法である旨主張する。
しかしながら、証拠(《書証番号略》、弁論の全趣旨)によれば、右不許可の通知はその申請者各人ごとに各通知書をもって行われていることが認められるから、右主張はその前提を欠くものである。
仮にそうでなくても、法は、一時庇護のための上陸の許可申請に対する不許可の告知方法について明記しているわけでなく、その告知方法としては、不許可と決定したことを原告に適宜の方法で周知させれば足りると解されるところ、主張のように包括的な告知でされていたとしても、直ちに違法な告知とはいえず、したがって、本件処分も違法とはいい難い。
三 なお、原告は、既に摘示、判断したところのほかにも、平成元年一二月一五日に初めて本件原告訴訟代理人と面会した後、当局等によって面会を拒否されたり、身柄を大村、福岡、東京、横浜などの各収容所に不必要に移収されたりしたことを問題として指摘する。
なるほど、本件記録によれば、このような事情も存在し、本訴を含めて右代理人の訴訟活動に支障を招来したことが窺われ、その措置の当否には疑念をさし挟む余地もある。しかし、これらのことは、本件処分後に生じた事実で、同処分の違法事由に影響を与えるものではないことは明らかである。
また、原告は、平成三年八月一四日に行われた原告の本国に対する送還(右事実については争いがない。)が、原告の裁判を受ける権利を侵害するものであり、政治的難民ないしは事実上の難民の生命又は自由を脅威にさらす難民条約等に違反するものである等と主張するが、右事実も、本件審理に支障を生じるなど問題はあったが、法の手続に則つて行われたものであり、かつ、本件処分の後に発生した事実であるから、その当否は別として、本件処分の違法事由とはなりえないものである。
四 よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行訴訟七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 

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