勾留の裁判に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件
平成12年(し)第94号
最高裁判所第一小法廷(裁判官:藤井正雄・遠藤光男・井嶋一友・大出峻郎・町田顯)
平成12年6月27日
決定
主 文
本件抗告を棄却する。
理 由
本件抗告の趣意のうち、憲法一四条違反をいう点は、原決定が外国人であることを理由として被告
人を不当に差別したものとは認められず、憲法三九条違反をいう点は、勾留が刑罰でないことが明ら
かであるから、いずれも前提を欠き、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであ
って、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主
張であって、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。
なお、裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法
六〇条一項各号に定める事由(以下「勾留の理由」という。)があり、かつ、その必要性があるときは、
同条により、職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がない。したがって、第一
審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の判決を言い渡した場合であっても、控訴審裁判
所は、記録等の調査により、右無罪判決の理由の検討を経た上でもなお罪を犯したことを疑うに足り
る相当な理由があると認めるときは、勾留の理由があり、かつ、控訴審における適正、迅速な審理のた
めにも勾留の必要性があると認める限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができ、
所論のいうように新たな証拠の取調べを待たなければならないものではない。また、裁判所は、勾留
の理由と必要性の有無の判断において、被告人に対し出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制の
手続が執られていることを考慮することができると解される。以上と同旨の原決定の判断は、正当で
ある。
よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官遠藤光男、同藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるも
のである。
裁判官遠藤光男の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とはその見解を異にし、被告人に対する勾留状発付を適法とした原決定には、法令
の解釈を誤った違法があり、かつこれを取り消さなければ著しく正義に反すると認められる場合に該
当するものと考える。
一 本件第一審裁判所は、二年半余に及ぶ審理期間を通じて三二回の公判期日を開き、その審理を遂
げた上、被告人が本件の犯人であることは動かし難いもののように思われるとしながらも、被告人
を犯人と認めるには解明することのできない疑問点があり、合理的な疑いを差し挟む余地が残され
ているとして、被告人を無罪とする判決を宣告した。
二 右無罪判決により、被告人に対する勾留状はその効力を失うに至った(刑訴法三四五条)。このた
め、不法残留中の外国人である被告人に対して退去強制令書が発付され被告人が国外に退去させら
れるおそれが生じたことから、検察官は、控訴提起に伴い、控訴審裁判所に対し被告人を勾留する
よう求めた。
本件抗告事件においては、控訴審裁判所がした勾留の裁判の適法性が争われており、特に、検察
官の控訴提起により一件記録が控訴審裁判所に送付された後、控訴審裁判所がその実質的な審理を
開始する前に一件記録を検討し、刑訴法六〇条一項の要件があるとして被告人を勾留することがで
きるか否かが重要な争点の一つとされているところである。
三 多数意見は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ刑訴法六〇条一項
各号に定める事由とその必要性があるときは、裁判所は、同条により職権で被告人を勾留すること
ができ、その時期には特段の制約がないとした上、右の場合であっても、控訴審裁判所は、右要件を
充足する限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができるとする。私も、右の前段の
判断部分につき特に異論を唱えるものではなく、控訴審裁判所が必要に応じて職権で被告人を勾留
し得る場合があることを否定するものではないが、右後段の判断部分については、直ちに賛成する
ことができない。けだし、無罪判決により勾留状の効力が失われるとした刑訴法三四五条の法意に
かんがみると、検察官の控訴に伴い控訴審裁判所が被告人を勾留するに際しての「罪を犯したこと
を疑うに足りる相当な理由」についての判断基準は、第一審段階に比してより高度なものが求めら
れ、かつこれに連動して、勾留できるという判断が可能になる時期は、おのずから制約されるべき
ものと考えるからである。その理由は、次のとおりである。
1 刑訴法三四五条は、無罪判決等が告知された場合には、その確定を待たず直ちに勾留状が失効
するものとしているが、その趣旨は、身柄拘束の必要性が消滅したことを宣言した裁判所の判断
を何よりも尊重すべきものとしたことによるものと思われる。そうだとすると、いったん釈放し
た被告人の身柄を安易に再拘束することができるような解釈を採るべきではない。
2 勾留の裁判は、有罪の可能性を前提にして正当化されるのであり、法がその要件として「罪を
犯したことを疑うに足りる相当な理由」があることを求めたのも、正にこれに由来したものにほ
かならない。したがって、第一審段階でその存否を判断するに当たっては、端的に「犯罪の嫌疑」
そのものを対象としてこれを評価すればよい。しかしながら、第一審において無罪判決がされた
場合には、暫定的とはいえ、裁判所自らがその存在を否定したのであるから、被告人に対する無
罪の推定はより一層強まったとみてよく、控訴審裁判所が新たに被告人を勾留するに際しては、
第一審段階におけると同じ基準でこれを評価すべきではない。少なくとも、第一審判決が破棄さ
れ、最終的に有罪の判決がされる可能性があるか否かを基準として判断されなければならない。
3 現行刑事訴訟手続における控訴審の構造が事後審制を採用している以上、控訴審における審判
の対象が公訴事実そのものではなく、第一審判決の当否に求められることはいうまでもない。そ
うだとすると、勾留要件としての「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」についても、この
観点から判断される必要があるものと解するのが相当である。
4 第一審判決の当否は、控訴審における適正手続を通じて判断されることになる。したがって、
控訴趣意書及び答弁書が提出されるなどして(答弁書の提出がない場合には、その提出期限が経
過した後)実質的な審理が開始される前に、控訴審裁判所がその当否を判断することは、特段の
事情が存しない限り、許されないものというべきである。また、控訴審裁判所が実質的な審理の
開始前に一件記録を検討したのみで被告人の勾留をなし得ることを認めるのは、第一審裁判所が
長期間にわたって各種の証拠を取り調べ、その証拠価値を検討するなどして審理を遂げた成果を
無視するに等しく、妥当というべきでない。特に、本件事案のように、被告人と犯行とを結び付
ける直接的証拠が全く存在せず、幾つかの情況証拠によってしかこれを立証し得ない場合の事実
認定については、常に多くの困難が付きまとうものであることは多言を要しないところである。
第一審裁判所が、これらの情況証拠の信用性やその重み、反対証拠との関連性などにつき慎重か
つ客観的に分析、検討することに努め、ようやくにして一つの結論を示し得た場合に、控訴審裁
判所が実質的な審理を開始する前に一件記録のみを検討し、これと異なる判断を示すということ
は、裁判に対する信頼という観点からみても、到底許され得るものではない。
四 本件勾留は、被告人が不法残留により退去強制処分を受けることとなったため、被告人が不在の
まま審理が進められたとすれば控訴審の実質審理に支障が生じるおそれがあると考えられたこと、
及び控訴審において第一審判決が取り消され、有罪の判決が確定した場合の将来の刑の執行確保の
目的を意図して行われた処分であることは疑いの余地がない。
けだし、仮に被告人が不法残留の外国人でなかったとするならば、第一審において無罪判決の宣
告を受けた者に対し、たとえその者に住居不定その他の勾留要件が認められたとしても、控訴審裁
判所がその実質的審理の開始前に一件記録を検討しただけで勾留するということは、およそあり得
なかったと思われるからである。本来、控訴審手続においては、被告人が出頭しなくともその審理
ができないわけではなく、特に、本件の場合、被告人は弁護人の一人を送達受取人として届け出て
いたというのであるから、その審理に支障が生じることは考えにくいが、訴訟手続の進展いかんに
よっては、現実にそのような支障が生じる可能性もあり得るところであろう。このような事態の発
生を考えると、被告人の国外退去強制処分をそのまま認めてしまってよいかは一つの問題というべ
きである。しかし、法は、これに対して何らの手当てをしていない。すなわち、出入国管理及び難民
認定法に基づく行政処分と刑訴法に基づく身体拘束処分との関係を調整するための規定が全く設け
られていないのである。したがって、現行法を前提とする限り、入管当局としては、無罪判決の宣告
により勾留状が失効した不法残留の外国人に対しては速やかに退去強制令書を執行せざるを得ず
(出入国管理及び難民認定法六三条二項)、一方、司法当局としては、その執行を阻止するため無罪
判決により勾留状が失効した被告人の身柄を確保すべき法的根拠を有しない。正に法の不備といわ
ざるを得ないが、法の不備による責任を被告人に転嫁することは許されるべきことではない。例え
ば、一定の要件の下に、この種の不法残留者等に対しては退去強制処分の執行停止を認めることが
できる旨の規定を設けるなどしてこれに対応することが望まれよう(なお、この場合に、執行猶予
付きの有罪判決を受けた不法残留等の外国人が自ら上訴し、いたずらに退去強制処分の執行を遷延
することがないよう十分配慮する必要があることはいうまでもない。)。
また、勾留は、本来、将来の刑の執行確保を目的として行われるべきものではないが、副次的にそ
のような一面を有していることは否定し難いところである。しかし、将来の刑の執行確保の必要性
をいうのであれば、犯罪人の引渡し等を内容とする司法共助条約を締結することによってその解決
を図るべきが当然であり、このような条約が締結されていないことを理由として、勾留の正当性を
裏付けようとすることも許されないものというべきである。
裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
一 被告人に対し第一審で無罪の判決の言渡しがあったときは、勾留状はその効力を失うものとされ
ている(刑訴法三四五条)。これは、禁錮以上の実刑判決が宣告されたときは保釈等は効力を失うと
した規定(同法三四三条)とともに、第一審判決の結果を直ちに被告人の身柄の処理に反映させよ
うとしたものである。
無罪判決を受けた被告人に対して検察官が控訴を提起した場合において、控訴審裁判所が、必要
があるときは、刑訴法六〇条一項により改めて被告人を勾留することができることはもちろんであ
る。しかし、この場合に、控訴審裁判所が、第一審と全く同じに、「罪を犯したことを疑うに足りる
相当な理由」(以下単に「嫌疑」という。)があれば直ちに再勾留することができると解するのは、問
題がある(同項各号の要件が存在することは当然の前提とする。)。
本件第一審判決は、被告人が犯人であることは動かし難いもののようにも思われるとしつつも、
他方、被告人を犯人とするには合理的に説明できない疑問点が残り、有罪を認定するには不十分で
あるとして、被告人を無罪としたものであり、この判示から明らかなように、被告人に勾留の理由
となった嫌疑があることは、なお否定されていない。しかし、たとえそうであるとしても、いったん
無罪の判決があったときは、無罪の理由のいかんにかかわらず、身柄の拘束を解くというのが、刑
訴法三四五条の定めるところである。そうだとすると、このような場合に、控訴審裁判所が、第一審
の勾留の裁判におけるのと同じ基準の下に嫌疑が存することのみを理由として、他に特段の事情も
なく被告人を再勾留することができると解するのは、同条を実質的に空文化することになりかねな
い。第一審で無罪判決があった事件を迎えた控訴審裁判所としては、第一審判決に誤りがあってこ
れを破棄すべきであるかどうかを審理するのであるから、被告人を再勾留し得るのは、第一審判決
を破棄して有罪とする可能性があると判断される場合であることを要し、単なる嫌疑よりは高度の
ものが求められていると解される。原決定は、第一審の無罪判決の存在は嫌疑があるかどうかを判
断するに当たって慎重に検討すべき一事情にとどまるというが、慎重に検討するということが、事
実上ないし修辞上のものにとどまってはならないのであって、このように判断そのものの内容をな
すのでなければならないと思う。
二 被告人の再勾留に至る経過を見ると、第一審判決に対し検察官から控訴があり、一件記録が控訴
審に到達した後、第一回公判前で、かつ、控訴趣意書が提出されるよりも前に、控訴審裁判所は、記
録のみの調査により本件勾留の裁判をしている。しかし、第一審裁判所が公判における証拠調べを
経て犯罪の証明なしとして無罪の判決に至った事件につき、控訴審裁判所が第一審の記録と判決の
調査のみで嫌疑ありとして勾留することを認めるのは、あまりに第一審判決を軽く扱うものであ
り、妥当とはいい難い(第一審判決が一義的に明白な法令解釈の誤りを犯したような場合は別であ
るが、本件はそのような場合ではない。)。控訴審裁判所としては、公判における審理を経るか、ある
いは少なくとも控訴趣意書とこれに対する答弁書の提出を待ってこれを検討し、また、新たに提出
されるべき証拠の存在が予告されるならばこれをしんしゃくした上、第一審判決を破棄する可能性
があると認められるかどうかを判断して、再勾留の可否を決めるのが、控訴審における適正手続に
かなうゆえんであると考える。そして、このように解釈することによって、刑訴法六〇条と三四五
条との整合性が図られるというべきである。
三 記録によれば、被告人については、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続が開始され
ていることが明らかである。退去強制手続と刑事手続との関係については、同法六三条がこれを規
定しており、同条二項の解釈上、勾留状が失効して釈放された被告人に対しては、退去強制令書の
執行ができるものと解されている。これによれば、本件の被告人は、控訴審で勾留されない限り、国
外退去を執行されてしまう可能性が高い。第一審で無罪とされたとはいえ、その判決が判示してい
るように犯人としての嫌疑の濃い被告人の国外退去を可能にすると、控訴審の審理に事実上制約が
かかるおそれがあるだけでなく、仮に第一審判決が破棄され有罪となったとした場合に、刑の執行
ができなくなるという事態を生ずる。本件事犯の罪質にもかんがみると、誠に重大な問題である。
しかし、不法残留者に対する退去強制も法の執行である。この問題は、退去強制手続と刑事手続の
調整に関する規定の不備によるものであり、このことだけで勾留を正当化することはできないとい
わざるを得ない。
四 以上の次第で、私は、原決定には法令の違反があり、これを取り消さなければ著しく正義に反す
ると考えるものである。

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