損害賠償請求事件
平成6年(ワ)第20132号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第26部(裁判官:寺尾洋・野口忠彦・平井直也)
平成13年6月26日
判決
主 文
1 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年五月一九日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
 ただし、被告が金五〇万円の担保を供するときは、上記仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金二六一五万円及びこれに対する平成五年五月六日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は、退去強制処分を受け、東京入国管理局第二庁舎内の収容場に収容されていたイラン人
である原告が、同収容場内で同局の職員らから暴行を受け、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負った
上、違法な戒具使用及び隔離収容の措置等を受けたと主張して、国家賠償法一条一項に基づき損
害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実
 原告は、昭和一八年(西暦一九四三年)生まれの、イラン・イスラム共和国籍を有する外国人
である。
 原告は、平成四年二月二〇日、わが国に入国し、入国審査官から、在留期間九〇日との条件で
上陸許可を受け、わが国に上陸した。
 原告は、以後三回にわたり在留期間更新の許可を受けて引き続き在留を続けたが、その後、
出入国管理及び難民認定法違反(資格外活動)により起訴され、平成五年四月一六日、東京地方
裁判所において懲役六月(執行猶予三年)及び罰金一〇万円の刑に処せられた。
 原告は、平成五年四月一六日に、出入国管理及び難民認定法違反(資格外活動及び不法残留)
の疑いにより、東京都北区西ヶ丘《住所略》所在の東京入国管理局第二庁舎内の収容場(以下「本
件収容場」という。)に収容された。
同月一九日、原告に対する退去強制令書が発付され、原告は引き続き本件収容場に収容され
た。その後、原告は、横浜入国者収容所に収容されていた期間(同年九月一七日から同年一二月
一六日まで)を除いて、本件収容場に収容されていた。
 原告は、同年一二月二七日に、東日本入国管理センターに移送された後、平成六年一二月五
日に新東京国際空港からイランに送還された。
2 争点
 入管職員による本件収容場内での原告に対する暴行
(原告の主張)
ア 原告に対する暴行行為に至る経緯
平成五年五月五日朝、Bというイラン人被収容者が、隔離収容された別のイラン人被収容
者が入国管理局の職員(以下「入管職員」という。)から暴行を受けて目の辺りを負傷してい
ると各居室に伝えて回った。そのため、暴行に抗議する目的で、イラン人被収容者が中心と
なって、夕食時までの間、ハンガーストライキを行った。
その際、一部の被収容者らは、食事の容器等を居室外に投げ出すなどして激しく抗議を行
ったが、入管職員がイラン人被収容者の要請を受け入れ、入国管理局による不適切な待遇に
ついてイラン大使館へ電話させることを約束した結果、騒ぎは収まった。
ところが、同月六日午後零時ころ、上記のイラン大使館への電話許可が入管職員により取
り消されたことに抗議するイラン人被収容者が、本件収容場Dブロックの居室前の通路にス
ープをまき散らしたため、入管職員は、同室のイラン人被収容者C(以下「C」という。)らに
対して通路の掃除を命令した。
Cが通路の掃除を始めたところ、突然、入管職員は、Cに対して暴行を加え始めた。さらに、
入管職員は、Cのことを殴りながら、原告の居たD-2号室の前まで連行してきた。
原告は、Cが戦争で片足を失っており、義足を使っていたことから、見かねて、入管職員に
対し、Cは片足しかないのだからこれ以上暴行を加えないようにと訴え続けたが、入管職員
は、構わずにCに暴行を加えながら調室の方に連行して行った。
通路には、既に多数の入管職員がいて、各居室から何人ものイラン人を連れ出して、暴行
を加えていた。
イ 通路における暴行
続いて、原告も、入管職員三名から、居室の外に出るように命じられ、原告が通路に出ると、
待ち受けていた二人の入管職員が、いきなり原告の首付近をつかみ、爪を使って激しく締め
付けた。
さらに、他の数名の入管職員らが、原告の全身をあらゆる方向から激しく殴り始めた。原
告は、激しく殴られながら、通路を引きずられるようにして、調室の方に向けて連行された。
ウ 控室における暴行
調室の手前にある控室において、原告は、一〇名以上の入管職員に激しい暴行を加えられ
た。原告は、ここで、後ろ手に金属手錠を掛けられ、頭部や首を手拳で殴られ、顔面を殴られ
て、鼻から出血し、下前歯付近を激しく殴られた。さらに、背中を強く蹴られたほか、下半身
及び股の辺を足で蹴られ、左足の脛を、激しく靴で蹴られた。
エ 調室での暴行
ア 引き続き、原告は、五、六人の入管職員によって調室に連行された。
そして、五、六人の入管職員に囲まれて調室の壁の前に立たせられ、手錠を掛けられた
状態で、再び全身に殴る蹴るの激しい暴行を加えられた。
イ そして、立っている原告の脛を入管職員が後ろから強く足で蹴り、他の職員が、原告の
肩をつかみ、床に強く叩きつけた。このため、原告は、腰から床に叩きつけられ、この時、
激しい痛みとともに、骨が折れる音がした。
ウ 原告が苦痛をこらえ、やっとのことで正座したところ、入管職員はさらに、正座した姿
勢の原告の胸や腹を蹴り、背中から脊椎を蹴り上げた。
そこに、原告に暴行していた入管職員らの上司と思われる英語を話せる入管職員が入っ
てきたので、原告は、この入管職員に英語で、なぜ殴るのかと訴えたところ、さらに他の
入管職員が原告の顔面の口付近を強く蹴り上げたので、原告はもはや耐えられず床に倒れ
た。
エ 原告は、このような激しい暴行を受け、体中の各部分から出血し、立つことも歩くこと
もできない状態であった。
入管職員らは、このように原告に激しい暴行を加えた後、原告に手錠を掛けたまま、そ
の足を持ち、原告の体を引きずって隔離室まで連行した。
オ 原告に対する再度の暴行
原告は、隔離収容されてから九日か一〇日くらい後の日の午後一〇時ころ、数名の入管職
員により隔離室から別室に連れ出され、足の脛を激しく蹴るなどの暴行を受けた。
カ 原告の被った傷害
原告は、前記の暴行行為により、全身に出血を伴う多数の挫傷、打撲傷、擦過傷を負い、さ
らに、第一腰椎圧迫骨折、仙骨骨折、肋骨骨折の傷害を負った。
(被告の主張)
ア 平成五年五月六日、入管職員は、原告を隔離収容するにつき、原告の違法な抵抗を制圧す
るため、その身体に対し有形力を行使しているが、それは正当な職務の遂行上、必要な限度
において行使されたものであり、入管職員が、原告が主張するような原告の頭部、顔面、腹部、
背中、腰部及び両足等に対して、殴る蹴るの暴行を加えた事実はない。
イ 原告を居室から連行した経緯
平成五年五月六日午前一一時三五分ころ、被収容者が、本件収容場の通路にスープをまき
散らし、食器を投げたことに端を発し、被収容者らによる騒乱事件が発生した。当初、入管職
員らは、被収容者三名に通路にまかれたスープの後片づけをさせていたところ、午後零時こ
ろ、Cが立会の入管職員に対し、モップで突きかかってきた。このため、入管職員は、Cを取
り押さえた上、別室でCから事情聴取を始めた。ところが、これを見ていたイラン人被収容
者数名が大声で怒鳴り始め、一斉に鉄格子を揺すり、通路に弁当箱や食器、食物、剥がした壁
材等を投げ付けるなどして著しい騒乱状態になった。その際、原告は、しきりに他の被収容
者等に大声で呼び掛け、入管職員に弁当箱や生ごみを投げ付け、鉄格子を揺するなどの違法
行為を繰り返し、入管職員の制止にも従わなかった。
そこで、その場にいた入管職員が他の入国警備官らに非常招集をかけ、騒乱行為に加わっ
た者のうち、積極的に関与した原告を含む六名のイラン人から事情聴取するため、順次居室
から連れ出すことにした。
ウ 通路における暴行について
入管職員らが、原告に対し、居室外に出るように指示したところ、原告はこれに従わずに
居室内に留まっていたため、入管職員が居室内に入り、原告の背中に手を当てて原告を居室
外に押し出した。
その後、他の入管職員二名が原告に同行を求めるべく、原告の両脇に付こうとしたところ、
原告は上記職員らに対し体当たりしてきた。そこで、入管職員らは、これを制止するため原
告の両腕を取り、脇を固めたところ、原告は、さらにこれを振りほどこうと激しく抵抗した
ので、複数の入管職員により、原告の腰と足を押さえ前に倒すようにしてうつぶせにした上、
腕を取って起きあがらせ、その抵抗を制圧しながら連行した。
エ 控室における暴行について
原告が主張するような事実はない。
オ 調室での暴行について
調室に連行された後も、原告を落ち着かせた上で、騒動についての事情を聞こうと、一旦
原告を床に座らせたが、原告は、大声をあげて立ち上がり、座るように促した入管職員に露
わな暴行の気勢を示したので、原告の周囲の入管職員らが原告の両腕を取ったところ、
原告は、なおも体をよじり足をばたつかせて激しく抵抗したため、職員らは、原告の手、足
等を押さえて床にうつぶせに倒し、これを制圧した上、後ろ手に金属手錠を施した。
カ 原告に対する再度の暴行について
原告が主張するような事実はない。
キ 原告の負った傷害について
ア 原告の第一腰椎圧迫骨折は、平成五年八月一日に発生した自傷事故によるものである。
すなわち、同日午後四時三〇分ころ、原告が収容中であった居室からドンという大きな音
がしたため、これを聞いた当直勤務の入管職員が駆けつけたところ、原告が毛布の中でう
めいており、同室の被収容者によれば、原告が居室内のトイレから出たときに段差で転倒
したとのことであったので、湿布薬を与えしばらく様子を見たところ、原告は、その後横
臥していたものの特に痛みを訴えることなく就寝した。
イ しかし、翌同月二日になって、原告が痛みが去らないとして病院での受診を申し出たの
で、原告を受診させるべく、D外科病院に連れて行き、同病院のE医師(以下「E医師」と
いう。)による診察の結果、原告に第一腰椎圧迫骨折があり、全治一か月を要する見込みと
診断された。E医師によれば、これに対する治療方針としては、以後は来院する必要はな
く、投薬を続けて安静にしていることでよいということであったため、
原告は、その後本件収容場内において安静加療を続けていた。
ク 以上のように、原告を隔離収容するについては、入管職員は、原告の抵抗を制圧するため、
その身体に対して有形力を行使しているが、それは適法、正当な職務の遂行上、必要な限度
において行使されたものであり、その内容、程度も既に述べた範囲にとどまるのであって、
適法な職務執行の範囲内にあるものである。
 原告に対する隔離収容の違法
(原告の主張)
ア 隔離収容
原告は、平成五年五月六日から同月一九日ころまで約一四日間にわたり、必要性が認めら
れないにもかかわらず、隔離室に隔離収容された。
イ 手錠による拘束
原告は、隔離収容の間、何ら必要性が認められないのに、常に金属手錠を施された状態で
拘束されていた。
すなわち、原告は平成五年五月六日に隔離収容された当時から、後ろ手に金属手錠により
拘束された状態で収容されており、二、三日後にようやく食事の時のみ手錠が解かれるよう
になり、隔離収容から七、八日後にようやく両手を前にした状態での手錠の使用に変更され
たが、結局隔離収容の終了時まで、両手を前にした状態での手錠の使用により拘束された状
態であった。
ウ 非衛生的かつ非人道的な処遇
原告らが隔離収容された隔離室は、衛生的にも甚だ劣悪な状況で、原告は、隔離室におい
て、次のとおり極めて非人道的な処遇を受けていた。
ア 原告は、隔離収容時に全ての衣服を取り上げられ、全裸で収容されていた。そして、約一
週間後にようやくズボンのみ着用が許可されたが、その他の衣類は最後まで取り上げられ
たままであった。
イ 隔離室の壁や床は、二、三ミリメートル間隔で、前に暴行を受けて収容された被収容者
のおびただしい血液が付着して汚れており、臭気もひどかった。
ウ 隔離室には換気装置はなく、常に空気がよどんでいる状態であり、原告らが室内から入
管職員に訴えると、一時的に扉を少しだけ開けて空気が流れてくるようにするが、しばら
くすると扉を閉めてしまっていた。
エ 原告らは、排便の際にも手錠が外されることはなく、トイレットペーパーも与えられな
かったので、原告は排便後の始末もできず極めて非衛生的な状態であった。
また、隔離室のトイレには、目隠しがないので、見張所から見通すことが可能であり、原
告は用便の度に羞恥心を著しく傷つけられた。
オ 隔離収容中は、寝具として、三人の収容者に対して汚れた毛布が一枚与えられたのみで
あった。
カ 原告は、一四日間にわたる隔離収容の間、シャワーなどを使うことが許されず、床に設
置された水道栓のある穴も、水をすくうことはできたが、洗顔等は構造上不可能であった。
キ 原告は、隔離室に収容中は、運動の機会を与えられなかった。
上記のような処遇は、その極めて非人道的な態様により、原告の人間としての尊厳を毀
損し、著しい精神的肉体的苦痛を与えたばかりか、被収容者処遇規則(昭和五六年一一月
一〇日法務省令第五九号)二一条及び二九条に定められた被収容者の衛生を保持する義務
にも違反するものであり、違法かつ不当なものというべきである。
エ 原告の傷害の放置
ア 原告が隔離室に入れられている間、原告の全身には打撲傷等で黒い内出血が生じてお
り、また、出血したり、赤く炎症している部分もあり、その痛みは非常に激しかった。また、
第一腰椎圧迫骨折のため、脊椎に激しい痛みがあり、かつ、背中及び腰付近に、大きな黒い
痣が生じ、両脇近くまで広がっていた。肋骨は大きくめり込んでくぼんでいたため、呼吸
が困難であり、心臓付近も殴られて痛みがひどかった。
イ このため、原告や同室のCらは、入管職員に薬を要求するなどしたが、入管職員らはこ
れにほとんど取り合わず、隔離収容されて数日後、Cらが原告のための薬を何度も要求す
るので、ようやく七枚ないし一〇枚程度の湿布薬のみが交付された。しかし、その後は原
告の症状が改善しないにも関わらず、隔離収容終了時まで、薬は一度も交付されることは
なかった。
また、この間、原告は、入管職員に対し医者に連れていくようにも要求したが、入管職員
はこれに応じなかった。
ウ 結局、原告は、その深刻な症状にもかかわらず、隔離収容の間、一度も医師の診察を受け
られず、十分な医療措置が講じられることもないまま放置された。
これは、被収容者処遇規則三〇条に定められた、被収容者に適切な医療措置を受けさせ
る義務に明らかに違反する処遇であり、原告に多大な心身の苦痛を与えるものであった。
(被告の主張)
ア 隔離収容について
原告は、平成五年五月六日に発生した被収容者による騒乱事件を扇動し、居室前通路でそ
の鎮静に当たっていた入管職員めがけて弁当箱等を投げつけ、その職務を著しく妨害したも
のであり、その行為は、被収容者処遇規則一八条二号に規定される隔離収容の要件に該当す
るので、隔離収容を実施したものであって、適法であることは明白である。
イ 手錠による拘束について
ア 原告を隔離室に収容した後は、それまでの後ろ手での手錠使用から、両手を前にした状
態での手錠使用に変更し、食事や排便の際は、複数の看守勤務員が立ち会って手錠を外し
て、その使用を一時停止していた。そして、隔離収容開始二日後の五月八日の朝の点呼実
施の際に、その所作から、もはや原告が再び抵抗しないと判断した入管職員が看守勤務員
に指示し手錠を外させており、以後、一切戒具は使用されていない。
イ 原告に対する戒具の使用については、原告が別室に連行された後も、暴行の気勢を示し
て入管職員に抵抗したことから、被収容者処遇規則一九条所定の要件に該当するものとし
て実施したものであり、適法な措置である。
なお、具体的な戒具としては、被収容者処遇規則二〇条二号の定める金属手錠が使用さ
れたものであり、その使用期間は、平成五年五月六日、事情聴取を実施のため連行された
別室において、入管職員に対し、原告が暴行の気勢を示して抵抗に及んだ時点を始期とし、
原告が落ち着きを取り戻して、再び徒な抵抗をしないと判断し得た同月八日を終期とし、
使用の形態も、隔離室収容時点で両手を前にした状態での手錠使用に変更した上、食事や
排便の際には一時解除していたものであって、その使用に違法事由の存しないことは明ら
かである。
ウ 非衛生的かつ非人道的な処遇について
ア 衣服を取上げたとの点について
原告が主張するような事実はない。
イ 隔離室が血痕で汚損していたとの点について
隔離室の壁や床面が血で汚損していた事実はない。
仮に自損行為により負傷して出血した者の血液が付着したとしても、入管職員が清掃し
たり、被収容者に用具を貸与して清掃を行っており、壁や床が汚れたままの状態であるこ
とはない。
ウ 隔離室の換気が不十分との点について
原告が一時収容されていた隔離室には、強制的に換気を行う換気扇等の設備はないが、
各隔離室の天井には通気口が設置され換気は行われていた。
また、隔離室には窓などはなく、外気との接触は通気口を通じてのみとなるため、保安
上支障が生じない限度で、通路に通じる扉を開けるなどして環境に配慮していた。
エ 排便時について
排便の後は、入管職員が水を流しているのであって、当然、その際にはトイレットペー
パーを与えていた。
また、トイレに目隠しがないことは、入管職員による監視上を必要であり、隔離収容の
目的に鑑みればやむを得ない。
オ 毛布が不衛生であったとの点について
被収容者の寝具は、被収容者処遇規則二二条に基づき貸与しており、毛布について、約
一か月をめどに、被収容者からの申し出により交換に応じていた。この扱いは隔離収容中
でも変わらず、貸与品の衛生の保持には十分に注意していた。
カ シャワーや洗顔ができなかった点について
原告が、隔離収容中にシャワーを使用できなかったのは、東京入国管理局第二庁舎にお
いて、隔離収容中の者を入浴させるには、一般居室の前を通ってシャワー室に行く必要が
あるが、原告は、騒乱事件を扇動したなどの理由により隔離収容されていたので、当分の
間、他の被収容者との接触を避ける必要があった上、原告の隔離収容中に、隔離室から手
錠を解錠するために作られた針金状の物が発見されており、原告自身もそれを使って手錠
を解錠しようとしたことから、原告と他の被収容者との接触を避ける必要性がより強度に
なったことによる。
本件隔離室には、ステンレス製シンクを床に埋め込んだ手洗い場(横四〇センチメート
ル、縦三四・五センチメートル)が設置されており、洗顔をすることも可能であった。
キ 隔離収容中の運動について
原告が、隔離室に収容中、運動の機会を与えられなかったのは、保安上の理由によるも
のであり、これは、被収容者処遇規則二八条但書に基づくものである。
以上のとおり、原告が、隔離収容期間中において、非衛生的かつ非人道的な、違法、不当
な処遇を受けた事実はない。
エ 原告の傷害の放置
そのような事実はない。なお、既に述べたとおり、原告の第一腰椎圧迫骨折は、平成五年八
月一日に発生したものである。
 原告の損害
(原告の主張)
本件不法行為により原告が受けた損害は、下記のとおりであり、損害額の合計は二六一五万
円である。なお、下記のうち、イ、ウ、エ及びオの内金一八〇万円は、平成一二年六月六日の本
件第三一回口頭弁論期日における請求拡張の申立てによって拡張されたものである。
ア 慰謝料 五〇〇万円
イ イランにおける治療費等 五〇万円
ウ 後遺障害による逸失利益 二八五万円
原告の後遺障害は、労働基準局による障害等級表によれば、「せき柱に著しい奇形(変形)
を残すもの」として第六級に、さらに「せき柱に運動障害を残すもの」として第八級に相当す
る。
また、身体障害者福祉法に基づく身体障害者障害程度等級表によれば、下肢の著しい障害
として四級に相当する。 
エ 後遺障害による慰謝料 一五〇〇万円
オ 弁護士費用 二八〇万円
(被告の主張)
原告が主張する入管職員による原告に対する暴行及び傷害の事実はそもそも存在しない。ま
た、原告の第一腰椎圧迫骨折は、原告が自ら誤って転倒したことにより生じたものである。
 消滅時効
(被告の主張)
ア 仮に、原告が主張するような事実があるとしても、原告が請求を拡張した前記イランにお
ける治療費等、後遺障害による逸失利益、後遺障害による慰謝料及びこれらに対応する弁護
士費用については、原告は、医師の診察を受けて第一腰椎圧迫骨折が判明した平成五年八月
二日には不法行為に基づく損害の発生を知ったというべきである。
したがって、前記請求拡張時には、既に不法行為に基づく損害賠償債権の消滅時効期間三
年を経過しており、これらは時効消滅の対象となる。
イ また、原告は、遅くともイランに帰国した平成六年の時点では、本件拡張部分に関する「損
害及び加害者」を知っていたことは、主張自体から明らかであり、その後も代理人弁護士に
委任して本件訴訟を追行していたものであるから、請求拡張部分に関する権利行使も可能で
あったのであり、時効期間を経過していることは明らかである。
ウ 原告は、訴状において、慰謝料及びその請求を行う費用としての弁護士費用だけを請求す
ることを明示しており、一部請求であることは明らかであるから、時効中断の効力は、残部
である治療費や逸失利益等の請求には及ばない。
(原告の主張)
ア 本件提訴時に、原告は、損害賠償請求権の一部についてのみ判決を求める旨明示していな
いから、訴え提起による時効中断効は、請求原因が同一の損害賠償請求権全体に及ぶという
べきであり、請求拡張部分の消滅時効は完成していない。
イ また、原告は、イランに帰国後も腰部の治療の継続を強いられ、この治療は、原告が平成
一二年三月に来日するまで続けられており、同年三月三一日、F医師(以下「F医師」という。)
の診断を受けて、ようやく後遺障害の内容及び原因を知った。
そうすると、原告が受けた後遺障害については、F医師の診断時に症状固定があったとい
うべきであり、後遺障害に関する損害賠償請求権の消滅時効はこの時から進行を始めたもの
であるから、原告が請求を拡張した時点では、消滅時効は完成していない。
ウ 仮に、上記主張が採用されないとしても、本件は、収容場という密室で行われた特別公務
員による悪質な暴行事件である上、被告は、一貫して真実の発見を妨害して原告の損害賠償
請求を困難にしていた等の事情に鑑みれば、被告による消滅時効の援用は権利の濫用に当た
り許されない。
 イランとわが国との間の国家賠償法六条にいう相互の保証について
(原告の主張)
ア 相互保証に関する国家賠償法六条は、次の理由により無効である。
ア 市民的及び政治的権利に関する国際規約二条三項違反
日本政府には、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約B規約」と
いう。)二条三項に基づき、日本の公務員が、日本の領域内で、その管轄下にある外国人
に対して行った同規約上の権利侵害に対し、効果的な救済措置を受ける権利を確保すべき
義務がある。ところが、国家賠償法六条が相互主義を採用しているので、同条にいう「相互
の保証」がないとされた場合、当該外国人は上記の効果的な救済措置を受けることができ
ない。
したがって、国家賠償法六条は、国際人権規約B規約二条三項に違反し、無効である。
イ 国際人権規約B規約九条五項違反
違法に逮捕又は抑留された場合の賠償請求権を規定した国際人権規約B規約九条五項
は、自由の剥奪を受けている者が、違法に権利を侵害された場合も救済の対象としている
上、同項は外国人にも権利を保障する趣旨である。したがって、相互主義を規定する国家
賠償法六条は、国際人権規約九条五項に抵触する限度において無効である。
ウ 拷問及びその他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い又は刑罰を禁止す
る条約一四条違反
拷問及びその他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い又は刑罰を禁止す
る条約(以下「拷問等禁止条約」という。)一四条一項は、締約国に対し、拷問に当たる行為
の被害者に対する救済及び賠償請求権を確保する義務を課している。
原告の受けた入管職員による暴行行為は、拷問に該当するから、被告は、原告に対し、賠
償を受ける権利を確保する義務があるところ、国家賠償法六条は、国籍のみを理由として
賠償請求権を否定するものであるから、同条は拷問等禁止条約一四条に違反し、無効であ
る。
エ 人種差別撤廃条約六条違反
人種差別撤廃条約六条は、当事国に対し、人種差別行為に対する実効的な保護及び救済
措置を講じること並びに人種差別により被った損害に対する賠償を保障する義務を課して
いる。
原告の受けた入管職員による暴行行為は、イラン人に対する差別意識に基づいてなされ
た行為であり、人種差別撤廃条約一条の人種差別に該当する。
したがって、原告は、差別の結果生じた損害の賠償を求める権利があるが、国家賠償法
六条は、国籍のみを理由に賠償請求権を否定するものであるから、人種差別撤廃条約六条
に違反し、無効である。
オ 憲法一七条違反等
憲法一七条は、日本国民のみならず、日本に在留する外国人に対しても国家賠償請求権
を保証しているところ、国家賠償法六条は、外国人が賠償を請求できる場合を相互の保証
がある場合に制限しているから、憲法一七条に違反し、無効である。
また、国家賠償法六条は、国際協調主義を規定した憲法九八条二項及び平等原則を定め
た同法一四条にも違反し、無効である。
イ 相互保証の存在
仮に、国家賠償法六条が有効であるとしても、わが国とイラン・イスラム共和国との間に
は、国家賠償法六条にいう「相互の保証」が存在する。
(被告の主張)
ア 国際人権規約B規約二条三項違反
国家賠償法六条は、外国人に対する保護を一律に拒否しておらず、相互の保証がある限り
は、外国人に対して国家賠償法の適用を認める趣旨であり、相互主義を採用することが合理
性を欠くとはいえない。
したがって、わが国の国家賠償制度が相互主義を採用していても、国際人権規約B規約二
条三項が要求する「効果的な救済措置」を充足しているというべきである。
また、条約の各規定を国内法上直接適用しうるか否かについては、当該条約規定の趣旨、
目的、内容及び文言等を勘案し、具体的場合に応じて判断すべきであり、少なくとも、条約に
おいて、その内容を具体化する法令の制定を待つまでもなく権利義務が明確に規定されてい
る必要がある。
国際人権規約B規約二条三項は、個人の権利義務を直接規定したものではない上、締約国
に求められている義務の内容も、「効果的な救済措置を受けることを確保すること」や、「司
法上の救済措置の可能性を発展させること」というように、権利義務の内容が明確ではない
ものであるから、上記の直接適用の要件を満たしておらず、上記規定により、国家賠償法六
条の規定が無効となることはない。
イ 国際人権規約B規約九条五項違反
国際人権規約B規約九条五項にいう逮捕及び抑留に出入国管理及び難民認定法に基づく収
容が含まれるとしても、同規定が、原告の主張するように、適法に自由を剥奪された者に対
する違法な権利侵害に対する賠償請求権まで認めていると解することはできない。
ウ 拷問等禁止条約一四条違反及び人種差別撤廃条約六条違反
争う。
エ 憲法一七条違反等
憲法一七条が保障する国家賠償請求権は、権利の性質上、外国人に対しても等しく保障が
及ぶ権利とはいえず、外国人に対して制限を加えても、直ちに違憲とはならない。
そして憲法一七条は、「法律の定めるところにより」国家賠償請求権を保障したものであ
り、外国人について、国家賠償法六条により、相互保証のあることを要件とすることは、合理
的な理由に基づく制限であるから、憲法一七条等に違反しない。
オ 相互の保証の存在について
争う。
第3 争点に対する判断
1 原告に対する暴行について
 前記争いのない事実に、甲第1号証、第3号証の1ないし5、第13ないし第17号証、第18号
証の1ないし4、第19号証、第21号証、第23、第24号証、第27、第28号証、第29号証の1ない
し8、第31ないし第36号証、第37号証の1、2、第38号証、第41ないし第43号証、第46号証、
第47号証の1、2、乙第2号証、第3号証の1ないし3、第4ないし第9号証、第13号証、第20
ないし第33号証、第34号証の1ないし16、第35号証の1ないし3、第36号証、第37号証の1
ないし7、第38号証の1ないし13、第39号証の1ないし24、第40号証の1ないし31、第41号
証の1ないし31、第42、第43号証、証人E、同G、同H、同I、同J、同K及び同Fの各証言並
びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 平成五年五月五日の午後七時三〇分ころ、前日から隔離室に収容されていたイラン人の被
収容者が「職員に耳を切り取られた。」などと叫んだことに端を発し、本件収容場二階のB、
Dブロックに収容されていた他のイラン人被収容者が騒ぎ出し、大声で怒鳴ったり、通路に
食べ物や食器等を投げ込んだりしたため、本件収容場内が騒然となった。そのため、当直の
入管職員だけでは事態を収拾することができず、非常招集により非番の職員の応援を求め
て、被収容者の説得に当たるなどしてようやく鎮静させた。
イ この翌日である平成五年五月六日午前一一時三〇分ころ、Dブロック付近で、被収容者の
イラン人が通路にスープを撒き散らしたことから、入管職員は、他の部屋に収容されていた
イラン人の被収容者のC及びフィリピン人の被収容者二名を通路に出して、モップを渡して
掃除するように指示したところ、Cが、目の前にいた入管職員にモップで突きかかったので、
入管職員らは同人を取り押さえて、調室に連行しようとした。
ウ すると、この騒ぎを聞きつけた他のイラン人の被収容者らが、部屋の通路側に来て、Cを
帰室させるよう大声で怒鳴ったり、鉄格子の隙間から通路に向けて弁当箱、スープ、紙くず
等のごみを投げ入れたりして、この騒ぎが次第に伝播して、本件収容場内が騒乱状態となっ
た。
エ 原告は、そのときD-2号室に収容されていたが、この騒ぎに同調して、鉄格子を掴んで大
声で叫び続け、入管職員から静かにするように注意されても止めなかった。
オ 当直の入管職員らは、当直の人数では、上記事態を収拾することは困難であると判断し、
警報ベルを鳴らして他の入管職員に対し非常招集をかけた。その後、応援の入管職員も駆け
つけて事態の収拾に当たったものの、騒乱状態は解消しなかったため、入管職員らは、上記
騒乱行為を扇動している者など、特に積極的に関与したと認められる者を順次別室に連行し
て、事態の収拾を図ることにした。
カ 東京入国管理局警備第五課所属の入国警備官I(以下「I警備官」という。)は、原告につ
いて、騒乱行為を扇動していたと認めて、居室から出すことを決め、原告に対し、言葉や身振
りで居室外に出るように何度か伝えたが、原告は、居室の通路前で立ったままで通路に出よ
うとしなかった。
キ そこで、I警備官は、居室内に入り、原告の背中を押して通路まで連れ出したが、原告は、
居室前の通路で待ち受けていた入管職員らの方に突きかかるように前進したので、入管職員
らはそれを避けて、原告の左腕を掴もうとしたところ、原告は左腕を左右に振って抵抗した。
そこで、入管職員二人位が、原告の腕を掴みかけたところ、原告が体を振るなどして強く
抵抗したために、入管職員四人くらいが、原告の両腕、足腰を押さえて、ひざまずかせてから
うつ伏せに倒し、両手を後ろ手にして、原告を制圧した。
ク 入管職員らは、原告を立たせて、後ろ手の状態で、原告を調室に向かって連行していった。
原告は、最初は、引きずるような状態で連行されていたが、途中から自力で歩いて連行され
ていった。
ケ 原告は、控室を通って、調室に入れられてから、入管職員五、六人に囲まれて正座をさせら
れていたが、突然勢いよく立ち上がって、大声を上げながら、入管職員の一人に対し、自らの
顔を突きつけるように近づけるなどした。
そこで、入管職員らは、原告の両側から腕、肩をつかんで再び座らせようとしたが、原告が、
入管職員らを振り払おうとして体をねじったり、大声で怒鳴るなどして抵抗したので、入管
職員らは、原告を前方に引き倒すようにして、原告を制圧し、後ろ手の状態で金属手錠をか
けたところ、原告はその後は抵抗をしなくなった。
コ 原告は、後ろ手に手錠を掛けられたまま隔離室に連行され、同室に収容された。同室には、
Cと、もう一人のイラン人被収容者の合計三名が収容された。
平成五年五月六日の騒乱により隔離室に収容された被収容者は、原告を含めて六名いた。
サ 東京入国管理局警備第五課所属の入国警備官H(以下「H警備官」という。)は、同月六日
の騒乱状態が収まった後、隔離室に収容されていた原告を見に行った際、原告の容体を確認
したところ、眉毛の辺りに擦り傷と内出血があったので、消毒薬で消毒を行った。
シ 原告とCが一緒に隔離収容されていたときに、Cが、床に頭を打ち付ける自損行為を行っ
たので、H警備官は手錠の鎖を隔離室入り口の鉄格子の棒に通して、後ろ手で手錠をした上、
鉄格子と頭の間に毛布を差し込んで、Cの自損行為を止めさせる措置を講じたことがあった
が、三〇分程度で、鉄格子を通す方法を止めて、後ろ手に手錠をかけ直した。
ス 東京入国管理局長は、平成五年五月六日、被収容者処遇規則一八条二号により、原告を、同
日から、五月一九日までの一四日間、本件収容場隔離一号室に隔離収容することを決定し、
原告は、同期間、隔離室に収容されていた。
セ 原告は、収容当初から糖尿病等の疾病があり、病院での通院治療を受けていたが、隔離収
容が終了した当日の同年五月一九日に、東京都板橋区本町所在のL病院で、医師のM(以下
「M医師」という。)の診察を受け、糖尿病等の治療を受けた。
診察の際、原告が、右胸部が痛いと訴えたので、M医師は、原告の肋骨部分の触診を行った
が、肋骨の変形などの異状は認められず、皮下出血等の外傷もなかったので、湿布薬を処方
して様子を見ることにした。なお、当日の診療録(乙第4、第5号証)には、「肋骨骨折の疑い」
と記載されている。
当日の診察において、原告が、その他の部位について特に痛みを訴えることはなかった。
ソ 原告は、同年六月一六日にも、L病院でM医師の診察を受け、糖尿病の治療を受けたほか、
胸が苦しいと訴えたので、心電図を撮ったところ、不整脈(心室性期外収縮)と診断されて治
療薬の処方を受けた。
原告は、このときも右胸部の痛みを訴えたが、痛みの程度が軽度であったため、M医師は、
湿布薬の処方など治療の必要はないと考え、投薬は行わなかった。
タ 原告は、同年七月一四日にも、L病院でM医師の診断を受け、糖尿病、不整脈の治療を受け
た。このときも、原告が右胸部痛を訴えたため、M医師は、触診をしたところ、特に異状は認
められなかったが、湿布薬の処方を行った。
チ 原告が収容される前に賃借していた居室の契約解除を巡る賃貸人との紛争等について、交
渉及び訴訟遂行を依頼されていた弁護士のG(以下「G弁護士」という。)は、本件収容場の
面接室で、同年六月二日に三〇分程度原告と面会し、同月一五日にも午後三時三〇分ころか
ら午後五時ころまで約一時間半原告と面会したが、原告は、歩いて面接室まで訪れ、G弁護
士に対し、入管入管職員から暴行を受けたことについて、まったく話さなかった。
ツ しかし、G弁護士が、同年七月五日午前一〇時四〇分ころから、同日午前一一時一三分こ
ろまで、原告の知人でG弁護士の紹介者であるN(以下「N」という。)と共に原告と面会し
た際、原告は、民事訴訟に関する話の後に、一か月ほど前に入管職員から、胸部、足、顔面等
を殴られたと述べ、左足ふくらはぎ及び右前足等の傷痕を見せた。
そこで、G弁護士は、原告との面会終了後、東京入国管理局警備第五課長Oに対し、原告か
ら入国警備官らによる暴行を訴えられ、左足のふくらはぎ及び右前足の三〇センチメートル
くらいの傷跡を見せられた旨抗議し、事実関係の確認を求めた。
テ 同年八月二日、原告は、東京都北区上十条所在のD外科病院において、E医師の診察を受
けた。
E医師は、原告が腰の痛みを訴えたため、触診した結果、第一腰椎の辺りに局所的な痛み
が強く、レントゲン撮影を行った結果、第一腰椎圧迫骨折があることが判明した。
上記診察の際、入管職員は、E医師に対し、原告が、二日前にトイレで転倒したらしいと説
明した。
ト Nは、平成五年八月四日と五日の両日、原告と面会したが、その際、原告は、面接室に車椅
子で入室し、腰が痛いと言っていたが、その原因についてNに対し特に話すことはしなかっ
た。
ナ 原告は、平成一二年三月三一日、横浜市神奈川区金港町所在のP診療所で、F医師の診察
を受け、陳旧性第一腰椎圧迫骨折のほか、陳旧性仙骨骨折があるとの診断をされた。
 入管職員による暴行の有無及び態様等について
ア 原告は、平成五年五月六日に、入管職員によって調室に連行され、隔離室に収容されるま
での間に入管職員から受けた暴行について、原告本人尋問及び甲第28、第32、第33号証(原
告作成の手紙及びイランにおける供述反訳書)等において、前記争点欄記載の原告の主張(第
2、2、、イないしエ)にほぼ沿う内容の供述をしており、これらの暴行によって第一腰椎
圧迫骨折等の重大な傷害を負ったと主張している。
イ しかし、以下に述べるとおり、本件においては、原告が供述する暴行の程度及び態様が、必
ずしも客観的な事実関係と符合しない点が認められ、その供述をそのまま採用することはで
きない。
ア 前記のとおり、原告は、隔離収容が終了した当日である平成五年五月一九日に、L病院
でM医師の診察を受けているが、診察の際、原告は同医師に右胸部の痛みを訴えたため、
同医師が原告の肋骨部分の触診を行った結果、肋骨の変形などの異状は認められず、皮下
出血等の外傷もなかったので、「肋骨骨折の疑い」により湿布薬を処方した。
原告は、当日の診察において、その他の部位について特に痛みを訴えることはなかった。
また、原告は、同日以降、同年六月一六日及び同年七月一四日にもL病院においてM医
師の診察を受けているが、毎回右胸部の痛みは訴えていたものの、腰部やその他の痛みを
訴えてはいなかった。
仮に、原告が、その主張するような激しい暴行を受け、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負
っていたとするなら、暴行の痕跡が全身に残っていたと考えられ、腰部の異常や痛みにつ
いても当然医師に訴えるはずであるのに、三度にわたるL病院における診察において、そ
のような痕跡が医師によって確認されず、原告が右胸部の痛みについてしか訴えていなか
ったことからすると、原告の入管職員から受けた暴行の程度及び態様に関する供述には相
当な疑問を抱かざるを得ない。
イ 次に、前記のとおり、原告は、Nの紹介で民事事件について交渉等を依頼したG弁護士
と、平成五年六月二日及び一五日に本件収容場の面接室で面会をしているが、その際、原
告は、歩いて面接室に入室し、同弁護士に対し、入管職員から暴行を受けたことや、腰の痛
みについてまったく話しておらず、原告がG弁護士に暴行にもついて話したのは、同年七
月五日の三度目の面会の際であったことが認められる。
この点も、上記のL病院での診察の状況と同様に、原告主張の暴行の程度、態様からす
ると、不可解であるといわざるを得ない。
なお、G弁護士は、同年七月五日に原告と面会した際に、原告から傷跡を見せられ、左足
のふくらはぎと膝の内側にかなり時間が経過したような打ち身の痣があり、くるぶしに皮
下出血の跡があり、右足も同様の痣があったほか、腰の部分に横三〇センチメートル、縦
二〇センチメートル程度のかなり広い痣があった旨証言しているが(G証言八ないし一〇
頁)、同日、G弁護士と一緒に原告と面会したNは、原告の傷の状況についてはっきりと記
憶していないと証言しており(N証言75、甲第34号証三頁)、既に認定したとおり、M医師
は、診察の際に原告の体に外傷を認めていないこと、原告との面会後に、G弁護士が警備
第五課長Oと面会した際の状況を記録した面接記録書(乙第12号証)には、G弁護士が、
左足のふくらはぎ及び右前足の約三〇センチメートルくらいの傷跡を見せられたと述べた
旨記載されているが、腰の傷跡があったとの指摘は記載されていないことに鑑みると、G
弁護士の上記証言のうち、腰の部分の痣に関する部分は、直ちに採用することはできない。
ウ 本件当時、東京入局管理局警備第五課の入国警備官であったKは、平成五年五月六日の騒
動の際、イラン人被収容者を一般居室から調室まで連行するのを手伝った際、他の入管職員
が、連行途中の被収容者を多少殴ったり(K証言89、93)、手錠をかけられ、足を縄で縛られ
た外国人被収容者を蹴ったりしていた(K証言114、115)のを見た旨証言している。
しかし、被収容者を調室に連行する際に、一部の入管職員において、被収容者を殴打する
等の行為があったとしても、その態様は、原告の主張するような暴行態様とは相当異なる上、
Kは、暴行を受けていたイラン人被収容者の中に原告がいたかどうかは分からない(K証言
137)と証言し、また、調室での暴行を目撃しているわけではないから、上記証言から、原告
が入管職員からその主張するような暴行を受けたと推認することはできない。
エ 原告は、平成五年八月二日、D外科病院でE医師の診察を受け、第一腰椎圧迫骨折の診断
を受けたことは前記のとおりである。
しかし、上記診察日は、原告が入管職員から暴行を受けたとする日から約三か月を経過し
ているところ、乙第7号証及びE医師の証言によれば、E医師は、上記診察の際、同行してい
た入管職員から、原告が二日前に転倒し、徐々に腰痛が強くなったことを聞き、その旨を当
日の診療録(乙第7号証)に記載していること及び腰椎圧迫骨折の場合、一般的には、受傷時
から日数を経るに従って痛みなどの症状が緩和するものであり、受傷から三か月後に急に腰
の痛みが強くなるなど症状が悪化することは、通常はないことが認められる。
そして、乙第25号証及び証人Jの証言によれば、上記E医師の診察日の前日である平成五
年八月一日に、原告が居室トイレの段差により、トイレ内で転倒した事実があったことが認
められ、既に認定したM医師の診察時における原告の身体等の状況や、上記E医師の診察時
の状況を合わせ考えると、原告が、平成五年五月六日に入管職員から受けた暴行によって、
第一腰椎圧迫骨折が生じたと認めることは困難であるというほかはない。
なお、この点について、F医師は、本件収容場のトイレで足を滑らせて転倒した場合に、第
一腰椎圧迫骨折が発生するとは考え難い旨証言している(F証言112)。
しかし、同医師がそのように考えた根拠は、意識がある状態で転倒すれば、通常受け身を
取ることができ、転倒による衝撃を和らげることができる(F証言73、113)というものであ
るが、不意の事故により転倒する際に、常に受け身の姿勢が取れるとは限らないのであるか
ら、原告がトイレで転倒して上記傷害を負った可能性を否定することはできない。
また、F医師は、平成一二年三月三一日、P診療所で原告に陳旧性第一腰椎圧迫骨折のほ
か、陳旧性仙骨骨折があるとの診断をし、仙骨骨折の原因について、五センチから一〇セン
チ程度の幅のある円形の突起物が当たった場合に起こりうること、安全靴のようなもので蹴
られたということも原因として考えられると証言している(F証言91、92)。 
しかし、同医師の証言によっても、原告に仙骨骨折が発生した時期を特定することはでき
ないとされており、平成五年八月二日のE医師による診断では、仙骨骨折について、特に何
も触れていないことなどからすると、上記仙骨骨折が同年五月六日の入管職員による暴行に
起因するものと認めることはできない。
オ さらに、甲第2号証の1、2、第27、第31号証の記載内容及び証人Kの証言内容に照らす
と、本件当時、本件収容場において入管職員による被収容者に対する暴行がしばしば行われ
ていたことが窺われ、また、既に認定した事実によれば、平成五年七月五日にG弁護士が原
告と面会した際に、原告の両足などに傷痕が存在したのは事実であると認められる。
しかし、入管職員から受けた暴行の程度、態様についての原告の供述がそのまま採用でき
ないのは前記のとおりであり、当日の本件収容場における騒乱の状況等からすると、入管職
員が、原告を調室に連行する際に、原告の抵抗を排除するためある程度の有形力の行使をし
たことはやむを得なかったものと認められるのであって、原告の上記傷痕についても、それ
が直ちに入管職員による違法な有形力の行使によるものと認めることはできないといわざる
を得ない。
また、原告は、隔離収容中に入管職員から受けた暴行について、原告本人尋問及び甲第33
号証において、前記争点欄記載の原告の主張(第2、2、、オ)に沿う内容の供述をしてい
るが、上記の検討に加えて、原告のこの点に関する供述内容が変遷していることからすれば、
原告の主張に沿う上記供述部分を直ちに採用することはできない。
カ そして、他に、原告主張の入管職員による暴行の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
 そうすると、原告に対し、入管職員によって違法な有形力の行使が行われ、その結果、原告が
第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負ったことを理由とする損害賠償請求は、その余の点を判断する
までもなく、理由がない。
2 隔離収容について
 隔離収容の適法性について
被収容者処遇規則一八条は、所長等(入国者収容所長及び地方入国管理局長を指す。)は、被
収容者が次の各号の一に該当する行為をし、又はこれを企て、通謀し、あおり、そそのかし若
しくは援助したときは、期限を定め、その者を他の被収容者から隔離して収容することができ
る。」とし、対象となる行為として、「逃走、暴行、器物損壊その他刑罰法令に触れる行為をする
こと。(一号)」、「職員の職務執行に反抗し、又はこれを妨害すること。(二号)」、「自殺又は自損
すること。(三号)」を規定している。
したがって、被収容者の隔離収容は、被収容者が、同規則一八条各号に該当する行為をし、又
はこれを企て、通謀し、あおり、そそのかし若しくは援助した場合に限り実施することができ
るのであり、所長等において、上記要件に該当する事実が存在しないのに、それが存在すると
判断してなされた場合には、その判断は違法である。
そこで、本件隔離収容について検討すると、原告に対する隔離収容言渡書(乙第2号証)によ
ると、原告は、平成五年五月六日に発生した騒乱事件を扇動し、居室前通路で鎮静に当たって
いた勤務員にめがけて弁当箱を投げつけ、勤務員の職務を著しく妨害した旨記載されている。
本件では、平成五年五月六日の騒乱の際に、原告が弁当箱を入管職員に向けて投げつけたと
の事実は認められないが、既に認定したとおり、原告は、騒乱状態の収拾に当たっていた入管
職員の制止に従わずに、D-2号室から通路に向けて大声で騒ぎ続け、騒乱に加勢しており、ま
た、入管職員が、事態の収拾のために原告を別室に連行する際も、入国警備官に対し、実力を
もって抵抗しようとしたことが認められるから、被収容者処遇規則一八条二号にいう「職員の
職務執行に反抗し、又はこれを妨害」した場合に該当するというべきであり、東京入国管理局
長において、原告に対する隔離収容の決定をしたこと自体は違法とはいえないというべきであ
る。
 隔離収容の期間の相当性について
被収容者処遇規則一八条が、隔離収容ができる場合を同条各号所定の場合に限定しているこ
とに鑑みれば、隔離収容は、被収容者を他の収容者から隔離して入管職員の監視下に置くこと
により、被収容者の保護又及び収容施設の秩序を維持する制度であり、懲罰の趣旨を含むもの
ではないというべきである。
また、乙第43号証によれば、東京入国管理局第二庁舎の収容場の隔離室は、七平方メートル
足らずの、窓のない狭隘な部屋であることが認められ、居住性が悪く、常に入管職員の監視下
に置かれることから、被収容者が心理的な圧迫感を受けやすいと考えられることも考慮する
と、被収容者に対する隔離収容は、できるだけ抑制的に行われるべきであり、東京入国管理局
被収容者処遇細則三一条五項においても、「警備係長は、隔離収容期間を延長し、又は短縮する
必要があると認めるときは、局長に報告し、その指示を求めなければならない。」と規定してお
り(乙第32号証)、これは、隔離収容の必要性が消滅した場合には、被収容者に対する隔離収容
を解除すべき場合があることを想定したものと解される。
したがって、隔離収容期間については、被収容者処遇規則一八条には、隔離収容期間の決定
について具体的に規律する条項が存在しないことから、基本的には所長等の裁量に委ねられて
いるものの、被収容者の隔離収容の必要性の程度に比べて、不相当に長期間にわたる場合には、
所長等に与えられた裁量の範囲を超え、又は裁量権の濫用があったものと判断され、隔離収容
の措置が違法となるものと解すべきである。
そこで本件を検討すると、原告を隔離収容した理由は、平成五年五月六日の騒乱事件を扇動
したことであるが、既に認定したとおり、原告は、騒乱の際は、単に大声で叫んでいただけであ
り、また、通路で入管職員に対し抵抗した際も、積極的な暴行に及んだのではなく、入管職員が
原告を押さえようとしたことに対し、手や体を振って抵抗したというにすぎず、証人Hの証言
によれば、調室においても、原告は、突然勢いよく立ち上がって、大声を上げながら入管職員の
一人に対し自らの顔を突きつけるように近づけたものの、入管職員に殴りかかったことはなく
(G証言264)、手錠をかけた後は殆ど抵抗はしなかったし、声も余り出していなかった(G証言
121)上、本件以前の騒乱において原告が扇動的な役割を果たしたとの評価はなかった(G証言
153)ことが認められ、乙第22号証(Iの陳述書)によれば、平成五年五月六日の騒動は、原告
らを隔離収容した後、同日中には収束したことが認められることを総合すると、同月六日の騒
動が、二日連続での騒動であった点を考慮しても、原告に対して一四日間の隔離収容の措置を
決定した入国管理局長の判断は、原告の隔離収容の必要性に比べて不相当に長期間なものであ
ったと言わざるを得ない。
また、乙第23号証(Qの陳述書)によれば、隔離室では、原告は特に反抗的態度を取ることも
なかったこと、乙第24号証(Rの陳述書)によれば、平成五年五月八日に、原告の手錠を外した
後も、原告はふてくされたような態度を示すものの、抵抗したり、暴れるようなことはなく、静
かにしていたことが認められるのであるから、前記事情とあわせて考慮すれば、原告に対する
隔離収容の理由は、遅くとも、同月八日中には消滅していたというべきであって、同日原告に
対応した入国警備官は、これを知り得たと認められるから、速やかに、東京入国管理局被収容
者処遇細則(乙第32号証)に基づき、入国管理局長に対し、隔離収容期間を短縮する必要性に
ついて報告し、期間短縮の措置を講じる必要があったといえる。
しかし、本件では、原告に対する隔離収容の期間を一四日間と決定し、その後、期間短縮等の
措置を講じることなく、期間の満了まで隔離収容を継続したのであるから、原告の隔離収容期
間に関する判断は、東京入国管理局長に委ねられた裁量権の範囲を超えており違法であったと
いわざるを得ない。
3 手錠の使用について
 事実関係について
原告は、隔離収容後、一週間くらいは、後ろ手に手錠を掛けられた状態であり、その後一週間
程度は両手を前にした状態で手錠を掛けられており、隔離収容中は常に戒具の使用が継続され
ていた旨主張しており、原告も本人尋問において同旨の供述をしている(原告本人230、239)。
しかし、甲第33号証によれば、原告は、イランでの原告代理人による事情聴取に対し、スペ
シャルルーム(隔離室)に収容されたときは後ろ手に手錠を掛けられた状態であったが、自ら
体をくぐらせて両手前の状態にして二、三日間過ごしていたところ、入管職員に見つかって再
び後ろ手に手錠を付けられた(甲第33号証一七頁)、Cが隔離室を出た平成五年五月一三日こ
ろまでは後ろ手に手錠を掛けられていたが、その後、入管職員に対し、これでは食事もできな
いから手を前にした状態に変えて欲しいと頼み、両手前の状態で手錠を掛ける状態にしてもら
ったとか(甲第33号証一七頁)、食事の度に手錠を外してくれた(甲第33号証一九頁)などと供
述している一方、原告本人尋問では、五月六日の夕食時だけは、手錠をはずされ、片手を手錠で
鉄格子につながれた状態で片手で食べ、食後は後ろ手に手錠をされていたが(原告本人231な
いし232)、翌日からは、一週間程度、体をくぐらせて両手前の状態で手錠をつけたまま食事を
していた旨供述しており(原告本人233ないし235、供述内容が不自然である上に、供述の時期
により内容が変遷しており、この点に関する原告の記憶はあいまいというべきである。
また、甲第32号証によれば、Cは、同じくイランでの原告代理人の事情聴取に対し、隔離室
に入れられた直後は後ろ手に手錠を掛けられており、服を脱がされた後は、両手前の状態で手
錠を掛けられていたが、二日後に、同じ隔離室に収容されていた原告以外のイラン人の手錠を
はずしたことが入管職員に発覚してからは、三人とも後ろ手の状態にされたと供述しており
(甲第32号証二四、二五頁)、原告の供述内容と食い違っているのであって、これらの点からす
ると、手錠を掛けられていた期間に関する原告の供述を直ちに採用することはできない。
そして、乙第21、第24、第28号証、H警備官の証言86ないし90項及び証人Kの証言187ない
し189項によれば、原告は、平成五年五月六日に隔離室に収容されてからは、食事や排便の際に
は手錠をはずしたり、両手を前にして手錠を掛けた状態に変更されることはあったものの、少
なくとも、同月八日中に戒具使用が解除されるまでは、後ろ手に手錠を掛けられた状態で隔離
収容されていたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
 手錠使用の適法性について
被収容者処遇規則一九条一項は、被収容者に対する戒具の使用について、「入国警備官は、被
収容者が逃走し、暴行を加え又は自殺若しくは自損をするおそれがあり、かつ、他にこれを防
止する方法がないと認められるときは、戒具を使用することができる。」と規定している。
そして、金属手錠は戒具であることから(同規則二〇条一項二号)、金属手錠は、被収容者に
逃走、暴行又は自殺若しくは自損のおそれがあり、かつ、他にこれを防止する方法がない場合
にのみ、これを使用することができるのであって、上記要件を欠くときは違法となると解され
る。
ことに金属手錠の使用は、身体の拘束の程度が大きく、被使用者が受ける苦痛は重大である
から、被収容者について、上記の要件を充足する場合であり、かつ目的達成のための必要最小
限度の方法、期間でのみ許されるものと解すべきであって、入国警備官の手錠使用の必要性に
関する判断が、上記基準に照らして合理的なものであると認められない場合には、金属手錠使
用の判断は、違法の評価を受けるものと解される。
そこで、まず、本件において、原告に対する手錠使用の適否について検討するに、既に認定
したとおり、原告は、平成五年五月六日に、調室において、突然勢いよく立ち上がって、大声を
上げながら、入管職員の一人に対し、自らの顔を突きつけるように近づける行為に及び、止め
させようとした職員に対して抵抗しているのであるから、入国警備官において、被収容者が暴
行を加えるおそれがあり、かつ他にこれを防止する方法がないと判断して、被収容者処遇規則
一九条一項に基づき金属手錠を使用したことを違法ということはできない。
次に、原告の隔離収容後も金属手錠の使用を継続した理由について検討すると、乙第21号証
(入国警備官戊野五郎の陳述書)によれば、隔離室の扉には格子状に針金が施されており、これ
を取り外して凶器として暴行行為に及ぶ危険があるという隔離室の構造上の問題と、自損行為
の防止が理由であった旨記載されている。
しかし、乙第21号証によれば、原告が自損行為に及んだ事実はなかったことが認められるの
であり、また、原告が隔離室に収容された直後は、原告の興奮状態が継続し、暴行等に及ぶおそ
れがあると判断することも是認しうるものの、乙第30号証及び証人Hの証言によれば、手錠を
使用した後は、原告はほとんど抵抗せず、おとなしくなったと認められ(G証言121)、既に認
定したとおり、原告は隔離室では特に反抗的態度を取ることはなかったのであるから、原告に
ついて、戒具の使用以外に防止する方法がないと認められる程度の暴行のおそれが継続してい
たとの判断を是認しうるのは、長くても、原告に金属手錠を使用した当日の平成五年五月六日
の経過時までにとどまるというべきであり、これを超えて、同月八日までの間についても、金
属手錠を使用する要件があるとした入国警備官の判断は、前記の基準に照らして合理性を認め
ることはできない。
したがって、原告に対する平成五年五月七日以降、同月八日までの間の金属手錠の使用は、
違法であるといわざるを得ない。
4 非衛生的かつ非人道的な処遇について
 衣服について
原告は、隔離収容の際に、衣服を取り上げられ、一週間後にようやくズボンの着用が許可さ
れたが、他の衣類は最後まで取上げられたままであったと主張し、本人尋問において同旨の供
述をしている。
しかし、原告が全裸になった経緯について、原告は、隔離室前で手錠を外されて、服を全て脱
がされてから、隔離室に連行された旨供述しているが(原告本人160ないし166)、甲第32号証
によれば、Cは、まずCが隔離室に収容されてから、原告ともう一人の被収容者が部屋に連行
されてきて、しばらくその中にいたところ、入管職員が取り囲み手錠を外されて裸になるよう
命令されたと供述しており、両名の供述が齟齬していることや、K証人も、隔離室の中で、下半
身を裸にされている被収容者を見たことはないと証言している上(K証言191ないし193)、原
告も、Cが居たときまでは(Cを含めて)裸であった旨供述している(原告本人259、260)一方
で、Cらが、大便をするときには、後ろ手に手錠を付けたままでズボンを下げて用を足してい
た(原告本人248)と供述していることを総合すると、上記の原告供述部分を採用することはで
きず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 床面、壁面の汚損について
原告は、隔離室の壁や床に、おびただしい血痕が付着して汚染されており、臭気がひどかっ
たと主張し、本人尋問で同旨の供述をしている(原告本人225)が、既に検討したとおり、原告
の供述全体からみて、原告の当時の記憶があいまいであると認められる上、これを客観的に裏
付ける証拠もないことからすれば、原告の上記供述部分を直ちに採用することはできず、他に
原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 換気装置について
原告は、隔離室には換気装置がなく、空気がよどんでいる状態であると主張しているが、乙
第43号証によれば、隔離室には換気装置はないものの、天井には通気口があることが認められ、
また入管職員が、一時的に通路に通じる扉を開けて空気を循環させることもあったことは原告
も認めており、通気性の確保について、保安上支障がない限度で、一定の配慮もなされていた
のであるから、この点について違法であるとはいえない。
 排便時について
既に述べたとおり、原告が、隔離収容中の一四日間手錠を使用したままであったとの事実は
認めることはできない。
また、既に認定したとおり、原告が後ろ手に手錠を掛けられていた期間についても、排便時
には、原告の申し出により入管職員が手錠を解除し又は両手を前にした状態で手錠を付け替え
るなどの措置をとっていた上、原告は、本人尋問において、体調が悪かったので三週間くらい
ほとんど排便できなかった(原告本人244)などと供述している上、原告本人尋問によれば、他
の被収容者は、用便後は入管職員に頼んでペダルを押してもらって水を流していたことが認め
られる(原告本人252)のであるから、排便の始末に関して違法があったとの原告の主張を認め
ることはできない。
また、隔離室のトイレに目隠しがないことは当事者間に争いがないが、隔離室のトイレに目
隠しを設けると、被収容者を常時監視することができず、被収容者の逃走、暴行並びに自殺及
び自損の防止などの隔離収容の目的に反することになることに鑑みれば、トイレに目隠しを設
置していないこと自体は違法とはいえず、この点についての原告の主張は理由がない。
 毛布について
原告は、隔離収容中は、三人の被収容者に対し、一枚の古い毛布が提供されたのみである旨
主張し、甲第32号証によると、Cが同旨の供述をしているものの、原告及びCの供述全体から
みて、同人らの当時の記憶があいまいであると認められる上、他にこれを裏付けるに足りる証
拠がないから、これらを直ちに採用することはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠
はない。
 シャワー及び運動について
原告は、隔離収容期間中、一度もシャワーを浴びることができず、また、水道で顔も洗うこと
ができず、運動の機会も与えられなかったことが違法であると主張している。
既に述べたとおり、少なくとも平成五年五月九日から同月一九日までの間、原告の隔離収容
を継続したこと自体が違法であるが、更に原告の主張するような違法があったかどうかについ
て検討するに、原告は、証人Jの証言によれば、被収容者は通常であれば週に一、二回シャワー
を使用していた(J証言86)と認められるところ、隔離収容によって一四日間にわたりシャワ
ーを使用できず、また、運動を制限されていたのであるが、このことをもって、隔離収容の継続
による違法とは別に、原告の処遇について、原告の主張するような違法があったとまではいう
ことができない。
なお、原告が、水道で顔を洗うこともできなかったと主張している点については、乙第43号
証によれば、隔離室には、縦四〇センチメートル、横三四・五センチメートルの洗い場があっ
たことが認められ、洗顔程度は十分可能な構造であったということができるから、これに関す
る原告の主張は理由がない。
 結論
以上によれば、原告に対する隔離収容中の処遇につき、極めて非人道的な態様により人間と
しての尊厳を毀損し、著しい精神的肉体的苦痛を与え又は被収容者処遇規則に違反する違法、
不当な処遇があったとは認められず、原告の主張は理由がない。
5 原告の傷害の放置について
既に認定したとおり、原告の第一腰椎圧迫骨折が平成五年五月六日に発生したとは認められな
い上、H警備官の証言によれば、平成五年五月六日の入管職員による制圧の際に生じた傷につい
ては、原告の眉毛の辺りの傷の手当てをしたことが認められ(G証言125、126)、また、乙第34号
証の1ないし15(看守勤務日誌)によれば、入管職員が、原告がM医師から処方された治療薬を、
適宜原告に服用させていたことが認められるから、原告が、隔離収容中に、治療を要する症状で
あったにもかかわらず、医療措置を講じないで放置されていたとは認められず、他に原告の主張
を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が、被収容者処遇規則三〇条に違反する処遇を受けたとする原告の主張を認
めることはできない。
6 損害
 イランにおける治療費等、後遺障害による逸失利益及び後遺障害による慰謝料
既に述べたとおり、原告が主張する損害のうち、請求拡張分にあたるイランにおける治療費
等、後遺障害による逸失利益、後遺障害による慰謝料については、理由がないことは明らかで
ある。
 違法な隔離収容及び戒具使用による慰謝料
原告は、違法な隔離収容及び戒具使用等による肉体的、精神的苦痛を一体とみて、損害賠償
を求めていると解されるところ、既に認定したとおり、原告は、隔離収容の必要性に比して不
相当に長期間にわたり隔離収容された結果、不自由な生活を強いられ、また、不相当な期間、手
錠を掛けられていたことにより、肉体的及び精神的苦痛を受けたことが明らかであって、本件
の諸事情を考慮すれば、原告の前記苦痛に対する慰謝料の額は、七〇万円と認めるのが相当で
ある。
 弁護士費用
本件訴訟の追行の難易及び認容金額並びに原告が訴訟提起後にイランに送還され、原告代理
人の訴訟準備に相当の費用を要したことが窺われることなどの諸般の事情を考慮すれば、上記
違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、三〇万円と認めるのが相当である。 
 遅延損害金請求について
遅延損害金の起算日は、違法な本件隔離収容期間の最終日である平成五年五月一九日とすべ
きものと解される。
7 国家賠償法六条にいう「相互の保証」について
原告は、イラン・イスラム共和国籍を有する外国人であるから、国家賠償法の適用を受けるた
めには、同法六条により、同国において相互の保証がなされていることが必要である。
そこで検討すると、乙第16、第19号証によれば、イラン・イスラム共和国民事責任法一一条は、
政府、自治体又は団体の職員により、故意又は過失により損害を与えた場合には、当該職員が補
償すべき責任を負う旨規定しており、原則として、政府、自治体又は団体に対する法的責任は規
定されていないことが認められる。
しかし、甲第40号証の1、2によれば、イラン国内の弁護士が、民事責任法一一条により裁
判所から損害賠償を命じられた公務員が賠償をしない場合には、イラン・イスラム共和国憲法
一七一条が、裁判官の不法行為につき、一定の要件で国に賠償責任を負わせる趣旨に則り、政府
が公務員個人に代位して被害者に対し賠償金を支払った上で、公務員に対して求償権を行使した
事例があったとの見解を示していること、甲第48号証の2(口上書)において、イラン外務省は、
民事責任法には外国人による賠償請求権の行使を制限する規定はなく、外国人も内国人と同等の
保護を受けられる旨回答しており、他に特段の反証がないことからすれば、本件において、イラ
ンとわが国との間には、国家賠償法六条にいう「相互の保証」があるというべきである。
したがって、その余の主張について判断するまでもなく、被告は、国家賠償法一条一項に基づ
き、原告が被った損害を賠償する義務がある。
第4 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し一〇〇万円及びこれに対する不法行為の最後の
日である平成五年五月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支
払を認める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求については理由がな
いからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言
及びその免脱宣言について同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

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