出入国管理及び難民認定法違反被告事件
平成14年(う)第129号
控訴申立人:検察官
広島高等裁判所第1部(裁判官:久保眞人・芦高源・島田一)
平成14年9月20日
判決
主 文
原判決を破棄する。
被告人を罰金30万円に処する。
原審における未決勾留日数のうち、その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分
を、その刑に算入する。
理 由
本件控訴の趣意は、検察官佐藤俊司提出に係る控訴趣意書(広島地方検察庁検察官大森淳作成)に
記載されているとおりであり、これに対する答弁は、主任弁護人下中奈美、弁護人足立修一、同戸田慶
吾及び同大名浩連名作成の答弁書並びに主任弁護人下中奈美作成の答弁書訂正補充書に記載されてい
るとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、原判決が、被告人に対し、公訴事実と同旨の不法入国及び不法在留の犯罪事実を
認定しながら、「被告人については、出入国管理及び難民認定法70条の2の各号に該当することの証
明があり、かつ、不法入国・不法在留の後、遅滞なく入国審査官に対して同法70条の2の各号に該当
することの申出をしたということができる。」として、「被告人に対し刑を免除する。」との判決を言い
渡したのは、証拠の取捨選択ないし評価を誤って事実を誤認し、ひいては出入国管理及び難民認定法
(以下「入管法」という。)70条の2の適用を誤ったものであり、これらが判決に影響を及ぼすことが
明らかである、というのである。
そこで、検討すると、関係証拠によれば、原判決の(刑を免除した理由)のうち、1項ないし3項に記
載された事実認定、すなわち、被告人については、入管法70条の2の各号に該当することの証明があ
ることに関する説示は、被告人の供述の信用性に関する判断を含めて概ね正当として是認することが
でき、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、その認定を左右するものはない。し
かしながら、被告人が、不法入国の後、遅滞なく入国審査官に対して入管法70条の2の各号に該当す
ることの申出をしたとは認められないから、その限度で、原判決には所論のいう事実の誤認があり、
入管法70条の2に関する法令適用の誤りがある、というべきである。
以下、所論にかんがみ、検討する。
第1 難民該当性について
1 所論は、要するに、入管法に定める「難民」とは、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団
の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある
恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない
もの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」であり、
「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」といえるためには、当該人が
迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いている主観的事情のほかに、通常人が当該人の立場
におかれた場合も迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していること、換言すれば、本人の
主張する恐怖が、証拠によって十分に理由のあるものであると客観的に認められる必要があり、
これらの点については、難民であると主張する者が立証しなければならない責任を負っている。
しかるに、原判決は、専ら被告人の供述のみに基づき、これが信用できるから、被告人は迫害を受
けるおそれがあるという恐怖を有しており、その立証ができているというのであるが、難民認定
の主たる根拠が申請者の供述である場合には、申請者の供述内容の真偽を慎重に認定すべきであ
るところ、本件においては、被告人の供述内容が不合理・不自然である上、重要事項について大
きく変遷しており、一部物証が虚偽であることが判明しているにもかかわらず、これらのことを
看過して被告人の供述内容を十分に吟味することなく、極めて安易に被告人の供述を信用できる
とした点において、事実を誤認している、というのである。
2 そこで、検討すると、被告人は、概ね次のような供述をしている。すなわち、被告人は、アフ
ガニスタンにおける少数民族であるハザラ人であり、宗教的にも少数派のシーア派であること、
ハザラ人は、国内において他の民族から民族的及び宗教的に差別を受けていたこと、平成3年
(1991年)にA大学経済学部を卒業し、平成4年(1992年)3月にB政権が崩壊した後、ハザラ人
シーア派の政治団体C党に入党し、カブール市内にあるC党事務所で文化委員会の一員として、
主として通訳や広報関係の活動を行っていたこと、同年以降、スンニ派に属するパシュトゥン人
やタジク人のグループが、カブール市西部において、ハザラ人に対して軍事攻撃を行った際には、
これに対抗するための軍事活動にも従事したが、平成6年(1994年)、パシュトゥン人勢力によ
るDが結成され、平成7年(1995年)2月、カブール市に迫ってきた上、同年3月には、カブール
市西部のカルテセー地区がタジク人から軍事攻撃を受けて包囲されたため、パキスタンのペシャ
ワールに逃走したこと、その後、安全にアフガニスタンに入国することができなくなり、両親に
会うためにアフガニスタンに入国したのは、平成11年(1999年)3月と平成12年(2000年)の2
回であること、その間の平成10年(1998年)8月にマザリシャリフでDによるハザラ人虐殺事件
があり、その後、D政権は、「ハザラ人はシーア派であり、シーア派の人間を殺すことは罪になら
ない」旨の教令を発令したこと、被告人は、平成13年(2001年)4月7日、両親に会う目的でアフ
ガニスタンに戻ったところ、叔母から、被告人の知人がDに拘束されて拷問を受け、被告人がC
党で活動していたことを知ったDが、被告人を逮捕するためにやって来たが、被告人がいなかっ
たため、被告人の代わりに父親が逮捕された旨の話を聞いたこと、そのため、被告人は、パキスタ
ンにいる叔父を通じて密航ブローカーと連絡を取った上、日本に亡命する決意をして本件不法入
国の犯行に及んだこと、などを供述している。
被告人の供述の信用性について検討すると、その内容が、体験した者でないと語ることが難し
いと思われるほど具体的かつ詳細であることに加え、被告人は、大学での高等教育を受けており、
英語も堪能であるし、シーア派代表やC党に所属する構成員及びその政治活動の内容、さらに、
対抗勢力の活動状況に関しても豊富な知識を有していること、ハザラ人が対抗勢力から民族的・
宗教的に差別を受けており、軍事攻撃を受けた状況、特にDが勢力を伸ばし、ハザラ人に対して
恣意的な逮捕、拘禁や虐殺をしている点や上記の教令が発令されたことについては、国連難民高
等弁務官事務所作成の資料等で報告されている内容とよく符合していること、被告人の所持品の
中には、C党の党員であることをうかがわせる証明書が含まれていたことなどを併せ考えれば、
被告人がC党の党員として活動していたことやハザラ人がDなど対抗勢力から攻撃されていたこ
とに関する供述は、合理的であり、十分信用することができる。
そして、Dが被告人を逮捕しに来たことや、被告人の父親が身代わりとして逮捕されたことを
直接裏付ける明確な証拠はないものの、Dの指導者は、上記の教令のほか、平成12年(2000年)
12月、ヤカオランの戦いの後、反Dとみられる13歳から70歳までの全ての男性を殺害するように
命じたと報告されていること、被告人は、偽造のパスポートを使用して日本に不法入国したもの
であり、密航ブローカーから手に入れたというEに対する拘束令状の写しを所持していたことな
どに照らすと、叔母から、被告人の身代わりに父親が逮捕された話を聞き、迫害を受けるおそれ
を感じて、密航ブローカーと連絡を取り、本件犯行に至ったという経過についても自然であるか
ら、この点に関する被告人の上記供述も同様に信用することができる。
3 これに対し、所論は、被告人の供述に信用性がないことの具体的理由として、次の4点を指摘
している。
 所論は、被告人が、平成8年(1996年)4月14日から平成12年6月23日までの間、合計8回
にわたり、本邦に適法に入国しているのに、一度も難民申請をしていないし、平成11年3月と
平成12年には、生命を奪われるおそれがあると被告人が主張するD支配下のアフガニスタンを
訪れており、このような被告人の行動は、およそ迫害を受けるおそれのある恐怖を抱いていた
者の行動とは相容れない、というのである。
関係証拠によれば、被告人には、所論が指摘するような本邦への入国歴やアフガニスタンへ
の訪問歴があることが認められる。しかしながら、被告人が、平成8年以降、合計8回本邦に
適法に入国し、D支配下にあるアフガニスタンを2回訪問した当時、被告人は、パキスタンや
アラブ首長国連邦(以下「UAE」という。)を拠点にして生活しており、難民申請は最終的な手
段であると考えていたこと、過去8回の本邦入国当時においても、被告人が迫害を受けるおそ
れがあったことは否定されないが、平成13年4月に父親が身代わり逮捕されたことにより、被
告人に対する迫害の危険性がより現実化したものであるから、上記本邦入国当時に比べて本件
犯行当時における迫害の危険性は、著しく高まっているといえること、この間、両親に会うた
めにアフガニスタンを訪問したのはわずか2回であることからすると、過去に本邦で難民申請
していないことや、危険を冒してアフガニスタンを訪問した被告人の行動が、迫害を受けるお
それのある恐怖を抱いていた者の行動として相容れないものとはいえない。所論は採用できな
い。
 次に、所論は、被告人が、平成13年9月12日、福岡入国管理局に対し、難民申請した際、C党
の党員で軍事関係の司令官であるEであると偽って名乗り、難民性を立証するための物証とし
て、D発付の同人に対する拘束令状を提出し、Dに身柄を拘束された旨、殊更虚偽の申立てを
しながら、父親が被告人の代わりに逮捕された事実を申し立てていないし、平成14年(2002年)
1月30日に大阪入国管理局で調査を受けた際、「両親は、2001年8月まで健在であった」と告
げているが、被告人が真に難民に該当する者であれば、虚偽申請をしたり、重要事項について
大きく供述を変遷させたりする必要はないのに、被告人が虚偽申請をし、重要事項について一
貫性を欠く供述をしていることに照らせば、父親の身代わり逮捕に関する被告人の供述は極め
て疑わしく、また、妻子をアフガニスタンに残して、自己1人で亡命したというのは不合理・
不自然である、というのである。
関係証拠によれば、被告人が、所論が指摘するような虚偽の申請をしたことや供述の変遷と
みられる部分のあることが認められる。しかしながら、真実、難民に該当する者であっても、事
柄の性質上、難民該当事由を裏付ける書類等を提出することは極めて困難であるところ、供述
だけでは信用してもらえないとの危惧を抱き、あるいは難民であることを認定してほしいと思
う余り、虚偽の書類等を提出したり、内容を誇張したり虚偽の事情を交えたりして難民申請を
することも十分考えられる。したがって、難民認定の主たる根拠が申請者の供述である場合に
は、申請者の供述内容の真偽を慎重に認定すべきであることはいうまでもないものの、一時期、
供述の中に虚偽が含まれていたり、変遷を生じている場合であっても、単にそのような事由が
あることをもって直ちに供述全体の信用性を否定するというのではなく、虚偽の事実を含む供
述をし、あるいは、供述に変遷を生じた動機や理由、虚偽であることが判明した状況、その後の
供述状況等についても、十分吟味する必要がある。
そして、被告人は、迫害を受けるおそれについて立証できる明確な物証を所持していなかっ
たことや過去に来日歴があることから、自己の体験を供述しても容易に信用してもらえないの
ではないかと危惧し、本名で申請しないほうがよいとの密航ブローカーの助言もあって、入手
していたEに対する拘束令状の写しを提出すれば容易に難民認定をしてもらえると考えて、福
岡入国管理局に対し、虚偽の難民申請をしたこと、その時点で、被告人が、父親の身代わり逮捕
の事実について供述していないのは、自己がDに逮捕された旨虚偽の供述をしていたため、身
代わり逮捕の話をする必要がなかったばかりか、その話をすれば、供述内容に矛盾が生じるな
どつじつまが合わなくなる可能性があったからであること、被告人は、捜査官などからの追及
を受ける前の平成13年11月7日の時点で、大阪入国管理局に対し、自己の名で難民申請をした
際、自発的に福岡入国管理局に対する難民申請が虚偽であることを認めて取り下げたこと、そ
の後は、父親の身代わり逮捕の事実について一貫して述べていることが認められる。このよう
な事情を考慮すれば、被告人が、福岡入国管理局に対し、虚偽の難民申請を行い、父親の身代わ
り逮捕の事実について供述していなかったことには一応の合理性がある。
また、被告人の父親が逮捕されたことと健在であるということは必ずしも矛盾するものでは
ないし、妻子をアフガニスタンに残してきたことについても、身柄の拘束を受けるおそれのあ
る政党の党員本人とその家族とでは迫害を受ける危険性の程度が異なり、Dも女性や子供まで
無差別に攻撃していたわけではないから、1人残された母親の元へ妻子を置いてきた被告人の
行動が直ちに不合理で不自然であるとまではいえない。
そうすると、所論が指摘する事情を考慮してみても、被告人の前記供述の信用性に疑いを差
し挟むものがあるとはいえない。所論は採用できない。
 また、所論は、被告人は、C党の高官ではないし、遅くとも平成8年4月までにC党の活動か
ら完全に身を引いていたものと推認されるところ、そのときから5年も経過した平成13年4月
にDが被告人を逮捕する必要はないことなどに照らせば、父親の身代わり逮捕に関する被告人
の供述は信用できない、というのである。
関係証拠によれば、被告人は、平成7年までカブール市内にあるC党事務所で文化委員会の
一員として通訳等の活動をし、事務所が陥落した後は、パキスタンのペシャワール等に移った
が、仕事の傍ら、ペシャワールにあるC党の事務所で平成10年ころまで活動を続けていたこと、
兵士として戦闘に参加したこともあること、アフガニスタンにおける内戦は、政治的対立だけ
でなく、民族的・宗教的対立に深く根ざし、長年にわたり続いていたところ、勢力を拡大した
Dは、ハザラ人に対する恣意的な逮捕、拘禁や残虐な処刑を繰り返し、Dの指導者は、前記のと
おり、平成12年12月のヤカオランの戦いの後、反Dと見られる13歳から70歳までのすべての
男性を殺害するよう命じていたことが認められる。
そうすると、被告人は、C党の高官ではなく、平成10年以降、その活動を停止して約3年を
経過していたものの、そのことをもって、Dが被告人を逮捕する必要がなくなっていたなどと
いうことはできない。被告人が叔母から聞いた父親の身代わり逮捕の話は、迫真性に富むもの
であり、十分信用することができる。所論は採用できない。
 さらに、所論は、有限会社Fメタル工業所の専務Fが、被告人を雇用するため、平成12年12
月1日及び平成13年8月6日の2度にわたり、被告人の在留資格認定証明書交付の申請をした
り、平成13年4月の時点で、被告人に短期滞在査証の発給申請を勧めていたところ、被告人は、
不法入国後、Fに会った際、父親が身代わり逮捕され、自己の身の危険を感じて不法入国した
ことを打ち明けていないのは、不自然で不合理である、というのである。
しかしながら、Fは、もともと被告人の行っていた中古自動車の部品買付けの取引相手であ
り、転籍により被告人を雇用しようとしていた者ではあるが、身内や親友ではなく、被告人が、
取引上ないし雇用関係上の信頼関係を維持するために、不法入国や難民に関する事実を率直に
告げていなかったとしても、決して不自然なことではない。所論は採用できない。
4 そのほか、所論が指摘する諸事情を全て検討してみても、被告人の供述の信用性は十分である。
そして、被告人が、主観的に、迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているだけでなく、そ
の客観的事情も存在していたというべきである。したがって、被告人について、人種、宗教若しく
は特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるとい
う十分に理由のある恐怖を有するものに該当する、とした原判決の判断は相当である。
第2 被告人が、生命、身体又は身体の自由が害されるおそれのある領域から直接本邦に入ったもの
であるかについて
1 所論は、要するに、原判決は、アフガニスタンではなくUAEを、被告人の生命等が害されるお
それのあった領域と認定したものと思料されるところ、UAEがD政権を承認していることを根拠
に被告人が逮捕されるおそれがあったと認定するが、その承認をもって直ちに被告人が逮捕され
るおそれがあったとするのは完全な論理の飛躍であるし、また、被告人は、平成13年1月15日に
平成16年(2004年)1月14日までのUAE在住許可を得ており、父親が身代わり逮捕されたこと
を知った後も、UAEに滞在し、ドバイのシンガポール領事館で査証を取得して平成13年5月4日
から同月16日までシンガポールを訪問し、同月17日UAEに戻っているのであって、UAEの保護
を十分に受けていたというべきであるから、被告人にとって、UAEが、生命等を害されるおそれ
のあった領域であるとはいえない、というのである。
2 しかしながら、原判決は、被告人が、平成13年4月7日ころ、アフガニスタンからパキスタン
を経由してUAEに戻り、その後、UAEから香港経由で大韓民国に入国し、本法に不法入国した経
過を認定した上で、UAEにおいても、被告人が逮捕されるおそれがあったものといえると判断し
て、被告人が、上記迫害されるおそれのある領域から、中継国を通過して、直接本邦に入ったとい
うことができる旨説示しているのである。すなわち、原判決は、被告人の本国であるアフガニス
タンはもちろんのこと、UAEについても上記迫害されるおそれのある領域と認定しているのであ
って、アフガニスタンを除外してUAEだけを上記迫害されるおそれのある領域と認定したわけ
ではない。
そして、関係証拠によれば、被告人は、父親に対する拷問の結果、UAEにおける被告人の勤務
先や居住先がDの知るところとなれば、UAEの国内においても、身柄を拘束されてアフガニスタ
ンに送還されるなどのおそれがあると感じていたこと、UAEが被告人に対して直接迫害を加える
可能性は考えにくいものの、UAEは、D政権の承認国である上、難民条約を批准していないから、
被告人が難民としての庇護を求めても、その庇護を受けることができないのであって、被告人に
とって、その保護や安全等が保障されない可能性のある国であったことが認められる。また、国
連難民高等弁務官事務所の1999年のガイドラインによる難民の地位に関する条約31条の解釈を
も参考にすると、入管法70条の2第2号所定の「直接本邦に入った」とは、「出身国から、あるい
は庇護希望者の保護、安全や安定が保障されないかも知れない他国から、直接本邦に入った場合
であって、庇護申請をせず、あるいは庇護を受けることなく短期間で中継国を通過した場合を含
む」と解される。
そうすると、被告人は、その保護、安全や安定が保障されないかも知れない他国から直接本邦
に入ったと認められるから、直接性の要件を肯定した原判決の認定は、結論において相当である。
なお、被告人が、ドバイ所在のシンガポール領事館で査証を取得したことは、UAEによる保護
ではないし、被告人は、UAE国内にあるG社の保証の下で期限付きの在住許可を取得していたが、
それは暫定的な効力を有するに過ぎないから、本邦への入国前に、一時期、UAEに滞在していた
ことは、上記迫害されるおそれのある領域から直接本邦に入ったことの認定を妨げるものではな
い。所論は採用することができない。
第3 因果関係について
1 所論は、要するに、UAEは、被告人の生命等が害されるおそれのあった領域ではないし、被告
人は、同国にそのおそれがあることにより本邦に不法入国し、そのまま不法在留したものではな
い、また、被告人は、不法入国直後の平成13年6月19日から、G社の経営者から合計4495万円も
の多額の振込送金を受けてこれを引き落とし、中古自動車部品を買い付けてUAEのドバイに輸
出し、毎月25万円程度の給料を得て生活費等を稼いでおり、就業のみを目的として不法入国、不
法在留したことは明らかであるのに、原判決は、被告人が亡命先に日本を選択した動機の一つと
して日本で就業できることであると認定しながら、被告人が、本国であるアフガニスタン並びに
Dの影響力の強いUAEで迫害されるおそれがあるために日本への亡命を決意した動機も認めら
れ、就業動機の併存は、被告人が難民であることと本件不法入国、不法在留との因果関係を認め
ることの妨げになるものとはいえないと判示して、事実を誤認している、というのである。
しかしながら、前記第2のとおり、UAEは、被告人が難民としての庇護を求めても、その庇護
を受けることができないのであって、被告人にとって、その保護や安全等が保障されない可能性
のある国であったから、所論の前段は理由がない。また、所論が指摘するとおり、被告人が、不法
入国後、日本で就業し、精力的に営業活動を行っていた事実も認められるが、難民も働かなけれ
ば生活費等を得ることができないところ、日本で中古自動車部品等の売買等を行った経験があ
り、日本語で日常会話もできる被告人が、日本での就業を前提として日本を亡命先に選択したこ
とには理由があるし、申請の時期については後述のとおり問題があるものの、被告人は、難民の
申請をしているのであって、就業の動機と亡命の意思は併存し得るものである。したがって、被
告人が難民であることと本件不法入国、不法在留との因果関係を肯定した原判決の認定は相当で
ある。
2 所論は、さらに、被告人の仕事の内容が、海外に出張して中古自動車部品を買い付けて輸出す
るというものであったところ、日本での在留資格認定証明書の交付をなかなか受けることができ
ず、短期滞在査証も入手できなかったこと、不法入国後の精力的な営業活動等からすると、被告
人は、取りあえず、本邦に不法入国して業務に従事し、同証明書の交付を得られないときは、難民
でないのに難民性そのものについて虚偽の申立てをし、不法にその認定を受けようとして、本件
犯行に及んだものと推認される、というのである。
しかしながら、前記第1で認定したとおり、被告人は難民であるし、福岡入国管理局でEにな
りすまして虚偽の申請をしたのは、立証の困難性に由来し、密航ブローカーの助言に従ったから
であると認められる。したがって、難民でないのに難民性そのものについて虚偽の申立てをし、
不法にその認定を受けようとして、本件犯行に及んだものとする上記推認は採用できない。
なお、被告人は、難民申請をするに当たり、入国日や入国経路についても虚偽を述べていたが、
入国日を偽ったのは、入国後60日以内に難民申請をしなければならないことを意識してのことで
あるし、密航船に乗船して横浜港に上陸した旨入国経路を偽ったのは、難民であることの物証の
ない被告人が事実を誇張し、あるいは偽造パスポートを用いたことを秘匿して責任の軽減を図ろ
うとしたものであると考えられるから、これらのことをもって、難民該当性及び因果関係そのも
のに疑義が生じるということにはならない。
3 以上によれば、所論はいずれも採用することができない。
第4 入管法70条の2所定の申出について
1 所論は、要するに、入管法70条の2は、入国審査官に対して同条各号の申出を遅滞なく行うこ
とを要求しているところ、2回にわたる被告人の難民申請はその要件を満たしていない、という
のである。
2 そこで、検討すると、関係証拠によれば、被告人は、偽名の偽造旅券を携帯して、平成13年
(2001年)6月10日、大韓民国の釜山から航空機で福岡空港に到着して本邦に不法入国し、上陸
後、引き続き、平成14年(2002年)2月27日までの間、本邦に不法在留を続けていたこと、その
間の、平成13年9月12日、福岡入国管理局に対し、Eの名義で虚偽の難民申請を行い、同年11月
7日、大阪入国管理局に対し、自己の氏名で難民申請を行ったことが認められる。
ところで、入国審査官に対し、遅滞なく、入管法70条の2各号に該当することの申出をした場
合に限り、難民に対する刑を免除するとの規定は、自首的な要素を含むものと解すべきである。
そうすると、福岡入国管理局に対する本件難民申請は、前記のとおり、被告人が自らの氏名を名
乗ってなされたものではなく、Eという別人名で申請されたものであって、難民の同一性自体を
偽ったものであるから、入管法70条の2所定の申出に当たるということはできない。
また、「遅滞なく」とは、可及的速やかにという意味であるが、単なる時間的長短だけで決めら
れる事項ではなく、不法入国等の罪を犯すに至った事情、不法入国等をした場所、交通事情、本人
の健康状態や会話能力等の個別事情を総合的に判断して、合理的と認められる程度の期間をいう
ものと解すべきである。
関係証拠によれば、被告人は、難民申請する目的で日本に不法入国したこと、日本が難民条約
を批准していることや難民として庇護されるためには、入国後60日以内に入国管理機関に対して
申請しなければならないことを知っていたこと、平成8年以降、合計8回の来日歴があり、日本
国内の地理に通じている上、日常会話ができる程度の日本語の語学力を有していること、不法入
国後、精力的に営業活動をしており、健康状態を害したようなことはなく、国内の移動にも支障
はなかったこと、平成14年2月28日に逮捕されるまでの間、身柄の拘束も受けていないことが認
められる。そうすると、被告人が、大阪入国管理局に対してした上記難民申請は、被告人が申出を
するに当たって必要と考えられる合理的期間を大幅に遅滞したものであるといわざるを得ない。
3 この点、弁護人は、被告人が、その経験から権力機関に対する猜疑心があり、難民の申請をすれ
ば、身柄を拘束されるのではないかと危惧しており、他方で、平成12年12月1日にした在留資格
認定証明書の交付申請が、平成13年6月19日に不交付となったが、滞在国での居住関係が不明確
であるということがその理由であったため、被告人は、必要な書類を準備して、Fに同年8月6
日、2度目の申請をしてもらい、交付を受けることができれば、日本での滞在が合法化されるも
のと考えて、その交付を待っていたこと、同年9月23日以降、H教会のIに難民申請について相
談したが、同人が多忙であった上、そのころ、難民申請をしたアフガニスタン人が摘発されたり
収容されたりしたことがあり、難民申請をためらったことがあるから、被告人の難民申請が同年
11月7日になったことにはやむを得ない事情があると主張する。
しかしながら、権力機関に対する猜疑心や身柄拘束の危惧感については、難民全般に該当する
ことであって、被告人固有の事情ではないこと、在留資格認定証明は、適法な入国を前提にした
ものであって、その証明書が交付されたとしても、不法入国した被告人の滞在が合法化されるも
のではない上、被告人が、在留資格認定証明について何らかの勘違いをしていたとしても、これ
と平行して難民申請を行うことについて格別支障はなかったこと、現に、被告人は、2回目の在
留資格認定証明書の交付を待つ間、偽名を用いたとはいえ、難民申請をしていること、被告人は、
相談を持ちかけたIに対しても、入国日について平成13年8月22日であると偽って伝え、同人の
認識を誤らせていたこと、そして、被告人は、他者の援助を受けなくても、自力で難民申請をする
ことができるだけの十分な知識や能力を備えていたことが認められる。そうすると、弁護人が指
摘する上記事情は、被告人が、入国審査官に対して、合理的な期間内に所定の申出をしなかった
ことについて、やむを得ない事情に当たるとはいえない。
4 したがって、被告人が、入国審査官に対して、入管法70条の2所定の申出を遅滞なく行ったと
は認められないから、その旨認定した原判決には事実の誤認がある。
所論は理由がある。
第5 結論
以上によれば、被告人については、入管法70条の2が定める難民該当性等の実体的要件につい
て、原判決の認定に事実の誤認はないが、被告人が、遅滞なく申出をしたと認定した点で、原判決
には事実の誤認があり、ひいては入管法70条の2を適用した法令適用の誤りがあり、これらが判
決に影響を及ぼすことは明らかである。
論旨は理由がある。
よって、刑訴法380条、382条、397条1項により原判決を破棄し、同法400条ただし書に従い、
更に判決することとする。
(犯罪事実)
原判決が認定した罪となるべき事実と同一である。
(証拠の標目)
当審における被告人の公判供述を加えるほか、原判決が証拠の標目欄に挙示する証拠と同一であ
る。
(法令の適用)
罰条 包括して入管法70条2項、1項1号、3条1項1号
刑種の選択 罰金刑
未決勾留日数算入 刑法21条(原審における未決勾留日数のうち、その1日を金5000円に換算して
その罰金額に満つるまでの分を、その刑に算入する。)
訴訟費用 刑訴法181条1項ただし書(原審分及び当審分につき、被告人には負担させない。)
(量刑の理由)
本件は、アフガニスタンの難民である被告人が、不法入国し、引き続き、8か月余りの間、不法在留
したという事案である。偽造のパスポートを利用して犯行に及んでおり、犯情に芳しくない点もある。
しかし、被告人は、祖国で迫害されるおそれを抱いて、難民申請をする目的で不法入国したのであ
り、その動機や経緯は同情できること、犯行後、遅滞なく難民の申出をしていれば、刑の免除を受ける
ことができる立場にあったこと、不法在留期間も比較的短いこと、相当期間身柄を拘束されているこ
と、前科前歴はないことなど被告人のために酌むべき事情が多々認められる。
そこで、これらの事情を総合考慮して、罰金刑を選択した上、主文のとおり判決する。

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