退去強制令書執行停止申立事件
平成15年(行ク)第7号
申立人:A、相手方:東京入国管理局横浜支局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・菊池章・加藤晴子)
平成15年8月8日
決定
主 文
1 相手方が平成14年12月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、平
成15年8月8日午後3時以降、本案事件(当庁平成15年(行ウ)第14号退去強制令書発付処分取
消等請求事件)の第一審判決の言渡しの日から起算して15日後までの間、これを停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は、これを2分し、その1を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とする。
理 由
第1 申立ての趣旨
相手方が平成14年12月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本
案事件(当庁平成15年(行ウ)第14号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の判決確定までの
間これを停止する。
第2 申立ての理由
本件申立ての理由の要点としては、申立人は、アフガニスタン国籍を有する者で平成12年8月
に来日し、平成13年2月に難民申請をしたのに対し、法務大臣が同申請を認めず、申立人の法49
条1項の異議の申出に対して、在留特別許可を認めずに同異議の申出に理由はない旨の裁決(以
下「本件裁決」という。)をしたことにつき、法務大臣の判断には明白な裁量権の逸脱ないし濫用
があって違法であり、これを前提とする申立人に対する退去強制令書発付処分(以下「本件退令
発付処分」という。)は違法なものである上、本件退令発付処分は、難民を迫害のおそれのある国
に送還することを禁じた難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)33条(ノン・ルフ
ールマン原則)に違反する点、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は
刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」という。)1条1項が定義する「拷問」の行われるおそ
れがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国への追放、送還又は引渡しに該当し、同条
約3条1項に違反する点で違法であり、さらに相手方独自の裁量権についても警察比例の原則に
反する逸脱濫用があり、違法なものであって、本件退令発付処分は取り消されるべきであるから、
本件は「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に当たらず、申立人
には本件退令の収容部分及び送還部分のいずれについても回復困難な損害を避けるために執行停
止を求める緊急の必要性が認められるというものである。
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第3 当裁判所の判断
1 退去強制令書発付処分と行政事件訴訟法25条2項及び3項所定の要件
 行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって生ずる損
害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、損
害の性質、態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でないと
認められる場合をいう。
そして、この「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件は、一般に執
行停止の必要性の大小を判断するための要件であるといわれるところ、この必要性の判断を行
うに当たっては、民事保全手続における保全の必要性と本案の疎明の程度の関係と同様、当該
処分が違法である蓋然性の程度との相関関係を考慮するのが相当である。すなわち、発生の予
想される損害が重大で回復可能性がない場合には、同条3項に定める「本案について理由がな
いとみえるとき」との消極要件該当性は相当厳格に判断すべきであるのに対し、損害が比較的
軽微で回復可能性もないとはいえないときは、上記の消極要件該当性は比較的緩やかに判断す
るのが相当である。
 このような観点から、外国人に対する退去強制令書発付処分の執行停止における執行停止の
必要性について検討するに、まず、同処分中の送還部分については、これが執行されると、申立
人の意思に反して申立人を送還する点で、そのこと自体が申立人にとって重大な損害となり、
仮に申立人が本案事件において勝訴判決を得ても、その送還前に置かれていた原状を回復する
制度的な保障はないことに加え、申立人自身が法廷において尋問に応ずることが不可能となっ
て立証活動に著しい支障を来し、訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打合せができな
くなるなど、申立人が本案事件の訴訟を追行することが著しく困難になり、遂には違法な処分
を是正する機会すら奪われる可能性も高いことを考慮すれば、この部分については、行政事件
訴訟法25条3項にいう「本案について理由がないとみえるとき」との消極要件該当性を相当厳
格に判断するのが相当であり、申立人の主張がそれ自体失当であるような例外的な場合を除
き、この消極要件を具備しないものとするのが相当である。
次に、退去強制令書発付処分中の収容部分についてみると、その執行により申立人が受ける
損害としては、通常、収容によってそれまで行っていた社会的活動の停止を余儀なくされるこ
とや心身に異常を来すおそれのあることが挙げられるが、それら以上に、身柄拘束自体が個人
の生命を奪うことに次ぐ重大な侵害であって、人格の尊厳に対する重大な損害をもたらすもの
であって、原状回復はもとより、その損害を金銭によって償うことは社会通念上容易でないこ
とに十分留意する必要がある(従来、この点については、ややもすると十分な考慮がされず、安
易に金銭賠償によって回復可能なものとの考え方もないではなかったが、そのような考え方は
個人の人格の尊厳を基調とする日本国憲法の理念に反するものというほかない。)。これらによ
ると、収容部分の執行によって生ずる損害も相当に重大かつ回復困難なものであるが、送還部
分の執行が停止されるならば、訴訟の進行自体への影響は比較的少なく、違法な処分を是正す
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る機会まで奪われる事態は生じないことを考慮すると、送還部分の執行によって生ずる損害よ
りは軽微なものといわざるを得ない。したがって、この部分の執行停止の可否を判断するに当
たっては、「本案について理由がないとみえるとき」との消極要件該当性をそれほど厳密に判断
する必要はなく、通常どおり、本案について申立人が主張する事情が法律上ないとみえ、又は
事実上の点について疎明がないときと解すれば足りるのである。
 上記のように解すると、送還部分のみならず収容部分についても執行停止がされることが多
くなり、後に本案において申立人の敗訴が確定したとしても、それまでの間に、申立人が逃亡
して退去強制令書の執行が困難となったり、申立人が違法な活動をするおそれが生ずるとの危
惧が生じないでもない。
しかし、そのような点、すなわち、収容部分の執行停止の申立てについて判断する時点にお
いて、申立人の身元が不確かであるから逃亡のおそれがあり、将来の退去強制が困難となると
認められる場合には、そのこと自体が我が国の公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある
との消極要件に該当すると認められるし、申立人のそれまでの行状等からして、収容しなけれ
ば違法な活動を行うおそれがあり、それが我が国の公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが
あると認められる場合にも、同様に当該申立てについては、消極要件に該当するものとして却
下することができるものである。
2 本件における執行停止の要件の有無
 執行停止の必要性(行政事件訴訟法25条2項)
本件処分によって申立人が受ける損害については、少なくとも上記1で説示した退去強制
令書発付処分によって一般的に生ずる損害はすべて生ずることが明らかであるから、送還部分
のみならず収容部分についても執行停止の必要性があると認められる。
さらに、各疎明資料(疎甲99、100の1・2、101、104ないし106、疎乙3の1ないし4)によ
れば、申立人は、収容されて以降、胃痛、両膝痛、腰痛、不眠、歯痛、便秘、足首痛等を訴えて、
計30回近くにわたる庁内診療及び複数回の外部診療を受け、処方薬の処方を受けていること、
少なくとも両膝変形性関節症、腰部椎間板ヘルニア及び心臓神経症、心因反応(身体化障害の
疑い)と診断された上、狭心症についても疑われていることが認められる。これらの点に関し、
相手方は、収容により病状が悪化し、生命の危険が生じるような状態は考えられず、収容を継
続することに特段の問題はない旨を主張するが、申立人は、腰部椎間板ヘルニアによる痛みや、
心臓の痛みは収容後に悪化したものと述べていること、池田病院伊藤医師は、心因反応につい
て、専門医による診断が有益である旨を述べ(疎乙3の4)、港町診療所の山村医師は、上記各
症状が、収容によるストレスが原因となっており、収容後悪化している旨を述べていること(疎
甲104、105)が認められる。そうすると、申立人について、仮に申立人の収容をこのまま継続
したとすれば、心身の異常が固定化されるなど回復し得ない結果となることも考えられるので
あり、申立人の収容を解く必要性も高いものといわざるを得ない。
 本件退令の送還部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否か
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ア 申立人は、本案事件において、本件処分の取消しを求める理由の一つとして、本件退令に
おいて送還先をアフガニスタンとしたことが難民を迫害のおそれのある国に送還することを
禁じた難民条約33条1項、法53条3項のノン・ルフールマン原則に違反している旨主張し
て本件処分の取消しを求めている。したがって、申立人が難民であると認められる場合には、
本件退令において難民である申立人の送還先を迫害のおそれのあるアフガニスタンとした点
でノン・ルフールマン原則違反があることとなり、少なくとも本件処分の送還部分が違法と
なり得るものであるから、まず、申立人の難民該当性について検討する。
イ 疎明質料(疎甲1ないし94、枝番を含む。)及び本案事件の証拠(乙5ないし29、31、32、
43ないし51)によれば、申立人の出身国であるアフガニスタンの情勢及び申立人につき、次
の事実が一応認められる。
ア アフガニスタンにおいては、現在の最大規模の民族であるパシュトゥーン人と、1800年
代まで自国を有していたハザラ人との間で民族的対立があったほか、パシュトゥーン人と
他の少数民族との対立、タジク人とハザラ人との対立などの少数民族間の対立や、イスラ
ム教スンニ派とイスラム教シーア派との対立も重なって、根深い対立が続いている。
イ 昭和54年(1979年)12月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、ソ連の支援下で共産主義
のカルマル政権が成立したが、イスラム原理主義を中心とするムジャヒディーン(イスラ
ム聖戦士達)がソ連及びカルマル政権に対する抵抗運動を開始し、以後、内戦状態となっ
た。昭和61年(1986年)5月には、カルマルからナジプラへと政権が引き継がれたが、平
成元年(1989年)2月にソ連軍が撤退し、平成4年(1992年)4月にはナジブラ政権は崩
壊して、ムジャヒディーン各派による連立政権が成立したものの、各派間での主導権争い
などにより内戦が激化した。
ウ 平成5年(1993年)2月には、当時のアフガニスタン政権における大統領であったグル
バディン・ラバニとその指示を受けたアーマド・シャー・マスード(以下「マスード将軍」
という。)に率いられたタジク人イスラム教スンニ派のグループであるイスラム協会と、ア
ブドゥル・ラスル・サヤフ(以下「サヤフ」という。)の率いるアフガニスタン解放イスラ
ム同盟が、カブール西部を急襲してハザラ人を多数殺害した。
平成7年(1995年)3月には、マスード将軍の率いるイスラム協会のグループが、ハザ
ラ人や他党派の居住する区域を占拠し強奪などを行った。
エ 平成8年(1996年)9月末、南部より勢力を拡大したイスラム原理主義の新興勢力タリ
バンが首都カブールを制圧して暫定政権の樹立を宣言し、以後、タリバンに反抗するムジ
ャヒディーン各派のイスラム協会(マスード将軍などスンニ派のタジク人指導者や有力者
を主体としている。)、アフガニスタン・イスラム統一党(ハザラ人に支持されるシーア派
のグループ。)、アフガニスタン国民イスラム運動(ウズベク人を主体とする。)及びアフガ
ニスタン解放イスラム同盟(サヤフが率いている。)の四大勢力の統一戦線とタリバンとの
内戦が続いた。
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統一戦線は、タリバンによりカブールを追われた政府であるアフガニスタン・イスラム
国(以下「旧政府」という。)を支持しており、旧政府の最高指導者であるグルバディン・
ラバニが統一戦線の形式上の指導者とされていた。タリバンは、平成13年10月ころには国
土の9割を掌握しており、アフガニスタンを実質的に支配していた。タリバンは、パシュ
トゥーン人を主体としており、宗教としてはイスラム教スンニ派を信仰する者が多かった
ことから、人種又は宗教等を理由として、少数民族であるハザラ人、タジク人、ウズベク人
などを迫害し、特に、ハザラ人の多くがイスラム教シーア派であることから、ハザラ人に
対しては、組織的な殺害を含む迫害を加えていた。
オ しかし、米国におけるいわゆる同時多発テロを契機とした米英軍の空爆と統一戦線によ
る攻撃により、平成13年12月には、タリバンは統治機能を喪失した。そして、同月22日に
は、アフガニスタン暫定政権が発足し、我が国は同月20日、同月22日付けで同政権を承認
した。同暫定政権は、パシュトゥーン人のハミド・カルザイ元外務次官を首相に相当する
議長とし、合計30人の閣僚で構成され、うち11人がパシュトゥーン人、8人がタジク人、
5人がハザラ人、3人がウズベク人、その他が3人であった。
カ 暫定政権成立後のアフガニスタンについては、パキスタン等の隣国に逃れていた避難民
の大量帰国を報じる新聞報道もある一方で、治安の悪化を懸念する報道もされており、さ
らには、暫定政権の成立に向けた交渉過程で、ラバニ元大統領派のタジク人が政権の要職
を占めつつあったことに対して、ウズベク人の指導者であるドスタム将軍やクルド人の指
導者であるイスマイル・カーン司令官が暫定行政機構への参加を一時見送ろうとしたこと
や、暫定行政機構の中心となっているパシュトゥーン人については、以前にあった部族有
力者らの腐敗と権力闘争が再燃するおそれがあることなどから、暫定行政機構には全土統
一を達成できるだけの軍事力もなく、カリスマもイデオロギーもないとして、タリバンに
よる政権掌握前の内戦状態に後戻りすることを危慎する報道もされていた。
キ 平成14年6月には、アフガニスタンの最高意思決定機関である緊急ロヤ・ジルガ(国民
大会議)が、国家元首となる移行政権の長に暫定政権のカルザイ議長を選出し、同月19日、
カルザイ議長が大統領に就任した。同移行政権には、イスラム統一党の指導者であるカリ
ム・ハリリ氏が副大統領に氏名されたほか、ハザラ人の閣僚が5名選出された。しかしな
がら、同年9月には、タリバンの元有力司令官の甥によるカルザイ大統領の暗殺未遂事件
が発生するなどタリバン自体が完全に勢力を失ったとはいい難い状態にある上、申立人が
来日前に居住していたヘラート州では、タジク人のイスマイル・カーン州知事が軍閥化し
て中央政府とは独自の統治を行い、パシュトゥーン人もまた武装して同知事配下の部隊と
小競合を続けている状態にあるほか、本件退令発付処分の直前である同年11月30日から
12月1日にかけては、ヘラート州南隣のファラー州のシンダンド空軍基地周辺で、イスマ
イル・カーン率いるタジク人部隊と、パシュトゥーン人居住地域を拠点とするアマヌラ・
カーン率いる部隊が衝突し、13名が死亡する等、移行政権成立後においても、アフガニス
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タンの治安を揺るがす事件が頻繁に発生している。
ク 申立人は、《日付略》にアフガニスタンの《地名略》で生まれたハザラ人男性で、信仰す
る宗教はイスラム教シーア派である。
《経歴略》
そこで、申立人は、平成13年(2001年)2月26日付けで、法務大臣に対し、難民認定申
請をしたが、法務大臣は、平成14年(2002年)3月28日、難民不認定処分をした上、異議
の申出に対し、同年12月4日付けで理由がない旨の決定をした。
ケ 申立人は、平成13年11月16日、東京入管横浜支局において、在留期間更新申請をしたが、
平成14年5月9日、東京入管局長は、これを不許可としたため、申立人は、同日以後不法
残留となった。
ウア 以上の事実に対し、相手方は、タリバン崩壊後のハザラ人の状況について、アフガニス
タン移行政権には、ハザラ人閣僚も選出されていること、カブール市内、ガズニ市内及び
ガズニー州のジャゴリにおいて、ハザラ人に民族的問題はないとする旨の報告書が存在す
ることや、本邦に在留していたハザラ人の中にも本国が安全になったとして帰国する者も
いること等を指摘して、本件処分時には、アフガニスタンにおいてハザラ人に対する迫害
は存在しなかったことを主張する。
しかしながら、現に帰国したハザラ人の本国における地位や出身地は全く不明であるか
ら、その者らの事例を本件に軽々に当てはめることはできないし、前記認定事実によれば、
申立人については、タリバン政権崩壊前において、人種・宗教により迫害を受けるおそれ
があるという十分に理由のある恐怖を有していたものと一応認められるものというべきで
あるから、その後の本件処分時において難民該当性が認められないというためには、上記
のような恐怖が完全に払拭できると認めるに足る変化が生じた事実が認められることが必
要であると解される。そして、相手方提出の疎明資料の中には、相手方の主張に沿うよう
な資料も見受けられるものの、アフガニスタンにおいては、移行政権成立後においても、
移行政権を構成する民族及び宗派のグループがタリバン政権時以前から歴史的に対立抗争
を繰り返していたことなどから、今後の政権の安定及び治安にはいまだ大きな不安がある
というべきであり、前記認定事実の中にも、実際に民族間及び同一民族間で戦闘が繰り広
げられた事実が認められるところである。そして、特に、ハザラ人については、国内で多数
を占めるパシュトゥーン人からもタジク人からも追害されてきた歴史があるところ、申立
人の自宅のあるヘラート州では現在でもタジク人とパシュトゥーン人がともに武装して争
っていて中央政府の統治が十分に及んでいないことにかんがみると、ハザラ人でありイス
ラム教シーア派を信仰する申立人については、本件処分時においても、人種、宗教により
迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を完全に払拭できたと断定し得る
か否かについては、現在の疎明資料からは不明というほかない。
イ また、相手方は、申立人がワハダット党への多額の寄付の事実を退去強制手続において
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何ら供述していなかったことや、申立人のタリバン政権崩壊後においてもシーア派ハザラ
人が迫害を受けるおそれがあることに関する供述は具体性に欠けること等を指摘して、申
立人の主張は、いずれも迫害を受けるおそれを基礎付けるものとはいえないと指摘する。
しかし、一般に難民は、身体的又は精神的に強度のショックを受けていることが多いこ
とから、苦痛の原因となった出来事を話すことによる感情の再体験に強いためらいを感じ
ることや意識的か無意識的かを問わず、過去の特定の出来事しか思い出せないことも多
く、また、日付や場所、距離、事件や重大な個人的体験までも混乱することがあると認めら
れ、体験すべてを正確に記憶していたり、表現したりしなければ信憑性がないと断ずるこ
とはできない。また、本件においては、申立人の入国警備官に対する事情聴取が、通訳人を
介することなく日本語で行われていることが認められること(本案事件の乙8、9の1、
11)、申立人のような立場の者が、取調官に対して信頼感を抱くことは容易でないことな
どにかんがみれば、申立人の退令手続段階の供述や難民認定手続段階の供述に具体性が欠
ける点があり、あるいは、申立人の信頼を受けた代理人が十分な時間をかけて事情聴取を
したことにより新たな事案が判明したとしても何ら不自然ともいえない。
ウ さらに、相手方は、申立人が、本邦内で有限会社を設立し、当時申立人が有していた在留
資格である「短期滞在」で許可される範囲外の活動をしていたことを指摘し、申立人は、資
格外活動を続けた挙げ句に、不法残留した者にすぎない旨を主張する。しかしながら、申
立人が、仮に本邦において積極的に資格外活動を行っていたとしても、その一事をもって、
申立人の難民該当性を否定する事実ということはできないし、申立人自身、難民該当性が
生じる以前から本邦内において中古車部品の買い付けを行っていたこと自体は認めている
こと、難民認定申請を行ったのは、不許可とされた在留期間更新申請をするよりも以前で
あることに照らせば、仮に積極的な資格外活動の事実が認められるとしても、そのことに
よって申立人の難民該当性に疑問が生ずるものとは断じ得ないというべきである。
エ よって、本件処分が、本件退令において申立人の送還先をアフガニスタンとした点で、難
民を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民条約33条1項、法53条3項のノン・
ルフールマン原則に違反し取り消されるべきである旨の申立人の主張については、直ちに失
当のものであるということができないのはもちろんのこと、申立人の主張するその余の違法
事由の当否は別にしても、本件処分の取消しを求める請求が第一審における本案審理を経る
余地がないほどに理由がないということはできない。確かに、相手方が申立人の難民該当性
について指摘した各点は、十分に検討すべき事項ではあるが、その指摘によっても現段階に
おいて本案に理由がないと断ずることまでは困難であり、むしろ、それらの点を含めて本案
訴訟において十分に解明すべきであって、現段階においては、本件申立てが、「本案について
理由がないとみえるとき」に該当すると認めることはできない。
 本件退令の収容部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否か
ア 申立人が難民に該当し、申立人の送還先をアフガニスタンとした点でノン・ルフールマン
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原則に違反するとしても、これにより取り消されるべき範囲は、本件退令のうち送還先を指
定した部分にとどまり、本件退令の収容部分については別途その適法性を考慮しなければな
らないとの解釈もあり得ないではない。
そこで、以下において、本件退令の収容部分の適法性について別途検討する。
イ 難民条約は、31条2項において、締約国は、同条1項の規定に該当する難民(その生命又
は自由が同条約1条の意味において脅威にさらされていた領域から直接来た難民であって許
可なく当該締約国の領域に入国し又は許可なく当該締約国の領域内にいる者)の移動に対し
必要な制限以外の制限を課してはならない旨規定するところ、同項は、難民が正規の手続・
方法で入国することが困難である場合が多いことにかんがみ、対象者が不法入国や不法滞在
であることを前提としてなお、移動の制限を原則として禁じているのであるから、難民に該
当する可能性があるものについて、不法入国や不法滞在に該当すると疑うに足りる相当な理
由があることのみをもって、退去強制令書を発付して収容を行い、その移動を制限すること
は、難民条約31条2項に違反するといわざるを得ない。そして、難民条約が国内法的効力を
有することにかんがみれば、主任審査官は、不法入国者が難民である場合には、不法入国の
みを理由にその者の身柄を拘束することは許されないのであり、その者が有罪判決を受ける
など不法入国以外の退去強制事由が生じた場合やその者の身柄が不安定であり移動の制限を
行わなければ第三国への出国まで難民としての在留状況の把握が困難になる等移動の制限が
必要な特段の事情がある場合にはじめて退去強制令書の発付が可能となるのであって、論理
的には難民該当性の判断を退去強制令書発付の判断に先行させる必要があるというべきであ
る。このような解釈を前提とすると、主任審査官としては、実務的には、退去強制令書の発付
を行うに際して、法所定の要件に加え、対象者が難民に該当する可能性を検討し、その可能
性がある場合においては、同人が難民に該当する蓋然性の程度や同人に対し移動の制限を加
えることが難民条約31条2項に照らし必要なものといえるか否かを検討する必要が生ずる。
このように移動制限の必要性を難民該当性の蓋然性との比較において検討するとの運用を行
う限りにおいては、難民に該当する可能性が否定し得ない限り一切退去強制手続における収
容ができないというような硬直的な運用を避けつつ、収容の必要性を具体的に検討した上で
退去強制令書の発付とその収容部分の執行をすべきこととなり、まさに難民条約の要請する
ところに合致する運用が可能となるというべきである。
ウ そこで、本件では、申立人は難民としての保護を受けるべき地位にあると一応認められる
ところ、本件退令の発付に当たって、その執行が、難民条約31条2項所定の必要な移動の制
限といえるかについて検討する必要がある。また、収容部分のように、相手方の自由を制限
する処分については、たとえ処分要件が満たされていても、処分権限を発動するか否かにつ
いては処分庁の裁量に委ねられており、当該処分によって相手方の受ける不利益と当該処分
をしないことによって生ずる公益への影響を勘案し、前者を避けるためには後者を甘受する
こともやむを得ないと認められる場合には、当該処分を行うべきではないと考えられるか
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ら、この観点からも、申立人の収容の必要性については慎重な検討が必要と解される。
本件においては、本案事件の証拠(乙8、9の1、11)によれば、申立人は、収容令書により
収容される前において、任意同行を求められてこれに応じ、あるいは、入国管理局からの呼
び出しに応じて出頭していることが認められる。また、疎明資料(疎甲97、103、106)によ
ると、申立人が代表取締役を務める前記aに、従業員として約3年間勤務しているCが、申
立人の収容後も週に2、3回程度面会に訪れた上、申立人が収容を解かれた際には、自宅に
引き取り面倒を見ることについて誓約しているほか、申立人の代理人弁護士も、申立人の監
督を誓約していることが認められる。そうすると、申立人については、逃亡のおそれがある
ものとも解し難いから、収容の必要性が高いものということはできない。
エ 以上によると、本件退令の収容部分については、送還部分とは別の理由で、難民条約31条
2項に反する違法なものとなる可能性が十分存し、また、警察比例の原則の観点からも疑問
があるものというべきであるから、行政事件訴訟法25条3項の「本案について理由がないと
みえるとき」には該当しない。
 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当す
るかどうかについて
相手方は、退去強制令書の収容部分の執行停止につき、退去強制令書の発付された外国人に
対して、収容部分の執行を停止することになれば、適法に入国・在留している外国人ですら、
法により在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金
の納付等の相当程度の制約が存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規
制を受けることがなく、全く放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果
となるが、このことは、裁判所が退去強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を
招来し、行政事件訴訟法44条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外
国人管理の基本的支柱たる在留資格制度(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮
放免における保証金納付等に対応する措置を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の
手段がないままに逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態が出現することも十分に予
想されるところであり、かかる在留形態の存在は、在留資格制度を根幹として在留外国人の処
遇を行っている法上からは到底容認し得ないもので、出入国管理に関する法体系を著しく乱す
こととなるものといわざるを得ない旨主張し、また、送還部分の執行停止については、本案訴
訟の係属している期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能にすること
になり、出入国管理行政の長期間停滞をもたらすことになる旨主張し、このような事態を招く
退去強制令書の執行の停止は、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留し、退去強制処分
に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長するものであるから、
公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
しかし、本件執行停止の可否は、前記説示のとおり、行政事件訴訟法25条所定の要件の存在
を判断した上でされるものであり、同条2項によって執行停止の申立てを却下するためには、
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当該処分の執行を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることが具
体的に認められなければならないところ、相手方が主張するところは、いずれも退去強制令書
の執行停止による一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であって、本
件において、本件退去強制令書に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすお
それがあるとの事情をうかがわせる疎明はない(なお、申立人について、逃亡のおそれがある
ものということもできないことは、前記のとおりである。)。
また、難民条約31条2項は、不法滞在している難民についても、締約国は当該難民に第三国
への入国許可を得るために妥当と認められる期間の猶予及びこのために必要なすべての便宜を
与えることとしているが、我が国においては、このような不法滞在している難民が第三国へ出
国するまでの間、当該難民に生活上の支援を与える旨の法制度は整備されていないのであるか
ら、当該難民は第三国に出国し得る状況となるまでの間自ら生計を立てるために活動せざるを
得ない立場に置かれているのであり、このような観点からすると、申立人が難民としての保護
を受けるべき地位にあると一応認められる以上、本件執行停止決定により、在留活動を許容す
る仮の地位を与えるのと異ならない状態が生ずることもやむを得ないことというべきである。
3 結論
よって、本件申立ては、主文第1項記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分
は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民
事訴訟法61条、64条本文を適用して、主文のとおり決定する。

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