損害賠償請求控訴事件
平成15年(ネ)第581号(原審:東京地方裁判所平成10年(ワ)第3147号)
控訴人:国、被控訴人:A
東京高等裁判所第17民事部(裁判官:秋山壽延・堀内明・志田博文)
平成15年8月27日
判決
主 文
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴人
主文と同旨
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2 事案の概要等
事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」
の1、2、3の、、4の、に記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の証拠目録記
載のとおりであるから、これらを引用する。
(控訴人の補足的主張)
1 国家賠償法1条1項にいう「違法」とは、権利ないし法益の侵害があることを前提とし、公権力
の行使が、当該公務員の職務上の法的義務(公権力の行使に当たって遵守すべき行為規範)に反
することを意味し、したがって、当該公権力の行使が国家賠償法上違法であるか否かは、権利な
いし法的利益を侵害された当該個別国民に対する関係において、その損害につき国又は公共団体
に賠償責任を負わせるのが妥当かどうかという観点から、行為規範(職務上の法的義務)違背が
あるか否かにより判断されるべきものである。しかるところ、以下のとおり、本件における被控
訴人には国家賠償法上保護の対象となる権利ないし利益が存在せず、また、東京入管局長の本件
処遇については公務員の職務上の法的義務違反も存在しない。
 国家賠償法上保護の対象となる権利ないし利益の不存在
国際慣習法上、国家が、どのような外国人を受け入れるか、逆に、どのような外国人を好まし
くないものとして排除するか、また、外国人を排除する場合にどのような手続によるか等につ
いては、主権国家の自由裁量にゆだねられている。こうした国際慣習法を受けて、我が国にお
- 2 -
いては、被収容者の処遇に関し、入管法61条の7第1項において、被収容者の権利・利益に配
慮した適正な処遇を図るとの観点から、「入国者収容所又は収容場に収容されている者(以下
「被収容者」という。)には、入国者収容所又は収容場の保安上支障がない範囲内においてでき
る限りの自由が与えられなければならない。」と規定して被収容者の処遇に関する基本原則を
定め、さらに、同第6項を受けて被収容者処遇規則が定められている。そして、被収容者処遇規
則28条は、被収容者の運動に関し、「所長等は、被収容者に毎日戸外の適当な場所で運動する機
会を与えなければならない。ただし、荒天のとき又は収容所等の保安上若しくは衛生上支障が
あると認めるときは、この限りでない。」と規定しており、同条は、被収容者に戸外運動の機会
を与えなければならない旨を定めているが、これは入管法61条の7第1項において被収容者に
は収容施設における保安上支障のない範囲内においてできる限りの自由を与えなければならな
いと定めているとともに、併せて、戸外運動が被収容者の健康保持に資するものであることを
考慮し、被収容者に戸外運動の機会を与えることを通じて、上記のような被収容者の権利ない
し利益を保障しようとしたものである。これを被収容者の権利ないし利益との関係でいえば、
被収容者処遇規則28条は、被収容者が戸外運動の機会を付与されることそのものを権利ないし
利益として保障したものではなく、収容施設の保安上支障のない範囲内において、被収容者の
健康保持に対する配慮を含めて、できる限りの自由が与えられることを保障したものである。
以上のような入管法61条の7及び被収容者処遇規則28条の趣旨からすると、被収容者の戸外
運動の機会の付与そのものが、国家賠償法上保護されているものとは解されないから、被収容
者に戸外運動の機会自体が与えられない処遇が国家賠償法1条1項の違法性を帯びるものでは
ない。
 国家賠償法上の違法の前提となる公務員の職務上の法的義務違反の不存在
入管法61条の7第1項における「保安上支障」とは、被収容者の身柄を平穏裡に確保する上
で不可欠の収容所等内の規律及び秩序を害し、又は害するおそれのある場合をいうものと解さ
れるところ、本件収容場には戸外運動場がなく、当時の同庁舎の物的設備及び人的体制の実情
にかんがみると、被収容者の逃亡の阻止に万全を期し難いなど、保安上の支障がない状態で被
収容者に戸外運動をさせることは事実上不可能であった。したがって、本件収容場において被
収容者に戸外運動を実施したとすれば、被収容者が逃亡するおそれが極めて高く、収容場の規
律及び秩序を維持する上で重大な支障が生ずるとして、被収容者に戸外運動の機会を与えなか
ったことについては、やむを得ない理由があったのであるから、「保安上支障」があるとした東
京入管局長の判断には合理性があり、入管法61条の7第1項及び被収容者処遇規則28条に反
しない。なお、保安上の配慮がなされた戸外運動場が存在しない東京入管第二庁舎が収容場と
されていたことについては、退去強制手続に係る入管法違反事件の急激な増加等やむを得ない
事情があったものであり、かつ、これを解消するとともに収容場における処遇環境の向上を図
るために相当の努力がなされてきたものであって、あえて戸外運動場のない収容施設を設置、
運用していたものではなく、合理的な設置、運用が行われていたものである。そして、本件収容
- 3 -
場においては、被収容者の健康保持に対する配慮を含め、被収容者に保安上支障のない範囲に
おいてできる限りの自由を与える運用がなされていたこと、また、本件においては東京入管第
二庁舎を収容場所とすることに合理性があったことなどからすると、東京入管においては、収
容場の保安上支障のない範囲内において、被収容者の健康保持に対する配慮を含めて、できる
限りの自由を与えていたことが明らかであって、現実に被控訴人においても具体的に健康状態
が悪化した等の事情が認められないことも考慮すれば、被控訴人に対する処遇について国家賠
償法上「違法」と評価されることがないことは明らかである。
2 仮に、本件処遇に何らかの違法が存したとしても、国家賠償法上てん補されるべき損害があっ
たといえるためには、単に処遇に行政法規上の違法性があっただけでは足りず、健康状態の悪化
等の具体的な法益の侵害が必要というべきである。本件における証拠関係によれば、本件収容中
に被控訴人に健康上の変化が何ら生じていないなど、被控訴人には何らの具体的損害が生じてい
ない。
したがって、被控訴人には国家賠償法上賠償されるべき損害が存在しないことは明らかであ
る。
(控訴人の補足的主張に対する被控訴人の反論)
1 控訴人は、被収容者処遇規則28条は被収容者が戸外運動の機会を付与されることそのものを
権利ないし利益として保障したものではなく、収容施設の保安上支障のない範囲内において、
被収容者の健康保持に対する配慮を含めて、できる限りの自由が与えられることを保障したも
のである旨主張するが、このような解釈は文理上無理がある(控訴人の主張する程度の利益を
保障するのであれば、例えば「入国者収容所の所長等は、被収容者の健康保持のために、できる
限り自由を与えなくてはならない。」という一般条項を定めれば足りるはずである。)。被収容者
処遇規則28条は、戸外運動固有の機能に着目して、その機会を与えることを保障するために特
別に設けられた規定とみるほかはなく、控訴人の主張するような解釈は到底採り得ない。そも
そも、運動をする権利ないし利益は、被収容者処遇規則28条により創設的に認められるもので
はない。被収容者は、収容によって身体移動の自由を制限されることになるが、その制限は必
要最小限でなくてはならない。収容されたからといって、その者の人権を完全にはく奪するこ
とが許容されるわけではなく、収容の目的に照らして制限する必要のない自由は、被収容者が
生来有する人権として、いわば「残されている」状態にある。運動する権利も、被収容者が人と
して当然に有する権利なのであり、入管法や被収容者処遇規則によって創設される権利ではな
い。収容によって身体の自由が相当程度奪われるが、これ以上被収容者から奪うことのできな
い最低限度のものとして、被収容者処遇規則28条は毎日1回の運動の機会を被収容者に留保し
たのである。
 控訴人は、入管法61条の7第1項及び被収容者処遇規則28条の「保安上必要があるとき」に
ついて、被収容者が現に収容されている収容施設の物的設備及び人的体制の状況を前提とした
上で、保安上支障があると認めるときという趣旨であるとの解釈を主張する。しかし、入管法
- 4 -
61条の7第1項及び被収容者処遇規則28条は、物的設備及び人的体制が被収容者にできる限
りの自由を与えることができるように整備されていることを当然の前提としているものであっ
て、整備・充実を怠った物的設備、人的配置を前提としたものではない。したがって、収容所長
及び地方入国管理局長は、その権限の範囲においては物的設備及び人的体制についても被収容
者の自由をできる限り保障するよう措置する義務があり、このような義務が果たされているこ
とを前提として、なお個別具体的な当該被収容者の事情や収容施設の個別かつ特別な事情によ
って、逃亡のおそれがある場合が入管法61条の7第1項及び被収容者処遇規則28条の「保安上
必要があるとき」であると解される。しかるところ、控訴人は上記のような事情は何ら主張せ
ず、当時の看守勤務要員人数を示すのみであるから、保安上支障があったことの主張としては
失当である。
2 戸外運動の機会を保障された収容とその機会が奪われた収容とでは被収容者にとってストレス
に差があることは明らかであり、その差は違法行為による損害である。また、精神的肉体的健康
保持の上で不可欠な営みを奪われたことは、自己の健康について不安感を生じさせることは明ら
かであり、この精神的苦痛は損害である。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件控訴に係る部分についての被控訴人の請求(本件収容中に東京入管が被控訴
人に対して戸外運動の機会を与えなかったことを違法として損害賠償を請求する部分)はいずれ
も理由がないものと考えるが、その理由は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」
中の「第3 争点に対する判断」の1、9の、に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 原判決書27頁17行目の「甲」の次に「29の1、」を加え、29頁9行目の冒頭から31頁10行目の
末尾までを次のとおり改める。
「イ 被収容者処遇規則28条は、上記のとおり被収容者に戸外運動の機会を与えなければなら
ない旨を定めているが、これは入管法61条の7第1項において被収容者には収容施設における保
安上支障のない範囲内においてできる限りの自由を与えなければならないと定めていることを受
けて、戸外運動が被収容者の健康保持に資するものであることを考慮し、被収容者に戸外運動の
機会を与えるべきことをより具体的に定めたものと解される。しかしながら、被収容者に戸外運
動の機会を与えなければならないとの要請も絶対的なものではなく、同条においては、所長等が
「荒天のとき又は収容所等の保安上若しくは衛生上支障があると認めるとき」はこの限りではな
いものと定めている。
ウ これを本件についてみてみると、前記認定のとおり本件収容場には屋外運動場の設備がな
いため、被収容者の逃亡防止等保安上の支障なしに被収容者に戸外運動の機会を付与することは
事実上不可能であったといわざるを得ない。そして、本件収容場が開設された経緯も、我が国に
入国、在留する外国人の激増に伴い、在留資格審査関係取扱件数が増加した(乙59の2)ほか、退
去強制手続に係る入管法違反事件が急増する(乙59の1)などの状況から、東京入管の収容場の
早急な拡充が迫られるという状況下(乙58、60の①、②)でのものであり、この間国において収
- 5 -
容施設の整備・充実を怠ったものとは認められない上、東京入管は、本件収容場において戸外運
動の機会を付与することができなかったことから、被収容者には居室内でストレッチ体操等の軽
い運動をすることについては特に制限しなかったこと、居室内への採光は十分可能である上、適
宜居室窓を開けて外気を採り入れることができたこと、各居室には冷暖房が設けられて季節に応
じた空調が確保されていたほか、各居室にはテレビが設置されており、午前9時(点呼終了後)か
ら午後9時まで視聴が可能であり、居室内の飲食、喫煙についても比較的自由が認められるなど
代償措置として特別の配慮を行っていたこと、さらに、被収容者から体調の変化や体調不良等、
健康保持に関する申出がある場合には、医師又は看護士の診察を受けさせ、あるいは外部病院へ
連行することなど、被収容者の健康管理には配慮がなされていたところ、被控訴人は戸外運動の
機会が付与されなかったということで病気に罹患したり体調不良となったなどの事実がうかがわ
れないこと(以上の居室内の処遇等につき、乙46、58、61及び弁論の全趣旨)などの諸般の事情
に照らすと、被控訴人に対する収容日数が112日間に及んだなどの事実を考慮しても、被控訴人
に戸外運動の機会を付与しなかった東京入管の処遇が被収容者処遇規則28条に反する違法のも
のとまでは認められない。
なお、被拘禁者処遇最低基準規則21条違反との点については、同規則は我が国において法的拘
束力を有するものではなく、これを根拠とすることはできない。 
エ 被控訴人は、本件収容場に屋外運動場が設けられておらず、また、今日までこれが設けら
れていないのは公の営造物の設置又は管理の瑕疵に当たり、国家賠償法2条1項に違反する旨主
張する。しかし、国家賠償法2条1項のいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、これが通常
有すべき安全性を欠くことをいうものであり、屋外運動場が設けられていないことは公の営造物
の設置又は管理の瑕疵とは無関係であり、被控訴人の主張は失当である。」
第4 結論
よって、本件収容中に東京入管が被控訴人に対して戸外運動の機会を与えなかったことを違法
として損害賠償を肯定した部分についての原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原
判決中控訴人敗訴部分を取消し、この部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、
訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、61条を適用して、主文のとおり判決する。

お気軽にお問合せください

お電話でのお問合せ

03-5809-0084

<受付時間>
9時~20時まで

ごあいさつ

VISAemon
申請取次行政書士 丹羽秀男
Hideo NIwa

国際結婚の専門サイト

VISAemon Blogです!

『ビザ衛門』
国際行政書士事務所

住所

〒150-0031 
東京都渋谷区道玄坂2-18-11
サンモール道玄坂215

受付時間

9時~20時まで

ご依頼・ご相談対応エリア

東京都 足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・大田区・葛飾区・北区・江東区・品川区・渋谷区・新宿区・杉並区・墨田区・世田谷区・台東区・中央区・千代田区・千代田区・豊島区・中野区・練馬区・文京区・港区・目黒区 昭島市・あきる野市・稲木市・青梅市・清瀬市・国立市・小金井市・国分寺市・小平市・狛江市・立川市・多摩市・調布市・西東京市・八王子市・東久留米市・東村山市・東大和市・日野市・府中市・福生市・町田市・三鷹市・武蔵野市 千葉県 神奈川県 埼玉県 茨城県 栃木県 群馬県 その他、全国出張ご相談に応じます