退去強制令書発付処分取消等請求事件
平成12年(行ウ)第211号
原告:Aほか3名、被告:法務大臣・東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・廣澤諭・菊池章)
平成15年9月19日
判決
主 文
1 被告東京入国管理局主任審査官が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対し
てした各退去強制令書発付処分をいずれも取り消す。
2 原告らの被告法務大臣に対する各訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項同旨
2 被告法務大臣が平成12年6月30日付けで原告A、同B、同C及び同Dに対してした、出入国管
理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決をいずれも取
り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、いずれもイラン・イスラム共和国の国籍を有し、在留期間を徒過して本邦における在
留を続けることとなった原告A(以下「原告夫」という。)、その妻である原告B(以下「原告妻」
という)、その子である原告C(以下「原告長女」という。)及び原告D(以下「原告次女」という。)が、
被告法務大臣が平成12年6月30日に原告らに対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に
基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)及び被告主任
審査官が同日に行った各退去強制令書発付処分(以下「本件各退令発付処分」という。)はいずれ
も違法であるとしてその取消しを求めるものである。
2 判断の前提となる事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
 当事者
原告夫は、1963年8月23日生まれのイラン・イスラム共和国(以下、単に「イラン」という。)
国籍を有する男性であり、原告妻という。)は、1966年12月22日生まれの同国国籍を有する女
性であって、両人は、夫婦である。原告長女(1988年5月7日生まれ)及び原告次女(1996年
9月9日生まれ)は、いずれも原告夫と原告妻の間に生まれた女児であり、同国国籍を有する
者である。
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 原告らの入国及び在留の経緯
ア 原告夫は、平成2年5月21日、イランのテヘランからイラン航空機で成田空港に到着し、
東京入管成田支局入国審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「Buisiness」等と、
日本滞在予定期間の欄に「9 DAYS」と記載して上陸申請を行い、同入国審査官から出入国管
理及び難民認定法(平成元年法律第79号による改正前のもの。以下「旧法」という。)4条1
項4号に定める在留資格及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
原告夫は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限であ
る平成2年8月19日を超えて本邦に不法残留をするに至った。
イ 原告妻は、平成3年4月26日、原告長女とともにシンガポールからシンガポール航空機
で成田空港に到着し、東京入管成田支局審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に
「TOURIST」、日本滞在予定期間の欄に「ONE WEEK」と記載して上陸申請を行い、それぞれ
同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表1に規定する在留資
格「短期滞在」及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
原告妻及び原告長女は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、
在留期限である平成3年7月25日を超えて本邦に不法残留するに至った。
ウ 原告妻及び原告長女は、平成6年1月5日に、埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本
庄市《住所略》として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年1月24日、外国人登
録証明書の交付を受けた。
原告夫は、平成7年4月11日に埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市《住所略》
として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年5月17日外国人登録証明書の交付
を受けた。
エ 原告次女は、平成8年9月9日、群馬県藤岡市所在のE産婦人科小児科医院において、原
告夫及び原告妻の間に出生したが、在留資格の取得の申請を行うことなく出生から60日を経
過した平成8年11月8日を超えて本邦に在留し、不法残留するに至った。
オ 原告次女は、平成9年5月22日に群馬県藤岡市長に対し、居住地を群馬県藤岡市《住所略》
として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同日、外国人登録証明書の交付を受け
た。
カ 原告妻は、平成8年10月31日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市《住所略》として、
外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙20)。
キ 原告夫は、平成11年1月13日及び同年11月17日に、埼玉県本庄市長及び群馬県藤岡市長
に対し、居住地をそれぞれ埼玉県本庄市《住所略》及び群馬県藤岡市《住所略》として、外国
人登録法に基づく居住地変更登録をした。
原告長女は、平成11年11月25日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市《住所略》として、
外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙38)。
 原告らの退去強制手続の経緯
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ア 原告らは、平成11年12月27日、東京入管第2庁舎に出頭し、不法残留事実について申告し
た。
イ 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日原告夫及び原告妻について、同年2月15日原告
妻について違反調査を実施した結果、原告らが法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑う
に足りる相当の理由があるとして、同年2月22日、原告らにつき、被告主任審査官から収容
令書の発付を受け、同月24日、同令書を執行して、原告らを東京入管収容場に収容し、原告
夫及び妻を法24条4号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引渡した。被告主任審査官
は、同日、原告らに対し、請求に基づき仮放免を許可した。
ウ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月7日原告夫について違反審査を
し、その結果、同年3月7日、原告夫が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、原告夫にこ
れを通知したところ、原告夫は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
エ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日、原告妻、原告長女及び原告
次女について違反審査をし、その結果、同年3月15日、前記各原告が法24条4号ロに該当す
る旨の認定をし、前記各原告にこれを通知したところ、前記各原告は同日、東京入管特別審
理官による口頭審理を請求した。 
オ 東京入管特別審理官は、平成12年4月24日、原告夫について、口頭審理をし、その結果、
同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、原告夫にこれを通知したところ、原告
夫は、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、
原告夫からの異議の申出については、理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任
審査官は、同年6月30日、原告夫に同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
カ 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、原告妻、原告長女及び原告次女について口頭
審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同原告らにこれを
通知したところ、同原告らは、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣
は、平成12年6月26日、原告妻、原告長女及び原告次女からの各異議の申出については理由
がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、同原告らに同裁
決を告知するとともに、それぞれに対し退去強制令書を発付した。
第3 当事者の主張
1 被告
 本件各裁決の適法性について
ア 原告らの退去強制事由
原告夫、妻及び原告長女が、それぞれの在留期間を超えて不法残留したこと及び原告次女
が、本邦で出生したものの、在留資格の取得の申請を行うことなく、出生から60日を経過し
た日を超えて不法残留していたことは明らかであり、原告らが退去強制事由に該当すること
を認めた特別審理官の判定に何ら誤りはない。
イ 在留特別許可に係る法務大臣の判断の適法性
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ア 法務大臣の広範な裁量権
法務大臣は、異議の申出に対する裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場
合でも、特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可
することができるところ(法50条1項3号)、このような在留特別許可は、退去強制事由に
該当することが明らかで、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特別に在留
を認める処分であって、その性質は、恩恵的なものであるというべきである。そして、在留
特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国
内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の
事情を総合的に考慮すべきものであることから、在留特別許可に係る法務大臣の裁量の範
囲は極めて広範なものであって、当該裁量権の行使が違法となるのは、法務大臣がその付
与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情
がある場合等、極めて例外的な場合に限られる。
イ 本件各裁決に裁量権の逸脱又は濫用がないこと
原告夫、原告妻及び原告長女は、イランで出生・生育し、来日するまで我が国とは何ら
のかかわりのなかったものであったが、渡航目的を偽って本邦に上陸し、原告夫及び原告
妻は、その後間もなく不法就労を開始しているところ、不法残留に至った経緯は極めて計
画的であって、不法就労を行った期間も長く、出入国管理行政上看過し難いものがある。
原告夫及び原告妻の親兄弟は、イラン本国に在住し、本件各裁決当時には、不法就労で得
た金銭で本国に自宅まで購入しているのであって、原告らがイランに帰国したとしても本
国での生活に支障はないものというほかない。また、原告子らは、未だ可塑性に富む年代
にあり、仮に当初は言語や生活習慣の面で多少の困難を感じることがあるとしても(現地
での生活を経験することが言語や生活習慣を身につける最善の方法であり、両親との本邦
からの退去がやむを得ないものである以上、その年齢にかんがみると、一刻も早い帰国が
望まれるというべきである。)、両親とともに帰国するのが子の福祉又は最善の利益に適う
ところであることは明らかであり、他の親族の在住するイランでの生活に慣れ親しむこと
は十分に可能であると見込まれるのであって、原告らについて、本邦への在留を認めなけ
ればならない特別な事情が存在するとは認められない。
確かに、原告らは、本邦に不法に残留する間に一定の安定した生活状態を形成したもの
といえなくもないが、最高裁昭和54年10月23日第3小法廷判決は、約10年前に不法入国
した外国人男性、約13年前に不法入国した同国人女性及び本邦において出生した両名間の
子ら2名に対し、法務大臣が在留特別許可を与えなかった事案について「本邦に不法入国
し、そのまま在留を継続する外国人は、出入国管理令9条3項の規定により決定された在
留資格をもって在留するものではないので、その在留の継続は違法状態の継続にほかなら
ず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのもので
はない」と判示しており、これは、本件においても当てはまるものといえる。そもそも不法
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残留は、処罰の対象となる違法行為であり、原告夫及び原告妻が本邦において長期間不法
就労活動を行ったという事実は、違法行為が長期間に及んだことを意味するものであるか
ら、被告法務大臣が原告らの在留特別許可の可否を判断する上で、当該事実を有利な事情
と解しなければならない理由はないのであり、むしろ、長期にわたる不法残留事実や不法
就労事実等が在留特別許可の判断において消極的要素として評価されるべきものである。
以上のような諸事情を考慮すれば、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の
趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存在するとは
認められない。
ウ 原告の主張に対する反論
a 原告らの出身国であるイランの教育や福祉等に係る状況をみても、児童の生育上特段
の問題があると認められず、原告子らを送還することが在留特別許可の権限を法務大臣
に認めた趣旨に反する非人道的なものであるといった事情は何ら存しないばかりか、イ
ランに自宅を購入した時期までは、イランに帰国する意思を有していたが、当時小学校
2年生であった原告長女が帰国したがらなかったため、そのまま不法残留を継続するに
至った旨供述しており、帰国を前提とした生活設計をしていたというべきである。
b 国際連合は、平成2年12月18日「すべての移住労働者とその家族構成員の権利保護に
関する国際条約」を採択し、その30条は、移住労働者の子が公立学校で教育を受ける権
利を有することを定め、そのような権利は、移住労働者である両親又はこの滞在が適法
でないことを理由に拒否又は制限されない旨の規定をおいているが、同条約については
受け入れ国側の懸念が強く、採択から10年以上経過した平成14年末においても、未だ批
准国が20カ国に達していないため効力の発生にも至っておらず、しかも、そのような条
約でさえ、上記30条のような規定は不法に滞在するこの在留の適法化に関する権利を含
むものと解してはならないとしているのであるから(同条約35条)、国際的にも不法就
労者の子女が流入先の国において教育を受ける利益を得ているとしても、流入先の国が
これを理由に当該不法就労者及びその子女の在留を適法化すべきであるなどという合意
がされている状況が存在しないことは明らかである。
c イスラム社会においても、男性の場合とは異なり、女性の性器切除(女性割礼)をイス
ラム教徒の義務とする見解はごく少数であり、女性割礼は北東アフリカ、西アフリカ、
アラビア半島やマレーシアの一部などに限定された習慣であるとされ、イランの国内情
勢に関する英国移民局の報告書は、「児童の虐待について知られた類型はない」とし、女
性割礼について何ら触れていないのであるから、イランにおいて女性割礼が法的又は社
会的に義務とされている状況があるとは認め難い。
d 原告らと同様、出頭申告当時小学生だった子を有する不法残留外国人の家族について
在留特別許可がされた例はあるが、他方、原告らとともに、平成11年12月27日に東京入
管に出頭申告した不法残留中のイラン人5家族については原告らを含む4家族が在留特
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別許可を受けることなく退去強制令書発付処分を受けている。
そもそも、在留特別許可は諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべ
き恩恵的措置であって、その許否を拘束する行政先例ないし一義的、固定的基準なるも
のは存在しないのであって、本件各裁決が違法になるとはいえない。また、仮に、本件各
裁決が実務に反するものであるとしても、前記アの裁量の本質が実務によって変更され
るものではなく、原則として当不当の問題が生ずるにすぎない。
e 不法残留者を中心とする不法就労者が我が国に多数存在するのは事実であるが、それ
は多数の不法就労者が新たに発生し続けている結果であって、不法就労活動が我が国の
社会に容認されているからでもなければ、厳格な取締りが行われていないからでもな
い。原告らの居住地である群馬県でも不法就労活動が容認されているなどという事実は
なく、平成12年の群馬県議会においては「大量の不法滞在者が存在するということは、
来日外国人による犯罪の温床となっている。」「入国管理局との合同取締りということに
重点を置いて」いるとして、平成11年には41人を平成12年には11月末までに366人を摘
発して不法滞在者の定着化の阻止と減少を図っていることが報告されており、平成12年
に全国で警察に検挙された法違反者は5862人である。群馬県において法違反者の摘発
が積極的に行われていないことはない。また、平成12年に退去強制手続を採った不法就
労者4万4190人中、群馬県で稼働していたものは1769人、平成13年に退去強制手続を
採った不法就労者3万3508人中、群馬県で稼働していた者は1448人となっており、い
ずれも全国都道府県中8位となっている。さらに、平成14年11月に全国の地方入国管理
官署が行った法違反外国人の一斉摘発において摘発された法違反者855名中、群馬県で
摘発された者は58名であり、これは、大阪、東京、埼玉について全国都道府県中4位と
いう高い順位となっているのであり、中小企業・零細企業を中心に「単純労働者」を望
む声が強く、日本政府は厳格な形で外国人労働者による不法就労の取締りを行っていな
いということはない。
エ 以上のとおり、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背い
て裁量権を行使したものと認めうるような特別の事情が存在するとは認められないから、
本件各裁決に何らの違法性はない。
 本件各退令発付処分の適法性について
退去強制手続において、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知
を受けた場合、主任審査官は、退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから、本件各
裁決が違法であるといえない以上、本件各退令発付処分も適法である。
在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の
国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事
情を総合的に考慮すべきものであることは前記のとおりであるから、法務大臣から「異議の申
出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は、時機を逸することなく、速
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やかに退去強制令書発付処分をしなければならず、そうであるからこそ、法49条5項も「すみ
やかに当該容疑者に対し」……「退去強制令書を発付しなければならない」とするものであって、
退去強制令書の発付時期について主任審査官に裁量権があるとはいえない。
法は、法務大臣が在留特別許可の権限を行使するか否かの判断を行う過程においてのみ、退
去強制事由に該当する外国人の在留を例外的に認める裁量を認めており、異議の申出を受けた
法務大臣が、在留特別許可に関する権限を発動せず、異議の申出に理由がないとの裁決を行っ
た場合には、それは我が国が国家として当該外国人を退去強制すべきとする最終的な意思決定
をしたことを意味するものであって、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮
監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはそ
の適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点からして考えられず、法がこのよう
な立法政策を採用しているとは考えられない。また、法は、在留資格のない外国人が本邦に適
法に在留することは、明文で定められた例外を除いて予定していないところ、主任審査官が裁
量により退去強制令書を発付しない場合に、当該外国人が引き続き本邦に在留するための法的
地位を定める手続規定は存在しないのであって、法は、主任審査官の裁量により退去強制令書
を発付しないという事態を想定していないというべきである。
したがって、主任審査官に退去強制令書を発付するか否かに係る裁量権限がある旨の原告ら
の主張には理由がないというべきである。
2 原告ら
 本件各裁決の適法性について(主位的主張)
ア 裁決書の不作成
法施行規則43条は、「法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は、別記第61号様式によ
る裁決書によって行うものとする。」と定めている。同条は、単に口頭で行われた裁決の存在
を確認・記録することを求めているのではなく、裁決が裁決書という書面によってされなく
てはならないこと、つまり、裁決が書面による様式行為であることを定めているのである。
とすると、裁決書が作成されていない本件各裁決には極めて重大かつ明白な手続上の瑕疵
があり、本件各裁決の取消しは免れない。
イ 本件各裁決の裁量違反
ア 法務大臣の裁量権の範囲について
日本国憲法は、国会を国権の最高機関と定めていることから、国家の裁量は、第一義的
には国会に属するものとして立法裁量に現れることとなる。その立法裁量の結果として、
特定の場合には外国人に入国・在留を許可すべく行政庁に義務づけをすることもあり、行
政庁に裁量を与えつつ、許可内容に制約を付すこともある。そして、憲法の精神や「法律に
よる行政の原理」からすれば、行政庁に全くの自由裁量が付与されることなどあり得ない
のであって、一定の裁量権が与えられたとしても、その根拠となる法律の目的及び趣旨等
によって覊束裁量となるのである。この点、法は、「出入国の公平な管理」を目的としてお
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り(1条)、「出入国の公平な管理」とは、国内の治安や労働市場の安定など公益並びに国際
的な公正性、妥当性の実現及び憲法、条約、国際慣習、条理等により認められる外国人の正
当な利益の保護をはかるための管理を意味する。法50条1項の趣旨も、この公益目的と外
国人の正当な権利・利益の調整を図ることにあり、法務大臣の裁量権もこの趣旨の範囲内
で認められるにすぎない。
被告の主張は、この点を看過し、国家の裁量権と法務大臣の裁量権とを混同したものと
いわざるを得ない。
また、上記のとおり、法の目的及び法50条1項の趣旨に覊束されるものであり、法も平
成元年の法改正によって各在留資格に関する審査基準を省令で定めて交付し、行政の裁量
の幅を減少させようとしているところであり、在留特別許可の制度に恩恵的な面があると
しても、そこから法務大臣の「極めて広範な裁量権」が導かれるものではない。
イ 本件における裁量違反
a 原告夫は、イランでの生活を維持するのが困難になり、やむなく来日したものであり、
イランはいまだ政情も経済状況も不安定(イラン国内の失業率は25%を超えることが確
実であるとされる。)であり、同国を10年以上も離れていた原告夫が同国で新たな職を
得るのは極めて困難である。また、女性の社会進出が困難である同国において、原告妻
が職を得ることはさらに困難であって、そうすると、原告ら一家は路頭に迷うこととな
る。さらに、日本で十数年生活した原告夫婦が、イランに帰った場合にイランの環境に
適応できなくなっている可能性もある。
また、イランは、1979年のイスラム革命以後、イスラム教の聖典であるコーランが最
高法規となるなど、イスラム教文化という我が国とはかけ離れた文化をもち、イスラム
教国の中でも特に厳格な規律を重んじる国であって、基本的人権の保障においても、強
い制約が存在し、特に女性は男性と比較して差別された地位におかれている。一方、原
告次女は出生時より、原告長女も物心付かない2才のときから我が国に居住し続け、日
本語を使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行い、我が国の憲法で保障された男女
平等、平和主義、自由主義に基づく教育を受けているところであり、言語、生活習慣、文
化等の点で我が国とあまりにもかけ離れたイランでの生活になじむことが非常に困難で
あることは明白である。原告長女は、日本語を用いた学習により、その教育制度に適応
してその中で優秀な成績を上げ、さらには高等教育を受けることを望み、その将来にお
いては通訳等の職業に就くことを思い描いているものであり、原告長女及び次女がイラ
ンに帰国した場合、上記のような困難な事態が生ずるために、原告長女が学習を継続す
ることは不可能であり、そのために原告長女は精神的に危機的状態に置かれ、自殺の危
険さえ生じかねない。
b 原告らの居住の自由の侵害
外国人は、我が国に在留する権利を保障されるものではないが、外国人でも日本国に
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あってその主権に服しているものに限っては居住・移転の自由が及ぶものとされ(最高
裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁)るのであるから、在留資格を
有しない者も、退去強制の合理性の判断なしに恣意的に住居の選択を妨害されない権利
を憲法上保障されているというべきであるところ、法務大臣による本件各裁決は、原告
らが日本に生活の基盤を有している事実を考慮せず、居住の自由を侵害する違法なもの
であり、この点に裁量権の濫用ないし逸脱がある。
c 児童の権利に関する条約(以下「子どもの権利条約」という。)違反
子どもの権利条約3条は、「児童に関するすべての措置を採るに当たっては、公的若し
くは私的な社会施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるもので
あっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定していること
ろ、前記aの状況にかんがみれば、我が国に在留することが「最善の利益」にかなうもの
であり、本件各裁決は、子どもの権利条約3条に違反するものとなる。
d 原告らに在留資格を認めることが何ら国益を損なわないこと
この点は、後記イイに記載のとおりである。
e 公平原則違反
原告らに先立ち、平成11年9月11日に在留特別許可を求めて集団出頭した外国人家
族の中には、原告らと同様、小学6年に在学中の長女と5才の長男を含むイラン人家族
が含まれており、この家族には平成12年2月に被告法務大臣より在留特別許可が付与さ
れているところ、家族構成や日本での滞在期間等条件がほぼ同じ家族において異なった
判断が下されるのは、公平の原則に反するといわざるを得ない。
 本件各退令発付処分の適法性について
ア 本件各裁決の違法を承継することによる違法
 前記のとおり、本件各裁決が違法である以上、これに基づいてされた本件退令発付処分
も違法なものということになる。
イ 本件各退令発付処分独自の違法性(予備的主張)
ア 退去強制令書発付処分が裁量行為であること
a 法24条の規定
法24条は「次の各号の1に該当する外国人については、次章に規定する手続により、
本邦からの退去を強制することができる。」と規定し、これらは、単に退去強制事由を列
挙したにすぎないと解するのは相当でなく、具体的な担当行政庁の権限行使のあり方を
も同時に規定しているととらえるべきである。
そして、同条の文言が、「することができる」と規定されていることによれば、裁量の
幅がいかなるものかはともかく、24条各号に該当する外国人について、退去強制手続を
開始し最終的に退去強制処分を発付するかについては、立法者が行政庁に対して一定の
幅の効果裁量を認めたものというほかない。また、本件各退令発付処分のように侵害的
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行政行為であって、同処分が第三者に対する関係でも受益的な側面をもたないものにつ
いては、裁量の範囲自体は当該行政行為の目的等に従って自ずと定まるにしても、上記
の法律の文言を裁量を示すものと解することに何ら支障がない。
b 行政法の伝統的解釈からの説明
行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合行政庁はこれ
を行使しないことができるとの考え方(行政便宜主義)が一般的であり、特に、外国人の
出入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安
全と秩序を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必要最小限
度にとどまるべきであると考えられている(警察比例の原則)ところであり、退去強制
令書発付について担当行政庁に裁量が与えられるということは、伝統的な解釈に沿うも
のである。
c 退去強制令書発付処分についての裁量の必要性
実際、退去強制令書の発付に裁量権を認めないと、本国及び市民権のある国に送還す
ることができず、しかも第三国への入国許可を受けていない外国人など退去強制令書を
発付しても執行が不能であることが明らかな場合にも、主任審査官は退去強制令書を発
付しなければならないという背理を生ずる。
d 手続の実際
法第5章の手続規定を見ると、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人
が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法47条4項、
48条8項、49条5項)、退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量は、具
体的には、退去強制に関する上記規定を介して主任審査官に与えられているというべき
である。
e 他の機関の裁量との関係
退去強制の各段階で、統計上「中止処分」や「その他」といった分類がされる事案が存
在するとおり、退去強制手続が開始されたからといって、必ずしも退去強制令書発付な
ど法の定める終局処分を行わなくてもよい場合があり、違反調査の段階、違反審査の段
階、口頭審理の段階、裁決の段階といった退去強制手続の各段階において、それぞれの
担当者が裁量権を有していることは明らかである。そして、退去強制手続においては、
退去強制の執行方法や送還先の指定を初めて行い、本邦から退去すべき義務を具体的に
確定するものと解される点で、一連の手続において法が各行政庁に対して与えた裁量が
集約しているものであるということができる。
これらの事情によれば、退去強制手続を進行させるかどうかについては、国家の裁量
権があり、その各段階においても担当者に裁量権があることから、その最終段階である
退去強制令書の発付の段階でも主任審査官に裁量があることは明らかである。主任審査
官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付す
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るか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはならないとの規
範も与えられているのである。
イ 比例原則違反
a 比例原則
比例原則違反は、法治国家原理、基本権の保障等を根拠とする憲法上の法原則であり、
過剰な国家的侵害から私人の法益を防御することにあり、我が国でも、その根拠には諸
説あるものの、権力行政一般について適用されることについては異論がないとされてい
る。具体的には、適合性の原則(目的を達成するための手段が意図した目的達成の効果
を持ちうること)、必要性の原則(目的を達成するための手段が当事者にとって最も負担
の少ないものでなければならないこと)、狭義の比例性(手段と目的との均衡が取れてい
ること、要するに、当該手段を用いることによって得られる利益が当該手段によって損
なわれる利益を上回っていること)等が内容となる。
b 本件における比例原則違反
 本件各退令発付処分により損なわれる利益
本件各退令発付処分により、前記イイaのとおり、原告らがイランに帰国し困難
な生活を強いられること、原告長女・次女が物心付いてから慣れ親しんだ我が国の文
化とはかけ離れたイランでの生活を行うこととなること等、本件各退令発付処分によ
り損なわれる利益は極めて大きいといわざるを得ない。 
 本件各退令発付処分により得られる利益
原告らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違反以外には何ら法を犯
すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活を送ってきたものであ
り、原告らの本邦における在留資格を認めることにより、日本の善良な風俗・秩序に
好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすことは想定し難い。すなわち、原告ら
は形式的には法違反という違法性を帯びた行為を行ってはいるものの、実質的な法益
侵害に及んだ事実はなく、自ら入国管理局に出頭して違反事実を申告したものであ
り、このような者に在留資格を付与すること自体が直ちに在留し各制度の根幹を揺る
がすとは考えられない。また、外国人をいわゆる「単純労働」を行う労働力として受入
れる必要性は高く、アメリカ、フランス、イタリアといった諸外国も非正規滞在者の
大規模な正規化を行っているところであり、原告らに在留資格を認めないことによっ
て保護されるべき国の利益は何ら存在しないといえる。
 小括
以上によれば、本件各退令発付処分によって損なわれる利益と得られる利益とを比
較衡量すると、前者の方がはるかに大きいのは明らかであり、本件各退令発付処分に
は比例原則違反があるといえる。
第4 争点及びこれに関する裁判所の判断
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本件の争点は、①法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性及び退去強制令書発付処分に
おける主任審査官の裁量の存否、②本件各裁決における裁量権行使の濫用・逸脱の存否、③本件
各退令発付処分の違法性の存否である。
1 争点1(裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否)
 法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性
ア 法49条1項の異議の申出を受けた法務大臣は、同異議の申出に理由があるかどうかを裁決
して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(法49条3項)、主任審査官は、法務大
臣から異議の申出が理由あるとした旨の通知を受けたときは、直ちに当該容疑者を放免しな
ければならない一方で(同条4項)、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通
知を受けたときは、速やかに当該容疑者に対しその旨を知らせるとともに、法51条の規定に
よる退去強制令書を発付しなければならないこととされている(法49条5項)。
これらの規定によれば、法は、法務大臣による裁決の結果は、異議の申出に理由がある場
合及び理由がない場合のいずれにおいても、当該容疑者に対してではなく主任審査官に対し
て通知することとしている上、法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した場合には、法
務大臣から通知を受けた主任審査官が当該容疑者に対してその旨を通知すべきこととなっ
ているが、法務大臣が異議の申出に理由があると裁決した場合には、当該容疑者に対しその
旨の通知をすべきことを規定しておらず、単に主任審査官が当該容疑者を放免すべきことを
定めるのみであって、いずれの場合も、法務大臣がその名において異議の申出をした当該容
疑者に対し直接応答することは予定していない(なお、平成13年法務省令76号による改正後
の法施行規則43条2項は、法49条5項に規定する主任審査官による容疑者への通知は、別記
61号の2による裁決通知書によって行うものとすると定めているが、この規定はあくまで主
任審査官が容疑者に対して通知する方式を定めたものにすぎず、法の定め自体に変更がない
以上、この規則改正をもって法務大臣が容疑者に直接応答することとなったとは考えられな
い。)。こうした法の定め方からすれば、法49条3項の裁決は、その位置づけとしては退去強
制手続を担当する行政機関内の内部的決裁行為と解するのが相当であって、行政庁への不服
申立てに対する応答行為としての行政事件訴訟法3条3項の「裁決」には当たらないという
べきである。
イ このことは、法の改正の経緯に照らしても明らかである。すなわち、法第5章の定める退
去強制の手続は、法の前身である出入国管理令(昭和26年政令319号)の制定の際に、そのさ
らに前身である不法入国者等退去強制手続令(昭和26年政令第33号)5条ないし19条の規定
する手続を受け継いだものと考えられ、同手続令においては、入国審査官が発付した退去強
制令書について地方審査会に不服申立てをすることができ(9条)、地方審査会の判定にも不
服がある場合には中央審査会に不服の申立てをすることができ(12条)、中央審査会は、不服
の申立てに理由があるかどうかを判定して、その結果を出入国管理庁長官(以下「長官」とい
う。)に報告することとされ、報告を受けた長官は、中央審査会の判定を承認するかどうかを
- 13 -
速やかに決定し、その結果に基づき、事件の差戻し又は退去強制令書の発付を受けた者の即
時放免若しくは退去強制を命じなければならないものとされていた(14条)もので、この長
官の承認が、法49条3項の裁決に変わったものと考えられる。そして、長官の承認は、中央
審査会の報告を受けて行われるものとされていて、退去強制令書の発付を受けた者が長官に
対して不服を申し立てることは何ら予定されておらず、長官の承認・不承認は、退去強制手
続を担当する側の内部的決裁行為にほかならない。したがって、同制度を受け継いだものと
考えられる法49条3項の裁決についても、退去強制令書の発付を受けた者の異議申出を前提
とする点において異なるものの、その者に対する直接の応答行為を予定していない以上、基
本的には同様の性格のものと考えるのが自然な解釈ということができる。
ウ また、上記の解釈は、法49条1項が、行政庁に対する不服申立てについての一般的な法令
用語である「異議の申立て」を用いずに、「異議の申出」との用語を用いていることからも裏
付けられる。すなわち、昭和37年に訴願法を廃止するとともに行政不服審査法(昭和37年法
第160号)が制定されたが、同法は、行政庁に対する不服申立てを「異議申立て」、「審査請求」
及び「再審査請求」の3種類(同法3条1項)に統一し、これに伴い、行政不服審査法の施行
に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和37年法律第161号)は、それまで各行政法規が
定めていた不服申立てのうち、行政不服審査法によることとなった行政処分に対する不服申
立ては廃止するとともに、行政処分以外の行政作用に対する不服申立ては上記3種類以外の
名称に改め、そうした名称の一つとして「異議の申出」を用いることとされた。
他方、法の対象とする外国人の出入国についての処分は行政不服審査の対象からは除外さ
れている(同法4条1項10号)とはいえ、上記のとおり行政不服審査法の制定に際して個別
に不服申立手続について規定する多数の法令についても不服申立てについての法令用語の統
一が図られたのに、法49条1項に関しては、従前どおり「異議の申出」との用語が用いられ
たまま改正がされず、法についてはその後も数次にわたって改正がされたにもかかわらず、
やはり法49条1項の「異議の申出」との用語については改正がされなかった。そして、現在
においては、法令用語としての「異議の申出」と「異議の申立て」は通常区別して用いられ、「異
議の申出」に対しては応答義務さえないか、又は応答義務があっても申立人に保障されてい
るのは形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を
受けることだけである場合に用いられる用語であるのに対し、「異議の申立て」は、内容的に
も適法な応答を受ける地位、すなわち手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申
立権を認める場合に用いられる用語として定着しているということができる。したがって、
数次にわたる改正を経てもなお「異議の申出」の用語が用いられている法49条1項の異議の
申出は、これにより、法務大臣が退去強制手続に関する監督権を発動することを促す途を拓
いているものではあるが、同異議の申出自体に対しては、被告の応答義務がないか、又は、応
答義務があっても、形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らか
の実体判断を受けることが保障されるだけであり、申出人に手続上の権利ないし法的地位と
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しての申請権ないし申立権が認められているものとは解されない(最高裁第1小法廷判決昭
和61年2月13日民集40巻1号1頁は、土地改良法96条の2第5項及び9条1項に規定する
異議の申出につき、同旨の判示をしている。)。
よって、法49条1項の異議の申出に対してされる法49条3項の「裁決」は、不服申立人に
そうした手続的権利ないし地位があることを前提とする「審査請求、異議申立てその他の不
服申立て」に対する行政庁の裁決、決定その他の行為には該当せず、行政事件訴訟法3条3
項の裁決の取消の訴えの対象となるということはできない。
エ さらに、法49条1項の異議の申出については、上記のとおり、申出人に対して法の規定に
より手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものと解す
ることはできないのであるから、異議の申出に理由がない旨の裁決がこうした手続上の権利
ないし法的地位に変動を生じさせるものということはできず、同裁決が行政事件訴訟法3条
2項の「処分」に当たるということもできない(前記ウの最1小判参照。)。
オ 以上によれば、法49条1項の異議の申出に対する法務大臣の裁決は内部的決裁行為という
べきものであり、行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使には該当しないというべきも
のである。被告は、同裁決について裁決書が作成されていないことを認めているところであ
り、そのような事務取扱いが前記の規則改正に至るまで長年にわたって継続されていたこと
は、当裁判所に顕著な事実であるところ、この点も、裁決が内部決裁行為であることを基礎
付けるものといえる(むしろ、上記解釈とは逆に裁決を行政事件訴訟法3条1項にいう公権
力の行使であると理解した場合、裁決書不作成の点を適法とするのは困難であるといわざる
を得ない。)。
 退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量
法24条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人については、法第5章に規定す
る手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めている。そして、いかなる場
合において行政庁に裁量が認められるかの判断において、法律の規定が重要な判断根拠となる
ことに異論はないというべきであり、法律の文言が行政庁を主体として「……することができ
る」との規定をおいている際には、その裁量の内容はともかく、立法者が行政庁にある幅の効
果裁量を認める趣旨であると解すべきものであって、同条が退去強制に関する実体規定とし
て、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かについてはこれを担当する
行政庁に裁量があることを規定しているのは明らかであり、法第5章の手続規定においては、
主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する
行政処分として規定されている(法47条4項、48条8項、49条5項)と解されることからすれ
ば、退去強制について実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する
上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結果、主任審査官には、退去強制令書を発
付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が
認められているというべきである。
- 15 -
このような解釈は、行政法の解釈において伝統的に認められる行政便宜主義、すなわち権力
発動要件が充足されている場合にも行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方や、警
察比例の原則、すなわち、警察法分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安
全と秩序を維持することにあり、その権限行使はそれを維持するため必要最小限なものにとど
まるべきであるとの考え方ばかりか、憲法13条の趣旨等に基づき、権力的行政一般に比例原則
を認める考え方によっても肯定されるべきものである。
このように主任審査官に裁量権を認めることに対し、被告は、法47条4項、48条8項及び49
条5項が、いずれも「主任審査官は……(中略)……退去強制令書を発付しなければならない。」
と規定していることに反する旨主張する。
しかし、退去強制手続は、原則として容疑者である外国人の身柄を収容令書により拘束して
いることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中断
し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞれ
容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければなら
ない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に向
けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審査
官の義務として規定をおいたものと解され、これらの規定と法24条をあわせて解釈すれば、実
体規定である法24条において退去強制について前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、
主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮してもなお退去強制手続を進
めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定め
る次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、この
ように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付につい
ての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するもので
はない。
また、被告は、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行
政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮で
きるとすることは行政組織法上の観点から考えられない旨の主張をするが、前記のとおり裁決
が行政処分ではなく、単なる行政機関内部における決裁手続にすぎないと解すべきであるか
ら、その決裁の趣旨が退去強制令書の発付を命じる趣旨であるとしても、それは組織法上の義
務を生じさせるにとどまり、それにより当該発付処分が適法となるのではなく、客観的に裁量
違反ないし比例原則違反の事実がある場合には当該処分は違法といわざるを得ない。このこと
は処分庁が事前に上級行政庁の決裁を受けて行政処分をした場合一般に生じることであり、そ
のような決裁が行われたとしても、裁量権行使の主体は、あくまでも当該行政処分を行う行政
庁であり、上級行政庁となるわけではないのである。
 以上を前提とすれば、法49条1項の異議の申出に対する裁決につきこの取消しを求める訴訟
は、対象の処分性を欠く不適法なものといわざるを得ないこととなり、上記のとおり、退去
- 16 -
強制令書発付処分につき効果裁量、時の裁量が認められていることによれば、退去強制令書発
付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無に加え、その裁量の逸脱濫用につ
いても同処分の違法事由として主張し得ることとすべきであると解すべきである。このような
解釈によれば、前記判示の解釈により法49条3項の法務大臣の裁決につき独立して適法に取消
訴訟を提起することができなくなるが、法49条3項の裁決の取消訴訟で問題とされた法務大臣
の裁量権行使の適否は、退去強制令書発付における主任審査官の裁量権行使の適否においても
ほぼ同一の内容で審理の対象となるべきものであって、外国人が退去を強制されることを争う
機会を狭めるものとはならない。むしろ、在留特別許可をするか否かの判断がたまたま法49条
の裁決に当たってされるとの制度が採用されていることのみを捉え、本来全く別個の制度であ
る在留特別許可の判断(法50条3項は、在留特別許可が、専ら退去強制事由に該当するか否か
を判断してされる法49条の裁決とは本来的に異なる制度であることから、在留特別許可がされ
た場合には、あえて、それを法49条4項の適用につき異議の申出に理由がある旨の裁決とみな
す旨を定めている。)の当否を法49条3項の裁決の違法事由として主張し得ることを認めると
いう無理のある解釈を採用する必要がなくなるものである。
 小括
以上によれば、本件訴えのうち、原告らが被告法務大臣がした本件各裁決の取消しを求める
部分は対象の処分性を欠く不適法なものというべきである。そして、そうである以上、争点2
についての判断は不要ということになり、以下、争点3(退去強制令書発付処分の適法性)につ
いて判断することとなるが、法は、主任審査官の行うべき具体的な裁量基準を定めていないし、
これまでの実務においては被告らが主張するとおり主任審査官には全く裁量の余地がないとの
考え方がとられていたのであるから、行政庁内部においても裁量基準等は策定されていない。
もっとも、法は、退去強制事由のある者を適法に在留させる唯一の制度として在留特別許可と
いう制度を設けているのであるから、この趣旨からすると、主任審査官は在留特別許可をすべ
き者について退去強制令書を発付することは許されない反面、退去強制令書を発付しないこと
が許されるのは在留特別許可をすべき者に限られると解すべきである。そうすると、争点3に
ついての判断内容は、争点2について判断した場合の判断内容と全く一致することとなる。ま
た、被告らは、主任審査官には裁量権がないとの主張をしているため、本件各退令発付処分に
当たってどのような裁量判断がされたのかも主張しない。これを形式的に取り扱うと、被告主
任審査官は事の当否を具体的に検討しないまま結論のみ認めたものとして、その処分を取り扱
わざるを得なくなるが、被告らは、被告法務大臣がした本件各裁決が適法なものであるとして
具体的な主張をしているところであり、その主張は、仮に被告主任審査官に裁量権があるとす
るならば、同様の裁量判断に基づいて本件各処分をしたものであると主張しているものと善解
できるから、以下の検討においては、被告主任審査官が被告法務大臣と同様の判断に基づいて
本件各退令発付処分をしたものとの前提で行うこととする。
2 争点3(本件各退令発付処分の適法性)

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