退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件
平成15年(行コ)第247号(原審:東京地方裁判所平成12年(行ウ)第211号)
控訴人:法務大臣、被控訴人:Aほか3名
東京高等裁判所第8民事部(裁判官:村上敬・矢尾渉・岡崎克彦)
平成16年3月30日
判決
主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
主文と同旨の判決を求める。
二 被控訴人ら
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
との判決を求める。
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人法務大臣から出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第79号による改正後の
もの。以下「法」という。)49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁
決」という。)を受け、控訴人東京入国管理局主任審査官(以下「控訴人主任審査官」という。)か
ら、退去強制令書の各発付処分(以下「本件各退令発付処分」という。)を受けた被控訴人らが、本
件各裁決には、控訴人法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用して在留特別許可を付与などの
違法があり、本件各裁決を前提としてされた本件各退令発付処分も違法であるとして、本件各裁
決及び本件各退令発付処分の取消しを求める事案である。
二 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)
1 当事者
被控訴人A(《日付略》生。以下「被控訴人夫」という。)はイラン・イスラム共和国(以下「イ
ラン」という。)国籍を有する男性であり、被控訴人B(《日付略》生。以下「被控訴人妻」という。)
は同国国籍を有する女性であって、両人は、夫婦である。被控訴人C(《日付略》生。以下「被控
訴人長女」という。)及び被控訴人D(《日付略》生。以下「被控訴人二女」という。)は、いずれ
も被控訴人夫と同妻の間に生まれた女児であり、同国国籍を有する者である。
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2 被控訴人らの入国及び在留の経緯
 被控訴人夫は、平成2年5月21日、イランのテヘランからイラン航空機で成田空港に到着
し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官に対し、外国人入国記録
の渡航目的の欄に「Business」等と、日本滞在予定期間の欄に「9 DAYS」と記載して上陸申
請を行い、同入国審査官から法(平成元年法律第79号による改正前のもの)4条1項4号に
定める在留資格及び在留期間90日の許可を受け、我が国に上陸した。
被控訴人夫は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限
である平成2年8月19日を超えて我が国に不法残留している。
 被控訴人妻及び被控訴人長女は、平成3年4月26日、シンガポールからシンガポール航空
機で成田空港に到着し、東京入管成田支局審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に
「TOURIST」、日本滞在予定期間の欄に「one week」と記載して上陸申請を行い、それぞれ同
入国審査官から法別表第1に規定する在留資格「短期滞在」及び在留期間90日の許可を受け、
我が国に上陸した。
被控訴人妻及び被控訴人長女は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うこ
となく、在留期限である平成3年7月25日を超えて我が国に不法残留している。
 被控訴人妻及び被控訴人長女は、平成6年1月5日、埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼
玉県本庄市《住所略》として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年1月24日、外
国人登録証明書の交付を受けた。
被控訴人夫は、平成7年4月11日に埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市《住所
略》として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年5月17日外国人登録証明書の
交付を受けた。
 被控訴人二女は、《日付略》、群馬県藤岡市所在のa医院において、被控訴人夫及び同妻の
間に出生したが、在留資格の取得の申請を行うことなく出生から60日を経過した《日付略》
を超えて我が国に在留し、不法残留している。
 被控訴人二女は、平成9年5月22日に群馬県藤岡市長に対し、居住地を群馬県藤岡市《住
所略》として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同日、外国人登録証明書の交付を
受けた。
 被控訴人妻は、平成8年10月31日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市《住所略》と
して、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙20)。
 被控訴人夫は、平成11年1月13日及び同年11月17日に、埼玉県本庄市長及び群馬県藤岡
市長に対し、居住地をそれぞれ埼玉県本庄市《住所略》及び群馬県藤岡市《住所略》として、
外国人登録法に基づく居住地変更登録をした。
被控訴人長女は、平成11年11月25日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市《住所略》
として、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙38)。
3 被控訴人らの退去強制手続の経緯
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 被控訴人らは、平成11年12月27日、東京入管第2庁舎に出頭し、不法残留事実について申
告した。
 被控訴人夫
 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日被控訴人夫について、違反調査を実施した結
果、同被控訴人が法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由がある
として、同年2月22日、控訴人主任審査官から収容令書の発付を受け、同月24日、同令書
を執行して、同被控訴人を東京入管収容場に収容し、同被控訴人を法24条4号ロ該当容疑
者として東京入管入国審査官に引き渡した。控訴人主任審査官は、同日、同被控訴人に対
し、請求に基づき仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月7日被控訴人夫について違反
審査をし、その結果、同日、同被控訴人が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、同被控
訴人にこれを通知したところ、同被控訴人は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理
を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成12年4月24日、被控訴人夫について、口頭審理をし、その
結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同被控訴人にこれを通知した
ところ、同被控訴人は、同日、控訴人法務大臣に対し、異議の申出をした。
 控訴人法務大臣は、平成12年6月26日、被控訴人夫からの異議の申出については理由が
ない旨裁決し、同裁決の通知を受けた控訴人主任審査官は、同月30日、同被控訴人に同裁
決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
 被控訴人妻
 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日及び同年2月15日、被控訴人妻について違反
調査を実施した結果、同被控訴人が法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる
相当の理由があるとして、同月22日、控訴人主任審査官から収容令書の発付を受け、同月
24日、同令書を執行して、同被控訴人を東京入管収容場に収容し、同被控訴人を法24条4
号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。控訴人主任審査官は、同日、同
被控訴人に対し、請求に基づき仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日被控訴人妻について違反
審査をし、その結果、同日、同被控訴人が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、同被控
訴人にこれを通知したところ、同被控訴人は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理
を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、被控訴人妻について、口頭審理をし、その
結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同被控訴人にこれを通知した
ところ、同被控訴人は、同日、控訴人法務大臣に対し、異議の申出をした。
 控訴人法務大臣は、平成12年6月26日、被控訴人妻からの異議の申出については理由が
ない旨裁決し、同裁決の通知を受けた控訴人主任審査官は、同月30日、同被控訴人に同裁
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決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
 被控訴人長女及び同二女
 東京入管入国警備官は、被控訴人長女及び同二女について違反調査を実施した結果、被
控訴人長女が法24条4号ロ(不法残留)に、同二女が法24条7号にそれぞれ該当すると疑
うに足りる相当の理由があるとして、平成12年2月22日、控訴人主任審査官から収容令書
の発付を受け、同月24日、同令書を執行して、同被控訴人らを東京入管収容場に収容し、
被控訴人長女を法24条4号ロ該当容疑者、被控訴人二女を法24条7号該当容疑者として
東京入管入国審査官に引き渡した。控訴人主任審査官は、同日、同被控訴人らに対し、請求
に基づき仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日被控訴人長女及び同二女
について違反審査をし、その結果、同日、被控訴人長女が法24条4号ロに、被控訴人二女
が法24条7号にそれぞれ該当する旨の認定をし、同被控訴人らにこれを通知したところ、
同被控訴人らは、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、被控訴人長女及び同二女について、口頭審
理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同被控訴人らにこ
れを通知したところ、同被控訴人らは、同日、控訴人法務大臣に対し、異議の申出をした。
 控訴人法務大臣は、平成12年6月26日、被控訴人長女及び同二女からの異議の申出につ
いては理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた控訴人主任審査官は、同月30日、同被
控訴人らに同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
三 争点
1 本件各裁決の適法性について
 被控訴人らの主張
 在留特別許可を付与しなかった判断の違法性について
ア 在留特別許可に関する法務大臣の裁量権の範囲
日本国憲法は、国会を国権の最高機関と定めていることから、国家の裁量は、第一義
的には国会に属するものとして立法裁量に現れることとなる。その立法裁量の結果とし
て、特定の場合には外国人に入国・在留を許可すべく行政庁に義務付けをすることもあ
り、行政庁に裁量を与えつつ、許可内容に制約を付すこともある。そして、憲法の精神や
「法律による行政の原理」からすれば、行政庁に全くの自由裁量が付与されることなどあ
り得ないのであって、一定の裁量権が与えられたとしても、その根拠となる法律の目的
及び趣旨等によって覊束裁量となるのである。この点、法は、「出入国の公平な管理」を
目的としており(1条)、「出入国の公平な管理」とは、国内の治安や労働市場の安定など
公益並びに国際的な公正性、妥当性の実現及び憲法、条約、国際慣習、条理等により認め
られる外国人の正当な利益の保護を図るための管理を意味する。法50条1項の趣旨も、
この公益目的と外国人の正当な権利・利益の調整を図ることにあり、法務大臣の裁量権
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もこの趣旨の範囲内で認められるにすぎない。
法務大臣の裁量権は、法の目的及び法50条1項の趣旨に覊束されるものであり、法も
平成元年の法改正によって各在留資格に関する審査基準を省令で定めて交付し、行政の
裁量の幅を減少させようとしているところであり、在留特別許可の制度に恩恵的な面が
あるとしても、そこから法務大臣の「極めて広範な裁量権」が導かれるものではない。
イ 本件における裁量権の逸脱又は濫用の存在
ア 帰国した場合の被控訴人らの不利益
被控訴人夫は、イランでの生活を維持するのが困難になり、やむなく来日したもの
であり、イランはいまだ政情も経済状況も不安定(イラン国内の失業率は25%を超え
ることが確実であるとされる。)であり、同国を10年以上も離れていた被控訴人夫が
同国で新たな職を得るのは極めて困難である。また、女性の社会進出が困難である同
国において、被控訴人妻が職を得ることは更に困難であって、そうすると、被控訴人
ら一家は帰国すれば路頭に迷うこととなる。さらに、日本で十数年生活した被控訴人
夫婦が、イランに帰った場合にイランの環境に適応できなくなっている可能性もあ
る。
イ 帰国による控訴人長女及び同二女への影響
イランは、1979年のイスラム革命以後、イスラム教の聖典であるコーランが最高法
規となるなど、イスラム教文化という我が国とはかけ離れた文化をもち、イスラム教
国の中でも特に厳格な規律を重んじる国であって、基本的人権の保障においても、強
い制約が存在し、特に女性は男性と比較して差別された地位に置かれている。
一方、被控訴人二女は出生時より、被控訴人長女も物心付かない2才の時から我が
国に居住し続け、日本語を使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行い、我が国の
憲法で保障された男女平等、平和主義、自由主義に基づく教育を受けているところで
あり、言語、生活習慣、文化等の点で我が国とあまりにもかけ離れたイランでの生活
になじむことが非常に困難であることは明白である。被控訴人長女は、日本語を用い
た学習により、その教育制度に適応してその中で優秀な成績を上げ、さらには高等教
育を受けることを望み、その将来においては通訳等の職業に就くことを思い描いてい
るものであり、被控訴人長女がイランに帰国した場合、上記のような困難な事態が生
ずるために、被控訴人長女が学習を継続することは不可能であり、そのために被控訴
人長女は精神的に危機的状態に置かれ、自殺の危険さえ生じかねない。
ウ 長期間平穏かつ公然と在留している事実の評価
被控訴人らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違反以外には何ら法
を犯すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活を送ってきたもので
あり、被控訴人らの我が国における在留資格を認めることによって、日本の善良な風
俗・秩序に好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすことは想定し難い。すなわ
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ち、被控訴人らは形式的には法違反という違法性を帯びた行為を行ってはいるもの
の、実質的な法益侵害に及んだ事実はなく、自ら入国管理局に出頭して違反事実を申
告したものであり、このような者に在留資格を付与すること自体が直ちに在留資格制
度の根幹を揺るがすとは考えられない。また、外国人をいわゆる「単純労働」を行う労
働力として受け入れる必要性は高く、アメリカ、フランス、イタリアといった諸外国
も非正規滞在者の大規模な正規化を行っているところであり、被控訴人らに在留資格
を認めないことによって保護されるべき国の利益は何ら存在しないといえる。
エ 被控訴人らの居住の自由の侵害
日本国憲法22条1項は、居住・移転の自由(恣意的に住居の選択を妨害されない権
利)を定めているところ、外国人であっても日本国にあってその主権に服している者
については、居住・移転の自由の保障が及ぶから、在留資格を有しない者も、退去強
制の合理性の判断なしに恣意的に住居の選択を妨害されない権利を憲法上保障されて
いるというべきである。ところが、控訴人法務大臣による本件各裁決は、被控訴人ら
が日本に生活の基盤を有して住居を構えている事実を考慮に入れておらず、居住の自
由を侵害する違法なものであり、この点に裁量権の逸脱又は濫用がある。
オ 児童の権利に関する条約違反
児童の権利に関する条約3条は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、
公的若しくは私的な社会施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行わ
れるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定し
ているところ、日本の自由な社会で人格形成を行い、日本文化を身につけた控訴人長
女及び同二女の状況にかんがみれば、控訴人らに在留特別許可を認めなかった本件各
裁決は、控訴人長女及び同二女の「最善の利益」を全く考慮しておらず、児童の権利に
関する条約3条に違反する。
カ 公平原則違反
被控訴人らに先立ち、平成11年9月11日に在留特別許可を求めて集団出頭した外
国人家族の中には、被控訴人らと同様、小学6年に在学中の長女と5才の長男を含む
イラン人家族が含まれており、この家族には平成12年2月に法務大臣より在留特別許
可がされているところ、家族構成や日本での滞在期間等条件がほぼ同じ被控訴人らに
ついて異なった判断をすることは、公平の原則に反する。
 裁決書の不作成について
出入国管理及び難民認定法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前のもの。以
下「規則」という。)43条は、「法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は、別記第61号
様式による裁決書によって行うものとする。」と定めている。同条は、単に口頭で行われた
裁決の存在を確認・記録することを求めているのではなく、裁決が裁決書という書面によ
ってされなくてはならないこと、つまり、裁決が書面による様式行為であることを定めて
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いるのである。
とすると、裁決書が作成されていない本件各裁決には極めて重大かつ明白な手続上の瑕
疵があり、本件各裁決の取消しは免れない。
 控訴人らの主張
 在留特別許可を付与しなかった判断の適法性について
ア 在留特別許可に関する法務大臣の裁量権の範囲
憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろ
ん、在留の権利ないし引き続き我が国に在留することを要求する権利を保障されている
ものでもない。在留特別許可を与えるか否かも外国人の出入国に関する処分であるか
ら、法務大臣の自由裁量にゆだねられているものと解すべきである。法務大臣は、異議
の申出に対する裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場合でも、特別に在
留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができ
るところ(法50条1項3号)、このような在留特別許可は、退去強制事由に該当すること
が明らかで、当然に我が国からの退去を強制されるべき者に対し、特別に在留を認める
処分であって、その性質は、恩恵的なものである。そして、在留特別許可の判断をするに
当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会
等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮
すべきものであることから、在留特別許可に係る法務大臣の裁量の範囲は極めて広範な
ものであり、当該裁量権の行使が違法となるのは、法務大臣がその付与された権限の趣
旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情がある場合等、
極めて例外的な場合に限られる。
イ 本件における裁量権の逸脱又は濫用の不存在
被控訴人夫、同妻及び同長女は、イランで出生、生育し、来日するまで我が国とは何ら
のかかわりのなかった者であったが、渡航目的を偽って我が国に上陸し、被控訴人夫及
び被控訴人妻は、その後間もなく不法就労を開始しているところ、不法残留に至った経
緯は極めて計画的であって、不法就労を行った期間も長く、出入国管理行政上看過し難
いものがある。被控訴人夫及び同妻の親兄弟は、イラン本国に在住し、本件各裁決当時
には、不法就労で得た金銭で本国に自宅まで購入しているのであって、被控訴人らがイ
ランに帰国したとしても本国での生活に支障はない。また、被控訴人長女及び同二女は、
未だ可塑性に富む年代にあり、仮に当初は言語や生活習慣の面で多少の困難を感じるこ
とがあるとしても(現地での生活を経験することが言語や生活習慣を身につける最善の
方法であり、両親の我が国からの退去がやむを得ないものである以上、その年齢にかん
がみると、一刻も早い帰国が望まれるというべきである。)、両親とともに帰国するのが
子の福祉又は最善の利益に適うところであることは明らかであり、他の親族の在住する
イランでの生活に慣れ親しむことは十分に可能であると見込まれるのであって、被控訴
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人らについて、我が国への在留を認めなければならない特別な事情が存在するとは認め
られない。
確かに、被控訴人らは、我が国に不法に残留する間に一定の安定した生活状態を形成
したものといえなくもないが、そもそも不法残留は、処罰の対象となる違法行為であり、
被控訴人夫及び同妻が我が国において長期間不法就労活動を行ったという事実は、違法
行為が長期間に及んだことを意味するものであるから、控訴人法務大臣が被控訴人らの
在留特別許可の可否を判断する上で、当該事実を有利な事情と解しなければならない理
由はないのであり、むしろ、長期にわたる不法残留事実や不法就労事実等が在留特別許
可の判断において消極的要素として評価されるべきものである。
以上のような諸事情を考慮すれば、控訴人法務大臣が本件各裁決に当たって付与され
た権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存
在するとは認められない。
ウ 被控訴人らの主張に対する反論
ア 被控訴人らの出身国であるイランの教育や福祉等に係る状況をみても、児童の生育
上特段の問題があると認められず、被控訴人長女及び同二女を送還することが在留特
別許可の権限を法務大臣に認めた趣旨に反する非人道的なものであるといった事情は
何ら存しないばかりか、被控訴人らは、イランに自宅を購入した時期までは、イラン
に帰国する意思を有していたが、当時小学校2年生であった被控訴人長女が帰国した
がらなかったため、そのまま不法残留を継続するに至ったのであり、帰国を前提とし
た生活設計をしていたというべきである。
イ 国際連合は、平成2年12月18日「すべての移住労働者とその家族構成員の権利保護
に関する国際条約」を採択し、その30条は、移住労働者の子が公立学校で教育を受け
る権利を有することを定め、そのような権利は、移住労働者である両親又は子の滞在
が適法でないことを理由に拒否又は制限されない旨の規定を置いているが、同条約に
ついては受け入れ国側の懸念が強く、採択から10年以上経過した平成14年末におい
ても、未だ批准国が20か国に達していないため効力の発生にも至っておらず、しかも、
そのような条約でさえ、上記30条のような規定は不法に滞在する子の在留の適法化に
関する権利を含むものと解してはならないとしているのであるから(同条約35条)、
国際的にも不法就労者の子女が流入先の国において教育を受ける利益を得ているとし
ても、流入先の国がこれを理由に当該不法就労者及びその子女の在留を適法化すべき
であるなどという合意がされている状況が存在しないことは明らかである。
ウ イスラム社会においても、男性の場合とは異なり、女性の性器切除(女性割礼)をイ
スラム教徒の義務とする見解はごく少数であり、女性割礼は北東アフリカ、西アフリ
カ、アラビア半島やマレーシアの一部などに限定された習慣であるとされ、イランの
国内情勢に関する英国移民局の報告書は、「児童の虐待について知られた類型はない」
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とし、女性割礼について何ら触れていないのであるから、イランにおいて女性割礼が
法的又は社会的に義務とされている状況があるとは認め難い。
エ 被控訴人らと同様、出頭申告当時小学生だった子を有する不法残留外国人の家族に
ついて在留特別許可がされた例はあるが、他方、被控訴人らとともに、平成11年12月
27日に東京入管に出頭申告した不法残留中のイラン人5家族については被控訴人ら
を含む4家族が在留特別許可を受けることなく退去強制令書発付処分を受けている。
そもそも、在留特別許可は諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定される
べき恩恵的措置であって、その許否を拘束する行政先例ないし一義的、固定的基準な
るものは存在しないのであって、類似事例において在留特別許可がされているからと
いって、直ちに本件各裁決が違法になるとはいえない。また、仮に、本件各裁決が実務
に反するものであるとしても、前記アの裁量の本質が実務によって変更されるもので
はなく、原則として当不当の問題が生ずるにすぎない。
オ 不法残留者を中心とする不法就労者が我が国に多数存在するのは事実であるが、そ
れは多数の不法就労者が新たに発生し続けている結果であって、不法就労活動が我が
国の社会に容認されているからでもなければ、厳格な取締りが行われていないからで
もない。被控訴人らの居住地である群馬県でも不法就労活動が容認されているなどと
いう事実はなく、平成12年の群馬県議会においては「大量の不法滞在者が存在すると
いうことは、来日外国人による犯罪の温床となっている。」、「入国管理局との合同取締
りということに重点を置いて」いるとして、平成11年には41人を、平成12年には11月
末までに366人を摘発して不法滞在者の定着化の阻止と減少を図っていることが報告
されており、平成12年に全国で警察に検挙された法違反者は5862人である。群馬県
において法違反者の摘発が積極的に行われていないことはない。また、平成12年に退
去強制手続を採った不法就労者4万4190人中、群馬県で稼働していたものは1769人、
平成13年に退去強制手続を採った不法就労者3万3508人中、群馬県で稼働していた
者は1448人となっており、いずれも全国都道府県中8位となっている。さらに、平成
14年11月に全国の地方入国管理官署が行った法違反外国人の一斉摘発において摘発
された法違反者855名中、群馬県で摘発された者は58名であり、これは、大阪、東京、
埼玉に次いで全国都道府県中4位という高い順位となっているのであり、中小企業・
零細企業を中心に「単純労働者」を望む声が強く、日本政府は厳格な形で外国人労働
者による不法就労の取締りを行っていないということはない。
エ 以上のとおり、控訴人法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明ら
かに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存在するとは認められ
ないから、本件各裁決に何らの違法性もない。
 裁決書の不作成について
本件各裁決に当たり、裁決書は作成されていないが、このことは、退去強制手続におけ
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る控訴人法務大臣への異議の申出に対する裁決の効力に影響するものではない。
すなわち、法は、法49条3項の裁決を行うに当たり、文書によって行うべきことを規定
しておらず、法49条3項の裁決については、外部への表示は、主任審査官による容疑者の
放免(法49条4項)又は主任審査官が容疑者に対して法務大臣が異議の申出は理由がない
と裁決した旨を知らせること(法49条5項)によって行われるのであって、裁決はこれに
より有効に成立している。規則43条においては、「法第49条3項に規定する法務大臣の裁
決は、別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。」とされているが、これは法
49条3項の裁決に当たっての意思決定における内部的手続を定めたものにすぎず、その不
作成は、法49条3項の裁決自体の効力には何らの影響を及ぼすものではない。
2 本件各退令発付処分の適法性について
 被控訴人らの主張
 本件各裁決の違法を承継することによる違法
前記のとおり、本件各裁決が違法である以上、これに基づいてされた本件各退令発付処
分も違法である。
 本件各退令発付処分固有の違法
ア 退去強制令書発付処分が裁量行為であること
ア 法24条の規定
法24条は「次の各号のいずれかに該当する外国人については、次章に規定する手続
により、本邦からの退去を強制することができる。」と規定し、これらは、単に退去強
制事由を列挙したにすぎないと解するのは相当でなく、具体的な担当行政庁の権限行
使のあり方をも同時に規定しているととらえるべきである。
そして、同条の文言が「することができる」と規定されていることによれば、裁量の
幅がいかなるものかはともかく、24条各号に該当する外国人について、退去強制手続
を開始し最終的に退去強制令書を発付するかについては、立法者が行政庁に対して一
定の幅の効果裁量を認めたものというほかない。また、本件各退令発付処分のように
侵害的行政行為であって、第三者に対する関係でも受益的な側面をもたないものにつ
いては、裁量の範囲自体は当該行政行為の目的等に従って自ずと定まるにしても、上
記の法律の文言を裁量を示すものと解することに何ら支障がない。
イ 行政法の伝統的解釈からの説明
行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合行政庁はこ
れを行使しないことができるとの考え方(行政便宜主義)が一般的であり、特に、外国
人の出入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公
共の安全と秩序を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必
要最小限度にとどまるべきであると考えられている(警察比例の原則)ところであり、
退去強制令書発付について担当行政庁に裁量が与えられるということは、伝統的な解
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釈に沿うものである。
ウ 退去強制令書発付処分についての裁量の必要性
退去強制令書の発付について裁量権を認めないと、本国及び市民権のある国に送還
することができず、しかも第三国への入国許可を受けていない外国人など退去強制令
書を発付しても執行が不能であることが明らかな場合にも、主任審査官は退去強制令
書を発付しなければならないという背理を生ずる。
エ 手続の実際
法第5章の手続規定を見ると、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国
人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法47条4
項、48条8項、49条5項)、退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量
は、具体的には、退去強制に関する上記規定を介して主任審査官に与えられていると
いうべきである。
オ 他の機関の裁量との関係
退去強制の各段階で、統計上「中止処分」や「その他」といった分類がされる事案が
存在するとおり、退去強制手続が開始されたからといって、必ずしも退去強制令書発
付など法の定める終局処分を行わなくてもよい場合があり、違反調査の段階、違反審
査の段階、口頭審理の段階、裁決の段階といった退去強制手続の各段階において、そ
れぞれの担当者が裁量権を有していることは明らかである。そして、退去強制手続に
おいては、退去強制の執行方法や送還先の指定を初めて行い、我が国から退去すべき
義務を具体的に確定するものと解される点で、一連の手続において法が各行政庁に対
して与えた裁量が集約しているものであるということができる。
これらの事情によれば、退去強制手続を進行させるかどうかについては、国家の裁
量権があり、その各段階においても担当者に裁量権があることから、その最終段階で
ある退去強制令書の発付の段階でも主任審査官に裁量があることは明らかである。主
任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをい
つ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはなら
ないとの規範も与えられているのである。
イ 比例原則違反
ア 比例原則
比例原則違反は、法治国家原理、基本権の保障等を根拠とする憲法上の法原則であ
り、過剰な国家的侵害から私人の法益を防御することにあり、我が国でも、その根拠
には諸説あるものの、権力行政一般について適用されることについては異論がないと
されている。具体的には、適合性の原則(目的を達成するための手段が意図した目的
達成の効果を持ちうること)、必要性の原則(目的を達成するための手段が当事者にと
って最も負担の少ないものでなければならないこと)、狭義の比例性(手段と目的との
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均衡が取れていること、要するに、当該手段を用いることによって得られる利益が当
該手段によって損なわれる利益を上回っていること)等が内容となる。
イ 本件における比例原則違反
a 本件各退令発付処分により損なわれる利益
本件各退令発付処分により、被控訴人らが政情も経済状況も不安定なイランに帰
国し極めて困難な生活を強いられること、被控訴人長女及び同二女が物心ついてか
ら慣れ親しんだ我が国の文化とはかけ離れたイランでの生活を行うこととなること
等、本件各退令発付処分により損なわれる利益は極めて大きい。
b 本件各退令発付処分により得られる利益
前記のとおり、被控訴人らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違
反以外には何ら法を犯すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活
を送ってきたものであり、被控訴人らの我が国における在留資格を認めることによ
り、日本の善良な風俗・秩序に好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすこと
は想定し難く、被控訴人らに在留資格を認めないことによって保護されるべき国の
利益は何ら存在しない。
c 小括
以上によれば、本件各退令発付処分によって損なわれる利益と得られる利益とを
比較衡量すると、前者の方がはるかに大きいのは明らかであり、本件各退令発付処
分には比例原則違反があるといえる。
 控訴人らの主張
退去強制手続において、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知
を受けた場合、主任審査官は、退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから、本件各
裁決が違法であるといえない以上、本件各退令発付処分も適法である。
在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の
国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事
情を総合的に考慮すべきものであることは前記のとおりであるから、法務大臣から「異議の申
出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は、時機を逸することなく、速
やかに退去強制令書発付処分をしなければならず、そうであるからこそ、法49条5項も「すみ
やかに当該容疑者に対し……退去強制令書を発付しなければならない」とするものであって、
退去強制令書の発付時期について主任審査官に裁量権があるとはいえない。
法は、法務大臣が在留特別許可の権限を行使するか否かの判断を行う過程においてのみ、退
去強制事由に該当する外国人の在留を例外的に認める裁量を認めており、異議の申出を受けた
法務大臣が、在留特別許可に関する権限を発動せず、異議の申出に理由がないとの裁決を行っ
た場合には、それは我が国が国家として当該外国人を退去強制すべきとする最終的な意思決定
をしたことを意味するものであって、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮
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監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはそ
の適用時期を考慮できるとすることは行改組織法上の観点からして考えられず、法がこのよう
な立法政策を採用しているとは考えられない。また、法は、在留資格のない外国人が我が国に
適法に在留することは、明文で定められた例外を除いて予定していないところ、主任審査官が
裁量により退去強制令書を発付しない場合に、当該外国人が引き続き我が国に在留するための
法的地位を定める手続規定は存在しないのであって、法は、主任審査官の裁量により退去強制
令書を発付しないという事態を想定していないというべきである。
したがって、主任審査官に退去強制令書を発付するか否かに係る裁量権限がある旨の被控訴
人らの主張には理由がないというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 本件各裁決の取消しを求める訴えの適否について
1 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)は、抗告訴訟につき、「行政庁の公権力の行使に関
する不服の訴訟をいう。」と規定し(3条1項)、その具体的な類型として、「行政庁の処分その
他公権力の行使に当たる行為」の取消しを求める訴え(行訴法3条2項)、「審査請求、異議申立
てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の行為」の取消しを求める訴え(行
訴法3条3項)等を定めている。
そして、行訴法3条2項にいう「公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁がその優越的地位
に基づき公権力の発動として行う行為であって、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的
な影響を与えるものをいい、行訴法3条3項にいう「裁決」とは、行政庁の処分その他公権力の
行使に関し相手方その他の利害関係人が提起した審査請求、異議申立てその他の不服申立てに
対して、行政庁が義務として審理判定した行為をいうものと解されるところ、この「裁決」には、
行政不服審査法で定める審査請求及び再審査請求に対する裁決並びに異議申立てに対する決定
のほか、他の法令で定める特別の不服申立てに対する義務的な応答行為も含まれるものという
べきである。
2 ところで、退去強制手続において入国審査官、特別審理官及び法務大臣がそれぞれ行う認
定、判定及び裁決に関する法の規定は、次のとおりである。
 入国審査官は、法44条の規定により容疑者の引渡しを受けたときは、容疑者が法24条各
号の一に該当するかどうかをすみやかに審査し(法45条1項)、審査の結果、容疑者が法
24条各号のいずれかにも該当しないと認定したときは、直ちにその者を放免しなければな
らず(法47条1項)、逆に、法24条各号のいずれかに該当すると認定したときは、すみやか
に理由を付した書面をもって、主任審査官及びその者にその旨を知らせなければならない
(同条2項)。
 上記通知を受けた容疑者は、上記認定に異議があるときは、通知を受けた日から3日以
内に、口頭をもって、特別審理官に対し、口頭審理の請求をすることができ(法48条1項)、
特別審理官は、口頭審理の結果、同認定が事実に相違すると判定したときは、直ちにその
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者を放免しなればならず(同条6項)、逆に、同認定に誤りがないと判定したときは、すみ
やかに主任審査官及び当該容疑者にその旨を知らせるとともに、当該容疑者に対し、法49
条の規定により異議を申し出ることができる旨を知らせなければならない(同条7項)。
 上記通知を受けた容疑者は、上記判定に異議があるときは、通知を受けた日から3日以
内に、法務省令で定める手続により、不服の事由を記載した書面を主任審査官に提出して、
法務大臣に対し異議を申し出ることができ(法48条1項)、法務大臣は、その異議の申出を
受理したときは、異議の申出が理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に
通知しなければならない(同条3項)。
 主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由があると裁決した旨の通知を受けたとき
は、直ちに当該容疑者を放免しなければならず(同条4項)、異議の申出が理由がないと裁
決した旨の通知を受けたときは、すみやかに当該容疑者に対し、その旨を知らせるととも
に、法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならない(同条5項)。
 上記のとおり、法44条の規定により引渡しを受けた容疑者が法24条各号のいずれかに該
当する旨の入国審査官の認定は、私人を名宛人とし、退去強制という強度の侵害作用の要件
である退去強制事由を認定するものであり、これを受けた容疑者は、以後、すみやかに退去
強制令書を発付され、実力をもって退去を強いられることとなるのであるから、上記認定は、
入国審査官がその優越的地位に基づき、公権力の発動として行う行為であって、容疑者の法
律上の地位に直接具体的な影響を与えるものとして、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分そ
の他公権力の行使に当たる行為に該当するものというべきである。
また、口頭審理の請求を受けた特別審理官による判定は、入国審査官の認定に対する不服
申立てに対して義務として応答するものであるから、行訴法3条3項の「裁決」に当たるも
のというべきである。
そして、法49条1項の異議の申出を受けた法務大臣による裁決も、特別審理官の判定に対
する不服申立てに対して義務として応答するものであるから、やはり、行訴法3条3項の「裁
決」に当たるものというべきである。
3 もっとも、前記のとおり、法49条3項の法務大臣の裁決の結果は、法49条1項の異議の申
出に理由がある場合及び理由がない場合のいずれにおいても、直接当該容疑者に対して通知
するのではなく、主任審査官に対して通知すべきものとされており(法49条3項)、法務大臣
がその名において異議の申出をした当該容疑者に対し直接応答すべきものとはされていな
い。
しかし、法は、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由があると裁決した旨の通知
を受けたときは、直ちに当該容疑者を放免しなければならず(法49条4項)、法務大臣から異
議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、すみやかに当該容疑者に対し、
その旨を知らせるべきこととしている(同条5項)のであり、これらは、法49条3項の法務
大臣の裁決があったことを告知する行為にほかならず、処分権者と通知者とが異なるという
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にすぎないのであって、この点を理由に法49条3項の法務大臣の裁決が行訴法3条3項の裁
決に該当しないということはできない。
 また、法49条1項は、法48条7項の特別審理官の判定についての法務大臣に対する不服申
立てについて、行政不服審査法上の用語である「異議の申立て」を用いずに、「異議の申出」
との用語を用いている。
しかし、前記のとおり、行訴法3条3項の「裁決」には、行政不服審査法で定めている審査
請求及び再審査請求に対する「裁決」、異議申立てに対する「決定」のほか、他の法令で定め
る特別の不服申立てに対する応答行為も含まれるのであり、その応答行為が行訴法3条3項
の「裁決」に該当するかどうかは、当該不服申立ての名称によって決まるものではなく、行政
庁の処分その他公権力の行使に閲し、相手方その他の利害関係人が提起した不服申立てに対
して、行政庁が義務として審理判定した行為といえるかどうかという性質によって決まると
いうべきである。
そして、外国人の出入国に関する処分は、行政不服審査法の対象外とされていること(同
法4条1項10号)にも照らすと、法49条1項が法48条7項の特別審理官の判定についての法
務大臣に対する不服申立てについて、「異議の申出」という用語を用いているからといって、
それが行政不服審査法にいう異議申立て、審査請求又は再審査請求と性質を異にするもので
あり、それに対する応答行為が行訴法3条3項の裁決に当たらないということはできないも
のというべきである。
 なお、法には、在留特別許可について容疑者の申請権を認める規定は存しない。しかし、在
留特別許可は、法49条3項の裁決をするに当たってされるものではあるが、同項の裁決その
ものではなく、それとは別個の処分であるから、在留特別許可について申請権が認められて
いないからといって、法49条1項の異議の申出が行訴法3条3項の「審査請求、異議申立て
その他の不服申立て」に当たらないということはできず、したがって、それに対する法務大
臣の裁決が同項の裁決に当たらないということはできない。
 本件各裁決について、裁決書が作成されていないことは、当事者間に争いがない。しかし、
一般に、裁決書が作成されなければ行訴法3条3項の裁決に当たらないということはでき
ず、このことから、法49条3項の法務大臣の裁決が行訴法3条3項の裁決に当たらないとい
うことはできない。
4 以上によれば、法49条3項の法務大臣の裁決は、行訴法3条3項の裁決に当たり、取消訴訟
の対象となるというべきである。
二 本件各裁決の適法性について
1 在留特別許可を付与しなかった控訴人法務大臣の判断の適否に

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