退去強制令書執行停止申立事件
平成16年(行ク)第31号
申立人:A、相手方:東京入国管理局横浜支局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:鶴岡稔彦・新谷祐子・加藤晴子)
平成16年4月14日
決定
主 文
1 相手方が平成15年10月30日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、平
成16年4月15日午後3時以降、本案事件(当庁平成16年(行ウ)第45号退去強制令書発付処分取
消等請求事件)の第一審判決の言渡しまでの間、これを停止する。
2 申立費用は相手方の負担とする。
理 由
第1 申立の趣旨
主文同旨
第2 申立の理由
本件申立の要点は、申立人は、難民の地位に関する条約第1条A(昭和56年条約第21号。以下
「難民条約」という。)及び出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)61条の2に規定する
難民に該当するところ、法務大臣が、法60条の2の8(難民に関する法務大臣の裁決の特例)に
よって在留特別許可をすることなく、申立人がした法49条1項の異議の申出に対して同異議の申
出に理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、これを受けて相手方が退去強制令書
発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)をしたのは違法であり、本件裁決及び本件退令発
付処分は取り消されるべきであるから、本件は「本案について理由がないとみえるとき」(行政事
件訴訟法25条3項)に当たらず、申立人には本件退令発付処分による回復困難な損害を避けるた
めに執行停止を求める緊急の必要性があるというものである。
相手方は、本件執行停止申立は、執行停止を許さないとする要件である行政事件訴訟法25条3
項に定める「本案について理由がないとみえるとき」、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ
があるとき」に該当し、かつ、執行停止の要件である同条2項に定める「回復の困難な損害を避け
るため緊急の必要があるとき」に該当しないから、理由がないと主張する。
第3 当裁判所の判断
1 執行停止の必要性(行政事件訴訟法25条2項)について
 送還部分について
本件退令発付処分の送還部分が執行された場合、申立人は、その意思に反して本国に送還さ
れることとなり、それ自体が申立人にとって重大な損害になる上に、仮に申立人が本案事件に
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おいて勝訴判決を得ても、送還前に置かれていた原状を回復する制度的な保障はないことに加
え、申立人自身が法廷において尋問に応ずることが不可能となって立証活動に著しい支障を来
し、また、訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打ち合わせができなくなるなど、申立
人が本案事件の訴訟を追行することも著しく困難となるおそれがあるものというべきであるか
ら、「回復の困難な損害を避けるための緊急の必要」があるものというべきである。
 収容部分について
ア 次に収容部分について検討する
本件は、適法な在留期間を超えて本邦に在留していた申立人が、法24条4号ロに該当する
ものとして、退去強制令書の発付処分を受けた事案であり、一件記録によれば、申立人が《日
付略》に短期滞在の在留資格で本邦に入国したこと、申立人は、本邦入国後、一度も在留資格
の更新を受けることなく、現在まで本邦に在留していることが認められることからすれば、
申立人は、法24条4号ロの退去強制事由に該当する。
相手方は、申立人は在留期間を途過して本邦に在留する者であって、そもそも本邦に在留
を許される者ではないことは明らかであり、申立人に対する本件退令発付処分の執行を停止
し、申立人を釈放することは、法が予定していない在留外国人を作り出すことになるから、
安易に認められるべきではないこと、在留資格を有しない外国人を収容することは、退去強
制令書の発付に伴って当然に予定されている事柄であり、このことによって当該外国人に生
じる損害は、行政処分の執行に従って通常発生する損害であり、執行停止の要件とされる回
復困難な損害には当たらないと主張している。
イ ところで、相手方の主張を前提としても、適法な在留資格を得て本邦に在留中の外国人が
誤って在留資格を取り消された場合には、当該外国人は本来であれば依然として本邦に適法
に在留し、活動する資格を有していたはずであったといえるのであるから、このような外国
人の地位は、なお十分保護に値するというべきであり、このような者が違法な退令発付処分
によって収容された場合は、本来保護されるべきであった本邦における活動の利益が奪われ
た上、さらに、身柄が収容されることそれ自体で重大な不利益が生じるのであり、これは一
般的には金銭賠償によって救済することは困難であるというべきことからすると、当該外国
人には回復困難な損害が生ずるということができる。
他方、上記のように適法に取得した在留資格が取り消されたような場合とは異なり、もと
もと適法な在留資格を有さないことが明らかな者(不法入国者や在留期間途過が明らかな不
法在留者など)については、これらの者を収容したとしても、本来本邦における活動が許さ
れていないのであるから、これらの者の自由な活動を認めることは法の予定するところでは
ないといい得るのであり、これらの者が身柄を収容されることによって生じる不利益を考慮
しても、なおこれらの者に対しても本邦において活動を許すべき特別の事情(収容された状
態では受けられない手術の予定があるなど)がない限り、やはり回復困難な損害に当たると
いうことは困難であり、この点は相手方の指摘するとおりである。
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しかしながら、法は、61条の2の8において、難民認定を受けている者については、 退去
強制事由に該当する場合でも法務大臣の裁量によって在留を特別に許可することができるこ
とを明文で定めているから、本邦に不法に滞在していた者であっても、その者が難民認定を
受けている者であれば、当該外国人は、その難民性が適切に考慮されることにより適法な在
留資格を付与されるべき者であるということができるから、このような外国人については、
単純な不法入国者や不法在留者と同視することは許されず、むしろ、本来本邦における適法
な在留を許されるべき者が、誤って収容を受けたものとして、 上記のような適法な在留資格
を誤って取り消された者と同視することができるというべきである。
また、上記のように手続上の難民認定を受けていない者であっても、 本来難民として認定
されるべき事情を備えていると認められる者であれば、本来であれば難民認定を受けること
によって実際に難民認定を受けた者と同じ扱いを受けるべき者であったといえるのであるか
ら、こうした者についても、本来本邦における適法な在留を許されるべき者が誤って収容さ
れたものとして上記の場合と同視することができるというべきである。
ウ 以上をまとめると、退去強制令書の発付に伴う収容は、外国人の身柄を拘束してその自由
な活動を禁止するものであるから、それ自体重大な不利益であり、一般的には金銭賠償によ
って救済することは困難であるというべきであるが、当該外国人が適法な在留資格を付与さ
れていない者、また付与されるべき者でもない場合は、こうした者は本来本邦における自由
な活動が許されていない者であるから、これらの者の身柄を拘束して退去強制手続を行う間
収容を継続したとしても、本来有しているわけではない利益が与えられなかったにすぎない
のであるから、原則として回復困難な損害が生じるものとはいえないのに対し、本来適法な
在留資格が取り消されるべきではないあるいは新たに付与されるべき者である相当程度の
蓋然性が認められる場合には、これらの者を収容することによって本邦における活動の自由
を全面的にはく奪することについては、やはり回復困難な損害を生じさせるというべきであ
る。
エ このような理解を前提に、一件記録から窺われる申立人の個別事情を検討する。
ア 申立人は、《日付略》《地名略》において出生したイラン国籍を有する男性であり、平成《日
付略》、正規のパスポートでイランを出国し、同月《日付略》、短期滞在(《日数略》)の資格
で本邦に入国した。なお、申立人は、それまでに本邦に入国したことはない。
申立人は、在留期間の更新手続を経ることなく、平成《日付略》までの在留期間を超えて
現在まで本邦に在留している(乙4)。
イ 申立人は、平成《日付略》、法務大臣に対し難民認定の申請を行ったが、平成《日付略》、
難民不認定処分を受け、同日異議の申出を行ったが、平成《日付略》、理由なしとする裁決
がなされ、同月《日付略》、申立人に告知された。
申立人は、難民認定の申請をしたことから、平成《日付略》、法24条4号ロ該当容疑者と
して立件され、平成《日付略》発付の収容令書によって同月《日付略》収容されたが、即日
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仮放免を許可されるとともに、上記退去強制事由該当の認定通知を受けた。
申立人は、同日口頭審理を請求し、平成《日付略》、口頭審理が行われ、その結果認定に
誤りなしと判定されたことから、同日法務大臣に対して異議を申し出た。
平成《日付略》、法務大臣によって異議申出にかかる理由なしとする本件裁決がなされ、
同月《日付略》、申立人は、被告から本件裁決の告知を受けるとともに、本件退令発付処分
を受けた。同日、申立人は、入国管理局《地名略》収容場に収容され、同年《日付略》、東日
本入国管理センターに移収された(以上乙1)。
ウ 申立人は、イラン在住時には、政府に対する反感を有していたものの、政治的な活動を
行ったことはなく、本邦入国後もしばらくは政治活動を行っていなかった。申立人は、平
成3年ころ、イラン国籍のB党支持者と知己になったことをきっかけに政治活動に参加す
るようになり、平成4年には《国名略》に本部を置くCに加入し(疎甲1)、年に数回にわ
たり同党が発行する機関誌等にペンネームを使ってイラン政府を批判する内容の寄稿を
し、同党に支援金を送金したほか、本邦内の外国人労働者組合(D組合の外国人組合分会)
の活動にも参加し、本邦で行われた外国人問題に関するデモあるいは反戦デモ等において
イラン政府に反対する意見表明をするなど積極的な政治活動を行っていることが一応認め
られる(疎甲2、7、8の1、2)。
また、申立人は、平成7年ころには、イラン国籍の友人とCの日本支部(E)を結成し、
イラン政府を批判する内容の機関誌(日本語版)を数回発行する活動も行っていたが、当
該友人との間に不和が生じたため、現在はその活動を停止している(疎甲3ないし6)。
エ 申立人は、難民申請手続あるいは退去強制手続において、本邦におけるイラン国籍の知
人が申立人の本邦における政治活動の内容をイラン国大使館あるいは本国政府に密告した
こと原因となって、イラン在住の申立人の兄が10年以上前の罪によって身柄を拘束され、
莫大な罰金を科せられた事実があると述べ、申立人がイランに帰国すれば、 本邦において
反政府活動を行った者として身柄を拘束され、死刑を含む重大な刑罰を科されるほか、拷
問や虐待を受けることになり、生命に危険が生じると述べている(乙11、16の1、17の7)。
オ イランにおける反政府活動者に対する扱い
英国・米国政府の報告書(疎甲10、乙23)、アムネスティの報告書(疎甲9)によれば、イ
ランおいては、海外から帰国した者に対して、海外で反政府活動に関わった証拠の探索を目
的として、政府当局による検査と徹底した尋問が行われること、申立人の加入しているCは
英国政府発行のイラン国別評価2002年4月版(乙23)に国内で活動を許されていない反政府
グループのひとつとして記載されていること、イランにおいては、イランの憲法の原理であ
るイスラム教聖職者の最高性に対する公的な反対は許容されておらず、反政府活動を行う者
がしばしば誘拐され、殺害されることがあること、政府に異議を唱えることを犯罪とする法
律が存在すること、海外に在留する反政府活動者に対しても、政府命令により国外で暗殺が
行われることがあること、国内の政治犯に対する裁判手続は恣意的な面があり適正な手続が
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保障されているとは言い難いこと、身柄を拘束された者に対しては官憲による広範な拷問、
虐待が行われていることが報告されている。
カ 申立人の上記個別事情にイランにおける反政府活動者に対する扱いについての報告内容を
総合すると、現段階の疎明資料及び立証資料によれば、申立人がイランに帰国した場合、申
立人の有する政治的意見(共産主義者としての思想)及び活動(本邦内における反政府活動)
のために、身柄を拘束され、拷問、虐待を受けるほか、場合によって生命に危険が生じる蓋然
性があり、申立人には、政治的意見の故に迫害を受けるおそれがあるとして難民条約上の難
民に該当するとされる蓋然性が相当程度あるということができる。
キ そうすると、申立人は、本来難民として認定されることにより、本邦に適法に在留し、本邦
において活動する利益を有する者である蓋然性があるから、このような申立人を収容するこ
とは申立人が有する利益を不当にはく奪するものであり、申立人に回復困難な損害を生じさ
せるものであるといわざるを得ない(なお、本件各疎明資料によれば、申立人が法61条の2
第2項に定める期間内に難民認定申請を行ったといえるかどうかには疑問の余地があるもの
といわざるを得ないが、これによって原告が難民としての庇護を受ける利益を放棄したとは
いえないのであるから、この点を重視して、回復困難な損害が生じていないというのは相当
ではない。)。
よって、本件申立における個別事情に照らせば、本件申立については、収容部分について
も、回復困難な損害を避けるための緊急の必要があり、執行停止の必要性があるものという
べきである。
2 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)の要件に該当するか否か
について
現段階においては、申立人が、難民条約上の難民に該当し、適法な在留資格を付与されるべき
者である蓋然性が相当程度あることは1記載のとおりであり、仮にそのような立証がなされれば
本件裁決及び本件退令発付処分は申立人の難民性を考慮せずになされた違法なものとして取り消
されることも十分あり得るから、本件申立は本案について理由がないとみえるときには該当しな
いことは明らかである。
3 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当する
かどうかについて
相手方が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとして主張するところは、 執行停止に
よる一般的な影響をいうものであって具体性がなく、本件において、本件退令発付処分に基づく
送還及び収容の執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうか
がわせる疎明はない。
なお、申立人は、《日付略》、他人の自転車に乗っていたという事実により占有離脱物横領容疑
で警察署まで任意同行された事実が認められるが、この件は、被害回復によって微罪処分となり、
申立人は身柄引受人とともに帰署したというのであるから(以上乙10)、このことをもって申立
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人を収容しなければ公共の福祉に重大な影響があることを根拠付けるものとはいえない。
4 結論
よって、本件申立は、理由があるからこれを認容することとし、申立費用の点について、行政事
件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。

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