退去強制令書発付処分取消等請求事件
平成15年(行ウ)第340号
原告:Aほか5名、被告:東京入国管理局長・東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第38部(裁判官:菅野博之・鈴木正紀・馬場俊宏)
平成16年11月5日

判決
主 文
一 被告東京入国管理局長が、原告Aに対して平成15年3月19日付けでした同原告の出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
二 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Aに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
三 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告Bに生じた費用の全部、被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし、原告Cに生じた費用の全部、被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし、原告Dに生じた費用の全部、被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし、原告Eに生じた費用の全部、被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし、原告Fに生じた費用の全部、被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同原告の負担とし、原告Aに生じた費用の2分の1及び被告東京入国管理局長に生じた費用の6分の1を同被告の負担とし、原告Aに生じた費用の2分の1及び被告東京入国管理局主任審査官に生じた費用の6分の1を同被告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
一 被告東京入国管理局長が、原告Bに対して平成15年3月19日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
二 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Bに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
三 被告東京入国管理局長が、原告Cに対して平成15年3月19日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
四 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Cに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
五 主文第一項と同旨
六 主文第二項と同旨
七 被告東京入国管理局長が、原告Dに対して平成15年3月19日付けでした同原告の出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
八 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Dに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
九 被告東京入国管理局長が、原告Eに対して平成15年3月19日付けでした同原告の出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
一〇 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Eに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
一一 被告東京入国管理局長が、原告Fに対して平成15年3月19日付けでした同原告の出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
一二 被告東京入国管理局主任審査官が、原告Fに対して平成15年5月7日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。 
第二 事案の概要
本件は、法務大臣から権限の委任を受けた被告東京入国管理局長(以下「被告入管局長」という。)から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の各裁決を受け、被告東京入国管理局主任審査官(以下「被告主任審査官」という。)
から退去強制令書の各発付処分を受けた原告らが、上記各裁決には、①被告入管局長が原告らの退去強制が著しく不当であると判断しなかったことについて事実誤認の違法、②被告入管局長が原告らに在留特別許可を付与しなかったことについて裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があり、③これらの裁決を前提としてされた退去強制令書の各発付処分も違法である旨主張して、各裁決及び各発付処分の取消しを求める事案である。
一 前提事実
証拠により容易に認めることのできる事実は、その旨付記してあり、それ以外の事実は当事者間に争いがない。
1 原告らの身分事項について
 原告B(以下「原告B」という。)は、昭和37年(1962年)1月30日、フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)において出生したフィリピン国籍を有する男性の外国人である。
 原告C(以下「原告C」という。)は、昭和42年(1967年)5月16日、フィリピンにおいて出生したフィリピン国籍を有する女性の外国人である。
 原告Bと原告Cは、昭和61年(1986年)1月15日にフィリピンにおいて婚姻をした夫婦である(乙17の2、18の6)。
 原告A(以下「原告A」という。)は、昭和63年(1988年)6月20日、日本において出生したフィリピン国籍を有する女性の外国人である。
 原告D(以下「原告D」という。)は、平成5年1月28日、日本において出生したフィリピン国籍を有する男性の外国人である。
 原告E(以下「原告E」という。)は、平成9年2月21日、日本において出生したフィリピン国籍を有する男性の外国人である。
 原告F(以下「原告F」という。以下、原告A、原告D、原告E及び原告Fを総称して「原告子ら」という。)は、平成11年12月21日、日本において出生したフィリピン国籍を有する男性の外国人である。
2 原告らの入国・在留状況について
 原告Cは、昭和61年(1986年)4月12日ころ、新東京国際空港(以下「成田空港」という。)に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官に対し、他人である「C’」名義の偽造旅券を提示して、本邦に不法に入国した。
 原告Bは、昭和61年5月15日、成田空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官から、平成元年法律第79号による改正前の入管法(以下「旧入管法」という。)4条1項4号所定の在留資格、在留期間15日とする上陸許可を受けて、本邦に上陸した。
その後、原告Bは、在留資格の変更又は在留期間の更新を受けることなく、在留期限である同月30日を超えて、本邦に不法残留している。
 原告Cは、昭和63年6月20日、群馬県群馬郡《地名略》所在の病院において、原告Bとの間の子である原告Aを出産した。
原告Aは、旧入管法22条の2第1項の定める在留期限である同年8月19日を超えて、本邦に不法残留している。
 原告Cは、平成5年1月28日、長野県佐久市(以下「佐久市」という。)所在の病院において、原告Bとの間の子である原告Dを出産した。
原告Dは、平成13年法律第136号による改正前の入管法(以下「改正前入管法」という。)22条の2第1項の定める在留期限である同年3月29日を超えて、本邦に不法残留している。
 原告Cは、平成9年2月21日、佐久市所在の病院において、原告Bとの間の子である原告Eを出産した。
原告Eは、改正前入管法22条の2第1項の定める在留期限である同年4月22日を超えて、本邦に不法残留している。
 原告Cは、平成11年12月21日、長野県南佐久郡《地名略》所在の病院において、原告Bとの間の子である原告Fを出産した。
原告Fは、改正前入管法22条の2第1項の定める在留期限である平成12年2月19日を超えて、本邦に不法残留している。
 原告Bは、長野県佐久市長(以下「佐久市長」という。)に対し、平成5年12月8日、外国人登録法(以下「外登法」という。)に基づく新規登録申請をした。
 原告A及び原告Dは、佐久市長に対し、平成5年12月8日、それぞれ出生を事由とする外登法に基づく新規登録申請をした。
 原告Eは、佐久市長に対し、平成9年3月13日、出生を事由とする外登法に基づく新規登録申請をした。
 原告Fは、佐久市長に対し、平成12年3月16日、出生を事由とする外登法に基づく新規登録申請をした。
 原告Cは、佐久市長に対し、平成12年8月30日、本名である「C」名義で外登法に基づく新規登録申請をした。
 原告Bは、平成13年3月12日に、原告子らは、同月13日に、原告Cは、同年8月13日に、それぞれ佐久市長に対し、外登法に基づく居住地変更登録をした。
 原告B及び原告Cは、平成14年5月13日に、原告子らは、同月15日に、それぞれ佐久市長に対し、外登法に基づく居住地変更登録をした。
3 原告らの退去強制手続について
 原告Bの退去強制手続について
 東京入管入国警備官は、平成11年11月15日、長野県佐久警察署警察官とともに、自宅にいた原告Bを摘発した。
東京入管入国警備官は、違反調査の結果、原告Bが改正前入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、平成12年12月25日、被告主任審査官から収容令書の発付を受けた。東京入管入国警備官は、同月27日、同令書を執行して、改正前入管法24条4号ロ該当容疑者として、原告Bを東京入管入国審査官に引渡した。
被告主任審査官は、原告Bに対し、同日、仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、原告Bに関する違反審査を行った結果、平成13年3月23日、原告Bが改正前入管法24条4号ロに該当する旨の認定をし、原告Bに通知した。原告Bは、同日、口頭審理を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成14年10月18日、原告Bに関する口頭審理を行い、その結果、同日、東京入管入国審査官の認定に誤りのない旨判定し、原告Bにこれを通知した。原告Bは、法務大臣に対し、同日、異議の申出をした。
 法務大臣から権限の委任を受けた被告入管局長は、平成15年3月19日、原告Bからの異議の申出については理由がない旨の裁決(以下「本件裁決1」という。)をし、被告主任審査官に通知した。被告主任審査官は、同年5月7日、原告Bに上記裁決を通知するとともに、退去強制令書を発付し(以下、この発付処分を「本件退令処分1」という。)、同日、原告Bを東京入管収容場に収容した。
 原告Cの退去強制手続について
 東京入管入国警備官は、平成11年11月15日、長野県佐久警察署警察官とともに、佐久市内のスナックにいた原告Cを摘発した。
東京入管入国警備官は、違反調査の結果、原告Cが改正前入管法24条1号(不法入国)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、平成12年12月25日、被告主任審査官から収容令書の発付を受けた。東京入管入国警備官は、同月27日、同令書を執行して、改正前入管法24条1号該当容疑者として、原告Cを東京入管入国審査官に引き渡した。
被告主任審査官は、原告Cに対し、同日、仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、原告Cに関する違反審査を行った結果、平成13年3月27日、原告Cが改正前入管法24条1号に該当する旨の認定をし、原告Cに通知した。原告Cは、同日、口頭審理を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成14年11月18日、原告Cに関する口頭審理を行い、その結果、同日、東京入管入国審査官の認定に誤りのない旨判定し、原告Cにこれを通知した。原告Cは、法務大臣に対し、同日、異議の申出をした。
 法務大臣から権限の委任を受けた被告入管局長は、平成15年3月19日、原告Cからの異議の申出については理由がない旨の裁決(以下「本件裁決2」という。)をし、被告主任審査官に通知した。被告主任審査官は、同年5月7日、原告Cに上記裁決を通知するとともに、同日、退去強制令書を発付した(以下、この発付処分を「本件退令処分2」という。)。
被告主任審査官は、原告Cに対し、同日、仮放免を許可した。
 原告子らの退去強制手続について
 東京入管入国警備員は、違反調査の結果、原告子らが改正前入管法24条7号(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、平成12年12月25日、被告主任審査官から収容令書の発付を受けた。東京入管入国警備官は、同月27日、同令書を執行して、改正前入管法24条7号該当容疑者として、原告子らを東京入管入国審査官に引き渡した。
被告主任審査官は、原告子らに対し、同日、仮放免を許可した。
 東京入管入国審査官は、原告子らに関する違反審査を行った結果、平成13年3月27日、原告子らが改正前入管法24条7号に該当する旨の認定をし、原告子らに通知した。原告子らは、同日、口頭審理を請求した。
 東京入管特別審理官は、平成14年11月18日、原告子らに関する口頭審理を行い、その結果、同日、東京入管入国審査官の認定に誤りのない旨判定し、原告子らにこれを通知した。
原告子らは、法務大臣に対し、同日、異議の申出をした。
 法務大臣から権限の委任を受けた被告入管局長は、平成15年3月19日、原告子らからの異議の申出については理由がない旨の各裁決(以下、原告Aに対する裁決を「本件裁決3」、原告Dに対する裁決を「本件裁決4」、原告Eに対する裁決を「本件裁決5」、原告Fに対する裁決を「本件裁決6」といい、本件裁決1から6までを併せて「本件各裁決」という。)をした。上記各裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年5月7日、原告子らに各人に対する裁決を通知するとともに、同日、各人に対する退去強制令書を発付した(以下、原告Aに対する発付処分を「本件退令処分3」といい、原告Dに対する発付処分を「本件退令処分4」、原告Eに対する発付処分を「本件退令処分5」、原告Fに対する発付処分を「本件退令処分6」といい、本件退令処分1から6までを併せて「本件各退令処分」という。)。
 被告主任審査官は、原告子らに対し、同日、仮放免を許可した。
二 争点
1 本件各裁決について、原告らの退去強制が著しく不当であるのに、被告入管局長がそうではないと事実誤認したことによる違法があるか否か。
2 被告入管局長は、原告らについて、特別に在留を許可すべき事情があるとは認められないとして、本件各裁決をしているが、この判断は、被告入管局長の有する裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものといえるか。
3 被告主任審査官は、本件各裁決を受けて、原告らに対し、本件各退令処分をしているが、この処分が違法なものといえるか。
三 当事者の主張の要旨
1 争点1について
(原告らの主張)
 入管法49条1項所定の異議の申出があった場合、①異議の申出に理由があるかどうかの内部的な判断があり、②異議の申出に理由がないと認められた場合であっても、入管法50条1項各号の在留特別許可を付与すべきかどうかという判断がされ、③いずれも認められないときに、入管法49条3項所定の異議の申出に理由がない旨の裁決がされるものである。
そこで、本件各裁決の違法性を検討するに当たっては、①異議の申出に理由があるかどうかという判断と、②在留特別許可を付与すべきかどうかという判断の二段階に分けて検討する必要がある。
 入管法49条1項の異議の理由が何であるかは、入管法に定められていないが、出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「入管法施行規則」という。)42条は、「法第49条第1項の規定による異議の申出は、別記第60号様式による異議申出書1通及び次の各号の一に該当する不服の理由を示す資料各1通を提出して行わなければならない。」とし、不服の理由として、1号から4号までを規定している。
そして、入管法施行規則42条4号は、「退去強制が著しく不当であることを理由として申し出るときは、審査、口頭審理及び証拠に現われている事実で退去強制が著しく不当であることを信ずるに足りるもの」と規定している。これらの規定によれば、「退去強制が著しく不当であること」が入管法49条1項の異議の理由となっていることが分かる。
したがって、「退去強制が著しく不当」であるにもかかわらず、被告入管局長がそうではないと判断した場合、在留特別許可を付与するか否かの場面と異なり、被告入管局長による裁決は、事実誤認があるものとして違法となる。この判断は、事実認定作業であって裁量処分ではないので、裁量権の範囲の逸脱又は濫用は問題にならない。
 原告らの日本での生活状況は以下のとおりである。
 原告B及び原告Cについて
ア 原告Bは、来日後約17年間、建設作業員などとして働き、原告子らを養育するなどして、日本の習慣・文化の中で家族のきずなを作り上げながら生活していた。
原告Cは、来日後、原告Bとの間に一女四男の子供を授かり、子供たち全員が、日本の充実した教育環境・制度の下で、自由かつ責任ある人格を形成してほしいと考え、それぞれの発育段階に応じて、保育園・小学校・中学校に進学させてきた。
イ 原告B及び原告Cは、原告子らの幸せを願い、日本人と全く同じように育つための努力は惜しまないと考えてきた。そこで、原告B及び原告Cは、原告Aが幼少のころから、原告Aとの会話をすべて日本語で行うように努力するなど、原告子らができる限り深く日本の文化・習慣になじむことができるように養育してきた。
ウ 原告B及び原告Cにとって、来日後約17年間の生活は、経済的には必ずしも楽なものではなかったが、原告子らが成長していくにつれ、日本人の友人との交流も増え、彼らによる親身な支援及び協力を受けながら、日本における安定した生活基盤を築いてきた。その間、原告B及び原告Cは、入管法違反以外には法に触れることもなく、平穏に生活しており、原告子らの学校の行事等にはできる限り参加するなど、地域に溶け込んだ生活を送ってきた。原告らが、原告Aの通っていた中学校のPTAから支援を受けている事実からも、原告らが地域に溶け込んでいるということが分かる。
 原告Aについて
ア 原告Aは、佐久市で出生し、佐久市内の保育園、小学校及び中学校に通い、本件裁決3の当時は、中学校2年生であった。
原告Aは、一貫して日本語のみによる教育を受けており、原告ら家族間の会話もすべて日本語を使用していることもあって、日常生活では英語やタガログ語を全く使用しておらず、日本語が唯一の母国語である。
イ 原告Aは、日本語を通じて日本文化に慣れ親しんでおり、日本人の友人も多く、積極的な交流を持ち、良好な友人関係を築いている。
原告Aは、現在まで多くの書道展やコンクールにおいて、極めて優秀な成績を修めている。
ウ 原告Aは、中学校においても、他の日本人生徒以上に勤勉に努力し、優秀な成績を修めて、充実した学校生活を送っていた。また、原告Aは、学級活動などの特別活動にも主体的かつ積極的な姿勢で取り組んでいた。
そして、原告Aは、優秀な学業成績を維持しており、本件裁決3の当時、中学校における進路指導において、本人が希望する佐久市内の県立高校へ確実に進学可能な学力を有していると評価されていた。
エ 原告Aの生活様式や思考過程は、完全に日本人と同化しており、フィリピンの生活様式等が日本の生活様式等とかけ離れていることを考えると、原告Aをフィリピンに帰国させることは、原告Aのこれまで築き上げてきた人格、人間関係、価値観等のすべてを根底から覆して破壊するものである。
日本人以上に勉学に励んでいる原告Aがフィリピンに帰国した場合には、勉学を続けることにすら相当な困難が伴い、生涯いやすことの困難な精神的苦痛を受けることになる。
 原告Dについて
ア 原告Dは、佐久市内で出生し、佐久市内の保育園及び小学校に通い、本件裁決4の当時は、小学校4年生であった。原告Dは、一貫して日本語のみによる教育を受けており、原告ら家族間の会話もすべて日本語を使用していることもあって、日常生活では英語やタガログ語を全く使用しておらず、日本語が唯一の母国語である。
イ 原告Dは、完全に日本の生活習慣等になじんでおり、日本に在留して勉学を継続すること及び家族全員がそろって日本で生活することを強く希望している。
ウ 原告Dは、小学校において、意欲的に学習に取り組んでおり、他の日本人生徒と同じように良好な成績を維持している。
エ 原告Dが、日本で生育し、日本語しか話すことができず、日本の文化、風俗や慣習に慣れ親しみ、憲法で保障された個人の尊厳、自由主義、男女平等、平和主義に基づく教育を受けている以上、言語はもちろん、生活習慣、文化の点で日本とかけ離れたフィリピンでの生活を強いることは、原告Dにとって余りにも酷である。
 原告E及び原告Fについて
原告E及び原告Fは、いずれも佐久市内で出生し、日本語のみを使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行っている。
 上記の原告らの日本での生活状況に照らすと、本件については、以下のとおり、「退去強制が著しく不当」な場合に該当する。
 居住の自由(憲法22条1項)の侵害
ア 憲法22条1項が「何人」も「公共の福祉に反しない限り」居住の自由を有すると規定する以上、適法な在留資格を有しない外国人についても、憲法上の居住の自由の保障が及ぶものである。そして、「公共の福祉に反しない限り」という制約の合理性の判断に際し、在留資格の有無が考慮されるにすぎないと解するべきである。
すなわち、外国人を退去強制することによる居住の自由の制約も、全く憲法から自由なフリーハンドを有するわけではない。入管法が「すべての人の出入国の公正な管理」を目的とし(1条)、その目的達成のための一つの制度として、在留特別許可の制度(50条1項)を用意していることは、居住権すなわち恣意的に退去強制されない権利を、正規滞在者のみならず非正規滞在者にも保障していることの現れである。
換言すれば、在留特別許可の制度は、憲法22条1項が保障する外国人の居住権を具体化しているものである。
イ 最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁(以下「昭和53年大法廷判決」という。)は、「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当」という判示に続けて、「在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしゃくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない」と判示している。
そうすると、昭和53年大法廷判決は、原則として外国人に政治活動の自由を認めつつ、在留期間更新の拒否を判断するに当たって当該活動をしんしゃくすることができるという意味で、政治活動の自由に一定の制限を加えることができるということを述べているのみである。すなわち、昭和53年大法廷判決は、外国人在留制度が基本的人権の保障に優先するということを述べているわけではない。
ウ 憲法の基本的人権は、人が生来的に有する権利を確認するものであって、人権を後発的に創設するものではない。基本的人権とは、憲法よりも上位に位置するものである。
これに対して、外国人在留制度は、入管法という憲法よりも下位に位置する規範によって定められているものであって、外国人の人権が入管法の法律の枠内でのみ保障されるという解釈は、明らかな誤りである。
外国人にも当然に人権は保障されるが、出入国の適正な管理という、日本人とは異なる観点からの制約原理が働くにすぎない。
エ 昭和53年大法廷判決は、「特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされている」と判示しており、「特別の条約」がある場合には、外国人の入国の自由や在留の権利が保障される旨述べている。
そして、昭和53年大法廷判決以降、日本は、昭和54年8月4日に「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、昭和56年10月15日に「難民の地位に関する条約」、平成6年5月16日に「児童の権利に関する条約」(以下「児童の権利条約」という。)、平成7年12月20日に「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」及び「拷問等禁止条約」を批准等してきた。これらの条約は、昭和53年大法廷判決のいう「特別の条約」に該当し、外国人の居住の自由を根拠付
けるものである。
本件では、児童の権利条約は、原告らの居住の自由を基礎付ける「特別の条約」に該当し、原告らには居住の自由が保障される。
オ 居住の自由に加えられた制約が合理的なものであるか否かの判断については、居住の自由は、人の人格的自律にとって基本的な自由であることから、単に抽象的に公共の福祉を考えるのではなく、国家が害されるとする「公益」と個人が失うであろう「私益」を個別具体的に検討した上で、制約の合理性を判断すべきである。
ア 原告B及び原告Cは、約17年間にわたり、日本において安定した生活基盤を築き上げてきたのであり、両原告をフィリピンに強制送還することは、生活基盤を根こそぎ剥奪するという極めて重大な不利益を与えることになる。
また、原告子らを両親の国籍国という以外には何ら縁もゆかりもないフィリピンに強制送還して地域社会に溶け込んだ生活を送ってきた。
したがって、原告らに在留資格を認めることによって、日本の善良な風俗・秩序に就労環境の安定などの好影響を与えることこそあれ、悪影響を与えることは想定し難い。すなわち、原告らに在留資格を認めないことによって保護されるべき国の利益は存在しない。
カ 以上によれば、原告らを退去強制することは、原告らの居住の権利を侵害するものであり、入管法施行規則42条4号の「退去強制が著しく不当」な場合に該当することが明らかである。
 児童の権利条約3条1項違反
ア 児童の権利条約3条1項は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定している。
したがって、長期に滞在する国で養育された子供が、親と共に正規化を望む場合、その子供を退去強制するに当たっては、「児童の最善の利益」が配慮されるべきである。
イ 児童の権利条約は、在留資格のない児童についても適用されるものである。
ア 児童の権利条約2条1項は,「締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する」としており、国籍や在留資格の有無にかかわらず、締約国の管轄の下にあるすべての児童が、この条約の適用対象になることを明らかにしている。
イ また、児童の権利条約の成立の経緯を見ても、児童の権利保障については国境の壁が取り払われ、締約国が一致共同して、人類の次の世代の育成を約束したものであることが明らかであり、児童の権利条約は、自国の管轄の下にあるすべての児童に対し、この条約の権利保障を義務付けている。 
ウ 児童の権利条約の国際的実施機関である児童の権利委員会の「条約第44条1項に基づいて締約国によって提出される定期報告書の形式および内容に関する一般指針」パラグラフ35は、児童の権利条約3条1項の解釈として、児童の最善の利益の原則が外国人の子供の在留に関する手続にも適用されることを示している。
エ 仮に、出入国の管理の適正という利益が児童の利益に対立する場合も、児童の「最善の利益」は、在留資格制度の枠内で考慮されるというのではなく、対立する利益の内実を慎重に検討しながら、「最善の利益」を害しても真にやむを得ない事情があるのかどうかについて判断されるべきである。
オ カナダ、ニュージーランド及びオーストラリア連邦の判例においても、在留資格を有しない児童について、その「最善の利益」を考慮するとされている。
ウ 原告子らは、いずれも日本で出生し、日本語環境のみで生育しており、その精神構造は、日本人そのものである。
原告子らにとって、フィリピンへの強制送還は、母国への帰還ではなく、母国からの追放を意味する。
このような原告子らと、その養育の責務を負っている原告B及び原告Cについて、異議の申出に理由がないとした本件各裁決は、原告子らの「最善の利益」を全く考慮しておらず、児童の権利条約3条1項に違反する。
エ 以上によれば、原告らを退去強制することは、児童の権利条約3条1項に違反するものであり、入管法施行規則42条4号の「退去強制が著しく不当」な場合に該当することが明らかである。
 平等原則(憲法14条1項)違反
ア 平成14年2月以降、少なくとも次の4条件を満たす外国人家族には、在留特別許可が付与されている。
① 親の日本における在留期間が10年以上であること。
② 裁決時に最年長の子供が中学校1年生以上であること。
③ 入管法以外の逮捕歴等がないこと。
④ 両親がそろっていること。
イ 原告らは上記4条件を満たしているにもかかわらず、被告入管局長が原告らの異議の申出に理由がないとしたことは、合理性の見いだせない差別である。
したがって、原告らを退去強制することは、平等原則(憲法14条1項)に違反するものであり、入管法施行規則42条4号の「退去強制が著しく不当」な場合に該当することが明らかである。
 以上のとおり、原告らを退去強制することは、①居住の自由の侵害、②児童の最善の利益の侵害、③平等原則違反というそれぞれの点で、「著しく不当」(入管法施行規則42条4号)であるにもかかわらず、これを看過して、原告らの異議の申出に理由がないと判断した本件各裁決は、重大な事実誤認があり、違法である。

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