退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件
平成15年(行コ)第13号
控訴人:Aほか6名、被控訴人:法務大臣・福岡入国管理局主任審査官
福岡高等裁判所第2民事部(裁判官:石塚章夫・永留克記・高宮健二)
平成17年3月7日
判決
主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人法務大臣が平成13年12月14日付けで各控訴人に対してした平成13年法律第136号に
よる改正前の出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人らの異議の申出は理由がない
旨の裁決をいずれも取り消す。
3 被控訴人福岡入国管理局主任審査官が平成13年12月17日付けで各控訴人に対してした退去強
制令書発付処分をいずれも取り消す。
4 被控訴人法務大臣と控訴人らのそれぞれの間に生じた訴訟費用は、第1、2審ともに同被控訴
人の、被控訴人福岡入国管理局主任審査官と控訴人らのそれぞれの間に生じた訴訟費用は第1、
2審ともに同被控訴人のそれぞれ負担とする。
事実及び理由
以下、Aを「控訴人A」と、Bを「控訴人B」と、Cを「控訴人C」と、Dを「控訴人D」と、Eを「控
訴人E」と、Fを「控訴人F」と、Gを「控訴人G」と、控訴人A、控訴人B、控訴人D及び控訴人Eを
まとめて「控訴人子ら」とそれぞれいう。
第1 当事者の求める裁判
1 控訴の趣旨
 原判決を取り消す。
 被控訴人法務大臣が平成13年12月14日付けで各控訴人に対してした平成13年法律第136号
による改正前の出入国管理及び難民認定法(改正後の法律の施行日は平成14年3月1日。以下
「難民認定法」という。)49条1項に基づく控訴人らの異議の申出は理由がない旨の裁決(以下
「本件裁決」という。)をいずれも取り消す。
 被控訴人福岡入国管理局主任審査官が平成13年12月17日付けで各控訴人に対してした退去
強制令書発付処分(以下「本件発付処分」という。「本件裁決」及び「本件発付処分」をまとめて「本
件各処分」ということもある。)をいずれも取り消す。
第2 本件事案の概要
本件は、被控訴人法務大臣が、平成13年12月14日、控訴人らの異議の申出に対して理由がない
旨の本件裁決を行い、同裁決を受けて、被控訴人主任審査官が、同月17日、本件発付処分を行っ
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たところ、控訴人らが、在留特別許可を付与しなかった上記裁決は、被控訴人法務大臣が裁量権
を逸脱又は濫用した違法な処分であり、被控訴人主任審査官による本件発付処分も、裁量権を逸
脱又は濫用した違法な処分であるなどとして、本件裁決及び本件発付処分の取消しを求める事案
である。
第3 本件の争点
本件の争点は、①本件裁決及び本件発付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以
下「B規約」という。)ないし児童の権利に関する条約(以下、「児童の権利条約」という。)に違反
するか否か、②被控訴人法務大臣の本件裁決に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか否か、③
被控訴人主任審査官の本件発付処分に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか否か、④平成13年
11月5日になされた控訴人らに対する上陸許可取消処分(以下「本件上陸許可取消処分」という。)
は重大かつ明白な瑕疵が存する当然無効のものか否か、仮に本件上陸許可取消処分が当然に無効
といえないとしてもその違法性は本件裁決及び本件発付処分に承継されて本件裁決及び本件発付
処分の取消事由となるか否かであり、④の争点は、当審において追加されたものである。
第4 原審における当事者の主張
原審における当事者の主張は、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2 争点」
に記載のとおりであるから、これを引用する。
第5 当審において当事者が付加した主張
1 控訴人らの主張
 B規約及び児童の権利条約違反性(争点①について)
原判決は、B規約や児童の権利条約も国家に外国人の出入国に関する自由な決定権を認めて
いると判断したが、憲法98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これ
を誠実に遵守することを必要とする」と明記しているから、B規約や児童の権利条約は本件に
おいても遵守されなければならず、最大判昭和53年10月14日(マクレーン判決)にいう「特別
の条約」に当たる。そして、控訴人らはB規約17条及び23条1項によって保護されるべき「家
族」に該当し、本件裁決及び本件発付処分は控訴人ら家族に対する「恣意的な干渉」に当たるか
ら同規約17条1項に違反し、また、「児童の最善の利益」に反するから児童の権利条約3条に違
反する。 
 本件裁決及び本件発付処分の裁量権の逸脱・濫用による違法性(争点②、③について)
ア 原判決の、控訴人らの入国経緯に関する評価の誤りについて
原判決は、H、控訴人C及び控訴人Fの入国時の虚偽の身分関係作出行為には重大な違法
性があるとしているが、控訴人Cの2回にわたる入国申請の経緯、Hや控訴人Cの福岡入国
管理局担当者の説明に対する理解内容、姓名を変更することが中華人民共和国(以下「中国」
という。)では合法とされている事情、Hの作成した誓約書の内容等に照らすと、控訴人Cや
Hには、控訴人C来日当時、虚偽の申請をしているとの認識はほとんどなかったと認めるべ
きである。また、控訴人Fについても、Hの作成した申請書類ではHは控訴人Fの「実父」で
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はなく「父」とされているだけであるところ、Hは、血はつながっていなくても妻Iの子であ
る控訴人Fの父であると考えていたし、控訴人FもHの二女と考えていたから、そこに虚偽
は存しない。後記のとおり問題となるJやKの手続でもHは彼らの手続に協力しなければ控
訴人Fの家族を呼び寄せることができず、協力せざるを得なかったものであり、また控訴人
FがJやKのことを知らされたのは平成10(1998)年10月の来日直前であった。
イ 本件処分の平等原則違反性
本件裁決及び本件発付処分は、同種事案の処理と比較して正反対の結論となっており、裁
量権が恣意的に行使されたものであり、平等原則(憲法14条、B規約26条(法の前の平等))
に違反し、裁量権の逸脱・濫用がある。
 本件上陸許可取消処分の違憲・違法性(争点④について)
ア 上陸許可取消処分の概要
上陸許可取消処分は、「偽り・不正が明白な事案」において、当該上陸許可処分を取消して
遡及的に無効にする処分であり、被処分者には告知・聴聞の機会も与えられずに直ちに退去
強制手続に付せられる。本件においても、控訴人らは、平成13年11月5日、上陸許可取消通
知が発付され、同日、退去強制手続の前提となる収容令書を発付され即日摘発された。この
上陸許可取消処分から収容までは、控訴人らは告知・聴聞の機会を与えられていない。
イ 憲法41条違反
上陸許可取消処分は、重大な人権侵害を伴うものであるにもかかわらず何ら法律上の根拠
がなく、法律による行政の原則(憲法41条)に違反する違憲な行政処分である。
ウ 憲法31条違反
憲法31条は、手続の法定のみならず、法定された手続の適正を要請しているが、本件上陸
許可取消処分の現実の運用において被処分者には何ら告知・聴聞の機会が与えられていない
から、本件上陸許可取消処分は憲法31条に違反する違憲な行政処分である。
エ 憲法13条違反
行政権行使の内容(手段)と意図される目的との間には合理的な比例関係がなければなら
ないが(比例原則)、上陸許可取消処分の目的は「偽り、不正が明白な事案」について直ちに
退去強制を行うことができるようにすることであり、その手段は上陸許可を遡及的に無効と
し即時に摘発・収容することである。これに対し、入国経緯に何らの違法が存せず、「偽り、
不正が明白な事案」といえない本件のような事案において被処分者を即時に摘発・収容した
本件上陸許可取消処分は、憲法13条(比例原則)に違反し違憲な行政処分である。
2 被控訴人らの主張
 B規約及び児童の権利条約違反性についての反論(争点①について)
国家は、外国人の入国を認めなければならない一般的な国際法上の義務を負っているもので
はなく、外国人の入国を認めるかどうかは自由であることは、国際慣習法上の当然の前提であ
る。B規約も、これら国際慣習法あるいは一般国際法上の原則を当然の前提としていて、これ
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を変更したものと解することはできない。また、B規約13条1項は、不法に在留する者に対し
て退去強制措置をとり得ることを前提にしており、同規約は、外国人の入国及び在留の許否に
ついて国家に自由な決定権があることを前提としているものと解される。控訴人らは、事実と
異なる文書を使用して不法に入国しているのであるから、合法的に我が国の領域内にいる者で
はないのみならず、控訴人らに対する上陸許可の取消しから退去強制令書発付に至る一連の処
分は、いずれも法律に基づいて行われた決定であるから、本件裁決及び本件発付処分は同規約
の容認するところであって、控訴人らについて、同規約17条、23条の適用の前提がないことは
明らかである。また、児童の権利条約9条4項は、父母の一方若しくは双方、又は児童自身が退
去強制の対象となる場合があることを前提とした規定であり、同条約で規定する権利は本邦を
含む各締結国の在留制度の枠内で保障されるにすぎないものであることは明らかである。した
がって、本件裁決及び本件発付処分は児童の権利条約には違反しない。
 控訴人らの入国経緯の主張についての反論(争点②、③について)
ア 控訴人らの入国経緯の評価について
福岡入国管理局では、控訴人CがHとIの婚姻前に出生していることを前提として、公証
書等の関係書類で「身分関係の立証がなされていること」から、被控訴人法務大臣において
在留資格認定証明書を交付したものである。中国国籍を有する外国人において、いわゆる事
実婚関係にある夫婦間に出生する場合もあるから、婚姻手続前に出生した子であるからとい
って直ちに夫婦のいずれか一方の「連れ子」であることが「一目瞭然」であるとはいえない。
控訴人らがHの実子であるとの虚偽の事実を作出したことは、証拠上明らかである。また、
Kの平成15年4月18日付の入国警備官に対する供述調書によれば、控訴人Fらは、入国手続
前から、K及びJを実子と偽って不法入国させることを知っていたと認められる。
イ 本件処分の平等原則違反性について
在留特別許可を付与するかどうかは、諸般の事情を総合的に考慮したうえで個別的に決定
されるべきものであるから、本件裁決及び本件発付処分の事案と他の事案を単純に比較して
法適用の平等違反を主張することはまったく意味がなく主張自体失当である。
 本件上陸許可取消処分の違憲・違法性についての反論(争点④について)
ア 憲法41条違反について
行政処分に違法な瑕疵がある場合には、法律による行政の法理違反の状態が存在し、また
公益違反の状態が生じており、適法性の回復又は合目的性の回復という行政行為の取消しの
根拠があることになるから、行政行為の取消しには法律の特別の根拠は必要ではない。控訴
人らの「法律の根拠がない」との主張は独自の見解であり、理由がない。
イ 憲法31条違反について
上陸許可取消処分が行政手続法にいう「不利益処分」に当たるとしても、同法は外国人の
出入国、難民の認定又は帰化に関する処分については適用除外となっているから、同法の定
める聴聞等の手続の規定も適用されない。外国人の上陸の適否については、行政手続法3条
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1項10号の立法趣旨と同様の理由により告知・聴聞手続をとらなくても憲法31条に違反し
ないと解すべきである。
ウ 憲法13条違反について
控訴人らに対する上陸許可は、虚偽の身分関係に基づくもので、難民認定法7条1項2号
に規定する上陸のための条件に適合しないことから、原始的瑕疵があることは明らかであ
る。本件上陸許可処分のような虚偽の申請に基づく瑕疵ある処分をそのまま存続させること
は、適正な出入国管理行政を行ううえでの重大な障害となるから、上記処分を取り消す公益
上の必要性があり、取消しをしたとしても比例原則に反するものではなく憲法13条違反とは
ならない。
エ 本件上陸許可取消処分の瑕疵と本件裁決及び本件発付処分
先行行為たる行政処分が有効である限り、これに瑕疵があったとしても権限のある機関に
よって取り消されない限り有効とされ、先行行為の違法(瑕疵)が後行行為に承継されるこ
とはなく、後行行為の取消訴訟においては後行行為固有の違法事由しか主張し得ないのが原
則である。この原則の例外として、先行行為と後行行為とが同一の目的を追求する手段と結
果の関係をなし、これらが相結合して一つの効果を完成する一連の行為となっている場合に
は違法性の承継が認められるとされる。しかし、上陸許可取消処分と退去強制手続の関係は、
直接的、必然的なものではなく、その目的、効果も異なるから、違法性の承継は認められない。
オ 在留資格取消制度
平成16年法律第73号による改正後の出入国管理及び難民認定法(以下「平成16年改正後の
難民認定法」という。平成16年12月2日施行、上記改正前の同法を「平成16年改正前の難民
認定法」という。)により在留資格取消制度が新設された。公正かつ的確な出入国管理行政を
実現するため、新たに入国審査官に実態調査権限を付与し、外国人の入国・在留目的等を聴
取させ、対象者の利益保護により配慮しつつ的確な事実認定を行い、取消権の行使に十全を
期するとともに、取消しの効果を遡及させず、任意の出国の機会を付与するなど、取消しの
要件と効果を明定し、在留資格の取消制度を創設することとした。平成16年改正後の難民認
定法の在留資格取消制度では意見聴取手続が規定されたが、このことから平成16年改正前の
難民認定法の上陸許可取消制度が違憲又は無効であるということはできない。本件上陸許可
取消処分によって達成される公益は、我が国の出入国管理における秩序という国家的法益で
あり、不正な事実が判明した場合にはこれを取り消す処分を行う必要性、緊急性も高い。そ
うすると、本件上陸許可取消処分を行うに際し、相手方に事前に告知、弁解聴聞、防御の機会
を常に与える必要はないと解するのが相当である。
カ 控訴人らに対する本件上陸許可取消処分がされるに至った経緯及び同処分が違法なもので
はないこと
本件上陸許可取消処分に当たっては、第三者甲から事情聴取が行われているほか、平成13
年8月15日、福岡入国管理局熊本出張所入国審査官においてHから任意の事情聴取を行って
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おり、その聴取結果を乙103号証として提出している。このように控訴人らが血縁関係にあ
るとしていたHという重要人物本人から事情聴取を行い、控訴人らに対する上陸許可が平成
16年改正前の難民認定法7条1項2号に規定された上陸の条件に適合せず、かつ偽り、不正
が明白な事案であることが判明したのであるから、控訴人らに告知・聴聞の機会を与える必
要はない。
第6 当裁判所の判断
1 判断の前提となる事実
争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、原判決の31頁
14行目に「控訴人FがHとIの実子である旨」とあるのを「控訴人Fは関係人HとIの次女であ
ることを証明する旨」と訂正し、同頁20行目に「各人が控訴人Gと控訴人Fの実子である旨」と
あるのを「各人の父親は控訴人Gで母親は控訴人Fであることを証明する旨」と訂正するほかは、
同判決の「第2 事案の概要」の1及び「第3 当裁判所の判断」の1ないし記載のとおりで
あるから、これを引用する。その要旨は以下のとおりである。
 控訴人ら、H及びIの生年月日及び身分関係は、別紙1(身分関係図)のとおりである。
控訴人C及び控訴人Fは、中国国籍であるI(当時、現在は日本国に帰化している。)と、同
じく中国籍であるLとの間の子である。Hは、控訴人C及び控訴人Fが出生した後にIと結婚
したため、Hにとって控訴人C及び控訴人Fは、いわゆるIの連れ子に当たる(以下、本件にお
いて「連れ子」とは、再婚前の前夫又は前妻との間の子をいう。)。
Iは、平成5(1993)年2月ころ、本邦に帰化した。
 控訴人ら来日までの経緯
ア 控訴人C及び控訴人FとHとの関係
Hは、昭和15(1940)年7月1日、中国牡丹江省(現在の黒龍江省)において、日本人であ
るMとNの子として出生した。その後、太平洋戦争が終結したものの、本邦に帰国すること
ができなかった。Hは、終戦後、両親とともに中国牡丹江省寧安県東京城鎮にある日本人収
容所に収容されたが、Mは、そのころ、病気により死亡した。
Nは、生活のために仕事に出なければならず、Hを育てることができなかったため、Hを
中国人Oの養子とした。
控訴人C及び控訴人Fは、中国人であるLとIを父母とするが、Iは、昭和40(1965)年
ころ、当時3歳であった控訴人Cと、当時1歳だった控訴人Fの2人を伴って、Hと結婚し
た。Hは、Iの2人の連れ子を育てるつもりであったが、控訴人Fが病弱であったため同女
をPの養子とした。他方、控訴人Cは、昭和57(1982)年に中国人Qと結婚するまでの間、H
夫婦と同居していた。H夫婦の間には、実子として4人の子供が出生したため、控訴人Cを
加えて7人家族となったが、控訴人Cは、子供たちの中で最年長であったことから、家事な
どIの手伝いをし、特にHが病気で倒れた際には、率先して家族の生活を支えてきた。
イ H、I及びHの実子4人の本邦入国
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Hは、昭和47(1972)年に日本と中国の国交が回復した後、中国残留日本人の帰国交渉を
受けて、昭和53(1978)年、半年の間、日本に一時帰国した。その後、Hは、Iに対して日本
での永住の希望を伝えたところ、Iは、当初は反対したものの先に永住した友人の勧めもあ
って日本への永住を決意した。
Hは、日本への永住手続をとったものの、このとき、当時同居していたHの養父であるO
が高齢であることから、Hが日本に永住した場合に、同人の面倒を誰が見るかが問題となっ
た。そこで、話合いがされた結果、Hの子供のうちの年長であった控訴人Cが、Oの面倒を見
るため中国に残ることとなった。
そしてHは、昭和58(1983)年、本邦に永住帰国し、I及びHの実子4人は、本邦へ入国し
た。
ウ 控訴人Cの家族の本邦入国
平成2(1990)年ころ、Hの養父であるOが死亡した。そこで、控訴人Cは、日本に行こう
と決意し、平成3(1991)年ころ、控訴人C’ 名で、「日本人の配偶者等」の資格で本邦に入国
するための手続を行った。このときHが提出した申請書に添付された公証書には、控訴人C
がLとIの子であったが、LとIは離婚し、その後、控訴人CがHの継子となった旨が記載
されていた。ところが、上記申請は認められず、控訴人Cは本邦に入国することができなか
った。
その後、控訴人Cは、姓をC1” からHの中国姓であったH1” に変更したうえ、さらに、C2”
の名を、他の実子の名に付けられたC3” と同じ文字を使用するとの趣旨でC4” に変更した。
これを受けて、Hは、平成8(1996)年に、「控訴人C」がHの長女であるから呼寄せを許
可してほしい旨の誓約書を控訴人Cに送付した。控訴人Cは、同誓約書を持って公証処に赴
き、氏名を控訴人C、Hとの続柄が長女であるとの記載のある公証書の発付を受け、これを
Hに送付した。平成8(1996)年7月12日付けの同公証書には、「控訴人C」という人物が、
昭和38(1963)年3月14日にH及びIの長女として出生したこと及びこのころQの妻であ
ったことが記載されており、中国黒龍江省寧安市公証処の公証員の記名様の文字及び公証処
の押印がある。控訴人Cから上記公証書を受領したHは、平成8(1996)年8月20日ころ、
控訴人Cにつき、名義を控訴人C、続柄を長女として、また、控訴人Cの家族につき、それぞ
れ長女である控訴人Cの夫及び子であるとして、本邦への入国を申請し、上記公証書を添付
した。
控訴人Cは、同申請により、平成8(1996)年12月28日、日本人であるHの実子であると
して、在留資格「日本人の配偶者等」として本邦への上陸が許可された。同時に、控訴人Cの
夫であったQ(後に中国へ帰国した。)並びに控訴人CとQの子である控訴人A及び控訴人B
も、在留資格「定住者」として、本邦への入国を許可された。
その後の在留の経緯等については、原判決添付の別紙2(入国在留経過一覧表)記載のと
おりである。
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エ 控訴人Fの家族の本邦入国
一方、控訴人Fは、養子先に引き取られた後、昭和58(1983)年12月ころに控訴人Gと結
婚するまで、P家で養女として暮らしてきた。控訴人Fは、控訴人Gと結婚した後、中国黒龍
江省寧安市興華郷で農業を営んで生活していた。控訴人Dは、昭和59(1984)年12月8日に
出生し、控訴人Eは、昭和62(1987)年12月14日に出生した。
控訴人Gは、その後、控訴人Fの実母であるIのことを知る者の情報に基づいて同女の住
所を探したところ、昭和59(1984)年ころ、東京城鎮にあるH家族の家を発見した。しかし
ながら、控訴人Cは在住していたものの、H及びIは、既に昭和58(1983)年8月ころ日本
に帰国していたため、控訴人Fは、Hらと再会することはできなかった。
控訴人Fは、その後も控訴人Cと連絡を取り合っていたところ、平成8(1996)年ころ、控
訴人Cの家族が本邦に入国することができたことを聞き、Hらとともに暮らすため、自らも
本邦へ入国することを決意したが、本邦への入国手続が分からなかったため、養子先の義理
の兄であり、寧安市の公安局の職員で、以前控訴人Cの渡航手続を行ったと聞いていたRに、
氏名の変更を含む渡航手続を依頼し、また、控訴人Cに連絡して、控訴人CからRへ連絡を
とるよう依頼した。
控訴人Fは、平成9(1997)年ころ、Rに対して、控訴人F名義での公証書、旅券、結婚証
書及び居民身分証の作成を依頼した。
Hは、Rに対し、控訴人FがHの二女である旨の誓約書を送付したところ、Rから、控訴人
Fの家族の他に、Rの実子であるJ及びKについても、控訴人Fの実子として公証書を作成
したため、両名についても在留資格認定証明書の交付申請を行うようにとの連絡があり、控
訴人Fの家族に加えて、J及びKについても、平成10(1998)年6月9日付けの公証書が送
付された。
控訴人Fに係る親族関係公証書については、「控訴人F」が昭和38(1963)年3月14日に
出生し、HとIの次女である旨記載があり、中国黒竜江省寧安市公証処の公証員の記名様の
文字及び公証処の押印がある。また、控訴人Fに係る出生公証書には、「控訴人F」は関係人
HとIの次女であることを証明する旨の記載があり、上記同様の公証員の文字及び押印があ
った。
控訴人D及び控訴人Eの出生公証書には、それぞれ生年月日が「1983年12月8日」及び
「1984年12月14日」との内容虚偽の記載があり、上記同様の公証員の文字及び押印があった。
J及びKに係る公証書については、各人の父親は控訴人Gで母親は控訴人Fであることを
証明する旨の記載があり、上記同様の文字及び押印があった。
Hは、平成10(1998)年7月17日、控訴人Fの家族、J及びKの6名分について、在留資
格認定証明書の交付申請を行った。Hは、控訴人Fに係る申請書について、氏名を「控訴人F」
として、同申請書の生年月日欄に「1963年3月14日」と、前記控訴人Fに係る申請書及び控
訴人Gに係る申請書の「婚姻、出生又は縁組の届出先及び届出年月日」の「本国等届出先」
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の「届出年月日」欄に「1980年10月1日」と、いずれも虚偽内容が記載された公証書に記載
されたのと同様の、虚偽内容の記載をした。また、Hは、控訴人Dに係る申請書及び控訴人E
に係る申請書の生年月日欄及び「婚姻、出生又は縁組の届出先及び届出年月日」の「本国等
届出先」の「届出年月日」欄に、それぞれ「1983年12月8日」及び「1984年12月14日」と、真
実の生年月日と異なる生年月日を記載した。Hは、平成10(1998)年7月17日、Jに係る申
請書及びKに係る申請書を作成し、同申請書の「扶養者」欄の氏名に控訴人Gの氏名を記載
し、申請人との続柄のうち、「父」欄に印を付けた。その上でHは、前記内容虚偽の公証書に
つき、少なくとも控訴人FがHの実子ではないこと、J及びKが控訴人Fと控訴人Gの実子
ではないことを知りながら、申請書の添付書類として提出した。
控訴人Fの家族は、平成10(1998)年10月1日ころ、身体検査を受けに行った際、Rから、
自らの2人の子供であるJ及びKを、それぞれ「J」及び「K」として、控訴人Fらの実子と
して登録したので一緒に連れて行くこと、控訴人Fの生年月日について、前記J及びKとの
年齢差を考慮して、昭和38(1963)年3月14日とし、控訴人Fと控訴人Gとの結婚も、昭和
55(1980)年としたこと、これに伴って、控訴人Dの生年月日につき、真実は昭和59(1984)
年12月8日であったところ、パスポート及び公証書上は昭和58(1983)年12月8日と、控訴
人Eの生年月日につき、真実は昭和62(1987)年12月14日であったものが、パスポート及び
公証書上は昭和59(1984)年12月14日と、それぞれ記載されていることを伝えられた。公証
書には、親族関係の公証として、平成10(1998)年6月9日付けで、Fなる人物が、昭和38
(1963)年3月14日に出生しており、この者は、H及びIの次女であるとの記載がある。この
ため、公証書上は、控訴人Fは、控訴人Cと同日に出生したこととなった。控訴人F家族は、
なぜRがそのようなことをするのかと感じたものの、既に手続は終了しており、書類も作成
されているので、J及びKを連れて行くこととした。
控訴人Fの家族は、平成10(1998)年10月28日、H及びIの実子として、本邦への入国が
認められた。同時に、控訴人G、控訴人E及び控訴人Dの入国も許可され、さらに、J及びK
も、控訴人Fの実子として、本邦への入国を許可された。許可の内容及びその後の更新申請
については、原判決添付の別紙2(入国在留経過一覧表)記載のとおりである。
 控訴人らの日本での生活状況
ア 控訴人Cの家族は、肩書住所に住み、控訴人Cは、平成12(2000)年4月ころから、自宅近
くにある鮮魚店に勤務し、控訴人A及び控訴人Bはそれぞれの学校に通学している。
控訴人Cの家族は、本邦に入国後は、特に犯罪等を犯すことなく生活してきた。本件につ
いて控訴人Cの家族が収容された際には、控訴人Cの勤務先や、控訴人Bの就学先の教諭等
から、嘆願書が提出された。
イ 控訴人Fの家族は、肩書住所に住み、控訴人F及び控訴人Gは、ともにaに勤務した後、控
訴人Gは平成10(1998)年9月から上陸許可が取り消されるまでは会社に勤務し、控訴人F
は平成10(1998)年10月から組立作業に従事し、平成12(2000)年8月以降はアイロン及び
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ミシン作業に従事している。控訴人D及び控訴人Eはそれぞれの学校に通学している。
控訴人Fの家族は、本邦に入国後、特に犯罪等を犯すことなく生活していた。本件につい
て控訴人F家族が収容された際には、控訴人F及び控訴人Gの勤務先や、控訴人D及び控訴
人Eの就学先の教諭等から、嘆願書が提出された。 
 Hの家族らと控訴人C及び控訴人Fの各家族との交流
控訴人C及び控訴人Fの各家族は、ともにHの家族が住むb団地に居住していたところ、同
団地には、Hの実子であるS及びTも居住しており、Hの家族、S及びTと控訴人らとは、頻繁
に往来している。
 控訴人らが本邦に上陸し、再入国許可、在留更新許可を受けた経緯及びその際の在留資格、
在留期間は、原判決添付の別紙2(入国在留経過一覧表)記載のとおりである。
 控訴人らの収容から本件各処分までの経緯は、原判決の「第2 事案の概要」の1記載の
とおりである。
 本件訴訟提起及び執行停止の申立て
控訴人らは、平成13(2001)年12月25日、本件訴訟を提起すると同時に、本件発付処分に係
る退去強制令書の執行停止を求め、同令書はその送還部分につき執行が停止された。
なお、控訴人Gを除く控訴人らに対しては、翌26日、仮放免が許可されたが、控訴人Gの仮
放免は許可されなかった。
福岡入国管理局入国警備官は、翌27日、控訴人Gを入国者収容所大村入国管理センターに移
送した。
控訴人Gは、平成15年9月17日仮放免を許可され、上記収容所を退所した。
2 本件裁決及び本件発付処分は取消訴訟の対象となるか否か
本件裁決がその対象となることについては特に争点とはなっていないが、判断の前提となる法
律問題なので、まず、この点を検討する。
 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項にいう「公権力の行使に当たる行為」とは、
行政庁による公権力の行使としてなされる国民の権利義務を形成し又はその範囲を具体的に確
定する行為をいい、同条3項にいう「裁決」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に関し相手
方その他の利害関係人が提起した審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対し、行政庁が
義務として審理判定した行為をいい、行政不服審査法所定の審査請求及び再審査請求に係る裁
決並びに異議申立てに係る決定のほか、他の法令で定める特別の不服申立てに係る義務的な応
答行為を含むというべきである。
 そして、本件裁決及び本件発付処分に至る手続の概要は、原判決の「第2 事案の概要」欄の
1アに記載のとおりであるところ、難民認定法49条3項の法務大臣の裁決は、特別審理官の
判定に対する当該容疑者からの不服申立てに対し義務として応答するものであるから、行訴法
3条3項の裁決に当たり、取消訴訟の対象となる。また同法49条5項により、主任審査官が当
該容疑者に対し法務大臣から異議の申出が理由がない旨の通知を受けた旨を知らせるととも
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に同法51条の規定による退去強制令書を発付する行為も、行訴法3条2項にいう「公権力の行
使に当たる行為」に当たり取消訴訟の対象となる。なぜなら、後記のとおり退去強制令書を発
付するかどうかについて主任審査官に裁量権は認められないが、発付行為に係る退去強制令書
は、入国警備官によって執行され(同法52条1項)、当該容疑者は、退去強制令書の執行として
の強制退去を受けて、その者の国籍等の属する国に送還され(同法53条1項)、直ちに送還する
ことができないときは、送還可能のときまで、入国者収容所等の主任審査官が指定する場所に
収容される(同法52条5項)から、退去強制令書を当該容疑者に対し発付する主任審査官の行
為は、行政庁による公権力の行使としてなされる国民の権利義務を形成し又はその範囲を具体
的に確定する行為であり行訴法3条2項の処分に当たるというべきだからである。
3 争点①(本件裁決及び本件発付処分が、B規約ないし児童の権利条約に違反するか否か)につ
いての判断
 難民認定法50条1項3号は、同法49条3項の裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認
めるときであっても、被控訴人法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるときに
は、その者の在留を許可することができる旨を定めるのみであり、その具体的な基準について
は特に明示していない。また、在留特別許可を付与するか否かについては、異議申立人の申立
事由のみならず、当該外国人の入国経緯、在留中の一切の行状、国内及び国際情勢、外交関係等
の諸般の事情を考慮して、時には高度な政治的判断も必要となり、時宜に応じた的確な判断を
しなければならないことからすれば、難民認定法は、当該外国人に在留特別許可を付与するか
否かを判断するに際して、被控訴人法務大臣に広範な裁量権を認めたものであると解される。
したがって、被控訴人法務大臣が退去強制事由に該当する外国人に対し在留特別許可を付与し
なかったことが違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥
当性を欠くことが明らかな場合に限られると解するのが相当である。
控訴人らは、本件各処分が、B規約23条等、児童の権利条約3条等に違反し、確立した国際
法規の遵守を定めた憲法98条2項にも違反することを理由として、直ちに本件各処分は違法と
なる旨主張する。
しかし、憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにと
どまり、外国人が本邦に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、
国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、
外国人を自国に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付与する
かを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくす
るものと解される。したがって、憲法上、外国人は、本邦に入国する自由を保障されているもの
でないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障され
ているものでもないと解される。そして、B規約には、上記のような国際慣習法を制限する旨
の規定は定められていないし、B規約13条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外
国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」と規
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定しており、不法に在留する者に対して退去強制措置をとり得ることを前提としているものと
解されることからすれば、B規約は、外国人の入国及び在留の許否について国家に自由な決定
権があることを前提としているものであり、マクレーン判決にいう国際慣習法上の原則を制約
する「特別の条約」には当たらない。また、児童の権利条約9条4項は、締約国がとった父母の
一方若しくは双方又は児童の抑留、拘禁、追放、退去強制、死亡等のいずれかの措置に基づいて
父母と児童が分離した場合について規定しており、同条項は、父母と児童が退去強制措置によ
って分離されることがあり得ることを前提としているものと解され、児童の権利条約も、外国
人の入国及び在留の許否について国家に自由な決定権があることを前提としているものであ
り、マクレーン判決にいう国際慣習法上の原則を制約する「特別の条約」には当たらない。した
がって、本件各処分が、B規約若しくは児童の権利条約又は憲法98条2項に違反して違法とな
るとの控訴人の主張は採用できない。
 もっとも、憲法98条1、2項(条約・国際法規の遵守)及び憲法99条(公務員の憲法尊重擁
護義務)によれば、我が国の公務員は、このような国際人権条約(B規約や児童の権利条約)の
精神やその趣旨(家族の結合の擁護や児童の最善の利益の保障)を誠実に遵守し、尊重する義
務を負う。したがって、当該外国人に在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たって、
被控訴人法務大臣は、国際人権条約(B規約や児童の権利条約)の精神やその趣旨を重要な要
素として考慮しなければならない。
4 争点②(被控訴人法務大臣の本件裁決に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか否か)につい
ての判断
 入国手続の違法性の評価
ア 前記3のとおり、広汎な裁量権を有する被控訴人法務大臣の判断であっても、当該裁決に
関する判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場
合には、裁量権の逸脱又は濫用として違法となることがあり得る。そこで以下、この点につ
いて事実関係に立ち入って検討する。(なお、本件においては、被控訴人法務大臣から高度な
政治的判断が必要であるとの事情は主張されていない。)
イ 前記認定のとおり、Hは、平成3(1991)年ころ、控訴人C’ で、Hとの身分関係が継子で
あることの公証書を添付して本邦への入国を申請したところ、これが認められなかった後、
平成8(1996)年ころ、控訴人Cが自分の「長女」である旨の誓約書を作成し、同女が自分の
長女であるとして本邦への入国を申請する際、その旨の記載のある公証書を添付し、また、
平成10年ころ、控訴人Fが自分の「次女」である旨の誓約書を作成し、同女が自分の次女で
あるとして本邦への入国を申請する際、その旨の記載のある公証書を添付した。これらの事
実に照らすと、Hは、控訴人CがHの継子であるとの身分関係では本法に入国できないこと
を認識したうえで、同女が実子であるとの虚偽の事実を作出して本法に入国させたものであ
ると推認することができる。この点控訴人らは、継子と実子を明確に区別していない中国の
実情等を根拠として、Hには虚偽の申請をしているとの認識がなかったと主張するが、Hが
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平成3年の申請時には控訴人Cを「継子」とした(甲3)のに、平成8年及び平成10年の申
請時には控訴人Cを「長女」控訴人Fを「次女」と記載し、かつ添付した身分関係図(乙129、
130の各1)にも、明らかにこの二人が自分の実子であることを前提とした記載をしている
のであるから、Hに虚偽の申請をしている旨の認識があったことは疑いの余地がない。また、
これらの誓約書及び公証書を見ている控訴人C及び同控訴人Fにも、同様の認識があったも
のと認められる。さらに、控訴人Fは、J及びKが自分とは全く血縁関係のない人物である
のに、これらの者が自分の実子であるとの虚偽の公証書を使用したり虚偽の生年月日を記載
したりして在留資格認定証明書の交付を申請し、Hもこれらの事実を知っていたと認められ
る。
以上を要するに、H、控訴人C及び同控訴人Fは、公証書の記載及び申請書に記載した身
分関係がいずれも虚偽であることを認識しながら、あえてその身分関係に基づいて本邦に入
国しようとしたというべきである。
ウ しかしながら、控訴人C及び同控訴人Fが姓名を変更したことや継子を「長女」「次女」と
呼称すること自体は中国の法律や慣行上特段違法・不自然なものではないこと(甲218)、H
が各申請時に添付した戸籍等の資料は真正なものであって、これらをつぶさに検討すれば、
Hの申請が虚偽であることが発覚する余地もあったこと、乙141、142に照らすと、もしHや
控訴人らが真実の身分関係を当初から明らかにして入国申請をしておれば入国が許可された
可能性がなかったとはいえないこと、J及びKの不法入国についてのHや控訴人らの関与は
主導的・積極的なものではなかったことなどの諸事情に照らすと、H、控訴人C及び同Fの
入国手続における虚偽申請の違法性は極めて重大なものとまでは評価できない。
 本件に特有の事情
ア 本件においては、原判決挙示の証拠によって認められる以下のような事情を考慮する必要
がある。
まず、控訴人Cは、Iの連れ子であることをはるかに越えて、Hやその家族と密接な関係
がある。すなわち、控訴人Cは、HとIの婚姻後昭和57(1982)年に自らが結婚するまでの
間H夫婦と同居し、この間に生まれた4人の子供の上にいる最年長者として家事などIの手
伝いをし、Hが病気で倒れた際には率先して家族の生活を支えるなど、Hの家族の重要な一
員となっていたものである。そして、特筆すべきは、Hが日本への永住手続をとった際、中国
当局者から高齢の養父Oの世話をしなければ日本へ帰国できないと言われたため、Hの子供
のうち最年長であった控訴人Cが同人の世話をするために中国に残り、同人が死亡するまで
の7年間Hに代わってその世話をしたことである。このような事情は、控訴人CがHの実子
以上の存在であったと評価できるものである。そして、平成2(1990)年にOが死亡したこ
とから今回の入国申請になったものであるが、このように控訴人Cは、H自身及びその家族
全体との関係で、Hの実子同様の密接さがあったということができ、このような家族関係は、
日本国がその尊重義務を負うB規約に照らしても十分に保護されなければならないものであ
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る。
また、控訴人Cの妹である控訴人Fは、病弱であったためやむなく他に養子で出されたが、
結婚後控訴人Cと連絡を取り合い、一時帰国したHやIと再会して日本国への入国を申請し
たものであり、そのHや控訴人Cとの家族関係も控訴人Cと同様尊重されるべきである。
イ そしてなにより、H、控訴人C及び同控訴人Fらの家族が本件のような事態に直面したこ
とについては、控訴人らに退去を強制している日本国自身の過去の施策にその遠因があり、
かつその救済措置の遅れにも一因があることが留意されなければならない。すなわち、Hの
両親が中国に渡ったのは、当時の日本国の国策であった満州国開拓民大量入植計画によるも
のであり、また終戦後Hの母が日本に帰国できずHの帰国が遅れたのも、日本国の引き揚げ
施策が効を奏さなかったためであって、そのような中で生活維持のためにやむなくHがOの
養子とされたのである。その後、昭和47(1972)年の日中国交回復を経、終戦後36年にして
ようやく中国残留孤児の集団訪日調査が行われ、49年後の平成6(1994)年に至って、「今次
の大戦に起因して生じた混乱等により、本邦に引き揚げることができず引き続き本邦以外の
地域に居住することを余儀なくされた中国残留邦人などの置かれている事情にかんがみ、こ
れらの者の円滑な帰国を促進する」ことなどを目的として、「中国残留邦人等の円滑な帰国
の促進及び永住帰国後の自立支援に関する法律」(以下「中国残留邦人帰国促進自立支援法」
という。)が公布されたものである。このような救済措置の遅れは、当時の国際情勢等との関
係でやむを得なかった面もあるが、結果的にみてなんとしても遅きに失したとの感を否めな
い。そして、同法で、円滑な帰国・入国の特別配慮の対象とされている「当該中国残留邦人
等の親族」の中に控訴人らのような連れ子が含まれる旨の直接の規定はないが、控訴人らは
「前各号に規定する者に準ずるものとして厚生労働大臣が認める者」(同規則10条6号)に該
当する余地が残されている。他方、難民認定法により「定住者」として在留資格が認められる
者の中には、日本人配偶者たる外国人の連れ子が定められているが(平成2年法務省告示第
132号(定住者告示)の6号)、これは未成年で未婚の者に限定されている。この規定は一般
的には合理性を有するが、控訴人らのような中国残留邦人の親族の場合、実子同然に育った
者であっても、上記のような引き揚げ措置の遅れによって(この間に成人に達したり結婚し
たりして)在留資格を取得できないという不合理が生じ、中国残留邦人帰国促進自立支援法
の趣旨が没却されてしまうおそれがある。
このように、過去の日本国の施策が遠因となり、その被害回復措置の遅れによって結果的
に在留資格を取得できなくなってしまっている控訴人らの立場は、本件に特有の事情とし
て、特別在留許可の判断にあたって十分に考慮されなければならない。
 まとめ
以上のような、本件に特有の事情、前記に認定した控訴人らの日本での生活状況に顕れた控
訴人らの家族の実態及び控訴人子らが我が国に定着していった経過、控訴人子らの福祉及びそ
の教育並びに控訴人子らの中国での生活困難性等を、日本国が尊重を義務づけられているB規
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約及び児童の権利条約の規定に照らしてみるならば、入国申請の際に違法な行為(その違法性
の程度については前述したとおりである。)があったことを考慮しても、本件裁決は、社会通念
上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、被控訴人法務大臣の裁量権の範囲を逸脱又は濫用
した違法があるというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、取消しを免れない。
5 争点③(被控訴人主任審査官の本件発付処分に、裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか否か)
についての判断
難民認定法49条5項は、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の
通知を受けたときは、すみやかに当該容疑者に対して退去強制令書を発付しなければならないと
定めており、主任審査官に対し、退去の強制に理由があるか否かをあらためて判断することを許
容するような規定は何ら設けられていない。このほか、難民認定法47条及び48条8項の類似規定
や難民認定法51、52条等の関係諸規定に照らしても、主任審査官は、法務大臣から前記裁決の通
知を受けたときは、その判断に拘束され、すみやかに所定の方式に従った退去強制令書を発付す
ることを義務づけられており、退去の強制に実体上の理由があるか否かについて独自に判断し得
る権限も、また、退去強制令書の発付を留保し得る権限も認められていないものと解するのが相
当である。したがって、被控訴人主任審査官による本件発付処分には裁量の余地がないから、裁
量権の逸脱や濫用について判断する余地はない。しかしながら、同処分は、被控訴人法務大臣に
よる本件裁決を前提とするものであって上記のとおりその裁決が違法なのであるから、本件発付
処分も違法となり取消しを免れない。
6 文書提出命令について
控訴人らの平成16年10月15日付け及び同年11月26日付け各文書提出命令申立書による各申立
ては、いずれも各「証明すべき事実」欄の記載から、本件上陸許可取消処分に関するものであるこ
とが明らかであり、上記のとおり本件上陸許可取消処分について判断する必要がなく、上記各申
立ての対象となる文書は取り調べる必要がないから、上記各申立ては採用しない。
7 結論
以上のとおりであって、原判決は相当でないからこれをこれを取消して、本件裁決及び本件発
付処分をいずれも取り消すこととし、主文のとおり判決する。

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