退去強制令書執行停止申立事件
平成17年(行タ)第82号
申立人(控訴人・原告):A、被申立人(被控訴人・被告):大阪入国管理局主任審査官
大阪高等裁判所第2民事部(裁判官:松山恒昭・小原卓雄・吉川慎一)
平成17年11月16日

決定
主 文
1 被申立人が、申立人に対し、平成15年10月30日付けで発付した退去強制令書に基づく執行は、
本案(大阪地方裁判所平成15年(行ウ)100号退去強制令書発付処分取消請求事件)の控訴審判決
言渡後30日を経過するまで停止する。
2 申立費用は、被申立人の負担とする。
事実及び理由
第1 申立ての趣旨
主文と同じ。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、タイ王国(以下「タイ」という。)の国籍を有する申立人が、退去強制手続において被申
立人から退去強制令書の発付処分を受けたため、その取消しを求める本案事件を提起するととも
に、執行停止を申し立てた事案である。
2 事実経過
一件記録によれば、次の事実が認められる。
 申立人は、昭和45(1970)年1月28日、タイ人である母B(昭和24(1949)年11月6日生)(以
下「B」という。)とタイ人の父との間において出生したタイ国籍を有する外国人である。
 申立人は、平成9(1997)年11月14日、タイにおいて、C(以下「C」という。)との間にD(以
下「D」という。)を出産した。
 申立人は、平成11(1999)年3月1日、大阪府において、Cとの間の子であるE(以下「E」
という。)を出産した。
 Bは、現在、子である日本国籍を有するF(申立人の異父妹、平成5年9月28日生)(以下「F」
という。)の保護者として定住者の在留資格で我が国に在留し、平成15年1月8日から申立人
肩書住所地にFと居住している。また、申立人の異父妹であるG(昭和60(1985)年9月22日
生)(以下「G」という。)は、平成7年8月11日から日本人の子として定住者の在留資格で我が
国に在留している。
 申立人は、平成8年(1996)年1月14日、関西国際空港から在留資格「短期滞在」、在留資格
「90日」で我が国に入国し、在留期間更新許可を1回受けた後、同年6月26日、同空港より出国
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した。
 申立人及びDは、平成10(1998)年10月8日、Cと共に、タイ・バンコクから関西国際空港
に到着し、大阪入国管理局(以下「大阪入管という。」関西空港支局入国審査官に対し、上陸申
請を行い、同審査官から、在留資格「短期滞在」、在留期間「90日」とする各上陸許可を得て我
が国に上陸した。申立人らは、その後、在留期間の変更または更新を受けることなく、在留期限
である平成11年1月6日を超えて不法に在留している。
 申立人は、平成11(1999)年3月1日、大阪府においてEを出生した。
 申立人は、平成14年7月23日、不法就労を大阪入管に摘発され、申立人らの法違反の事実が
発覚した。D及びEは幼児であり、申立人は、同人らを養育中であることから在宅調査となっ
た。大阪入管入国警備官は、申立人らについて違反調査を実施した結果、申立人及びDについ
て出入国管理及び難民認定法(平成16年法律第73号による改正前のもの、以下「法」という。)
24条4号ロの、Eについて同条7号に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、平成
15年1月24日、被申立人から各収容令書の発付を受けた上で、同月27日、同各収容令書を執行
し、申立人らを大阪入管審査官に引き渡した。申立人らは、同日、仮放免許可された。
 申立人らは、同年3月ころ、外国人登録上の住所を肩書住所地に変更し、仮放免の指定住居
を肩書住所地に変更する許可を受けた。
 大阪入管入国審査官は申立人らについて、違反審査を実施した結果、同年8月7日、申立人
及びDが法24条4号ロに、Eが同条7号に該当すると認定し、申立人らに対し、それぞれ通知
したところ、申立人らは、口頭審理を請求した。大阪入管特別審査官は、同年9月12日、申立人
らについて、口頭審理を実施した結果、入国審査官の上記認定には誤りがないと判定し、申出
人らにこれを通知した。申立人らは、同日、法務大臣に対して異議の申出をした。
 大阪入管入国警備官は、平成15年10月21日、Cが居住していた大阪市《住所略》(以下「C宅」
という。)を調査したところ、申立人らを発見した。被申立人は、同日、申立人があらかじめ被
申立人の承認を受けることなく、指定住居を変更していたとして、申立人の仮放免許可を取り
消し、申立人は、同日、上記収容令書により大阪入管に収容された。
 法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は、同月24日付けで申立人らの異議の申出に
は理由がないとの各裁決をし(以下「本件各裁決」という。)、被申立人は、同月30日、申立人ら
に対し、本件各裁決を通知すると共に、各退去強制令書を発付し、執行した。申立人は、引き続
き大阪入管に収容され、D及びEは、同日、仮放免が許可された。なお、Cは、タイに送還され
た。
 申立人らは、平成15年11月11日、本件各退去処分の取消しを求めて本案事件(大阪地方裁判
所平成15年(行ウ)第100号退去強制令書発付取消請求事件)を提起するとともに、同月13日、
執行停止を申し立てた(大阪地方裁判所平成15年(行ク)第45号退去強制令書発付処分執行停
止申立事件)。大阪地方裁判所は、同年12月24日、申立人について収容部分を含めて本件退去
処分の執行を本案訴訟の第1審判決言渡しの日から30日を経過するまで停止する旨の決定を
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した。被申立人は、申立人について収容部分の執行停止について、同月26日、当庁に対し、即時
抗告を申し立てたが、平成16年2月20日、当庁は、同抗告を棄却するとの決定をした。(当庁平
成16年(行ス)第8号)。
 大阪地方裁判所は、平成17年10月20日、本案事件について、申立人らの請求をいずれも棄却
するとの判決をし、同年11月2日、申立人らは、当庁へ控訴した。
3 争点
 重大な損害を避けるための緊急の必要があるとき(行政事件訴訟法25条2項)
(申立人の主張)
ア 要件の緩和
平成16年改正の行政事件訴訟法25条2項では、執行停止の要件が緩和され、「重大な損害」
で足りることとされた。
イ 送還部分について
このまま手続が続行し、申立人らがタイに送還されるときは、申立人らは本案訴訟の訴え
の利益を失い、又は事実上本案訴訟追行の目的を失い、処分の違法性を争うことができなく
なる。また、同訴訟で勝訴の確定判決を得たとしても、送還執行停止前の原状を回復しうる
制度的な保障がなく、再入国が困難である。しかも、仮に送還執行後に訴訟を継続していく
場合、訴訟代理人との打合せ等が困難となり、訴訟追行に大きな障害が生じる。これらの損
害は事後的に回復困難である。
ウ 収容部分について
仮に、送還部分についての執行が停止されても、収容部分の執行が停止されなければ、申
立人には回復困難な損害が生じる。
ア 申立人は、D及びEと自由に会えない状態が相当長期にわたり続くことになり、家庭生
活が完全に破壊される。
イ 重病のBを介護・家事する者が小学6年生のFしかいなくなる。Bも満足な介護を受け
られなくなる。
ウ 申立人には逃亡の恐れはない。
(被申立人の主張)
ア 重大な損害の意義
平成16年改正の行政事件訴訟では、「重大な損害」と文言を改めたことに併せて、同法25
条3項で「重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を
考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとす
る」としているが、これはその判断が損害の性質のみによって行われることなく、損害の程
度並びに処分の内容及び性質を総合考慮して、個々の事案ごとの事情に即して、社会通念上
金銭による回復をもって満足させるのが相当か否かの判断が適正に確保されるように配慮し
たものである。
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イ 退去強制令書発付処分の内容及び性質
退去強制手続きは、我が国に好ましくない外国人を強制力をもって国外に排除するという
国内秩序維持のための手続に伴うものであって、退去強制令書の執行による収容は、退去強
制事由のある外国人を送還のために身柄を確保するのみならず、その者を隔離し、我が国に
おけるこれ以上の在留活動を禁止する趣旨を含むものであるから、収容により、その者の移
動の自由が制限され、それに伴って精神的苦痛等の不利益が生じることは当然に予定されて
いる。収容の継続が妥当性を欠くなどの事態を生じた場合には仮放免の制度がある。
ウ 収容部分の執行について
D及びEについては、申立人との同時収容も可能であるし、BやFに対する援助について
は、申立人以外にも対応できる人がいる。もともとBやFと申立人とは別世帯を構成してい
た。
したがって、退去強制令書の収容部分が執行されたことによって生じる精神的損害は、一
般的なものであって、「重大な損害」に当たらない。
 本案について理由がないとみえるとき(行政事件訴訟法25条4項)
(被申立人の主張)
法務大臣は、退去強制事由に該当する外国人について、当該外国人からの異議の申出につい
て裁決する際には、当該外国人の異議の申出に理由がないと認める場合でも、当該外国人につ
いて法50条1項3号にいう「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」は、在留を特
別に許可することができる。
しかし、この在留特別許可の付与は、法務大臣の裁量権に委ねられており、法務大臣がその
付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事由が
ある場合等、極めて例外的な場合にのみ、その行使が裁量権の範囲を超え又はその濫用があっ
たものとして違法となると解すべきである。法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長に
ついても同様である。
本件での次のような事情を考慮すれば、本件各裁決について裁量権の逸脱あるいは濫用を認
める余地はない。
ア 退去強制事由の存在
申立人は、不法に残留する者であり、退去強制事由に該当する。
イ 申立人の入国目的
申立人の入国目的は、我が国で生活することにあり、当初から不法在留することを前提と
していた。
ウ 不法就労
申立人は、入国以来、約4年間にわたって不法残留した上、不法就労していた。
エ C、Bとの関係
申立人はCと内縁関係にあって、C宅で一家4人で居住していた。B及びFとは、別々に
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生活していた。Bは、生活保護を受給しており、Fとの生活のための収入は保障されている。
Bは、我が国に入国してからも、頻繁にタイとの間を往復しており、マッサージ店で稼動し
たり、タイ人に不法就労をあっせんしたりしており、およそ他者による介護が不可欠なほど
重篤な状態ではない。また、Bには東大阪市に姪が在住しており、豊中市には、実の娘のGも
居住している。
オ 子の福祉
D及びEは、十分に可塑性に富む年齢であり、タイ人である申立人に伴って帰国するので
あるから、生活環境になじめないとはいえない。
カ 在留特別許可を付与することの悪弊
不法滞在、不法就労していた者が、不法滞在が発覚するや、親族の病状等の個人的事情を
主張することによって、違法行為が看過されることになれば、外国人による同種事案を誘発
することになり、出入国管理行政の適正な遂行を妨げることになる。
(申立人の主張)
本件では、本件裁決が次のとおり裁量を逸脱して違法であるため、本件退去強制令書発付は、
その違法性を承継し、違法である。
ア 事実誤認
被申立人は、申立人らの住居が肩書住所地にあったのにもかかわらず、それをC宅と誤認
した。
イ 就労の事実の評価の誤り
申立人が就労していたのが不法であるとしても、在留特別許可の判断においては申立人に
有利に判断すべきである。
ウ 生活状況・適応状況
申立人らは、我が国での生活に適応し、真面目かつ勤勉に生活している。
エ 母Bの重病とFの福祉
ア 申立人の母Bは、平成13年4月ころから悪性リンパ腫を患っており、他にも高血圧症、
C型肝炎、変形性頸椎症、腰椎症等をも患っている。
イ 従前からBの症状が悪化した際には、申立人がBとFのために家事をする必要があっ
た。
ウ 近時、悪性リンパ腫が悪化して、Bの症状は極めて危機的であり、申立人がBやFのた
めに家事をする必要性がある。 
エ Bの抗ガン剤治療は少なくとも半年間から1年間は続く可能性は高いが、その期間中、
小学校6年生のFが一人で暮らすことは、不可能である。
オ 日本人であるFのために、Bは我が国に住む必要があるが、我が国でBの面倒を見てく
れる人は申立人以外にいない。
カ 申立人が退去強制されれば、FとBのみが我が国に残されることになり、Fの福祉に反
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する。
キ したがって、このような状況で申立人らを退去強制することは、B及びFの福祉及び人
道の観点から許されない。
オ タイでの生活が不可能なこと
申立人は、タイの自宅を差し押さえられ、失っており、帰る家も資産もない。
 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき(行政事件訴訟法25条4項)
(被申立人の主張)
退去強制令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、併せて退去強制令書の執行停止を申し
立てた場合、単に本案訴訟の提起、係属を理由として安易に送還を停止することとすれば、本
案訴訟が係属している限り、法違反者の送還を長期間にわたって不可能にすることになり、出
入国管理行政の迅速かつ円滑な執行を停滞させることになるから、公共の福祉に重大な影響を
及ぼす。
仮に退去強制令書が発付された外国人に対して、送還部分のみならず収容部分についてまで
その執行を停止することになれば、在留資格及び在留期間の点で管理を全く受けることなく、
放任状態のまま在留させることになる。
これは法が予定しない在留の形態を作り出すことになり、三権分立の建前に反し、在留資格
制度を混乱させることになる。
第3 裁判所の判断
1 重大な損害を避けるため緊急の必要があるときについて
 送還部分について
本件退去強制令書の執行により、申立人がタイへ送還されると、申立人の意思に反して送還
されるものであるから、そのこと自体が重大な損害を生じさせることなる。また、仮に申立人
が本案訴訟で勝訴したとしても、申立人が当然に再入国できるなど、原状回復方法が規定され
ているものではない。申立人は本案訴訟の訴えの利益を失い、又は事実上本案訴訟追行の目的
を失い、処分の違法性を争うことができなくなる。仮に、送還執行後に訴訟を係属していく場
合、訴訟代理人との打合せ等が困難となり、訴訟追行に大きな障害が生じることも予想できる。
したがって、本件強制退去令書に基づく送還によって申立人が被る損害は、原状回復が困難
な損害であって、金銭賠償による損害の回復をもって満足させることが相当でないというべき
であるから、重大な損害に該当する。
このような重大な損害を避けるためには、本件退去強制令書に基づく執行のうち送還部分の
執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。
 収容部分について
D及びEは、母である申立人によって養育監護されてきたものであり、人格形成おいて重要
な幼児期において長期間母親の介護から離されることは、同人らの身体的及び精神的発達に重
大な悪影響を与えることが懸念される。
被申立人は、同人らを申立人と同時収容できることを指摘しているが、同人らを長期間収容
施設に収容すると、それぞれの年齢時に受けるべき学校教育を受ける機会を逸するほか、同人
らの発育等に対する悪影響が生じることが予想できる。
また、申立人の母Bは、一件記録によると、悪性リンパ腫を患っており、他にも高血圧症、C
型肝炎、変形性頸椎症、腰椎症等をも患っていて、症状悪化時には家事・育児に困難を要し、他
者の介助を要するため、申立人が収容されれば、いまだ小学6年生にすぎないFにその負担が
課せられることになるものと認められる。
被申立人は、申立人以外にもBの家事・介護をすることができる人物の存在を示唆するもの
の、これは血縁関係のみからその可能性があるというに止まるものであって、具体性に乏しい。
したがって、申立人が収容されることは、その子D及びEの発育等に重大な影響が生じるも
のであり、また、申立人が扶養義務を負うBやFの生活等にも深刻な影響が生じることが予想
できる。
これらの損害は、原状回復が不可能な損害であって、かつ、金銭賠償によって受忍すべきも
のとは言い難いから、重大な損害に該当する。
このような重大な損害を避けるためには、本件退去強制令書に基づく執行のうち収容部分に
ついても執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。
2 本案について理由がないとみえるときについて
申立人が、本件各裁決についての大阪入管局長の裁量権の行使の違法性について主張するとこ
ろは、主張として明らかに失当といえるものではなく、本案訴訟の第一判決では否定されたもの
ではあっても、控訴審における判断にまつところもあるから、本件について、本案について理由
がないとみえるとすることはできない。
3 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときについて
被申立人が主張するところは、いずれも強制退去制度など出入国管理行政の適正な追行に対す
る一般的な影響を述べているにすぎず、具体的に本件退去強制令書に基づく執行を停止すると公
共の福祉に重大な影響を及ぼすといえるだけの事情が生ずるとする根拠となるものではないか
ら、失当である。
第4 結論
よって、申立人の申立ては、理由があるので認容することとし、主文中のとおり決定する。

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