退去強制令書発付処分取消請求事件
平成17年(行ヒ)第395号
上告人:A、被上告人:法務大臣
最高裁判所第一小法廷
平成18年10月5日

判決
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人岩井信の上告受理申立て理由について
1 本件は、不法残留を理由として被上告人東京入国管理局主任審査官から退去強制令書発付処分を受けた外国人である上告人が、同処分に先立って被上告人法務大臣がした出入国管理及び難民認定法49条3項に基づく裁決につき裁決書が作成されていないという違法があるなどと主張して、同裁決及び同処分の取消しを求めた事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 上告人は、イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり、平成2年12月12日、在留資格を短期滞在とし、在留期間を15日とする上陸許可を受けて本邦に上陸し、その後、在留期間の更新又は在留資格の変更を申請することなく、在留期間の満了日を超えて本邦に残留していた。
 上告人は、同13年7月30日、不法残留の容疑により逮捕され、その後起訴されて、同年9月26日、東京地方裁判所において有罪判決を受けた。上告人は、同日、収容令書の執行を受け、同年10月18日、東京入国管理局入国審査官により、出入国管理及び難民認定法(平成13年法律第136号による改正前のもの。以下「法」という。)24条4号ロに該当するとの認定を受けた。上告人は、東京入国管理局特別審理官に対し、口頭審理を請求したが、口頭審理によっても同認定に誤りはないとの判定を受けたため、被上告人法務大臣に対し、法49条1項に基づき、異議の申出をした。
上記の異議の申出に際し、上告人は、法24条4号ロに該当すること自体については争っていなかった。また、上告人は、本邦に上陸した後、後記記載の申請時までの間、難民認定申請手続を執ろうとした形跡はなく、上記の不法残留容疑に係る刑事手続や退去強制手続において、イラン・イスラム共和国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあることを理由として同国を出国した旨の供述を全くしていなかった。
 被上告人法務大臣は、同年11月16日、上告人の異議の申出が理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、その通知を受けた被上告人東京入国管理局主任審査官は、本件裁決を上告人に告知するとともに、上告人に対し、退去強制令書を発付した。本件裁決に当たり、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成13年法務省令第76号による改正前のもの。以下「規則」という。)43条所定の裁決書は作成されなかった。
 その後、上告人は、同14年6月27日、難民認定申請をしたが、被上告人法務大臣は、上記申請につき不認定とする処分をし、同15年3月3日付けで上告人に通知した。また、被上告人法務大臣は、上記処分につき上告人がした異議の申出には理由がない旨の決定を行い、同年7月31日付けで上告人に通知した。
3 論旨は、本件裁決に当たり被上告人法務大臣が裁決書を作成しなかったという瑕疵は、本件裁決とその後の退去強制令書発付処分の取消事由に当たるというので、以下、この点について検討する。
 退去強制令書の発付は、外国人の出入国に関する処分であるから、行政庁の処分等についての不服申立てに関し一般的な手続を定める行政不服審査法に基づいて異議申立て及び審査請求をすることはできない(同法4条1項10号)。他方、法は、退去強制令書の発付につき、入国審査官による審査、特別審理官による口頭審理及び法務大臣に対する異議の申出という一連の事前手続を定めている。この手続において、入国審査官は、容疑者が法24条各号の一に該当すると認定したときは、理由を付した書面をもって、その旨を容疑者及び主任審査官に知らせなければならないとされている(法47条2項)。これに対し、上記認定に対して容疑者が法48条1項に基づいて口頭審理の請求をした場合において、特別審理官が上記認定に誤りがないと判定するときは、その旨を容疑者及び主任審査官に知らせれば足り、同判定について書面をもってすべきこととはされていない(同条7項)。
また、上記判定に対して容疑者が法49条1項に基づいて異議の申出をした場合において、法務大臣が当該異議の申出が理由がないと裁決するときは、その結果を主任審査官に通知し、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、すみやかに容疑者に対しその旨を知らせることとされ、これらについて書面をもってすべきことは求められていない(同条3項、5項)。
もっとも、法69条の委任規定を受けて定められた規則43条は、法49条3項に規定する裁決は、別記第61号様式による裁決書によって行うものとする旨規定する。そして、第61号様式は、主文のほか、事実の認定、証拠及び適用法条を記載すること、法務大臣が押印することを要求している。しかしながら、他に、容疑者に対し、裁決書を交付すること又は裁決書の理由に当たる内容を通知することを予定するような規定は規則に置かれていない。
以上のとおり、法49条3項所定の裁決については、行政不服審査法の裁決に関する規定が適用されず、裁決は書面で行わなければならない旨規定している同法41条1項は適用されないこと、また、法においては、特別な不服申立手続が定められ、その一連の手続の一部である法49条3項所定の裁決については書面で行うべきものとはされておらず、同裁決の通知については法務大臣が直接容疑者に対して行うものとはされていないこと、さらに、容疑者に対し裁決書を交付することなどを予定した規則もないことなどに照らすと、規則43条が法務大臣の裁決につき裁決書によって行うものとすると規定した趣旨は、法務大臣が異議の申出に対し審理判断をするに当たり、その判断の慎重、適正を期するとともに、後続する手続を行う機関に対し退去強制令書の発付の事前手続が終了したことを明らかにするため、行政庁の内部において文書を作成すべきこととしたものにすぎないというべきである。したがって、同条は、書面の作成を裁決の成立要件とするものではないと解するのが相当である。そして、上記のとおり、容疑者に対して裁決書を交付することが予定されていないことからすると、同条は、容疑者に対し、裁決書により理由を明らかにして取消訴訟等を提起する便宜を与えるなどの手続的利益を保障したものではないというべきである。
 もとより、被上告人法務大臣が本件において裁決書を作成しなかったことが規則43条に違反するものであることは否定できない。しかしながら、上記のとおり、同条は容疑者の手続的利益を保障することを直接の目的とするものではないし、また、前記事実関係によれば、上告人が法24条4号ロに該当することについては、本件裁決の前段階における認定及び判定の段階で明らかにされ、上告人も、このことを争っていなかったというのであるから、これを記載した裁決書が作成されなかったとしても、本件裁決における退去強制事由の有無についての被上告人法務大臣の慎重、適正な判断が損なわれたということはできず、また、その結論に影響を及ぼすものではないことが明らかである。
 ところで、法務大臣は、法49条3項の裁決に当たって、容疑者の異議の申出が理由がないと認める場合でも、特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができ(法50条1項)、当該許可は、異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされ、主任審査官は直ちに容疑者を放免しなければならない(同条3項、法49条4項)。そして、規則42条4号は、法49条1項所定の法務大臣に対する異議の申出に際しては、退去強制が著しく不当であることを理由とすることを認めている。そうすると、法務大臣が同条3項に基づき異議の申出が理由がない旨の裁決をするに当たっては、容疑者に特別に在留を許可すべき事情があるとはいえないとの判断を経ていることが予定されていると解される。
しかしながら、裁決書の作成を定める規則43条は、その文理上、法49条3項に規定する裁決に係る書面の作成を定めるにとどまり、法50条1項の規定により特別に在留を許可するかどうかの判断に係る書面の作成を求めるものではない。また、規則43条が定める別記第61号様式は、上記判断に係る事項を記載することを予定しているものと解することは困難である。これらの点に照らすと、法務大臣が異議の申出が理由がない旨の裁決をするに当たって、上記許可をしないとの判断をしたことに係る書面が作成されなかったとしても、直ちに同条に違反するものではないというべきである。さらに、上告人は、本件訴訟においては、特別に在留を許可すべき事情として上告人が難民に該当することを主張しているが、前記事実関係によれば、上告人は、退去強制手続等において、イラン・イスラム共和国政府ないしその関係機関から迫害を受けるおそれがあることを理由として同国を出国した旨の供述をしておらず、本件裁決の時点では難民認定申請もしていなかったというのであるから、このことをも考慮すると、被上告人法務大臣が本件裁決をするに当たり、上告人には特別に在留を許可すべき事情がないと判断したことに関し書面を作成しなかったことが違法であるとはいえないと解すべきである。
 以上のとおりであるから、本件裁決に当たり被上告人法務大臣が裁決書を作成しなかったという瑕疵は、本件裁決及びその後の退去強制令書発付処分を取り消すべき違法事由に当たるとまではいえないと解するのが相当である。
4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官泉徳治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官泉徳治の反対意見は、次のとおりである。
1 法49条3項の法務大臣の裁決について、規則43条は、「別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。」と規定し、裁決書の作成を明確に義務付けている。そして、別記第61号様式は、裁決書には、裁決主文、事実の認定、証拠、適用法条等を記載の上、法務大臣が押印すべきことを定めている。この規則は、法69条の「第2章からこの章までの規定の実施のための手続その他その執行について必要な事項は、法務省令で定める。」との委任規定に基づき定められた法務省令である。
2 法49条3項の法務大臣の裁決は、入国審査官の認定、特別審理官の判定を経てのいわば第3審として、容疑者が法24条各号の退去強制事由に該当するか否かについて最終決定を行うものである。
法48条7項は、特別審理官は、容疑者が退去強制事由に該当するとの入国審査官の認定が誤りがないと判定したときは、当該容疑者に対し、法49条の規定により法務大臣に対して異議を申し出ることができる旨を知らせなければならないと規定しているが、これも、法務大臣の裁決が退去強制手続における不服申立て手続の一環として位置付けられるものであることを明確にするものである。
3 また、規則42条は、容疑者が、法務大臣に対する異議の申出において、法24条各号の退去強制事由の一に該当することは認めた上で、「退去強制が著しく不当であること」を不服の事由とすることを容認し、法50条1項は、法務大臣において、退去強制が著しく不当であると認めるときは、容疑者に対し、在留特別許可を与えることができるものとし、同条3項は、在留特別許可は異議の申出が理由がある旨の裁決とみなすことにしている。上告人の本件異議の申出も、上告人に法24条4号ロに規定する退去強制事由が存すること自体については争わないで、「退去強制が著しく不当であること」を不服の事由とするものである。
法49条3項の法務大臣の裁決と、法50条1項の在留特別許可を与えるか否かの法務大臣の決定とは、観念的には別個の行政処分であるが、両者は、異議申出手続の中で同時一体的に行われるものであり、在留特別許可を与えるか否かの決定は、異議の申出に対する応答として行われ、異議の申出が理由がないとの裁決は、在留特別許可を与えないという判断をした上で行われ、一方、在留特別許可は、異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされるのである。このように、法務大臣の裁決は、法24条各号の退去強制事由の存否の判断権限と在留特別許可の可否の判断権限とを一個の処分権限に取り込んだものであって、異議の申出が理由がない旨の裁決は、在留特別許可を与えないという判断を含んでいるのである。
そして、法49条5項は、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、当該容疑者に対し、退去強制令書を発付しなければならないと規定しているから、異議の申出が理由がない旨の法務大臣の裁決は、上告人のように、法24条各号の退去強制事由の存在することを争っていない容疑者にとっても、在留特別許可の付与を拒否し、当該容疑者を強制退去させる最終決定として、その法的利益に極めて重大な影響を与える処分であるというべきである。
4 行政不服審査法4条1項10号は、「外国人の出入国に関する処分」を同法の規定による審査請求又は異議申立ての対象から除外しているが、それは、同処分については法が上記のように入国審査官の認定、特別審理官の判定、法務大臣の裁決という3審制による慎重な審査手続を採用しているからであって、裁決書の作成を義務付ける規則43条の規定は、行政不服審査法41条の「裁決は、書面で行ない、かつ、理由を附し、審査庁がこれに記名押印をしなければならない。」との規定に相当する意義を有しているのである。
5 以上のように、法49条3項の法務大臣の裁決は、容疑者の権利利益に重大な影響を与えるものであるところから、規則43条は、法務大臣の判断を慎重かつ的確にさせるとともに、手続の履践を明確にし、後続する機関への事件の引渡し(主任審査官に、容疑者に対する退去強制令書を発付させること又は容疑者を放免させること)を確実に行わせるため、法務大臣の裁決は裁決書によって行うものとすると明記しているのである。その裁決書を作成しなかったことは、明文の規定に違反し、裁決を取り消すべき違法事由に当たるというべきである。
したがって、上告人に対する本件裁決も取り消されるべきであり、法務大臣は裁決をやり直すべきである。
6 原判決は、「裁決書は、退去強制事由の存否に関する法務大臣の判断の適正を担保することを目的として作成されるのであり、本件においては、退去強制事由の存否は争われておらず、裁決書が作成されなかった瑕疵が本件裁決を取り消さなければならないほどの瑕疵ではない。」という。
確かに、上告人は、法24条4号ロに規定する退去強制事由が存すること自体については争わないで、「退去強制が著しく不当であること」を不服の事由として唱え、在留特別許可の付与を求めている。規則43条も、裁決書に、法24条各号の退去強制事由の存否に関する判断を記載することを要求しているにすぎない。
しかし、前記のとおり、異議の申出が理由がない旨の法務大臣の裁決は、在留特別許可を付与しないとの判断を含んでおり、容疑者の退去強制に係る最終決定であるから、容疑者が法24条各号の退去強制事由の存在を争っていない場合においても、裁決の重要性及び裁決書の必要性が変わるものではない。
また、裁決書の作成は、漫然たる裁決のないよう裁決の妥当公正を担保し、手続の履践を明確にし、後続する機関への事件の引渡しを確実に行わせるためであるから、裁決書作成の必要性は、容疑者が法24条各号の退去強制事由の存在を争っていると否とにかかわりのない問題である。最高裁昭和45年(行ツ)第36号同49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405頁は、青色申告書提出承認取消処分の通知書の理由附記について、「所論は、更に、一般的には取消しの基因となつた事実を附記すべきであるとしても、少なくとも処分の相手方において現実に右事実を了知し、かつ、これを自認していたような場合には、その附記を要しないものと解すべきである旨主張するが、右附記を命じた規定の趣旨が、処分の相手方の不服申立てに便宜を与えることだけでなく、処分自体の慎重と公正妥当を担保することにあることからすれば、取消しの基因たる事実は通知書の記載自体において明らかにされていることを要し、相手方の知、不知にはかかわりがないものというべきである。」と判示している(同旨、最高裁昭和37年(オ)第1015号同38年12月27日第二小法廷判決・民集17巻12号1871頁)。この趣旨は、本件にも当てはまるものというべきである。
7 裁判所が行政処分の適法性について審査する際に、当該処分の実体的内容については、法律により行政庁に与えられた裁量権を尊重すべきであるが、当該処分の手続・過程については、それが法律の規定に従ったものであるかを厳格に審査すべきものと考える。

お気軽にお問合せください

お電話でのお問合せ

03-5809-0084

<受付時間>
9時~20時まで

ごあいさつ

VISAemon
申請取次行政書士 丹羽秀男
Hideo NIwa

国際結婚の専門サイト

VISAemon Blogです!

『ビザ衛門』
国際行政書士事務所

住所

〒150-0031 
東京都渋谷区道玄坂2-18-11
サンモール道玄坂215

受付時間

9時~20時まで

ご依頼・ご相談対応エリア

東京都 足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・大田区・葛飾区・北区・江東区・品川区・渋谷区・新宿区・杉並区・墨田区・世田谷区・台東区・中央区・千代田区・千代田区・豊島区・中野区・練馬区・文京区・港区・目黒区 昭島市・あきる野市・稲木市・青梅市・清瀬市・国立市・小金井市・国分寺市・小平市・狛江市・立川市・多摩市・調布市・西東京市・八王子市・東久留米市・東村山市・東大和市・日野市・府中市・福生市・町田市・三鷹市・武蔵野市 千葉県 神奈川県 埼玉県 茨城県 栃木県 群馬県 その他、全国出張ご相談に応じます