退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件
平成18年(行コ)第5号(原審:福岡地方裁判所平成17年(行ウ)第14号)
控訴人:A、被控訴人:福岡入国管理局長・福岡入国管理局主任審査官
福岡高等裁判所第1民事部
平成19年2月22日

判決
主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人福岡入国管理局長が平成17年3月15日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1に基づく控訴人の異議の申出理由がない旨の裁決を取り消す。
3 被控訴人福岡入国管理主任審査官が平成17年3月16日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
事案及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要等(略称等は原判決の例による。)
1 本件は、ナイジェリアの国籍を有する控訴人が、入国審査官から入管法24条4号ロの退去強制事由に該当するとの認定を受けたため、法務大臣に対し異議の申出をしたが、法務大臣から権限の委任を受けた被控訴人福岡入国管理局長から、控訴人の異議の申出は理由がない旨の本件裁決を受けるとともに、被控訴人福岡入国管理局主任審査官から、本件退令発付処分を受けたため、在留特別許可を付与せずにされた本件裁決及び本件退令発付処分は、いずれも裁量権を逸脱又は濫用した違法な処分であるとして、それらの取消しを求めたところ、原審は、これをいずれも棄却した。
そこで、これを不服とした控訴人が、上記第1のとおり、控訴した。
2 事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
 3頁20・21行目の「同法50条1項」の次に「(平成17年法律66号による改正前のもの)」を加える。
 4頁10行目の「昭和」の前に「B。」を加え、13行目の「甲1」を「甲1、2、乙6の1・3」に改め、22行目の「乙6の1」の前に「甲2、3、」を5頁22行目の「乙14」の前に「甲6、」を加え、25行目の「移収し」を「移動したが」に、末行の「原告は現在も同所に収容されている」を「控訴人は現在は仮放免されている」に改め、6頁4行目の「停止された」の次に「(当裁判所に顕著な事実)」を加え、8行目、10行目、11行目及び10頁11行目の「違法性」を「違法性の有無」に改める。
3 当審における補足主張の要旨
 控訴人
まず、本件の判断枠組みとしては、国際人権条約や憲法の規定の趣旨・精神を十分に考慮したうえで、控訴人に有利な事情と不利な事情とを比較衡量してこれを行うべきであって、単に、法務大臣等の自由裁量論を前提とした残留を認めるべき積極的な理由があるかどうかによって行うべきものではない。
そして、控訴人とBの婚姻が、控訴人の在留資格取得目的のためになされたものではなく、極めて真摯な情愛に基づくものであることは明白であること(婚姻期間の長短、同居の有無は婚姻関係の真摯性を判断するための形式的な基準にすぎず、現時点では、同居し、また、婚姻期間も短期であるとはいえない。)、控訴人の本邦在留が極めて平穏かつ善良であったこと(素行の善良性は法律違反や素行不良の有無によって判断されるべきであり、控訴人の残留継続の経緯を考慮するとしても、良好でないと評価することはできない。)。Bは、重症の《病名略》のために長時間の飛行に耐えられず、ナイジェリアには《病名略》等を適切に治療する医療機関は存在せず、控訴人がいったんナイジェリアに送還された後は半永久的に本邦への入国が不可能となるなど本件処分の執行の結果、控訴人及びBが受ける苦痛・不利益は甚大であることに照
らせば、在留特別許可を付与せずになされた本件裁決等には、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱又は濫用した違法がある。仮に残留に積極的な理由が必要であるとの見解をとったとしても、同様である。
 被控訴人ら
在留特別許可に係る法務大臣等の裁量は極めて広範であるから、本件裁決等が違法であるというためには、不法に在留している者についてなお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由が存することが必要であるところ、本件においては、前記のとおり、控訴人とBの婚姻の具体的関係等に照らし、控訴人にそのような積極的な理由は何ら認められず、控訴人に在留特別許可を付与しなかったことに何ら裁量権の逸脱又は濫用はない。
なお、控訴人は、仮放免後の控訴人とBの同居、Bのうつ病の悪化などにつき種々主張するが、行攻処分の違法性判断の基準時は当該処分時であり、これらはいずれも本件裁決後の事情であるから、これを考慮すべきではない。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
前記前提事実、証拠(甲1、10ないし15、19、27ないし32、35、乙6の1、10、19、20、24、27、原審及び当審証人B、当審証人C、当審における控訴人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 控訴人の入国及び在留状祝
ア 控訴人は、ナイジェリアで出生し、同国の大学で英語を専攻し、卒業後、自動車の中古部品の販売業業を営んでいる控訴人の父親の仕事を手伝っていた。
イ 控訴人は、父親の事業拡大のため、日本からの自動車の中古部品の輸入が必要であると考え、日本における事情を学ぶため、平成13年4月26日、「短期滞在」の在留資格(在留期間90日)で本邦に上陸した。控訴人は、上陸後、中古部品の輸出業を営む遠縁の親戚に世話になり、仕事を手伝い、この間、同年5月1日、新規外国人登録をした。
控訴人は、在留期間が満了するのを知りながら、所定の手続を受けることなく、在留期限を超えて本邦に不法に残留することとなった。
ウ 控訴人は、その後、甲府や東京などの衣料品店でアルバイト(月収約10万円)をする傍ら、時々中古自動車をコンテナに積むのを手伝う(1回1万円)などして収入を得ており、帰国のための費用相当額を貯めた後も不法残留を継続した。
なお、控訴人は、平成15年ころ、別の日本人女性と交際していたが、交際に際し同女が婚外子がいることを隠していたことから、不誠実であると考え、同女と別れた。
 控訴人とBの交際の概要等
ア Bは、5歳のとき、両親の離婚により、母親に引き取られ、小学4年ころ、いったんは両親の復縁があったものの、同5年ころから再度の離婚により再び母親に引き取られ養育され(弟はいずれも父親に引き取られていた。)、以後父親とは全く交流がなくなった。両親はともに再婚し、父親は熊本県《地名略》に、母親は同県《地名略》にそれぞれ居住していた。Bは、高校を卒業した後就職したが、平成14年ころからは、熊本市内において婦人肌着販売店を営んでいた。Bは、平成15年ころから、父親からの連絡を契機に父親との交流を深めていき、父親はよき理解者であると思うようになった。
イ 控訴人は、平成16年10月末ころ、友人であるD夫妻(夫は、ナイジェリア人で、不法残留後、日本人であるEと婚姻。乙24。BはEの友人である。)からBを紹介され、Bと電話で話をしてBと交際を始めた。控訴人は神奈川県相模原市、Bは熊本市と、互いに遠隔地に居住していたため、メールや電話による交際を続けたが、互いに好意を抱き、Bが相模原市に控訴人を訪ねて行くことになった。
ウ Bは、飛行機を利用して、同年11月15日から同月18日まで相模原市を訪れて、初めて控訴人に会った。Bは、その際、控訴人から結婚を申し込まれ、控訴人と肉体関係をもつに至り、また、控訴人から不法残留であることを告げられた。なお、Bは、後記のとおり、《病名略》があったが、控訴人と交際を始めてからは、その症状が改善されていた。
Bは、同月28日から同年12月1日まで、同じく飛行機を利用して相模原市を訪れ、控訴人と会った。この2回目の訪問の際、控訴人とBは、結婚を考えるようになり、控訴人が在留特別許可を得て日本に残れるように、結婚に向けて準備をし始め、東京のナイジェリア大使館に赴いて結婚のために必要な証明書(控訴人の独身証明書、出生証明書等)の申請を行うなどした。そして、Bは、控訴人から結婚を正式に申し込まれて指輪のプレゼントを受けた。
このころ、控訴人とBは、自分たちの将来像について、最初は日本に住み、結婚して落ち着き、Bの《病名略》の症状が改善したら、イギリスかアメリカに行って生活することを話し合った。
エ Bは、同年12月上旬に《地名略》に赴いて自己の戸籍謄本の交付を受けた。そのころまでに、Bは、母親に控訴人との結婚の話をしたが、母親は、外国人である控訴人との結婚に消極であり、Bに対し、結婚しても控訴人とは会わない、Bの好きなようにすればいいと答えた。また、Bは、父親に対し、同月中に控訴人と入籍して結婚したいと考えていることを話した。父親は、Bと控訴人との結婚に反対であったが、これを秘し、婚姻届の提出を阻止するため、Bに対し、入籍は年明けにするように、それまで戸籍謄本を預けるように述べた。そのため、Bは、父親から祝福を受けて結婚したいと考え、言われたとおり戸籍謄本を父親に預けた。
オ Bは、同月12日から同月15日まで、同じく飛行機を利用して相模原市を訪れ、控訴人と会った。この3回目の訪問の際、Bは、控訴人から贈られたのと同じ指輪を控訴人に贈った。そして、控訴人とBは、相模原市役所を訪れて婚姻届を提出しようとしたが、Bの戸籍謄本がなかったため受け付けてもらえなかった。
カ 控訴人は、平成17年1月2日、BとともにBの父親方を訪れ、Bと結婚するつもりである旨を告げるとともに、結婚の許しを求めたが、Bの父親は、控訴人とBの結婚に反対した。Bは、父親に対し、父親が反対でも、同月6日の飛行機で相模原市役所に行き婚姻の届出をすることを告げた。
そして、同月4日、Bは、再度《地名略》に赴いて戸籍謄本の交付を受けた。
キ 控訴人は、同月5日、控訴人とBとの結婚に強く反対するBの父親の警察署への通報により、B宅前で旅券不携帯によって現行犯逮捕された。Bは、これに強いショックを受けたが、翌6日、予定どおり、飛行機を利用して相模原市に赴き、控訴人を夫とする婚姻届を相模原市長に提出した。後に、Bは、控訴人を通報したのがほかならぬ父親であったことを知り、驚愕した。
ク Bは、控訴人の逮捕後刑事裁判が終わるまでの間、面会ができない土曜日、日曜日及び祭日を除いてほぼ毎日控訴人に面会に待った。Bは、控訴人の大村センター移収後も、当初は熊本市から片道約3時間をかけて、同年6月以降は母親宅が所在する《地名略》(Bは、後記のとおり、《病名略》の症状の悪化により一人暮らしが困難となったため、母親宅に転居した。)から片道4時間以上をかけて、週1、2回控訴人に面会に行っていた。その後、Bは、平成18年2月6日ころ、大村センター近くに転居し、控訴人が、同月24日、請求に基づき仮放免された以降は同所で控訴人と同居するようになった。
ケ Bは、平成12、3年ころから、飛行機の中など狭いところで動悸が激しくなって息苦しくなったり、身体が震えたりすることがあるようになり、平成15年4月から、熊本市内のメンタルクリニックにおいて、傷病名「《病名略》」で、頻繁に通院し治療を受けていた(なお、平成16年7月9日より公費負担制度を利用)。Bの《病名略》は、前記のとおり、控訴人との交際が始まってからは改善されていたが、控訴人の逮捕後、再び精神的不安定さが目立ち、不眠や抑うつ気分の出現や、《病名略》が発生するようになった。担当医であるF医師は、《病名略》のもともとの原因はBの幼いころの両親の離婚、その後の精神的葛藤によるストレスに
よるものであり、Bはいったんは控訴人との交際で精神的安定感を感じたものの、控訴人の逮捕で再び強いストレスを感じるようになり、症状が悪化したと考えた。同医師は、平成17年5月当時、Bが長時間の飛行に耐えることも、ナイジェリアで居住することも著しく困難であるとの見方を示していた。なお、Bには上記のとおりこのころに既に《病名略》の兆候もみられた。(甲11、13ないし15)
Bは、平成16年に、韓国に2回、ハワに1回と合計3回飛行機を利用して海外旅行に行ったことがあるが、そのときは薬の服用により、搭乗中におけるパニック発作の発生を避けることができた(甲19、乙27)。
コ Bは、原審口頭弁論終結日(平成17年10月4日)以降、特に精神的に不安定となり、同年11月17日、大量服用による自殺を試み、平成18年2月14日から、月数回の割合で、《病名略》の診断名で大村市内の「aクリニック」を受診していたが、同年4月24日、《病名略》を起こし、上記クリニックで、C医師(以下「C医師」という。)の治療を受けるようになった。Bは、同年5月22日、父親が控訴人を通報しなければ控訴人をこんな目に合わせずに済んだ、自己の病気でも控訴人に迷惑を掛けているなどと思い詰め、本件裁判が一番心配である旨の遺書(甲31添付資料1)を残し、大量の睡眠薬を服用して自殺を企図した。そのため、Bは、同月30日、C医師の勧めでbに入院し、同年6月12日退院した。しかし、Bは、同年8月上旬、さらに自殺を試み、C医師の勧めで、それ以降、c病院に入院しているが、退院の目途は立っていない。(甲27、28、当審証人C)
控訴人は、現在仮放免され、定職に就けないため、家事のほか、クリスチャンとしてボランティアで教会の仕事をしたり、日本語を習ったりしていて、週1回ほど入院中のBの面会に訪れるとともに、同程度、同年4月に洗礼を受けたBと教会で会っている。
サ Bの現在の病状等は、《病名略》による発作の発生は比較的少なくなったものの、抑うつ、意欲の低下等のほか自殺企図が顕著で《病名略》が深刻かつ重症化している。
C医師は、現時点でのBの精神状態であれば、Bがナイジェリアに渡航すること自体が著しく困難であり、また、仮に渡航できたとしても環境が激変することから自殺をする可能性が極めて高いし、控訴人が送還されBのみ本邦に残った場合も同様であるとの考えを有している。(甲28、当審証人C)
(なお、Bは、外出許可を受け、平成18年9月8日、証人尋問のために当裁判所に出頭したが、尋問終了直後に、体調の悪化を訴え、30分程度、庁舎内の長椅子に横たわっていた。)
シ Bの父親は、当初は控訴人とBの結婚に強く反対し、控訴人の通報までしていたものであるが、控訴人がBの協力の下本件訴訟を提起するに至って、Bの結婚の決意が真剣であることを認識し、その後は、自己の行為を深く後悔し、控訴人とBの結婚を承諾し、控訴人が日本にとどまることを強く願い、控訴人の本邦滞在のため、入管当局等と折衝したりしていたが、同年11月2日、願いがかなわないまま、死亡した(甲10、35)。
2 争点ア(本件裁決の違法性の有無)について
 入管法50条1項3号(平成17年法律第66号による改正前のもの)は、同法49条3項の裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場合でも、法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができる旨を定めるのみであり、その具体的な基準については特に明示していない。これは、在留特別許可を付与するか否かについては、異議申立人の申立事由のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係等の諸般の事情を考慮して、時宜に応じた的確な判断をしなければならないことから、その判断について法務大臣の裁量権を広範なものとしたものと解される。もっとも、その裁量権の内容は全く無制約のものとは解されず、法務大臣の判断が裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠く場合や、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等によりその判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣の判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法になるものと解される(最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。
そして、この理は、法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長にも妥当する。
 被控訴人福岡入管局長の裁量権の濫用又は逸脱の有無
ア 控訴人とBの婚姻関係
上記認定のとおり、控訴人とBは、平成16年10月末ころ知り合い、遠隔地に居住しているため、主としてメールや電話による交際を続けていくうち、互いに好意を抱き、同年12月中旬ころには婚姻を約束し、Bの父親の強い反対にもかかわらず、強固な意志をもって同人の承諾を得て婚姻しようと努力したが、承諾を得られないまま、平成17年1月6日に婚姻届を提出したこと、Bは、同月5日の控訴人の逮捕後刑事裁判が終わるまでの間、面会できる日はほぼ毎日のごとく、控訴人の大村センター入所後も、片道約3時間又は4時間以上をかけて、週1、2回控訴人に面会に行っていたこと、平成18年2月24日、控訴人が仮放免された
後は控訴人とBは同居し、控訴人は、Bの精神状態が悪化した同年8月以降は、週2回程度の割合で入院中のBを見舞うなどしていることに照らせば、本件裁決当時においても、両名の婚姻関係は真正かつ真摯な情愛に基づく実体を伴うものであったと認められる。特に不遇な人生を歩んできたといえるBにとり、控訴人は人生にとって欠かせない存在であることは疑いがない。
この点、被控訴人らは、必ずしも真摯な愛情のみに基づく婚姻と評価するに足りないと主張するが、控訴人とBとの婚姻がもっばら控訴人の在留資格取得目的のためになされたものであると認めることは到底できない。
また、被控訴人らは、本件裁決までの婚姻関係等の経緯に照らし、夫婦としての実体が十分に備わっていたと評価することはできないとも主張する。確かに、本件裁決まで、控訴人とBとの婚姻期間は約2か月余であり、交際期間を含めても約5か月半という短期間であり、しかもこの間一度も同居したことはなかったものである。しかしながら、必ずしも、婚姻期間の長短、同居の有無が婚姻関係の真摯性を判断するための決定的な基準となるものではないし、また、上記事実をもって直ちに保護に値する夫婦としての実体が備わっていないということもできない。のみならず、本件裁決後の事情とはいえ、現時点では、Bが入院中であ
るというものの、既に、9か月余同居し、また、婚姻期間も約2年近くになるものである。
さらに、被控訴人らは、控訴人とBの関係は、そもそも、控訴人の不法残留の継続という違法状態の上に築かれたものであって、当然に法的保護に値するものではないとも主張する。
しかしながら、憲法24条は、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持されなければならないと規定し、また、日本政府が締結・批准したB規約23条も、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有し、婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をし、かつ家族を形成する権利は認められると規定していることに照らせば、日本国の国民が外国人と婚姻した場合には、国家においても当該外国人の在留状況、国内・国際事情等に照らし在留を認めるのを相当としない事情がない限り、両名が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し円満な関係を築くこと
ができるようにその在留関係についても相応の配慮をすべきことが要請されているものと考えられる。
イ 控訴人の帰国の影響
控訴人一人に限っていえば、母国のナイジェリアに戻り、自動車の中古部品の販売業を営んでいる父親の手伝いをするなどして帰国しても生計を維持することは十分可能であり、特段の問題は存しない。
しかしながら、前記のとおり、控訴人の配偶者であるBの前記《病名略》(なお、本件裁決時点でも《病名略》のほかに、《病名略》の兆候がみられたことは前記認定のとおりである。)、《病名略》に伴う精神状態等に照らせば、そもそもBがナイジェリアまで無事渡航できるのか甚だ疑問であるし、仮に渡航できたとしても、言葉も文化も全く異なる異国の地で、無事平穏に生活できるものでないことは明らかであり、他方、控訴人が一たん帰国した場合は本邦への再上陸は事実上不可能と考えられるのであり(控訴人は懲役1年以上の有罪判決が確定しているため、入管法5条1項4号所定の上陸拒否事由者に当たる。)、これらの点に照らせば、控訴人がナイジェリアに帰国を強いられることは、婚姻関係の決定的な破壊を意味し、B及び控訴人にとって極めて著しい不利益であることは論をまたないというべきである。
ウ 控訴人の在留状祝
確かに、控訴人は、適法に本邦に入国したものの、在留期間が終了することを認識しながら同期間経過後も本邦に残留したうえ、帰国のための費用相当額を貯めて帰国することが十分可能となってからも、不法残留を継続したものであって、強く非難されるべきは当然である。
しかしながら、控訴人が過去に強制退去を受けたことがないことはもとより、本邦に残留している間は、前記のとおり、真面目に就労し、生活をしていたものであり、不法残留の他に犯罪を行ったあるいはこれに準じる素行不良があったことを認めるに足りる証拠はなく、控訴人は本邦において概ね平穏に生活していたものということができるのであるから、不法残留の点を過大に評価するのは相当ではない。
そして、控訴人において、他に、在留状況、国内・国際事情等に照らし在留を認めるのを相当としない事情があることは窺えない。
エ 小括
以上の点を合わせ考慮すれば、披控訴人福岡入管局長がした本件裁決は、控訴人とBの婚姻関係の実体についての評価において明白に合理性を欠くものであり、また、前記のとおり、在留関係についても相当の配慮をすべきことが求められる両名の真摯な婚姻関係に保護を与えないものとなるのであって、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものであるから、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるというべきである。
3 争点イ(本件退令発付処分の違法性の有無)について
入管法49条6項は、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに当該容疑者に対し、その旨を知らせるとともに、入管法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないと定めている。
そうすると、本件退令発付処分は、本件裁決を前提とするものであるから、本件裁決が違法である以上、これに基づく本件退令発付処分もまた違法なものというべきである。
第4 結論
よって、控訴人の各請求はいずれも理由があるからこれらを認容すべきであり、これと異なる原判決を取り消して、被控訴人らの本件裁決等を取り消すこととし、主文のとおり判決する。

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