退去強制令書発付処分取消等請求事件(平成19年6月14日東京地裁)

退去強制令書発付処分取消等請求事件
平成18年(行ウ)第112号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第2部(裁判官:大門匡・吉田徹・小島清二)
平成19年6月14日

判決
主 文
1 東京入国管理局長が平成17年12月21日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
2 東京入国管理局主任審査官が平成17年12月21日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文第1、2項と同旨
第2 事案の概要
本件は、後記前提事実のとおり、ミャンマー国籍を有する原告(男性)が、上陸許可を受けた際の在留期限を超えて本邦での滞在を続けていたところ、退去強制手続において不法残留の容疑者と認定され、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出について理由がない旨の裁決がされ、さらに、原告に対する退去強制令書の発付処分が行われたことから、日本人女性と結婚している原告をミャンマーに送還した場合、夫婦の一体性を破壊し著しく酷な結果を招くとともに、自由権規約等にも反するものであって、原告に在留特別許可を与えないでされた上記裁決等は裁量権を著しく逸脱したものであるなどと主張する原告が、上記裁決及び処分の取消しを求めている事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
 原告の身上並びに入国及び在留状況
ア 原告は、《日付略》、ミャンマー連邦(以下「ミャンマー」という。)のヤンゴンにおいて出生したミャンマー国籍を有する外国人男性である(乙2)。
イ 原告は、平成10年1月8日、広島県福山港に入港したカンボジア船籍貨物船「a」号の乗員として、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)16条に定める乗員上陸の許可を受け本邦に上陸したが、許可期限の平成10年1月15日を超えて本邦に不法に残留した(乙1、3)。
ウ 原告は、平成17年1月20日、千葉県市川市長に対し、居住地を市川市《住所略》(以下「原告アパート」という。)とする外国人登録法3条1項に基づく新規登録をし、外国人登録証明書の交付を受けた。その際、日本名を「A’」として登録をした。(以上につき、甲1、乙1)
エ 原告は、平成18年1月26日、千葉県市川市長に対し、日本人女性のB(《日付略》生。以下「B」という)との婚姻の届出をした。同市長は、平成18年1月26日、千葉県地方市川支局に受理照会を行ったところ、同年2月17日、受理が許可され、同市長は、同月20日、当該許可を受領した。(以上につき、甲3)
 本件裁決及び本件退令発付処分に至る経緯
ア 原告は、平成17年11月18日、入管法違反容疑により、警視庁小岩警察署警察官に逮捕された(乙7)。
イ 原告は、平成17年12月1日、東京地方検察庁検察官により、上記アの容疑について起訴猶予となった(乙6、9)。
ウ 東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国警備官は、平成17年11月30日、原告が入管法24条6号(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同年12月1日、収容令書を執行して、原告を東京入管収容場に収容した(乙8)。
エ 東京入管入国警備官は、平成17年12月1日、東京入管において、原告に係る違反調査をした(乙9)。
オ 東京入管入国警備官は、平成17年12月1日、原告を入管法24条6号該当容疑者として、東京入管入国審査官に引き渡した(乙10)。
カ 東京入管入国審査官は、平成17年12月2日及び同月7日、東京入管において、原告に係る違反審査をし、その結果、同日、原告が入管法24条6号に該当し、かつ出国命令対象者に該当しない旨の認定をし、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した(甲4、乙11、12)。
キ 東京入管特別審理官は、平成17年12月14日、東京入管において、Bから事情聴取をした(乙13)。
ク 東京入管特別審理官は、平成17年12月14日、東京入管において、原告について口頭審理を行い、その結果、同日、入国審査官の上記カの認定に誤りはない旨判定し、原告にその旨通知したところ、原告は、同日、法務大臣に対し、異議の申出をした(甲5、乙14、15)。
ケ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は、平成17年12月21日、上記クの異議の申出に理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同日、東京入管主任審査官に同裁決を通知した(乙16、17)。
コ 上記ケの通知を受けた東京入管主任審査官は、平成17年12月21日、原告に本件裁決を告知するとともに、退去強制令書の発付処分(以下「本件退令発付処分」という。)をし、東京入管入国警備官は、同日、同退去強制令書を執行した(甲6、乙18)。
サ 東京入管入国警備官は、平成18年2月16日、原告を入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)に移収した。東日本センター所長は、同年9月22日、原告の仮放免を許可した。(以上につき、乙18、20)
2 争点
本件における主要な争点は、本件裁決及び本件退令発付処分が適法であるか否か、原告に在留特別許可を与えないでした本件裁決に裁量権の範囲を逸脱・濫用した違法があるか否か(特に原告の夫婦関係の評価)である。
第3 争点に対する判断
1 在留特別許可の許否に関する適法性の判断基準
 入管法は、24条各号掲記の退去強制事由のいずれかに該当すると思料される外国人の審査等の手続として、特別審理官が、口頭審理の結果、外国人が同法24条各号掲記の退去強制事由のいずれかに該当するとの入国審査官の認定に誤りがないと判定した場合、当該外国人は法務大臣に対し異議の申出ができると規定している(同法49条1項)。そして、法務大臣がその異議の申出に理由があるかどうかを裁決するに当たっては、たとえ当該外国人について同法24条各号掲記の退去強制事由が認められ、異議の申出が理由がないと認める場合においても、当該外国人が同法50条1項各号掲記の事由のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができるとされており(同条1項柱書)、この許可が与えられた場合、同法49条4項の適用については、異議の申出が理由がある旨の裁決とみなすとされ、その旨の通知を受けた主任審査官は直ちに当該外国人を放免しなければならないとされている(同法50条3項)。
 前記前提事実(第2の1)イのとおり、原告は入管法24条6号の退去強制事由に該当することから、本件裁決の実体法上の適法性に関しては、原告が同法50条1項4号に該当するか否かが専ら問題となるものである。
 ところで、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、専ら当該国家の立法政策にゆだねられており、当該国家が自由に決定することができるものとされているところであって、我が国の憲法上も、外国人に対し、我が国に入国する自由又は在留する権利(又は引き続き在留することを要求し得る権利)を保障したり、我が国が入国又は在留を許容すべきことを義務付けたりしている規定は存在しない。
また、入管法50条1項4号も、「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって、考慮すべき事項を掲げるなど、その判断を羈束するような定めは置かれていない。そして、こうした判断の対象となる外国人は、同法24条各号が規定する退去強制事由のいずれかに該当しており、既に本来的には我が国から退去を強制されるべき地位にある。さらに、外国人の出入国管理は、国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって、その性質上、広く情報を収集し、その分析を踏まえて、時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり、高度な政治的判断を要求される場合もあり得るところである。
 以上の点を総合考慮すれば、在留特別許可を付与するか否かの判断は、法務大臣又は法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)の極めて広範な裁量にゆだねられているのであって、法務大臣等は、我が国の国益を保持し出入国管理の公正を図る観点から、当該外国人の在留状況、特別に在留を求める理由の当否のみならず、国内の政治・経済・社会の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているというべきである。そして、在留特別許可を付与するか否かに係る法務大臣等の判断が違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又ほそれを濫用した場合に限られるものと解するのが相当である。
 なお、原告は、本件裁決及び本件退令発付処分は、原告とBが夫婦関係にあることから、考慮されるべき市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)17条1項、23条の規定を全く考慮しないままされたものであって、同規約に違反するものであると主張する。
しかしながら、B規約は、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、専ら当該国家の立法政策にゆだねており、これらを自由に決定することができるとする前記の国際慣習法上の原則を排斥する旨の明文の規定を設けておらず、かえって、B規約13条において、合法的に締約国の領域内にいる外国人について、法律に基づいて行われた決定によって当該領域から追放することを容認していることからすれば、上記国際慣習法上の原則を前提としており、これを基本的に変更するものではないと解するべきである。したがって、家族の統合や夫婦関係の保護は、一般論として、尊重に値する普遍的な価値を有しているものといえ、法務大臣等が在留特別許可を付与するかどうかを判断する際に考慮されるべき要素になり得るとまではいえるものの、B規約の規定が直接法務大臣等の判断
を規制するものとまではいえない。在留特別許可を付与しなかったために、家族の統合や夫婦関係に係る利益が損なわれる結果が生じたとしても、それだけでは裁量権の範囲を逸脱又は濫用したことにはならないと解するのが相当である。
2 本件裁決における裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無等
 上記1で述べたところに従い、法務大臣から授権された東京入国管理局長が本件裁決をするに当たり、その裁量権の範囲の逸脱又は濫用に相当するような事情があったか否かという観点から、本件裁決の適法性について検討を加えることとする。
 前記前提事実並びに甲14、21、22、乙12から14まで、証人Bの証言、原告本人尋問の結果及び掲記の証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 原告は、父Cと母Dの間の1男4女の長男として生まれ、姉4人がいる。父は1986年ころに死亡し、また、姉4人はいずれも結婚しているが、1番年上の姉と3番目の姉は、それぞれ2人の子供をもうけた後、いずれも夫を亡くしている。母は1番年上の姉及びその子らと同居しており、年金を主な収入として生活している。
イ 原告は、高校中退後、ヤンゴン市内で中古車販売業や飲食業に従事していたところ、母や未亡人となった姉家族の面倒をみるのに、より多くの収入が得られる船員として働くことにし、コックとして「a」号に乗り込み、中国、韓国及び日本間の航路で働き、本邦にも過去3回寄港・上陸したことがあった。しかし、韓国人船員との折り合いが悪かったことのほか、本邦で稼働した方が更に多くの収入を得られると考え、同僚の乗組員Eと相談して、本邦への到着後、そのまま逃亡することを決意し、平成10年1月の広島県福山港への入港時、Eと行動を共にして、下船したまま船に戻らなかった。
ウ 原告は、a号から逃げた後、茨城県の友人宅に身を寄せ、同県《地名略》の建設会社・b工業で解体工や型枠大工として3年間稼働した。そして、平成13年1月からは、東京都調布市《地名略》の友人のアパートに居住し、東京・上野所在のスーパーマーケットである「c」で弁当の製造販売等の仕事に従事した。
エ 原告は、cで稼働を始めて間もなく、同スーパーの経営者Fの娘で、同スーパーで働いていたBと知り合い、同じ売り場を担当していたこともあって、平成13年8月ころから、親しく交際するようになった。Bは昭和58年1月にGと結婚していたが、当時別居状態にあって、千葉県《住所略》にある実家で両親及び兄一家と同居しており、平成13年9月5日には、Gとの間の協議離婚の届出をした。(以上につき、甲2)
オ 原告のcへの出勤時間が朝早く、前記調布市のアパートから上野までは通勤時間も長かっ
たこと、原告がBの自宅の近くに住みたいという希望を述べたこと等から、Bは、平成13年9月、Bの母・Hに保証人となってもらって千葉県《住所略》の原告アパートを賃借し、原告はそこに転居した。Bは、原告アパートを頻繁に訪れ、そこに泊まることもあり、平成14年1月ころからは、主に原告アパートで暮らすようになり、原告との同居生活を始めた。もっとも、原告アパートはワンルーム形式で狭く、季節が異なり使用しない衣類その他の荷物はBの実家にそのまま残してあった。なお、Bの両親は、原告とBの交際を認めており、両名と一緒に食事をすることもあった。(以上につき、甲2、28、29)
カ 平成15年6月にはcの経営状態が悪化し、給料の支払が遅れるようになったことから、原告は同スーパーを退職した。退職後、東京都葛飾区の建設会社・d建設に移り、型枠大工として約2年間稼働した後、平成17年2月からは千葉県市川市のIの下で型枠大工として稼働した。
キ 平成15年8月初めにはcが倒産し、同年11月にはBの父Fが胃癌で死亡した。このため、Bがcの残務整理にあたるところとなり、平成17年2月までに父所有の不動産を売却するなどして精算を終えた。この間、Bは残務整理に忙しかったこともあって、原告アパートには戻らないこともあった。また、Bは、cの経営が悪化して給料の支払が受けられなくなってから、母親その他の親族からの援助も受けていた。(以上につき、甲23)
ク 原告は、労働福祉事業団からcの未払賃金の立替払を受けるために、銀行口座を設定する必要が生じたが、その際、旅券を提示しなければならなかった。そこで、離船時に船長に預けたままにしてあった旅券を取り戻すために、平成16年2月3日、東京入管に出頭して、帰国希望の申告を行った。その際提出した申告書には、原告アパートの記載はなく、友人の兄が住んでいた新宿区《住所略》のアパートを居住地として記載し、申告の理由の欄には「HOMESICK」と記載した。(以上につき、乙5の1・2)
ケ 原告は、平成16年2月24日には、ミャンマー大使館に合計23万円を支払い、旅券の有効期間の延長手続を受けた(甲24から26まで)。
コ 原告とBが平成14年1月ころに同居を始めたころ、原告がBに対して求婚をしたことがあったが、ミャンマー大使館では、本邦に在留する者から「税金」と称して金銭を徴収しており、原告は、滞在を始めてからそうした金銭を一切支払っていなかったため、大使館を通じて書類の入手を行おうとする場合、一括して滞納分の支払を求められるおそれがあった。
そして、原告及びBともほとんど蓄えがなく、その支払が困難だったこともあって、Bは、結婚は経済的余裕ができてからにしようと答えた。その後、Bの父の病気やcの倒産等の事情があって、結婚の話がそれ以上具体的に進展することはなかった。また、原告は、前記クの東京入管への出頭前、Bに対して、一緒に帰国してミャンマーで生活する意思がないか、確認したこともあったが、Bからは、母親もおり日本を離れることはできないと言われ、ミャンマーに帰国することはあきらめるところとなった。
サ 原告とBが共にcに勤めている間は、それぞれが給料の支払を受けており、原告からBにお金を渡すこともなかったが、同スーパーの経営が悪化して、原告が勤め先を変え、Bが給料の支払を受けられなくなってから、原告は、Bに月1万円の小遣いを渡していた。原告は、cの退職後の勤め先からは、月給約22万円を得ていたが、そこからアパートの家賃(月額6万5000円及び小遣いの1万円をBに手渡し、アパートの水道光熱費を自ら支払うほか、Bが食料品や日用品を購入してきた際は、その費用を手渡していた。なお、Bは、cの残務整理が終わった平成17年8月からは弁当屋で、同年11月以降は、倉庫会社で、それぞれ稼働を始めており、倉庫会社では、午前7時から午後3時まで稼働して時給1000円の支払を受けているが、倉庫会社から退社した後は、母が膝を治療中であることや、兄夫婦が共働きであること等から、実家に寄って家事の手伝いをしており、兄夫婦の子供の面倒をみていた。
シ 原告は、本国の母に平成16年ころまで、年間10万円程度の仕送りをしており、原告の母は、これを本国の銀行に預金し、その利子を収入の足しにしていたが、その銀行が倒産したことにより、預金を失う結果となった。
ス Bは、原告が逮捕されてから、本国の原告の姉と連絡を取り、身分証明書、宣誓供述書、出生証明書、家族構成員リストを入手し、これを添付書類として婚姻届を提出した。その際、届出先の市川市長にあてて、原告が入管法違反容疑で逮捕されているが、4年前から原告とBは同棲しており、婚姻の手続完了後、東京入管に在留特別許可を求める意向である旨を述べ、早期の処理を求める書面を併せて提出した。(以上につき、甲2)
セ Bは、平成18年10月14日、《住所略》所在のアパート(e)を新たに賃借しており、仮放免された原告と共に、同所で生活している。また、Bの母及び兄家族は、平成17年4月以降、同市へ転居している。(以上につき、甲30)
 ところで 婚姻とは、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意志をもって共同生活を営むこと(以下、これを「真しな共同生活」と略称する。)を本質とする特別な身分関係であり、入管法上婚姻関係を保護するとすれば、男女の間にこのような特別な関係が存在するからこそである(最高裁判所平成14年10月17日第一小法廷判決・民集56巻8号1823頁参照)。このことに加え、前記1で検討した法務大臣等の裁量を前提にすると、日本人と婚姻をしている不法残留外国人に対して法務大臣等が在留特別許可をするか否かを判断する場合、ただ形の上で婚姻関係が存在するだけでは許可をすべきであるとまでいうことはできず、そのようにいえるためには、最低限、その婚姻関係が「真しな共同生活」を本質とするものと認められなければならないと解すべきである。
原告とBが婚姻の届出をしたのは本件裁決の後であるから、本件裁決当時は法律上の婚姻関係自体が存在しなかった。しかし、以上述べた趣旨に照らし、当時、原告とBの間に「真しな共同生活」あるいはこれに準じた関係が存在した場合、その事実は原告に対し在留特別許可を与える方向に働く有力な事情になり得るので、この点について検討することとする。
 前記で認定したとおり、Bとの婚姻に至る経緯に関しては、平成13年9月からBの実家近くのアパートに居住し、Bも平成14年1月ころから、同アパートに移って同居を始めていること、生計に関しては、Bがcから収入が得られなくなったころからは、原告が、アパートの家賃及び水道光熱費を負担するほか、Bに対して、生活に必要な物品の購入費や小遣いを渡すなど、主として原告が生計の担い手になっていたと認められること、同居を始めた当初より、原告がBに求婚しており、Bもこれを拒絶したわけではなく、経済的事情や勤め先(家業)の倒産、父親の病臥・死亡等の事情から、これを先延ばしにしていたことからすれば、いつ婚姻の届出をするかについて具体的な合意があったわけではないものの、婚姻関係に準ずるような共同生活を送っており、内縁関係を形成していたものということができる。そして、その期間も、原告が入管法違反容疑で逮捕されるまで約3年10か月に及んでおり、その関係は相当程度安定した状態にあったと認めることができる。
ア これに対して、被告は、@Bの住民票には、平成13年9月のGとの離婚時に、G方の住所から実家の所在地に転居届が出された後、平成17年4月には、《地名略》の実家への転居届が出されているが、原告アパートを住所として届け出たことがないこと、A原告が使用する携帯電話の契約者としてBが電話会社に届け出た住所も、平成15年4月に上記G方の住所から《住所略》fマンションに変更になり、平成18年2月に《地名略》の実家に変更されているものの、原告アパートを住所として届け出たことがないこと、B原告が平成16年2月に東京入管に出頭した際、提出した帰国希望の申告書には、居住地として、新宿区北新宿のアパートを記載していたこと、また、帰国希望の理由として、「HOME SICK」と記載しており、本国への帰国を前提とした行動をとっている上、東京入管での違反調査時に、原告がその旨を自認した供述をしていること(乙9、12)、C外国人登録に際しても、日本名として「A’」を届け出ており、B姓を届け出ていないこと、DBがcから給料が支払われなくなった後も、小遣い程度の援助しか与えていない一方、Bは母親から援助を受けていたことからすれば、両名は生計を同一にしていたとはいえないし、相互扶助の関係にもなかったとみるべきこと、E真しな婚姻関係が形成されているのであれば、さしたる障害もないのであるから、原告が
逮捕される以前に婚姻の届出をしていてしかるべきところ、届出に必要な書類を入手したのが原告の逮捕後であることからすれば、強制送還されるのを免れる目的で慌てて婚姻手続に着手したものとみるべきことを主張している。
そして、これらの事実からすれば、平成14年1月ころから原告とBとが同居していたとは認められず、原告とBとの関係も婚姻の実体を伴ったものではないと主張している。
イア しかしながら、@住民票上の住所が実際の生活の本拠とが一致しないことはまま起こり得ることであるし、原告アパートが単身者用のワンルームであり、正式に結婚して住まいを定めるときまで住民票上の住所をそのままにしておいた、というBの説明(証人B)は、住民票上の住所を原告アパートと近所にあるBの実家としており、例えば、官公庁その他から連絡を受ける場合にも差し障りがないと考えられることからすれば、一応合理的なものということができ、同居の実体を否定するほどの事情ではない。Aこの点は、携帯電話会社に届け出ていた住所に関しても同様である。
イ また、B平成16年2月の東京入管出頭時の提出書類の住所記載にしても、出頭に及んだ理由が前記クのように旅券の返還を求めることにあって、原告には本国への帰還の意思がなかったとすれば、不法滞在の状態にあった原告が真実の住所を東京入管に知られたくないと考えて、連絡に支障のない知り合いの住所を申告したとしても、これが重大な非難に値するとまではいうことができず(ただし、原告は、東京入管から連絡が来てBに心配をかけたくなかったので原告アパートを記載しなかったなどと供述する(甲21、原告本人)が、この部分に限っては、にわかに採用し難い。)、そのことが同居の実体を疑わせるともいえない。さらに、原告が上記出頭時に帰国希望の理由として「HOME SICK」と記載している点についても、不法滞在で摘発されるおそれを顧みることなく東京入管にわざわざ出頭しながら、その後は、本国への帰還に向けて何ら具体的な行動をとっていないことからすれば、帰国の決意の下に出頭したとは限らず、原告の供述するように、旅券の返還を受けるという別の目的をもって出頭したとみるのは、相応に説明がつくところである。東京入管での取調べの際、平成16年2月に出頭した理由について、本国へ帰国するつもりだったと述べている点についても、原告はBを連れて本国に帰国することを考えていたこともあり、その意向を打診したものの、Bから断られたことがあることは前記コのとおりであって、その話と混同し、うまく説明ができなかったとする原告の供述(原告本人)もあながち不合理なものではなく、結果として虚偽の申述をしていたことになるとしても、大きな非難に値するとまではいえず、その後の原告による実際の行動とも矛盾しないものとい
うことができる。
ウ C外国人登録時に届け出た日本名にしても、その時点で婚姻の届出をいつするかという具体的な予定までは定まっておらず、婚姻時にどのような姓を名乗るかについてBとの間で話合いをしたという形跡もうかがえないことからすると、B姓を名乗らなかったことをとらえて、原告とBとの関係が希薄であることの裏付けにはならないというべきである。
エ D原告とBとの生計に関しても、原告は、小遣いを渡すだけではなく、必要な生活費を負担しており、主として原告の収入を生活の原資としていたものといえることは前記サのとおりであって、母親からの援助があったにせよ、両者の生計が別であるとか、相互扶助の関係にないなどといった評価に直ちにつながるものではないというべきである。
オ Eまた、Bにおいて、家業の倒産とその残務整理やこれに伴う経済的不安定、父親の病臥・死亡といった事情が重なっていたとすれば、婚姻の届出を先延ばしにしていたことについても相応に理由があるといえる。確かに、原告は不法滞在中であったことから、在留資格の取得のためにBとの婚姻を第一義に希求してしかるべきであるとの被告の指摘はもっともなところもあるが、原告本人尋問において、Bが残務整理等で奮闘している中、婚姻の手続を優先するよう求めることができなかったと述べる原告の心情も理解できるとこ
ろであり、婚姻の届出の時期が遅れていたこと、提出書類の入手が原告逮捕後にされたことをもって、原告とBとの間の「真しな共同生活」に準じた関係の存在を否定できないものというべきである。
 もっとも、原告の入国・在留状況に関しては、当初から帰船するつもりがなく、本邦において不法残留・不法就労を行う意思を持ちながら、これを隠して上陸許可を受けたものであり、実際にも、上陸後直ちに逃亡に及び、稼働を始めており、その期間は逮捕されるまで7年10か月もの長期間にわたっていること、この間、平成17年1月に至るまで外国人登録を行わず、外国人登録法違反の状態にあったこと等からすれば、原告の入国管理法その他法令の違反の程度は軽微とはいえず、入国管理行政上看過できないものといえなくもない。しかしながら、それ以外の刑罰法令に違反する行為を犯し、摘発や処罰を受けたことはないことからすれば、これらを、在留特別許可を付与する上で、直ちにその障害となるような消極的事情とみるのは相当
でない。
ちなみに、被告は、平成16年2月時の東京入管への出頭時、原告が仮に帰国の意思がないのに虚偽の申告をしたのであれば、自費出国許可を求める出頭申告制度を悪用した悪質な行為であるとする。確かに、入管当局に虚偽の申告をしたことは極めて不適切な行為というべきであるが、当該申告に基づいて出入国管理行政に何らかの具体的な支障が生じたこともうかがえないことからすれば、これをもって犯罪行為に準ずるような素行不良・反社会的な行為とまでみることもできない。
他方で、原告とBとの関係が前記にみたようなものであり、内縁関係といえる「真しな共同生活があったと認められ、そうであるとすれば、入管法上保護の対象となり得るものであり、在留特別許可を与える方向に働く極めて有力な事情に当たるといえるところ、東京入国管理局長が本件裁決を行うに当たっては、本訴における被告の主張にも表れているとおり、そもそもBの住民票の記載その他の外形的事実から、原告とBとが相当期間同居していた事実が存在しないことを前提としており、当然考慮に入れるべき「真しな共同生活」の存在を考慮に入れないまま判断に至ったものといわざるを得ない。仮に、両者の関係を適正に認定し、本件裁決時までに届出はされていなかったとはいえ、近い将来法律上の婚姻に至る見込みであること、そして、原告がミャンマー本国に送還された場合、Bの年齢や生活状況に照らして、同女との共同生活・婚姻関係を修復・継続させることに大きな困難が伴うことを考慮に入れていれば、原告の入国・在留状況が上記のようなものであることを勘案したとしても、原告に在留特別許可を付与すべきものであったというべきである。
そうすると、原告に在留特別許可を付与しなかった本件裁決は、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、前記1のとおり、在留特別許可を付与するか否かの判断に係る裁量権が極めて広範なものであることを前提としても、原告に在留特別許可を付与しなかったことは、裁量権の逸脱又は濫用に当たるというべきである。
3 結論
以上によれば、原告に在留特別許可を付与しないでされた本件裁決は違法というべきであり、違法な本件裁決を基にされた本件退令発付処分も違法であるといわざるを得ないから、いずれも取消しを免れない。
よって、原告の請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。