在留特別許可不許可に対する異議の申出に理由がないとする裁決取消等請求事件
平成18年(行ウ)第476号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第2部(裁判官:大門匡・倉地康弘・小島清二)
平成19年8月28日

判決
主 文
一 東京入国管理局長が平成一八年四月一九日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項の規定による異議の申出には理由がないとの裁決を取り消す。
二 東京入国管理局主任審査官が平成一八年六月一三日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文と同じ。
第二 事案の概要
一 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
 原告の国籍等
原告は、一九六二(昭和三七)年一月一九日、タイ王国(以下「タイ」という。)において出生した、同国国籍を有する女性である。
原告は三人姉妹の長女であり、父は既に他界しているが、母及び妹二人は現在もタイに住んでいる(なお、母は本邦に長期間在留していたことがあるが、その点は後述する。)。
 入国及び在留状況
ア 入国
原告は、昭和六三年二月二九日、新東京国際空港(成田空港)に到着し、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)四条(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「旧四条」という。)一項四号所定の在留資格(現行法の「短期滞在」に相当)で在留期間を一五日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
イ 婚姻及び出産
原告は、昭和六三年三月一一日、横浜市緑区長に対し、日本人であるB(以下「B」という。)との婚姻の届出をし、同日、居住地を同区内とする外国人登録法に基づく新規登録手続をして外国人登録証明書の交付を受けた。
原告とBの間には、平成元年九月二六日に長女及び二女(双子)が、平成四年一〇月八日に長男が出生した。
ウ 在留資格
原告は、昭和六三年三月一四日、入管法旧四条一項一六号所定の在留資格(現行法の「日本人の配偶者等」に相当)で在留期間を三月とする在留期間変更許可を受け、その後、在留期間を下記のとおりとしてそれぞれ在留期間更新許可を受けた。
昭和六三年六月一一日 六月
同年一二月一二日 六月
平成元年五月二九日 一年
平成二年五月二八日 一年
原告は、さらに、「日本人の配偶者等」の在留資格で、在留期間を下記のとおりとしてそれぞれ在留期間更新許可を受けた。
平成三年六月一三日 三年
平成六年七月一四日 三年
平成九年七月一八日 三年
原告は、平成一二年六月一四日、東京入国管理局宇都宮出張所において在留期間更新申請をしたが、法務大臣は、同年七月一八日、これを不許可とし、原告は、最終在留期限である同年六月一四日を超え、不法残留となった。
エ 有罪判決及び服役
原告は、平成七年一月一三日、千葉地方裁判所において、麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反の罪により懲役二年六月、執行猶予四年、罰金三〇万円の刑を言い渡され、この判決は同月二八日確定した。
また、同年七月二一日、宇都宮簡易裁判所において、業務上過失傷害罪により罰金一五万円の刑を科され、この略式命令は同年八月一一日確定した。
原告は、さらに、平成九年一一月二五日、千葉地方裁判所において、大麻取締法違反、あへん法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反の罪により懲役七年、罰金一〇〇万円の刑を言い渡され、この判決は同年一二月一〇日確定した。
この実刑判決確定後、上記平成七年一月一三日宣告の判決における刑の執行猶予の言渡しも取り消され、原告は、平成一〇年初めころ栃木刑務所に入所し、上記罰金一〇〇万円を完納しないことによる労役場留置の執行に加え、上記二つの懲役刑の執行を受けた。すべての刑期の終了日は平成一九年一〇月二一日である。
 退去強制手続
ア 違反調査
東京入国管理局入国警備官は、平成一七年一二月六日、栃木刑務所において原告の違反調査をし、同月二〇日、同局においてB及び原告の母から事情聴取をした。その上で、同月二一日、原告に係る入管法二四条四号チ(刑罰法令違反)、ロ(不法残留)該当容疑者の違反事件を同局入国審査官に引き継いだ。なお、その引継書には、原告の仮釈放予定日平成一八年四月一九日との記載がある。
イ 審査、口頭審理及び異議の申出
東京入国管理局入国審査官は、平成一八年二月三日、栃木刑務所において原告の違反審査をし、その結果、原告が入管法二四条四号チ、ロに該当すると認定し、これを原告に通知したところ、原告は特別審理官に対し口頭審理を請求した。
東京入国管理局特別審理官は、同年三月一〇日、栃木刑務所において原告の口頭審理を行い、その結果、入国審査官の上記認定が誤りがないと判定し、これを原告に通知したところ、原告は、入管法四九条一項の規定により、法務大臣に対し異議を申し出た。
法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は、同年四月一九日、上記異議の申出には理由がないとの裁決をし(以下「本件裁決」という。)、同局主任審査官にこれを通知した。
この通知を受けた同局主任審査官は、同年六月一三日、これを原告に告知するとともに、タイを送還先とする退去強制令書を発付した(以下「本件退令発付処分」という。)。 
ウ 仮釈放及び仮放免
原告は、平成一八年一一月一五日、仮釈放されて栃木刑務所を出所し、東京入国管理局収容場に収容され、同月三〇日には入国者収容所東日本入国管理センターへ移収されたが、平成一九年一月二五日、仮放免された。
二 争点
本件の主要な争点は、本件裁決当時、本邦に不法残留し、麻薬及び向精神薬取締法違反外の罪により有罪判決を受けたことのある外国人ではあったが、日本人と婚姻し未成年の子がいたなどの事情のあった原告に対し、東京入国管理局長が入管法五〇条一項四号に基づく在留特別許可をしないで本件裁決をしたのは、裁量権の逸脱又は濫用による違法なものであったか否かであり、摘示すべき当事者の主張は、後記「争点に対する判断」において掲げるとおりである。
第三 争点に対する判断
一 争点に対する判断の枠組み
 原告の退去強制事由
原告は、平成七年一月に麻薬及び向精神薬取締法違反外の罪により懲役二年六月、執行猶予四年、罰金三〇万円の有罪判決を受け、さらに、平成九年一一月、大麻取締法違反、あへん法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反外の罪により懲役七年、罰金一〇〇万円の有罪判決を受けた(前記前提事実エ)。したがって、原告は、入管法二四条四号チの規定する「昭和二十六年十一月一日以後に麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、あへん法、覚せい剤取締法、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(平成三年法律第九十四号)又は刑法第二編第十四章の規定に違反して有罪の判決を受けた者」という退去強制事由に該当する(以下、この退去強制事由を「薬物犯罪有罪判決」という。)。
原告は、また、「日本人の配偶者等」の在留資格で本邦に在留していたものの、平成一二年七月一八日に在留期間更新不許可処分を受けた結果、最終在留期限である同年六月一四日を超え、不法残留となった(前記前提事実ウ)。したがって、原告は、入管法二四条四号ロの規定する「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者」という退去強制事由にも該当する(以下、この退去強制事由を「不法残留」という。)。
 本件裁決に関する東京入国管理局長の裁量
ア 法務大臣は、退去強制手続の対象となった外国人が退去強制対象者(入管法二四条各号のいずれかに該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない外国人。同法四五条一項参照)に該当すると認められ、同法四九条一項の規定による異議の申出が理由がないと認める場合においても、その外国人が同法五〇条一項各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる(同条一項柱書)。この在留特別許可は、同法四九条四項の適用については、異議の申出が理由がある旨の裁決とみなされるから(同法五〇条三項)、法務大臣から在留特別許可をした旨の通知を受けた主任審査官は、直ちにその外国人を放免しなければならない。
入管法五〇条一項に規定する法務大臣の権限は地方入国管理局長に委任することができ(同法六九条の二、同法施行規則六一条の二第一一号)、本件においては東京入国管理局長がその委任を受けているため、上の段落において法務大臣の権限として述べたことは東京入国管理局長に妥当する。
上記の事実によれば、原告には、薬物犯罪有罪判決及び不法残留という二つの退去強制事由があり、かつ、薬物犯罪有罪判決の退去強制事由があるため出国命令対象者になり得ないから(平成一八年法律第四三号による改正前の入管法二四条の二参照)、退去強制対象者に該当する。前記前提事実及びに記載した原告の入国経緯に照らすと、本件裁決に関しては、入管法五〇条一項の一号から三号までの適用は問題とならず、同項四号に基づく在留特別許可をすべきであったか否かが専ら問題となる。そこで、同号に基づく在留特別許可をすべきか否かについての法務大臣ないしその権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)の判断の性格について最初に検討する。
イ 国際慣習法上、国家は外国人を受入れる義務を負わず、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、国家がその立法政策に基づき自由に決定することができる。我が国の憲法においても、外国人に対し、本邦に入国する自由又は在留する権利(引き続き在留することを要求し得る権利を含む。)を保障したり、その入国又は在留を許容することを義務付けたりしている規定は存在しない。入管法五〇条一項四号も、「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって、文言上その要件を具体的に限定するものはなく、法務大臣が考慮すべき事項を掲げるなどしてその判断を羈束することもしていない。そして、こうした判断の対象となる外国人は、退去強制対象者であって、既に本来的には我が国から退去を強制されるべき地位にある。さらに、外国人の出入国管理は、国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって、その性質上、広く情報を収集し、その分析を踏まえて、時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり、高度な政治的判断を要求される場合もあり得るところである。
上に述べたところによれば、同法五〇条一項四号に基づき在留特別許可をするか否かの判断は、法務大臣等の極めて広範な裁量にゆだねられているのであって、法務大臣等は、我が国の国益を保持し出入国管理の公正を図る観点から、その外国人の在留状況、特別に在留を求める理由の当否のみならず、国内の政治・経済・社会の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量を与えられているというべきである。そうすると、同号に基づき在留特別許可をするか否かに係る法務大臣等の判断が違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、法務大臣等に与えられた裁量権を逸脱し又はそれを濫用した場合に限られることとなる。
ウ 以上の観点により、後記二において判断の基礎となる事実関係を認定し、それを踏まえて後記三において争点に対する判断を示すこととする。
二 事実関係
前記前提事実、《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。
 服役までの原告の生活状況
原告及びBは、昭和六三年三月に横浜市において新婚生活を送った後、平成元年、宇都宮市に移り住み、夫婦でタイ料理のレストランを始めた。
平成元年九月に生まれた双子のうち、二女は、三歳のころまでに、脳性麻痺と診断され、身体障害者手帳の交付を受けた。知的障害及び四肢の麻痺の障害があり、現在に至るまで生活全般に介助が必要な状態にある。
原告とBが夫婦でレストランの経営をしていたことや、二女の介助が必要であったことなどから、原告は、タイから自分の母を呼び寄せ、子供たちの世話を頼んだ。原告の母は、平成二年三月以降、「短期滞在」の在留資格で短期間本邦に在留してはタイに帰国することを五回繰り返したが、長男が生まれて間もない平成五年七月に六回目の入国をした際は、九〇日の在留期間が経過しても出国せず、不法残留となり、そのまま原告らと同居して本邦で生活をすることとなった。
レストランの経営は思わしくなく、原告らは、平成七年ころまでにこれを閉店し、Bはそのころから個人で貨物軽自動車運送業を始めた。原告は、家事と育児、それに二女の介助を母とともに分担して行うとともに、タイに行って洋服を買い付け、それを本邦に持ち込んで売りさばくといったこともしていた。
 原告の犯した犯罪の内容
ア 最初の薬物犯罪
原告が平成七年一月一三日に宣告を受けた麻薬及び向精神薬取締法違反外の有罪判決において認定された犯罪事実は下記のとおりであった。

被告人は、通称Cと共謀の上、みだりに、営利の目的で向精神薬を輸入しようと企て、平成六年五月二七日(現地時間)、タイ王国バンコク国際空港において、向精神薬であるジアゼパム及びアンフェプラモンの塩酸塩を含有する錠剤七九三八錠をキャリーバッグの黒色ビニール袋内に隠匿した上、タイ国際航空第六七二便に搭乗するに当たり、右荷物を千葉県成田市所在の新東京国際空港までの受託手荷物として同航空従業員に運送委託し、情を知らない同従業員らをして、同日午後三時五五分ころ、右六七二便で右新東京国際空港八三番駐機場に運送させた上、同航空機から機外に搬出させて、本邦内に持ち込み、もって向精神薬を輸入するとともに、同日午後四時二五分ころ、同市古込字古込一番地の一同空港内第二旅客ターミナルビル東京税関成田税関支署旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、同支署税関職員に対し、右のとおり向精神薬を隠匿携帯している事実を秘して申告せず、もって税関長の許可を受けないで向精神薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。
この判決の量刑の理由では、原告は、知人Cに転売して利益を得ることを目的として、Cに依頼されるまま、向精神薬である錠剤をタイで購入し、日本国内に持ち込もうとしたものであること、幸い通関段階で発見されたため、向精神薬のすべてが押収され本邦内に拡散することがなかったことが指摘されている。
イ 交通犯罪
原告が平成七年七月二一日の略式命令によって一五万円の罰金刑を科された業務上過失傷害罪の犯罪事実は、原告が知人を乗せて自動車を運転中、他の自動車と衝突し、この事故により知人の足に傷害を負わせたというものであった。
ウ 二度目の薬物犯罪
原告が平成九年一一月二五日に宣告を受けた大麻取締法違反外の有罪判決において認定された犯罪事実は下記のとおりであった(事案の把握に必要ないと認められる細かい摘示事実は引用を省略した。)。なお、この裁判では原告のほかにDというタイ人(以下「D」という。)が共同被告人となっていた。

被告人両名は共謀の上、みだりに、営利の目的で、大麻、あへん及び向精神薬を本邦に輸入しようと企て、大麻である大麻草約四三八・二二グラム、あへん九八九・八七グラム、向精神薬であるミダゾラムを含有する錠剤三八九五錠及びフェノバルビタール、ジアゼパムを含有する錠剤一〇〇〇錠を被告人Dが着用するズボンポケット内、ズボン内側腰部等に隠匿して携帯した上、平成九年八月三日(現地時間)、タイ王国バンコク国際空港において、タイ国際航空第六四二便に搭乗し、同月四日午前七時二〇分ころ、千葉県成田市所在の新東京国際空港に到着し、右大麻、あへん及び向精神薬を隠匿携帯したまま同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって、大麻、あへん及び向精神薬を輸入するとともに、同日午前八時ころ、同空港内東京税関成田税関支署第二旅客ターミナルビル旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり大麻、あへん及び向精神薬を隠匿携帯しているにもかかわらず、同支署税関職員に対し、その事実を秘して申告しないまま同検査場を通過して輸入禁制品である大麻、あへん及び向精神薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。
この判決の量刑の理由では、原告及びDは、薬物を密輸して売却するなどして利益を上げようと考え、原告がタイにおける薬物の仕入れ、本邦における売りさばきを担当し、さらにDに隠匿方法を指示するなどし、Dが薬物を本邦に運び込むという密輸の実行行為を担当した上、本件犯行を敢行したものであり、動機に酌むべき点は全くなく、態様は計画的で、薬物の種類も量も多く悪質であること、原告は執行猶予中の身であるにもかかわらず本件犯行に及んだことが指摘されているほか、原告に有利に斟酌すべき事情として、本件各薬物はすべて税関で発見押収されたため本邦内での拡散は未然に防がれたこと、原告は捜査段階から事実を認め反省の態度を示していること、Bが原告の更生に助力すると述べていることが指摘されている。
 服役中の家族の状況
ア 平成一〇年初めころに原告が服役した後、Bの仕事には変化がなかったが、家事と育児は不法残留中の原告の母が専ら担当することとなった。
長女は、宇都宮市立の中学校を卒業した後、栃木市内の県立高等学校(定時制)に進学し、現在もそこに在籍している。長男は、現在、宇都宮市立の中学校の第三学年に在学中である(本件裁決時は第二学年)。
二女は、小学校及び中学校の時代は、宇都宮市内にある肢体不自由児のための施設に入所し、そこに併設された養護学校で学習した。この養護学校には高等部がなかったので、Bは、二女を自宅から離れた別の養護学校の高等部に進学させることとしたため、二女は同養護学校近くにある別の施設に入所した。現在、この施設に入所して三年目である。二女は、平日はこの施設で終日過ごし、養護学校に通っているが、金曜日の夕方に宇都宮市内の自宅へ戻り、月曜日の朝にまた同施設へ戻るという生活を送っている。
イ Bは、原告が服役した当初は、最初の薬物犯罪により執行猶予の判決を受けながら再び同様の薬物犯罪を犯した原告に愛想を尽かし、離婚することも考えたが、子供たちが反対したことから思いとどまった。もっとも、栃木刑務所で受刑中の原告を訪問することも、原告に手紙を出すこともほとんどしなかった。しかし、原告が出所すればまた夫婦として同居生活をする気持ちに変わりはなく、刑期満了が近づいた平成一七年以降は定期的に原告を訪ねて面会した。なお、原告自身も、出所することができたら再びB及び子供たちとともに暮らすつもりに変わりはなかった。
原告の母は、原告が服役した当初から頻繁に栃木刑務所に行って原告と面会しており、長女及び長男も、しばしば原告と面会していた。
ウ 長女及び長男は、母親が服役中につき不在であり、不法残留中の母方の祖母と父親との同居という家庭環境の中でも大きな問題を起こさずに成長したが、長女は、平成一七年一一月ころから精神的に不安定となり、心因反応と診断され、同年一二月から半年以上にわたり精神科における治療のため病院に入院した。長女は、平成一八年九月二九日には交通事故に遭い、急性硬膜外血腫、脳挫傷等で同日緊急手術を施され、一か月近く入院して治療を受け、その後治療のため通院している。
Bも、平成一七年一〇月以降、うつ病と診断され、通院している。
 仮放免後の原告の生活状況
原告は、平成一九年一月に仮放免された後、宇都宮市内の自宅に戻り、B及び子供たちとの同居生活を再開した。長年の間不法残留を続けていた原告の母は、間もなく出国し、タイに帰国した。
現在、原告は、自宅において、家事及び子供たちの世話をしている。二女が週末に帰宅したときは、主に原告が、食事、排泄、入浴、着替えの世話や車椅子での外出の際の付き添いといった生活全般についての介助を行っている。
三 本件裁決の適法性について
 はじめに
被告は、原告の在留状況は極めて悪質であり、出入国管理行政上到底看過することができないとして、次のとおり主張する。すなわち、原告は、最初の薬物犯罪の懲役刑の執行猶予期間中に、同種の規制薬物輸入罪である二度目の薬物犯罪に及んだものであって、ほかに業務上過失傷害罪を犯していることや、一家ぐるみで原告の母の不法残留に積極的に加担していたと評価し得ることにもかんがみれば、原告の規範意識の欠如は相当深刻であり、特に規制薬物への親和性は顕著であるから、薬物犯罪の我が国社会全般への影響にかんがみれば、これらの事情が在留特別許可をしないとの判断をする重要な事情となることは明らかであるとする。加えて、原告は、上記のとおり我が国において前科合計三犯を有する上、平成一〇年以降八年以上にわたり刑務所に服役した者であり、来日外国人による犯罪が増加し、社会問題となっていることに照らせば、このような者に在留特別許可を与えることは、犯罪行為を追認するのと同様の結果を生じ、追随する者を発生させる弊害を招くおそれすら認められるものであるとする。その上で、被告は、原告とBや子供たちとの関係は、在留特別許可の判断において格別積極的に斟酌しなければならないものではないこと、二女の存在やその介助の必要性は原告の在留特別許可の判断に当たり積極的な事情とは認められないこと、原告がタイに帰国しても特段の支障は認められないことを指摘し、原告に在留特別許可を与えなければ入管法の趣旨に反するような極めて特別な事情があるとはおよそ考え難いから、本件裁決に裁量権の逸脱又は濫用はなく、違法はないと主張するものである。
確かに、入管法二四条四号チが、麻薬、大麻等の規制薬物犯罪を犯した外国人につき、その刑期の長短及び執行猶予の言渡しの有無を問わず有罪判決を受けたことのみをもって退去強制事由としているのは、被告の主張するとおり、規制薬物が単にその使用者に薬物中毒等の悪影響をもたらすにとどまらず、我が国社会全般に対して深刻な問題を引き起こすものであることを重視したからにほかならないと解される。
しかし、入管法は、薬物犯罪有罪判決の退去強制事由を他の退去強制事由と同列に扱っているのであり、この退去強制事由があるからといって一律に在留特別許可が拒否されることとなるわけではない。もちろん、とりわけ在留特別許可を拒否する理由となるべき重大な事由ということはいえるものの、在留特別許可をすべきか否かの判断は、その時点において存在した事情を総合的に考慮して行うべきであり、この点においては、他の退去強制事由がある場合と同様に考えるべきである。そこで、以下においては、原告に在留特別許可をすべきか否かを判断する際に積極的要素として考慮すべき事情(在留特別許可を与える方向に働く事情)と消極的要素として考慮すべき事情(在留特別許可を否定する方向に働く事情)とに分けて個々に検討することとする。
 積極的要素として考慮すべき事情
ア 日本人との婚姻関係の存在
原告は、日本人であるBと婚姻し、その婚姻期間は本件裁決までに約一八年間の長期に及ぶ。原告の服役期間を除き、実際に同居していた期間のみを数えても約九年である。そして、この約九年の間は、「日本人の配偶者等」ないしこれに相当する入管法旧四条一項一六号所定の在留資格により適法に本邦に在留していたのであり、不法残留となったのは服役してしばらくしてからのことであった。外国人が入管法の規定に従うことは当然のことであるから、これ自体は特筆すべきものとまではいえないものの、当初から不法就労目的で入国する外国人も多いことを考えれば、原告の在留特別許可の判断に当たり一応積極方向に働く事情として考慮することが可能である。
婚姻関係の態様をみると、原告が服役するまでその実体があったことは明らかであり、服役してからは夫婦間の交流が希薄となったことは否めないが、原告もBも離婚するつもりはなく、原告が出所をすればまた婚姻同居生活を再開するつもりであったことに変わりはない。原告の母が頻繁に原告と面会をし、子供たちもしばしば面会をしていたことからすると、間接的にはBとの交流も続いていたと評価することもできる。原告の刑期満了が近づいた平成一七年からは、Bも定期的に原告と面会するようになっている。これらの事情に加え、原告とBの間に未成年の子が三人いることを考慮すると、原告とBの夫婦間のきずなは決して弱くはないものと認めることができるから、この婚姻関係は実体を伴うものとして人道上保護に値する(日本国憲法二四条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約一〇条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二三条参照)。本件裁決後の事情ではあるが、原告が平成一九年一月に仮放免された後の原告とBの生活状況も、この判断を補強するものということができる。したがって、この婚姻関係の存在は原告に在留特別許可を与える方向に働く有力な事情である。
これに対し被告は、原告の服役中、原告とBの間には、同居、協力、扶助の関係を前提とする夫婦としての実体はほとんど失われており、そうなったのも原告が罪を犯さないという最低限度の善行を保持することもできずに薬物犯罪を繰り返したからであって、原告とBの婚姻関係の存在は在留特別許可の判断において格別積極的に斟酌しなければならないものではないと主張する。確かに、本件裁決まででも八年以上、現実に同居が可能となった仮放免までは九年以上にもわたり別居状態にあったのは事実であるが、それは、原告の犯罪行為が原因となっているとはいえ、原告又はBが望んだ事態ではない。むしろ、これだけ長期間の
別居状態が続きながらも、なお夫婦としての生活を回復しようという意欲を原告もBも抱き続け、原告の仮放免後は実際に従前と変わりなく夫婦としての生活を送っているという事実は、両者の婚姻関係がそれだけ強固なものであったことを示すものと評価することができるのであり、この関係はやはり保護に値するものといわなければならないから、在留特別許可の判断に当たり積極的に斟酌すべきである。
イ 日本人である未成熟子の存在
原告には日本人である三人の子供がおり、本件裁決時、長女及び二女は高校二年生、長男は中学校二年生で、いずれも未成年者であり、自力で生活していくだけの十分な能力を有さず親の扶養を受けているいわゆる未成熟子であった。両親が存在する未成熟子にとっては、一般に、両親の監護の下で生活を送ることがその最善の利益にかなうものであること、したがって、未成熟子は、その両親の意思に反してその両親から分離すべきでないことは、子の福祉の観点からみる限り、広く受入れられた見解である(児童の権利に関する条約九条参照)。したがって、原告とBの間に婚姻関係の実体が存在することに加え、両者の間に未成熟子が三人いることは、原告に在留特別許可を与える方向に働く有力な事情である。
この点について更に個別にみると、長女においては、平成一七年一一月ころから精神的に不安定になり、半年以上にわたり精神科治療のため病院に入院し、交通事故で重傷を負い、約一か月入院の後、現在もその関係ではあるが通院しているという事情がある。何が原因でこのような状態になったのかを示す的確な証拠は存在しないものの、前記二の認定事実及び《証拠略》によれば、思春期にある長女が、他人からは非正常とみなされるであろう自分の家族の環境につき、母親と離れて深く悩んだことが大きな原因の一つとなっていることを推認することができる。 
二女は、脳性麻痺の障害者であるため、長女とは事情が異なり、その健全な発達のために母親である原告の存在がどれだけの意味を持つものであるのかを医学的知見なしに正確に評価することは難しい。しかし、一般的にいえば、介助の負担が重いことから施設を利用することは避けられないとしても、障害者にとって肉親との交流には第三者との交流とは異なる意義があるというべきであり、できる限り両親の下にいてその介助を受けることがその健全な発達のために望ましいものであることは社会通念上肯定することができるというべきである。
被告は、二女の介助の必要性は原告自身の個別的事情ではないし、二女は施設において日常生活を送っており、養護学校高等部を卒業後も同様の処遇を受けられることとなっているから、二女の介助の必要性を原告の存留特別許可の判断に当たり積極的事情と認めることはできないと主張する。しかし、二女は、施設で生活をしているといっても、Bの自宅と全く分離された環境にあるわけではなく、現に現在も週末は自宅で過ごしている。将来的にも、親や姉弟との交流は続くのが当然であるから、施設に全面的に依存した生活を送ることを優先的な前提とするべきではない。そして、この事情は、本件裁決時も同様であったから、上述し
たような肉親との交流の観点からすると、原告と二女の関係はやはり原告の在留特別許可の判断に当たって積極方向に働く考慮要素となるべきものである。被告の主張は、障害者にとっての親子関係の意義をことさらに低く評価するものといわざるを得ず、賛成することができない。
長男については、長女とは異なり、現在のところ特にその発達上問題となる事情は存在しないように見受けられる。しかし、本件裁決当時中学校二年生であったというその年齢自体からして、母親である原告が身近に存在することが長男の健全な発達にとって意義を有することは明らかであった。
以上のとおり、子供たちそれぞれの事情を個別に検討しても、この子供たちとの親子関係の存在は、原告の在留特別許可の判断に当たり積極的に考慮すべき有力な事情であるということができる。
ウ 本邦への定着度
原告は、二六歳の時に来日し、以後本件裁決時まで約一八年間にわたり我が国を生活の本拠としていた。人生の半分近くを我が国で過ごしてきたことになるのであり、本邦への定着度はかなり高いものとみることができる。特に、平成一〇年初めころに服役してからは、当然のこととはいえ、タイに帰国することもできず刑務所の中でのみ過ごしていたのであるから、むしろ、我が国の生活への適応は一層高まったとさえいえる。原告本人尋問の際に示した状況からしても、原告の日本語能力については、表現能力にやや難があるものの、理解能力は相当高いものと認めることができる。以上の事情は、服役生活による寄与が大きいとい
える点で留保が必要ではあるが、在留特別許可の判断に当たり積極的に考慮すべき一事情に数えることができる。
 消極的要素として考慮すべき事情
ア 薬物犯罪
薬物犯罪有罪判決が退去強制事由とされていることの意義は前記において説明したとおりであるから、有罪判決の存在だけでも、在留特別許可の判断に当たり消極的要素として十分に考慮しなければならないものである。まして、原告においては、二度にわたって薬物犯罪を犯し、そのいずれもが営利目的による輸入事犯であるから、単なる所持、使用といった自己使用目的の事犯と異なる悪質なものであることは明白である。また、最初の薬物犯罪により有罪判決を受け、その刑の執行猶予期間中に再犯に及んでおり、再犯時に輸入した規制薬物は、大麻、あへん、向精神薬と多種にわたり、量も多い。これらの事情が、原告に在留特別許可を与えるべきでないとする方向に働く極めて有力な事情であることは、被告の主張するとおりである。
しかし、他方で、原告は、自分自身が薬物中毒になっていたわけではなく、また、二度目の薬物犯罪で有罪判決を受けた後は刑務所に入所し、本件裁決が行われるまで約八年間という長期間服役していたのであるから、本件裁決の時点において原告の規制薬物との親和性がなお顕著であったと断定することはできない。原告自身、二度目の薬物犯罪の裁判の時点から、自らの犯行につき反省の態度を示しており、原告本人尋問の結果に照らしても、本件裁決時までには十分に反省をしていたと認めることができる。これらの事情に加え、退去強制手続の段階から原告は出所後自宅に戻ることが想定されており、そこには夫であるBのほかに思春期にある長女及び長男、さらに、介助を要する二女もおり、原告が容易に再犯を犯せるよ
うな環境とは考えにくいことを考慮すれば、本件裁決時において原告の再犯可能性が高かったということはできないというべきであり、この点は原告に有利に斟酌することが可能である。
以上によると、薬物犯罪に関しては、その客観的な事実経過自体をみれば極めて深刻な消極的要素といわざるを得ないが、本件裁決時に存在した事情の中には原告にとって有利に斟酌すべきものもあるのであって、在留特別許可をすべきか否かの判断はあくまでもその時点における判断であることからすると、この有利な事情を斟酌せずに消極的要素のみを強調するのは妥当でないというべきである。
イ 業務上過失傷害罪
原告が自動車を運転中に事故を起こし同乗者に傷害を負わせて業務上過失傷害罪に問われ、罰金刑を科せられたことは、前科の存在として、在留特別許可の判断に当たり消極方向に働く事情である。ただし、その罪質からして、これのみで直ちに在留特別許可の許否を決することになる事情とまではいい難い。
ウ 原告の母の不法残留への加担
原告の母は、平成五年七月の六回目の入国後、平成一九年一月ころまで一三年以上の長期間にわたり本邦に不法残留した。その来日のきっかけは、子供たちの世話をしてもらうためなどの理由で原告が呼び寄せたからであり、不法残留となったのも、家事や子供たちの世話をしなければならなかったからである。この点で、確かに、被告の主張するとおり、原告の母の不法残留の原因は原告及びB夫婦の側にあったということができ、原告がこの母の不法残留に加担したと評価されるのもやむを得ない。
しかし、不法残留をしたのは原告の母の判断であるし、その不法残留に原告自身が関与していたのは平成一〇年初めころに服役するまでである。そうすると、原告の母の不法残留について原告のみにその責任を問うのはいささか酷であるといわざるを得ない。
 本件裁決の適法性についての判断
以上の検討によると、本件裁決時、原告にとって、在留特別許可を与える方向に働く積極的要素として、
① 日本人であるBとの婚姻関係の存在
② 日本人である三人の未成熟子との親子関係の存在
③ 本邦への定着性の強さ
という事情があり、特に①と②の事情は有力な積極的要素であったといえる。
一方、在留特別許可を否定する方向に働く消極的要素として、
① 薬物犯罪有罪判決二回及びこれによる服役
② 業務上過失傷害罪の前科
③ 原告の母の不法残留への加担
 という事情があり、特に①は、その客観的事実経過自体をみると、極めて有力な消極的要素であったということができる。しかし、この点については、前記アにおいて述べたとおり、本件裁決時には原告にとって有利に斟酌すべき事情もあった。
被告は、薬物犯罪で有罪判決を受けて服役した原告に在留特別許可が与えられるならば、犯罪行為を追認したのと同様であり、追随する者が発生するおそれがあると主張し、在留特別許可を与えた場合の第三者への影響も消極的要素として考慮すべきであると主張するようである。しかし、上記積極的要素のうち①及び②の点は、前記ア及びイで説示したとおり、その態様において例外的な原告固有の事情であるから、原告に在留特別許可が与えられたからといって、それが直ちに出入国管理行政上他の事案に悪影響を及ぼすとは考え難い。したがって、第三者への影響を消極的要素として考慮するのは妥当でない。
そして、前記及びにおいて詳しく検討したところを踏まえ、上記の積極的要素及び消極的要素を比較検討してみると、上記積極的要素のうち〔一〕及び〔二〕の点は、人道的観点から特に配慮に値するものということができ、上記消極的要素が存在することを考慮しても、なお、これを上回る重みを持つものと評価することができるというべきである。
本件訴訟における被告の主張を勘案すると、本件裁決は、薬物犯罪有罪判決及び不法残留という退去強制事由が存在することを前提とした上で、上記消極的要素のうち①の客観的事実経過を重視して、原告には在留特別許可を与えられないという判断に至ったものと解されるが、以上の検討によると、本来特に重視すべきであった上記積極的要素のうち①及び②の事情を十分に考慮しておらず、さらに、上記消極的要素のうち①については本件裁決時において原告に有利に斟酌すべき事情もあることを十分に考慮していないものといわざるを得ない。そうすると、東京入国管理局長に与えられた裁量権が前記のとおり極めて広範なものであることを前提にしても、本件裁決は、在留特別許可の判断に当たり、複数の考慮要素のうち、原告が薬物犯罪で二回有罪判決を受け服役したという客観的事実経緯をことさらに重視する一方、本来特に重
視しなければならない、原告と日本人との婚姻関係及び原告と日本人である三人の未成熟子との親子関係を十分に考慮することがなかったものというべきであるから、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の逸脱又は濫用として違法であるとの評価を免れないというべきである。
四 結論
以上のとおり、本件裁決は裁量権の逸脱又は濫用として違法であり、そうである以上、これを前提としてされた本件退令発付処分もまた違法であるということになる。よって、原告の請求はいずれも理由があるので、これらを認容し、主文のとおり判決する。

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