勾留の裁判に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件

平成19年(し)第369号

最高裁判所第三小法廷(裁判官:那須弘平・藤田宙靖・堀籠幸男・田原睦夫・近藤崇晴)

平成19年12月13日

決定

主 文

本件抗告を棄却する。

理 由

本件抗告の趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、職権で判断する。

本件は、覚せい剤取締法違反等の事実により勾留のまま地方裁判所に起訴された被告人につき、第1審裁判所が、犯罪の証明がないとして無罪判決(以下「本件無罪判決」という。)を言い渡し、刑訴法345条の規定により勾留状が失効したところ、検察官の控訴を受けた控訴裁判所において、職権で、被告人を再度勾留(以下「本件再勾留」という。)し、これに対して弁護人が異議を申し立てたものの、棄却されたことから、更に特別抗告に及んでいる事案である。被告人は、外国人であり、本件無罪判決により釈放された際、本邦の在留資格を有しなかったため、入国管理局に収容されて退去強制手続が進められていたが、本件再勾留により拘置所に身柄を移されたものである。

所論は、上記被告事件の訴訟記録が控訴裁判所に到達した日の翌日に、本件再勾留がされたことを指摘しつつ、第1審の無罪判決後に控訴裁判所が被告人を勾留できるのは、少なくとも、当事者の主張、証拠、公判調書等の第1審事件記録につき十分な調査を行った上で、第1審の無罪判決の理由について慎重に検討した結果、第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合に限られると解すべきであるのに、原決定はこのような解釈によることなく、控訴裁判所が、慎重な検討のための時間的余裕のないままに、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があると即断したことを是認し、かつ、本件が「第1審判決を破棄して有罪とすることが予想される場合」に当たらないことも明らかなのに、これを看過しているなどとして、本件再勾留が違法であると主張する。

そこで検討すると、第1審裁判所において被告人が犯罪の証明がないことを理由として無罪判決を受けた場合であっても、控訴裁判所は、その審理の段階を問わず、職権により、その被告人を勾留することが許され、必ずしも新たな証拠の取調べを必要とするものではないことは、当裁判所の判例(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁)が示すとおりである。

しかし、刑訴法345条は、無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨規定しており、特に、無罪判決があったときには、本来、無罪推定を受けるべき被告人に対し、未確定とはいえ、無罪の判断が示されたという事実を尊重し、それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されるから、被告人が無罪判決を受けた場合においては、同法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は、無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず、嫌疑の程度としては、第1審段階におけるものよりも強いものが要求されると解するのが相当である。そして、このように解しても、上記判例の趣旨を敷えんする範囲内のものであって、これと抵触するものではないというべきである。

これを本件について見るに、原決定は、記録により、本件無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に検討しても、被告人が、上記起訴に係る覚せい剤取締法違反等の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認められるとして本件再勾留を是認したものと理解でき、その結論は、相当として是認することができる。

よって、刑訴法434条、426条1項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官田原睦夫、同近藤崇晴の各補足意見がある。

裁判官田原睦夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見に賛同するものであるが、なお事案にかんがみ、第1審で無罪判決が言い渡された場合の控訴審における勾留の要件及び本件事件への当てはめについて、以下に私の意見を述べる。

1 第1審で刑訴法345条に定める判決が言い渡されて、検察官から控訴がなされたときに、被告人を勾留することができる場合の要件について、刑訴法60条以外に規定はないが、刑訴法345条の趣旨及び控訴審の構造を踏まえれば、次のように解すべきものと考える。

 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」について

控訴裁判所は、被告人に罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(以下「嫌疑」という。)が存するか否かについては、第1審判決を踏まえた上で、控訴裁判所として独自に判断すべきものであることは言うまでもない。したがって、第1審判決が刑の執行猶予あるいは罰金の判決の場合は、有罪の判決であるから、通常は嫌疑が存するものと言い得るが、控訴裁判所において、記録を検討した結果、その点につき疑問が存すれば、勾留すべきでないことは当然である。

他方、第1審において事実調べをなした上で、無罪判決を言い渡した場合、その事実は尊重されるべきであるから、控訴裁判所が勾留するには、その無罪判決にもかかわらず、なおその判決を覆して有罪判決がなされ得るに足る嫌疑が存在する相当な理由が必要と言うべきである(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁における遠藤光男裁判官、藤井正雄裁判官の各反対意見参照)。言い換えれば、第1審無罪判決の場合の控訴裁判所での勾留の際の嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりはより高度な嫌疑が必要とされるものと言うべきである(比喩として必ずしも適切ではないが、第1審での勾留における犯罪の嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の可能性」をもって認められれば足りるのに対し、第1審無罪判決後における嫌疑は、「犯罪を犯したことが相当程度の蓋然性」をもって認められるに足りる必要があるとするものである。)。

このように、第1審無罪判決の控訴審での勾留における嫌疑は、第1審係属中における嫌疑よりも高度なものでなければならないと解することなく、第1審係属中と同程度の嫌疑が存すれば足りると解することは、第1審無罪判決にもかかわらず控訴裁判所は、刑訴法60条に定める他の要件が存する限り被告人を勾留することができることとなり、無罪判決の言渡しによって勾留状が失効することを定めた刑訴法345条の意義を没却することとなる。

 勾留の理由について

控訴審で被告人を新たに勾留するには、刑訴法60条1項各号に定める事由が新たに生じたことが必要である(最高裁昭和29年(あ)第2248号同年10月26日第三小法廷判決・裁判集刑事99号507頁)。

同条1項各号に定める事由のうち、1号及び3号の該当性については、次に述べる勾留の必要性の観点からの検討が不可欠であり、また、2号については、検察官は本来第1審で立証を尽くしているはずであり、加えて、控訴審は、事後審としての性質上、証拠の取調べは制限され、事実誤認に関しては、やむを得ない事由によって第1審の弁論終結前に取調べ請求することができなかった証拠であって、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことができない場合に限り、これを取り調べなければならない(刑訴法393条1項ただし書)とされているのであって、第1審の無罪判決後になお被告人に新たに罪証を隠滅するおそれが存することは、極めてまれであると言わねばならない。

 勾留の必要性について

被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が認められても、なお被告人を勾留する必要性がなければ、被告人を勾留することはできない。被告人は、第1審公判では、公判期日への出頭義務が存する(刑訴法286条等)から、刑訴法60条1項1号、3号に該当する場合には、原則として勾留の必要性が認められる。

しかし、控訴審では、被告人には出頭義務はなく(刑訴法390条本文)、また、弁論能力も認められないのであるから(刑訴法388条)、控訴審での審理のために被告人を勾留する必要があるのは、実体的真実発見のために被告人質問をする必要がある等、なお被告人の公判期日への出頭を確保する必要性があり、かつ、勾引によっては、その出頭を確保することが困難であると認められる場合に限られると言うべきである。

2 本件勾留の適法性について

本件は、第1審で無罪判決が言い渡され、被告人が刑訴法345条により釈放された後に、検察官による職権発動の申立てを受けて控訴裁判所が勾留を決定したものであるから、その適法性の有無については、1に述べたところに基づいて判断すべきであり、その判断に裁量権の濫用がある場合には、当該勾留は違法であって、取り消されるべきものである。

そこで記録を検討するに、原決定は、「本件記録を精査し、被告人に対し無罪の言渡しをした第1審判決の理由を踏まえて慎重に検討した上でも、なお被告人が本件公訴事実記載の犯罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があることは明らかである」としているところ、第1審判決は、故意を否認する被告人の弁解には多くの疑問点が存することを認めながらも、「被告人には、未必的にせよ、覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意があったとするには合理的疑いが残る」と判示しているのである。かかる第1審判決の判示をも踏まえれば、被告人に犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとする原決定は是認することができる。また、被告人に刑訴法60条1項各号に該当する事由が存することを認めた上で、被告人を勾留しないときには出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となることをも含めて、勾留の必要性があるとした原決定には裁量権の濫用は認められない。したがって、勾留の裁判に対する異議申立てを棄却した原決定は是認することができるものと言うべきである。

おって、前記平成12年決定の判例としての射程距離に関する考え方、並びに出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続と刑事訴訟手続の調整規定を設ける必要性については、近藤裁判官の補足意見に同調するものであり、ここに援用する。

裁判官近藤崇晴の補足意見は、次のとおりである。

1 私は、法廷意見に賛同するものであるが、第1審で無罪判決を得た被告人を控訴裁判所が勾留することは例外的な場合にのみ認められるべきであり、その要件の充足については厳格な判断が要求されるものと考えるので、若干敷衍して述べておきたい。

2 第1審裁判所が被告人を無罪としたときは勾留状はその効力を失うが(刑訴法345条)、検察官が控訴した場合に、控訴裁判所が刑訴法60条1項の要件の下に改めて被告人を勾留することは禁止されてはいない。しかし、第1審裁判所が被告人を無罪としたときは、いわば無罪の推定がより強まった状態になったのであるから、十分な重みをもってこれを尊重すべきであり、それにもかかわらず控訴裁判所が被告人を勾留するのは、社会通念に照らすならばかなり違和感のある事態だといわなければならない。

したがって、勾留の要件が満たされているかどうかの判断は、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留におけるそれよりも更に厳格なものでなければならないと考える。すなわち、この場合の刑訴法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」については、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求される程度以上に、第1審の無罪判決を尊重してもなお強い疑い(以下「高度の嫌疑」という。)があるといえることが要求されるものというべきである。また、控訴審においては原則として被告人の出頭を要しないのであるから(刑訴法390条)、控訴審の審理のために勾留の必要性があると認められるのは、第1審裁判所が審理を尽くしたとは認められない場合などの極めて例外的な場合にとどまるものというべきであろう。

そして、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用がある場合には、その勾留の裁判は違法であって取消しを免れないものというべきである。

3 最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁(以下「12年判例」

という。)は、第1審で無罪判決を得た被告人について、控訴裁判所が第1回公判前(控訴裁判所に訴訟記録が到着してから7日後)に勾留状を発したことを是認し、これに対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告を棄却した。この12年判例が控訴審での勾留について上記2のような厳格性を要求しないとの趣旨であるとすれば、これに疑義を差し挟む余地があるが、私は、上記2に述べたところが必ずしも12年判例と抵触するものではないと考える。

すなわち、12年判例は、第1審裁判所が被告人を無罪とした場合であっても、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法60条1項各号に定める勾留の理由があり、かつ、その必要性があるときは、同条により職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がないとした。

12年判例のこの説示については、以下のように理解することが可能である。すなわち、1審無罪の被告人を控訴審で勾留する場合であっても、嫌疑、勾留の理由及び勾留の必要性の各要件が満たされれば足りるとの点では、被疑者・被告人の勾留一般と別異のものではなく、また、その各要件が満たされる限りはその時期についても特段の制約がないとしたにとどまるのであって、その抽象的要件の具備の要求から更に進んで、具体的事実に照らして各要件の充足性を判断するに当たってその要求される程度までもが被疑者・被告人の勾留一般と同様のもので足りるとしているわけではない、あるいは、この点については何らの説示もしていない、と。

そして、そうだとすれば、12年判例の事案の具体的事実関係の下において、多数意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるとしても、その時点でこれを充足しているとしたものであり、反対意見は、高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されるのであって、その時点ではこれを充足していないとしたものであると理解することが可能である。

4 なお、1審無罪の被告人を控訴審で勾留するには高度の嫌疑や勾留の強い必要性のあることが要求されると解する場合において、これが充足されず、かつ、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときは、勾留されていない被告人は、出入国管理及び難民認定法による退去強制手続の対象となるから、控訴審の審理において被告人質問が必要となってもこれを行うことができず、また、控訴審では有罪とされた場合であっても刑の執行を確保することもできない。このような事態に対処するためには、退去強制手続と刑事訴訟手続との調整規定を設け、退去強制の一時停止を可能とするなどの法整備の必要があるのであるが、12年判例において遠藤裁判官の反対意見と藤井裁判官の反対意見がそれぞれこの点を強く指摘したにもかかわらず、いまだに何らの措置も講じられていない。

したがって、上記のような不都合が生ずることをもって、1審無罪の被告人の控訴審における勾留について、被告人が本邦での在留資格を有しない外国人であるときはその要件の充足を緩やかに解すべきであるとすることは許されないと考える。

5 以上のとおりであるから、本件においても、第1審で本件無罪判決を得た被告人について控訴裁判所が勾留状を発したことについては、その時点(控訴裁判所に訴訟記録が到着した翌日)で高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件を充足していることが要求されたのであって、それは、起訴前あるいは第1審で審理しているときの勾留について要求されたのと同程度では足りないと解すべきである。

もっとも、記録を検討しても、上記高度の嫌疑や勾留の強い必要性の要件の充足について、本件再勾留の裁判をした控訴裁判所の判断に裁量権の逸脱や濫用があるとまでは認められず、これに対する異議申立てを棄却した原決定が違法であるとはいえない。したがって、結論としては、本件特別抗告は棄却を免れないものというべきである。

お気軽にお問合せください

お電話でのお問合せ

03-5809-0084

<受付時間>
9時~20時まで

ごあいさつ

VISAemon
申請取次行政書士 丹羽秀男
Hideo NIwa

国際結婚の専門サイト

VISAemon Blogです!

『ビザ衛門』
国際行政書士事務所

住所

〒150-0031 
東京都渋谷区道玄坂2-18-11
サンモール道玄坂215

受付時間

9時~20時まで

ご依頼・ご相談対応エリア

東京都 足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・大田区・葛飾区・北区・江東区・品川区・渋谷区・新宿区・杉並区・墨田区・世田谷区・台東区・中央区・千代田区・千代田区・豊島区・中野区・練馬区・文京区・港区・目黒区 昭島市・あきる野市・稲木市・青梅市・清瀬市・国立市・小金井市・国分寺市・小平市・狛江市・立川市・多摩市・調布市・西東京市・八王子市・東久留米市・東村山市・東大和市・日野市・府中市・福生市・町田市・三鷹市・武蔵野市 千葉県 神奈川県 埼玉県 茨城県 栃木県 群馬県 その他、全国出張ご相談に応じます