在留特別許可処分義務付け等請求事件
平成19年(行ウ)第227号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:古田孝夫・工藤哲郎・古市文孝)
平成20年2月29日

判決
主 文
一 本件訴えのうち、東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の在留を特別に許可しない決定の取消しを求める部分を却下する。
二 東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決を取り消す。
三 東京入国管理局主任審査官が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
四 東京入国管理局長は、原告に対し、原告の在留を特別に許可せよ。
五 原告のその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 東京入国管理局長が原告に対し平成一八年一一月七日付けでした原告の在留を特別に許可しない決定を取り消す。
二 主文第二項と同旨
三 主文第三項と同旨
四 東京入国管理局長は、原告に対し、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間三年との条件を附して、原告の在留を特別に許可せよ。
第二 事案の概要
本件は、ガーナ共和国(以下「ガーナ」という。)国籍を有する原告が、本邦に不法残留したことに基づく退去強制手続において、法務大臣の権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。また、東京入国管理局を「東京入管」という。)から、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四九条一項に基づく異議の申出が理由がない旨の裁決を受け、東京入管主任審査官から退去強制令書発付処分を受けたことについて、上記裁決及びこれに伴ってされた在留特別許可をしない決定には、原告が日本人女性と内縁関係にあることなどの事情を看過して裁量権を逸脱、濫用した違法があり、上記裁決を前提とする退去強制令書発付処分も違法であると主張し、これら各処分の取消しを求めるとともに、在留特別許可の義務付けを求めた事案である。
一 前提となる事実(各掲記の証拠により認められる。)
 原告は、一九六四(昭和三九)年一〇月一六日、ガーナにおいて出生したガーナ国籍を有する外国人男性である。
 原告の入国及び在留状況等
ア 原告は、昭和六三年五月一一日、成田空港に到着し、平成元年法律第七九号による改正前の法四条一項四号に規定する在留資格(「短期滞在」に相当)、在留期間一五日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、その後在留期間一五日の在留期間更新許可を受けたが、同年六月一〇日の在留期限を超えて本邦に不法残留した。
イ 原告は、平成一八年一一月八日、日本国籍を有するB(《日付略》生。以下「B」という。)との婚姻の届出をした。
 本件の退去強制手続に関する経緯
ア 埼玉県狭山警察署警察官は、平成一八年九月四日、原告を法違反(旅券不携帯)の嫌疑により現行犯逮捕した。
イ 東京入管入国警備官は、平成一八年九月二五日、原告が法二四条一号(不法入国)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同日、同令書を執行し、同月二六日、原告を東京入管入国審査官に引渡した。
ウ 東京入管入国審査官は、平成一八年一〇月一九日、原告が法二四条四号ロ(不法残留)に該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、特別審理官による口頭審理を請求した。
エ 東京入管特別審理官は、平成一八年一一月一日、原告について口頭審理を実施した結果、同日、入国審査官の認定は誤りがない旨の判定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、法務大臣に対し、法四九条一項に基づく異議の申出をした。
オ 法務大臣の権限の委任を受けた東京入管局長は、平成一八年一一月七日、原告の異議の申出が理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、その通知を受けた東京入管主任審査官は、同日、原告にこれを告知するとともに、原告に対し、送還先をガーナとする退去強制令書を発付した(以下「本件退令発付処分」という。)。
カ 東京入管入国警備官は、平成一八年一一月七日、本件退令発付処分に係る退去強制令書を執行して原告を東京入管収容場に収容し、平成一九年一月一九日、原告を入国者収容所東日本入国管理センターに移収した。
 本件訴訟の提起及びその後の事実経過
ア 原告は、平成一九年四月一〇日、本件訴訟を提起した。
イ 入国者収容所東日本入国管理センター所長は、平成一九年七月二五日、原告を仮放免した。
二 争点
本案前の争点は、在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性(争点一)及び在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性(争点二)であり、本案の主な争点は、東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か(争点三)である。
三 争点に関する当事者の主張
 争点一(在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性)
(原告の主張)
東京入管局長は、平成一八年一一月七日付けで、本件裁決をするとともに、原告に対し在留特別許可をしない決定をし、この決定は処分に当たるから、前記第一の一の訴えは、処分の取消しの訴えとして適法である。
(被告の主張)
法は、在留特別許可を求める実体上の権利及び手続上の権利(申請権)を外国人に認めていないから、在留特別許可をしない旨の法務大臣の判断は、当該容疑者に恩恵を付与しないという不作為にすぎず、その者の権利義務に変動を生じさせるものではない。したがって、東京入管局長が平成一八年一一月七日付けの本件裁決に際して行った、原告に在留特別許可をしない旨の判断は、取消訴訟の対象となる処分に当たらないから、前記第一の一の訴えは、存在しない処分の取消しを求めるものか、又は、処分に該当しない行為の取消しを求めるものであり、不適法である。
 争点二(在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性)
(原告の主張)
原告は、在留特別許可処分がされないことにより重大な不利益を受け、かつ、在留特別許可の義務付けを求める以外にその不利益を避ける適当な方法がないから、前記第一の四の訴えは適法である。
(被告の主張)
法は、在留特別許可を求める申請権を外国人に認めていないから、在留特別許可の義務付けを求める訴えは、行政事件訴訟法三条六項一号の非申請型の義務付けの訴えに当たる。そして、同法三七条の二第一項は、「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないとき」を訴訟要件とするところ、原告は、在留特別許可がされないことにより生ずる重大な損害を避けるため、本件裁決又はこれを前提とする本件退令発付処分の取消訴訟を提起することができるから、前記第一の四の訴えは、「その損害を避けるために他に適当な方法がないとき」の要件を満たさない不適法な訴えである。
 争点三(東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か)
(原告の主張)
原告とBは、平成元年九月に知り合い、平成二年一月から同居を始め、本件裁決時まで約一七年間にわたって同居し、その間、婚姻手続の準備をし、また、Bが交通事故に遭い、後遺症で苦しんでいるときは、原告がBを献身的に看護し夫婦の絆を強めてきたものであり、継続して真摯な意思に基づく内縁関係にあった。たしかに、原告が警察官及び東京入管職員に対し、自己の身分事項や入国歴について虚言を弄し、虚偽の身分証明書を提示したことは良くないが、原告は、そのことを反省し、また、不法残留以外に違法行為をしたこともなく、その在留状況は良好である。そうすると、本件裁決は、原告と日本人であるBとの真摯な内縁関係についての事実を誤認し、裁量権を逸脱、濫用した違法な処分というべきである。
(被告の主張)
在留特別許可は、退去強制事由に該当し本邦からの退去を強制されるべき外国人に対し、特別に在留を認める処分であり、その許否に係る裁量の範囲は極めて広いから、その判断が裁量権の逸脱、濫用となるのは、当該外国人について、本邦に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど、在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情がある場合に限られる。
原告は、不法就労目的で来日した上、一八年以上にわたり本邦に不法に残留して不法就労を継続し、虚偽の身分証明書を使用するなどして逮捕、摘発を免れたり、外国人登録法で定められた登録義務にも違反するなど、その入国・在留状況は悪質である。また、原告とBとの内縁関係は、そもそも原告の不法残留という違法状態の下で築かれたものであり、当然に法による保護の対象となるものではなく、また、特段の理由もなく長期間にわたり婚姻手続を行わず、婚姻が成立したのは本件退令発付処分がされた後であることからすると、本件裁決当時、その関係が真摯な婚姻意思に基づくものであったとも認め難い。さらに、原告が本国に帰国することに特段の支障があるとも認められない。そうすると、原告に在留特別許可を付与しなければならない積極的な理由はないから、本件裁決には裁量権の逸脱、濫用がない。
第三 当裁判所の判断
一 争点一(在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴えの適法性)について
法四九条一項の異議の申出があった場合の法務大臣の応答については、同条三項が、法務大臣は、同条一項の規定による異議の申出を受理したときは、異議の申出が理由があるかどうかを裁決しなければならないと定め、また、法五〇条一項が、法務大臣は、上記の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が同項各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができると定めている。しかしながら、法務大臣が法五〇条一項の在留特別許可をしないとの判断をしたときに、その旨の処分をすべき旨を定めた規定は存在しない。したがって、法は、法四九条一項の異議の申出に対しては、法務大臣が、①異議の申出が理由がある旨の裁決、②異議の申出が理由がない旨の裁決、③在留を特別に許可する旨の処分の三通りの裁決又は処分を行うことを予定し、これらとは別に、在留特別許可をしない旨の処分を独立の処分として行うことは予定していないものと解される。そして、法務大臣が法五〇条一項の在留特別許可をしないとの判断をしたときは、異議の申出が理由がないとの判断に従って、異議の申出が理由がない旨の裁決をすれば足りるとしたものと解される。
ところで、法務大臣が法五〇条一項の判断権限を発動し、その結果在留特別許可が付与されるか否かは、異議の申出をした容疑者にとって本邦への在留が認められるか否かの重大な利益に関わる事柄であり、また、後記三に説示するとおり、在留特別許可を付与するか否かの判断に法務大臣の広範な裁量が認められているとしても、法務大臣がそのようにして与えられた権限を誠実に行使しなければならないことはいうまでもなく、上記のような容疑者の重大な利益に関わる判断権限を法務大臣の裁量で発動しないことが許されているとは到底解し得ない。したがって、法務大臣は、法四九条一項の異議の申出を受理し、その異議の申出が理由がないと認める場合には、当該容疑者が法五〇条一項各号に該当するか否かを審査する義務があり、その結果、その者に在留特別許可を付与すべきであると判断したときは、その旨の許可処分を、在留特別許可を付与すべきでないと判断したときは、異議の申出が理由がない旨の裁決をそれぞれ行うことによって、在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務があると解するのが相当である。
そうすると、法四九条一項の異議の申出に対しては、法務大臣によって、①異議の申出が理由があるとの判断、②異議の申出が理由がなく、かつ、在留特別許可を付与しないとの判断、及び、③異議の申出が理由がないが、在留特別許可を付与するとの判断のいずれかの判断が行われ、これらがそれぞれ、①異議の申出が理由がある旨の裁決、②異議の申出が理由がない旨の裁決、及び、③在留を特別に許可する旨の処分として示されることとなるから、在留特別許可を付与しないとの判断の当否を裁判で争おうとする場合には、異議の申出が理由がない旨の裁決を対象としてその取消訴訟を提起しなければならず、かつ、それで足りるというべきである。
以上のことからすると、本件における在留特別許可をしない決定の取消しを求める訴え(前記第一の一)は、存在しない処分を対象としたものか、又は、併合提起されている本件裁決の取消しを求める訴え(前記第一の二)と実質的に重複する訴えというべきであり、取消しの対象又は訴えの利益を欠くものとして、不適法な訴えであるといわざるを得ない。
二 争点二(在留特別許可の義務付けを求める訴えの適法性)について法五〇条一項の在留特別許可は、法四九条一項の異議の申出があったときに初めて付与され得るものであり、同項の異議の申出とは無関係に法五〇条一項の在留特別許可が付与されることはない。そこで、仮に、容疑者が、退去強制対象者に該当する旨の入国審査官の認定に誤りがない旨の特別審理官の判定を争っている場合でない限り、法四九条一項の異議の申出をすることができないものと解すると、自己が退去強制対象者であることを争う者にはいかにその主張が不合理なものであっても在留特別許可を受ける機会が与えられるのに対し、自己が退去強制対象者であることを正直に認めた者にはかえって在留特別許可を受ける機会が全く与えられないという不合理な結果を招くこととなる。したがって、法は、特別審理官の判定そのものは争わないが、自己が退
去強制されることには不服があり、在留特別許可を希望するという者に対しても、異議の申出を認めていると解するのが相当であり、法四九条一項にいう「判定に異議があるとき」とは、上記のような場合も含むものと解するのが相当である。なお、このような解釈に対しては、仮に在留特別許可を求める異議の申出が認められるとすると、審理の結果在留特別許可を付与すべきであるとの結論に至った場合には当該異議の申出は理由があったことになるが、これは異議の申出が理由がない場合に在留特別許可を付与することができるとした法五〇条一項の定めと矛盾するという反論が考えられないでもない。しかしながら、法四九条四項ないし六項の定めによれば、法において「異議の申出が理由がある」とは、容疑者が法二四条各号のいずれにも該当せず又は出国命令対象者に該当すること、すなわち、退去強制対象者(法四五条一項)に該当しないことをいい、「異議の申出が理由がない」とは、これとは逆に、容疑者が退去強制対象者に該当することをいうと解されるから、法五〇条一項は、要するに、容疑者が退去強制対象者に該当すると認められる
場合でも、在留特別許可を付与することができる旨を定めたものにすぎず、上記の当裁判所の解釈と何ら矛盾するものではない。
そして、法務大臣が、このような異議の申出を受理し、「異議の申出が理由がない」と認める場合、すなわち、容疑者が退去強制対象者に該当すると認める場合には、法務大臣に、当該容疑者が法五〇条一項各号に該当するか否かを審査し、在留特別許可の許否についての判断の結果を当該容疑者に示す義務が生じるものと解すべきことは、前記一に説示したとおりである。 
以上のような法の仕組みによれば、法は、法四九条一項の異議の申出権を法五〇条一項の在留特別許可を求める申請権としての性質を併せ有するものとして規定し、かつ、当該申請に対しては在留特別許可を付与するか否かの応答をすべき義務を法務大臣に課したものと解するのが自然であるから、本件における在留特別許可の義務付けを求める訴え(前記第一の四)は、行政事件訴訟法三条六項二号にいういわゆる申請型の義務付けの訴えであると解するのが相当である。
そして、本件において、原告は、行政事件訴訟法三七条の三第二項の「法令に基づく申請又は審査請求をした者」に、本件裁決は、同条一項二号の「当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決」にそれぞれ該当し、また、同条三項二号の「処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴え」として、本件裁決の取消しを求める訴え(前記第一の二)が併合提起されており、さらに、後記三及び四のとおり、本件裁決は取り消されるべきものであって、同条一項二号の「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること」との要件も満たすから、本件における在留特別許可の義務付けを求める原告の訴えは、適法である。
三 争点三(東京入管局長が本件裁決に当たり原告に在留特別許可を与えなかった判断に裁量権の逸脱、濫用があるか否か)について
 法二四条各号の退去強制事由に該当する外国人に対し、法五〇条一項の在留特別許可を付与するか否かは、法務大臣(法務大臣の権限の委任を受けた地方入国管理局長を含む。以下同じ。)が、当該外国人の在留状況等の個人的事情を検討し、さらに国際情勢、国内の政治、経済、社会の諸事情、労働事情などにも配慮した上で判断すべきものであり、その判断については、法務大臣の広範な裁量が認められていると解される。しかしながら、その裁量権の内容は全く無制約のものではなく、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣の判断が裁量権を逸脱、濫用したものとして違法になるものと解される。
ところで、日本人と婚姻関係にある外国人に対して在留資格を付与するか否かは、当該日本人にとっては、配偶者の選択、住居の選定等、婚姻及び家族に関する憲法上の保護利益(憲法二四条)に関わる事柄であり、このような憲法上の保護利益は、出入国管理行政の上でも最大限の尊重を要するものであることはいうまでもない。そして、憲法二四条一項が、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するものである旨を定めていることに鑑みると、上記のような憲法上の保護が及ぶ「婚姻」の範囲は、婚姻の届出によって成立する法律上の婚姻にとどまらず、婚姻の届出はしていないが事実上これと同様の事情にある関係、すなわち、内縁関係をも含むものと解するのが相当である。
そうすると、本邦への在留を希望する外国人が、日本人との間に法律上又は事実上の婚姻関係がある旨を主張し、当該日本人も当該外国人の本邦への在留を希望する場合において、両者の関係が、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められる場合には、当該外国人に在留特別許可を付与するか否かの判断に当たっても、そのような事実は重要な考慮要素として斟酌されるべきであり、他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情がない限り、当該外国人に在留特別許可を付与しないとする判断は、重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として、裁量権の逸脱、濫用となるものと解するのが相当である。
 本件においては、原告はBとの事実上の婚姻関係(本件裁決時)を主張し、Bも原告の本邦への在留を希望しているので、原告とBとの関係が、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるか否かについて検討するに、前記第二の一の事実に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成元年九月ころ、Bと知り合い、交際を始め、同年一一月ころ、Bに求婚した。
Bは、これを一旦は断ったが、その後、原告が住む場所を失って困窮していたことから、平成二年一月ころ、Bが当時一人暮らしをしていたアパートに原告を迎え入れて、原告と同居するようになった。その後、Bも原告の求婚を受け入れる気持ちになり、同年一二月ころ、原告とBは二人で現在の住居に転居して、同居生活を続けることとなった。
イ 原告は、Bと同居を始めたころは金属工場で稼働し、その後、平成五、六年ころには、雑誌やCDジャケットにイラストを載せる仕事をしたこともあったが、その後は金属加工業者やリサイクル業者等の下で勤務していた。他方、Bは、派遣社員として企業の経理事務の仕事に従事する傍ら、副業としてイラストの製作や金属アクセサリーの製造販売の仕事をしていた。二人の生活費のうち、原告が月約八万円の家賃のうちの半分以上と食費を負担し、Bが家賃の残りと光熱費、水道代、電話代等の費用を負担していた。原告は、外泊したことがなく、仕事が終わると帰宅して、夜はBと一緒に過ごしていた。休日には、二人で掃除、洗濯をしたり、食事に出かけたり、クラブや楽器屋に行ったりしていた。
ウ 原告の本国においては、結婚登録をする人がほとんどいなかったため、原告にはもともと、法的に婚姻するために役所に婚姻の届出をするという知識がなく、また、Bも、形式にこだわらない性格で、子どもができない限り婚姻の届出をする必要はないと考えていた。ところが、平成一一年初めころ、原告の就労先が警察と入国管理当局による摘発を受けたことを契機として、原告は、Bとの生活を安定させるため、正式に婚姻の届出をする必要を感じるようになり、Bも、そのころ、自己の年齢を考えて原告との間に子どもを持つことを切望するようになった。そこで、原告とBは、婚姻の届出をして、原告の在留資格を得ようと考え、Bの戸籍謄本(平成一一年二月二五日付け)や原告の出生証明書(同年四月二六日付け)を取り寄せ、婚姻の届出の準備をした。ところが、原告の旅券については、当時既に有効期限が過ぎており、新たな旅券の発給を受ける必要があったが、在日本ガーナ大使館において申請書式がないことを理由に旅券の発給を拒否されたため、本国にいる原告の弟に旅券発給の手続を依頼せざるを得なくなり、その手続がなかなか進まなかったことから、婚姻の届出ができないままになっていた。
エ そうした中、平成一二年八月九日、Bは、交通事故に遭い、頸椎を痛め、その後遺症による極端な目眩等によって起きることも困難な状態となったことから、原告との同居を一時的に中断し、静岡県の実家に戻って療養に専念した。当時のBは、この体調不良のため原告との婚姻の届出を考えるどころではなくなっており、原告との関係解消を言い出すこともあったが、原告は、Bに電話をかけたり、手紙や現金を送ったりしてBを精神的に支えていた。Bは、平成一三年一〇月ころから二、三か月に一度の頻度で原告の住居に戻るようになり、平成一五年春から原告との同居生活を再開した。原告は、家事全般を担当し、家計を支え、Bに
マッサージを施すなどして、体調の優れないBを物理的、精神的に支えた。
オ Bは、平成一八年になると体調が以前よりは安定し、原告との婚姻の届出を考える精神的余裕ができたことから、原告とBは、改めて婚姻手続をすることについて話し合った。また、Bは、交通事故後の後ろ向きな自分と決別して思い切ったことをしてみようと思い立ち、原告の婚姻のための書類が届くまでの間、ヨーロッパでデザインを学び、アクセサリー製作を本格的に始めることを計画し、原告の承諾を得て、平成一八年六月中旬ころ、オーストリアの美術学校のサマースクールに入学を申し込んだ。Bは、渡航準備を整える一方で、自己の戸籍の新しい記録事項証明書(同年七月一〇日付け)を取り寄せるなど、婚姻の届出のため
の準備を行い、帰国後に婚姻の届出をすることを原告と約束した上で、同年七月一八日、オーストリアに向けて出国した。Bは、同年九月一六日に帰国する予定であった。
カ Bは、平成一八年九月四日、原告が逮捕された旨の電話連絡を受け、原告の身を案じたが、あいにく航空機に空席がなく、予定どおり同月一六日の帰国となった。Bは、帰国後、婚姻の届出を行うため、原告の友人を介して、在日本ガーナ大使館から原告の新しい旅券と婚姻要件具備証明書の発行を受けたが、一旦発行された婚姻要件具備証明書の記載に誤りがあり再発行を受けたことや、その翻訳に時間を要したことなどから、婚姻の届出が受理されたのは、本件裁決及び本件退令発付処分がされた日の翌日(同年一一月八日)であった。
 以上の事実関係によれば、原告とBは、まず原告がBに求婚し、Bもその後の原告との約一年に及ぶ同棲生活を送る中でこれを受入れる気持ちを固め、改めて新居を構えて同所を二人の生活の本拠とし、以後、本件裁決時までの期間に限っても、Bが交通事故後遺症の療養のため実家に戻っていた一時期を挟んで、実に約一六年もの長期にわたる共同生活を続けてきたものであり、この間の原告とBとの生活状況は、婚姻の届出こそないものの、経済的な相互扶助関係を含め、社会一般の夫婦生活と比べても遜色のない、内縁関係と呼ぶにふさわしい実質を備えたものであったことがうかがわれ、一時、Bが交通事故に遭い実家に戻っていたときには、内縁関係解消の危機が訪れたものの、原告の献身的な努力でこの危機を乗り越え、本件裁決の翌日には遅ればせながら婚姻の届出も行ったことが認められる。そして、婚姻の届出が遅れた
ことについても、上記認定の事実によれば、一応それなりの理由があったものということができることをも併せ考慮すれば、原告とBとの関係は、遅くとも本件裁決の時点においては、相互の協力と扶助によって相当程度安定した状態にあったと認めることができるのであって、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むという婚姻の本質に適合する実質的な関係にあったということができる。
なお、以上の事実のほか、《証拠略》によれば、原告はBに対して「バリー」と名乗っていたほか「ポール」という名前も使用していたこと、Bが原告の本名を知った時期についてのBの記憶があいまいであること、Bが原告の新旅券等を申請する時点まで原告の生年月日を正確に記憶していなかったこと、原告がBに話していた原告の家族構成が違反審査時に原告が審査調書別紙に記載した家族構成と異なっていること、原告が就労中に腕を負傷した時期に関する原告とBの供述が齟齬していること、Bが平成一七年八月三〇日に自己名義の旅券の発給を受けていることなど、被告が疑問点として指摘するいくつかの事情も認められるが、前記認定の事実関係に照らし、これらの事情はいずれも原告とBとの真摯な事実上の婚姻関係を否定するに足りるほどのものではないというべきである。
 もっとも、原告は、前記認定のとおり、現行犯逮捕されるまで約一八年にわたって不法残留を継続し、この間不法に就労していたほか、《証拠略》によれば、原告は、所定の期間内に外国人登録法に基づく新規登録申請をせず、また、警察官や東京入管入国警備官及び入国審査官らに対し、自己の本名でない氏名等が記載されたアメリカ合衆国発行の永住者カードを示すなどして、自己の身分事項や入国歴等について嘘の供述をしていたことが認められるのであって、その在留状況が問題のないものであったとは言い難い。また、原告は、稼働能力を有する成人であって、前掲各証拠によれば、原告は、本国で生まれ育ち、本国には母親や弟らが居住していることが認められるから、原告が本国に帰国したとしても、本国での生活に特段の支障はないものと認められる。
しかしながら、不法残留の点は、一定期間を限って本邦への上陸が拒否される事由となるにすぎず(法五条一項九号)、また、不法就労、外国人登録法違反、警察官及び入国審査官らに対する嘘の供述などの点も、それのみで直ちに退去強制事由となるものではないから、これらのことをもって、日本人の事実上の配偶者としての真摯な実体を有する原告に対し、なお在留特別許可を不相当とするような特段の事情とみることはできない。また、本国での生活に支障がないという点も、在留特別許可を積極的に不相当とするような事情ではない。
 以上のことからすれば、東京入管局長は、本件裁決に当たり、原告とBとの内縁関係が婚姻の本質に適合する実質を備えていると認められるにもかかわらず、これを誤認したか、又はこれを過少に評価することによって、原告に在留特別許可を付与しないとの判断をしたものということができる。したがって、他に在留特別許可を不相当とするような特段の事情が認められない以上、上記の判断は、重要な事実に誤認があるために全く事実の基礎を欠く判断、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くために社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかな判断として、裁量権の逸脱、濫用となるというべきである。
四 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について
前記三のとおり、本件裁決は、裁量権を逸脱、濫用した違法な裁決として取り消されるべきである。 
また、退去強制令書は、法四九条一項の異議の申出に理由がない旨の法務大臣の裁決が適法に行われたことを前提として発付されるものであるところ、本件退令発付処分の前提となる本件裁決が取り消されるべきであることは上記のとおりであるから、本件退令発付処分もまた根拠を欠く違法な処分として取り消されるべきである。
五 在留特別許可の義務付けについて
 前記四のとおり、本件裁決の取消しを求める原告の請求には理由があり、かつ、前記三に説示したところに加え、前記認定のとおり、原告とBが平成一八年一一月八日に婚姻の届出をしたことにより、現在(口頭弁論終結時)では、原告とBとの間に法律上の婚姻関係が成立していることが認められることをも併せ考慮すれば、東京入管局長が原告に対して在留特別許可をしないことは、その裁量権の逸脱、濫用になると認められる。
 したがって、行政事件訴訟法三七条の三第五項に基づき、当裁判所としては、在留特別許可をすべき旨を命ずる判決をすべきこととなるが、在留特別許可に係る在留資格及び在留期間等の条件については、法五〇条二項及び法施行規則四四条二項によれば、東京入管局長の裁量により、原告の請求に係る在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間三年との条件のほか、在留資格「永住者」、在留期間無期限との条件、あるいは、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間一年との条件などを附することも可能であるというべきであって、その内容が一義的に定まるものではないから、原告の在留特別許可の義務付けの請求(前記第一の四)については、これに附すべき条件を指定する部分を除いて認容するのが相当である。
第四 結論
以上の次第で、本件訴えのうち在留特別許可をしない決定の取消しを求める部分は不適法であるから却下し、その余の請求のうち本件裁決及び本件退令発付処分の取消しを求める部分並びに在留特別許可の義務付けを求める部分(これに附すべき条件を指定する部分を除く。)はいずれも理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

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