退去強制令書発付処分取消請求事件
平成20年(行ウ)第186号(甲事件)、平成20年(行ウ)第198号(乙事件)
原告:A(甲事件)・B(乙事件)、被告:国(甲事件・乙事件)
東京地方裁判所民事第38部(裁判官:杉原則彦・品田幸男・島村典男)
平成21年3月27日

判決
主 文
1 東京入国管理局長が甲事件原告に対して平成19年11月30日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
2 東京入国管理局主任審査官が甲事件原告に対して平成19年12月11日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
3 東京入国管理局長が乙事件原告に対して平成19年11月30日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく同原告の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。
4 東京入国管理局主任審査官が乙事件原告に対して平成19年12月11日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する外国人である原告らが、それぞれ東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨の認定を受け、東京入管特別審理官から同認定に誤りはない旨の判定を受け、東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から入管法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を受け、東京入管主任審査官から退去強制令書の発付処分を受けたため、上記の各裁決及び各退去強制令書発付処分を不服として、これらの各取消しを求める事案である。
1 前提事実
本件の前提となる事実は、次のとおりである。いずれも証拠等により容易に認めることのできる事実であるが、括弧内に認定根拠を付記している。
 原告らの身分事項について
ア 甲事件原告(以下「原告夫」という。)は、《日付略》、韓国で生まれた韓国国籍を有する外国人の男性である。(乙1、4の1、5)
イ 乙事件原告(以下「原告妻」という。)は、《日付略》、韓国で生まれた韓国国籍を有する外国人の女性である。(乙2、4の2、6)
ウ 原告らは、昭和58年4月に結婚し、両者の間には、《日付略》に長男(以下「訴外長男」という。)が、《日付略》に長女(以下「訴外長女」といい、訴外長男と併せて「訴外子ら」という。)
が生まれた。(乙4の1及び2、5、6、31の4)
 原告夫の過去の出入国及び在留歴等について
ア 原告夫は、昭和62年3月29日、新東京国際空港(現在の成田国際空港。以下「成田空港」という。)に到着し、東京入管成田支局(現在の成田空港支局。以下「成田支局」という。)入国審査官から、在留資格を平成元年法律第79号による改正前の出入国管理及び難民認定法4条1項4号所定のもの(以下、この在留資格を「4-1-4」という。)、在留期間を「60日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
原告夫は、昭和62年5月22日及び同年7月22日、それぞれ在留期間を各「60日」とする在留期間更新許可を受けた。
原告夫は、昭和62年9月24日、成田空港から出国した。(乙1)
イ 原告夫は、昭和63年2月18日、成田空港に到着し、成田支局入国審査官から、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「60日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
原告夫は、昭和63年4月13日及び同年6月9日、それぞれ在留期間を「60日」及び「30日」とする在留期間更新許可を受けた。
原告夫は、昭和63年7月17日、成田空港から出国した。(乙1)
 原告らの今回の入国及び在留状況等について
ア 原告らは、昭和63年9月4日、成田空港に到着し、成田支局入国審査官から、原告夫について、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「30日」とする上陸許可を、原告妻について、在留資格を「4-1-4」、在留期間を「60日」とする上陸許可をそれぞれ受けて本邦に上陸した。
原告らは、その後、在留期間の更新又は在留資格の変更の許可を受けることなく、原告夫について在留期限である昭和63年10月4日を、原告妻について在留期限である同年11月3日をそれぞれ超えて本邦に不法残留した。
原告らは、上記上陸直後ころからおおむね継続して就労し、平成16年9月7日からは、東京都豊島区において焼き肉店を経営するようになった。(乙1、2、5、6、13、14)
イ 原告らは、それぞれ外国人登録法に基づき、平成9年10月16日、居住地を東京都荒川区《住所略》とする各新規登録を受け、同10年10月19日、居住地を同区《住所略》とする各変更登録を受け、同15年6月2日、居住地を東京都台東区《住所略》とする同各登録を受け、同16年10月4日、居住地を東京都豊島区《住所略》とする同各登録を受けた。(乙1、2、5、6)
 原告らに対する退去強制手続等について
ア 原告らは、平成18年4月24日、自ら東京入管に出頭して不法残留の事実を申告するとともに、本邦在留を希望した。(乙3及び4の各1及び2)
イ 東京入管入国警備官は、平成18年10月16日、原告らに係る違反調査をし、同年11月2日、原告らが入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして東京入管主任審査官から各収容令書の発付を受け、同月7日、同各令書を執行して原告らを東京入管収容場に収容した上、同号ロ該当者として東京入管入国審査官に引渡した。原告らは、同日、仮放免を許可された。(乙5ないし7、8ないし10の各1及び2)
ウ 東京入管入国審査官は、平成18年11月7日及び同19年2月6日、原告らに係る違反審査をし、その結果、同日、原告らがいずれも入管法24条4号ロに該当し、かつ、出国命令対象者に該当しない旨各認定し、これらを通知したところ、原告らは、同日、それぞれ特別審理官による口頭審理を請求した。(乙11ないし14、15の1及び2、24)
エ 東京入管特別審理官は、平成19年11月29日、東京入管において、東京都台東区議会議員Cを立会人として原告夫に係る口頭審理をするとともに、原告妻に係る口頭審理をし、その結果、東京入管入国審査官の各認定にいずれも誤りがない旨各判定し、これらを通知したところ、原告らは、同日、法務大臣に対し、異議の申出をした。(乙16、17、18及び19の各1及び2)
オ 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は、平成19年11月30日、原告らの異議の申出にはいずれも理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)をし、同日にその通知を受けた東京入管主任審査官は、同年12月11日、原告らに本件各裁決を通知するとともに、それぞれ韓国を送還先とする退去強制令書発付処分(以下「本件各退令処分」という。)をし、東京入管入国警備官は、同日、同各令書を執行し、原告らを東京入管収容場に収容した。
原告らは、平成20年2月29日、入国者収容所東日本管理センターに移収されたが、同年10月2日、仮放免を許可されて同センターを出所した。(乙20ないし23の各1及び2、28及び29の各1及び2)
 本件訴えの提起
原告らは、平成20年4月1日、本件訴えを提起した。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点
 本件各裁決の適法性
東京入管局長は、原告らにつき在留を特別に許可すべき事情があるとは認められないと判断して本件各裁決をしているが、原告らは本邦における在留状況等を理由として在留特別許可を付与されるべきであって、東京入管局長の上記判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用した違法なものであるということができるか。
 本件各退令処分の適法性
東京入管主任審査官のした本件各退令処分は、違法な本件各裁決を前提とするものとして、違法であるということができるか。
3 当事者の主張の要旨
 争点(本件各裁決の適法性)について
(原告らの主張)
在留特別許可の許否の判断に当たり、法務大臣及び同大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下、併せて「法務大臣等」という。)に一定の裁量が認められることは否定できないとしても、入管法が目的とする「出入国の公正な管理」(入管法1条)とは、国内の治安及び労働市場の安定等の公益、国際的な公平性及び妥当性の実現、憲法、国際慣習及び条理等により認められる外国人の正当な利益の保護を図るための管理を意味するものであるところ、上記の裁量は、このような公益と外国人の正当な権利及び利益の調整を図るという趣旨に羈束されるものである。
そして、次の事情を考慮すれば、本件各裁決が考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮するなどして比例原則に反し、裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用してされたものであることは明らかである。
ア 原告らは、不法入国者ではなく、その本邦滞在期間は長期間に及び、我が国において平穏に生活している。
イ 原告らは我が国において身を粉にして働き、その結果、株式会社aの商号を使用して焼き肉店の営業をすることを許諾されるなど絶大な信頼を得て有限会社を設立し、従業員として日本人約18名を雇用して同店の経営に当たっている。
ウ 原告らについては、入管法違反以外の罪を犯したことはなく、我が国において善良な一市民として生活の基盤を築いているところ、在留資格を有しないという不安定な状況に悩み、その結果、自主的に不法残留事実を申告したものである。
エ 原告らは既に20年近く本国を離れており、原告らの年齢も考慮すると、現段階で帰国しても、住む所はもちろん、就職先を見付けることも困難である。
オ そして、このような原告らについて在留特別許可を付与したとしても、原告らの我が国における特殊な安定的地位に照らすと、他に類似の事例は見いだしがたいから、一般的な不法残留者の取締りの要請に反するとまではいえず、我が国の出入国管理行政に具体的な支障を生ずることはない。
(被告の主張)
ア そもそも、国家は、国際慣習法上、外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約ないし取決めがない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり、憲法上も、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない。
在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦から退去を強制されるべき者に対し、在留を特別に認める処分であって、その性質は恩恵的なものというべきである。そして、在留特別許可の許否の判断に当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治、経済、社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものである。
このように、在留特別許可に係る法務大臣等の裁量の範囲は極めて広範なものであって、極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても、それは、在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するなど極めて特別な事情が認められる場合に限られる。
イ 原告らはそれぞれ入管法24条4号ロ(不法残留)という退去強制事由に該当するところ、不法滞在が長期間継続されたからといって法的保護を受けるものではない。そして、原告らの入国及び在留状況は悪質であり、出入国管理行政上、到底看過することができないこと、原告らが東京入管に出頭申告したのは、不法残留の期間を計画的かつ周到に長期化させた上でのことであること、訴外子らの入国に係る手続では不正な申告書が作成されているところ、原告らはこれに関与したとうかがうことができるから、その遵法精神に疑問を抱かざるを得ないこと、原告らが本国に帰国した場合の不利益は、在留特別許可の許否の判断において考慮すべきではなく、また、原告らが帰国して生活することに特段の支障もないことなどに照らすと、原告らに在留特別許可を付与すべき極めて特別な事情は認められず、本件各裁決に裁量の逸脱又は濫用がないことは明らかであるから、本件各裁決は適法である。
 争点(本件各退令処分の適法性)について
(原告らの主張)
本件各裁決は違法であるから、これを前提とする本件各退令処分も違法である。
(被告の主張)
退去強制手続において、法務大臣等から異議の申出には理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合には、主任審査官は、速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって、退去強制令書を発付するにつき全く裁量の余地はない。
したがって、本件各裁決が前記のとおり適法である以上、本件各退令処分も当然に適法である。
第3 争点に対する判断
1 争点(本件各裁決の適法性)について
 法務大臣等の裁量権等について
入管法50条1項柱書きは、入管法49条1項所定の異議の申出を受理したときにおける同条3項所定の裁決に当たって、異議の申出が理由がないと認める場合でも、法務大臣は在留を特別に許可することができるとし、入管法50条3項は、この許可をもって異議の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨定めているところ、この在留特別許可を付与するか否かの判断は、法務大臣の極めて広範な裁量にゆだねられていると解すべきである。しかし、このような法務大臣の在留特別許可の許否の判断であっても、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものとして、違法というべきものである。そして、このことは、法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長である東京入管局長についても同様に当てはまるところというべきである。
 そこで、以上の判断の枠組みに従って、原告らに在留特別許可を付与しないとした東京入管局長の判断に裁量の逸脱又は濫用があるといえるか否かについて検討する。
ア 証拠(該当箇所に併記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア 原告夫は、《日付略》、韓国の済州島(済州特別自治道)で生まれた韓国国籍を有する外国人の男性である。
原告夫の両親は、既に死亡しており、原告夫の異母弟3人及び異母妹4人は、現在、いずれも韓国で生活している。なお、原告夫の伯母は、大阪府に居住している。
原告夫は、昭和48年、済州島に在る工業高等学校を卒業し、兵役を務めた後、約4年間は大型貨物船の船員として働き、その船舶の乗員として日本各地の寄港地に上陸するなどし、その後の3年間か4年間は原告夫の実家の農業に従事するなどして、この間、前記第2の1の前提事実(以下「前提事実」という。)ウのとおり、同58年4月に原告妻と結婚した(ただし、戸籍上の婚姻申告日は、同62年11月10日である。)。(甲1、乙4の1、5、13、16、17、31の4、原告夫本人)
イ 原告妻は、《日付略》、韓国の済州島で生まれた韓国国籍を有する外国人の女性である。
原告妻の両親は、既に死亡しており(なお、原告妻の母親の死亡日は、《日付略》である。)、原告妻の異母姉1人、兄2人及び弟1人は、現在、いずれも韓国で生活している。
原告妻は、昭和51年、済州島に在る中学校を卒業し、原告妻の実家の農業に従事するなどし、前記アのとおり、同58年4月に原告夫と結婚した後、前提事実ウのとおり、《日付略》には訴外長男を、《日付略》には訴外長女をそれぞれ出産した。(甲5、乙4の2、6、14、17、31の4、原告妻本人)
ウ 原告らは、結婚後、原告夫の実家の農業に従事していたが、収入が少なく、相当程度の負債があってその返済もままならないため、原告夫において稼働目的で来日することを思い立ち、前提事実のとおり、原告夫は、昭和62年3月29日から同年9月24日まで、同63年2月18日から同年7月17日まで、それぞれ「4-1-4」の在留資格をもって本邦に在留し、いずれも埼玉県川口市内のパチンコ店で不法就労するなどした。(甲1、乙13、14、16、17、原告夫本人)
エ さらに、原告らは、夫婦そろって少なくとも数年間は日本で稼働することを思い立ち、訴外子らを原告妻の母親(訴外子らの祖母)に預け、前提事実アのとおり、昭和63年9月4日、いずれも「4-1-4」の在留資格をもって本邦に上陸した。
原告らは、来日後、2箇月間か3箇月間は埼玉県川口市内のパチンコ店で働き、原告夫は、その後、東京都台東区内のラーメン店での勤務を経て、平成元年ころからは、Dが代表取締役を務める株式会社aの経営する焼き肉店でホール係として働くようになった。なお、株式会社aは、原告夫が働き始めた当時は十数店舗の焼き肉店を経営していたところ、現在では、全国でおよそ50の焼き肉店、従業員約2000名を擁し、これらの店舗はすべて直営で、業界内で最も売上げの多い企業である。また、Dは、現在、農林水産省認可に係る事業協同組合である加盟店舗数約2000の全国焼肉協会の会長も務めている。
株式会社aでは、当初、適法に本邦で就労することができる在留資格の有無をさほど問うことなく、本邦に在留する外国人を従業員として雇っていたが、平成11年前後ころ、外国人の不法就労者の存在が社会問題として表面化してきたことから、このころ、同社で働いていた不法就労者をすべて解雇し、原告夫も、これに前後して同社を辞めた。
なお、株式会社aは、前記のとおり、焼き肉店を直営する経営方針を採っており、「a」という商号を使用させて他者に焼き肉店を経営させるフランチャイズ事業は行っていないものの、Dとの個人的関係等により、これまでに数店、他の経営者に「a」の商号を使用して焼き肉店を経営することを許諾したことがあるところ、平成12年当時、このような店舗として東京都豊島区内に「b」があり、株式会社aとは資本関係なく、Dの幼なじみが同店を経営していた。そして、株式会社aを辞めた原告夫は、このころからbの店長として働くようになり、上記のDの幼なじみと共にDを訪れるなどして、Dとの交際は絶えなかった。
他方において、原告妻は、上記のとおり、2箇月間か3箇月間ほどパチンコ店で働いた後、胆石を患った約1年間を除いて東京都台東区内の飲食店数店等で順次働くなどし、平成12年ころからは、原告夫が店長を務めるbで働いた。
原告らは、上記の来日後、2年ほどして負債を返済することができ、このころか、あるいはその後1年が経過したころから、本国である韓国で原告妻の母親と共に暮らす訴外子らに対し、月額7万円から10万円ほどの仕送りをするようになった(なお、訴外子らは、《日付略》に原告妻の母親が死亡した後は、原告妻の兄の子と共に暮らしていた。)。(甲1、5、6、乙4の1及び2、5、6、13、16、17、証人D、原告夫本人、原告妻本人)
オ 前記エのbの経営者は、平成14年ころに病を得て同16年3月ころに死亡し、同店は廃業することになったので、原告夫を含め、同店の従業員は職を失うことになった。原告夫は、不法残留の身では新たに就職先を見付けることは難しいと考え、また、同店の従業員たちも営業を継続したいと要望していたことなどから、自ら焼き肉店を経営することを決意し、Dにその援助を願い出た。Dは、原告夫が不法残留者であることは知っていたものの、株式会社aに勤務していたころの働きぶりやその人柄などを極めて高く評価していたことから、これを快諾し、焼き肉店の新規開店に必要な約4200万円の資金のうち約2500万円について、Dが自ら貸すか、他からの借入れを保証するなどして原告夫に資金援助をしたほか、原告夫が株式会社aの商号を使用して営業を行うことを許諾した。そこで、原告夫は、友人から更に約2000万円を借り入れるなどし、同年9月7日に東京都豊島区において「c」を開店し、原告妻と共にその経営に当たることとした。
cの開店に当たり従業員となったのは、bの元従業員らであった。これまでcで従業員として働いた者のうち、2人は適法に就労することができる在留資格を有する外国人であり、その余の十数人の従業員は、すべて日本人である。
その後、原告夫は、cの経営を会社組織で行うため、平成17年12月26日に有限会社cを設立し、その取締役に就任した。
Dの経営する株式会社aと原告夫の経営する有限会社c’ の間には、資本関係はないが、来店客に提供する肉、漬物、焼き肉のたれ等は、前者の工場から後者の店舗に直接配送されており、Dが確認したところ、cにおける接客等は、株式会社aの直営店におけるものと比べそん色のないものであった。なお、株式会社aの商号を使用することの許諾を得ている店舗は、現在では、cのみである。(甲2、6、乙4の1及び2、5、7、13、14、25、証人D、原告夫本人、原告妻本人)
カ cの営業時間は、毎日午前11時30分から翌日午前3時までで、年中無休である。原告夫は毎日午後5時ころから閉店まで勤務し、また、原告妻は毎日午前10時ころから、日によって午後6時ころ又は午後10時ころまで勤務し、それぞれ週に1日か2日の休暇を取っていた。
原告夫が有限会社c’ から受ける報酬は月額約120万円であり、原告妻のそれは月額約50万円であったが、遅くとも原告らが収容された平成19年12月11日ころから、原告らはcの経営を従業員のマネージャーに任せ、報酬を受領していない。
原告らは、肩書地のマンションを月額19万円の賃料で賃借しているが、原告らが東京入管に出頭した平成18年4月24日当時、合わせて約1000万円の預貯金を有しており、現在はこれを生活費等に充てている。
また、原告夫は、韓国の実家の土地家屋を所有しているが、家屋については長年住む者がなく、居住に適さない状態であり、土地(農地)については原告夫の親族が管理している。
なお、訴外長男は、平成18年ころに兵役を終え、専門学校に入学し、このころ、訴外長女も専門学校に通学していたが、訴外子らは、本件各裁決及び本件各退令処分がされた後の同20年4月3日に来日し、いずれも「就学」の在留資格で日本語学校に通学するなどし、現在は肩書地で原告らと共に生活している。(乙4の1及び2、5、7、13、14、16、17、34、原告夫本人、原告妻本人)
キ 原告らは、日常会話程度の日本語には通じており、平成18年10月16日に実施された違反調査(前提事実イ)、同年11月7日及び同19年2月6日に実施された違反審査(前提事実ウ)及び本件訴訟において実施された原告本人尋問では、いずれも通訳を介さずに質問を受けて供述した。(乙5ないし7、11ないし14、原告夫本人、原告妻本人)
なお、原告らについて前科前歴があることをうかがわせる証拠はない。
ク なお、原告らが平成18年4月24日に自ら不法残留の事実を申告した後の経過は、前提事実のとおりである。
イ 原告らは、前提事実アのとおり、本邦に不法残留したものであり、入管法24条4号ロ所定の退去強制事由に該当する者であるから、原告らがいずれも法律上当然に退去強制されるべき外国人に当たることは明らかである。
ウ 在留特別許可の許否の判断に当たっての消極的要素について
ア 前記アの認定事実(以下「認定事実」という。)及び前提事実によれば、原告らは、当初から稼働目的を有していたにもかかわらず、そのような目的を有することを秘して本邦に上陸したものであるところ(認定事実エ)、このような原告らの行為は、原告らの入国目的にかかわる日本国政府の認識を誤らせ、適正な出入国管理行政を阻害するものであり、しかも、原告夫についてはそのような入国が今回で3回目になるのであるから(認定事実ウ及びエ)、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
イ また、原告らは、本件各裁決に至るまで、20年を超える期間本邦に不法残留し、かつ、不法就労に従事して(前提事実ア、オ、認定事実ウからカまで)、長期間にわたり継続的に相当額の金員を韓国に送金していたものであるから(認定事実エ)、これらの事実は、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
ウ さらに、原告らは、昭和63年9月4日に本邦に上陸した後、平成9年10月16日に至るまで外国人登録法に基づく新規登録を受けていないところ(前提事実)、これは同法18条1項1号の定める罰則規定に抵触するものであるから、在留特別許可の許否の判断において、消極的要素として評価されるべきものである。
エ なお、被告は、訴外子らの入国に係る手続で不正な申告書が作成されていることを問題とするが、同申告書は、平成20年3月28日(乙30)、同年6月9日(乙32)及び同19年11月22日(乙33)に各作成されたものであるところ、本件各裁決がこれら申告書の記載内容を資料としてされたものであることをうかがわせる証拠はなく、また、原告らが上記の各申告書の作成に関与したことを認めるに足りる証拠もない。
エ 在留特別許可の許否の判断に当たっての積極的要素について
ア 他方において、原告らは、平成18年4月24日、自ら東京入管に出頭して不法残留の事実を申告しているところ(前提事実ア)、このような事実は在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものであり、このことは、昭和56年5月15日に開議された第94回国会衆議院法務委員会において入国管理局長が「潜在不法入国者のうちには、子供がいよいよ学齢に達したとか、そういう事情からみずから名のり出て、先生のおっしゃいましたいわゆる自主申告をする人がおります。こういう場合には、私どもといたしましては、当然、情状を考慮するに当たりましてプラスの材料と考えております。」と答弁していること(乙26)によっても裏付けられる(なお、同委員会において、入国管理局長は、「個々の事案につきましては、その不法入国者の居住歴、家族状況等、諸般の事情を慎重に検討して、人道的配慮を要する場合には特にその在留を認めているわけでございます。したがいまして、不法入国者が摘発されまして強制退去の手続がとられた後でも、法務大臣の特別在留許可がこういう場合には出るということになります。」、「それでは、その居住歴というのは何年ぐらいかということは、現在はっきり何年ぐらいと申し上げることはできません、個々のいろいろなケースの中身によるわけでございますから。しかし、十年以上は居住歴があるということが必要でございましょうし、それから家族状況の場合でも、日本人と結婚しているとかあるいは日本にすでに生活の本拠を築いてしまった、こういう場合が想定されております。」とも答弁している。)。
これについて、被告は、原告らがcを開店させた上で上記の自主申告をするに至ったのは、在留特別許可を得るために計画的かつ周到に不法残留を長期化させた結果にすぎず、その態様は悪質である旨主張するが、長年にわたり本邦に在留する不法残留者又は不法在留者については、我が国において形成した家族関係又は財産関係等のそれぞれの事情に応じた目的及び動機に基づき、適法な在留資格を得るために自主申告するに至るのであって、殊更に逃亡又は潜伏生活を送って入国管理局又は警察による摘発等を免れ、不法在留期間を長期化させて自主申告の時機をうかがっていたなどの特別の事情があるならばとも
かく、そうでない場合に自主申告の態様を悪質と評価することは相当とはいえない。そして、前提事実、認定事実ウからカまで及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは遅まきながら平成9年10月16日には外国人登録法に基づく新規登録を受け、我が国において平穏な生活を送ってきたものと認めることができるのであるから、被告の上記主張は採用することができない。 
イ ところで、このように原告らが東京入管に自主申告したのは、原告らがcの経営を継続しながら本邦において適法に在留することを希望したためであるところ(乙3及び4の各1及び2)、確かに、原告らが我が国において形成した財産関係は、原告らの不法残留及び不法就労の継続という違法状態の上に築かれたものであって、このような違法状態の上に築かれた関係は、当然に法的保護に値するものではない(最高裁昭和53年(行ツ)第37号同54年10月23日第三小法廷判決・裁判集民事128号17頁参照)。
ただし、その財産関係の内容及び性質を子細に見ると、まず、原告夫は株式会社aの商号を使用して営業を行うことを許諾されているところ(認定事実オ、なお、会社法9条参照)、著名かつ有力な企業である同社(認定事実エ)の商号を使用する権限はそれのみで相当に高い経済的価値を有するものと容易に推認することができる。
しかも、このような権限は、現在では原告らの経営するcの営業に関してのみ与えられており(認定事実オ)、これは株式会社aの代表取締役であるDの原告夫に対する高い評価に基づいて与えられたものであるから、原告らの一身に専属する性格が強く、原告らが有限会社c’ の経営権を他に譲渡したり、cの営業を他に譲渡したとしても、その譲受人が株式会社aの商号を使用したり、同社の工場から食品の直接配送を受ける取引関係を継続することはできないものと認めることができる。したがって、原告らは、このような経営権又は営業の譲渡によっては、cの営業に投下した資本及び労力を回収することができず、原告らにとって、cの営業は極めて企業継続価値が高く、自らその経営に当たらなければ維持することのできないものということができる。
ウ そうとすれば、退去強制によって原告らの上記の財産的利益をすべて失わせることは、いささか酷であるといわざるを得ない。また、原告らは、cにおいて不法在留者を雇い入れたことはなく、その限りでは我が国の出入国管理行政を阻害しておらず、むしろ少なくとも十数名の日本人の雇用確保に貢献していること(認定事実オ)なども併せ考慮すると、これらの事情は、在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものと認めるのが相当である。
これについて、被告は、原告らのように、飲食店の経営者として、単なる従業員の立場よりも大規模に収益活動をしている者に対し安易に在留特別許可を付与することは、不法残留の上、大規模に不法就労しようと画策することを助長することになり、このような事態を容認すれば、不法就労目的の不法残留者の増加を招きかねず、治安維持等の観点からも看過できない状態に陥るおそれもあり、出入国管理行政上、到底容認できるものではないと主張するところ、確かに、一般的にはそのような側面があり得ることは否定し難いもの
というべきであろう。しかしながら、在留特別許可を認めなかった法務大臣等の裁決の取消訴訟において、上記の側面を強調して、我が国に生活上の経済的基盤を有するという事実があっても、このような経済的理由をもってしてはおよそ裁量の逸脱又は濫用を認める余地がないとすることは相当ではない。また、原告らの形成した財産関係が特殊な部類に属するものであることは、前記認定のとおりであり、単なる賃金労働者の事案や通常の事業経営の事案とは異なる要素が多いのであるから、これを積極的要素として評価しても、直ちに不法就労を助長し、その増加を招くとまではいえないものというべきである。さらに、本件では、原告らは不法残留事実を自主申告しているところ、およそ経済的理由による在留特別許可を認める余地がないとすることは、このような自主申告を断念させる萎縮的効果を生じさせることになり、かえって法秩序維持等の観点にそぐわない可能性もあるのであるから、被告の上記主張を全面的に採用することはできない。
エ また、原告らは、昭和63年9月4日に来日してから本件各裁決がされた平成19年11月30日に至るまでの20年を超える本邦在留の結果、日常会話程度の日本語には通ずるようになっており、また、原告らには前科前歴があるとはうかがわれない(認定事実キ)。そして、原告らに在留資格が与えられることを希望する旨の嘆願書には、約460人の者が署名しているところ(甲4)、これらの事実は、在留特別許可の許否の判断において、積極的要素として評価されるべきものである。
オ 本件各裁決に係る裁量の逸脱又は濫用について
以上認定の事実によると、原告らは、稼働目的で本邦に不法残留し、かつ、不法就労に従事するなどしたものではあるが、長期間にわたって正に身を粉にして働いた結果、著名かつ有力な企業である株式会社aの経営者であるDから高い評価と信頼を受け、同社の商号を使用して焼き肉店の営業を行うことを許諾され、同社との業務上の緊密な協力関係の下に、相当数の従業員を雇用してcの営業を行う経営者の地位を築き上げたものであること、上記のcの営業は経済的価値の高いものであるが、原告夫とDとの間の個人的な信頼関係に基づく一身専属的な性格が強く、その営業権を他に譲渡するなどして経済的価値を具体的かつ即時に実現回収することは困難であり、また、原告らが退去強制されるとその営業の継続は困難であること、原告らについて、主に経済的事情を理由に在留特別許可を付与すべきであると判断しても、それが直ちに不法就労を助長し、稼働目的の不法残留者の増加を招くとは考え難いこと、原告らは、不法残留に関連することを除くと、前科前歴もなく、平穏な社会生活を送っており、日本社会にも生活の根を下ろして受入れられており、原告らに在留資格を付与することを求める多数の嘆願書が寄せられていること、原告らは、本邦に適法に在留することを希望して、自ら東京入管に出頭し、不法残留の事実を申告していることなどの事実が認められるのであるから、これらの事実を総合考慮すると、原告らについては、在留特別許可を付与すべきであると判断する余地が十分にあるものと認めることができる。他方において、被告の主張に照らすと、本件各裁決に当たり、東京入管局長は、原告らの形成した財産関係の特殊性について特段の考慮をしなかったものと認めるほかなく、また、自主申告の事実についても、態様が悪質であるなどと評価しているというのであるから、前記の積極的要素を適切に考慮していたとしてもその結論に影響がなかったとは到底考えられないところである。
したがって、これらの積極的要素を考慮しなかった本件各裁決は、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであると認めることができるから、東京入管局長が裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用してされたものというべきである。よって、本件各裁決は違法であり、取り消されるべきものである。
2 争点(本件各退令処分の適法性)について
本件各裁決が違法であることは前記1のとおりであるから、これらを前提とする本件各退令処分も違法であり、取り消されるべきものである。
第4 結論
よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

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