在留期間更新不許可処分取消請求事件
平成6年(行ウ)第24号
原告:A、被告:法務大臣
大阪地方裁判所第7民事部(裁判官:福富昌昭・倉吉敬・小林康彦)
平成7年8月24日
判決
主 文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が原告に対して平成六年二月一四日付けでした在留期間の更新不許可処分を取り消す。
第二 事案の概要
一 本件は、日本人男性との婚姻の届出をし、「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留
していた大韓民国の国籍を有する原告が、被告から、実質的な婚姻関係がないという理由で在留
期間の更新を不許可とされたことから、右処分の取消しを求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実
1 原告は、大韓民国の国籍を有する外国人であるところ、平成元年九月二三日、出入国管理及
び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下、右改正前の同法を「旧法」と、
右改正後の同法を「法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格で上陸の許可を
受けて本邦に入国し、同年一二月二〇日に本邦から出国した。原告は、平成二年一月一一日再
び、同じ在留資格で上陸の許可を受けて本邦に入国し、在留期間更新を一回許可されて、同年
二月八日に本邦から出国し、さらに、同年三月二四日、三たび、同じ在留資格で、在留期間を
九〇日とする上陸の許可を受けて本邦に入国した。
2 原告は、同年六月一二日、大阪市東成区長に対し、日本人であるB(以下「B」という。)との
婚姻の届出をした上、同月一八日、被告に対し、法二条の二、別表第二所定の「日本人の配偶者
等」の在留資格への変更を申請し、同年一〇月一六日その旨の許可を受けた。原告は、その後五
回にわたり在留期間の更新を受け、その在留期限は平成五年六月二二日となった。
3 原告は、同月一五日、さらに在留期間更新の申請をしたところ、被告は、平成六年二月一四日、
更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、右申請を不許可とした(以下「本件処
分」という。)。
4 被告は、本件処分後の平成六年二月一六日、原告に対し、在留資格を「短期滞在」とし、在留
期間を九〇日(在留期限は平成五年九月二〇日)とする在留資格の変更を許可するとともに、
併せて、在留期間を各九〇日とする二回にわたる在留期間更新の許可をした(最終の在留期限
は平成六年三月一九日となる。)。
三 争点
1 本件訴えの適否(訴えの利益の有無)
 被告の本案前の主張
原告は、本件処分後の平成六年二月一六日、在留資格を「短期滞在」に変更する旨の在留資
格変更の許可申請をするとともに、在留期間を各九〇日とする二回にわたる在留期間更新の
許可申請をしたので、被告は、前記二4のとおり、それぞれ原告の申請どおりの許可をした。
ところで、法は、外国人に対して在留を許可するに当たっては、常に一個の在留資格及び在
留期間を定め、我が国に在留する間は、常時単一の在留資格及び在留期間をもって在留する
ものとする仕組みを採っているから、原告の在留資格が既に「短期滞在」に変更されている
以上、現時点で本件処分が取り消されたとしても、原告に対し右変更前の「日本人の配偶者
等」としての在留資格で在留期間の更新を許可する余地はなく、本件訴えは訴えの利益を欠
く。
 原告の反論
法が、単一の在留資格及び在留期間をもって在留するという制度を採用しているものとは
いえない。
仮にそうでないとしても、原告は、本件処分後、担当係官の説明を受けた結果、本件処分の
適否は裁判で争うが、既に在留期限を徒過しているので、在留期間更新の許可は受けておく
必要があるものと考えて、被告主張の各申請をしたものであり、在留資格の変更の許可を求
める意思はなかった。したがって、原告のした右各申請が、「短期滞在」の在留資格への変更
とこれを前提とした在留期間の更新の各許可を求めたものと解されるのであれば、原告のし
た右各申請には錯誤があり無効である。
2 本件処分の適否(実質的婚姻関係の有無)
 原告の主張
原告とBは、平成二年三月ころ知合い、結婚を前提として交際するようになり、婚姻の届
出をして同居し、その後、原告の肩書住所地であるマンションに転居して現在に至っている。
この間の一時期、Bが家を留守にしていたことはあるが、これは、Bが鉄筋工に従事し出張
が多かったこと、Bが借金をしていて債権者の取立てから逃れる必要があったこと、右マン
ションの賃料が高かったこと等によるものにすぎず、原告とBが夫婦として暮らしていたこ
とに変わりはない。
したがって、本件処分は、処分の基礎とされた重要な事実に誤認があって、裁量権の範囲
を逸脱し、又は濫用にわたるものとして、違法である。
 被告の主張
原告とBは、合理的理由もないのに別居しており、本件処分前の調査段階における両名の
供述には、婚姻に至る経緯やその後の生活状況等の重要な部分につき、通常の夫婦にはみら
れない食い違いや不自然な部分が多かった。被告は、このような事情を考慮して、両名の間
には実質的婚姻関係はなく、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由はないと判
断したものであり、本件処分に裁量権の範囲の逸脱又は濫用はない。
第三 判断
一 争点1(本案前の争点)について
前記争いのない事実に、甲第一号証、第一二、第一三号証、乙第五号証、第六号証の一、二、第
一七号証、第二〇号証、証人B及び同Cの各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、本件処
分の通知(甲第一号証)を受けた原告は、平成六年二月一六日、Bとともに大阪入国管理局を訪れ、
統括審査官であるC(以下「C」という。)と面談したこと、Cは、原告が日本語に堪能でないこと
から、主としてBに本件処分の趣旨等を説明したが、その過程でBから、本件処分を撤回しても
らうことができないかとその方法の有無等について尋ねられたので、裁判で右処分を争う以外に
これを是正させる方法はないと答えるとともに、既に平成五年六月二三日以降、在留許可の期限
が切れていることを指摘し、もはや合法的に日本に在留することができる途は九〇日ごとに更新
許可が必要とされる「短期滞在ビザ」(原告の場合の最終在留許可期限は平成六年三月一九日とな
る。)によるほかないと説明したこと、B及び原告はCからの説明を聞いて、とりあえずCの指示
に従うしか仕方がないと判断し、Cにもその旨述べたため、Cは両名に対し、受付の窓口で、在留
資格変更許可申請書用紙一通及び在留期間更新の許可申請書用紙二通をもらって、所要事項を記
入の上提出すればよいことを教示したこと、なお、Cは、ここで在留資格の変更をしてしまうと、
本件処分の適否を訴訟で争う余地がなくなるとの認識までは有していなかったこと、ところが、
原告らは、受付の窓口で在留期間更新許可申請書用紙三通を受け取り、Bが所要事項を記入し、
原告がこれに署名した上提出したこと、しかるに、この三通の在留期間更新許可申請書はそのま
ま受理され、その経緯は必ずしも明らかでないものの、このうちの一通については、原告に無断
で、その「在留期間更新許可申請書」という表題中の「更新」の二文字が抹消されて、その上に「変
更」と書き加えられ、これを前提として、在留資格を「短期滞在」に変更し在留期間を九〇日とす
る旨の在留資格変更許可のスタンプが押捺されたこと(乙第五号証)、そして、残りの二通につい
ては、それぞれ、在留期間を各九〇日とする在留期間更新許可のスタンプが押捺されたこと(乙
第六号証の一、二)、以上の事実が認められる。
右認定事実によれば、在留資格変更許可のスタンプが押捺された乙第五号証は、定型の在留期
間更新許可申請書であって、定型の在留資格変更許可申請書用紙に設けられている「希望する在
留資格」欄や「在留資格変更の理由」欄のないことはもとより、在留資格の変更を窺わせるような
記述は一切ないのであるから、これをもって、原告が、その在留資格を「短期滞在」に変更するこ
との許可を求める意思を表示したものということはできない(ちなみに、「在留期間変更許可申請
書」という訂正後の表題を前提としても、その意味内容は不明といわざるを得ず、この訂正自体
原告に無断でされたものであるから、問題にならない。)。結局、原告及びBは、Cの説明の趣旨を
理解し得ないまま、とりあえず在留期間更新許可申請書を三通出しておけば、既に在留期限が経
過していることによる不法滞在の外形がなくなり、当面我が国に在留し得るという漠然とした考
えから、このような書面を提出したものと推認される。なお、原告が受け取った本件処分の通知
書(甲第一号証)には、「あなたが出国の意思を有し、出国準備のため短期間の在留を希望する場
合には、……大阪入国管理局に出頭し、所定の手続を行ってください。」と記入されていることが
認められるけれども、原告が、本件処分に従って出国する意思で大阪入国管理局に赴いたものと
も認め難いので、この通知書の記載によっても、右認定は左右されない。
以上のとおりであるから、原告が「短期滞在」に在留資格を変更する旨の許可を申請したもの
とみることはできない。そうすると、被告がした在留資格変更許可処分は、その旨の申請行為が
ないのにされた無効のものというほかはなく、右処分を前提とする二度にわたる在留期間更新許
可処分も無効のものというべきである。したがって、本件訴えが訴えの利益を欠くとする被告の
主張は、前提を欠き、採用することができない。
二 争点2について
1 前記争いのない事実に、甲第二ないし第七号証、乙第七、第八号証、第九号証の一ないし八、
第一〇号証の一ないし六、第一一号証の一ないし八、第一二ないし第一四号証、第一五号証の
一、二、第一六号証、第二四号証、証人Bの証言(甲第一三号証の陳述書を含む。)及び原告本人
尋問の結果(甲第一一号証の陳述書を含む。)(ただし、各陳述書を含む両名の供述中、後記措信
しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
 前示のとおり、原告は、比較的短期間のうちに、旧法四条一項四号に該当する者としての
在留資格で、三度にわたり我が国への入出国を繰り返したものであるが、これは、在日韓国
人であるDことD’(以下「D」という。)と交際していた女性の勧めによるもので、原告は、
同女の紹介により大阪市内のスナック等の飲食店で働いていた。Bは、原告が働いていたス
ナックの客であり、鉄筋工に従事しながら一人暮らしをしていたものであるが、韓国語はほ
とんどわからず、一方、原告も、大韓民国に残した子供があり、当時は日本語がほとんどわか
らなかったが、勤めていたスナックの関係者から、日本人と結婚したら長く日本で働けるか
ら、Bと交際するとよいと勧められていた。こうして、原告とBは、原告が三度目に来日し、
その在留期限が近づいた平成二年六月一二日に婚姻の届出をしたが、その婚姻届(乙第二三
号証)に署名している証人二人のうち一人は、前記のDであるところ、同人は、大阪入国管理
局において偽装結婚のブローカーと目されている人物であり、もう一人は、原告もBも知ら
ない人物であった。原告は、同月一八日に、在留資格を「日本人の配偶者等」に変更する旨の
許可申請をしたが、その申請の際提出された回答書には、Bを知ったのは日本人Eの紹介に
よるものであるという虚偽の事実が記載されていた(乙第八号証)。
 原告は、右婚姻届出の前である平成二年五月二九日、大阪市東成区東小橋《住所略》のマン
ション(以下「東小橋のマンション」という。)に入居し(乙第二一号証)、平成三年四月一一
日、原告の肩書住所地である同市中央区日本橋《住所略》のマンション(以下「日本橋のマン
ション」という。)を賃借して転居し(甲第六号証)、平成五年四月ころからスナックを経営す
るようになって現在に至っている。一方、Bの住民基本台帳(乙第一一号証の一ないし八)に
よると、Bは、婚姻届出をした平成二年六月一二日に東小橋のマンションに入居し、平成三
年一一月六日に日本橋のマンションに転居し、同年一二月一六日に同市西成区梅南《住所略》
のアパートに転居し、平成四年二月二七日に再び日本橋のマンションに戻ったことになって
いる。
しかし、平成六年一月一一日の朝、大阪入国管理局の係官が日本橋のマンションを訪れた
ところ、同所には、原告が経営するスナックのマネージャーをしているFと原告がおり、F
は、当初、自分がBである旨虚偽の事実を述べたが、原告は、係官の質問に対し、Bは友人宅
にいて留守であり、連絡先、仕事先は知らないと答えた(乙第一四号証、第二四号証)。同月
一七日、Bは大阪入国管理局に出頭し、平成五年五月ころから大阪市西成区萩之茶屋所在の
ホテルを借りていていること及びFがしばしば日本橋のマンションに泊まっていることを認
めたところ(乙第七号証)、その後の同局の調査の結果、Bは、同年四月以後右ホテルに宿泊
し、専ら同所を本拠として生活していることが判明した(乙第二四号証)。
また、東小橋のマンションは、平成二年五月二九日にDが保証人となってBが賃借したこ
とになっているところ(乙第二一号証の賃貸借契約書)、Bは、Dが保証人であることすら認
識しておらず(B証言)、同人が、真実、権利金等を支払って右マンションを賃借したものか
は疑わしい。 
2 右認定事実によれば、原告とBは、当初同居していた時期のあることは窺えるものの、その
間に実質的婚姻関係があったものということはできず、むしろ、原告とBは、日本で長期間安
定して働くことのできる在留資格を原告に得させるための便法として、婚姻届を作成提出した
ものであって、右届出当時両名に婚姻意思はなかったものと認められる。証人Bの証言(甲第
一三号証の陳述書を含む。)及び原告本人の供述(甲第一一号証の陳述書を含む。)中、右認定に
反する部分は、前認定の婚姻届出提出に至る経緯及びその後の別居の状況等に照らして、信用
できないし、別居の理由として原告が主張する事由も、家賃が高いからBのみ他に引っ越して
原告と別居したというなど、およそ合理性がなく採用し難い。
3 したがって、本件不許可処分に裁量権の範囲の逸脱または濫用のないことは明らかであり、
本訴請求は理由がない。

在留期間更新不許可処分取消請求事件
平成6年(行ウ)第344号
原告:A、被告:法務大臣
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:佐藤久夫・橋詰均・徳岡治)
平成7年10月11日
判決
主 文
一 被告が平成六年一〇月二四日付けで原告に対してした在留期間の更新を許可しない旨の処分を
取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三三年一月五日、タイ王国バンコック市で出生したタイ国籍を有する女性であ
るが、昭和五八年八月九日、日本人のB(以下「B」という。)と婚姻し、同年九月一六日、出入
国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。なお、その改正後の同法
を単に「法」という。)四条一項一六号、同法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正
前のもの。)二条一号所定の在留資格(日本人の配偶者又は子)で一年の在留期間を許可され、
わが国に入国した。
2 その後、原告は、昭和五九年九月八日に一年の、昭和六〇年九月六日及び昭和六三年九月九
日にいずれも三年の在留期間の更新許可を受け、平成三年八月二九日、法二条の二及び別表第
二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する者として在留期間を三年とする在留期間
の更新許可を受けた。
3 原告は、平成六年七月二五日、在留期間の更新許可申請をしたが、被告は、原告がBと長期間
同居していないこと等を理由に「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない」
として、同年一〇月二四日付けでこれを不許可とする処分(以下「本件処分」という。)をした。
4 確かに、原告は、Bの経営する会社が経営危機に陥ったことから、債権者の追及を免れるた
め、昭和六二年一月、Bに言われるままBと別居し、本件処分当時も同居していなかったが、原
告としては、やがてBと一緒に暮らせることを考え、Bと連絡を取り合っていたものであり、
法律上も、Bの配偶者の身分を有することに変りはないのであって、本件処分は、何ら合理的
な理由が存せず、被告に許された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法なものであ
る。
よって、原告は、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
2 同4のうち、原告が昭和六二年一月Bと別居し、本件処分当時も同居していなかったことは
認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 在留期間の更新は、「現に有する在留資格を変更することなく」行われるものであるから
(法二一条一項)、その更新申請においては、少なくとも当該外国人が、現に有する在留資格
を付与されるための最低限の条件を満たすこと、すなわち当該在留資格に対応する活動に該
当する活動を引き続き行うものであると認められることが必要である。
 ところで、日本人と婚姻した外国人の場合、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当するた
めには、単に日本人との間に法的に有効な婚姻関係が存在するだけでは足りず、それに加え
て、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動(以下「日本人の配偶者としての活動」と
いう。)を行う者であることが必要である。そして、ここに日本人の配偶者としての活動とは、
配偶者の身分を有する者が行うあらゆる活動を意味するのではなく、社会通念上婚姻関係に
ある配偶者が行うものとされている典型的な活動、すなわち、夫婦として同居・協力・扶助
する活動(民法七五二条)を安定的かつ継続的に行うことをいうものと解すべきである。
したがって、日本人の配偶者である外国人であっても、その婚姻関係が破綻し既に形骸化
している場合には、当該外国人は、日本人の配偶者としての活動を行う者ということはでき
ず、そのような者は、婚姻生活とは別の活動を目的としてわが国に在留する者であり、「日本
人の配偶者等」以外の、その在留の目的に適した在留資格によって在留すべきである。
 原告とBは、昭和六二年一月から長期にわたって別居しており、昭和六三年三月ころ以降
はBから原告に生活費が支払われたこともなく、Bも平成五年の時点で他の女性と同居して
いるのであって、その間、婚姻当事者間において、婚姻関係の修復を目的とする何らかの真
摯な努力が払われてきた事実もなかったことからすれば、原告とBとの婚姻関係は、本件処
分時において破綻し既に形骸化していたことが明らかである。
したがって、原告は、本件処分時において、日本人の配偶者としての活動を行う者とは認
められず、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いていたから、その在留資格
での在留期間の更新を許可する余地がなかったものである。
2 また、外国人の在留期間の更新の許否は、国益保持の見地に立って、申請理由の当否のみ
ならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢
など諸般の事情を考慮して判断されるべきであり、このような判断は、事柄の性質上、国内
外の情勢に通暁し、出入国管理行政の責任を負う被告の広汎な裁量に委ねられていると解す
べきであるから、在留期間の更新を不許可とした被告の処分が違法となるのは、その判断が
全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られ
るというべきである。
 本件において、被告は、①前記のとおり、原告がBと長期にわたって別居し、その間、婚姻
を修復するための真摯な努力もされておらず、本件処分時において、原告にはBと夫婦共同
生活を営もうという意思がなかったと推認され、原告とBの婚姻関係は、破綻し既に形骸化
していたものというべきであるから、このような原告について、「日本人の配偶者等」の在留
資格での在留期間の更新を認める必要性は乏しいこと、②原告は、Bと別居中であった平成
三年八月にした在留期間の更新許可申請の際、Bと同居しているかのごとく装って申請書を
提出し更新許可を得ており、このような原告の行為は、出入国管理秩序を無視する悪質なも
のであって、わが国に在留するための手段として日本人配偶者との婚姻関係を利用しようと
するものであること、③「日本人の配偶者等」の在留資格が人為的に形成される身分関係で
あることから、最近では、わが国での就労活動を目的とする外国人が、この在留資格を隠れ
蓑として悪用する例が後を絶たない状態にあり、このような状況下において、日本人と法律
上の婚姻関係にはあるが夫婦共同生活を営む実体を欠いている外国人についてまで、「日本
人の配偶者等」の在留資格による在留継続を認めるとすれば、偽装婚姻や、婚姻関係の破綻
後もわが国での就労活動のために法律上の婚姻関係を継続するという事案を大量に誘発し、
ひいては出入国管理秩序の破壊、労働市場の侵害等の不都合をもたらすこと、といった諸事
情を勘案して、在留期間の更新を許可しなかったものであって、本件処分には、社会情勢や
出入国管理行政の観点から十分な合理性が認められ、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用
した違法はない。 
3 以上のとおり、原告の「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新については、こ
れを適当と認めるに足りる相当の理由があるとはいえないから、右更新を不許可とした本件処
分は適法である。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の主張1は争う。
「日本人の配偶者等」の在留資格該当性が認められるためには、当該外国人と日本人との間に
法的に有効な婚姻関係が存在することで十分であり、法はそれ以上のものを要求していない。
したがって、日本人との婚姻関係が破綻している外国人であっても、適式の離婚手続によって
婚姻関係が解消されない限り、日本人の配偶者としての身分を有するのであるから、「日本人の
配偶者等」という在留資格に該当する要件に欠けるものではないのである。
そうすると、原告が「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いているとして、在
留期間の更新を許可する余地がなかったと判断するのは誤りである。
2 同2は争う。
原告は、Bと別居してからも、同人との実質的な婚姻関係の復活を願って同人に対し同居し
てくれるよう働きかけを続けてきたのであって、わが国で就労することを専らの目的としてB
との婚姻関係を利用しようとしている者ではない。
したがって、在留期間の更新の許否が被告の裁量判断に委ねられているとしても、原告の右
のような事情を全く考慮しないで、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない
とした被告の判断は事実の基礎を欠き、社会通念上著しく妥当性を欠くものであり、本件処分
は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法である。
3 同3は争う。
第三 証拠関係
本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理 由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
被告は、原告とBの婚姻関係が破綻し形骸化しているとして、「日本人の配偶者等」の在留資格
による在留期間の更新を許可する余地がなく、あるいはその更新を認める必要性が乏しい旨主張
するので、まず原告とBの婚姻関係の推移等についてみるに、前記争いのない事実と成立に争い
のない甲第五号証、第六号証の一、二、乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、
原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、以前わが国に在留していた際にBと知合い、昭和五八年七月、タイの原告の両親の
許を訪れたBから求婚され、同年八月九日婚姻し、同年九月一六日来日した。
来日後、原告は、Bが住んでいた横浜市緑区内のCマンションでBとの結婚生活を送ること
となったが、当時、Bは、株式会社Dという従業員七〇名ほどの規模の運送会社を経営し、原告
に毎月六〇万円程度の生活費を渡しており、原告は近所のスポーツクラブに通うなど、その夫
婦生活は経済的にも余裕のある順調なもので、原告が収入を得るために稼働するという状況で
はなかった。
2 ところが、結婚後三年余りを経過した昭和六一年暮れころから、Bは、会社の経営が思わし
くなくなり、多額の借金を抱えて債権者から逃げ隠れするような事態となり、それまで住んで
いたCマンションもいずれ売却しなければならず、また、債権者等の嫌がらせや追及を免れる
必要もあったことから、原告は、昭和六二年一月、当分は夫婦が別々に暮らした方がよいとの
Bの勧めに従い、やむなく、目黒区内のEコーポ三〇一号室に単身転居し、Bも債権者等の追
及を免れるため、原告には電話番号だけ教え、住所を明らかにしないままCマンションを出た
(原告が昭和六二年一月にBと別居したことは当事者間に争いがない。)。
その後、原告は、後記のとおりBから月々の生活費の支払がなくなったことから、平成元年
二月、家賃のより安い目黒区内のメゾンFに転居し、さらに平成三年六月には、家賃の負担軽
減するために、友人と共同で部屋を借りて生活することとし、目黒区内のロイヤルビル・Gに
転居したが、その友人が結婚したため、平成五年四月、現住所であるリベラHに転居するに至
った。なお、原告は、右各転居について、その都度Bに相談しており、Bも了解していたもので
ある。
3 Bは、別居後、Eコーポの原告の居室へはたびたび訪れていたが、原告がメゾンFに転居し
た後はその居室を訪れることも極めて少なくなり、原告が友人との二人住まいをしていたロイ
ヤルビル・Gの居室には一度も訪れたことはなかった。しかし、この間、原告とBは、月数回は
電話で連絡を取り合っていたし、平成四年七、八月ころまでは二人で会ってもいたものである。
4 Bは、別居後も、概ね月一〇万円から二〇万円の生活費を原告に渡していたが、昭和六三年
三月ころからは生活費を渡さなくなり、ただ平成四年ころまでは原告の求めに応じてその都度
二、三万円ないし一〇万円を渡すということが続いていた。
原告は、自らも生活費を稼ぐ必要から、昭和六二年五月以降、I株式会社で通訳として働く
ようになったが、その後、インテリア関係の勉強を行うため、平成元年四月J学園に入学し、平
成四年三月ここを卒業した後、平成四年七月から、輸入雑貨を取り扱うK株式会社に就職し、
現在に至っている。なお、原告は、右J学園に在学中は、主としてタイの親からの送金で生計を
維持していたものである。
5 原告は、Bとの別居後、たびたびBに対して一緒に生活してくれるよう求めていたが、Bは、
まだ会社の建直しができていないとして応じようとせず、平成四年七、八月ころに会った際も、
一緒に暮らすことを希望する原告に対し、多額の借金があるからあと四、五年待ってくれと述
べ、その後も、原告からBに電話して連絡しあうという状況が続いていた。
平成五年ころ、原告がBに電話をした際に女性が応答したことから、原告は、Bが女性と同
居しているのではないかと疑い、その女性についてBに尋ねたところ、Bは、彼女とは仕事の
関係だけであるとか、彼女にも夫や子供がいるから大丈夫だなどと言い訳し、いずれは原告と
同居するつもりであるとの感じを抱かせる対応をしていた。
6 ところが、Bは、その後しばらくして、原告が電話をしても、まともな応答をしないようにな
り、同居のことも言わなくなった。このような状況のもとで、原告は、平成六年七月、在留期間
の更新時期を迎え、Bに身元保証人になってもらいたい旨求めたところ、Bは、今は収入、資産
がないから保証人になれないという理由でこれに応じなかったため、原告は、父の知人である
L大学医学部のM教授に依頼して身元保証人になってもらい、在留期間の更新許可申請をした
が、同年一〇月二四日付けでこれを不許可とする本件処分がされた(本件処分当時、原告とB
が別居していたことは当事者間に争いがない。)。
7 原告は、その後も、Bに自分の許へ戻ってきてほしいという気持を持っていたが、やがてB
と一緒に暮らしている女性が株式会社DでBの秘書をしていた女性であることが判明し、B
がどうしても原告の許に戻らないというのであれば、きちんとした手続で解決したいと考え、
本件処分後の平成七年三月、弁護士に依頼して、東京家庭裁判所八王子支部に、Bとの離婚と
五〇〇万円の財産分与等を求める調停を申し立てた。しかし、原告としては、現在もなお、Bさ
えその気になればもう一度一緒に暮らしたいと考えているが、Bがどのように考えているかは
明らかでない。
二 右認定したとおり、原告とBは、本件処分時までに約八年間別居状態が続いてはいるものの、
右別居の発端は、Bの会社の経営不振に伴い、債権者からの追及を免れるためにとられた措置で
あり、しかも、平成四年ころまでは、二人で会ったり、電話で連絡したりしていたもので、その関
係が特に不仲になったというわけではなかったこと、その別居期間中、原告はたびたびBに対し
一緒に生活してくれるよう求めたが、会社の再建がまだであるとか、あと四、五年待ってくれと
いわれていたこと、平成五年ころ以降、Bは、他の女性と関係を持つようになり、原告とも会う
ことがなくなったが、電話では連絡を取り合っており、女性関係についても言い訳するなど、原
告との関係を否定しようとはしていなかったこと、Bが原告と同居する意思を示さなくなったの
は、その後しばらくしてからであり、本件処分の一年程前からであること、本件処分当時、原告と
しては、なおBとの婚姻関係を維持、継続する意思を有していたものであり、Bも、必ずしも原
告との婚姻生活の継続を積極的に否定する言動はとっていないことなど、本件に現れた別居の動
機、その後の経緯、両者の関係が疎遠になってからの期間、原告の婚姻継続の意思の程度を総合
考慮すると、原告とBの婚姻関係は、本件処分当時、Bの女性関係の故に破綻に瀕していたとい
うことはできるが、必ずしも、将来、夫婦共同生活をやり直す可能性が全くないなど、その婚姻関
係が未だ完全に回復し難い程に破綻してその実体を失い既に形骸化していたということができな
いことは明らかである(なお、原告は、本件処分後の平成七年三月に、Bとの離婚を求める調停申
立てをしているが、これは、前記認定のとおり、本件処分後に、Bが秘書であった女性と一緒に生
活していることが判明し、Bが原告との同居にどうしても応じないというのであれば、きちんと
処理したいという趣旨で申し立てたものであり、右調停の申立てをもって、本件処分当時、原告
にBとの婚姻関係を維持、継続する意思がなかったと速断することはできない。)。
三 そこで、本件処分の適否について判断するに、在留期間の更新許可は、わが国に在留している
外国人の申請により、現に有する在留資格を変更することなく、従前許可された在留期間に引き
続きさらに一定期間適法にわが国に在留できる法律上の地位を付与する処分であり、したがっ
て、その許可は、当該外国人が現に有する在留資格に属する活動を引き続き行おうとする場合、
すなわち、当該外国人が更新時において有する在留資格に該当する要件を充足していることを当
然の前提としているものであって、その要件を欠く者からの更新の申請はこれを認める余地がな
いことはいうまでもないから、まず、原告が本件処分当時において「日本人の配偶者等」を在留資
格に該当する要件を充足していたかどうかについて検討することとする。
1 本邦に在留する外国人の在留資格は、法別表第一又は別表第二の上欄に掲げられているとお
りであり、別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の下欄に掲げる
活動を行うことができ、別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の
下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができるとされ(法二条の
二第二項)、また、上陸審査においても、入国審査官は、当該外国人の申請に係る本邦において
行おうとする活動が別表第一の下欄に掲げる活動又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地
位を有する者としての活動のいずれかに該当することを審査すべきものとされている(法七条
一項二号)ことなどからすると、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目
して、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与え
て、その入国及び在留を認めることとしているものということができるから、日本人と婚姻し
た外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格によってわが国に在留するためには、当該外国人
がわが国において行おうとする活動が、日本人の配偶者としての活動に該当することが必要と
なるというべきである。
2 もっとも、法別表第二の「日本人の配偶者等」の下欄には、日本人の配偶者としての活動の内
容を個別的・具体的に定めておらず、その活動の範囲を具体的に認識できるような規定も見当
たらないから、結局、社会通念に従って、その内容・範囲を判断するほかないというべきであ
るところ、婚姻は夫婦としての同居・協力・扶助の活動を中核とするものであることはいうま
でもないが(民法七五二条)、例えば、日本人配偶者の一方的な遺棄によって、それらの活動が
できない事態になったとしても、未だその状態が固定化されず、なおその婚姻関係を維持、修
復しうる可能性があるなど、その婚姻関係が実体を失って形骸化しているとみることができな
いような場合には、同居・協力・扶助の関係が失われたことから直ちに、社会通念上日本人の
配偶者としての活動を行う余地がなくなったと断ずることはできないというべきであるし(仮
に、被告が、夫婦としての同居・協力・扶助の関係が失われればそれだけで当然に日本人の配
偶者としての活動を行うとはいえないと主張する趣旨であれば、それは当裁判所の採用すると
ころではない。)、他方、既にその婚姻関係が回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、
継続する意思もなく、婚姻関係がその実体を失い形骸化しているような場合には、もはや社会
通念上夫婦としての活動を行う余地があるものとはいえないから、かかる外国人配偶者がわが
国で行う活動は、夫婦としての活動というよりも、就労など他の目的をもった活動というべき
であって、そのような者までを、単に日本人と法律上の婚姻関係にあるというだけで、日本人
の配偶者としての活動を行う者に当たるということは困難であり、かかる外国人について、「日
本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないといわざるをえない。
3 原告は、日本人と法的に有効な婚姻関係にある外国人であれば、日本人の配偶者という身分
を有することのみで、「日本人の配偶者等」の在留資格を有する者であり、たとえ婚姻関係が破
綻しているとしても、適式に離婚していない以上、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められ
る旨主張するが、前示のとおり、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目
し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与える
こととした趣旨と解すべきであり、「日本人の配偶者等」の在留資格も、当該外国人が、わが国
でその身分を有する者としての活動として社会通念上予想される活動を行うことに着目して、
これを認めることとしたものとみるのが相当であって、原告の主張は法の趣旨に合致せず、採
用することができない。
4 右のような見地に立って、本件についてみるに、本件処分当時、原告とBの婚姻関係が未だ
完全に破綻してその実体を失い形骸化しているといえないことは既に検討したとおりであり、
原告に、社会通念上日本人の配偶者としての活動を行う余地がなくなったということはできな
いから、原告が、本件処分当時、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いていた
ということはできず、右要件を欠いていたことを理由に、「日本人の配偶者等」の在留資格によ
る在留期間の更新を許可する余地がなかったとする被告の主張は、失当である。
四 ところで、一定の在留資格に該当する要件を充足する外国人も、当然にはわが国で在留を継続
する権利を有するとはいえないのであって、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかど
うかの判断は、国内の治安と善良の風俗の維持などの国益保持の見地から、更新申請の理由の当
否のみならず、当該外国人の在留中の行状や国内外の情勢など諸般の事情を総合的に勘案して行
われる被告の裁量に委ねられているものである。しかしながら、その裁量権はもとより無制限な
ものではなく、被告の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明
らかであるようなときは、その判断は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用が
あったものとして、違法となると解すべきである。
1 そこで、本件において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被
告の判断に裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったかどうかについて検討するに、前示の
とおり、本件処分当時、原告とBの婚姻関係は未だ完全に破綻してその実体を失い形骸化して
いたということができないことは明らかであり、原告としては、できることならBと一緒に生
活したいと考え、引き続きわが国に在留することを希望していたものであり、本件に現れた原
告とBの婚姻関係の推移など前記認定した諸事情を合わせ考えれば、原告が、Bの配偶者とし
てわが国における在留を継続したいと考えたことには十分な理由があったというべきであっ
て、その更新を認めないとすれば、原告としては、Bとの婚姻関係を修復するための機会を失
い、本来、夫婦としてできる限りの努力を傾注して行うべき円満な婚姻関係の維持、修復のた
めの活動をわが国において行うことが不可能になるといわなければならない。
2 また、成立に争いのない乙第六号証の一によれば、原告は平成三年八月に在留期間の更新許
可申請をした際にBと同居している旨の申請書を提出していることが認められるが、前記認定
のとおり、その時点では、Bもいずれ原告と同居する意思があることを述べていたものであり、
原告において、同居の意思がないのに同居を装うためにだけそのような申請書を提出したとま
ではいえないことからすれば,原告の行為は、出入国管理行政の適正な執行を妨げるおそれが
あるものといえるが、必ずしもわが国の国益を具体的に損なうといえる程に悪質なものとまで
いうことはできないし、まして、原告が、わが国に在留するための手段として婚姻関係を利用
しようとする者であるということもできず、右の点をとらえて在留期間の更新を不許可とする
ことには十分な合理性があるということができない。
3 なお、被告は、同居していない配偶者の在留継続を認めることは偽装婚姻などを誘発する弊
害を生じると主張するが、前記認定したところからすれば、本件において、原告とBの婚姻が
偽装であるとか、原告が婚姻継続の意思を有しないのに、専らわが国で就労するためにBとの
婚姻関係を利用しようとしている者でないことは明らかであるから、一般的には被告主張のよ
うな懸念があるとしても、真にそのような状況にない原告について、単に同居していないとい
うだけで、その理由やその間の事情などを一切問うことなく、「日本人の配偶者等」の在留資格
による在留期間の更新を不許可とすべきであるとするのは妥当でないといわなければならな
い。 
4 そうすると、本件に現れた諸事情のもとでは、被告が、原告とBとの婚姻関係が破綻し既に
形骸化していることなどを理由に、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない
として、原告に対し更新を許可しなかったことは、その判断の基礎とした事実の認識を誤った
か、あるいは、事実に対する評価を誤ったものというべきであり、他に特段の事情があること
の立証のない本件においては、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるをえず、この点
において、本件処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして違法というべ
きであり、取消しを免れない。
五 よって、原告の本件請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行
政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

在留期間更新不許可処分取消請求、退去強制令書発付処分取消請求各控訴事件
平成6年(行コ)第54号
控訴人:A、被控訴人:法務大臣
大阪高等裁判所第5民事部(裁判官:井関正裕・河田貢・高田泰治)
平成7年10月27日
判決
主 文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人法務大臣が控訴人に対して平成五年七月二〇日付でした在留期間の更新不許可処分を
取り消す。
三 被控訴人大阪入国管理局主任審査官が控訴人に対して平成六年一月五日付でした退去強制令書
発付処分を取り消す。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。
事実及び争点
第一 控訴の趣旨
主文同旨
第二 事案の概要
本件事案の概要は、以下に付加訂正するほか、原判決二枚目裏五行目から同七枚目表一〇行目
までのとおりであるから、ここに引用する。
一 原判決四枚目表九行目「誤認が」の次に「あり、あるいは事実に対する評価が明白に合理性を欠
くこと等により、右判断は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くもので」を加える。
二 同五枚目表九行目「右のとおり」を「右のように、控訴人とBとは、愛情を感じ、性交渉を持ち、
互いに結婚を決意して婚姻し、同居した。控訴人が働こうと考え始めたのは結婚後である。また、
控訴人とBには婚姻当初から実質的婚姻関係が存在していた。したがって、」と改め、同表一〇行
目「有しており、」の次に「控訴人が婚姻中稼働し、」を加える。
三 同五枚目裏四行目の次に、以下のとおり加える。
「四 控訴人が大阪市都島区南通のマンションでBと同居している旨届出たのについては、前
記主張事実、及びBと控訴人の事情により、控訴人はやむをえずBの申出により焼肉店の営業を
続けるため別に桃谷のマンションを借りたことに鑑みれば、生活の本拠地は右都島区のマンショ
ンであって、右届出を虚偽の届出とは言えない。
担当官に金員を交付しようとしたのは昼食代としてであり、不法ではない。」
四 同五枚目裏六行目から同六枚目表二行目まで、及び七枚目表四行目から一〇行目までを削除す
る。
五 被控訴人らの当審での主張
在留期間の更新については、その時々の国際、国内情勢等の客観的事情に加えて、控訴人の年
齢、性別、身体状況、生活歴、生活状況、家族構成、在日在外親族の有無、その他すべての個人的
事情を併せ考慮するべきものであって、被控訴人法務大臣の広範な裁量にゆだねられているもの
である。そして、本件処分において、その判断の前提となった事実関係は、そのうちの個人的事情
に限っていえば、次のとおりである。
1 Bから、平成二年七月ころ、「妻とは一年前から別居しており離婚についても考えている」旨
の申立があった。
被控訴人法務大臣は、控訴人とBとの婚姻関係が不健全なものではないかとの疑問を持ち、
以後婚姻の信ぴょう性等をみる必要が生じ、控訴人からなされた平成二年八月一三日付け在留
期間更新許可申請について、それまでは一年間の在留期間を付与していたものを、六か月に短
縮して許可し、以後同様の措置を採った。
2 控訴人は、Bと婚姻し在留資格の変更の許可を受けた後(変更後の在留資格四−一−一六−
一)、本件申請までの在留期間更新申請に際しても、実際にはBと別の場所に居住しながら、そ
れらの申請書及び外国人登録済証明書上の居住地の欄にはBの居住地に居住している旨記載
し、あるいは、証明を受けるなど、外国人登録法八条に違反する申請を繰り返してきた。
3 また、控訴人は、Bと婚姻後も在留期間更新を継続して申請してきたが、申請書に添付され
あるいは追加提出されているBの在勤証明書には、申請受理後の調査により在勤証明書自体の
成立に問題があるものが含まれていることが判明した。控訴人はこの添付あるいは追加提出し
た書類を前提にして申請書中の「配偶者の勤務先等」を記載して、在留期間更新許可を継続し
て受けていた。
4 控訴人は、本件処分の前提となった平成五年五月二四日付け在留期間更新許可申請書の「9
 日本における居住地」欄にはBの住民登録上の住所である「大阪市都島区中通《住所略》」と
記載し、「18 在日家族」欄では、「夫B」と同居の有無に「有」と記載し、本件申請を行っている。
しかし、大阪入国管理局(以下「入管」という。)の調査により、控訴人は、同所に居住地を有し
ておらず、「大阪市生野区桃谷《住所略》」に居住し、また、平成元年ころからBとは同居してい
ないことが判明し、本件申請に係る右申請書の記載は虚偽であった。
控訴人は、この点について、Bと別居していることを認め、その合理的な理由があることに
ついて何ら疎明も説明もなかった。
5 また、入管の右調査の段階で、控訴人は、観光ビザで働くと入管に捕まるから、日本人と結婚
したら日本で働いてお金を稼ぐことができると教えてもらったことを述べ、入国した目的が本
邦での稼働を主な目的とするものであったことを自認した。したがって、控訴人がBと婚姻し
て在留資格が変更されるまでの在留資格(在留資格四−一−四)での在留期間更新、在留資格
四−一−一六−一への在留資格変更許可及び在留資格四−一−一六−一又は「日本人の配偶者
等」での在留期間更新許可は、右目的を隠して虚偽の事実を基に申請し在留資格の変更ないし
- 3 -
在留期間の更新許可を得ていたことが判明した。
6 控訴人は、入管の右調査に際して、担当官に不法な金員を交付しようとした。
7 以上の事実を勘案し、被控訴人法務大臣は、控訴人とBとの婚姻はいわゆる偽装婚と認定し
た。
本件事案に即してみると、本件処分の際に前提にした事実関係は、右のとおりであって、こ
れら適正に認められる事実を前提にして、控訴人とBの婚姻は偽装であると評価したことにも
合理性があることに疑いはない。
理 由
一 争いのない事実に加え、甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第八号証、第一〇号証、
乙第一、第二号証、第三ないし第五号証の各一、二、第六ないし第二〇号証、第二二号証、第二四
ないし第四一号証、証人B(原審及び当審)、同C(当審)の各証言、控訴人本人尋問(原審)の結果、
弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 控訴人は、大韓民国で一九四一年二月一二日に生まれ、以降来日まで同国で生活してきた同
国国民であり、母国においては衣料品の行商を営み、離婚した前夫との間の長女D(一九七〇
年六月三〇日生まれ)及び二女E(一九七一年九月五日生まれ)を養育していた。
控訴人は、昭和五七年に旧法四条一項四号(観光、……親族の訪問、……その他これらに類似
する目的をもって、短期間本邦に滞在しようとする者)に該当する者としての在留資格で来日
して働いたことがあり、この時の経験から、日本で稼働した方が、より高額の収入を得られる
ことを知っていた。
控訴人は、昭和六一年六月二九日、二人の子を韓国に残したまま再び来日し、旧法四条一項
四号に該当する者としての在留資格で在留期間九〇日間の上陸許可を受け、日本に入国した。
控訴人はその後、同一在留資格で二回在留期間更新許可を受けた。この在留許可の期間は、一
回目の更新期間が九〇日間で同年一二月二六日まで今回限り、二回目の更新期間が六〇日間で
昭和六二年二月二四日まで今回限り・出国準備期間とするものであった。
控訴人は、入国後大阪市東成区所在の親戚宅等に滞在し、同年七月途中から同年一二月ころ
までは焼肉店で稼働していた。このときは、一月あたり一二、三万円の収入を得て、うち七、
八万円を韓国にいる子二人に送金していた。
控訴人は、そのころ、親戚の者から、日本人と結婚したら、日本で仕事をしても大丈夫である
し、在留期限の心配もないとの話を聞いていた。
2 控訴人は、昭和六二年一月ころ、日本在住の親族であるFから、他の親族であるGの経営す
るクリーニング業のHで働いていたBを結婚相手として紹介された。
Bは、昭和九年八月五日生まれの日本人であり、離婚歴があって、クリーニング師として、関
西地域の各所のクリーニング店において稼働し、昭和六二年一月ころは、前記Hで働きながら、
大阪市都島区中通《住所略》所在のIマンション(以下「中通のアパート」という。)で一人暮ら
しをしていた。Bは、Gから韓国人女性を紹介する旨見合いを勧められて、自己の年令から結
婚は人生最後の機会と考えつつ、右勧めに応じることとした。その際、Bは、Gから、結婚すれ
ば、給料を五万円上げると聞かされた。
控訴人とBとは、そのころ右Gらによって引き合わされ、Bはその際控訴人から、在留許可
期限が同年二月二四日までであること、日本で仕事がしたいので結婚したいことを聞かされ
た。控訴人は、当時日本語がよくわからず、Bは韓国語が全然わからなかったが、互いに相手に
好感を持ち、その後数回会い、性交渉も持った。そのうえで、短い交際期間を経ただけであった
ものの、控訴人は、もともと独身生活が長いので結婚を望んでいたうえ、Bと交際した印象か
ら同人とはうまく結婚生活を送れるだろうとの気持ちを持ち、また結婚すれば在留許可が容易
に得られ、日本に長く居住し、その間稼働して子らの養育費を送金できるとも考えて、Bとの
結婚を決意した。Bも、控訴人とは円満に夫婦として過ごせると感じ、控訴人が早い届け出を
望んだことから、直ちに結婚することを決意した。
3 両名は、昭和六二年一月二七日に一緒に都島区役所へ赴いて婚姻届出をし、その数日後にG
の家で簡単な結婚式を挙げた。
控訴人は、右結婚式の翌日に身の回りの品や布団、炊事用具を持って中通のアパートに移り、
そこでBと同居生活を始めた。Bはクリーニング店勤務を続け、控訴人は専ら家事に従事した。
Bはその名義の預金通帳と給料全部を控訴人に渡し、控訴人がこれを生活費に使い、一部はB
に渡し、残りをB名義で貯金していた。
この間、両名は、日本語と韓国語の本を購入して控訴人は日本語を、Bは韓国語を勉強して、
意思の疎通に努力していた。
4 控訴人は、韓国に居る二人の子の養育費及び日本での生活の準備金等を作るため、結婚当初
から仕事を探していたところ、昭和六二年五月から同年一〇月ころまで大阪市内道頓堀所在の
焼肉店で昼前から深夜まで働くようになった。この時は、一月あたり一〇万円ないし一二万円
の収入を得て、その大部分を子らに送金した。
5 控訴人は、昭和六三年一月ころから同年六月ころまでは奈良県橿原市《住所略》の在日韓国
人J宅で住込家政婦として働き、同年七月より九月まではBと中通のアパートで過ごし、同年
九月ころから平成元年三月までは奈良市《住所略》の在日韓国人K宅で住込家政婦として働き、
それ以降はBと同居して過ごした。控訴人は右住込稼働については、Bと相談し、その承諾を
得ていた。この住込稼働の間も、月に三、四回の休日にはB宅に帰宅して家事を行い、帰宅の時
は大抵寝泊まりもしていた。控訴人は、右住込稼働収入により一月あたり約一五万円の収入を
得、そのうち一〇万円ずつを子らに送金していた。
6 控訴人は、平成元年二月二日から一四日まで、長女の高校卒業式に出席するため韓国に帰国
した。Bはその費用約二〇万円を負担した。Bは、平成元年二月上旬、中通のアパートから大阪
市都島区都島南通《住所略》所在のLマンション一〇二号室(以下「南通のマンション」という。)
を賃借して転居し、ここで控訴人と同居した。
7 控訴人は、平成元年四月、Bから約一〇〇万円の金銭的援助を得て、大阪市生野区《住所略》
所在の韓国料理店の賃借人からその営業権を取得して韓国料理店「M」を開店し、以後同店を
経営した。平成四年一〇月には、自己の貯蓄、Bの新たな援助金及び借金により同店の賃借権
を買取り、Bはこの賃貸借契約上の控訴人の債務につき連帯保証人となった。控訴人は、右営
業により、一月あたり一五万円ないし三〇万円の収入を得、子らが高校を卒業した平成二年三
月ころまでは、毎月一〇万円を子らに送金していた。
8 控訴人は、同居中のBの南通のマンションから右店まで通勤するのは時間がかかり不便であ
り、体力的に辛いことや、店の準備の必要があること、他方Bの通勤の都合等があって、Bと相
談のうえ、平成元年五月から九月までの間に、右店に近い大阪市生野区桃谷《住所略》Nマンシ
ョン二〇三号室(以下「桃谷のマンション」という。)を賃借し、以後単身で同所に居住し、控訴
人はこの賃借保証金を負担した。
控訴人は、その後も週に二、三度程は南通のマンションに行って、Bのために食事の準備や
掃除、洗濯、買物をし、大抵寝泊まりもし、ここに自己の収入で購入した洗濯機や冷蔵庫や、自
己の衣服も置いていた。
Bも控訴人居住のマンションの鍵を持ち、週末や仕事が暇な時期などに、たびたび控訴人を
訪れて泊まり、その衣類をそこに置いていた。Bは、平成五年ころBが病気で仕事を休んだ時
期を除き、月額五万円ないし一〇万円を控訴人に対し生活費として渡し、控訴人のためにテレ
ビを買ったりした。
控訴人とBは、婚姻届出以降引き続き、控訴人が住込稼働中や桃谷のマンションに移った以
降も、性交渉は週一、二回程度行っており、仲は良かった。
右状態は、平成五年九月七日右両名が同居するまで継続していた。
9 控訴人の子二人が平成二年四月に来日し、七月まで桃谷のマンションに滞在し、控訴人はこ
の間Bと共に南通のマンションに寝泊まりした。控訴人の子らは、Bの住居を訪ねたり、共に
国際花と緑の博覧会に行ったりし、Bはこれらに小遣いを与えたりした。同年六月七日、Bは、
右二人の子を自己の養子とする養子縁組届出をした。ただ、右子らは、同年七月韓国に戻り、以
後日本に来たことはない。
10 控訴人は、婚姻届出に基づき日本人の配偶者等への在留資格変更の許可を受けた後、合計九
回在留期間の更新を受けたが、右更新申請書には、桃谷のマンションに住むようになった後も、
居住地を南通のマンションとし、概ね同所でBと同居している旨記載していた。また、控訴人
は、外国人登録済証明書上の居住地も、同様に南通のマンションのままにして登録を受けてい
た。
そして、最終的に在留期限が平成五年五月二四日となったところ、控訴人は、同日、南通のマ
ンションでBと同居している旨の事実を記載し、在留期間の更新許可申請をした。
控訴人のこれまでの在留期間更新許可申請書に添付されたBの在勤証明書の中には、事実と
異なる記載があるものや勤務先経営者の関知せずに作成されたものがあった。
11 大阪入国管理局(入管)の担当官らは、控訴人が右申請書記載の南通のマンションではなく、
桃谷のマンションに居住している疑いが濃いと考え、平成五年七月六日、桃谷のマンションに
赴き、控訴人から事情聴取した。このとき、控訴人は、右担当官らに、「気持ちだけです。」と言
って一万円を渡そうとして、拒絶され、かつたしなめられた。
同担当官らは、調査を行い、同月七日に担当の入国審査官は首席審査官にまとめの最終調査
報告書を提出したが、それには、まとめの意見として、控訴人は当初から同居しておらず婚姻
を本邦在留・稼働の手段としていると思料される、控訴人はBから戸籍を借りていることを認
めていることから収容相当と思料すると記載した。
12 被控訴人法務大臣は、入管の調査の結果を考慮し、平成五年七月二〇日、前記事実及び争点
欄第二の五記載のとおり、控訴人とBとの婚姻がいわゆる偽装婚であると判断し、法二一条三
項の規定による在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないとして、本件不許可
処分をした。
13 控訴人が入管から調査を受けたのをきっかけに、控訴人とBとは同居することとし、Bは、
平成五年九月七日大阪市生野区《住所略》所在のアパート「O」四階A号室を賃借し、以後控訴
人はBと同室で同居した。
控訴人は、同年一一月一五日、入管収容場に収容され、入管入国審査官の認定、同特別審理官
の判定、被控訴人法務大臣の裁決を経て、平成六年一月五日、被控訴人入管主任審査官から、本
件退去強制令書発付処分を受けた。その後平成六年五月三一日同主任審査官から仮放免を許可
され、仮放免された。
Bは、控訴人が収容されている間、時々面会に行っていたところ、仮放免以後、両名は、前記
《住所略》所在のアパートで同居している。
二 被控訴人らの主張に鑑み、事実認定上問題となるべき点につき検討する。
1 乙第一五号証には、控訴人が、平成五年七月六日、入国審査官から「Bから戸籍を借りたので
すね。」と聞かれて、「はい、そのとおりです。」と答えた旨の記載がある。
しかし、仮にこのような問答があったとしても、「戸籍を借りる」とのことばは、日本語とし
ても難しい表現であって、日本に来てから七年を経過していたとは言え、韓国で育った控訴人
がこの表現の意味する所を正確に理解して答えたかについては疑問があるところである。同号
証のこれに続く記載を見ると、結婚すれば日本で働くのが容易になると思ったのが結婚の一つ
の理由であるとの趣旨を述べたものと理解される。
2 乙第一六、第二五号証には、控訴人はBとは一緒に住むつもりはなかったが、Fに一緒に住
まなければだめだと言われ同居することになったとの供述記載がある。
しかし、前記認定のとおり、控訴人とBとが婚姻届出直後から同居し始めている事実、届出
前から性交渉をしている事実等の婚姻届出前後の経過に照らすと、右記載は措信しがたい。
3 Bが、Gから、控訴人と結婚すれば、給料を五万円上げると聞かされていたことは前認定の
とおりである。
しかし、現実にBが月五万円の昇給があったとの事実は認められないし、証人B(原審及び
当審)の証言によれば、同人は婚姻届出後間もなくG方で働くのを止め、他で働いていたこと
が認められ、併せて前記一認定の事実を考慮すると、Bが月五万円の利益を受ける目的で婚姻
をしたとも推認できない。
4 乙第二三号証には、Bが、平成二年七月二三日、入国審査官に対し、控訴人の所在や近況を知
らないので、離婚も考えており、控訴人の連子二人との養子縁組を行うようになっていたが、
取りやめたいなどと述べたとの記載がある。しかし、右書証は、Bの署名又は記名押印がなく、
証人B(原審及び当審)の証言に照らすと、実際B自身が右記載のとおりの供述をしたかどう
か定かではないと言わざるを得ない。そのうえ、一認定のとおり、控訴人が右当時、大阪市生野
区《住所略》で韓国料理店を経営し、桃谷のマンションに居住していたことはBも知っていた
のであり、またBと控訴人の二人の子との養子縁組届出は、既に同年六月七日にされているの
であるから、この供述記載は客観的事実と矛盾するものであって、これを採用することはでき
ない。
三 法二一条三項は、外国人の在留更新につき、法務大臣は、「在留期間の更新を適当と認めるに足
りる相当な理由があるときに限り、これを許可することができる。」と定め、法務大臣に広汎な裁
量権を与えている。しかし、右裁量権は無制限ではなく、その裁量権の行使に当たり、判断の基礎
とされた重要な事実に誤認があること等により判断が事実の基礎を欠くか又は事実に対する評価
が明白に合理性を欠いて右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く場合には、右判断が裁量
権の範囲を越え又はその濫用があったものとして取消されるべきである(最高裁判所昭和五〇年
(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)。
本件不許可処分にあたり、被控訴人法務大臣が裁量権行使の基礎とした事実は、事実及び争点
欄第二の五記載のとおり、控訴人とBとの婚姻が婚姻意思のないいわゆる偽装婚であるというに
あると理解される。右第二の五1ないし6では、具体的な事実関係も記載されているが、その7
や五の末尾で婚姻を偽装と認定(評価)したとまとめていること、控訴人の在留資格が「日本人の
配偶者」であることからすると、これら1ないし6の具体的事実を直接に判断の基礎事実とした
のではなく、婚姻が偽装であるとの事実を基礎としたものと認められる。
四 そこで、控訴人とBとの婚姻が、偽装のものかについて判断する。
前記一、二認定事実によると、控訴人の側には、昭和六二年一月二七日の婚姻届出に際し、その
在留期間の更新及び在留資格の変更を容易にして、日本国内で働きやすくしたいとの目的があっ
たものと認められる。しかし、婚姻前から性行為があり、婚姻後同居生活しているなどの事実を
見ると、右目的だけから婚姻届出をしたものとまで認めるのは困難である。
他方、Bは、控訴人の右の国内で働き易くしたいとの目的を知っていたものではあるが、B自
身には仮装結婚をする動機は認められず(五万円の昇給も実現していないし、この勤め先も退職
している。)、その後の生活状況を見ると、Bはなんらかの結婚生活を期待して婚姻に至ったもの
と認めるのが相当である。
婚姻届出後の状況を見ると、控訴人は住込家政婦として働き、特に平成元年以降控訴人とBは
共に大阪市内でありながら、別の住居に主として住んでいる点は通常の婚姻生活とは異なるとこ
ろである。
しかし、右両名は、婚姻届出直後結婚式を経て同居生活に入り、しばらく同居生活を続け、住込
家政婦として、或いは韓国料理店を開店して近くのマンションに住むようになってからも、控訴
人は頻繁にBの住居に行って寝泊まりもし、Bもたびたび控訴人住居に行き、性交渉もたびたび
おこなっている。Bは控訴人に生活費を毎月与え、控訴人の韓国料理店開店に際しては多額の援
助をし、その賃借保証人にもなり、帰国費用を負担し、控訴人の子らには小遣いを与え、博覧会に
行ったりしている。控訴人においては、Bのために炊事、掃除、洗濯、買物といった家事を継続し
てこなしている。
以上のように、両名間には、同居を常にはしていなかったという点はあるものの、夫婦として
の日常生活、性生活や相互協力扶助の実態があるのであって、この点からすると、この婚姻が本
件不許可処分当時において、いわゆる偽装のものではなく、実質的婚姻生活の実体を有していた
ものと認められる。
五 そうすると、控訴人とBとの婚姻が偽装婚であるとの事実を基礎としてされた本件不許可処分
は、判断の基礎とした重要な事実に誤認があって、事実の基礎を欠くものであり、本件不許可処
分には、裁量権の逸脱ないし濫用の違法があり、右処分は違法なものとして取り消されるべきも
のである。
控訴人とBとの婚姻が偽装婚であるとは認められないが、常には同居していなかった等の前記
認定の事実、その他の事実関係の下において、在留更新許可をするのが相当かどうかは、法務大
臣が本判決確定後にその裁量権を行使して一次的判断をすべきものであるから、当裁判所が本判
決で本件不許可処分が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くかどうかについて判断すべきもので
はない。
六 本件不許可処分が違法として取り消されるべきものとすると、右処分の取消後、被控訴人法務
大臣が、控訴人によりなされている在留期間更新許可申請に対し、新たに処分をするべき状態に
ある。したがって、この間、控訴人は、更新前の在留期間経過後においても、不法残留者としての
責任を問われないという意味において、日本に残留することができるものと解するべきである。
したがって、控訴人は、法二四条四号ロに該当する者と言うことはできないから、右該当の認定
によりなされた本件退去強制令書発付処分もまた違法なものであって、取り消されるべきであ
る。
七 よって、控訴人の本件請求は、いずれも理由があるから、これを認容するべきところ、これと結
論の異なる原判決を取消して本件請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、
民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

在留期間更新不許可処分取消請求事件
平成6年(行ツ)第183号
上告人:法務大臣、被上告人:A
最高裁判所第三小法廷(裁判官:可部恒雄・園部逸夫・大野正男・千種秀夫・尾崎行信)
平成8年7月2日
判決
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
 上告代理人増井和男、同鈴木健太、同河村吉晃、同佐村浩之、同石川利夫、同寶金敏明、同古江頼隆、
同松村玲子、同藤崎清、同坂中英徳、同黒田一博、同沖貴文、同清水洋樹、同三島孝雄、同佐藤義紀、同
梅原操の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実関係及び記録上明らかな被上告人の在留経過の概要は、以下のとおり
である。
1 被上告人は、中国の国籍を有する者であるが、昭和六〇年九月一七日、日本国籍を有するBと
婚姻し、昭和六一年一〇月二七日、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改
正前のもの)四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年法務省令第一五号
による改正前のもの)二条一号所定の「日本人の配偶者又は子」の在留資格をもって本邦に上陸
を許可された。
2 被上告人は、本邦上陸後しばらくの間、B方に同居していたが、その後、同女と不仲になり、昭
和六二年四月ころ、B方を出て別居するようになった。 
3 被上告人は、右別居後も、「日本人の配偶者又は子」の在留資格により在留期間を一年とする数
次の更新許可を受けて本邦に滞在していたが、平成二年一月四日付けでされた在留期間更新許可
は、出国準備期間として平成元年一〇月二八日から平成二年一月二七日までの三箇月間在留期
間を更新するというものであり、同年一月一九日付けでされたそれも、出国準備期間として同月
二八日から四月二七日までの三箇月間在留期間を更新するというものであった。さらに、同年七
月三〇日には、同年四月二八日から七月二七日までの三箇月の在留期間の更新許可と同時に、被
上告人の在留資格を前記改正後の出入国管理及び難民認定法別表第一の三所定の「短期滞在」と
し、在留期間を同月二八日から一〇月二五日までの九〇日とする在留資格変更許可がされた。
4 Bは、平成二年八月二三日、被上告人との間の婚姻無効確認訴訟を提起し、同年一二月二六日、
右婚姻の無効を確認する第一審判決がされたが、被上告人は、右判決に対し控訴して争い、平成
三年一〇月二二日、右第一審判決を取消し、Bの請求を棄却する控訴審判決がされ、これが確定
した。
5 被上告人は、右訴訟が係属中である平成三年一月一〇日と同年四月一六日に、右訴訟が係属中
であることを理由に「短期滞在」の在留資格による在留期間の更新申請を行い、各申請日にその
許可を受けて本邦における在留を継続してきたが、右四月一六日付けの許可に係る在留期間が同
年七月二二日で満了することになるため、同月六日、右在留期間満了後の在留期間の更新申請を
したところ、上告人は、被上告人の右申請に対し、右訴訟の控訴審判決が確定した後である平成
四年二月一九日に至り、これを不許可とする本件処分を行った。
6 Bは、平成四年四月一七日、被上告人を相手方として離婚請求訴訟を提起し、右訴訟は、原審口
頭弁論終結時には東京地方裁判所に係属中であった。
二 「短期滞在」の在留資格で本邦に在留する外国人から在留期間の更新申請がされた場合において、
上告人は、通常であれば、当該外国人につき、「短期滞在」の在留資格に対応する出入国管理及び難
民認定法別表第一の三下欄の活動を引き続き行わせることを適当と認めるに足りる相当の理由があ
るかどうかを判断すれば足り、他の在留資格に対応する活動を行わせることを適当と認めるに足り
る相当の理由があるかどうかについて考慮する必要のないことは、一応所論のとおりである。
しかし、本件については、直ちに所論のように解することはできない。前記事実関係及び原判決
の事実摘示に表われた当事者の主張その他記録上明らかな在留資格の変更許可に係る審理上の諸経
過によれば、被上告人は、「日本人の配偶者又は子」の在留資格(ただし、前記改正に伴い、平成二年
六月一日以降は、右改正後の出入国管理及び難民認定法別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在
留資格によって本邦に在留するものとみなされた)をもって本邦における在留を継続してきていた
が、上告人は、同年七月三〇日、被上告人とBとが長期間にわたり別居していたことなどから、被上
告人の本邦における活動は、もはや日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当しないと
の判断の下に、被上告人の意に反して、その在留資格を同法別表第一の三所定の「短期滞在」に変更
する旨の申請ありとして取り扱い、これを許可する旨の処分をし、これにより、被上告人が「日本人
の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新を申請する機会を失わせたものと判断されるのであ
る。しかも、本件処分時においては、被上告人とBとの婚姻関係が有効であることが判決によって
確定していた上、被上告人は、その後にBから提起された離婚請求訴訟についても応訴するなどし
ていたことからもうかがわれるように、被上告人の活動は、日本人の配偶者の身分を有するものと
しての活動に該当するとみることができないものではない。そうであれば、右在留資格変更許可処
分の効力いかんはさておくとしても、少なくとも、被上告人の在留資格が「短期滞在」に変更される
に至った右経緯にかんがみれば、上告人は、信義則上、「短期滞在」の在留資格による被上告人の在
留期間の更新を許可した上で、被上告人に対し、「日本人の配偶者等」への在留資格の変更申請をし
て被上告人が「日本人の配偶者等」の在留資格に属する活動を引き続き行うのを適当と認めるに足
りる相当の理由があるかどうかにつき公権的判断を受ける機会を与えることを要したものというべ
きである。
三 以上によれば、被上告人が平成三年七月六日にした在留期間の更新申請に対し、これを不許可と
した本件処分は、右のような経緯を考慮していない点において、上告人がその裁量権の範囲を逸脱
し、又はこれを濫用したものであるとの評価を免れず、本件処分を違法とした原審の判断は、結論
において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、
主文のとおり判決する。

在留期間更新不許可処分取消請求事件
平成7年(行ウ)第87号
原告:A、被告:法務大臣
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:青柳馨・増田稔・篠田賢治)
平成9年9月19日

判決
主 文
一 被告が平成七年三月八日付けで原告に対してした在留期間更新を許可しない旨の処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四四年二月二日に出生した、中華人民共和国国籍を有する男性である。
2 原告は、平成三年四月一一日、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表第一の四所定の「就学」の在留資格で在留期間六か月として上陸を許可され、本邦に上陸し、以後、就学継続のため、同資格をもって三回の在留期間更新許可を受けて本邦に滞在した。
3 原告と日本国籍を有するB(平成五年三月二六日戸籍法一〇七条二項の氏の変更の届出によりA姓となる。以下「B」という。)は、平成四年一〇月一六日、東京都杉並区長に対し婚姻の届出をして婚姻した。
原告は、同年一一月二六日、被告に対し、Bとの婚姻を理由に法別表第二所定の「日本人の配偶者等」への在留資格変更許可申請をし、これに対し、被告は、平成五年二月一日、在留期間を六か月として右在留資格の変更を許可した。その後原告は、同年七月一九日在留期間更新の申請をし、被告は、同日、在留期間を六か月としてこれを許可した。また、原告は、平成六年一月一九日在留期間更新の申請をし、被告は、同年一月二五日、在留期間を一年に伸長してこれを許可した(最終在留期限平成七年二月一日)。
4 原告は、被告に対し、平成七年一月一三日、「日本人の配偶者等」の在留資格により在留期間更新許可申請をした。これに対し、被告は、同年三月八日付けで、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない。」との理由でこれを不許可とした(以下、この不許可処分を「本件処分」という。)。
5 法に基づき在留期間更新の許可を受けるために必要な在留資格を認められるためには、法別表第二の「日本人の配偶者等」の下欄の「日本人の配偶者」であれば足りるものと解されるところ、原告とBとの婚姻は法律上有効であり、原告は、右の「日本人の配偶者」として在留資格を有する。
6 仮に、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるためには、単に法律上有効な婚姻関係があることだけでは足りず、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動を行うことが必要であるとの立場に立ったとしても、原告の在留は、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動のためのものであるといえる。
すなわち、原告とBとは恋愛の末結婚し、円満な結婚生活を送っていたのであり、その後Bが家出をして別居状態となっているが、その原因は妊娠等の事実を前に不安定な精神状態になったBが一方的に家出をしたことに原因があるのであり、原告は、いまだ婚姻関係の継続の意思を有し、夫婦関係の修復に向けた行動や努力を続けており、Bの側からも、平成六年八月に絶対に離婚しないなどという手紙を原告に差し出したりしているものである。平成五年五月にBが家出をしてから本件処分が行われるまで約一年一〇か月であるが、原告とBとが別居に至る経緯、別居後の原告とBの行動からすれば、この程度の別居期間をもって、原告とBの婚姻関係が完全に破綻したものということはできない。また、原告が現在行っている関係修復へ向けた行動も、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するものであり、仮に、原告とBとの婚姻関係の修復が困難であったとしても、当事者が話合いを行い、原告を含めた双方が納得した結論を出そうと原告が努力していることも、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当する。
7 原告が5、6記載のとおり在留資格を有するにもかかわらず、在留期間更新を不許可とした本件処分は、被告の持つ裁量権を逸脱したものであり、違法である。 
よって、原告は、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし4の各事実はいずれも認め、同5、6の主張は争う。
三 被告の主張
本件処分は、以下に述べるとおり適法である。
1 在留資格「日本人の配偶者等」の意義について
 法は、外国人の在留目的を在留活動の面においてとらえ、外国人が在留中に従事すべき活動又は在留中に従事すべき活動の基礎となる身分若しくは地位の面から類型化して二七種類の在留資格を定め、外国人が本邦において在留の目的として行う活動がこれらの在留資格によって表示される活動のいずれかに該当(当該活動が右類型化された活動又は類型化された身分若しくは地位を有する者としての活動に該当することをいう。)する場合に限り、当該外国人の入国及び在留を認め得ることとしている(法二条の二第二項、七条一項二号、法別表第一及び第二)。
すなわち、法別表の定める在留資格は、それ自体が独立して存在するものではなく、法二条の二第二項の「在留資格は、別表第一又は別表第二の上欄に掲げるとおりとし」との規定に基づき同項の一部として存在するものであり、同項にいう「別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者」については、その者の行う活動が「当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる活動」に、また、「別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者」については、その者の行う活動が「当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動」に該当する場合に在留資格が認められるものであり(法二条の二第二項)、本邦に上陸しようとする外国人は本邦において行おうとする活動が虚偽のものでなく、「別表第一の下欄に掲げる活動又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動」のいずれかに該当する場合に限り、上陸を認められ得るのである(法七条一項二号)。
 前記の法の趣旨からすれば、法別表第二において「日本人の配偶者」が在留資格を有する身分として掲げられているのは、日本人と婚姻した外国人が、その配偶者である日本人と我が国において社会通念上夫婦共同生活を営むために我が国に入国し在留することを可能にするという行政目的からである。
したがって、法別表第二の「日本人の配偶者等」の在留資格で入国及び在留が許可されるためには、日本人と法律上有効な婚姻関係にあることに加えて、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動、すなわち、当該外国人がその配偶者である日本人と同居し、互いに協力し、扶助しあって(民法七五二条)社会通念上の夫婦共同生活を営むという活動を行うことが必要である。
もっとも、日本人の配偶者である外国人がその配偶者と別居しているとしても、仕事や家庭の都合で単身赴任している場合や病気で入院している場合等別居に合理的理由が認められれば、社会通念上夫婦共同生活を営むという実体は失われていないものというべきであり、かかる場合には、在留資格該当性が認められるのである。
なお、平成元年法律第七九号による改正前の出入国管理及び難民認定法(以下「旧法」という。)四条一項本文括弧書が、在留資格について、「外国人が本邦に在留するについて本邦において次に掲げる者のいずれか一に該当する者としての活動を行うことができる当該外国人の資格をいう。」と定義し、かつ、旧法一九条二項が、外国人は「その在留資格に属する者の行うべき活動以外の活動をしようとするときは、……あらかじめ法務大臣の許可を受けなければならない。」と規定していたことからも明らかなように、旧法も、個々の外国人が我が国で行おうとする活動内容に着目し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えて、その入国及び在留を認めることとしていたのである。
2 在留期間の更新における被告の裁量権について
 我が国における憲法上、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き我が国に在留することを要求する権利を保障されているものではない。
法もかかる原則を踏まえ、我が国に在留する外国人の在留期間の更新に関して、被告がこれを適当と認めるに足りる相当な理由があると判断した場合に限り許可することとし(法二一条一項、三項)、在留期間の更新の許否を被告の裁量にかからしめているのである。
 そして、法二一条三項本文にいう「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」が具備されているかどうかは、外国人に対する出入国及び在留の公正な管理を行う目的である国内の治安と善良な風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定等国益の保持の見地に立って、申請者の申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等諸般の事情を総合的に勘案して的確に判断されるべきであり、このような多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮も必要とする判断は、事柄の性質上、国内及び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衝に当たる被告の広範な裁量に委ねられているものと解すべきである。
 したがって、在留期間の更新の許否の判断が違法となるのは、右判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した場合に限られるというべきである。
3 本件不許可処分の適法性について
 被告は、原告が、本件不許可処分時において、既に二年近く配偶者であるBとは同居していないこと、Bが原告との婚姻解消を切望していながら、経済的理由等によりその手続ができないでいること、原告が、Bと別居している理由につき回答を拒否したこと等から、原告とBとの婚姻関係が既に破綻し、その実体を失って形骸化しており、原告は、日本人の配偶者であるBと同居し、互いに協力し、扶助しあって社会通念上の夫婦共同生活を営むという活動を行う者には該当しないと認定し、本件処分を行ったものである。
 また、仮に、実質的な婚姻関係が破綻しているものの、法律上有効な婚姻関係が認められる外国人について、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるとの見解を前提としても、以下のとおり本件処分は適法である。
法二一条三項は、「法務大臣は、(在留期間更新の許可を申請した)当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる。」旨規定し、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があることを裏付ける資料を提出すべき責任を外国人に課し、これを受けて出入国管理及び難民認定法施行規則(以下「法施行規則」という。)二一条一項、二項は、在留期間更新許可の申請に当たって、申請人は申請書二通のほか、法施行規則別表第三の二に掲げる資料その他参考となるべき資料を提出すべき旨を規定しているが、原告は、本件在留期間更新許可申請に当たり、同別表に掲げる資料の一つであるBの身元保証書を提出せず、また、東京入管の入国審査官がBと同居していない理由を明らかにするよう求めたが、原告は、本件処分時までに、Bとの別居に合理的理由があり、原告が日本人の配偶者としての活動を行う者であることにつき、被告を納得させるに足りる資料を提出しなかった。
この事情に加え、被告は、Bから聴取した事情(その要旨は別紙記載のとおり)等を総合して考量し、原告の我が国で行う活動が夫婦としての活動ではなく、Bと法律上婚姻関係にあることを利用した就労等他の目的を持った活動であり、かかる活動が我が国の婚姻秩序をびん乱し、日本人の労働市場を侵害すること等の不都合をもたらすこと及び別紙記載のような原告の在留中の行状を併せ考慮した上、広範な裁量権に基づき、原告につき在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断して本件処分を行ったものである。
本件処分には、被告がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法はない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるための要件について
 在留資格には、入国・在留及び特定の活動を許容する資格(法別表第一)と、特定の身分・地位に基づき入国・在留することができることを前提に、当該身分または地位を有する者として活動することができる資格(法別表第二)と二種類ある。
「日本人の配偶者等」の在留資格は、別表第二に掲げられていることから明らかなとおり、日本人との婚姻関係又は血縁関係という身分関係があるということから我が国に在留できることとしたものであり、家族関係を保護することを根拠として在留の必要性が認められる類型である。
したがって、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるためには、法律上有効な婚姻関係があれば足りるのであり、法律上有効な婚姻関係があること以上に、同居・協力・扶助等の付加的事実関係を必要とするものではない。
 「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるためには「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」が必要であるとする被告の解釈は、次に述べる理由から成り立たない。
 そもそも旧法四条一項一六号、七条一項、平成二年法務省令第一五号による改正前の出入国管理及び難民認定法施行規則二条一号等の規定によれば、「日本人の配偶者又は子」という在留資格に該当することだけが上陸のための要件とされており、「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」が要件でないことに文理上何らの疑義もなかったのである。
そして、現行の法七条一項二号の「申請に係る本邦で行おうとする活動が虚偽のものでなく」との部分は、旧法七条一項二号では「申請に係る在留資格が虚偽のものでなく」との法文であったところ、論理的には、申請の内容は在留資格そのものでなく在留資格要件該当事実であるので、現行のように改正され、これに伴い、続く「且つ、第四条第一項各号の一に該当すること。」とある部分が、右改正に合わせて現行のように「別表第一の下欄に掲げる活動(……)又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位(……)を有する者としての活動のいずれかに該当し」と改正されたものであって、右改正は全く立法技術的なものにすぎない。
 法二条の二第二項は、その前段で「在留資格は、別表第一又は別表第二の上欄に掲げるとおり」とし、在留資格の類型を明らかにし、その後段で「別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者は同表の下欄に掲げる身分又は地位を有する者としての活動を行うことができる。」と規定しているのであって、右規定は、在留資格は法別表第一又は第二の上欄に掲げるとおりである旨定めることを主たる目的とするものであり、後段はそれらの在留資格でどのような活動ができるのかを一般的に明らかにしたものにすぎない。また、法二条の二第二項は「……活動を行うことができる。」と規定しているが、この規定のみからは、どのような活動ができ、どのような活動ができないのかは明らかにならず、右の点は、法一九条の規定と相まって初めて明らかになるのである。
すなわち、法二条の二第二項は、法別表第二の身分又は地位を限定するものではなく、それぞれの在留資格を有する者が、いかなる活動を行うことができ、できないかを明らかにするものでもない。
 被告は、同居・協力・扶助をしていない外国人は、「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」をするという目的が認められない旨主張しているが、「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」をそのように制限的に解することはできない。
すなわち、法別表第一の在留資格は、入国・在留及び特定の活動を許容する資格であるから、法(具体的には別表第一の下欄)をもって活動の範囲を特定し、これをもって入国・在留及び在留中の活動を規制する。これに対し法別表第二の在留資格は、特定の身分・地位に基づき入国・在留できることを前提に、当該身分又は地位を有する者としての活動を行うことができる資格であるから、その活動の範囲に制限はないと解されている。
しかも、現代の日本人の法意識においては、一旦夫婦が結婚した以上、たとえ別居し婚姻生活の実体が失われていたとしても、離婚が成立しない限り、当該夫婦は法律上はもとより社会的に見ても夫婦であるとの認識は極めて強い。そして、夫婦が別居し婚姻生活の実体が失われているとしても配偶者としての関係が直ちに失われるものとはいえず、相手方配偶者から婚姻費用の分担を受け続けたり、実質的な婚姻関係の復活を期待して働きかけを続けたり、あるいは、夫婦関係をどのように解消するかをめぐり離婚の話し合いを継続したり、と多種多様の活動がある。これらが「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」に該当するか否かを判別することは不可能である。
 右に検討したとおりであって、法七条一項の法文や法二条の二第二項の規定を根拠として、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるための要件を被告主張のように解釈することはできないし、「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」の意義を限定的に解することができないという観点からしても、被告主張のような解釈が成り立たないことは明らかである。
4 被告の裁量権について
 法二一条三項は、「出入国の公正な管理」(法一条)、すなわち、国内の治安や労働市場の安定の保持等の公益と、国際的な公正、妥当性の実現、また憲法、条約、国際慣習、条理等により認められる外国人の正当な権利利益の保護との調整を図るという法の目的に沿って定められているのであり、仮に同項が被告に裁量権を付与したものだとしても、日本国憲法の精神及び法律による行政の原則からすれば、被告には、右法の目的・趣旨の範囲内での裁量権行使が認められるにすぎず、「広範な」裁量権などありえない。しかも、法は、右目的を実現するため、平成元年の出入国管理及び難民認定法の改正等において、各在留資格に関する審査基準を法施行規則で定めるなどして審査基準を明確化し、行政庁の裁量の幅を減少させ、審査の公正を図っているのである。さらに、裁量権の行使につき、在留資格ごとに幅があるのは当然であるところ、「日本人の配偶者等」の在留資格を有する者について在留期間更新の許否を判断するに当たっての裁量権の幅は極めて限定的であると考えるべきである。
したがって、適法な婚姻関係にある夫婦が、「同居し、互いに協力し、扶助しあって」いるかどうかといった純粋な私事に関わる事柄で、しかも公益に無関係な事実に関係して裁量権を行使するのであれば、それは裁量権を逸脱したものである。
 また、原告には、別居の理由を詳細に説明した書面を提出すべき義務は本来ないのであり、在留期間更新の許否の判断に当たり、右書面を提出しなかったことを原告に不利に勘案するのは、法律による行政の原則に反し、明らかな裁量権の逸脱であって違法である。
仮に、夫婦関係の実体について調査が必要であるとしても、その調査は、申請人のプライバシーに配慮しつつ調査の具体的必要性の程度等に応じて行われるべきであり、調査の具体的な進展の中で、提出を求められる書類やその内容の程度も変わってくると解すべきである。しかるに、東京入管は、Bが書面を提出したことを原告に伝えず、原告に反論や追加立証の機会を与えずに本件処分を行っているのであり、Bが書面を提出する一か月前の段階で、原告が詳細な説明書の提出を拒んでいるからといって、その後に提出されたBの書面を根拠に本件処分を行い、併せて原告が説明書を提出しなかったことの手続的不備を被告が主張することは、公平に反する。
 在留資格該当性ないし在留期間更新に関し、被告の裁量権の逸脱があるかどうかを判断するに当たって、仮に、婚姻関係の経緯が問題となるとしても、原告とBとは恋愛の末結婚し、円満な結婚生活を送っていたのであり、その後Bが家出をして別居状態となっているが、原告は、円満な婚姻関係の継続を求めて、Bと連絡を取るように努力しており、いまだ婚姻関係が破綻しているとは到底いえない状態である。かかる経緯に鑑みれば、原告の在留資格該当性を否定したり更新を不許可とすることを基礎付ける事実が存在しないことは明らかである。
第三 証拠《省略》
理 由
一 請求原因1ないし4の各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件処分の適否について判断する。
在留期間の更新許可は、我が国に在留している外国人の申請により、現に有する在留資格を変更することなく、従前許可された在留期間に引き続きさらに一定期間適法に我が国に在留できる法律上の地位を付与する処分であり、したがって、その許可は、当該外国人が更新時において有する在留資格に該当する要件を充足していることを当然の前提としているものであって、その要件を欠く者からの更新の申請はこれを認める余地がないことはいうまでもないから、まず、本件で問題となる「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるための要件いかんについて検討する。
1 本邦に在留する外国人の在留資格は、法別表第一又は第二に掲げられているとおりであり、別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができるとされている(法二条の二第二項)。また、上陸審査においても、入国審査官は、当該外国人の申請に係る我が国において行おうとする活動が虚偽のものではなく、法別表第一の下欄に掲げる活動又は法別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動のいずれかに該当することを審査すべきものとされている(法七条一項二号)。これらのことからすると、法は、個々の外国人が我が国で行おうとする具体的活動内容に着目し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えて、その入国及び在留を認めることとしているものということができ、日本人の配偶者である外国人についてもこのことは同様に妥当するものというべきである。
したがって、日本人と法律上婚姻した外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格によって我が国に在留するためには、単に、当該外国人が日本人と法律上有効な婚姻関係にあるというだけでは不十分であって、さらに、当該外国人が我が国において行おうとする活動が、日本人の配偶者としての活動に該当することが必要であると解するのが相当である。
2 もっとも、法がその別表第一の上欄に掲げる在留資格について、当該下欄に我が国において行うことができる活動を個別具体的に規定しているのと異なり、その別表第二の「日本人の配偶者等」の下欄には、我が国において有する身分又は地位として「日本人の配偶者」と規定するのみで、日本人の配偶者としての活動内容を個別的・具体的に定めておらず、その他その活動の内容及び範囲を具体的に認識できるような規定も見当たらない。したがって、結局は、社会通念に従って、その内容及び範囲を画するほかないというべきである。
この点、婚姻は夫婦としての同居・協力・扶助の活動を中核とするものであることはいうまでもなく(民法七五二条)、右同居・協力・扶助の関係を前提としこれを維持しつつ行われる諸活動が右に該当することは疑いがない。他方、既にその婚姻関係が回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、継続する意思もなく、婚姻関係がその実体を失い形骸化しているような場合には、当該外国人には、もはや社会通念上日本人の配偶者としての活動を行う余地があるものとはいえないから、かかる外国人配偶者が我が国で行う活動は、日本人の配偶者としての活動というよりも、就労など他の目的を持った活動とみるべきであって、そのような者までを、単に日本人と法律上の婚姻関係にあるというだけで、日本人の配偶者としての活動を行う
者に当たるということは困難であり、かかる外国人について、「日本人の配偶者等」の在留資格を認めることはできないといわざるを得ない。
しかし、例えば、日本人の配偶者の一方的な遺棄や婚姻関係の冷却化によって、同居・協力・扶助等の活動が事実上行われなくなっている場合であっても、いまだその状態が固定化されず、なおその婚姻関係が維持、修復される可能性があるなど、その婚姻関係が実体を失って形骸化しているとまでは認めることができない場合には、当該外国人は、同居・協力・扶助を中核とする婚姻関係に附随する日本人の配偶者としての活動を行う余地があるものというべきである。
なお、法二一条二項、法施行規則二一条一項、二項、同規則別表第三の二によれば、「日本人の配偶者等」の在留資格で我が国に在留する外国人が在留期間の更新を申請する場合、当該外国人は、「本邦に居住する当該日本人の身元保証書」を提出すべきものと定められているが、右の手続要件は、在留資格の認定を適正に行うためのものであって、右の要件が定められていることをもって、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるためには、夫婦としての同居・協力・扶助の関係が現実に存在しなければならないものと限定的に解することは相当でない。
3 原告は、日本人と法律上有効な婚姻関係にある外国人であれば、日本人の配偶者という身分を有することのみで、「日本人の配偶者等」の在留資格を有するものであり、たとえ婚姻関係が破綻しているとしても、法律上適式に離婚していない以上、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるべきである旨主張する。
しかし、前示のとおり、法は、個々の外国人が我が国で行おうとする活動内容に着目し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えることとした趣旨と解すべきであり、「日本人の配偶者等」の在留資格も、当該外国人が、我が国でその身分を有する者としての活動として社会通念上予想される活動を行うことに着目して、これを認めることとしたものとみるのが相当である。
 したがって、原告の主張は法の趣旨に合致せず、採用することができない。
三1 原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められるためには、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動が必要であるとの立場に立ったとしても、原告の在留は、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動のためのものであるといえる旨主張し、被告は、原告とBとの婚姻関係は破綻し形骸化している旨主張してこれを争うので、次に、原告とBとの婚姻関係の推移についてみるに、前記争いのない事実に《証拠略》を併せれば、以下の事実が認められる。
 原告は、東京都杉並区《住所略》C荘一〇三号室(以下「C荘一〇三号室」という。)に居住し、D日本語学校に通学して日本語を勉強していたが、平成四年三月に同校が倒産したため、東京都新宿区大久保《住所略》所在のE日本語学院(以下「学院」という。)に転学した。
他方、Bは、平成四年五月ころ、学院に時間外講師として採用され、原告の所属するクラスを担当することとなった。Bは、同年三月三一日にFと協議離婚し、当時は、熱海に住むGという男性と交際しており、学院ではGと名乗っていた。
 平成四年五月、学院の旅行会で富士山に行った際、バスの中で原告の隣にBが座ったことから、お互いの家族関係のことなどの話をしたが、その際、Bは、年齢は実は三一歳であるのに二五歳であると偽り、住居等に関しても、Gという男性と同棲しているのに、熱海に父、弟妹がいて一緒に暮らしていると言い、名前も、当時はFBであったのに自分のフルネームはGBであると言うなど原告に虚偽の事実を話した(なお、Bは自己の過去の結婚歴を隠すためか、戸籍について転籍を繰り返し、後記の原告との婚姻届の直前の同年一〇月八日には静岡県沼津市《住所略》から東京都杉並区《住所略》に転籍している。)。その旅行の時以来、原告とBとは次第に親密になり、喫茶店で会い、映画を見に行くなどして交際していた。同年六、七月ころになると、Bは原告に対し、自立して東京に出たいと言い出し、そして、とりあえず原告の部屋を半分使用させて欲しいと話した。これに対し、原告は、結婚もしていない女性を一緒に住まわせることはできないと考えてこれを断っていた。同年八月初めころ、Bは原告に電話をしてきて「今日、家を出る。」と話し、原告と会いたいというので、原告は東京駅で待ち合わせてBに会ったところ、Bは「知り合いの水商売の経営者の女友達の所に行くが、ちょっと巣鴨の女友達の店に寄ってから行く。」と言い、原告に宝石を預かって欲しい
ということであった。翌日、原告がBに会うと、Bが疲れているようであったので、どうしたのか聞くと、Bは店を手伝ったと話した。原告は、Bが水商売の店で働いているかも知れないと心配になり、その日の深夜巣鴨の駅で待っていると、Bが同駅に現れたことから、Bが学院に内緒で水商売の店で働いていることが明らかになった。原告は「水商売の店で働くのはよくない。実家に電話をしてあげようか。」と言ったところ、Bは「実家には絶対に帰りたくない。」と言うので、原告はBを自宅に連れて行くことにした。自宅まで行く途中、Bが「もう行くところはない。お金もないから、店で働くほかない。」という趣旨のことを話したので、原告は、Bを守ってやりたいとの気持ちになり、Bに対し一緒に住もうと話し、Bもこれに同意し、このようにして、原告とBとはC荘一〇三号室で同棲することとなった。 
当時、原告は、午前中はH株式会社で働き、午後は学院に通う生活をし、Bはそれまでどおり週二回の学院の教師の仕事を続けていた(一か月の給与は約五万円であった。)が、休日等には二人で東京都内の公園などに遊びに行き、比較的楽しい毎日を送っていた。
原告は、Bと同居してからすぐにBに正式に婚姻届をするよう話した。Bは離婚歴もあることから、婚姻届をすることを渋っていたが、原告が何度も婚姻届をするよう言うので、Bもこれに応ずることとし、婚姻届を作成し、Bの希望により大安の日を選んで婚姻届をすることになった。原告は、婚姻届を作成する際、Bから自分は実は二五歳ではなく三一歳であること、一度離婚歴があるとの告白を初めて受けた。原告は、右告白を聞いて動揺したが、Bとの生活を継続したいとの気持ちが強かったことから、婚姻の意思を変えなかった。原告とBの婚姻届は、大安の日である同年一〇月一六日、東京都杉並区長に提出された。
原告は、Bに対し正式に結婚したら学院の教師をやめて欲しいと話しており、Bは、婚姻届をした日をもって学院を退職する予定にしていたが、右届出をした日にBが食中毒を起こしてI病院に入院したことから、入院中の同年一〇月一八日ころ電話で学院に退職する旨通知した。その後、Bは、同月二〇日ころから約一か月間Jデパートに勤務し、五反田にある塾教材販売会社勤務を経て、平成五年一月から二月にかけてK歯科医院で助手の仕事をしていた。
原告は、Bと結婚したことでもあり、もっと収入の多いしっかりした仕事に就かなければならないと考え、平成四年一〇月三〇日、九〇万円の定期預金を解約してL自動車学校に通い、同年一二月二四日に普通自動車運転免許を取得し、平成五年二月からM運輸に勤務するようになった。この間、原告は、平成四年一一月二六日、東京入管に行き、Bとの婚姻を理由に法別表第二所定の「日本人の配偶者等」への在留資格変更許可申請をし、同年一二月六日には日本語能力試験一級に合格した。なお、原告は、平成五年二月一日、「日本人の配偶者等」の在留資格を認められた。
原告とBは、当初、順調な結婚生活を送っており、同年一月一九日には、Bが妊娠していることが明らかになった。同日、原告が帰宅すると、Bが「子供をどうする。」と聞いたので、原告は「子供を産んでくれ。生活は大丈夫だから。心配しなくていい。」と答えた。
 原告は、C荘一〇三号室が手狭で、風呂がなく、トイレも和式で共同であること等から、妊婦であるBや生まれてくる子供にとって不便であると考え、平成五年二月九日に、C荘の近所にある東京都杉並区《番地略》N方二〇一号室(以下「N方二〇一号室」という。)を賃借し、同室に転居した。
しかし、引っ越しをした翌日、Bは、大家であるNから自分の実家の電話番号を聞かれ、仕方なく教えたということで、親の承諾なく原告と結婚していること、子供を妊娠していることが実家に知れるのではないかと心配している風であり、その日からBの様子がおかしくなり、情緒不安定となった。
その後間もなくして、Bは原告に対し、「今日病院に行って、先生から卵巣が腫れていて手術をしなくてはいけないと言われた。子供を産むのは今回はだめだ。」と話した。原告は心配になり、病院に電話をして医師の意見を聞いたところ、医師は、卵巣は少し腫れているが、手術の必要はなく、子供をおろす必要もない旨説明した。同年二月一四日、Bが原告のポケットベルに連絡をしてきたので、Bに連絡すると、Bは「病院に行って手術を受けるから、手術後の介護をお願いね。」と言った。原告は、急いで病院に行くと、Bが現れて「卵巣の手術を受けたい。子供をおろすことにしたい。」と話した。原告は、医師に対し、子供をおろさない
ように頼むと、医師は、子供をおろすには夫である原告の同意書がいる旨Bに説明し、二人でよく話し合うように言い、Bもこれに納得した様子であった。ところが、同月一五日に、Bはまた「子供をおろしたい。」と言いだし、同月一六日、N方二〇一号室を飛び出し、Bの実家に戻った。なお、Bは、実家に戻った後、子供を産む自信を持てないことから中絶してしまった。
原告は、Bの居所を探し求めたが、なかなか見つからず、警察に相談に行き、遺留品を調べてみたらどうかとの助言を受けて、Bの残していった荷物をみてみると、その中にアパートの賃貸借契約書があり、その住所は静岡県沼津市《住所略》と記載されていた。
原告は、同年三月一四日、その住所を訪ねて行き、そこがBの実家であることを知った。
そして、Bに会うことができたので、Bに対し再度原告の許に戻るように話した。Bは原告の許に戻ることは了解したものの、N方二〇一号室に戻ることに難色を示したので、原告はN方二〇一号室から引っ越すことを決意し、新居を探してBとの生活を再び始めることとした。
原告は、同年三月二一日ころ、有限会社O建設のPから中野区《住所略》Qハイム三〇四号室(以下「Qハイム三〇四号室」という。)を紹介され、同日中に右物件を見て気にいったが、Bの意見を聞いてから契約することとし、同年三月二三日にBと落ち合って再び右物件を見た上、同月二四日に賃貸借契約を締結した。そして、その後二日間はビジネスホテルに泊まり、同月二五日、原告が費用を出してQハイム三〇四号室に転居した。
Bは、同日、原告に対し、今までの自分の身勝手さを詫び、F姓からA姓に変わること、子供を産むことを伝え、同月二六日、Bについて外国人との婚姻による氏の変更届を作成し、原告が東京都杉並区長に提出した。
Bは再び仕事を始め、R大学附属病院病棟の手伝いや、東京都台東区にあるS株式会社での伝票整理等の仕事をした。
原告は、Bとの結婚をBの両親にも理解してもらいたいと思い、Bに対し母親に電話をし元気にやっているから心配しないように連絡して欲しいと頼んだが、Bは両親に対して電話をしたがらなかった。原告は、同年四月三〇日、Bに両親に電話をして欲しいと思い、Bにあらためてそのことを頼み、一緒にQハイム付近の電話ボックスまで行き、Bは渋々そこで電話を掛けた。原告はBが母親に電話をしているものと思い、直接母親に話をするつもりで受話器を取ると、その相手方はFという男性であることがわかったので、原告は、立腹して「どうして男性なんかに電話するのか。」と言い、かっとなってBの頭部を殴った。原告がBを殴ったとき、Bの頭が受話器にぶつかったため、原告は、Bが怪我をしているのではないかと思い、翌五月一日BをT病院に連れて行き、レントゲンを撮るなどして診察してもらったところ、全治五日間の頭部外傷と診断されたが、医師の話では大したことはないとのことであった。
原告とBは、同月四日、上野、浅草に遊びに行き、原告は、再びBと仲良く生活していけると感じた。
 Bは、その後、原告からFとの関係のことなど過去のことを少しずつでもいいから話して欲しいと言われたことや、原告が気にくわないことがあるとかっとなるタイプで、暴力を振るうこともあることから、原告と一緒に生活を続けるのはやはり難しいと感じ、平成五年五月六日、原告が留守の間に再び家出をし、U診療所を訪れ診察を受け(頭部・右膝関節部・右腰部打撲と診断された。)、診断書の交付を受けて沼津市の実家に戻った。
原告は家出をしたBを探し、同月八日にBの実家を訪ねたが、Bに会うことはできなかった。その後、原告は、何度かBの実家に電話をしてその所在を確認しようとしていたところ、Bが電話に出たので、Bが実家にいることが判明した。
同月一〇日、Bは、原告との離婚を求めて東京家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立て(平成五年(家イ)二七〇二号)、同年六月二日に第一回の調停期日が開かれた。右期日には、原告及びBの双方が出席したが、合意が成立する見込みがないとして、同日、調停は不成立となった。
同月四日、原告は、Bが実家にいると思って、Bの実家を訪ねた。そして、Bの過去が気になったので、右実家に行く前に、沼津市役所に寄ってBの戸籍謄本をとってみたところ、Bの姓は正しくはFであり、離婚歴が三回あること(昭和五八年一一月Dと婚姻、昭和六〇年六月同人と協議離婚、昭和六一年三月Fと婚姻、平成元年一一月同人と協議離婚、平成二年八月同人と再婚、平成四年三月同人と協議離婚)、Fが前夫であること、GというのはBがFと離婚した後付き合っていた男性にすぎないことなどがわかった。原告は、Bに裏切られた思いで怒りがこみ上げたが、今更どうしようもないと思って実家に行ったところ、Bの母が応対に出て、Bは仕事に行っていて不在であると言うだけであり、原告はしばらく待っていたが、結局Bに会うことができず、原告は帰京した。その後、原告は、平成五年七月四日にもBの実家を訪ねたが、Bに会うことはできなかった。
 Bは、二回目の家出の翌日である平成五年五月七日、住民票上の住所を東京都中野区《住所略》(Qハイム三〇四号室)から実家のある静岡県沼津市《住所略》に移したが、原告は、同年六月一五日、Bの住民票上の住所をBに無断で元のQハイム三〇四号室に戻した。Bは、そのことを暫くしてから知って驚き、再び実家の所在地に住民票を移し、中野区役所の職員からアドバイスを受けてBの住所異動届についての不受理届を提出した。
また、原告は、Bの最初の家出の後である同年三月八日以降、少なくとも平成八年九月一一日までの九回にわたり、継続的に東京都杉並区長に対し離婚届不受理の申出をしている。
 平成六年八月二七日ころ、Bから原告に対し、「私はAとは離婚しません。何故なら、今年生まれてくる赤ちゃん(別の男性との間にできた子)の為にも、戸籍上父親のない子にしたくないから……。」「それに、何かと言うと(原告は)暴力を振るうでしょう。」「とにかくAと籍を入れたのは楽をしたいからなの。」などと書かれた手紙が届いた。
その後、原告がBの住民票を取り寄せてみると、その住所が京都府舞鶴市《住所略》に変わっていたので、原告は、平成七年一月一二日に、Bの右住所宛てに原告の許あるいはBの実家に戻るように手紙を出したが、転居先不明で返送された。
 Bは、陳述書等で、原告との離婚を望んでいるようにいうが、離婚訴訟を提起せずに今日に至っている。
 原告は、平成五年七月一九日、平成六年一月一九日及び平成七年一月一三日、更新の理由を「二人の事を大事にしたいのです。」等と記載して在留期間更新許可の申請をした。前二者は許可されたものの、平成七年三月八日、在留期間更新を不許可とする本件処分を受けた。
以上の事実が認められる。
Bの証人としての供述又はその陳述書中には、原告に自分が水商売の店で働いているところを写真撮影されて、学院にばらすなどと脅されたため、原告と同棲せざるを得なくなった、原告との性的な関係は、原告の暴行、強制により始まった、原告と同居中金銭問題等で原告からしばしば暴行を受け、耐えられなくなって家出をしたなど、右認定に反する供述又は記載部分があり、乙八、九、二四(大家(N)からの聞き取り調査について)にもこれに沿う部分がある。しかしながら、Bは学院に時間外講師として働き、一か月五万円程度の収入を得ていたにすぎず、水商売で働いているところを写真にとられたことを学院に知らせられると困るからといって、その程度のことで同居や婚姻といった重大な事柄に応じるというのは常識的に考えにくいことであり、原告とBが二人で遊びに行った時の写真等からすると、楽しい思い出もあったはずであるのに、証人Bの供述、陳述書の記載には、そのようなことは一切現われておらず、原告を殊更悪く言うことに終始しているのは不自然である。また、乙八について、証人Bは日記のようなもので原告に内緒で書いたものと供述し、中学のころからこのようなものを書いていたというが、乙八の記載は原告と出会った七月から始まり、しかも、内容のほとんどが原告に対する悪口のみで、原告と婚姻したこと、妊娠したこと、Bのその他の生活関係の記載が欠けているなど内容的に極めて不自然であり、また、証人Bは、その保管場所について、アパートの共同トイレの上の棚に置いていたというのであるが、右のような私的で原告に秘密にしている日記を共同トイレの中に置くというのは考えにくいことである。さらに証人Bは、乙九は、原告からBの実家に頻繁に電話が掛かってきて脅迫まがいのことを言われるので、その電話の内容をメモしていたものであるというが、乙八の信用性が薄い点からして、乙九の記載も事実をそのまま記載したものかどうか疑わしい。証人B
の供述、陳述書の記載は、他にも一貫しない面、矛盾する面を含んでいる。そもそも、Bにおいて原告を殺したいほどにくいというのであれば、同居せずにすぐに逃げ出す途はあったはずであるのに、Bはそうしていない。一方、平成六年八月Bが原告に出した手紙について、証人Bは何故このような手紙を出したのかについて曖昧な供述しかしていないところ、その内容のほか、Bが原告に対し、自分の年齢、姓、結婚歴等について虚偽の事実を話していること、また、転籍を繰り返し自分の過去の結婚歴を隠そうとした形跡があることなどからすると、Bは、原告のBに対する愛情を利用して生活していたとのではないかとの感を否めない。乙
二四(大家(N)からの聞き取り調査について)には、大家においてBが青あざを作っているのを何遍も見た旨話したように記載されているが、原告とBがN方に同居していたのはわずか一週間であり、右聞き取り調査の内容は、大家であるNの話を正確に記載しているかどうか疑問があるし、少なくとも右の話には誇張があると考えられる。右証人Bの供述、陳述書の記載、乙八、九、二四の記載は、右の各点及び前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができない。
2 右認定の事実によれば、Bと原告は、語学学校の教師と学生という関係から親しくなり、恋愛感情を生じ、双方の合意に基づき、同居、婚姻したものであり、婚姻後、性格の不一致、国際結婚に伴う生活習慣、考え方の違いがあり、特にBの方は夫と協力して円満な夫婦関係を築こうとする意思が薄弱で、移り気な性格であり、また、原告は気にくわないことがあるとかっとなるタイプで、時に暴力を振るうこともあって、夫婦関係がうまくいかなくなり、Bは原告との一緒の生活に耐えられなくなって家出をし、実家に戻ったこと、しかし、原告が婚姻関係の修復を強く求めたことから、Bは原告と再度同居したものの、夫婦関係がうまくいかないことは従前と変わりなく、Bは原告と同居して生活を継続することは困難と考えて、再び家出をし、原告と別居するようになったものと推認される。結局、原告とBが夫婦として同居した期間は合計約六か月にすぎないことになり、Bが二回目の家出をした平成五年五月六日以降原告とBの別居状態が継続しており、Bは、本訴に証人として出廷し、原告との婚姻関係を継続する意思を有していない旨供述していることからすれば、原告とBの婚姻関係は破綻に瀕しているといわざるを得ないが、原告とBが別居してから本件処分時までには約一年一〇か月しか経過していないのであり、原告はBとの婚姻関係を修復したいとの意思を有し、Bの実家に電話をしてBと話をする機会を持とうとし、また、平成七年一月一二日にBに対し原告の許あるいはBの実家に戻るように書いた手紙を出したりし、東京都杉並区長に対し九回にわたり継続的に離婚届不受理の申出をし、在留期間更新許可の申請に当たっても、申請書にBとのことを大事にしたい旨記載していること、Bも、原告に差し出した手紙の中で、「私はAとは離婚しません。何故なら、今年生まれてくる赤ちゃんの為(別の男性との間にできた子)にも、戸籍上父親のない子にしたくないから……。」などと書いてきていること、Bは原告に対し離婚訴訟を提起するなど、原告との婚姻関係を解消するための措置を何らとっていないことなどを考慮すると、本件処分時において、原告とBとは婚姻関係をどうするかについてさらに話合いの機会を持つ必要があったと考えられるし、両者の婚姻関係が完全に回復し難い程に破綻してその実体を失い、既に形骸化したとまで認めることはできない。
右のとおり、本件処分時において、原告とBの婚姻関係が完全に破綻してその実体を失い形骸化しているとはいえないから、社会通念上、原告にはいまだ日本人の配偶者としての活動を行う余地があるとみるべきであり、したがって、原告は「日本人の配偶者等」の在留資格を有するものというべきである。
四 法所定の在留資格を有する外国人も、当然に我が国で在留を継続する権利を有するものではなく、被告において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がある場合に在留期間更新の許可が認められるのであり、右の要件の判断は、国内の治安と善良の風俗の維持などの国益の保持の見地から、当該外国人の在留中の行状や国内外の情勢など諸般の事情を総合的に勘案して行われる被告の裁量に委ねられているものである。しかし、その裁量権の行使が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかなときは、その判断は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして違法になるものと解するのが相当である。そこで、本件において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断にその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるかどうかについて検討する。
1 本件処分当時、原告とBの婚姻関係が完全に破綻して形骸化していたといえないことは、前示のとおりであり、原告は、現在でもなおBに愛情を持ち、できることなら夫婦関係を修復したいと希望しており、その他、原告とBの婚姻関係の推移等前記三1に認定した諸事情を考え併せると、原告が我が国における在留を継続したいというのは十分理解できるところであり、もし更新が認められないとすれば,原告はBとの婚姻関係を修復するための機会を失うし、また、修復が困難としても、原告とBとはなお話し合って婚姻関係をどのようにするか決める必要があるが、そのような話合いをすることも非常に困難になると推認される。
2 被告は、原告は、本件在留期間更新許可申請に当たり、法施行規則別表第三の二に掲げる資料の一つであるBの身元保証書を提出せず、また、東京入管の入国審査官がBと同居していない理由を明らかにするよう求めたが、原告は、本件処分時までに、Bとの別居に合理的理由があり、原告が日本人の配偶者としての活動を行う者であることにつき、被告を納得させるに足りる資料を提出しなかったとし、このことをも考慮して、原告については在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断した旨主張している。 
法施行規則二一条一項、二項は、在留期間更新許可申請に当たって、申請人は申請書二通のほか、同規則別表第三の二に掲げる資料その他参考となるべき資料を提出すべき旨を規定しており、これによれば、原告は、Bの身元保証書を提出すべきことになるが、原告は、Bと別居状態にあり、前記三1に認定したような事情から、Bの身元保証書を入手することもできない状況にあったものである。そして、右規則の定める資料は、あくまでも在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかを判断するための一資料にすぎず、その資料の提出がなければ直ちに在留期間の更新を不許可にしてよいということにはならず、原告のように配偶者の身元保証書を提出することができない特殊な事情がある者については、配偶者以外の者による身元保証書をもって代えることができるものと解するのが相当である。
また、《証拠略》によれば、原告は、東京入管の担当者からはがきで、原告とBが同居していないことについて詳細な説明書を出すように要求されたが、プライバシーに関する事柄であり、書類のやりとりでその説明をすると原告らのプライバシーがきちんと守られるか心配であり、また、原告とBの関係は微妙であり、書類に記載して説明するのは適当でないと考えられたことから、三回にわたり、東京入管の担当者に連絡をし、その都度婚姻の経過や別居の事情については出頭して口頭で説明をすると申し出ていたが、担当者からは何の連絡もなかったことが窺われるのであって、この点を考慮すれば、Bとの別居に合理的理由があり、原告が日本人の配偶者としての活動を行う者であることにつき、被告を納得させるに足りる資料を提出しなかったとし、Bから一方的に事情を聞き、原告の反論を聴取しないまま、Bの言い分をそのまま信用して、在留期間の更新を不許可とするのは、手続的に妥当性、公平性を欠くものといわざるを得ない。
3 法律上日本人と婚姻関係にあるがその日本人と同居していない外国人の場合、偽装結婚という場合が往々にしてあることは否定できない。しかし、原告とBとの婚姻が偽装であるとか、原告が婚姻意思を有しないのに、もっぱら我が国で就労するための目的でBと形式的に婚姻した者でないことは、前記三1に認定したところから明らかであり、しかも、原告の場合、本件処分時には、配偶者であるBと別居して約一年一〇か月しか経過していなかったものであり、また、原告は、アルバイトをしながら日本語学校に通って日本語能力試験一級の資格を取るなどまじめに生活していることが認められ、原告について我が国の国益を損なうような行状等があったことを認めるに足りる証拠はないのであって、これらの点を考慮すれば、日本人の配偶者と同居していない外国人の在留継続を認めることは偽装結婚を誘発する懸念があるからといって、原告について在留期間の更新を不許可とするのは妥当性を欠くといわなければならない。
4 そうすると、本件の場合、被告において、原告とBの婚姻関係が破綻し形骸化していることなどを理由に、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとしたのは、その判断の基礎を誤ったか、あるいは事実の評価を誤ったものであり、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわなければならず、本件処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法というべきである。
五 結語
よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

受刑者接見妨害国家賠償請求控訴事件
平成8年(ネ)第144号、平成8年ネ第204号
第204号事件控訴人、第144号事件被控訴人(一審原告):A・戸田勝・木下準一・金子武嗣
第144号事件控訴人、第204号事件被控訴人(一審被告):国
高松高等裁判所第4部(裁判官:大石貢二・一志泰滋・重吉理美)
平成9年11月25日

判決
主 文
一 一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 一審被告は、一審原告Aに対し、金二五万円及び内金一五万円に対する平成三年八月二七日から、内金一〇万円に対する平成四年七月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審被告は、一審原告戸田勝に対し、金五万円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 一審被告は、一審原告木下準一に対し、金一〇万円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 一審被告は、一審原告金子武嗣に対し、金五万円及びこれに対する平成三年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 一審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 一審原告らの控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 一審原告ら
1 原判決を次のとおり変更する。
2 一審被告は、一審原告Aに対し、金二四〇万円及び内金七〇万円に対する平成三年八月二七日から、内金一六〇万円に対する同四年七月二八日から、内金一〇万円に対する同六年一月一八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 一審被告は、一審原告戸田勝に対し、金一〇〇万円及び内金三〇万円に対する平成三年八月二七日から、内金六〇万円に対する同四年七月二八日から、内金一〇万円に対する同六年一月一八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 一審被告は、一審原告木下準一に対し、金一一〇万円及び内金四〇万円に対する平成三年八月二七日から、内金六〇万円に対する同四年七月二八日から、内金一〇万円に対する同六年一月一八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 一審被告は、一審原告金子武嗣に対し、金六〇万円及び内金一〇万円に対する平成三年八月二七日から、内金五〇万円に対する同四年七月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 一審被告の控訴を棄却する。
7 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。
8 2ないし5項につき仮執行宣言
二 一審被告
1 原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。
2 一審原告らの請求をいずれも棄却する。
3 一審原告らの控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。
5 仮定的に担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 事案の概要
一 本件は、徳島刑務所内で刑務所職員に暴行を受けた等として国家賠償請求訴訟を提起した懲役刑受刑者である一審原告A及び右訴訟の訴訟代理人であるその余の一審原告らが、刑務所長によって違法に接見を妨害され、精神的苦痛を被ったとして、一審被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき慰謝料を請求した事案である。
争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実については、次のとおり補正するほかは、原判決四枚目裏六行目から同一〇枚目表五行目までの記載のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決五枚目表九項目の「提起され」の次に「(平成二年ワ第三三二号)」を、同一〇行目の「右訴訟」の次に「、その他の民事訴訟及び再審事件」を、それぞれ加える。
2 同六枚目表一、九行目及び同裏六行目の各「乙1」の次に「、23」をそれぞれ加え、同七枚目表六行目の「乙1」を「乙23」と改め、同裏二、八行目、同八枚目表二、八行目、同裏四行目、同九枚目表一、八行目、同裏三、一〇行目及び同一〇枚目表五行目の各「乙1」の次に「、23」をそれぞれ加える。
二 争点
次のとおり補正するほかは、原判決一〇枚目表七行目から同二七枚目裏二行目までの記載のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決一七枚目裏二、三行目の「国連被拘禁者保護原則」の次に「(あらゆる形態の拘禁・収監下にあるすべての人の保護のための原則、以下「被拘禁者保護原則」という。)」を、同一〇行目の「いるのである。」の次に「右被拘禁者保護原則18やヨーロッパ人権規約六条の解釈は、訴訟における「武器の平等の原則」からみて当然のことということができる。」を、それぞれ加える。
2 同一九枚目裏七行目の末尾に改行して、「このように、憲法三二条、B規約一四条一項は当然に受刑者と弁護士との無条件の接見を認めており、これは受刑者の権利であるばかりか弁護士の権利でもある。」を加え、同二〇枚目表五行目の「」を「」と改め、同二一枚目裏七行目の「」を削除する。
3 同二一枚目裏一行目から同五行目までを次のとおり改める。
「 B規約一四条一項の解釈に当たっては、条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。)が解釈の指針となるとしても、その三一条では条約の解釈に関する一般的な規則を定めており、同条一項は「条約は文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」とし、同条二項は「条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、次のものを含める。条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意、条約の締結に関連して当事国の一または二以上が作成した文書であってこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの」とし、同条三項は、「文脈とともに、次のものを考慮する。条約の解釈又は適用に
つき当事国の間で後にされた合意、条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの、当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則」とし、さらに同条四項は「用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合には、当該特別の意味を有する。」としている。この条約法条約三一条の規定からすれば、条約の解釈は同条一項が規定するように、用語の通常の意義に従い誠実に解釈されるべきものである。
 B規約一四条一項を、右条約法条約三一条一項の規定に基づき検討してみると、B規約一四条一項第一文は、すべての者は裁判所の前には平等に取り扱われるべきものとしており、したがって、例えば「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等」のいかんなどによって、裁判所の門戸が開閉されたり、法律が不平等に適用され判断が偏ったりすることは許されないとの意であると解され、また、第二文は、すべての者が、刑事・民事を問わないすべての裁判について、「法律で設置された、権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。」と規定しているのであって、右のような第一文及び第二文の意味は、これ以上の特別の意味を有すると解することはできず、憲法一四条一項が法の下の平等を保障し、三二条が裁判を受ける権利を保障し、また、三七条一項が刑事事件における公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障していることと同義であると解される。
そうすると、B規約一四条一項の規定からは、そのコロラリーとして受刑者が民事事件の訴訟代理人である弁護士と接見する権利を保障していると解するのは無理があり、まして当該民事事件の相談、打合せに支障を来すような接見に対する制限は許されないと解することは到底できないものである。このことは、同条全体の文脈に照らしてみても、同条三項が刑事手続上の保障を受けることができる権利についての特別の規定を設け、とりわけ、において、刑事手続上「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること。」と規定しているのに、民事上の手続について何ら言及していないことからも明らかである。
 B規約一四条一項を解釈するに当たっては、ヨーロッパ人権条約の当事国がB規約の当事国の一部にすぎず、我が国もヨーロッパ人権条約の当事国にはなっていないのであるから、ヨーロッパ人権条約六条一項の解釈は条約法条約三一条三項の「当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則」には該当せず、また、一九八八年一二月九日に国連第四三回総会決議で採択された被拘禁者保護原則は、条約の規定に関する当事国の一定の適用が繰り返され、それが慣行化されたもの、とは到底いえず、条約法条約三一条三項には該当しないものである。したがって、右ヨーロッパ人権条約六条一項の解釈及び被拘禁者保護原則をその解釈基準とすることはできない。
なお、条約法条約三二条は、条約の解釈の補足的手段として、同条約三一条の規定によっては意味があいまい又は不明確である場合等には、条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができるとしている。しかし、B規約一四条一項の意味は条約法条約三一条の規定に照らして明確であり、同条約三二条にいう条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠してB規約一四条一項の意味を決定することは適当ではない。そして、B規約の草案が検討された経緯においても、受刑者が民事裁判を提起するために弁護士と面接する権利を含むか否かが検討されたことは窺えないのであり、この点からみても、B規約一四条一項が受刑者が民事裁判の訴訟代理人たる弁護士と接見する権利をも保障する趣旨を含んでいると解することはできない。」
4 同二六枚目表一〇、一一行目の「代わらない」を「変わらない」と改める。
三 証拠関係
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
一 B規約一四条一項、憲法三二条、監獄法及び同法施行規則の解釈について次のとおり補正するほかは、原判決二七枚目裏六行目から同三三枚目裏三行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二八枚目裏九行目の「ウィーン条約は、」の次に「その第三部の」を加え、同二九枚目表五行目の「しかるところ、」から同三〇枚目表一一行目までを「B規約一四条一項の文脈による解釈としては、その第一文では「すべての者は、裁判所の前に平等とする。」とあって、憲法一四条一項が保障するところの法の下における平等と同様の平等原則を意味し、その第二文では「法律で設置された、権限のある、独立の、かつ公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利」とあって、憲法三二条が保障するところの政治権力から独立の公平な司法機関に対しすべての個人が平等に権利・自由の救済を求め、かつそのような公平な裁判所以外の機関から裁判されることのない権利であって、当該事件に対して法律上正当な管轄権を有する裁判所で権限のある裁判官の裁判を受ける権利であり、裁判の拒絶が許されないこと及び憲法八二条が保障するところの対審及び判決の公開原則を意味しているものと解される。そして、この権利の内実をより明確に解釈するために、条約法条約では文脈とともにその三一条三項に掲げる、条約の解釈又は適用につき当事国間で後にされた合意、条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの、当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則、を考慮すると定められているものと解される。
ところで、B規約草案を参考にして作成されたヨーロッパ人権条約では、B規約一四条一項に相当するその六条一項で、同規約と共通する内容で公正な裁判を受ける権利を保障しており、右条約に基づき設置されたヨーロッパ人権裁判所におけるゴルダー事件においては、右六条一項の権利には受刑者が民事裁判を起こすために弁護士と面接する権利を含む、との判断が、また同裁判所におけるキャンベル・フェル事件においては、右面接に刑務官が立ち会い、聴取することを条件とする措置は右六条一項に違反する、との判断がなされている(甲62、63の1、2、72の1、2、証人北村泰三)。ヨーロッパ人権条約は、その加盟国がB規約加盟国の一部にすぎず、我が国も加盟していないことから、条約法条約三一条三項の「当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則」とはいえないとしても、ヨーロッパの多くの国々が加盟した地域的人権条約としてその重要性を評価すべきものであるうえ、前記のようなB規約との関連性も考慮すると、条約法条約三一条三項における位置づけはともかくとして、そこに含まれる一般的法原則あるいは法理念についてはB規約一四条一項の解釈に際して指針とすることができるというべきである。また、被拘禁者保護原則は国連総会で採択された決議であって、直ちに法規範性を有するものではなく、被拘禁者の弁護士との接見に関して定めたこの原則18に関し、当事国による適用が繰り返され慣行となっているとまで認めるに足りる証拠はなく、条約法条約三一条三項の「条約の適用につき後に生じた慣行であって、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの」に該当すると解することは困難である。しかし、右被拘禁者保護原則は、「法体系又は経済発展の程度の如何にかかわりなく、ほとんどの諸国においてさしたる困難もなく受入れうるもの。」として専門家によって起草され、慎重な審議が行われた後に積極的な反対がないうちに採択されたもの(甲62)であることを考慮すれば、被拘禁者保護について国際的な基準としての意義を有しており、条約法条約三一条三項に該当しないものであっても、B規約一四条一項の解釈に際して指針となりうるものと解される。
右ヨーロッパ人権条約についてのヨーロッパ人権裁判所の判断及び国連決議の存在は、受刑者の裁判を受ける権利についてその内実を具体的に明らかにしている点において解釈の指針として考慮しうるものと解される。
なお、規約人権委員会(B規約二八条)は、モラエル対フランス事件において、市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書(B規約第一選択議定書)五条四項に基づき、B規約一四条一項における公正な審理の概念は、武器の平等、当事者対等の訴訟手続の遵守を要求していると解釈すべきである、との見解を示している(甲65)ことも前記解釈について参考とすべき事情といえる。
以上の諸事情を勘案すれば、B規約一四条一項は、その内容として武器平等ないし当事者対等の原則を保障し、受刑者が自己の民事事件の訴訟代理人である弁護士と接見する権利をも保障していると解するのが相当であり、接見時間及び刑務官の立会いの許否については一義的に明確とはいえないとしても、その趣旨を没却するような接見の制限が許されないことはもとより、監獄法及び同法施行規則の接見に関する条項については、右B規約一四条一項の趣旨に則って解釈されなくてはならない。なお、付言すると、受刑者が自己の民事事件の訴訟代理人である弁護士と接見する権利ないし自由は、広い意味において憲法一三条の保障する権利ないし自由に含まれると解することができ、その点からも、監獄法及び同法施行規則の接見に関する条項については、受刑者が自己の民事事件の訴訟代理人である弁護士と接見する権利にも配慮した解釈がなされなくてはならない。」と改める。
2 同三一枚目表七行目の「そして」から同裏七行目の「考える。」までを「従って、前記のように憲法一三条で保障されているものと解される受刑者の弁護士との接見の権利ないし自由についても、これを尊重し、右の合理的な範囲を超えた制約が許されないことはいうまでもない。」と改め、同一〇行目の「弁護権」の前に「依頼者に対する債務とは別にその地位ないし使命から生ずる固有の」を加え、同三二枚目表九行目の「並びに接見の権利の重要性」を削除する。
3 同三三枚目裏三行目の末尾に改行して、「すなわち、受刑者とその民事事件の訴訟代理人である弁護士との接見について、当該事件の進捗状況及び準備を必要とする打合せの内容からみて、具体的に三〇分以上の打合せ時間が必要と認められる場合には、相当と認められる範囲で時間制限を緩和した接見が認められるべきである。また、当該民事事件が、当該刑務所内での処遇ないしは事件を問題とする場合には、刑務所職員が立ち会って接見時の打合せ内容を知りうる状態では十分な会話ができず、打合せの目的を達しえないことがありうることは容易に理解しうるところであって、現に接見の経験を有している弁護士が問題として指摘するところである(甲79の1ないし11、85、証人八重樫和裕)。そのような状態で訴訟を進めなければならないとすれば、受刑者であることゆえに訴訟において不利な立場に置かれ、訴訟における「武
器の平等の原則」に反し、裁判の公正が妨げられることになるのであるから、接見を必要とする打合せの内容が当該刑務所における処遇等の事実関係にわたり、刑務所職員の立会いがあって会話を聴取している状態では十分な打合せができないと認められる場合には、その範囲で刑務所職員の立会いなしでの接見が認められるべきである。従って、三〇分以上の打合せ時間の具体的必要性が認められる場合に、相当と認められる範囲で接見時間の制限を緩和しなかったとき、また、接見を必要とする打合せの内容が当該刑務所における処遇等の事実関係にわたり、刑務所職員の立会いがあっては十分な打合せができないと認められる場合に、刑務所職員の立会いなしの接見を認めなかったときには、裁量権の行使を逸脱ないしは濫用したものと解するのが相当である。なお、この場合、刑務所職員の立会いなしの接見とは、監視もされないということを意味するものではなく、受刑者と弁護士の会話の内容が刑務所職員に聞かれることのな
い状態を意味するものであって、被拘禁者保護原則18の四項でも「法執行官は監視できるが聴取することはできない。」と定めている(甲72の1、2、80)。」を加える。
二 接見制限の有無及び態様とその違法性について
次のとおり補正するほかは、原判決三三枚目裏五行目から同四七枚目裏七行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三三枚目裏七行目の「甲10の1ないし9」を、「甲10の1ないし10、10の12、10の16、10の18、10の21、10の24、10の27、10の29」と改める。
2 同三六枚目裏五行目の「仮に」から同六行目の「いい得る。」までを、「一概に接見業務に著しい支障を来すことになるとはいいきれない。」と、同三七枚目表三行目の「甲20の1、2ないし30の1、2」を「甲20ないし30(枝番を含む。)」、同裏八行目冒頭から同三八枚目表四行目末尾までを「そこで、具体的な必要性についてイないしヘ、チ及びリの各接見について次に検討する。
イ及びロについては、それぞれの面会許可申請書に、面会事由として、大阪地方裁判所平成二年ワ第三〇五四号事件の一一月二一日一審原告A本人尋問の準備のため、との記載がある(甲10の10、10の12)。訴訟における本人尋問は、証拠調べの中でも重要なものであって、その打合せには十分な時間が必要であることは容易に理解することが可能である。そしてロの申請書には一審原告A本人の主尋問の時間が一時間三〇分でその準備に最低二時間が必要との具体的な記載があり、接見を希望する日が平成二年一一月二〇日であって本人尋問がなされる前日であること及び申請書の記載からみても面会しての打合せには三〇分以上の時間が必要であったことが認められる(一審原告木下準一)。
ハについては、その面会申請書に、面会事由として暴行事件訴訟に関して一審原告Aの在監経過等事実調査及び打合せのためとの記載がある(甲10の16)。しかし、この記載から直ちに三〇分以上の時間が必要であると認めるのは困難であり、接見を求めた津川弁護士及び木村弁護士は、面会の当日、担当する黒岩課長に三〇分以上の時間の接見を求めたことが認められる(証人津川博昭)が、その必要性について具体的に明らかになっていたと認めるに足りる証拠はない。
ニについては、面会申請書に面会事由として記載されている事項のうち、六〇分を必要とするとされている暴行事件訴訟外一件の国家賠償請求事件の打合せは、その記載によれば期日の経過と今後の方針についての打合せ(甲10の18)であって、この記載から直ちに三〇分以上の時間が必要であると認めるのは困難であり、他に三〇分以上の時間が必要であったと認めるに足りる証拠はない。
ホについては、面会申請書に面会事由として記載されている事項は、民事事件四件及び国家賠償事件二件の打合せ並びに再審の準備状況について(甲10の21)というもので、件数が多いことからみて、接見時間がある程度必要であることは窺われるものの、民事事件四件のうち三件は事件番号が連続していることからみて関連事件であることが推測され、そうであればそれぞれの事件について別個の打合せまでは必要のないこともあり、また、打合せの内容としては、民事事件一件について和解成立後の履行について、とされているのみで、その余の事件については明らかではなく、この申請書の記載から直ちに三〇分以上の時間が具体的に必要であると認めるのは困難であり、他に三〇分以上の時間が必要であったと認めるに足りる証拠はない。
ヘについては、面会申請書に面会事由として記載されている事項は、再審の準備状況、面会についての新訴提起について、国家賠償事件二件及び民事事件の打合せのため(甲10の24)というものであり、この申請書の記載から直ちに三〇分以上の時間が具体的に必要であると認めることはできず、他に三〇分以上の時間が必要であったと認めるに足りる証拠はない。
チについては、面会申請書に面会事由として記載されている事項は、再審の準備状況、大阪地方裁判所の国家賠償事件の鑑定方法の打合せ、徳島地方裁判所の国家賠償事件二件の準備及び民事訴訟事件の打合せ(甲10の27)というもので、打合せや準備の内容としては、民事事件に関してその対策のために告訴する件及び新たな示談提起について、とされているのみで、その余の事件については明らかではなく、この申請書の記載から三〇分以上の時間が具体的に必要であるかどうかは不明であって、直ちに三〇分以上の時間が必要であると認めるのは困難であり、他に三〇分以上の時間が必要であったと認めるに足りる証拠はない。
リについては、面会申請書に面会事由として記載されている事項は、再審の準備状況、徳島地方裁判所の国家賠償事件二件の準備及び民事訴訟事件の打合せ(甲10の29)というもので、打合せや準備の内容としては、再審に関しては証人の供述の説明、徳島地方裁判所の国家賠償事件二件(暴行事件訴訟及び本件)に関しては一一月二〇日の期日の説明と今後の対策、民事事件に関しては新たな示談提起について、とされている。これらのうち、証人の供述の説明については、具体的な事実経過を説明し質問に応答するとすればかなりの時間がかかる場合があることは予測できないではないが、書面で補う可能性も否定できないし、常にそのようにはいえないこと、また、他の事件に関する事項と総合してみても、具体的に三〇分以上の時間が必要であったとまで認めることは困難であり、他に三〇分以上の時間が必要であったと認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、イ及びロの接見については、具体的に三〇分以上の必要性が認められる場合であるにもかかわらず、相当な範囲で制限を緩和しなかった点に裁量権を逸脱した違法があるというべきであるが、その余のハないしヘ、チ及びリの各接見については、具体的な必要性が明確であったとは認め難く、三〇分と制限したことが裁量権を逸脱し、濫用したものとまではいえないと解するのが相当である。」と、それぞれ改める。
3 同三九枚目表七行目の「主張する」から同裏六行目までを「主張し、当該刑務所における処遇等の事実関係にわたる打合せが接見の主要な目的となっている場合には、訴訟における「武器の平器の原則」から刑務所職員の立会い(会話を聞くこと)なしの接見を認めるべきことは前述のとおりである。この点からイないしヘ、チ及びリの接見について検討すると、面会許可申請書の面会事由に、暴行事件訴訟についての準備又は打合せが記載されているのはイ、ハないしヘ、チ及びリである(前掲の各接見日に関する甲号証)。従って、まずロについては、前記の理由により立会いを不可とすべき事情はない。その余のうち、ハについては、一審原告Aの在監経過等事実調査が接見の目的となっていることが明確であり、このような場合には刑務所職員が立ち会って会話内容を知り得る状態では率直な話ができず、打合せに支障を来すことが認
められるが、その余のホ、ヘの場合は単に打合せ(甲10の21、10の24)、チの場合は準備(甲10の27)、イ、ニ、リの場合は期日の経過説明と今後の方針または対策(甲10の10、10の18、10の29)というものであって、期日の経過説明については、過去の公開された裁判の経過を説明するものであるから、刑務所職員の立会いがあったからといって、暴行事件訴訟において一審原告Aが不利な立場に置かれることはなく、刑務所職員の立会いが違法となるとは解されないが、単なる打合せ或いは準備というのでは、立ち会っては打合せに支障を来すような事実関係にわたるものかどうかは不明であって、このような場合には、不測の事態に備えて刑務所職員が立ち会うことが直ちに違法となるものと解することはできない。そうすると、本件において、右ハの接見の際に刑務所職員を立ち会わせたことは違法であったといえるが、その余の場合に
は前記戒護上、処遇上の目的を達成するための合理的範囲内にとどまるものと認められ、裁量権の逸脱又は濫用があったとはいい難い。」と改める。
4 同四一枚目裏八行目の「証人黒岩」の前に「乙16、17」を加える。
5 同四三枚目表五行目の「乙5、」の次に「16、18ないし20、」を加え、同四四枚目表二、三行目の「証言するが、」を「証言し、これに添う証拠として乙16号証が存在するが、右証言によってもすべての電話内容について電話書留簿に記載されるものではないことが認められ、したがって津川弁護士からの電話連絡について電話書留簿に記録がなかったとしても、記載のないことが必ずしも津川弁護士からの電話連絡がなかったことにはならず、」と、同四六枚目表八行目の「10」を「11」と、それぞれ改める。
6 同四七枚目表三行目の「以上を総合考慮すると、」を「また、岡山大学医学部神経内科城洋志彦の鑑定書(甲77)によれば、同人は平成九年二月二一日に一審原告Aを診察し、その鑑定結果として一審原告Aの胸椎下部に黄色靱帯の骨化による第一ないし二腰髄神経レベルの神経障害があり、同人の訴える症状と矛盾するものではなく、骨化は進行していること、また頚椎の変形が認められ、第五ないし六頚髄あたりの頚髄及び神経根の損傷、病変として同人の訴える症状と合致すること、の各事実が認められているが、同鑑定書には、平成三年四月二日の時点での持続的な神経根の症状や脊髄の症状はなかったものと考えられる旨の記載がある。以上を総合考慮すると、ルないしカの接見当時、」と改める。
三 徳島刑務所長の故意、過失等について
次のとおり補正するほかは、原判決四七枚目裏九行目から同四八枚目裏六行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四七枚裏九行目の「各接見について」の次に「、刑務所職員の立会いのもとで」を加える。
2 同四八枚目表三行目の「そうすると、」から同六行目の「いうべきであるから、ここに」までを「そして、前記二で認定したとおり、面会許可申請書の記載自体からイ及びロの接見については三〇分以上の時間が必要であったことが認められ、ハの接見については刑務所職員の立会いがあっては打合せに支障が生ずることが認められるのであるから、これらの面会許可申請書を検討すれば、条件を緩和して接見を認めるべきことを認識し得たものというべきであり、」と改める。
四 一審原告らの損害について
以上のとおり、イ及びロの接見について接見時間を三〇分に制限されたこと、ハの接見について刑務所職員の立会いがあったこと及びヌの接見ができなかったことによって、一審原告らは精神的苦痛を被ったものと認められ、本件における諸般の事情を考慮すると、イないしハの接見の制限についてその精神的苦痛を慰謝するには、各一審原告において一回の接見について五万円(一審原告Aについて三回合計一五万円、同戸田弁護士についてイの一回五万円、同木下弁護士についてイ及びロの二回合計一〇万円、同金子弁護士についてロの一回五万円)が相当であり、ヌの接見できなかったことによる一審原告Aの精神的苦痛を慰謝するには一〇万円が相当である。
第四 結論
以上のとおり、一審原告らの本訴訟請求は、一審原告Aが金二五万円及び内金一五万円に対する訴状(原審平成三年(ワ)第二六四号)送達の日の翌日である平成三年八月二七日から、内金一〇万円に対する訴状(原審平成四年(ワ)第二六八号)送達の日の翌日である平成四年七月二八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、同戸田弁護士が金五万円、同木下弁護士が金一〇万円、同金子弁護士が金五万円及びこれらに対する平成三年八月二七日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるが、その余は失当であって棄却を免れない。
よって、これと結論を異にする原判決を右の趣旨にしたがって変更し、一審原告らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言については相当ではないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

在留資格変更申請不許可処分取消請求控訴事件
平成8年(行コ)第60号(原審:大阪地方裁判所平成7年(行ウ)第24号)
控訴人:A、被控訴人:法務大臣
大阪高等裁判所民事第6部(裁判官:笠井達也・孕石孟則・大塚正之)
平成10年12月25日
判決
主 文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が控訴人に対して平成七年三月三〇日付けでした在留資格の変更を許可しない旨の処
分を取り消す。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
次のとおり、付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由中の「第二 事案の概要」(三頁七行
目冒頭から一二頁一〇行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三頁七行目冒頭から四頁三行目末尾までを次のとおり改める。
「一 本件は、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正後のもの。以下、
改正前の同法を「旧法」、改正後の同法を単に「法」という。)二条の二及び別表第二所定の「日
本人の配偶者等」の在留資格で日本に滞在していたタイ王国国籍の女性である原告が、その後、
夫と別居していたこと等から右在留期間の更新を拒絶されたため、法二条の二及び別表第一の
三所定の「短期滞在」の在留資格に変更して滞在していたが、再び右別表第二所定の「日本人の
配偶者等」の在留資格への変更許可申請をしたところ、これに対し、被告は、平成七年三月三〇
日付けで、右変更を不許可とする旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたので、被告に対し、
本件処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。」
2 同五頁九、一〇行目の「在留期間の更新を認める」を「法二一条三項所定の在留期間の更新を
適当と認める」と、同一〇行目の「同年」を「平成六年」と改める。
3 同六頁六行目の「被告は、」の次に「法二〇条三項所定の」と加える。
4 同七頁八行目の「民法七五二条」の次に「参照」と加える。
5 同八頁七行目の「求められる」を「認められる」と改める。
6 同九頁一〇行目の「原告について」を「原告の本件申請に対し、法二〇条三項所定の」と改め
る。
7 同一一頁八行目末尾に改行のうえ、次のとおり加える。
「なお、原告は、平成六年の在留期間更新許可申請を不許可とした処分を争うことなく、自ら
の意思に基づき、希望する在留資格を「出国準備」を理由とする「短期滞在」に変更申請をし、
これが許可されたものである。したがって在留資格の変更を求める本件申請には、変更の必要
性及び相当性並びに法二〇条三項但書の「やむを得ない特別の事情」が必要であるところ、仮
に右の平成六年の不許可処分が違法であるとしても、後者の処分は前者の処分を前提とするも
のではないから、前者の処分の違法性を承継しないし、変更の必要性及び相当性並びにその他
にやむを得ない特別の事情を認めるに足りる事情も存在しない。」
8 同一一頁一一行目の「継続していたし、」の次に「現在においてもBとの同居を望み、同人と
の婚姻関係を継続する意思を失っていないし、」と加える。
9 同一二頁三行目の「欠くものであり、」を「欠くものである。」と改め、同三行目と四行目との
間に改行して次のとおり加える。
「仮に、原告とBとの婚姻関係が本件処分時において破綻していたとしても、その責任はも
っぱらBにあり、離婚となれば原告が精神的、社会的、経済的に極めて苛酷な状態におかれる
ことになるので、Bからの離婚請求は有責配偶者からの離婚請求として認容されないものであ
る。それにもかかわらず、原告が被告の本件処分により国外退去を強制されれば、その後にB
から離婚訴訟が提起されても事実上これに応訴することはできなくなり、右の点についての裁
判所による司法判断を経る機会を奪ってしまう結果になる。したがってこの点を看過している
点において、被告は評価を間違っている。」
10 同一二頁四行目の「また、原告がBの不貞、遺棄のために別居を余儀なくされ、」を、改行の
うえ「また法二〇条三項但書の点については、原告は被告に右の諸事情を無視され、平成六年
の」と改める。
11 同一二頁六、七行目の「受けたものであることを考慮すると、」を「受けたものである点を考
慮すべきである。」と改め、改行して、「これらの諸事情を考慮すると、原告の本件申請には、法
二〇条三項本文及び但書所定の在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由及びやむを
得ない特別の事情があるのであって、これを拒否した本件処分は、」と改め、さらに同九行目の
「裁量権の裁量権」を「裁量権」に改める。
第三 当裁判所の判断
一 争点一について
1 当裁判所は、控訴人は、本件処分当時、法二条の二、別表第二の在留資格である「日本人の配
偶者等」に該当し、当該在留資格が認められるための要件を具備していたものと判断する。そ
の理由は、「日本人の配偶者等」の意味について、次の2のとおり解するところ、控訴人には、
次の4のとおりの事由があり、これに該当すると判断するからである。以下順次述べる。
2 法二条の二、別表第二の「日本人の配偶者」の意味
 当裁判所も法二条の二、別表第二の在留資格である「日本人の配偶者等」のうち、日本人の
配偶者の身分又は地位に該当するためには、単に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足り
ず、日本人の配偶者としての活動が必要であると解する。その理由は、原判決の事実及び理
由の「第三 争点に対する判断」の一の1(一三頁二行目冒頭から一五頁三行目末尾まで)
に記載のとおりであるから、これを引用する。
 そこで、次に右に示した日本人の配偶者としての活動とは何かについて検討すると、法
二条の二の別表第二の在留資格である「日本人の配偶者等」に関して、法は、日本人の配偶者
としての活動の内容を個別、具体的には定めておらず、その活動範囲等を具体的に認識させ
るような規定も見当たらないから、同法の趣旨、目的、制度の構造等諸般の事情を斟酌した
うえ、我が国で適用される法例以下の国際民事法(準拠法としての日本民法を含む。)の諸規
定並びに国内法としての日本民法とその解釈及び条理などをも参考としながら、社会通念に
したがって判断するほかない。
ところで、一般に日本人の配偶者としての活動としては、当該配偶者と同居し、協力、扶助
しあう場合(法例一四条、民法七五二条参照)が通常ではあるが、それにとどまらず、例えば、
単身赴任で別居中であったり、双方の合意に基づいて離婚するか否かを考えるために当分の
間別居中である場合などを含み、さらに夫婦関係が既に破綻して別居しているような場合に
あっても、外国人である配偶者が離婚について合意せず、かつ、日本人である配偶者が不貞
や悪意の遺棄を行うなどして、明らかに有責配偶者に該当し、離婚訴訟を提起しても、これ
が認容されないようなとき(法例一六条、民法七七〇条一項五号参照)は、未だ当該外国人で
ある配偶者の日本での在留は、特段の事情がない限り、日本人の配偶者として活動している
ものと評価でき、別表第二の「日本人の配偶者等」に該当すると解すべきである。けだし、右
のような場合には、その在留が通常、前記の法の目的に反することはないし、また、右両配偶
者の身分関係には、法例と大部分の場合準拠法として日本民法が適用されるところ、法別表
にいう「日本人の配偶者」の概念はもとより同法独自の立場から決めるべきことは当然であ
るが、同じ日本法である右法例、日本民法の使用するそれと著しく乖離した意味付けをする
ことは、日本法間における用語の統一を乱し、ひいては制度、善良の風俗等に混乱を生じさ
せるおそれがある。具体的に見ても、日本人の有責配偶者の不貞等により婚姻関係の破綻に
追い込まれた外国人である配偶者が、それにもかかわらず、日本から退去させられ、ますま
す夫婦間を疎遠に追いやられ、さらに地理的、経済的、社会的、言語的な障害等により、事実
上、自らの権利(婚姻費用分担請求権等)も行使困難になり、極端な場合、日本人有責配偶者
から離婚訴訟を提起されても事実上これに応訴できなくなってしまう(子の親権者の指定、
財産分与、慰謝料請求権の行使についても同じ)ことになり、著しく正義に反する結果を招
来する危険があるし、このことは国際化する婚姻関係の中にあって、社会理念や通念にも合
わないと考えられるからである。
 なお、この点に関し、控訴人は、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるためには、
日本人との有効な婚姻関係が存在すれば足りる旨主張するが、前記の説示のとおり、右の
見解は採用できない。他方、被控訴人の主張及び行政実務は、基本的には前記の解釈と同
旨であると認められるが、その具体的な適用に当たっては、当該日本人配偶者の不貞等の有
責行為によって婚姻関係が破綻している場合であっても、破綻している事実を重視し、外国
人である配偶者はもはや日本人の配偶者としての行動をしていないとして、右在留資格を否
定する。しかし、この見解は、先に述べたとおり、日本人配偶者の有責性を顧慮していない点
において採用の限りではない。
3 そこで、以上の見解に立って、控訴人が本件処分時に法二条の二、別表第二の在留資格であ
る「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるための要件を具備していたか否かについて検
討すると、証拠及び証拠によって認められる事実は、次のとおり、付加、訂正するほか、原判決
の第三の一の2の(一八頁二行目冒頭から三一頁四行目末尾まで)に記載のとおりであるか
ら、これを引用する。
 原判決一八頁三行目の「九の一、二、」の次に「二七、」と加え、同行目の「検甲一ないし三」
を「検甲一ないし一一」と改める。
 同五行目の「一八及び一九、」の次に「二三、」と加え、同行目の「原告本人」の次に「、当審
における証人畑純一、同控訴人本人」と加える。
 同一九頁二行目の「スナックにおいて、」の次に「借金返済のため、求められるまま、」と加
える。
 同二〇頁二行目の「原告は」を「その後原告は、Bが原告と正式に婚姻したいと考え、婚姻
に必要な書類を用意してタイに来たので、」と改め、同八行目の「嵩んだこともあって」の次
に「Bには借金があったので、その支払に充てるため」と加え、同九行目末尾に改行のうえ、
次のとおり、加える。
「原告は、Bに昼の弁当を作って持たせるなど、通常の主婦としての仕事もしており、Bは、
原告がやきもちを妬くことを嫌がってはいたが、それ以外に原告が妻として問題があるとは
考えていなかった。」
 同二一頁四行目の「旅行に出る旨告げてCとともに出奔し、」を「旅行に出る、一人で考え
たい、待っていてくれなどと告げて、Cとともに出奔して所在をくらまし、」と改め、同五行
目の「同居するようになった。」の次に「なお、Bは出奔前には、原告の勤務するスナックの
ママに対して離婚はしないと述べていた。」と加える。
 同六行目の「原告は、」の次に「Bが彼氏のいる女性と駆け落ちしたと聞かされ、半信半疑
のまま、Bの居場所を探したが、日本の地理に不慣れであり、探すことができなかった。その
後、知人の力を借りて、ようやく」と加え、同八行目の「ともに」の次に「原告とBの結婚式
の写真を持って」と加える。
 同九行目の「これに対し、Bが、」を「しかし、Bから」と、同一〇行目の「拒否したところ、
原告は、」を「拒否されてしまったので、原告は、このままBと別居状態が続いたのでは在留
期間更新の許可が下りず、日本に在留することができなくなってしまうのではないかと恐れ
た。そのため、原告は、離婚する意思は毛頭なかったにもかかわらず、離婚すると言わなけれ
ば右更新についてBの協力が得られないと考え、Bに対し、」と改める。
 同二三頁二行目冒頭から二四頁三行目末尾までを次のとおり改める。
「 原告は、警察署にも捜索願いを出すなどしてBを捜し、連絡先が判明してからは、そ
の判明した連絡先である勤務先に伝言を依頼するなどしたが、連絡が取れないまま時が経過
した。やがて再び在留期間更新時期が近づいてきたので、原告はBに対し、更新手続への協
力を求めたところ、Bはこれに応じて、平成四年三月三一日、大阪入国管理局に出頭した。そ
の際、原告は、Bに、仕事の都合で別居しているが、早く同居したい旨記載された書面を作成
してもらい、原告は、これを添付して、希望する在留期間を三年とする在留期間更新許可申
請書を同局に提出した。被告は、同年八月一〇日、在留期間を一年とする更新許可をした。な
お、右Bに作成してもらった書面内容は、原告が呈示した案文を書き写したものであったが、
右案文は、前回更新時にBに作成してもらった書面の案文と同様、漢字かな混じり文であり、
原告自身が起案した文面ではないと推測される。」
 同二四頁四行目の冒頭から同五行目の「求められたことから」までを次のとおり改める。
「 原告は、その後もBが戻ってくるのを待っていたが、その見通しがなく、また、次の
在留期間更新については協力を得られないおそれがあったため、平成五年初めころ、和歌山
県の畑純一弁護士に相談をし、同弁護士に対し、緊急の問題としてBから在留期間更新手続
の協力を求めること、併せて夫婦間が円満になるようBと話し合いを行うことの二点を依頼
した。畑弁護士は、本件は、原告とBが偶然に知り合って、真摯に交際のうえ、困難を乗り越
えて結婚したものであること、しかし、Bがその後女性を作って原告を捨て別居状態になっ
ていること、それにもかかわらず、Bが更新手続に協力しないことによって、原告が国外退
去になり、その後、Bが離婚訴訟を起こして勝訴するということになれば誠に理不尽である
と考え、右依頼を引受けた。そして、畑弁護士は、当時の入管行政の実務では夫の不貞によ
って別居ないし婚姻関係破綻に追い込まれている外国人である妻の場合でも、別居等の事実
があれば、これを理由として日本人の配偶者等に該当しないとして扱われているので、原告
が不許可処分を受けてしまうと、取消訴訟でその不当性を争う道は事実上はなはだ困難であ
るし、また、原告の依頼の趣旨が夫婦関係の円満解決にあったことから、平成五年三月四日、
和歌山家裁新宮支部に夫婦間の協力扶助請求の審判及び審判前の保全処分を申し立てた。そ
して同月二五日の保全手続の審問期日において、原告とBとの間で、在留期間更新手続につ
いて協力すること、夫婦間の正常化についても今後話し合って行くという話がされたことか
ら、同弁護士は、当事者間の話合いに委ねることにした。その結果、Bは」
 同二五頁二行目冒頭から二六頁八行目末尾までを次のとおり改める。
「 しかし、その後も原告とBとの間で夫婦関係正常化に向けての話し合いは進まず、再
度の在留期間更新手続の時期が近づいたが、これへのBの協力も難しくなったため、原告は、
再び畑弁護士に相談をした。これを受けて、畑弁護士は、Bに対し、夫として協力する義務が
あることなどを話して説得したのに対し、Bは離婚届を渡してくれれば、最後に一度だけ協
力する旨回答した。畑弁護士は、Bが協力しなければ、在留期間更新の許可はおりないだろ
うと判断し、原告に対し、本来、Bは有責配偶者であり、離婚をBから求められる筋合ではな
いが、Bの協力がないと在留期間の更新が難しいこと、Bから協力を得るため、やむなく同
人と取り引きしてBの離婚届作成の要求を一定の条件のもとで受け入れて同弁護士が原告か
ら離婚届を預かる方も考えられるが、この場合には、その期間中に原告の気持ちが整理でき
なくて、離婚届の返還を求めても、返還できなくなることなどを説明したところ、原告は、B
との取引に応じたくはないものの、それでは在留期間更新許可を得られず、日本から退去を
求められ、事実上、話し合いができなくなることから、真実は離婚する意思はなかったもの
の、同弁護士がBと原告の立場を考慮して作成したB宛ての書面を写し、離婚届とともに同
弁護士に交付した。右書面には、離婚をし他の人と結婚する決心がつかないので、更に二回
在留期間更新手続に協力をしてほしい旨及び翌年四月を経過すれば離婚届を畑弁護士に預け
る旨が記載されていた。原告が二回の協力を求めたのは、直ぐに離婚を考えられる状況には
なく、Bが悪い女性との関係に眼を醒まして原告のもとに戻るのに時間が欲しかったためで
あった。なお、右書面中に原告が交際している男性がいるかのような記載があるが、畑弁護
士には具体的な人についての心当たりはなかった。」
十一 同二七頁八行目末尾に「なお、畑弁護士は、右のとおり、Bの協力は得られたものの、結果
的に更新が不許可となったことから、原告から預かっていた離婚届を原告に返還した。」と加
える。
十二 同二九頁八行目冒頭から三一頁四行目末尾までを次のとおり改める。 
「 原告は、BがCと出奔した後も、BがCと別れて戻ることを期待して、ホステスとし
て稼働しながら、Bの持ち物を処分することなく、肩書住所地で生活をしていた。原告は、平
成三年初めころにBの勤務先で同人と話し合った後も、Bと接触を求めたが、勤務先にしか
電話はなく、Bがいないときは取り次いでもらえないので、なかなか会うことができず、調
停及び在留期間更新手続の機会にしか、話し合うことができなかった。原告は、在留期間更
新手続の協力を得るため、三年間の更新許可がされれば離婚を考える旨の発言をしたことは
あるものの、本件申請に至るまでBと離婚をする決心はついていなかった。また、原告は、右
のとおり稼働しており、Bの扶助を受けなくても生活は可能であったので、女性と同棲し子
供のいるBに対し、生活費の支給を求めることはしなかった。
 Bは、原告のもとから出奔して以来、Cと同棲し、同人との間でD(平成四年一二月
三一日生)、同E(平成六年一〇月二九日生)をもうけ、両名を認知している。Bは、原告に発
見されるまで、自分の方から連絡を取って原告との関係をどうするかなどについて話し合お
うとしたことはなく、生活費を送ったりしたこともなかった。またBは、平成六年六月ころ
から、Cの祖父が経営する果物畑の栽培を手伝っており、本件処分当時は、原告との婚姻関
係を修復する意思のないことを原告に告げていた。Bは、出奔して後、原告に対し離婚を求
めたことはなく、また、その立場にはないと認識しているものの、できれば離婚したいとの
意思を有しており、本件訴訟の結果次第で、裁判を含めて離婚の話をするつもりでいるが、
先立つものはなく、具体的な離婚条件などは示されていない。」
4 以上の事実によれば、控訴人は、同棲期間を含めれば、一時、タイ王国に帰国していた期間
はあるものの、ほぼ六年間にわたり、Bと同居生活をし、その間、控訴人は、Bから見ると、
嫉妬心が強いと感じられたことはあるとしても、特に妻として問題があったわけではなかっ
たこと、ところがBは、他の女性と不貞行為に及び、旅行に出ると偽って、同女とともに行方
をくらまし、その後は控訴人に連絡をすることも、生活費を送金することもなく、一方的に
控訴人を遺棄して、その女性と同棲生活を営んでいたものであって、Bは明らかな有責配偶
者であること、本件処分当時、控訴人とBとの婚姻関係は、別居後四年半が経過し、その間、
BがCと同棲を続け、その間に二児までもうけており、客観的に見れば、再びBが控訴人の
元に戻って同居することは難しい状態にあり、原告とBとの婚姻関係は破綻状態にあったこ
とが認められるが、しかし、控訴人は、右当時、Bとの婚姻関係を今後も維持、継続したいと
考え、Bが女性と別れて自分のもとに戻ることを切望しており、Bも、その間の事情をわき
まえ、直ちに原告との婚姻関係を解消しようとは言い出せなかったこと、また、仮にBがそ
の時点で控訴人に対し離婚訴訟を起こしても到底認容される余地はなかったこと(法例一六
条、民法七七〇条)、そうすると、控訴人のBに対する配偶者としての地位は、法的にも十分
保護されるべきであり、他に前記の法の目的を害するような特段の事情のない本件において
は、本件処分時において、控訴人には日本人の配偶者としての活動を認めることが十分に可
能であり、したがって、控訴人は、「日本人の配偶者等」としての在留資格を有すると解する
のが相当である。
 被控訴人は、この点に関して、控訴人は、平成二年八月以降Bと別居し、家庭裁判所の調停
時や在留期間更新許可申請の際に顔を合わせるだけで、Bに対し三年間のビザがもらえたら
離婚をする旨申し述べ、離婚を約した書面及び署名済みの離婚届を交付するなど、本件処分
時には、両者の婚姻関係は完全に破綻し、控訴人も夫婦としての活動を行う意思もその可能
性も存在しない状態であり、日本人の配偶者としての活動を行おうとする者に該当しないと
主張する。しかし、前記認定のとおり、控訴人は、Bが女性と別れて自分のもとに戻ると信じ
て待っていたが、被控訴人に在留期間の更新許可をしてもらえなければ、タイ王国に帰らな
ければならず、そうなるとBとの同居を回復することも不可能となるため、不本意ながら、
離婚をほのめかせつつ、Bに在留期間更新手続への協力を求めてきたのであり、Bも、夫と
してこれに協力する義務のあることから、右手続に協力してきたものであり、本件処分当時
も、控訴人は、Bと離婚する意思はなかったが、畑弁護士からBの要望に応じなければ被控
訴人から更新許可を受けることができない旨説明され、将来離婚に応じるような書面を作成
したが、その文面においても、離婚の決心はつかず、少なくとも今後二年間は、Bと離婚でき
るかについて心の整理をする時間がほしいことを明記し、その間に、BがCと別れて控訴人
のもとに戻るのを待ちたいと考えていたのであり、Bも、その趣旨を理解して、在留期間更
新手続に協力したことが認められるのであり、また、強くBの不貞行為を責め、翻意を促し
て積極的に行動すれば、かえってBの離婚意思を強固にすることも懸念されるのであり、円
満な解決を求める意味で積極的な働き掛けをしていないからといって、離婚意思を有してい
ると推認することはできないのであって、Bに対し三年間のビザがもらえたら離婚をする旨
申し述べたとしても、Bに翻意を促す時間がほしかったからと解されるのであり、離婚を約
した書面及び署名済みの離婚届を交付するなどしたのも前記の経緯によることを考えると、
これらの事実から、両者の婚姻関係は完全に破綻し、控訴人も夫婦としての活動を行う意思
もその可能性も存在しない状態であったと判断することはできないと言わなければならな
い。
二 争点二について
1 被控訴人は、控訴人の本件申請に対し、法二〇条三項所定の在留資格の変更を適当と認める
に足りる相当の理由がないとして、本件不許可処分を行ったものであり(《証拠略》)、被控訴人
の主張によれば、右不許可処分の理由は、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められるために
は日本人の配偶者としての活動をし、又、活動する予定であることが必要であると解されると
ころ、控訴人は、日本人の配偶者としての活動をしておらず、又、離婚意思を有しており、今後
も活動する可能性もない状態であり、それにもかかわらず、控訴人はBに同居する予定がある
との虚偽の書面を提出させるなどして欺いたものであり、そのような場合は、「短期滞在」の在
留資格を「日本人の配偶者等」の在留資格へ変更する必要性及び相当性はなく、かつ、同項但書
における「やむを得ない事由」も存在しないと判断したことによるものと考えられ、また、右判
断に当たっては配偶者である日本人が有責か否かについては考慮されていなかったことは、被
控訴人の主張及び弁論の全趣旨により明らかである。
2 しかしながら、前記のとおり、控訴人はBとの婚姻を継続する意思を喪失したものとは認め
ることができないのであって、それにもかかわらず被控訴人において、控訴人が離婚意思を有
しており、今後も日本人であるBの配偶者として活動する可能性がなくなったと判断したこと
は重大な事実を誤認したものと言わなければならず、また、日本人である配偶者が有責配偶者
であり、離婚訴訟を提起しても認容されないような場合には、なお、日本人の配偶者としての
活動をする余地があることは前記のとおりであり、被控訴人は、控訴人がそのような立場にあ
ったことを考慮しなかったのであるから、この点において、その評価を誤ったものとも言わな
ければならない。
3 ところで、法二〇条三項は、被控訴人は、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理
由があるときに限り、これを許可することができ、「短期滞在」の在留資格をもって在留する者
の申請については、やむを得ない特別の事情に基づくものでなければ許可しない旨定めている
が、右の要件の判断は、法の目的である国内の治安及び善良の風俗の維持などの国益の保持の
見地から、当該外国人の在留中の行状、国内外の情勢など諸般の事情を総合して行うべき被控
訴人の裁量行為であると解されるのであり、右判断が違法であるというためには、その裁量権
の行使が全く事実の基礎を欠き、又は、事実に対する評価が合理性を欠くこと等により社会通
念上著しく妥当性を欠くことが明らかなときは、裁量の範囲を逸脱し、又は、その濫用があっ
たものとして、違法になると解するのが相当である。
4 そこで、検討すると、右1及び2記載のとおり、被控訴人は、控訴人が離婚の意思を有してお
らず、円満解決を望んでおり、Bの戻りを待ち望んでいるにもかかわらず、控訴人は離婚意思
を有しており、婚姻関係を継続する意思がないと誤認をしたものであるが、離婚意思を確定的
に有しているか否かは、日本人の配偶者としての活動を考えるうえで極めて重要な事実である
と言わなければならない。また、被控訴人は、相手方である日本人が有責配偶者であるか否か
については、評価の対象とはしていないのであるが、しかし、有責配偶者であるか否かは、離婚
訴訟においても、その要件を異にしており、当該外国人において日本人の配偶者としての活動
の余地があるか否かを評価するうえでも重要な事柄であると言わなければならない。そうする
と、被控訴人がした本件不許可処分は、その裁量権の行使が全く事実の基礎を欠き、かつ、事実
に対する評価が合理性を欠くことにより社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであると
言わねばならず、したがって、裁量の範囲を逸脱し、又は、その濫用があったものとして違法に
なると解するのが相当である。
5 なお、控訴人は、Bに協力を求めて、事実に反する書面を提出するなどして「日本人の配偶者
等」の在留資格について更新の許可を求めた経緯はあるのであるが、当時、控訴人が、既にBと
別居しており、Bは女性と同棲しており、連絡も取りにくい状態にあることなどを話せば、当
時の更新手続の運用からすると、日本人有責配偶者への配慮が欠けており、「日本人の配偶者
等」の要件を具備しないものとして、更新が不許可とされ、日本に滞在することができなくな
る危険が高かったのであり、控訴人が有責配偶者の妻として、日本に滞在するためにはやむを
得ない行動であったと見ることもできないものではなく、また、控訴人は、Bと婚姻して再入
国して後は、他に日本国の国益を損なうような行状はなく、かえって在留許可を認めないとす
れば、控訴人の円満な解決を求める活動ができなくなるのはもとより、控訴人は生活の資を失
い、我が国を最後の同居地としてBから我が国の裁判所に離婚訴訟等を提起された場合にも、
事実上、日本人の妻としての活動が封じられる危険が高く、結果的に日本人の配偶者としての
活動をする余地を奪われることになるのであり、これらの点を考えると、右事実に反する陳述
をしたなどの事実があるとしても、なお、前記判断を左右するに足りないというべきである。
6 また、本件は、「短期滞在」で上陸した者が日本人の配偶者等への変更を求めたものではなく、
既に「日本人の配偶者等」の在留資格を有しており、その更新を同様の理由で違法に拒絶され
たために、やむを得ず被控訴人の指示にしたがって「短期滞在」の在留資格を取得したうえ、直
ちに「日本人の配偶者等」への在留資格の変更を求めたものであり、前記認定の経緯を総合す
ると、別個の処分であるから前記認定の違法性を引き継がないということはできず、変更の相
当性及び必要性を認めるべきであり、また、短期滞在からの在留資格の変更において必要とさ
れる「やむを得ない特別な事情」についても、右同様、これを認めるべきであり、これらの事情
がないとして、これを不許可とすることは、前記同様、著しく妥当性を欠くと言うべきである。
二 以上によれば、控訴人の本件請求は理由があるから、これを認容すべきであり、これと異なる
原判決は相当でないから、これを取消し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六七条、六一条を適
用して主文のとおり判決する。

在留資格認定証明書不交付処分取消請求事件
平成10年(行ウ)第23号
原告:A、被告:法務大臣
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:青柳馨・増田稔・篠田賢治)
平成10年12月25日

判決
主 文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告が原告に対し、平成九年一一月一一日付けでした在留資格認定証明書不交付処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、中国(台湾)国籍を有する外国人で、日本人男性と婚姻関係にある原告が、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)七条の二第一項に基づき、被告に対し在留資格認定証明書の交付を申請したところ、被告から、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、右証明書を交付しない旨の処分を受けたため、原告が、これを不服として、右処分の取消しを求めている事案である。
一 関係法令の定め
1 外国人の上陸拒否事由
法五条一項は、外国人の本邦への上陸拒否事由について規定しているところ、同項四号及び七号に掲げられた上陸拒否事由は、次の、記載のとおりである。
 四号
日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者。ただし、政治犯罪により刑に処せられた者は、この限りでない。
 七号
売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者
2 入国審査官の審査
 本邦に上陸しようとする外国人(乗員を除く。)は、その者が上陸しようとする出入国港において、法務省令で定める手続により、入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならないところ(法六条二項)、法七条一項は、入国審査官は、右の申請があったときは、当該外国人が次のないし記載の同項各号(法二六条一項の規定により
再入国の許可を受け又は法六一条の二の六第一項の規定により交付を受けた難民旅行証明書を所持して上陸する外国人については、一号及び四号)に掲げる上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならないと定めている。
 一号
その所持する旅券及び、査証を必要とする場合には、これに与えられた査証が有効であること。
 二号
申請に係る本邦において行おうとする活動が虚偽のものでなく、法別表第一の下欄に掲げる活動(五の表の下欄に掲げる活動については、被告があらかじめ告示をもって定める活動に限る。)又は法別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位(永住者の項の下欄に掲げる地位を除き、定住者の項の下欄に掲げる地位については被告があらかじめ告示をもって定めるものに限る。)を有する者としての活動のいずれかに該当し、かつ、法別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする者については我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案して法務省令で定める基準に適合すること。
 三号
申請に係る在留期間が法二条の二第三項の規定に基づく法務省令の規定に適合するものであること。
 四号
当該外国人が法五条一項各号のいずれにも該当しないこと。
 なお、法七条二項によれば、右記載の入国審査官の審査を受ける外国人は、同条一項に規定する上陸のための条件に適合していることを自ら立証しなければならないとされている。
3 在留資格認定証明書制度
 法七条の二第一項は、被告は、法務省令で定めるところにより、本邦に上陸しようとする外国人(本邦において法別表第一の三の表の短期滞在の項の下欄に掲げる活動を行おうとする者を除く。)から、あらかじめ申請があったときは、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる旨規定している。
 法七条の二第一項の規定を受けて、法施行規則六条の二は、在留資格認定証明書制度について具体的に定めているところ、同条五項は、その本文において、在留資格認定証明書の交付申請があった場合には、被告は、当該申請を行った者が、当該外国人が法七条一項二号に掲げる上陸のための条件に適合していることを立証した場合に限り、在留資格認定証明書を交付するものとする旨規定し、そのただし書において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
二 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 原告の国籍等
原告は、一九五四年(昭和二九年)七月二五日、中国(台湾)において出生した、中国(台湾)国籍を有する外国人女性である。
2 第一回目及び第二回目の入国及び出国の状況等
 原告は、昭和五九年六月二日、平成元年法律第七九号による改正前の法(以下「旧法」という。)四条一項四号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―四」という。)及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸した。
 原告は、その後、在留期間更新許可を受けて本邦に在留中、昭和五九年一一月二〇日、前夫である日本人男性と婚姻し、昭和六〇年一月九日、被告から、その在留資格を旧法四条一項一六号及び平成二年法務省令第一五号による改正前の法施行規則二条一号に該当する者としての在留資格(以下「在留資格四―一―一六―一」という。)に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
 原告は、その後、六回の在留期間更新許可を受けて本邦に在留していたが、昭和六二年一二月二日、前夫と協議離婚し、昭和六三年二月六日、出国した。
 原告は、昭和六三年五月二七日、在留資格四―一―四及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、本邦に滞在後、同年八月一五日、出国した。
3 第三回目の入国及び退去強制を受けた経緯
 原告は、昭和六三年一一月二八日、在留資格四―一―四及び在留期間三〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸し、同年一二月七日、日本人であるB(以下「B」という。)と婚姻し、平成元年一月一八日、被告から、その在留資格を在留資格四―一―一六―一に変更し、在留期間を六か月とする旨の在留資格変更許可を受けた。
 原告は、Bと婚姻後、新潟県佐渡郡相川町において同人と同居し、平成二年三月に同人が同郡佐和田町に居宅兼店舗を新築し、飲食店を開業した後は、同人と共にその営業に従事していたところ、原告とBは、右飲食店の営業に関し、平成三年五月一〇日ころから平成四年一一月三〇日までの間、本邦において報酬その他の収入を伴う活動をすることができる在留資格を有しない外国人女性六名を、ホステス兼売春婦として報酬を受ける活動に従事させ、また、同年四月下旬ころから同年一一月三〇日までの間、右六名の外国人女性を右居宅兼店舗の二階に居住させ、原告等の指示により、右外国人女性らをして売春行為を行わせていた(甲四、乙二、弁論の全趣旨)。
 原告とBは、平成四年一一月三〇日、新潟県警両津警察署に売春防止法違反の容疑で逮捕され、平成五年三月八日、新潟地方裁判所において、法違反及び売春防止法違反の罪により、いずれも、懲役一年八か月及び罰金に二〇万円、懲役刑につき執行猶予三年の有罪判決を受けた。
 原告は、前記記載の在留資格変更許可を受けた後、四回にわたって在留期間更新許可を受けていたが、四回目の在留期間更新許可に係る在留期限である平成四年一二月二八日が経過した後は、在留期間更新許可を受けることなく本邦に不法に残留していたところ、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国警備官は、平成五年三月八日、原告について法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月九日、これを執行して原告を東京入管収容場に収容した。
 東京入管入国警備官から原告の引渡しを受けた東京入管入国審査官は、審査の結果、平成五年三月二四日、原告は法二四条四号ロ及びヌに該当する旨の認定を行って、これを原告に通知した。
 その後、東京入管特別審理官による口頭審理、被告に対する異議の申出の審理を経て、平成五年六月二四日付けで、原告の異議の申出は理由がない旨の被告の裁決がされ、東京入管主任審査官は、同年七月一三日、原告に対し、右裁決を告知するとともに、退去強制令書発付した。
 東京入管入国警備官は、平成五年七月一三日、右退去強制令書を執行して、原告を東京入管収容場に収容した上、同月二九日、原告を羽田空港から台湾に向けて送還した。
4 在留資格認定証明書不交付処分
 原告は、平成九年五月一五日、Bを代理人として、東京入管において、被告に対し、法七条の二第一項に基づき、原告が法別表第二の日本人の配偶者等の在留資格に該当する旨の在留資格認定証明書の交付申請を行った。
 被告は、右交付申請について、平成九年一一月一一日付けで、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由として、在留資格認定証明書を交付しない旨の処分(以下「本件不交付処分」という。)をし、Bにその旨通知した。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、在留資格認定証明書の交付申請につき、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨定めている法施行規則六条の二第五項ただし書の規定が、法七条の二第一項による委任の範囲を逸脱しており、違法無効というべきか否か(争点1)、法施行規則の右の規定が有効である場合、原告が法七条一項四号の条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条及び二三条一項に違反するか否か(争点2)である。
右各争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
1 争点1について
(原告の主張)
一般に委任立法は、法律が個別的かつ具体的に委任した範囲においてのみ、その制定が許されるものであり、委任立法において授権した法律の予想しない定めを置くことは、許されないものというべきところ、以下のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものであり、違法無効というべきである。
 法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人について、あらかじめ申請があった場合、当該外国人が法七条一項二号に掲げる条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合に、その旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。すなわち、法は、在留資格の適合性を証明する制度として在留資格認定証明書制度を定めているのであって、右証明書を交付するに当たっての審査の対象は在留資格の適合性の有無に限られ、その適合性が認められれば、右証明書が交付されるべきものなのである。 
このことは、法七条の二第一項が、「前条第一項第二号に掲げる条件に適合している旨の証明書を交付することができる」と規定していることからいっても明らかであり、また、法七条の二第一項の「法務省令で定めるところにより」との規定は、「あらかじめ申請があったときは」と続く文脈からいって、法務省令に在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを委任しているものと解されるのである。
右のとおり、法七条の二第一項は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、法七条一項四号該当性の有無(法五条該当性の有無)について事前審査をすることまでも授権しているわけではないのであるから、法施行規則の右の規定は、法七条の二第一項の委任の範囲を超えるものである。
 そもそも、法の定める手続によれば、法七条一項四号が定める上陸条件に適合するか否かについては、外国人から上陸申請があった場合に入国審査官が審査することとなっており、右の入国審査官が行う上陸審査については、特別審理官による口頭審理や被告に対する異議の申出という法の定める適正手続が保障されている上、最終的には、被告による上陸特別許可(法一二条一項)への道も開かれているのである。
法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反することは明らかである。
(被告の主張)
 法七条の二の定める在留資格認定証明書制度の趣旨は、右証明書の交付を受けることができれば、当該外国人が上陸申請の際に自ら立証しなければならない法七条一項に定める上陸条件中の在留資格等に係る上陸条件についての立証が容易となることにより、一連の入国手続の簡易迅速化及び効率化を図るという点にあるものである。
法七条の二第一項の文言から明らかなように、同規定に基づき発行される在留資格認定証明書の証明する事項は、法七条一項二号に定める在留資格等に係る上陸条件に適合していることのみに限られ、その他の上陸条件に適合していることまでも証明するものではないが、法は、その交付の要件については特に規定しておらず、これを法務省令の定めるところに委ねている。
しかして、在留資格認定証明書の目的が前記のようなものである以上、仮に右証明書の交付を申請する者が、法七条一項二号に定める条件そのものには適合しているとしても、法五条一項各号に該当する場合には、その者に対しては査証が発給されないことが予想されるのであって、このような場合に在留資格認定証明書を交付することは、同証明書制度の目的に照らして何らの必要性もなく、かえってこれを本来予定していた目的以外に悪用される危険性も否定し得ないのである。
したがって、法施行規則六条の二第五項ただし書が、法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、在留資格認定証明書を交付しないことができる旨規定していることは、法七条の二第一項の規定の趣旨・目的に適合し、合理的なものということができ、何ら右規定の委任の範囲を逸脱するものではない。
 原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号該当性の有無について審査を行うことは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、右の法の定める適正手続をないがしろにするものであり、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
しかしながら、在留資格認定証明書は、外国人が査証の発給を受けるための不可欠の文書ではなく、右証明書の交付がなくとも、直接、査証の発給を申請することもできるものである。もとより、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸のための条件に適合しない場合には、一般に査証は発給されず、結局、その外国人は本邦に渡航し上陸審査手続を受けることはできないが、そのことと、在留資格認定証明書の有無とは何ら因果関係がないのである。
右のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであって、原告の右主張は失当である。
2 争点2について
(原告の主張)
昭和五四年九月二一日から我が国について効力を生じているB規約は、国内裁判所において裁判規範となり、同規約に違反する国内法を無効とし、同規約に違反する国内法による措置を違法と認定する根拠となるところ、以下のとおり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものとして、違法というべきである。
 B規約二三条一項は、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」と定めている。これは、「社会の自然かつ基礎的な単位」である家族がもつ社会的機能を承認し、社会制度としての婚姻及び家族の保護を通じて、家族を構成する個人の権利を保障するものである。また、B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止している。
 法五条一項四号は過去に一定以上の刑に処せられたことを、同項七号は過去に売春行為に関与したことを、それぞれ上陸拒否事由として定めているが、これを形式的に適用した場合、原告が婚姻した夫と同居することは不可能であり、原告は永遠に家族との同居を拒否されることになる。
しかし、かかる事態が、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に違反することは明らかであり、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、B規約の右各規定に適合するよう制限的に解釈する必要があるというべきである。
 しかるに、被告は、過去の刑事事件の執行猶予期間の経過とその法律上の効果、原告の夫であるBの家庭の事情、原告もBも深く過去の事件を反省し、真面目に再同居することを誓約していること、原告が再び入国できるよう嘆願する数多くの日本人がいることなど、考慮すべき事情を何ら考慮せず、法五条一項各号が定める上陸拒否事由を形式的に解釈して、本件不交付処分をしたものであり、右処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものというべきである。
(被告の主張)
 本件不交付処分は、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることが明らかであることを理由としてなされたものであるが、本件不交付処分と原告が査証の発給を受けられず、上陸審査手続を受けられないこととの間に因果関係がないことは、前記1(被告の主張)記載のとおりである。
したがって、原告がその夫と本邦において同居できないことは、本件不交付処分の結果によるものではないのであって、本件不交付処分が、B規約一七条及び二三条一項に違反するとする原告の主張は、そもそも失当である。
 のみならず、以下のとおり、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に何ら違反するものではないから、原告が法五条一項四号及び七号に該当する者であることを理由としてなされた本件不交付処分が、B規約の右各規定に違反するものでないことも明らかである。
 憲法二一条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考えを同じくするものと解される。
したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解すべきである。
 これをB規約についてみても、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条は、すべての出入国が自由であるべきとするものではなく、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰国の自由(同条四項)を保障しているにとどまる。他方、B規約一三条は、合法的に締約国の領域内にいる外国人についてすら、法律に基づいて行われた決定によって当該領域から追放することができる旨規定している。そして、B規約中に、他に外国人の入国する権利を認める規定は何ら在存しない。
右のとおり、B規約は、外国人の入国・在留までも権利として保障しているものではなく、その点に関して憲法及び国際慣習法と軌を一にするものである。
 かかる基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるとすることは、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人につ
いて期間を定めることなく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることも何ら憲法又はB規約その他の国際法に違反するものではない。
ところで、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権の一つとされるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若しくは不法に干渉され又は……不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」侵害されないという意味と解されており、また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等について自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものであるが、かかる保護ないし保障は、我が国で在留していることを当然の前提としているものである。
したがって、前記のとおり、法の規定が憲法及びB規約に適合し、合理的なものである以上、これに則って原告の上陸が拒否されることがあるとしても、原告の右の権利・自由を侵害するものということができないことはいうまでもなく、法五条一項四号及び七号は、B規約一七条及び二三条一項に違反するものではないのである。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 前記第二の一3記載のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定しているところ、原告は、法施行規則の右の規定は、在留資格認定証明書制度を定めた法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものであり、違法無効である旨主張する。
2 しかしながら、原告の右主張は、採用することができない。その理由は、次のとおりである。
 前記第二の一2記載のとおり、本法に上陸しようとする外国人は、その上陸しようとする出入港において入国審査官に対し上陸の申請をし、法七条一項に規定する上陸のための条件に適合することを自ら立証しなければならないところ、同項二号に規定する在留資格該当性等の在留資格に係る条件に適合することについては、出入国港において短時間で立証することは必ずしも容易ではないことから、入国審査手続の簡易迅速化と効率化を図ることを目的として、法七条の二は、本邦に上陸しようとする外国人からあらかじめ申請があった場合に、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合しているか否かを審査し、適合していると認められる場合にその旨の証明書を交付する在留資格認定証明書制度を定めたものである。
 そして、法七条の二第一項は、「法務大臣は、法務省令で定めるところにより、……証明書を交付することができる。」と規定し、在留資格認定証明書制度についての具体的な定めを法務省令に委任しているところ、前示のとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書は、在留資格認定証明書の交付申請があった場合において、被告は、当該外国人が法七条一項一号、三号又は四号に掲げる条件に適合しないことが明らかであるときは、右証明書を交付しないことができる旨規定している。
もとより、在留資格認定証明書は、当該外国人が法七条一項二号に規定する在留資格に係る条件に適合していることを証明するものであって、同項に規定する他の上陸のための条件に適合していることを証明するものではないが、たとえ当該外国人が在留資格に係る条件に適合している場合であっても、審査の過程において、当該外国人が上陸拒否事由に該当するなど他の上陸のための条件に適合しないことが明らかとなり、たとえ当該外国人が上陸の申請をしたとしても上陸が許可される見込みがないという場合についてまで、在留資格認定証明書を交付することは、前示の在留資格認定証明書制度の目的に照らし何らの必要性もなく、かえって右証明書を本来予定した目的以外に悪用される危険性も否定し得ないことを考慮すれば、かかる場合に在留資格認定証明書を交付しないことができるとした法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、内容的にみて、法七条の二第一項による委任の趣旨に反するものということはできない。
 また、法七条の二第一項の規定を、文理的にみた場合、同項の「法務省令で定めるところにより」との文言は、同項の文末の「……証明書を交付することができる。」という部分に係るものと解するのが相当であり、同項は、その委任の趣旨に反しない範囲で、法務省令により在留資格認定証明書の交付要件について定めることをも委任しているものというべきである。
この点に関し、原告は、法七条の二第一項は、在留資格認定証明書の交付申請手続を定めることのみを法務省令に委任しているものと解される旨主張するが、原告の右主張は、同項の文理に沿わないものというべきであり、失当である。
 さらに、原告は、法施行規則六条の二第五項ただし書が規定するように、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することは、入国審査官が行う上陸条件適合性の審査を先取りすることにほかならず、上陸審査に関し法が定めた適正手続をないがしろにし、上陸特別許可への道も塞がれてしまうことになるのであって、著しく手続的正義に反する旨主張する。
しかしながら、上陸審査に関する手続を定めた法の規定が、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、当該外国人が法七条一項四号の定める上陸条件に適合しているか否かを被告が審査することを禁ずる趣旨のものでないことは明らかであり、また、被告が主張するとおり、法施行規則六条の二第五項ただし書により、法七条一項四号の定める上陸条件に適合しない外国人について、在留資格認定証明書を交付しないこととしても、それによって当該外国人が上陸審査手続を受け、上陸特別許可を受ける機会を奪われるという関係にはないのであるから、在留資格認定証明書の交付申請があった段階で、法七条一項四号所定の上陸条件に適合しているか否かを審査することが著しく手続的正義に反するということはできない。
したがって、手続的正義という観点からみても、法施行規則六条の二第五項ただし書が法七条の二第一項による委任の範囲を超えるものということはできない。
 以上のとおりであるから、法施行規則六条の二第五項ただし書の規定は、法七条の二第一項による委任の範囲内で定められたものであり、有効な規定というべきである。
二 争点2について
1 前記第二の二記載の本件の事実関係によれば、原告は、法五条一項四号の「日本国又は日本国以外の国の法令に違反して、一年以上の懲役若しくは禁錮又はこれらに相当する刑に処せられたことのある者」及び同項七号の「売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事したことのある者」に該当し、法七条一項四号に規定する上陸のための条件に適合しないことになるから、被告がそのことを理由として行った本件不交付処分は、法七条の二第一項及び法施行規則六条の二第五項ただし書の規定に従ったものというべきところ、原告は、家族の保護を規定したB規約二三条一項や家族に対する恣意的又は不法な干渉を禁止したB規約一七条に照らし、法五条一項各号が定める上陸拒否事由については、これを制限的に解釈する必要があり、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分は、B規約一七条及び二三条一項に違反する旨主張する。
2 しかしながら、原告の右主張は採用することができない。その理由は、次のとおりである。
 憲法二二条一項は、日本国内における居住・移転の自由を保障するにとどまり、外国人が我が国に入国することについては何ら規定していないものであり、このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができるものとされていることと、その考え方を同じくするものと解される。したがって、憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことは明らかである(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日大法廷判決・刑集一一巻六号一六六三頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月
四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。
これをB規約についてみても、同規約には外国人が自由に入国する権利を有することを定めた規定は存在せず、同規約においても、外国人の入国の自由は保障されていないものというべきである。
 憲法等が採用する外国人の入国についての右のような基本的な考え方からすれば、法が、その入国を認めることが我が国にとって好ましくないと認める外国人について一定の類型を定め、その類型に当たる外国人は、被告が特別に上陸を許可すべき事情があると認める場合に限り、本邦に上陸することができるものとすること(法五条一項、一二条一項参照)は、何ら憲法又はB規約その他の国際法に抵触するものではないし、法五条一項四号及び七号に該当するような者が、一般に我が国にとって好ましくないと認められる外国人であるとすることには合理性があることは明らかであるから、このような外国人について期間を定めること
なく、原則として上陸を拒否すべき類型に属するとすることにも、憲法又はB規約その他の国際法に違反する点はないというべきである。
 B規約一七条は、家族に対する恣意的又は不法な干渉からの保護を規定し、B規約二三条一項は、家族の保護を規定しているが、前示のとおり、B規約は、外国人の入国の自由を一般的に保障するものではなく、また、法五条一項四号及び七号の上陸拒否事由の定めが、それ自体として合理性を有するものであることからすれば、仮に夫婦の一方が右の上陸拒否事由に該当する結果、その夫婦が我が国において同居することができなかったとしても、そのことにより直ちにB規約一七条及び二三条一項により保障された権利・自由が侵害されたということにはならないというべきである。
もとより、個別の事案によっては、法五条一項四号及び七号に規定する上陸拒否事由に該当する外国人であっても、夫婦等の家族関係の保護という観点から、その上陸を認めることを相当とすべき特別な事情がある場合があり、そのような場合に当該外国人の上陸を許可しない場合には、その措置がB規約一七条及び二三条一項に違反すると評価される場合もあり得るが、そのような特別な事情については、当該外国人から査証の発給申請があった際や法一一条所定の異議の申出(上陸条件に適合しないと認定された外国人の被告に対する異議の申出)があった際に考慮すれば足りるものであり、在留資格認定証明書の交付申請があった段階において、法五条一項四号及び七号の規定する上陸拒否事由を制限的に解釈する必要は
ないものというべきである。
 以上のとおりであるから、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分に、B規約一七条及び二三条一項に違反する点はないものというべきである。
第四 結論
そうすると、原告が法七条一項四号に規定する条件に適合しないことを理由としてされた本件不交付処分が違法であるということはできず、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

公職選挙法違反被告事件
平成7年(う)第74号
控訴申立人:検察官・被告人A
広島高等裁判所第1部
平成11年4月28日
判決
判決理由
所論は要するに、《中略》B規約25条は、自由選挙の権利を保障し、この規定と関連するB規約18条、
19条、21条及び22条も政治的自由を保障しているが、公職選挙法138条1項の戸別訪問禁止規定及び
同法142条1項、2項及び146条1項の文書頒布禁止規定は、右のB規約の各条項で保障された選挙活
動の自由の権利を侵害するもので、右各条項に違反し無効であるので、公職選挙法138条1項、142条
1項、2項及び146条1項を適用して有罪判決をした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らか
な法令適用の誤りがある、というのである。
《中略》
1 B規約の国内法的効力及び自動執行力について
B規約は、昭和54年6月衆議院及び参議院の承認を経て批准され、同年8月4日に公布され、同
年9月21日に発効したものであるが、憲法98条2項が、日本国が締結した条約及び確立した国際法
規は、これを誠実に遵守することを必要とすると規定し、B規約が条約として国会の承認を含む公
布手続を経ている点から、他に特別の立法措置等をまたずに公布によって当然に国内法としての効
力が認められるものと解され、憲法の解釈上、条約は法律に優位し、その効力は法律に対して優越
するものであると解される。また、B規約の内容は、人民が等しく享有する固有の権利及び自由を
具体的に規定したもので、その規定形式は、憲法の自由権規定と同様、司法的にも適用実現の可能
な形式であり、同規約2条において、各締約国は、この規約において認められる権利を尊重し及び
確保すること、右の権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとること、右の権利及び
自由を侵害された者が効果的な救済措置を受けることを確保することを約束していること等の趣旨
からも、各締約国はこの規約を即時に実施する義務を負うものであると解されるので、同規約は自
動執行力を有し、裁判所においてこれを解釈適用できるものと解される(最高裁昭和56年10月22
日第一小法廷判決・刑集35巻7号696頁趣旨参照)。ただし、B規約25条は、人民でなく市民の政治
的権利を規定したものであり、自由権と権利の性質を異にするところがあるが、これが人民主権の
原則に基づき政治過程に参加することを請求する個人の権利として規定されているところからすれ
ば、自由権と同様に解しても差し支えないものといえる。
なお、所論は、B規約の解釈に当たっては、同規約の発行後に効力が発生した条約法に関するウ
ィーン条約31条の条約解釈に関する一般的な規則の趣旨に従うことを主張するところ、同条の解釈
規則が、一般に成文法の解釈上も尊重されている理論的な基礎を有するものと考えるので、当裁判
所もこれを採用し、同条約32条の趣旨を尊重し、B規約28条によって設置された規約人権委員会が
同規約40条4項に基づき採択した一般的意見等も同条約31条の規定の適用によって得られた意味
を確認するために補足的手段となるものといえる。
2 B規約25条と選挙運動の自由の保障の有無について
B規約25条は、「すべての市民は、第2条に規定するいかなる差別もなく、かつ、不合理な制限な
しに、次のことを行う権利及び機会を有する。直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、政治に
参与すること。普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ、選挙人の意思の自由な表
明を保障する真正な定期的選挙において、投票し及び選挙されること。一般的な平等条件の下で
自国の公務に携わること。」と規定しているが、これは、市民が政治に参与する権利、投票する権利
(選挙権)、選挙される権利(被選挙権又は立候補の権利)及び公務に携わる権利を有することを承
認し、これを保障しているものと解され、特に、号は、選挙権及び被選挙権が、普通選挙権、平等
選挙権、秘密投票及び選挙人の意思が自由に表明できる選挙を条件とし、これらを制度的に保障し、
その権利の享有及び行使の機会を保障するものである。
まず、所論が、選挙活動を行う権利がB規約25条によって保障されているという点について検討
する。なお、弁護人らは、ときには、選挙運動という用語を使用しながらも、主として、選挙活動と
いう用語を使用しているが、当裁判所は、日本における通常の法律用語に従い、選挙運動という用
語によって説明する。
B規約25条は、同規約で市民的権利といわれている人民の基本的な自由権を規定する条項と共
に、特に市民の政治的権利として規定されたものであるが、前者が私的、個人的権利であるのに対
し、後者は公的性質を有する権利を個人に認め、保障するものである。そして、その文脈と用語の通
常の意味においては、同条のうち、特に本件で問題となる号及び号についていえば、政治に参
与する権利、選挙権、被選挙権を厳格な意味における政治的権利として保障しているものと解され
る。なお、通常、参政権は、選挙権及び被選挙権を指して用いられ、これと政治活動の自由は異なる
ものと理解されている。したがって、右規約25条が所論がいうように選挙活動の自由を権利として
保障しているものとは解釈できない。選挙運動が、政治的意見の表明の方法で行われる場合には、
その方法、形式に従い、表現の自由、集会の自由及び結社の自由に関する権利の行使として、同規約
19条、21条及び22条によって保障されているものと解される。
所論は、控訴趣意書及び同補充書においては、同規約25条号の「自由に選んだ代表者を通じ
て政治に参与すること」という文言が自由な選挙を規定しているとしていたが、後の弁論において
は、同条号の「選挙人の意思の自由な表明を保障する選挙」の文言が自由な選挙を規定している
として、右の自由な選挙の規定が政治運動の自由、選挙活動の自由も保障しているというのである
が、右の号の「自由に選んだ」という文言及び号の「選挙人の意思の自由な表明」という文言の
主体は、いずれも選挙人であることは明らかで、右の各文言から直接、候補者あるいは団体の選挙
運動の自由の権利の保障を導き出すことのできないことは明らかである。
所論がその主張において特に依拠している規約人権委員会の一般的意見25(以下「一般的意見」
という。)も、市民の政治参加は、表現、集会及び結社の自由を確保することによって保護されると
しており、政治に参与する権利が右の自由までも含むものとしているものではない。所論は、一般
的意見において、「表現、集会及び結社の自由は、投票権の実効的な行使のために不可欠の条件であ
り、完全に保障しなければならない。」と説明されているところから、あたかもB規約25条自体がこ
れらの自由を権利として保障しているかのようにいうが、右は、不可欠の条件と言っているところ
からも明らかなように、投票権の実効的な行使のためには、前提条件として、すでに市民的権利と
して保障されている表現、集会及び結社の自由の保障が完全でなければならないといっているもの
である。一般的意見25草案によると右草案の過程では、24項で、B規約25条に関連する権利及び自
由として表現の自由の重要性に触れていたもので、同規約25条の権利のために、不合理な制限のな
い政治活動の自由その他政治的表現の自由、選挙運動の自由等が必要であることが説明されていた
ものである。そして、これが正式に採択された一般的意見では、25項において、B規約25条の権利
の完全な享受を確保するために、政治活動の自由その他政治的表現の自由、選挙運動の自由等を含
めて保障している同規約19条、21条及び22条の権利の完全な享受、尊重が必要であると説明してい
るもので、要するに、右の説明では、政治的活動の自由、選挙運動の自由等は同規約19条、21条及
び22条の権利に含まれているとしているものであって、これらを同規約25条で保障している自由
権であると言っているものではない。
この点について、当審証人甲野は、第7回公判において、B規約25条号の「選挙人の意思の自
由な表明を保障する真正な選挙」の文言が、投票権者の自由意思に基づく投票を行う権利を保障し
ているだけでなく、候補者、政党その他の選挙運動団体が選挙宣伝を行う権利をも人権として保障
していると証言しており、また、所論は、控訴趣意補充書において、憲法が選挙権の制度的保障と
して、明文で、普通、平等、秘密及び自由の選挙の原則を定めていると主張しているのであるが、同
証人は、当審第8回公判でも、右の憲法の中には自由選挙の原則はないと強調し、同規約25条号
の自由な選挙、真正な選挙の原則が選挙宣伝を行う権利を市民の政治的権利の核心として保障して
いると証言している。しかし、本来、選挙の自由は、投票の自由を基本とするものであって、この選
挙人の投票の自由を基本とする選挙の自由の中に選挙運動の自由の権利も保障されていると当然に
解釈する理由はない。もとより、選挙人の投票の真の自由には、更に選挙人の投票意思の形成につ
いての自由をも含むものであるというべきであり、右の投票意思の自由な形成のために、選挙人に
対し正しく十分な情報が伝達されなければならないので、右の選挙に関する情報伝達の方法として
選挙宣伝活動が必要であり、また、選挙人が右の情報に進んで接するためにも、この活動を尊重し
なければならないし、さらに、被選挙権又は立候補の自由の面では、候補者側としても、選挙運動を
する自由が保護されなければならないのであるが、それは、選挙権及び被選挙権の保障が選挙運動
の自由まで権利として保障する趣旨ではない。所論が根拠とするノバックの注釈書も、自由選挙の
原則は、B規約18条、19条、21条及び22条の政治的自由と密接に関連しているとして、投票者の意
思の自由な形成が、右の政治的自由の一部であるさまざまな団体や候補者によって、特にマスメデ
ィアにおいて行われる自由な選挙宣伝によってのみ保障されるので、自由選挙の原則は、投票権者
の権利と選挙運動団体と候補者が選挙宣伝を行う権利を保護しているというのであり、すなわち、
投票者の意思の自由な表明のために、候補者側の権利も保護されるというものであり、B規約25条
自体が選挙運動の自由を権利として保障しているというものではない。
《中略》
すなわち、B規約25条号には、選挙権及び被選挙権の実効的な行使の機会を与えるために、特
に選挙人の意思の自由な表明を保障する選挙を実施するために、候補者側が選挙運動をする自由を
尊重し、これを保護する趣旨が含まれているが、選挙運動の自由を権利として保障するものではな
い。
3 B規約25条と選挙運動の自由の制限について
同規約25条冒頭柱書の部分(各号列記以外の部分)は、「第2条に規定するいかなる差別もなく、
かつ、不合理な制限なしに」次のことを行う権利及び機会を有するとしているが、これは、、及
び各号の権利の享有及び行使の機会について、差別と不合理な制限をすることを禁止するもので
ある。所論は、控訴趣意書において、右の「不合理な制限なしに」という文言は、投票権付与資格に
関する事項のみに適用されるものであり、その他の部分については、合理的な制限も許されないか
のように主張し、当審証人甲野も、第7回公判においては、これに沿う証言をし、「不合理な制限な
しに」という文言は、政治宣伝や選挙宣伝の権利を直接制限する事由とは認められないと証言して
いる。しかし、右の制限条項は、主として、投票権の資格の付与、剥奪に関して問題になることでは
あるが、同条の文言上は、それに限定されるものでないことは明らかである。所論も、控訴趣意補充
書では、「不合理な制限なしに」という制限条項がB規約25条の諸権利のすべてに制限を課する
に際し適用されることを認めたのであるが、このことは、所論が依拠する前記一般的意見が「第25
条により保障されている諸権利の行使に適用される条件は、客観的でかつ合理的な基準に基づかな
ければならない。市民によるこれらの権利の行使は、法律により定められた客観的で合理的な場合
を除き、停止又は排除することはできない。」「選挙において投票する権利は、合理的な制限のみに
服する。」と言い、選挙に関する具体的事項、立候補指名日、供託金、選挙運動の費用等についても
言及していること、前記ノバックの註釈書が、「第25条冒頭の規定は、政治的権利に不合理な制限を
課することを禁じている。この限定条項は主要に(主として)投票権付与資格についての問題に関
することである。」と言い、平等選挙権、秘密投票及び自由な選挙の項においても合理的な制限を問
題にし、政治的権利は不合理な制限なしに保障されなければならないという前提を置き、さまざま
政治的権利に関する特定の制限が合理的であるかどうかの基準を問題としていること、規約人権委
員会の乙山委員も「参政権が合理的制限に服する。」と言っていることに照らしても明らかである。
証人甲野の前記証言は、独自の意見であって採用できない。
4 B規約19条3項の表現の自由の制限事由と選挙運動の制限、禁止について
前示のとおり、選挙人の投票意思の自由な形成、被選挙人の立候補の自由の観点から尊重し、保
護されるべき選挙運動の自由が、B規約25条の範疇に属する面では、同条の合理的な制限に服する
ことは明らかであるが、それが、他面、政治的意見の表明として、表現の自由に属する限り、同条よ
り厳格な制限事由を定めているとみられる同規約19条3項の制限事由を満たす必要がある。
弁護人らは、弁論において、選挙における政治的表現の自由は、同規約25条号と19条2項が結
合して保障されるという解釈を主張し(同規約25条及び各号により選挙活動の自由が保障され
ているとの主張は撤回する趣旨とみられる。)、同規約25条の制限事由は適用がなく、同規約19条3
項の制限事由が極めて制限的に解釈して適用されるべきであるとの主張に変更した。
そこで、公職選挙法の戸別訪問の一律禁止規定、法定外選挙運動文書及び脱法文書の頒布制限禁
止規定がB規約19条3項の制限事由を満たすかどうかについて検討する。
B規約19条3項は、表現の自由の権利に対する制限事由として、「2の権利の行使には、特別の義
務及び責任を伴う。したがって、その権利の行使については、一定の制限を課することができる。た
だし、その制限は、法律によって定められ、かつ、次の目的のために必要とされるものに限る。他
の者の権利又は信用の尊重、国の安全、公の秩序又は公衆の健康若しくは道徳の保護」と規定し
ている。
同規約19条1項は、すべての者は、干渉されることなく意見を持ち権利を有すると規定し、右の
権利を制限することのできない絶対的権利として保障している。同条2項の表現の自由は、右の意
見を持つ権利の手段的権利であり、具体的な外部的行為を伴う権利である点で異なるので、前記の
制限事由が定められているのである。また、民主主義制度の下では、人が自由に政治的意見を持ち、
自由にその意見を表明できることが最も重要であることはいうまでもなく、参政権、中でも選挙権
は、市民が自由に形成した政治的意見を自由に表明し、政治過程に参加して活動する権利として保
障されているものであり、自由で公正な選挙が民主主義制度の下で保護すべき基本的要素であるこ
とは、一般に異論のないところである。したがって、選挙においては、選挙人が自由かつ平等に政治
的意見を形成することがその制度の核心であり、そのために、正確で、中立的で、責任ある情報が、
特に新聞その他の報道機関(マスメディア)を通じて、公平に伝達され、市民がこれを自由に選択し、
形成した意思が自由に表明されなければならない。そして、その選挙人の意見は複数の候補者の中
から選択することによって行使されるものであり、その選択の自由を確保するために立候補の自由
が保障されるのである。また、選挙運動は、自由選挙、真正な選挙の手段であるが、政治上の主義若
しくは施策を推進し、支持し又はこれに反対することを目的して行う単なる政治活動ではなく、特
定の候補者に一定期間の公職を得させるという意味で具体的な利害の伴う行動であって、弊害が伴
い易いことから、選挙の公正を確保する方策が必要になるのである。これらの趣旨からB規約19条
3項の制限事由も解釈されなければならない。
選挙の自由と公正の確保については、憲法違反を理由とする法令適用の誤りの主張について説示
したとおりであるが、更に付け加えれば、所論が依拠する一般的意見は、「選挙は、投票権の実効的
な行使を保障する法律の範囲内において、定期的に、公平(公正)かつ自由に行われなければならな
い。選挙人の意思の自由な表明を歪曲し、又は妨げるあらゆる種類の不当な影響又は強制を受ける
ことがあってはならない。選挙活動の費用に関する合理的な制限は、候補者又は政党の不相当な支
出により投票者の自由な選択が損なわれ、あるいは民主的手続が歪められる場合には正当化され得
る。」としている。すなわち、直接的に投票者の自由を侵害する場合ばかりでなく、費用の支出にか
かわる選挙活動によって投票者の自由な選択が歪められる場合があることを認め、その面からも、
選挙運動の方法に対する合理的な制限が正当化されることを認めているものであり、また、被選挙
人の立候補に関する条件も合理的なものでなければならず、かつ、差別的であってはならないとし
て、選挙の公正の一つを示している。
そこで、公職選挙法の戸別訪問の一律禁止規定、文書頒布の制限禁止規定は、以上のような点を
含む選挙の自由と公正を確保するために定められたもので、選挙の自由、公正は憲法上の公共の福
祉、換言すれば、国民全体のために保護すべき重要な共同利益であり、このような利益が保護され、
選挙制度の秩序が保持され、その制度的保障の最も核心である選挙人の自由な意思の表明が保障さ
れることは、民主的秩序を保持するものであるといえるので、これはB規約19条3項の公の秩序の
保護として、表現の自由の行使に対する制限事由に当たるものといわなければならない。
そして、選挙の自由のために認められる選挙運動の方法を制限することは政治的意見の表明の手
段方法を制限することになるが、これによって得られる選挙の自由と公正の確保による利益は、右
の制限によって失われる利益を上回るものである。
また、B規約19条3項は制限事由を列挙し、そのうちの「公の秩序の保護」は直接的に我が憲法
上の公共の福祉に相当するものではないが、同項に列挙された制限事由は、表現の自由の権利行使
による他人の人権侵害の防止、公衆の健康保護までを含む国家、公共の利益の侵害の防止を目的と
し、人権の行使と他の利益との調整を図っているもので、この点では、我が国の憲法上、人権相互間
の矛盾、衝突を調整し、実質的公平を図る原理である公共の福祉と共通するものがあると解される。
そして、文言上は、同規約19条3項による制約は、我が国の憲法上の公共の福祉による制約より広
いとみる余地もある。
以上のとおりであるので、公職選挙法138条1項、142条1項、2項、146条1項は、憲法21条、
15条1項に違反しないのと同様の理由で、B規約25条、19条等にも違反するとはいえず、所論は採
用することができない。

法務大臣裁決取消等請求事件
平成11年(行ウ)第19号
原告:A、被告:法務大臣
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:青柳馨・谷口豊・加藤聡)
平成11年11月12日
判決
主 文
一 被告法務大臣が平成一一年一月二九日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法四九
条一項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
二 被告東京入国管理局主任審査官が平成一一年二月一日付けで原告に対してした退去強制令書発
付処分を取り消す。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文第一項及び第二項と同旨
第二 事案の概要
本件は、バングラデシュ人民共和国(以下「バングラデシュ」という。)の国籍を有する外国人
である原告が、在留期間を過ぎて本邦に不法に残留したとして、出入国管理及び難民認定法(以
下「入管法」という。)二四条四号ロに該当する旨の東京入国管理局(以下「東京入管」という。)
の入国審査官の認定と、右の認定が誤りがない旨の東京入管特別審理官の判定を受けたことか
ら、被告法務大臣に対し、異議の申出をしたが、異議の申出に理由がない旨の裁決を受け、被告東
京入管主任審査官から退去強制令書が発付されたため、被告法務大臣のした右裁決及び被告東京
入管主任審査官のした右退去強制令書発付処分がいずれも違法であるとして、それらの取消しを
求めるものである。
一 争いのない事実
1 原告は、昭和四三年一二月二日生まれのバングラデシュ国籍を有する男性である。
2 原告の入国及びその後の在留状況
 原告は、平成二年一〇月四日、大阪国際空港(以下「大阪空港」という。)に到着し、外国人
入国記録の「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「ONE WEEK」、「BUSINESS」
と記載して上陸申請をし、右同日、大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)大阪空港出張
所入国審査官から、入管法別表第一に規定する在留資格「短期滞在」、在留資格「九〇日」の
上陸許可を受けて本邦に上陸した。
 原告は、その後、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上
陸許可の在留期限である平成三年一月二日を超えて本邦に不法に残留した。
 原告は、入国して約一週間後に群馬県北群馬郡所在のB鋳造で稼働を開始した後、埼玉県
秩父市所在のC商会、同市所在のD製作所、群馬県北群馬郡所在のE産業、東京都練馬区北
町所在の株式会社F(以下「F」という。)等で稼働して、後に述べる平成一〇年一〇月一二
日の栃木県佐野警察署員による逮捕までの約七年九か月にわたり、引き続いて本邦において
就労した。
 その間の平成九年五月ころ、原告は、同年一月から稼働していた東京都練馬区北町所在の
Fにおいて、入社してきた日本人であるG(以下「G」という。)と知り合い、Gと交際を始め
た。
その後、原告とGは、同居を開始した。
 原告は、平成一〇年一〇月一二日、自動車を運転中に警察官の職務質問を受け、栃木県佐
野市韮川二七八番地一先道路上において、入管法違反容疑により栃木県佐野警察署員に現行
犯逮捕された。そして、同月二三日、入管法違反(不法残留)事件により宇都宮地方裁判所足
利支部に起訴され、同年一二月一〇日、同支部において、入管法違反(不法残留)により懲役
二年、執行猶予四年とする判決の宣告を受け、右判決は同月二五日に確定した。
 Gは、右起訴後、右判決前の間の平成一〇年一二月二日、東京都板橋区長に対し、原告との
婚姻届を提出した。同婚姻届は、受理伺とされた後、右同日付けで受理された。
3 退去強制令書発付処分に至る経緯について
 東京入管入国警備官は、平成一〇年一〇月一五日、同日付けの宇都宮地方検察庁足利支部
から原告についての通報を受け、これに基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反
調査に着手した。そして、同入国警備官は、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号
ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一二月九日、東京入管主任審査
官から収容令書の発付を受け、同月一〇日、宇都宮地方裁判所足利支部において右収容令書
を執行し、右同日、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、同月一一日、
原告を入管法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引渡した。
 東京入管入国審査官は、平成一〇年一二月二八日、審査の結果、原告が入管法二四条四号
ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請
求した。
 東京入管特別審理官は、平成一一年一月一三日、G立会いのもと、原告について口頭審理
を行い、右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、原告にこれを通知した
ところ、原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。
 被告法務大臣は、平成一一年一月二九日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(以下
「本件裁決」という。)をし、本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、同年二月一日、
原告に本件裁決を告知するとともに、退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付した(以
下、これを「本件退令発付処分」という。)。そこで、東京入管入国警備官は、右同日、これを
執行し、原告を引き続き東京入管収容場に収容した。
 東京入管入国警備官は、同月一七日、原告の身柄を入国者収容所東日本入国管理センター
(以下「東日本センター」という。)に移収し、原告は、現在も同所に収容されている。
二 争点及びこれに対する当事者の主張
本件裁決の取消しを求める請求の争点は、被告法務大臣が原告に対し入管法五〇条一項に基づ
く在留特別許可(以下「在留特別許可」という。)を与えなかった本件裁決が違法であるか否かで
ある。
また、本件退令発付処分は、本件裁決が違法であれば、当然にその違法性を承継し違法となる
関係にあるところ、本件退令発付処分の取消しを求める請求における争点も、本件裁決が違法で
あるか否かである。
右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
(原告の主張)
1 本件裁決の違法性
 原告のような在留期間を徒過したまま日本に滞在するいわゆる超過滞在者が、日本人、永
住者との婚姻を理由に在留特別許可を申請した場合、①婚姻の真正、②配偶者との同居、③
素行の善良の要件が満たされる限り、「日本人の配偶者等」の在留資格で在留特別許可がされ
るのが通例であり、その旨を定める内部基準も存在する。
これを本件についてみてみるに、原告とGは、平成九年五月ころ知り合い、親しく交際を
始め、同年六月末に同居を開始し、同年一〇月から内縁の夫婦として生活しており、平成
一〇年一二月二日、法律上も夫婦となった。婚姻届の提出こそ逮捕後になってしまったもの
の、従前の交際・内縁生活の経緯、Gが母に原告を内縁の夫として紹介し、頻繁に交流をは
かっていたこと等に照らし、両名の婚姻が愛情に基づく、真摯なものであることは疑いよう
がない。
このように、原告の婚姻の真実性、過去の生活実態に照らし、原告に在留特別許可が認め
られることは確実であったにもかかわらず、被告法務大臣は、原告に関する具体的事実を全
く把握することなく、本件裁決をした。したがって、本件裁決は違法なものであり取消しを
免れない。
また、法務省は、入管法五条一項四号について、「刑に処せられた」とは、刑の確定があれ
ば足り、刑の執行を受けたか否か、刑の執行を終えているか否かは問わず、執行猶予中のも
の、執行猶予期間を無事経過したものも含まれると解釈している。そうすると、仮に本件退
令に基づき、原告の国外への送還が執行されると、右の解釈、運用に従う限り、原告は永久に
日本に戻ってくることができなくなってしまい、原告夫婦の生活は完全に破綻してしまうこ
とになる。したがって、この点からも、本件裁決は違法であるといわざるを得ない。
 仮に、被告法務大臣の裁決が裁量性のある処分であるとしても、①判断の前提となる具体
的事実が正確に把握されていなければならず、事実の認識に誤りがあったり、あるいは事実
の認識自体が欠けている場合は、裁決は違法になること、②裁量的処分は、当該事件の諸事
情を総合して考慮の上、専門的に高度な判断を行って、その判断に基づいてなされるべきも
のであり、したがって、当該具体的事件の具体的諸事実を参酌しないままに行われた処分は、
違法の評価を受けること、③裁量性のある処分であっても、過去の行政処分例や内部基準等
に従い、行政の平等を損なわないようにしなければならず、行政の平等性を損なう恣意的な
判断に基づく処分が違法と評価されることは自明である。
しかるに、被告法務大臣は、原告の境遇、状況に関する具体的事実を何ら把握することな
く本件裁決を行ったものであり、しかも、本件は、内部基準や従来の行政実務からすれば当
然に在留特別許可がなされてしかるべき事例であるにもかかわらず、これをしなかったもの
であり、本件裁決は違憲・違法といわざるを得ない。
 さらに、本件裁決は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)
一七条等にも違反するものである。
 B規約一七条は、「1 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に
若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」「2 すべてのものは、
1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。」と定め、また、同二三条は、
「1 家族は、社会の自然かつ基礎的単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有
する。」「2 婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、
認められる。」と定めている。
 条約法に関するウイーン条約(以下「条約法条約」という。)は、国際条約の解釈に関し
て発展してきた国際慣習法を公式に集大成したものである。昭和五五年一月二七日に発効
(日本については昭和五六年八月一日発効)しており、遡及効をもたないため、それ以前に
発効したB規約には形式的には適用がないが、条約法条約の内容は、それ以前からの国際
慣習法を規定しているので、国際慣習法としてB規約にも適用されるべきであるところ、
条約法条約三一条一項は、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられ
る用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定し、同三二条は、文言が
あいまいであったり、条文が自己矛盾を犯しているかのように思える場合は、解釈の補助
として附属資料を用いることができる旨規定している。そして、B規約について附属資料
となり得るものには、①B規約の準備作業段階の記録、②B規約の判断的意見を持つ規約
人権委員会の出版物(B規約の個々の条文を解釈するガイドラインとなる「一般的意見」、
個々の条約国による特定の条約違反に関する「意見」等)、③同種の他の条約(ヨーロッパ
人権条約)とその判例法等がある。
 右によりB規約の公定的解釈と認められる規約人権委員会の一般的意見のうち、昭和
六三年三月二三日にB規約一七条の「恣意的」な干渉の文言について採択された一般的意
見の要旨は、次のとおりである。
ア 法によって認められていない場合の干渉は、不法である。この場合、法自体がB規約
の規定、目標及び目的に合致していなければならない。
イ 法に基づいてなされた干渉であっても、B規約の規定、目標及び目的に合致しないも
のは、「恣意的」な干渉とされる。干渉は、どのようなことがあろうと特定の状況の中で
合理的でなければならない。そして、規約に合致する干渉でさえも、関連法規により、そ
のような干渉が許される条件を正確かつ詳細に明記しなければならない。また、許され
る干渉を実施する場合の決定は、法で定められた機関が事案ごとにしなければならな
い。
 B規約は、ヨーロッパ人権条約により成立した国際慣習法を確認し、その規定を全世界
に拡大して適用すべく創設されたものである。そして、ヨーロッパ人権条約八条は、一項
で、すべての者は、その私的及びその家族生活、住居及び通信の尊重を受ける権利を有す
る旨、二項で、この権利の行使については、国の安全、公共の安全若しくは国の経済的福利
のため、また、無秩序若しくは犯罪の防止のため、健康若しくは道徳の保護のため、または
他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機
関による干渉もあってはならない旨定めているが、B規約一七条は、ヨーロッパ人権条約
八条によって確認され、成立した国際慣習法を追認し拡充したものである。右のヨーロッ
パ人権条約八条に関し形成された判例法は、次のとおりである。
ア ユパル対英国事件
インド人であるユパル夫婦は、短期滞在目的で一九七四年に英国に入国したが、その
後不法残留し、一九七五年、一九七七年に二子をもうけた。その子らは、連合王国及び植
民地市民の地位を取得している。その後、ユパル夫婦が定住許可申請のために、英国当
局に出頭したところ、一九七七年一二月、英国政府により退去強制の決定がなされた。
それに対し、ユパル夫婦、その子ども、両親より、退去強制の取消しを求める申立てがヨ
ーロッパ人権委員会になされ、同委員会は、かかる申立人夫婦、両親、子の三家族のレベ
ルにかかわることに注目して、一九七九年五月、その申立てを許容する旨の決定を行っ
た。
イ ムスタキー対ベルギー事件
二歳のときに家族と共にモロッコからベルギーに移住して合法的に在留していたムス
タキーは、少年時に強盗などを繰り返し、一九八二年に加重窃盗等二二の犯罪により懲
役二六月の実刑となり、服役後の一九八四年に退去強制処分に付された。ヨーロッパ人
権裁判所は、ムスタキーの家族がベルギーに合法的に滞在していること、生活の基盤が
ベルギーにありモロッコにはないことなどから、その退去強制処分をヨーロッパ人権条
約違反とした。
ウ ペレハップ事件
オランダ在住のモロッコ人男性ペレハップは、オランダ人女性との婚姻後二年たらず
で離婚したが、その直後に長女レベッカが誕生し、ペレハップが在留許可の更新を求め
た。更新は認められず、ペレハップは退去強制となったが、ヨーロッパ人権委員会は、ペ
レハップとレベッカの家族生活が侵害されたとして、オランダの処分をヨーロッパ人権
条約八条違反とした。
しかして、条約法条約三二条により確認された国際慣習法は、右判例をB規約の解釈
と採用すべきことをB規約の締約国の義務として課しているものと解される。
 本件裁決は、有罪判決を受けた事実のみをもって、退去強制事由に該当する結果を招来
するとするものであり、右記載の判例法に照らして、到底合理的といえず、また、被告法
務大臣は、原告が日本人女性と婚姻している事実、原告夫婦の生活やその状況及び原告の
ような事案に対し、従来であれば在留特別許可が認められていたことなどの諸事情を考慮
せず、単に有罪判決の存在のみをもって本件裁決をしており、被告法務大臣のした本件裁
決は、本件の特定の状況を考慮した合理性のあるものとはいえず、B規約一七条の禁止す
る「恣意的な干渉」に該当し、違法である。
2 被告法務大臣の裁量権について
 被告らは、国際慣習法上、被告法務大臣には広範な裁量があること、入管法が、被告法務大
臣に広範な裁量権を与えていることを主張して、被告法務大臣には、広範な裁量権があると
主張する。
 しかし、仮に、被告らの主張するような国際慣習法が存在するとしても、その慣習法を根
拠に被告法務大臣の裁量を導き出すのは論理の飛躍がある。なぜなら、国家の自由裁量は、
必ずしも行政を担う被告法務大臣の裁量を意味せず、国際慣習法は、国家の中の権限分配に
ついては何らの基準も示していないからである。日本においては、行政は法律に基づかなけ
ればならないのであるから、国家の自由裁量という場合、立法裁量を意味すると解さなけれ
ばならない。 
このように、被告法務大臣は、入管法をはじめとする日本の法律に従わなければならない
のであるから、国際慣習法から被告法務大臣の裁量権を導き出す被告らの論理は不当であ
る。
 被告法務大臣は、入管法二一条三項が、被告法務大臣の広範な裁量を認めているとしてい
る。
しかし、入管法は、その上位法であるB規約と整合性が保たれるように解釈されなければ
ならないが、前述のように、B規約一七条は、国家による干渉は特定の状況の中で合理的で
なければならないとし、有罪判決の存在のみで退去強制事由に該当するとするような処分を
「恣意的な干渉」として禁止しているのであるから、入管法二一条三項も恣意的な干渉を許さ
ない趣旨と解さなければならない。
また、入管法別表第二は、民法上の婚姻関係を「日本人の配偶者等」の在留資格該当性の要
件としている。そして、実務上、「日本人の配偶者等」の期間更新の際に要求される資料は、
身元保証書、戸籍、住民票、外国人登録済証明書、在職証明書などの職業関連書類及び源泉徴
収票などの納税関連書類だけである。入管法の右規定や実務の取扱いからすれば、日本人の
配偶者の場合、身分関係に基づく在留資格である特殊性から、在留資格該当性が認められれ
ば、期間更新の相当性が原則として認められるのである。現に、実務上、右の各資料が提出さ
れれば、婚姻関係の真正を疑わせる特段の事情がない限り、原則として期間更新が許可され
ている。
 したがって、被告法務大臣に広範な裁量があるとの被告らの主張は不当である。
 しかも、被告らは、日本人の配偶者の場合も、他の在留資格と同様に広範な裁量があると
主張するが、どの在留資格に対しても同じ程度の裁量があるかのような議論は、入管法の趣
旨に反する。
すなわち、入管法は、在留資格ごとにその要件や提出資料を定めており、これら二つの別
表の区別を無視して、いずれも広範な裁量に服するとの見解は議論として余りに粗雑である
といわざるを得ない。日本人の配偶者の在留資格を持つ外国人の配偶者は当然日本人であ
り、その外国人の在留の許否いかんは、日本人の家庭生活の安全に直結する事柄であって、
この点が被告法務大臣の広範な裁量に服するとの見解をとることはできない。
(被告らの主張)
1 外国人の在留の権利について
憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在
留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもないと
解すべきであって、入管法もかかる基本的な考え方を当然の前提としている。
2 被告法務大臣の在留特別許可の性質について
 入管法五〇条一項に基づく被告法務大臣の在留特別許可の許否は、被告法務大臣の広範な
自由裁量に属するものである。
すなわち、外国人の入国及び滞在の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、条約
等特別の取決めがない限り、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではな
いというのが、国際慣習法上の原則である。
 我が国の入管法も、かかる原則を前提として定められており、入管法五〇条による在留特
別許可の許否も被告法務大臣の自由裁量に属するものである。
加えて、在留特別許可の判断を行うに当たっては、当該外国人の在留状況等の個人的事情
のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国
との外交関係等の諸般の事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可に係る裁量
の範囲は極めて広範にわたることとなる。
しかも、在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで当然に本邦からの退去
を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であって、他の一般の行政処分と異なり、
恩恵的措置としての性格を帯有していることに留意する必要がある。
 ところで、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁は、出入
国管理令二一条三項に基づく在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の有無の判
断について、「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断
するに当たっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてなされたものであることを前提
として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の
基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社
会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認
められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法で
あるとすることができるものと解するのが、相当である」と判示しているが、右法理は、入管
法五〇条一項三号に基づく在留特別許可の付与に関する被告法務大臣の裁量権の行使につい
ても当然に当てはまるばかりか、在留期間更新における裁量権以上に在留特別許可に係る裁
量権は以下のとおり広範であるという特色に注意すべきである。
すなわち、入管法五〇条一項の被告法務大臣の在留特別許可に係る裁量権の範囲について
は、右の在留期間の更新許可の場合と比較すると、在留期間の更新は、適法に在留している
外国人を対象として行われるものであり、また、それらの者からの申請権も認められている
のに対し、在留特別許可の許否は、入管法二四条各号所定の退去強制事由に該当する容疑者
を対象として判断されるものであって、それらの者には、在留特別許可の申請権も認められ
ていない。
また、法文上も在留期間の更新について定めた入管法二一条三項では、「在留期間の更新を
適当と認めるに足りる相当の理由があるとき」に許可することができるとされているのに対
し、入管法五〇条一項三号では、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に許可
することができると規定されている。
このように、在留特別許可の許否の判断においては、在留期間の更新の場合に比し、対象
となる外国人保護の要請が強いとはいえず、また、その許可のための要件も一段と厳しいも
のとされていることが明らかである。
 したがって、被告法務大臣の在留特別許可についての裁量権の範囲は、在留期間の更新の
場合の裁量権よりもさらに格段に広範なものというべきであり、反面において、裁判所の審
査の及ぶ範囲は、極めて狭いものとなるのであって、右裁量権の行使がその範囲を超え、又
はその濫用があったものとして違法であるとの評価を行うためには、在留期間の更新に関す
る前掲最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した基準よりもさらに厳格な基準による
べきであり、結局、被告法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてそれを行使
したものと認め得るような特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。
 原告は、在留特別許可の許否については内部基準が設けられ、入管実務は、右内部基準に
基づき類型的に処理されているかのように主張する。
しかしながら、前述したとおり、在留特別許可は、諸般の事情を総合的に考慮した上で個
別に決定されるべき恩恵的措置であって、法務大臣の広範な自由裁量に属するものであり、
特定の事情を有する者について在留特別許可を与える場合が多いということがあったとして
も、個別の事情のいかんにより、結論は当然異なり得るものである。仮に事務手続に関し内
部基準が存在するとしても、被告法務大臣の広範な自由裁量に基づき在留特別許可の許否の
判断がされていることに変わりはないものである。
この点、入管実務においては、日本人等の配偶者がいるなどの特定の事情において類似す
る案件を分類し、類似の先例などと比較しながら判断するという事務手続も採られていると
ころではある。しかし、あらゆる事情が全く同一の案件は存在しないため、それら類似する
案件として分類された案件についても、個別の事情のいかんによっては結論が異なることが
あるのであり、個別の事情の総合的な判断を行うことなく、特定の事情のみに着目して機械
的に結論を決定するというような意味での類型的処理を行っているものではない。
3 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について
 本件においては、右のような観点に立ち、以下に述べる事情を勘案するならば、原告に対
する本件裁決については、およそ被告法務大臣の裁量権の逸脱又は濫用を認める余地はな
く、本件裁決及び本件退令発付処分は適法になされたものであり、原告の請求は失当である
ことが明らかである。
 原告は、平成二年一〇月四日本邦入国後、間もなく不法就労を開始し、平成一〇年一〇
月一二日に栃木県佐野警察署員に逮捕されるまでの七年九か月の長期間にわたり不法就
労、不法残留を継続していたものであり、また、原告は、外国人登録法三条一項に基づく申
請についても、同法が定める期間を経過しても新規登録しておらず現在に至っている。
これらを総合すると、原告の在留状況は極めて不良であるといわなければならない。
 また、原告とGは、これまでに法律上の夫婦として継続して婚姻生活を送ってきた実績
があるわけではない。すなわち、原告らは、平成九年六月ころから年末にかけてGのもと
で同棲していたようであるが、その後、原告が群馬県伊勢崎市に転勤してからは、原告の
方が週に三、四日Gのマンションに通っていたというものである。婚姻届については、前
記第二の一2記載のとおり、原告が入管法違反によって起訴され、有罪判決を受ける前の
平成一〇年一二月二日に届け出されたものにすぎない。そして、右婚姻届が提出された後
も、原告は勾留され、また、前記第二の一3記載のとおり収容が継続されていることから、
現在も夫婦の実体を有しないことを総合すると、原告とGとの夫婦としての実体は成立し
ていないといってよく、単に婚姻届が提出されているという形式があるだけである。
 しかも、原告とGは、平成一〇年一月ごろには結婚の話をし出したとし、原告は、平成
一〇年八月にGの母親に婚姻の意思を伝えていたと陳述するのであるから、原告らの結婚
意思が真摯なものであれば、他に何らかの障害があったというのでなければ、逮捕の相当
以前に婚姻手続は可能であったにもかかわらず、原告らは実際にはこれを行っておらず、
原告の逮捕、勾留、起訴といった一連の手続が進行し、まさに判決という直前になって初
めて急きょ婚姻届を提出し、相互に戸籍上夫婦の形式をとるべく手続を行っているのであ
る。
 また、原告らが婚姻手続を行わなかった理由について、Gは、「すぐに結婚しなかったの
は、どのように、手続したらいいのか、そして、書類を集めるに当たってのバングラデシュ
の郵便事情がわからなかったこと等からです。」などと述べているのに対し、原告は、「妻
は母親のこと、日本で暮らすかバングラデシュで暮らすのかなど悩みがあるので考えさせ
て欲しいという返事でした。」とか、「私は妻とは日本ではなくバングラデシュで生活した
いと思っていました。しかし、妻は一人娘で、妻の父は離婚(一五、六年前)しており、妻
の母は体調が思わしくなく、母は妻をたよりにしているため、妻は母を見捨てることがで
きないということで、私も本国の母親にどう説明しようかと悩み、なかなか結論が出ず、
二人で悩んでいるうちに、私が警察に逮捕されてしまいました。」などと供述し、両者は異
なった理由を述べており、両者とも婚姻に向けてはその障害となる重要な課題を抱えてい
たものであって、容易には婚姻に至れない状況にあったものである。このように婚姻届の
提出が遅れた理由について、原告あるいはGそれぞれに異なる課題を持っていたのであっ
て、そもそも両者の間の婚姻意思が互いに成熟していたのか、ひいては両名の確定的な結
婚意思が従前から存在していたのかについては疑問が持たれるのである。
 右ないしに述べた状況をみれば、本件裁決の時点において、原告とGとの間に夫婦
としての実体が十分に成立していたとはいい難く、また、婚姻意思が成熟していたのかに
ついては多いに疑問の残るところである。
 他方、原告は、稼働能力を有する健康な成年男子であり、原告本人が供述するように、将
来的にはバングラデシュで生活したい意向を示しており、本国には母親及び三人の兄妹が
在住していることに加え、本邦において職業や資産はないものの、本国には生活をしてい
く上で十分な土地、家屋を有していることから、本国で生活することは十分可能と認めら
れる。
 また、外国人配偶者の本国で婚姻生活を送っている日本人も多く、Gが前記のような思
惑の相克を今後乗り越えてバングラデシュに赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能
である。
 そして、そもそも原告は、本邦において在留することが我が国の刑事司法において犯罪
であると認定されて有罪の確定判決を受けているのであり、かかる外国人は、本来的には
前記第二の一3記載の手続により国外退去を余儀なくされるに至るのである。しかるに、
原告は、その判決の宣告に至るまでに、そして、まさに有罪判決が予測される中で、婚姻意
思の十分な一致もなく、夫婦生活の実体もないままに単に婚姻届を提出し、その一事をも
って、当然に在留特別許可を付与されるべきであるとか、当然のごとく法律上保護される
権利性をもった地位を取得するとか主張しているのであって、かかる原告の主張は著しく
不合理である。
 そこで、被告法務大臣は、右に述べた諸般の事情を総合的に考慮した上で、原告につい
て特別に在留を許可すべき事情があるとは認められないと判断し、本件裁決をなしたもので
ある。したがって、被告法務大臣が、本件裁決に当たり、その付与された権限の趣旨に明らか
に背いてこれを行使したと認め得るような特別の事情がないことはもとより、その判断が全
く事実の基礎を欠き、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くなどといえないことは明らか
であって、本件裁決における被告法務大臣の判断について、裁量権の逸脱又は濫用はなく、
本件裁決は適法である。
4 B規約違反の主張について
 B規約の裁判規範性はさておくとしても、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権
の一つとされるいわゆるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若
しくは不法に干渉され」「不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」
との意味に解されている。また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等
が自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものと解されるが、
かかる保護ないし保障は、我が国で合法的に在留していることを当然の前提としている。
そして、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条においても、すべての出入国
が自由であるべきものとはしておらず、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰
国の自由(同条四項)を保障したにとどまり、また、B規約一三条は、「合法的にこの規約の
締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追
放することができる。」旨規定している。
これらの規定からも明らかなとおり、国際慣習法上、外国人の入国の許否は、当該国家が
自由に決し得るものであり、憲法上も、外国人は我が国に入国する自由を保障されているも
のでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留する権利を保障されている
ものでもないし、仮に外国人に家族生活を営む権利が認められるとしても、それは当該外国
人が我が国に合法的に在留している限りにおいて認められるにすぎないのである。
したがって、入管法に則ってなされた本件裁決によって原告のかかる権利自由を侵害する
ものということはできない。
 また、右に述べたとおり、B規約一三条が、在留外国人に対し、法律に基づいて退去強制手
続をとることを容認していることからすれば、B規約一七条及び二三条はその文言からして
外国人の在留の権利について特に定めたものとは認められず、右条項を根拠に、外国人が家
族生活を営むために本邦に在留する権利が保障され、法律に基づく退去強制の手続によって
も退去を強制されることがないとする解釈は本末転倒である。
さらに、仮に、本件裁決が原告と日本人配偶者の結合に対する干渉に該当するとしても、
それが法令に基づくものであって、「恣意的」若しくは「不法」なものとはいえないことは、
前記3に述べたところから明らかである。
 そして、B規約を解釈する権限は各締約国にあり、規約人権委員会の一般的意見等は、B
規約の有権解釈を示すものでも、法的拘束力を有する解釈を示すものでもないし、ましてや
ヨーロッパ人権裁判所の判断は、B規約の有権解釈を示すものでも、我が国において法的拘
束力を有するものでもないのである。
第三 当裁判所の判断
一 本件裁決に違法があるかどうかについて
1 入管法五〇条によれば、被告法務大臣は、入管法四九条に基づく異議の申出について裁決を
するに当たって、容疑者に退去強制事由が認められ、異議の申出が理由がないと認める場合で
も、当該容疑者が「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に該当するときは、その
者の在留を特別に許可することができる旨定められているところ、被告法務大臣は、右在留特
別許可を付与するか否かを決するに当たっては、当該外国人の個人的な事情のみならず、国内
事情、国際情勢、外交政策等の諸般の事情を総合考慮の上、その自由な裁量により、在留特別
許可を与えるか否かを決することができるものである(最高裁昭和三四年(オ)第三二号同年
一一月一〇日第三小法廷判決・民集一三巻一二号一四九三頁参照)。そして、在留特別許可の許
否にかかる被告法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、被告法務大臣が退去強制事由に該当
する外国人に対し在留特別許可を与えなかったことが、被告法務大臣の裁量権の範囲を超え又
はその濫用があったとして違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念
上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られるというべきである。したがって、裁
判所は、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことの適否を審理、判断するに当たって
は、在留特別許可を与えないとの判断が被告法務大臣の裁量権の行使としてされたものである
ことを前提として、その判断の基礎とされた重大な事実に誤認があること等により、右判断が
全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右
判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、そ
れが認められる場合に限り、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことが、その裁量権
の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解する
のが相当である。
2 原告は、原告とGの婚姻は愛情に基づく真摯なものであり、このような原告の婚姻の真実性、
過去の生活実態に照らし、原告には在留特別許可が認められるべきであり、被告法務大臣が右
の事情を全く考慮せず、原告に対し在留特別許可を与えなかったのは、裁量権の範囲の逸脱又
はその濫用に当たる旨主張するので、この点につき判断するに、前記第二の一の事実に《証拠
略》を併せれば、以下の事実が認められる。
 原告は、昭和四三年一二月二日生まれのバングラデシュ国籍を有する男性である。
原告は、バングラデシュで中学校を中退後、衣服の生地を販売する店で働いていたが、日
本で働いていた原告の兄から、日本に行けばたくさんのお金が稼げるという話を聞き、兄を
頼って、日本で働くために来日することとした。
 原告は、平成二年一〇月四日、大阪空港に到着し、外国人入国記録の「日本滞在予定期間」
及び「渡航目的」欄にそれぞれ「ONE WEEK」、「BUSINESS」と記載して上陸申請をし、右同
日、大阪入管大阪空港出張所入国審査官から、入管法別表第一に規定する在留資格「短期滞
在」、在留期間「九〇日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
原告は、本邦に上陸した約一週間後の平成二年一〇月一一日ころから、原告の兄の働いて
いた群馬県群馬郡所在のB鋳造において車の部品の加工の仕事を始め、平成三年一〇月ころ
まで約一年間稼働し、その後、埼玉県秩父市所在のC商会に転職し、約半年間稼働したが、平
成四年四月ころ解雇された。その後約二か月間は仕事をしていなかったが、平成四年六月こ
ろから、同市所在の丙川産業において平成五年一二月ころまで稼働し、再び群馬県に戻り、
平成六年一月ころから同年一二月ころまで同県北群馬郡所在の個人経営の飾りものの仕上げ
をする職場で稼働し、さらに、平成七年一月ころから、平成八年三月ころまで、同郡所在のB
鋳造の子会社であるE産業において稼働した。
この間、原告は、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上
陸許可の在留期限である平成三年一月二日を超えて本邦に不法に残留していたものである。
 原告は、平成八年四月ころ、バングラデシュ人であるHから、同人の経営する国際電話の
営業の仕事を手伝ってほしい旨の要請を受け、同人のもとで国際電話の営業の仕事をするよ
うになった。同人は、平成九年一月ころ、東京都練馬区を本社として、Fを設立し、原告も、
これに伴い同会社の本社において稼働するようになった。
G(昭和四一年六月三日生)は、平成九年五月にFに入社し、本社で稼働するようになり、
そのころ、同社で稼働する原告と知り合った。
GがFに入社して間もないころ、Gのはさみに、同人のニックネームである「SANA」と書
いてあるのを原告が見つけ、原告がGに、「SANA」というのはバングラデシュでは有名な乳
製品の名前であると話しかけたことがきっかけで、原告とGは会話を交わすようになった。
その後、Gは、原告らその同国人であるFの社長H及びほかの社員と一緒に時々酒を飲みに
行くなどするようになり、原告とGは、自然に親しく話をするようになった。
平成九年六月に入ってからは、原告とGは、池袋などへ買物に行ったり、居酒屋へ行った
りして、交際を始めた。そして、そのころから、原告は、頻繁にGの賃借している部屋(以下
「Gの居宅」という。)へ泊まるようになり、また、同月下旬から、原告とGは、Gの居宅で一
緒に暮らすようになり、その後、二人で八景島シーパラダイスや後楽園遊園地、東京ディズ
ニーランドに遊びに行くなどして、交際を深めていった。Gは、原告と同居を始めたころ、原
告がオーバーステイ状態であることを知った。
交際を深める中、原告とGは、共に結婚を考えるようになり、平成九年一〇月ころには、原
告からGに対しプロポーズをし、お互い結婚について具体的に話し合うようになった。しか
し、原告がオーバーステイ状態であるため、結婚できるのかどうか、結婚できるとしてどの
ような書類、手続が必要なのかがわからなかったこと、また、婚姻届を提出することがきっ
かけになって、原告のオーバーステイ状態が露見し、原告が逮捕されてしまうのではないか
との懸念があったこと、他方、Gの母親がバングラデシュ人と結婚することに反対するので
はないかと考え,Gの母親が同年一月に卵巣ガンの手術を受けたばかりであり、Gは、原告
との婚姻届を提出したいということをなかなか母親に言い出せなかったことなどから、原告
とGは、婚姻の手続に踏み切れないでいた。
 平成九年一二月に至って、Fは、群馬県伊勢崎市に群馬支店を開設し、原告は、群馬支店に
転勤を命じられ、同月二一日から、原告は、群馬支店に勤務するようになった。群馬支店へは、
Gの居宅からは、片道で二時間程度の時間を要した。 
Fの群馬支店の入居しているビルの八階が、原告ほか三人の社員の寝泊まりする部屋とし
て用意されたが、原告は、Gの居宅から通勤することとし、自宅に戻れない時には群馬支店
に用意された部屋に泊まることとした。原告は、一週間のうち二、三回は群馬支店に用意さ
れた部屋に泊まり、その他の日と土曜日、日曜日はGの居宅へ帰り、Gと一緒に過ごした。そ
して、Gの居宅へ帰れないときには、その旨Gに連絡をしていた。また、このころも、原告は、
原告のシェービングクリームやひげ剃り、ゲーム機、本、衣服、調理に使う調味料等をGの居
宅に置いていた。
また、原告とGは、平成一〇年夏ころに、千葉方面へ旅行へ行った。
 平成一〇年八月ころ、Gは、原告を連れて母親の所へ行き、Gと原告は既に一緒に住んで
いること及び右同棲は結婚を前提としてのものであることを告げた。
Gの母親は、Gと原告の結婚についてすぐには賛成しなかったが、Gと原告と三人で食事
をするなどするうちに、次第に原告に好感を持つようになり、平成一〇年九月ころには、G
と原告の結婚について賛成の意向を示すようになった。
 原告は、平成一〇年一〇月一二日朝、Gの居宅から出勤し、Fの本社でミーティングをし
たあと、群馬支店に向かったが、右同日、自動車を運転中に警察官の職務質問を受け、栃木県
佐野市韮川二七八番地一先道路上において、入管法違反容疑により栃木県佐野警察署員に現
行犯逮捕された。そして、同月二三日、入管法違反(不法残留)事件により宇都宮地方裁判所
足利支部に起訴され、同年一二月一〇日、同支部において、入管法違反(不法残留)により懲
役二年、執行猶予四年とする判決の宣告を受け、右判決は同月二五日に確定した。Gは、原告
が佐野警察署に勾留されている間、週に二回位の割合で面会に行った。
Gは、右起訴後、右判決前の間の平成一〇年一二月二日、板橋区長に対し、原告との婚姻届
を提出した。同婚姻届は、受理伺とされた後、右同日付けで受理された。
 東京入管入国警備官は、平成一〇年一〇月一五日、同日付けの宇都宮地方検察庁足利支部
から原告についての通報を受け、これに基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反
調査に着手した。そして、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号ロに該当すると
疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一二月九日、東京入管主任審査官から収容令書
の発付を受け、同月一〇日、宇都宮地方裁判所足利支部において右収容令書を執行し、右同
日、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、同月一一日、原告を入管法
二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引渡した。Gは、東京入管収容場へ、
毎日面会に行った。
一方、平成一〇年一二月一六日ころ、Gは、原告の仮放免の申請をした。
東京入管入国審査官は、平成一〇年一二月二八日、審査の結果、原告が入管法二四条四号
ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請
求した。
Gは、平成一一年一月一二日、東京入管に出頭し、Gが原告と知り合って婚姻するまでの
経緯等について事情聴取を受けた。
東京入管特別審理官は、同年一月一三日、G立会いのもと、原告について口頭審理を行い、
右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、原告にこれを通知したところ、
原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。
これに対し、被告法務大臣は、同年一月二九日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決
(本件裁決)をし、本件裁決の通知を受けた被告東京入管主任審査官は、同年二月一日、原告
に本件裁決を告知するとともに、本件退令発付処分を行った。そこで、東京入管入国警備官
は、右同日、本件退令を執行し、原告を引き続き東京入管収容場に収容した。
その後、同月一七日に、東京入管入国警備官は、原告の身柄を東日本センターに移収した
が、Gは、週に二回の割合で、原告の収容されている東日本センターへ面会に行っている。
3 右に認定したとおり、原告とGは、平成九年五月ころ知り合い、同年六月ころから交際
を始め、同月下旬ころからGの居宅で一緒に暮らすようになったこと、同年一二月から原
告がFの群馬支店に勤務するようになってからも同居を解消したわけではなく、原告は、
遅くなって帰れない場合を除き、Gの居宅から群馬支店へ通勤していたこと、原告がGの
居宅に帰れない場合には、その旨をGに連絡をしていたこと、原告とGは、同年一〇月こ
ろから結婚を考え、二人で結婚についての具体的な話をするようになったこと、平成一〇
年八月ころには、Gの母親に対し、原告とGが結婚する意思であることを伝えたこと、G
の母親も、原告とGと三人で食事をするなどするうちに、同年九月ころには、原告とGの
結婚について賛意を示してくれるようになったこと、原告が逮捕、勾留、起訴され、さらに
東京入管に収容されたあと、Gが頻繁に原告のもとへ面会に行っていることなどからする
と、原告とGが、婚姻意思が成熟していないのに強制送還されるのを回避する目的をもっ
てあえて婚姻の届出をしたものということはできず、両名は、一年半近くの交際を通して
互いに愛情をはぐくみ、真に婚姻する意思をもって婚姻の届出をしたものと認めるのが相
当である。そして、婚姻の届出後は原告の収容が継続しているため同居できない状態にあ
るが、両人は、それ以前において、前記2認定の事情から婚姻手続をとることがなかっ
たものの、婚姻の意思を持ちながら同居を継続し既に事実上の婚姻関係にあるとみ得る状
態に至っていたものであり、原告が拘禁、収容中も、Gにおいては頻繁に面会に行くなど
して夫婦関係にあるものとして精神的な支えになろうと努力し、ひたすら原告に在留特別
許可がおりて、我が国において真摯に夫婦関係を築いて行こうとする姿勢がうかがわれる
のであって、両名の婚姻関係は真意に基づく実体の備わった関係であると評価するのが相
当である。
 この点、被告らは、原告とGは平成九年六月から同棲していたが、原告が群馬支店に転
勤してからは、原告が週三、四回Gのマンションに通っていたにすぎないこと、原告の逮
捕の相当前に婚姻手続が可能であったのに、婚姻届が提出されたのは原告の逮捕、勾留、
起訴といった一連の手続が進行し、判決宣告直前であったことなどから、原告とGの間に
は婚姻の実体があったとはいえず、また、婚姻意思が互いに成熟していたものとは認めら
れない旨主張する。
しかし、夫婦の一方が勤務先から転勤を命ぜられたときに、その任地に夫婦一緒に赴け
ない事情があるような場合に単身で赴任するということ、赴任先が相当程度遠距離で、毎
日通勤することが困難である場合に、週のうち数回は、勤務先周辺に宿泊するということ
は一般に行われているものである。そうすると、かかる生活形態も社会通念上夫婦の生活
形態の一つとして認められているものであり、右のような生活形態にあることをもって、
夫婦関係が破綻しているとか、夫婦の同居が解消されたなどと評価することはできない。
本件の場合、Gも仕事をしており、原告と共に群馬支店周辺へ転居することは困難であり、
原告とGの居宅から群馬支店までは片道二時間程度かかることからすれば、原告が週の半
分程度は、群馬支店近くに用意された会社の宿泊施設に宿泊することはやむを得ず、この
ことをもって、原告とGの従前の生活が解消されたとみることはできない。そして、原告
は、衣服や預金通帳などの所持品をGの居宅に保管しており、また、Gの居宅へ帰れない
ときは必ずその旨の連絡をしていたというのであるから、原告の生活の本拠はGの居宅に
あったということができる。むしろ、原告は、片道二時間程度もかかるにもかかわらず、週
の半分以上は、Gの居宅へ帰っていたことからすると、原告とGの間には、引き続き事実
上の婚姻関係が存在していたとみるべきである。
また、確かに、原告とGは、平成九年一〇月ころから具体的に結婚の話をしていたにも
かかわらず、実際に婚姻届が提出されたのは、原告が起訴された後の平成一〇年一二月二
日であるが、前記2で認定したとおり、右のように婚姻届が遅れた原因は、原告がオー
バーステイ状態であるため、結婚できるのかどうか、結婚できるとしてどのような書類、
手続が必要なのかがわからなかったこと、婚姻届を提出することがきっかけになって、原
告のオーバーステイ状態が露見し、原告が逮捕されてしまうのではないかとの懸念があっ
たこと、Gの母親がバングラデシュ人と結婚することに反対するのではないかと考え、G
の母親が同年一月に卵巣ガンの手術を受けたばかりであり、Gは、原告との婚姻届を提出
したいということをなかなか母親に言い出せなかったことなどによるものであり、原告ら
が抱いた右のような懸念は首肯できるものである。そして、その間、Gは、原告を母親に紹
介し、最初は結婚に賛成してくれなかった母親を、原告と三人で食事をするなどして、結
婚に賛成してくれるように努力していたことがうかがわれるのである。
してみると、被告ら主張のような事情があることをもって、原告とGとの間の婚姻が実
体を欠くとか、婚姻意思の成熟性が認められないということはできず、被告らの右主張は
採用することができない。
 ところで、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持
されなければならないものであり(憲法二四条参照)、我が国の国民が外国人と婚姻した場
合においては、国家としても当該外国人の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして当
該外国人の在留を認めるのを相当としない事情がある場合は格別、そうでない限り、両名
が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し、円満な関係を築くことができるよ
うにその在留関係等について一定の配慮をすべきものと考えられ、B規約二三条も「家族
は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」、
「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められ
る。」と規定し、その趣旨を明らかにしているところである。そして、入管法が「日本人の
配偶者」を在留資格として掲げているのもその配慮の一つの現れであるとみることができ
る。
被告法務大臣は、在留特別許可を与えるか否かについて前記のとおり広範な裁量権を有
するものであるが、日本人と婚姻し、夫婦の実体を形成している外国人について右の裁量
権を行使するに当たっては、両名の夫婦関係の維持、継続を保護するという右に述べた見
地から十分な配慮をすることが要請されているものというべきである。
 被告らは、原告が本国であるバングラデシュで生活することは、その家族関係、資産関
係からみて十分可能であること、Gも同国に赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能
であるとし、原告が我が国に在留すべき特別の事情はないかのように主張する。
しかしながら、Gの母親は離婚していて、両名は母一人子一人の関係にあり、Gにおい
て手術をしたばかりの母を残して外国に赴きそこで生活をすることは困難な状況にあり、
また、我が国とバングラデシュとでは、経済事情のみならず、生活習慣等も相当異なるこ
とを考慮すれば、Gと原告の婚姻が真意に基づくものであれば、原告の母国であるバング
ラデシュで夫婦生活を送ればよいかのようにいう被告らの主張は、原告及びGが我が国で
築いた具体的な人間関係、国籍を異にする男女が円満な夫婦生活を送る上での実際上の困
難、各国の経済・生活の実情を考慮しない議論であって、たやすく採用することができな
い。
 また、原告は、結果的に約七年九か月にわたり我が国に不法残留し不法に就労していた
ものであり、右行為は、我が国の出入国管理の秩序を乱すものであって強く非難されるべ
きであるが、就労行為自体及びその他の生活状況に関していえば,原告は、その間まじめ
に就労し、入管法違反(不法残留)のほかには、犯罪行為を犯した事実は認められず、我が
国において平穏に生活していたものと評価できるのであって、在留特別許可を付与すべき
かどうかの判断に当たって、不法残留の点のみを過大に評価し過ぎるのは適当でないとい
うべきである。
他に、原告の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして原告の在留を認めるのを相当
としない事情があることをうかがわせる証拠はない。 
 前記で認定した事実関係及び右ないしに説示したところによれば、被告法務大臣
がした本件裁決は、原告とGの婚姻意思ないし婚姻関係の実体についての評価が明白に合
理性を欠いており、また、法違反(不法残留)の不良性を強調し過ぎるあまり、右記載の
とおりの配慮がなされるべき両名の真意に基づく婚姻関係について実質的に保護を与えな
いという、条理及びB規約二三条の趣旨に照らしても好ましくない結果を招来するもので
あって、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものといわなければならない。
4 そうすると、被告法務大臣が原告に対し在留特別許可を付与しなかったことについては、裁
量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるといわざるを得ず、したがって、本件裁
決は取り消されるべきである。
二 本件退令発付処分について
退去強制手続において、被告法務大臣は、入管法四九条一項の異議の申出に対し、異議の申出
が理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(入管法四九
条三項)、主任審査官は、被告法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けた
ときは、速やかに退去強制令書を発付しなければならない(同条五項)ところ、右一で説示したと
おり、本件裁決は違法であるから、本件裁決に基づく本件退令発付処分もまた違法なものという
べきであって、本件退令発付処分は取り消されるべきである。
第四 結論
よって、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の
負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとお
り判決する。

勾留の裁判に対する異議申立て棄却決定に対する特別抗告事件
平成12年(し)第94号
最高裁判所第一小法廷(裁判官:藤井正雄・遠藤光男・井嶋一友・大出峻郎・町田顯)
平成12年6月27日
決定
主 文
本件抗告を棄却する。
理 由
本件抗告の趣意のうち、憲法一四条違反をいう点は、原決定が外国人であることを理由として被告
人を不当に差別したものとは認められず、憲法三九条違反をいう点は、勾留が刑罰でないことが明ら
かであるから、いずれも前提を欠き、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであ
って、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主
張であって、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。
なお、裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法
六〇条一項各号に定める事由(以下「勾留の理由」という。)があり、かつ、その必要性があるときは、
同条により、職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がない。したがって、第一
審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の判決を言い渡した場合であっても、控訴審裁判
所は、記録等の調査により、右無罪判決の理由の検討を経た上でもなお罪を犯したことを疑うに足り
る相当な理由があると認めるときは、勾留の理由があり、かつ、控訴審における適正、迅速な審理のた
めにも勾留の必要性があると認める限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができ、
所論のいうように新たな証拠の取調べを待たなければならないものではない。また、裁判所は、勾留
の理由と必要性の有無の判断において、被告人に対し出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制の
手続が執られていることを考慮することができると解される。以上と同旨の原決定の判断は、正当で
ある。
よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官遠藤光男、同藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるも
のである。
裁判官遠藤光男の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とはその見解を異にし、被告人に対する勾留状発付を適法とした原決定には、法令
の解釈を誤った違法があり、かつこれを取り消さなければ著しく正義に反すると認められる場合に該
当するものと考える。
一 本件第一審裁判所は、二年半余に及ぶ審理期間を通じて三二回の公判期日を開き、その審理を遂
げた上、被告人が本件の犯人であることは動かし難いもののように思われるとしながらも、被告人
を犯人と認めるには解明することのできない疑問点があり、合理的な疑いを差し挟む余地が残され
ているとして、被告人を無罪とする判決を宣告した。
二 右無罪判決により、被告人に対する勾留状はその効力を失うに至った(刑訴法三四五条)。このた
め、不法残留中の外国人である被告人に対して退去強制令書が発付され被告人が国外に退去させら
れるおそれが生じたことから、検察官は、控訴提起に伴い、控訴審裁判所に対し被告人を勾留する
よう求めた。
本件抗告事件においては、控訴審裁判所がした勾留の裁判の適法性が争われており、特に、検察
官の控訴提起により一件記録が控訴審裁判所に送付された後、控訴審裁判所がその実質的な審理を
開始する前に一件記録を検討し、刑訴法六〇条一項の要件があるとして被告人を勾留することがで
きるか否かが重要な争点の一つとされているところである。
三 多数意見は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ刑訴法六〇条一項
各号に定める事由とその必要性があるときは、裁判所は、同条により職権で被告人を勾留すること
ができ、その時期には特段の制約がないとした上、右の場合であっても、控訴審裁判所は、右要件を
充足する限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができるとする。私も、右の前段の
判断部分につき特に異論を唱えるものではなく、控訴審裁判所が必要に応じて職権で被告人を勾留
し得る場合があることを否定するものではないが、右後段の判断部分については、直ちに賛成する
ことができない。けだし、無罪判決により勾留状の効力が失われるとした刑訴法三四五条の法意に
かんがみると、検察官の控訴に伴い控訴審裁判所が被告人を勾留するに際しての「罪を犯したこと
を疑うに足りる相当な理由」についての判断基準は、第一審段階に比してより高度なものが求めら
れ、かつこれに連動して、勾留できるという判断が可能になる時期は、おのずから制約されるべき
ものと考えるからである。その理由は、次のとおりである。
1 刑訴法三四五条は、無罪判決等が告知された場合には、その確定を待たず直ちに勾留状が失効
するものとしているが、その趣旨は、身柄拘束の必要性が消滅したことを宣言した裁判所の判断
を何よりも尊重すべきものとしたことによるものと思われる。そうだとすると、いったん釈放し
た被告人の身柄を安易に再拘束することができるような解釈を採るべきではない。
2 勾留の裁判は、有罪の可能性を前提にして正当化されるのであり、法がその要件として「罪を
犯したことを疑うに足りる相当な理由」があることを求めたのも、正にこれに由来したものにほ
かならない。したがって、第一審段階でその存否を判断するに当たっては、端的に「犯罪の嫌疑」
そのものを対象としてこれを評価すればよい。しかしながら、第一審において無罪判決がされた
場合には、暫定的とはいえ、裁判所自らがその存在を否定したのであるから、被告人に対する無
罪の推定はより一層強まったとみてよく、控訴審裁判所が新たに被告人を勾留するに際しては、
第一審段階におけると同じ基準でこれを評価すべきではない。少なくとも、第一審判決が破棄さ
れ、最終的に有罪の判決がされる可能性があるか否かを基準として判断されなければならない。
3 現行刑事訴訟手続における控訴審の構造が事後審制を採用している以上、控訴審における審判
の対象が公訴事実そのものではなく、第一審判決の当否に求められることはいうまでもない。そ
うだとすると、勾留要件としての「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」についても、この
観点から判断される必要があるものと解するのが相当である。
4 第一審判決の当否は、控訴審における適正手続を通じて判断されることになる。したがって、
控訴趣意書及び答弁書が提出されるなどして(答弁書の提出がない場合には、その提出期限が経
過した後)実質的な審理が開始される前に、控訴審裁判所がその当否を判断することは、特段の
事情が存しない限り、許されないものというべきである。また、控訴審裁判所が実質的な審理の
開始前に一件記録を検討したのみで被告人の勾留をなし得ることを認めるのは、第一審裁判所が
長期間にわたって各種の証拠を取り調べ、その証拠価値を検討するなどして審理を遂げた成果を
無視するに等しく、妥当というべきでない。特に、本件事案のように、被告人と犯行とを結び付
ける直接的証拠が全く存在せず、幾つかの情況証拠によってしかこれを立証し得ない場合の事実
認定については、常に多くの困難が付きまとうものであることは多言を要しないところである。
第一審裁判所が、これらの情況証拠の信用性やその重み、反対証拠との関連性などにつき慎重か
つ客観的に分析、検討することに努め、ようやくにして一つの結論を示し得た場合に、控訴審裁
判所が実質的な審理を開始する前に一件記録のみを検討し、これと異なる判断を示すということ
は、裁判に対する信頼という観点からみても、到底許され得るものではない。
四 本件勾留は、被告人が不法残留により退去強制処分を受けることとなったため、被告人が不在の
まま審理が進められたとすれば控訴審の実質審理に支障が生じるおそれがあると考えられたこと、
及び控訴審において第一審判決が取り消され、有罪の判決が確定した場合の将来の刑の執行確保の
目的を意図して行われた処分であることは疑いの余地がない。
けだし、仮に被告人が不法残留の外国人でなかったとするならば、第一審において無罪判決の宣
告を受けた者に対し、たとえその者に住居不定その他の勾留要件が認められたとしても、控訴審裁
判所がその実質的審理の開始前に一件記録を検討しただけで勾留するということは、およそあり得
なかったと思われるからである。本来、控訴審手続においては、被告人が出頭しなくともその審理
ができないわけではなく、特に、本件の場合、被告人は弁護人の一人を送達受取人として届け出て
いたというのであるから、その審理に支障が生じることは考えにくいが、訴訟手続の進展いかんに
よっては、現実にそのような支障が生じる可能性もあり得るところであろう。このような事態の発
生を考えると、被告人の国外退去強制処分をそのまま認めてしまってよいかは一つの問題というべ
きである。しかし、法は、これに対して何らの手当てをしていない。すなわち、出入国管理及び難民
認定法に基づく行政処分と刑訴法に基づく身体拘束処分との関係を調整するための規定が全く設け
られていないのである。したがって、現行法を前提とする限り、入管当局としては、無罪判決の宣告
により勾留状が失効した不法残留の外国人に対しては速やかに退去強制令書を執行せざるを得ず
(出入国管理及び難民認定法六三条二項)、一方、司法当局としては、その執行を阻止するため無罪
判決により勾留状が失効した被告人の身柄を確保すべき法的根拠を有しない。正に法の不備といわ
ざるを得ないが、法の不備による責任を被告人に転嫁することは許されるべきことではない。例え
ば、一定の要件の下に、この種の不法残留者等に対しては退去強制処分の執行停止を認めることが
できる旨の規定を設けるなどしてこれに対応することが望まれよう(なお、この場合に、執行猶予
付きの有罪判決を受けた不法残留等の外国人が自ら上訴し、いたずらに退去強制処分の執行を遷延
することがないよう十分配慮する必要があることはいうまでもない。)。
また、勾留は、本来、将来の刑の執行確保を目的として行われるべきものではないが、副次的にそ
のような一面を有していることは否定し難いところである。しかし、将来の刑の執行確保の必要性
をいうのであれば、犯罪人の引渡し等を内容とする司法共助条約を締結することによってその解決
を図るべきが当然であり、このような条約が締結されていないことを理由として、勾留の正当性を
裏付けようとすることも許されないものというべきである。
裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。
一 被告人に対し第一審で無罪の判決の言渡しがあったときは、勾留状はその効力を失うものとされ
ている(刑訴法三四五条)。これは、禁錮以上の実刑判決が宣告されたときは保釈等は効力を失うと
した規定(同法三四三条)とともに、第一審判決の結果を直ちに被告人の身柄の処理に反映させよ
うとしたものである。
無罪判決を受けた被告人に対して検察官が控訴を提起した場合において、控訴審裁判所が、必要
があるときは、刑訴法六〇条一項により改めて被告人を勾留することができることはもちろんであ
る。しかし、この場合に、控訴審裁判所が、第一審と全く同じに、「罪を犯したことを疑うに足りる
相当な理由」(以下単に「嫌疑」という。)があれば直ちに再勾留することができると解するのは、問
題がある(同項各号の要件が存在することは当然の前提とする。)。
本件第一審判決は、被告人が犯人であることは動かし難いもののようにも思われるとしつつも、
他方、被告人を犯人とするには合理的に説明できない疑問点が残り、有罪を認定するには不十分で
あるとして、被告人を無罪としたものであり、この判示から明らかなように、被告人に勾留の理由
となった嫌疑があることは、なお否定されていない。しかし、たとえそうであるとしても、いったん
無罪の判決があったときは、無罪の理由のいかんにかかわらず、身柄の拘束を解くというのが、刑
訴法三四五条の定めるところである。そうだとすると、このような場合に、控訴審裁判所が、第一審
の勾留の裁判におけるのと同じ基準の下に嫌疑が存することのみを理由として、他に特段の事情も
なく被告人を再勾留することができると解するのは、同条を実質的に空文化することになりかねな
い。第一審で無罪判決があった事件を迎えた控訴審裁判所としては、第一審判決に誤りがあってこ
れを破棄すべきであるかどうかを審理するのであるから、被告人を再勾留し得るのは、第一審判決
を破棄して有罪とする可能性があると判断される場合であることを要し、単なる嫌疑よりは高度の
ものが求められていると解される。原決定は、第一審の無罪判決の存在は嫌疑があるかどうかを判
断するに当たって慎重に検討すべき一事情にとどまるというが、慎重に検討するということが、事
実上ないし修辞上のものにとどまってはならないのであって、このように判断そのものの内容をな
すのでなければならないと思う。
二 被告人の再勾留に至る経過を見ると、第一審判決に対し検察官から控訴があり、一件記録が控訴
審に到達した後、第一回公判前で、かつ、控訴趣意書が提出されるよりも前に、控訴審裁判所は、記
録のみの調査により本件勾留の裁判をしている。しかし、第一審裁判所が公判における証拠調べを
経て犯罪の証明なしとして無罪の判決に至った事件につき、控訴審裁判所が第一審の記録と判決の
調査のみで嫌疑ありとして勾留することを認めるのは、あまりに第一審判決を軽く扱うものであ
り、妥当とはいい難い(第一審判決が一義的に明白な法令解釈の誤りを犯したような場合は別であ
るが、本件はそのような場合ではない。)。控訴審裁判所としては、公判における審理を経るか、ある
いは少なくとも控訴趣意書とこれに対する答弁書の提出を待ってこれを検討し、また、新たに提出
されるべき証拠の存在が予告されるならばこれをしんしゃくした上、第一審判決を破棄する可能性
があると認められるかどうかを判断して、再勾留の可否を決めるのが、控訴審における適正手続に
かなうゆえんであると考える。そして、このように解釈することによって、刑訴法六〇条と三四五
条との整合性が図られるというべきである。
三 記録によれば、被告人については、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制手続が開始され
ていることが明らかである。退去強制手続と刑事手続との関係については、同法六三条がこれを規
定しており、同条二項の解釈上、勾留状が失効して釈放された被告人に対しては、退去強制令書の
執行ができるものと解されている。これによれば、本件の被告人は、控訴審で勾留されない限り、国
外退去を執行されてしまう可能性が高い。第一審で無罪とされたとはいえ、その判決が判示してい
るように犯人としての嫌疑の濃い被告人の国外退去を可能にすると、控訴審の審理に事実上制約が
かかるおそれがあるだけでなく、仮に第一審判決が破棄され有罪となったとした場合に、刑の執行
ができなくなるという事態を生ずる。本件事犯の罪質にもかんがみると、誠に重大な問題である。
しかし、不法残留者に対する退去強制も法の執行である。この問題は、退去強制手続と刑事手続の
調整に関する規定の不備によるものであり、このことだけで勾留を正当化することはできないとい
わざるを得ない。
四 以上の次第で、私は、原決定には法令の違反があり、これを取り消さなければ著しく正義に反す
ると考えるものである。

退去強制令書発付処分取消請求事件
平成10年(行ウ)第130号
原告:AことA’、被告:法務大臣・東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第2部(裁判官:市村陽典・阪本勝・村松秀樹)
平成13年3月15日
判決
主 文
一 被告法務大臣が平成一〇年四月一四日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法四九
条一項に基づく原告の異議申出は理由がない旨の裁決を取り消す。
二 被告東京入国管理局主任審査官が平成一〇年五月七日付けで原告に対してした退去強制令書発
付処分を取り消す。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、被告法務大臣から、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四九条一項に基づ
く異議申出は理由がない旨の裁決を受け、被告東京入国管理局主任審査官(以下「被告主任審査
官」という。)から、退去強制令書の発付処分を受けた原告が、在留特別許可を認めなかった右裁
決には、被告法務大臣が裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があり、右裁決を前提としてされ
た退去強制令書の発付処分も違法であると主張して、右裁決及び処分の各取消しを求めている事
案である。
一 前提となる事実(各項末尾掲記の証拠等により認められる。)
1 原告の経歴及び家族状況
 原告は、昭和五四年(一九七九年)一一月一日、中華人民共和国(以下「中国」という。)上
海市において、中国人の父のB(以下「父B」という。)と中国人の母のC(以下「母C」という。)
との間に出生し、中国国籍を取得するとともに、A’ と名付けられた。
(乙三九、同四六、同四九)
 母Cは、昭和六三年(一九八八年)九月一四日、中国当局から旅券の発給を受けるとともに、
平成元年(一九八九年)八月二一日、在北京ボリヴィア共和国(以下「ボリヴィア」という。)
大使館において、観光査証の発給を受け、同年九月二日、サンタ・クルス国際空港からボリ
ヴィアに入国した。
(乙一)
 母Cは、平成元年(一九八九年)一二月七日、在ボリヴィア日本大使館サンタ・クルス出張
駐在官事務所(以下「サンタ・クルス出張駐在官事務所」という。)において本邦の通過査証
を取得し、平成二年(一九九〇年)二月三日、ボリヴィアを出国して、同月五日、新東京国際
空港に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田支局入国審査官から、平成元
年法律第七九号による改正前の法四条一項一六号、平成二年法務省令第一五号による改正前
の出入国管理及び難民認定法施行規則二条一項三号に規定する在留資格、在留期間三日とす
る上陸許可を受けて本邦に上陸したが、その後、在留資格変更許可又は在留期間更新許可を
受けることなく、右在留期限である同月八日を超えて不法残留した。
また、母Cは、東京都内でホテルのシーツ交換等の仕事を得て稼働し始め、同年一一月ご
ろ、東京都豊島区長崎《住所略》D荘(以下「D荘」という。)で居住を開始した。
(争いがない事実)
 原告は、平成二年(一九九〇年)二月一九日、上海市公安局から、A’ 名義の旅券の発給を
受け、同年九月二二日、右旅券を所持して、父Bと共に、上海からボリヴィアに向けて出国し
た。
(乙四六、同四九)
 父Bは、同年一〇月、ボリヴィアのサンタ・クルス在住の台湾系実業家であるEから、台
湾当局発給に係るB’ 名義の旅券を入手した。
(乙三九、同五〇)
 原告は、同年一一月一四日、ボリヴィア政府サンタ・クルス出入国管理局から名義人をA、
生年月日を昭和五六年(一九八一年)一一月一一日、出生地をサンタ・クルス州ワルネス郡
オキナワ地区とそれぞれ記載された旅券(有効期限、平成九年(一九九七年)一一月一四日)
の発給を受けた。
右旅券は、父BがEを通して不正な方法で入手した出生証明書及び身分証明書を使用する
ことによって、発給を受けたものである。
しかし、ボリヴィアにおいては、右出生証明書及び身分証明書は、不正な方法で取得した
ものであっても、当局によって取り消されない限り真正なものとされており、これらにより
取得した前記旅券も有効なものとされるから、原告は、有効なボリヴィアの旅券を所持する
ことにより、ボリヴィア国籍を取得し、中国国籍法九条に基づき、中国国籍を喪失したもの
である。
(甲一の一、乙三九、同四七ないし同四九)
 原告は、平成二年(一九九〇年)一一月二二日、サンタ・クルス出張駐在官事務所において、
本邦の通過査証を取得した。
(甲一の一)
2 原告及び家族の入国及び在留状況
 原告は、平成二年一一月二六日、新東京国際空港に到着し、父Bと共に、東京入管成田支
局入国審査官から、平成元年法律第七九号による改正前の法四条一項四号に規定する在留資
格、在留期間一五日とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。
(甲一の一、乙二、同三)
 原告及び父Bは、入国後、D荘において母Cと同居を開始した。
そして、父Bは、同年一二月一一日、東京都豊島区長に対し、D荘二号を居住地として父B
及び原告の外国人登録を申請し、同日に原告について、平成三年一月七日に父Bについて、
それぞれ外国人登録証明書の交付を受けた。
(争いがない事実)
 原告は、本邦上陸後、在留資格変更許可又は在留期間更新許可を受けることなく、右在留
期限である平成二年一二月一一日を超えて、不法残留した。
(争いがない事実)
 原告は、平成四年秋ころ、東京都豊島区立F小学校五年に編入し、平成六年三月に同校を
卒業した後、同年四月に同区立G中学校に入学した。
(争いがない事実)
 原告は、平成七年八月ころ、父B及び母Cと共に、東京都豊島区南長崎《住所略》H荘(以
下「H荘」という。)二〇三号室に転居した。
(乙七、同二八、同四〇)
 原告は、平成八年八月初めごろ、児童福祉法三三条に基づく一時保護を受け、同月二六日、
東京都立の児童福祉施設(養護施設)である東京都I学園への入所を措置されるとともに、
東京都東久留米市立J中学校に転校した。
(甲五、乙五一、同五三、同六一)
 原告は、平成九年三月、右J中学校を卒業し、同年四月、K専門学校に入学した。
(争いがない事実)
 母Cは、同年七月七日、B’ 名義で、東京都豊島区長崎《住所略》L荘二〇二号を賃借した。
(乙五、同七五)
 原告は、同年一〇月二四日、在東京ボリヴィア名誉総領事館から、新たにA名義の旅券(有
効期限、平成一四年(二〇〇二年)一〇月二四日)の発給を受けた。
(甲一の二)
3 原告の退去強制手続について
 原告は、平成八年八月二三日、東京都児童相談センター児童福祉司Mに付き添われて東京
入管に出頭し、不法残留の事実を申告するとともに引き続き本邦に在留したい旨申し出たの
で、東京入管入国警備官は、同日、違反調査を開始した。
(争いがない事実)
 東京入管入国警備官は、平成一〇年三月一六日、東京入管主任審査官に対し、原告につい
て法二四条四号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして収容令書
の発付を請求し、同月一七日、収容令書の発付を受け、同月一八日、東京入管において、原告
に対し、右収容令書を執行した。
東京入管主任審査官は、同日、原告に対し、仮放免を許可した。
(争いがない事実)
 東京入管入国警備官は、同月一八日、原告を法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入
国審査官に引き渡し、東京入管入国審査官は、同日、原告について違反審査をした結果、原告
が法二四条四号ロに該当する旨認定し、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、口頭審
理を請求した。
(争いがない事実)
 東京入管特別審理官は、同年四月二日、原告について口頭審理を実施した結果、前記認定
に誤りのない旨判定し、原告にこれを通知したところ、原告は、同日、法務大臣に異議の申出
をした。
(争いがない事実)
 被告法務大臣は、同月一四日、右異議の申出は理由がない旨の裁決をし(以下「本件裁決」
という。)、本件裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年五月七日、原告に本件裁決を告
知するとともに、送還先をボリヴィアとする退去強制令書を発付した(以下「本件処分」とい
う。)。
(乙一五、同一六)
4 母Cの退去強制手続
 東京入管入国警備官は、平成一〇年三月三日、母Cについて法二四条四号ロに該当すると
疑うに足りる相当の理由があるとして、東京入管主任審査官から発付を受けた収容令書に基
づいて、母Cを東京入管収容場に収容し、同月五日、母Cを東京入管入国審査官に引渡した。
(乙一八、同一九)
 東京入管入国審査官は、同月一一日、母Cが法二四条四号ロに該当する旨認定したところ、
母Cは、右認定に服して口頭審理の請求を放棄したので、東京入管主任審査官は、同日、母C
に退去強制令書を発付し、東京入管入国警備官は、同日、右退去強制令書を執行して母Cを
引き続き東京入管収容場に収容した。
(乙二〇ないし同二三)
 母Cは、東京入管収容中、数回にわたって面会に来た原告に対し、一緒に中国に帰るよう
説得したが、原告はこれに応じなかった。
(争いがない事実)
 東京入管入国警備官は、同年四月一七日、母Cを中国上海に向けて送還した。
(乙二三)
5 父Bの退去強制手続
 父Bは、平成一一年一二月八日、東京入管入国審査官から法二四条一号(不法入国)に該当
する旨の認定を受け、右認定に服して口頭審理の請求を放棄したことから、東京入管主任審
査官は、同日、父Bに対し、退去強制令書を発付した。
(乙四一、同五五)
 東京入管入国警備官は、平成一二年一月一八日、右退去強制令書を執行して、父Bを中国
上海に向けて送還した。
(乙五五)
二 当事者双方の主張
(原告の主張)
1 在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量
在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量は、広範であるが、無制限のものではない。
また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)四〇条四項に基づ
く国際人権自由権規約委員会の一般的性格を有する意見(以下「一般的意見」という。)は、B
規約の有権的解釈であるところ、一般的意見一五は、「規約は、外国人が締約国の領域に入り又
はそこで居住する権利を認めていない。領域内に誰を受け入れるかは原則として当該国家が決
める事項である。しかし、例えば、差別の禁止、非人道的取扱の禁止、家族生活の尊重について
考慮する場合など、ある状況のもとにおいては、入国又は居住に関しても外国人が規約の保護
を受ける場合があり得る。」としており、右のとおりB規約の保護を受けるべき場合に、それを
否定する運用をすることは許されない。
そして、出入国管理基本計画(平成一二年法務省告示第一一九号)によれば、「法務大臣は、
この在留特別許可の判断に当たっては、個々の事案ごとに在留を希望する理由、その外国人の
家族状況、生活状況、素行その他の事情を、その外国人に対する人道的な配慮の必要性と他の
不法滞在者に及ぼす影響とを含めて総合的に考慮し、基本的に、その外国人と我が国社会のつ
ながりが深く、その外国人を退去強制することが、人道的な観点等から問題が大きいと認めら
れる場合に在留を特別に許可している。」というのであるから、右基本計画は、被告法務大臣の
裁量権の逸脱又は濫用の有無を判断するときの一つの基準とされるべきである。
2 原告をボリヴィアに送還することが極めて非人道的な結果を招来すること
原告がボリヴィアに送還された場合には、日本語と単語程度の中国語しかできず、資産等も
特にない原告が、他国に出国できるはずはなく、また、中国が、原告を簡単に入国させるとも考
えられない。そのため、原告は、そのままボリヴィアにとどまらざるを得ないが、ボリヴィアに
身寄りも知り合いもいない原告は、まともに生活することはできないであろう。
原告は、法律上ボリヴィア国籍を有するものの、本来、ボリヴィア国籍を取得できる立場に
なかったものであり、その上、原告は、自分の意思でボリヴィア国籍を取得したものではなく、
父Bが勝手に行ったことである。原告をボリヴィアに送還することは、数箇月程度住んだ以外
には縁もゆかりもない地に原告を遺棄するに等しいというべきである。
また、Eなる人物が存在するか疑わしく、仮に原告のボリヴィア在留当時に存在したとして
も、Eが現在も生存してパン屋を経営しているかどうかも不明であり、かつ、一〇年以上前の
ことを覚えていて、原告を援助してくれるか不明であるし、原告の中国語の語学力が簡単な単
語などに限られる会話程度であるから、Eに自己の立場やボリヴィアに送還された経緯等につ
いて説明することは困難である。
そして、サンタ・クルス市に中国人居住者数が二〇〇〇人いても、それらの者が当然に原告
を助けてくれることは期待できない。
しかも、貧しい国にあっては孤児院があってもほとんど賄い切れないのが実情であり、この
ことは、多数のストリート・チルドレンの存在から明らかである。
さらに、原告と母Cとの手紙のやりとりは、最低限のものであり、通常の親子関係のような
ものではなかったこと、母Cは、原告の中学生のころ、家にいることがほとんどなく、最低限の
金銭(月額八万円程度)を郵便局に預ける方法で原告に交付するにすぎず、原告はその中から
約六万円の家賃を支払い、残りで生活していたこと、他方、父Bは、二、三箇月はざらに家を空
けており、父Bが原告に金銭を交付することはなく、今後も原告の面倒を見る能力はないと明
言していること、現在、原告の両親の援助など皆無であることからすると、このような両親が、
ボリヴィアに送還された後の原告を援助することは考えられないことである。
そうすると、原告は、ボリヴィアに送還されても、ストリート・チルドレン又は乞食でもし
ない限り、生計を立てることは極めて困難であり、また、ボリヴィアの言語であるスペイン語
の読み書きや日常会話もできないのであるから、乞食もできずに性的奴隷となる現実的危険性
が高い。
以上のとおり、原告をボリヴィアに送還することは、人道上許し難い悲惨な結果を招くこと
となる。
3 原告と我が国社会とのつながりの密接性
原告は、入国以来、我が国で小学校、中学校、専門学校(二年まで)の教育を受けてきただけ
にとどまらず、多くの日本人の友人、知人を得ている。
また、原告は、日常の言葉だけではなく、ものの考え方、発想の仕方、生活習慣全体が、我が
国の文化、習慣の下で育てられ、人格形成において重要な時期を、日本語による教育を受け、日
本文化の中で成長してきたものであり、今更、他国の言葉や習慣によって育ち、生き直すこと
はできない。
原告は、この間、不法残留以外に刑法、民法に触れるような違法行為を行っていないし、右不
法残留も、原告が望んだことではなく、両親と一緒にいた原告としては、他に選択の余地はな
かったのである。
4 原告が虚偽の事実を申告していないこと
 原告は、自分の記憶のとおりに、一九八一年一一月一一日にボリヴィアで出生したAであ
ると供述を行ってきたものである。原告は、両親から、そのように言われ続けてきたため、右
記憶が形成され、意識として固定化されていったものであるから、原告は自己の供述が虚偽
であるとの認識はない。
 原告は、父Bが数年の間に何度かは短期的に一時帰宅した際に顔を合わせたことはあった
のであろうが、養育拒否(ネグレクト)された被虐待児である原告にとっては、両親と正常な
親子のような精神的な結合もなく、ほんの偶々に顔を合わせたことがあったとしても、それ
が原告にとっては何ら関心の対象ではなく、記憶に留めることもないため、忘却していただ
けのことであり、殊更に記憶に反した虚偽の申立てをしていたものではない。
原告は、宗教活動に没頭してほとんど自宅に寄りつかない父Bと数箇月も家を空けて時折
しか帰宅しない母Cとの子として、喧嘩口論の絶えず、子に関心を払わない父母の下で乳幼
児期を過ごし、親の都合で外国を転々とさせられたうえ、名前や生年月日をその都度適当に
変えられ、親との信頼関係の上に自己のアイデンティティを確立すべき重要な時期にそれが
かなえられなかったものである。このような生育歴を持つ原告は、児童虐待の一つの典型的
類型である「ネグレクト」を受けた子どもであり、その結果、安定した養育環境の下で人々が
獲得するはずの記憶等にも様々な障害が存在しているものであることを見逃してはならない
ところ、原告は、解離性健忘(重要な個人的出来事、通常はその人にとってトラウマとなっ
たりストレスとなった出来事が思い出せなくなり、その程度が通常の忘却の範囲を超えたも
の)の傾向が顕著である。
したがって,原告の供述内容が客観的事実と異なるからといって、虚偽事実を認識しつつ
申告した悪質な不法滞在者であると判断することは誤りである。 
5 以上のとおり、在留特別許可を認めなかった本件裁決は、極めて非人道的なもので、社会通
念に照らして著しく妥当性を欠くものであるから、被告法務大臣が、裁量権の範囲を逸脱し、
又は濫用したものとして、違法である。
そして、本件裁決に基づく本件処分も違法である。
(被告らの主張)
1 在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量権について
 憲法上、外国人は、本邦に入国する自由はもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在
留することを要求する権利を保障されているものでもないから、法五〇条一項所定の在留特
別許可を与えるか否かは被告法務大臣の自由裁量にゆだねられているものと解され、また、
在留特別許可は、外国人の出入国に関する処分であり、その判断に当たって、当該外国人の
個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外
国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることから、同許可
に係る裁量の範囲は極めて広範なものである。
しかも、在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで当然に本邦からの退去
を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であって、他の一般の行政処分と異なり、
その性質は、恩恵的なものであるところ、右在留特別許可の付与についての裁量権の範囲を、
在留期間の更新許可の付与の場合と比較すると、在留期間の更新が、適法に在留する外国人
を対象として行われるものであり、その申請権も認められているのに対し、在留特別許可の
許否は、法二四条各号所定の退去強制事由に該当する容疑者を対象として判断されるもので
あって、それらの者には、在留特別許可の申請権も認められておらず、また、法文上も在留期
間の更新について定めた法二一条三項では、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当
の理由があるとき」に許可することができるとされているのに対し、在留特別許可について
定めた法五〇条一項三号では、単に「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に
許可することができると規定されており、在留特別許可を付与すべき要件は何ら具体的に規
定されていないのである。
したがって、被告法務大臣の在留特別許可の付与についての裁量権の範囲は、在留期間の
更新の場合の法務大臣の裁量権よりも更に格段に広範なものであり、右裁量権の行使が裁量
権の範囲を越え又はその濫用があったものとして違法であるとの評価をするには、被告法務
大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような
特別の事情がある場合等極めて例外的な場合に限られるものといわなければならない。
 なお、一般的意見は、B規約の有権的解釈を示すものでもなければ、法的拘束力を有する
ものでもないし、B規約は、外国人に対する入国の自由や在留する権利を保障するものでは
ない。
 また、出入国管理基本計画については、被告法務大臣はこれを最大限に尊重した行政運営
に努めなければならないものであるが、それ自体法的拘束力を有するものではないから、出
入国管理基本計画をもって、直ちに本件裁決の違法性を根拠づけることはできない。
2 本件裁決の適法性
 被告法務大臣は、次の事情等を総合的に考慮して、原告について特別に在留を許可すべき
事情があるとは認められないと判断し、本件裁決をしたものであるから、裁量権の逸脱又は
濫用を認める余地はない。
 原告は、本邦に入国するまで、本邦とは何らかかわりのなかった者であり、在留期限が
経過してから約七年半の間、本邦に不法に残留していた者であって、退去強制事由に該当
する以上、退去強制され、本来、国籍国の保護を受けるべきものであること
 母Cについて退去強制令書が発付され、母Cは、原告と一緒に中国への帰国を希望して
いたこと
 母Cの供述によれば、母Cは、一時、稼働を目的として名古屋に行ったものの、その後、
すぐに東京に戻ってきて、原告が生活したH荘からほど近い所で生活してきたもので、原
告が主張するような遺棄されたという情況にはなく、逆に、原告との中国又はボリヴィア
での生活を望んでいたこと
 仮に、原告をボリヴィアに送還したとしても、母Cは、これまでに中国に八〇〇万円の
送金をしており、これらの蓄財により、母Cがボリヴィアへ行くことは不可能ではなく、
また、ボリヴィアには、母Cの兄であるNが居住しており、同人の援助を期待できること
 原告の申立てにおける虚偽の事実とその意義
 原告は、平成八年八月二三日に違反調査を受けた際から、昭和五六年(一九八一年)一一
月一一日にボリヴィアで出生し、名前はAである旨虚偽の主張しているが、原告が中国を
出国したのは一一歳のときであって、中国で生活したことを全く失念するはずはなく、原
告は、虚偽と知りつつ右主張をしているものである。
また、両親から養育を放棄され、又は遺棄された旨の原告の主張は、前記のとおり
母Cの供述から認めることはできないし、母Cは、同人なりに原告の将来を考えていたも
のである。そして、父Bの証言によれば、父Bは、原告が家を離れI学園に入園したことを
知り、母Cとともに同学園の門のところで会ったことがあり、同学園を退園したことや、
K専門学校に入学したものの退学したことも原告から聞いていたことがあるのであるか
ら、原告は、本訴提起後も父Bと連絡を取り合っていたことになり、前記の原告の主張は
虚偽ないし潤色されたものというべきである。
 右のとおり、原告は、自らの国籍の変更、生年月日、名前を偽った上、両親に遺棄されて
身寄りがなく、本邦に在留しなければならないかのような虚構の事実を申告して、被告法
務大臣に誤った判断をさせ、本邦における在留資格を得ようとしたものである。違法行為
により法律上当然に退去強制されるべき外国人について恩恵的に与え得るものにすぎない
在留特別許可の判断に際して、申立て事項中に、右のような基本的な事項につき虚偽事実
を申告してもよいとするならば、入国管理行政が著しく阻害されることとなる。
また、原告は、両親から遺棄されたとの虚偽の事実を、養護施設への入所等の公的扶助
を受ける手段として利用しているのである。
このように、原告の不法残留中の行状は芳しいものとはいえず、不法残留者の行状の観
点から見ても看過できない態度といわざるを得ない。
 ボリヴィアへの送還について
 送還先がどこであるかということは、在留特別許可の判断に基本的には影響しない事柄
である。そして、原告に関しては、本邦からの送還先がボリヴィアというだけであって、原
告が、そのままボリヴィアにとどまらなければならないことはないのであって、その後、
例えば、他国に出国するなどの行動は、原告の自由である。仮に、退去強制の対象となった
外国人が、国籍国の言語を話せない際に、当該外国人を国籍国に送還できないとすれば、
原告のようにあくまで本邦への在留を望んでいる場合には退去強制できない結果となるの
であって、不合理であることはいうまでもない。そもそも、原告の国籍はボリヴィアであ
り、他国への送還を原告が希望しない以上、ボリヴィア以外に送還先を決定することはで
きないのであって(法五三条一項、二項)、本件処分は、法に従った処分であって、送還先
につき違法のそしりを受けることは何もない。
 また、原告が本邦入国前に居住していたボリヴィアのサンタ・クルス市とその周辺には、
日本人移住者や日系人が多数居住しており、その中には日本語を解する者も多数いるほ
か、これら日本人移住者や日系人は、日本語学校や診療所の運営を始めとして、各種日本
文化を継承する活動も積極的に行っているのであるから、原告が帰国後も引き続いて日本
文化の習得をしたいのであれば十分可能であるのはもちろんのこと、サンタ・クルス市と
その周辺の日本人移住地の医療施設の中には、日本から国際協力事業団を通じて派遣され
た日本人や、本邦への留学歴を有する日本語も通用する日系人等の医師、歯科医師を始め
とした日本語も解する医療技術者も多数従事しているほか、日本からの進出企業等もある
こと、日本語が通じ、日本食品も扱っているスーパーマーケット、各種商店や飲食店及び
事業所等もあることなどにかんがみれば、仮に原告がスペイン語を解せないとしても、日
本で自活していたという原告が本国においても日本語だけで自活することも十分可能であ
り、さほど生活に不自由することはない。
さらに、サンタ・クルス市には、日本の青年海外協力隊員やカトリック団体から日本人
職員の派遣を受けている孤児院もあり、原告が右のようなところに入所し、規則正しい生
活の下、スペイン語等を習得することも可能である。
そして、原告は、中国語も多少話せる旨述べているが、サンタ・クルス市には、母Cの以
前の勤務先の社長であるEもいるほか、約二〇〇〇名の中国人が居住しており、中国大陸
出身者で構成されている居住区らある。
加えて、原告は、母Cの送還後も電話や手紙で連絡を取り合っているところ、母Cは、現
在スペインに在住して稼働していると思料され、一方、父Bは本邦において稼働して得た
多額の金員を送金しており、原告がボリヴィアで生活するに際しては、両親からの援助も
十分に考えられるところである。
したがって、原告がボリヴィアへ送還されたとしても、原告が主張するように直ちに乞
食すらできず性的奴隷となる現実的危険性が高いとはいえない。
3 本件処分の適法性
退去強制手続において、被告法務大臣から、異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通
知を受けた場合、被告主任審査官は、全く裁量の余地はなく退去強制令書を発付しなければな
らない。
したがって、前記のとおり本件裁決に違法があるといえない以上、本件処分が違法となるこ
とはない。
三 争点
以上によれば、本件の争点は、本件裁決に被告法務大臣の裁量権の範囲の逸脱又は濫用の違法
があるか否かである。
第三 争点に対する判断
一 在留特別許可に関する被告法務大臣の裁量権について
1 国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、
外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付する
かは、専ら当該国家の立法政策にゆだねられているところであって、当該国家が自由に決定す
ることができるものとされている。我が国の憲法上も、外国人に対し、我が国に入国する自由
又は在留する権利ないしは引き続き在留することを要求し得る権利を保障したり、我が国が入
国又は在留を許容すべきことを義務付けている規定は存在しない。
ところで、法五〇条一項は、被告法務大臣が、法四九条一項に基づく異議の申出が理由があ
るかどうかを裁決をするに当たって、当該容疑者に法二四条各号に規定する退去強制事由が認
められ、異議の申出が理由がないと認める場合においても、当該容疑者が、①永住許可を受け
ているとき、②かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき、③特別に在留を許
可すべき事情があると認めるときには、その者の在留を特別に許可することができるとしてお
り、法五〇条三項は、右の許可をもって異議の申出が理由がある旨の裁決とみなすと定めてい
る。
しかし、法には、その許否の判断に当たって必ず考慮しなければならない事項など右の判断
を羈束するような定めは何ら規定されておらず、このことと、右の判断の対象となる容疑者は、
既に法二四条各号の規定する退去強制事由に該当し、本来的には我が国から退去を強制される
べき地位にあること、外国人の出入国管理は、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の
確保、労働市場の安定などの国益の保持を目的として行われるものであって、右のような国益
の保護の判断については、広く情報を収集し、その分析の上に立って、時宜に応じた的確な判
断を行うことが必要であり、ときに高度な政治的な判断を要求される場合もあり得ることを併
せて勘案すれば、右在留特別許可をすべきか否かの判断は、被告法務大臣の極めて広範な裁量
にゆだねられているものであって、被告法務大臣は、我が国の国益を保持し出入国管理の公正
な管理を図る観点から、当該外国人の在留状況、特別に在留を求める理由の当否のみならず、
国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲などの諸般の事情を総合
的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているというべきである。
したがって、これらの点からすれば、在留特別許可を付与するか否かに係る被告法務大臣の
判断が違法となるのは、右の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠く
ことが明らかであるなど、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した場合に限られ
るというべきである。
そして、前記のとおり、被告法務大臣が右の判断を行うに当たって特に何らの基準が設けら
れていないこと及び右の在留特別許可は法二四条各号の規定する退去強制事由に該当して本来
的には我が国から退去を強制されるべき地位にある者を対象としてされるものであり、当該容
疑者に申請権が認められているものでもないことからすれば、右の裁量の範囲は、在留期間更
新の場合と比べて、より広範なものであるというべきである。
2 なお、原告は、B規約の有権的解釈である一般的意見一五において、外国人がB規約の保護
を受ける場合があり得ることを規定していると主張するが、B規約には、外国人に対する入国
の自由や在留する権利を保障する規定はなく、原告がその主張の根拠として挙げる一般的意見
は、B規約の有権的解釈を示すものでもなければ、我が国における条約の解釈を拘束するもの
でもないというべきである。
また、被告法務大臣は、出入国の公正な管理を図るため、関係行政機関の長と協議のうえ、外
国人の入国及び在留の管理に関する施策の基本となるべき計画(出入国管理基本計画)を定め、
遅滞なく、その概要を公表するものとされているが(法六一条の九第一項)、法六一条の一〇に
おいて、法務大臣は、出入国管理基本計画に基づいて、外国人の出入国を公正に管理するよう
努めなければならないと訓示的に規定していることからすると、出入国管理基本計画には法的
拘束力はなく、これによって、被告法務大臣の前記の裁量権の範囲が制約されるものではない
というべきである。
二1 そこで、前記のとおり原告には在留を特別に許可すべき事情は認められないとした被告法務
大臣の判断が、全く事実の基礎を欠き又は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明ら
かであるか否かについて検討する。
2 各項末尾掲記の証拠によれば、原告が一時保護を受けるに至った経緯について次の事実が認
められる。
 原告が通学していた豊島区立G中学校の担任教諭であるO(以下「O教諭」という。)は、
中学進学前の生徒についての情報交換の場において、同区立F小学校の教諭から、原告の両
親は夜遅くまで働いているが、原告を通じて両親と連絡が取れる旨申し送りを受けたもの
の、原告の不法残留の事実については申し送りを受けていなかった。
(甲六)
 O教諭は、原告が中学一年生のときの平成六年一二月に、母Cと親子面談をしたことがあ
り、また、原告が中学二年生のときの平成七年の二学期に、原告を通じて母Cを学校に呼び
出して、原告の髪について指導をしたことがあった。
(甲六、乙二六、同二八)
 O教諭は、平成八年七月に、母Cと原告の進路について相談するため、原告を通じて母C
を学校に呼び出したが、原告から母Cが相談に行けなくなった旨の連絡を受けた。
(甲六)
 そのころ、原告は、豊島区福祉事務所に、不法残留中であるが日本の高等学校への進学が
可能かどうかの相談に行っており、O教諭は、豊島区福祉事務所から、右相談があった旨の
連絡を受けた。そして、O教諭が、原告に生活ぶりを問いただしたところ、原告は、両親は金
をときどき置いていくほかはほとんど不在であり、食事はカップラーメンなどを食べている
旨答えた。
(甲六、原告本人)
 原告は、平成八年八月一日、O教諭と共に東京都児童相談センターに相談に赴き、M児童
福祉司に対し、「小学校六年生のときに父が家を出て行方不明となり、父の家出後、母が夜の
仕事を始めたころから家に戻らなくなり、そういった生活を続け、今般進路のことで母と言
い争いになり、母も行方不明となってしまった。」旨を申し立てた。
そして、M児童福祉司は、H荘二〇三号室に赴き、物が乱雑においてあるなど大人が常
に住んでいるとは思えない状況であることを確認した。また、O教諭は、両親不在のH荘
二〇三号室に、原告の連絡先を置き手紙にして残してきた。
(甲六、乙六一)
3 また、各項末尾掲記の証拠によれば、父B及び母Cの生活状況等について次の事実が認めら
れる。
 父Bは、日本入国後、午前一〇時から午後三時まで、新大久保駅前のホテルで清掃の仕事
に従事するようになり、また、政治団体等との交流のため関係者宅を泊まり歩き、家を数箇
月にわたって留守にする生活が続くようになったが、原告の生活費については、母Cに任せ
ていた。
(乙四〇、証人B)
 母Cは、平成三年から、新橋の中華料理店で、午前一〇時から午後三時まで及び午後六時
から午後一〇時三〇分まで勤務し、そのため、午前七、八時ごろに家を出て、午後一一時三〇
分から午前零時ころに帰宅する生活が続いた。そして、母Cは、家を二、三日ほど留守にして
友人宅に泊まっては、また、二、三日ほど家に戻るという生活を送るようになり、このような
生活は、H荘二〇三号室に転居した後も続いた。
(乙六、同七、同二四、同二五、同二六、同四〇)
 右のとおり母Cが家を留守がちにするようになってからは、原告は、母Cが二日分ほどの
食事代として置いていった一〇〇〇円ないし二〇〇〇円を使ったり、あるいは、母Cから預
けられた通帳等を使って、月に二万円ほど引き出して不足する生活費に充てたりするように
なった。
(乙二八)
 母Cは、平成八年五月ころ、勤務先の新橋の中華料理店が閉店したため、友人を頼って名
古屋へ行き、総菜を作る仕事に従事し始めたが、その間、父Bも家を留守にしており、母Cは、
近所に住む中国人に、時々原告の様子を見にH荘へ行ってもらうように依頼していた。
(乙七、同二四、同二六、同四一)
 また、母Cは、不法残留の事実が発覚することをおそれて、原告が中学校卒業後に高等学
校へ進学することに強く反対していた。
(乙二五)
4 なお、原告作成の陳述書(甲三、同四)には、父Bは原告が小学校五年生のころに家出をし、
それ以来会ったことはない旨の記載があり、原告は、東京入管入国警備官の取調べ(乙二七、同
二八)、東京入管入国審査官の審査(乙一一)及び東京入管特別審理官の口頭審理(乙二九)に
おいても同旨の供述をしているが、平成八年二月一九日、同年三月一〇日及び同年五月六日に
H荘二〇三号室で撮影した写真(乙四二、同四四、同五八)に父Bが写っていることからすると、
前記原告の各供述は採用できない。
他方、証人Bは、原告が、I学園に入所したことを知っており、I学園の門のところにのぞき
に行ったり、原告と会ったりしたことがあり、母Cの送還後においても原告と電話連絡を取っ
て会っていた旨証言するものの、同証人は、右入所の理由の詳細を承知しておらず、右入所の
事実も母Cの友人を通じて初めて知ったものであり、入所当初は、原告の所在を把握していな
かった旨、及び入所後に原告と連絡を取り合う頻度も多くなかった旨を証言していることから
すると、I学園に入所後の原告と父Bとの交流がそれほど密なものであったとは認め難いとい
うべきである。
また、証拠(乙四〇、原告本人)によれば、母Cは、I学園に入所中の原告に平成八年一〇月
二〇日付けで契約を申し込んだポケットベル(料金はB’ 名義の預金口座から引き落とし)を渡
したことがあったことが認められるが、本件全証拠によっても、原告の両親がそれ以上に入所
後の原告の養育に積極的にかかわったものとは認められない。
5 以上の事実によれば、原告の両親は、平成八年八月以前においては不在がちであったが、同
月以降は、自らの不法滞在の事実の発覚をおそれて、原告と表立って接触することを避け、そ
の養育にかかわることをやめたものということができる。
6 ところで、原告に対する退去強制令書において送還先とされているのは、法五三条一項の規
定により、原告の国籍の属する国のボリヴィアであるが、原告は、前記のとおり、父Bが不正
に入手した出生証明書を使用することによってボリヴィア国籍を取得したのものであり、本件
裁決の七年半前に約二箇月間滞在したことがある以上にボリヴィアとの結び付きはなく、証拠
(甲七、原告本人)によれば、原告はボリヴィアの主要言語であるスペイン語を全く理解できな
いことが認められる。
そして、母Cは、東京入管入国警備官に対し、ボリヴィアに、母Cの実兄であるNが居住する
旨供述する(乙二六)のに対し、父Bは、東京入管入国審査官に対し、サンタ・クルス市在住の
台湾人実業家のEが経営するパン工場で、母Cが勤務したことがあり、右Eを通じてB’ 名義旅
券及びA名義に係る出生証明書及び身分証明書を入手した旨供述するが、Nなる人物について
触れていない(乙三九、同四〇)ことからすると、母Cの実兄であるNが実在する旨の母Cの供
述はにわかに信用できず、また、Eなる人物がボリヴィアにいるとしても、前記程度の関係か
ら原告に対する援助を期待できるか疑わしいというべきである。
また、ボリヴィアには、在留邦人約二六〇〇人及び日系人約五七〇〇人が居住し(乙三四)、
平成一一年一二月の時点で、国際協力事業団青年海外協力隊員五二名が日本から派遣され、そ
のうち一三名が職業指導員、看護婦、技術者等として孤児院に派遣されており(乙六三の一、二、
同六四)、国際協力事業団を通じて日本人移住地の医療施設に派遣された日本人や、本邦への留
学歴を有する日本語も通用する日系人の医師、歯科医師もいること(乙三五、同三六、同三七)、
及び平成一一年一二月の時点でサンタ・クルス市に約二〇〇〇人の中国人が居住していること
(乙六三の二)を考慮しても、原告がこれらの関係者の援助等を受けることができる保障がない
ことからすれば、ボリヴィアに親族、知己、友人もおらず、スペイン語を全く理解しない未成年
の女子が、ボリヴィアで生計を立てることは、ストリート・チルドレン又は乞食でもしない限
り極めて困難であるとする、在東京ボリヴィア共和国名誉領事館事務局長P及び社団法人日本
ボリヴィア協会事務局長Q(昭和五七年九月一日から昭和六二年一一月五日までサンタ・クル
ス出張駐在官事務所で一等書記官兼領事としての勤務経験を有する。乙六五)の意見(甲七)は、
傾聴すべきものであり、これをあながち誇張に過ぎるとは認め難い。 
さらに、原告の両親は、日本滞在中に中国に送金しているものの(乙二六、同四一、同六九)、
証人Bは、原告の両親は原告の面倒をみる経済的能力はない旨証言していること、弁論の全趣
旨によれば、原告の両親が送還後に原告に対して経済的な援助をしていないと認められるこ
と、及び、原告の両親が、前記のとおり、自らの不法滞在の事実の発覚しないよう自己の都合を
優先させて、原告の養育にかかわることをやめた経緯に照らせば、ボリヴィア送還後の原告に
対し、原告の両親から十分な経済的援助が期待できるかどうかは疑わしいというべきである。
これに対し、被告らは、ボリヴィア送還後に他国に出国することは、原告の自由であると主
張するが、そのために要する費用などを原告が負担できるか否かなど原告の現実的な能力の有
無に係る点はしばらく措くとしても、そもそもこれらの国は原告を受入れるべき義務を有しな
いものであり、現実に原告が他国における在留資格等を取得して出国することができる裏付け
はないというべきである。
そうすると、原告に対して在留特別許可を認めないことは、法五三条一項により、原告をボ
リヴィアに送還することとなるところ、原告がボリヴィアで生計を立てていくことは極めて困
難であり、場合によっては、人間としての最低限の人格的尊厳の保持や生存さえも危殆に瀕す
る事態が予想されないわけでもないというべきであり、このような事態は、甚だ人道に反する
ものというほかない。
また、仮に、このような事態をもって、法五三条二項所定の「国籍又は市民権の属する国に送
還することができないとき」に該当すると解することができるとしても、ボリヴィア以外の国
において、原告を受け入れる可能性があり、かつ、右の事態を回避することができる国がある
とは認め難いというべきである。
7 これに対し、被告らは、原告が虚偽の事実を申告したことを芳しくない行状として斟酌すべ
きであると主張する。
しかし、日本入国当時一一歳の原告において、両親から教え込まれ続けることによって、名
前、生年月日や国籍の変更について、真実と異なる記憶が形成されることは、あり得ないこと
ではないというべきである。
また、原告が、両親から遺棄されたと供述していた点については、前記4のとおり、父Bと家
出以来会ったことはない旨の供述部分は真実に反するものであるが、原告が一時保護を受けた
際に、両親が不在であることは、M児童福祉司及びO教諭がH荘二〇三号室において確認して
いるところであり、その後、両親が不法滞在の事実の発覚をおそれて、原告と表立って接触す
ることを避けるようになったのであるから、原告の前記供述をもって我が国の児童福祉行政を
ゆがめたものと評価するのは相当ではなく、さらに、原告の年齢をも考慮すると、被告法務大
臣が在留特別許可の判断に当たり、これを看過し難い行状として過度に斟酌することは、ボリ
ヴィアに原告を送還した場合の反人道性に照らし、著しく妥当性を欠くというべきである。
8 以上によれば、本件裁決は、甚だ人道に反し、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くこと
が明らかであるから、被告法務大臣の裁量権の範囲が極めて広範であることを十分に考慮して
も、なお、右裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があるというべきであり、本件裁決に基づ
いてなされた本件処分も、また違法であるというべきである。
三 よって、原告の請求はいずれも理由があるから、主文のとおり判決する。

損害賠償請求事件
平成6年(ワ)第20132号
原告:A、被告:国
東京地方裁判所民事第26部(裁判官:寺尾洋・野口忠彦・平井直也)
平成13年6月26日
判決
主 文
1 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年五月一九日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
 ただし、被告が金五〇万円の担保を供するときは、上記仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金二六一五万円及びこれに対する平成五年五月六日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は、退去強制処分を受け、東京入国管理局第二庁舎内の収容場に収容されていたイラン人
である原告が、同収容場内で同局の職員らから暴行を受け、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負った
上、違法な戒具使用及び隔離収容の措置等を受けたと主張して、国家賠償法一条一項に基づき損
害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実
 原告は、昭和一八年(西暦一九四三年)生まれの、イラン・イスラム共和国籍を有する外国人
である。
 原告は、平成四年二月二〇日、わが国に入国し、入国審査官から、在留期間九〇日との条件で
上陸許可を受け、わが国に上陸した。
 原告は、以後三回にわたり在留期間更新の許可を受けて引き続き在留を続けたが、その後、
出入国管理及び難民認定法違反(資格外活動)により起訴され、平成五年四月一六日、東京地方
裁判所において懲役六月(執行猶予三年)及び罰金一〇万円の刑に処せられた。
 原告は、平成五年四月一六日に、出入国管理及び難民認定法違反(資格外活動及び不法残留)
の疑いにより、東京都北区西ヶ丘《住所略》所在の東京入国管理局第二庁舎内の収容場(以下「本
件収容場」という。)に収容された。
同月一九日、原告に対する退去強制令書が発付され、原告は引き続き本件収容場に収容され
た。その後、原告は、横浜入国者収容所に収容されていた期間(同年九月一七日から同年一二月
一六日まで)を除いて、本件収容場に収容されていた。
 原告は、同年一二月二七日に、東日本入国管理センターに移送された後、平成六年一二月五
日に新東京国際空港からイランに送還された。
2 争点
 入管職員による本件収容場内での原告に対する暴行
(原告の主張)
ア 原告に対する暴行行為に至る経緯
平成五年五月五日朝、Bというイラン人被収容者が、隔離収容された別のイラン人被収容
者が入国管理局の職員(以下「入管職員」という。)から暴行を受けて目の辺りを負傷してい
ると各居室に伝えて回った。そのため、暴行に抗議する目的で、イラン人被収容者が中心と
なって、夕食時までの間、ハンガーストライキを行った。
その際、一部の被収容者らは、食事の容器等を居室外に投げ出すなどして激しく抗議を行
ったが、入管職員がイラン人被収容者の要請を受け入れ、入国管理局による不適切な待遇に
ついてイラン大使館へ電話させることを約束した結果、騒ぎは収まった。
ところが、同月六日午後零時ころ、上記のイラン大使館への電話許可が入管職員により取
り消されたことに抗議するイラン人被収容者が、本件収容場Dブロックの居室前の通路にス
ープをまき散らしたため、入管職員は、同室のイラン人被収容者C(以下「C」という。)らに
対して通路の掃除を命令した。
Cが通路の掃除を始めたところ、突然、入管職員は、Cに対して暴行を加え始めた。さらに、
入管職員は、Cのことを殴りながら、原告の居たD-2号室の前まで連行してきた。
原告は、Cが戦争で片足を失っており、義足を使っていたことから、見かねて、入管職員に
対し、Cは片足しかないのだからこれ以上暴行を加えないようにと訴え続けたが、入管職員
は、構わずにCに暴行を加えながら調室の方に連行して行った。
通路には、既に多数の入管職員がいて、各居室から何人ものイラン人を連れ出して、暴行
を加えていた。
イ 通路における暴行
続いて、原告も、入管職員三名から、居室の外に出るように命じられ、原告が通路に出ると、
待ち受けていた二人の入管職員が、いきなり原告の首付近をつかみ、爪を使って激しく締め
付けた。
さらに、他の数名の入管職員らが、原告の全身をあらゆる方向から激しく殴り始めた。原
告は、激しく殴られながら、通路を引きずられるようにして、調室の方に向けて連行された。
ウ 控室における暴行
調室の手前にある控室において、原告は、一〇名以上の入管職員に激しい暴行を加えられ
た。原告は、ここで、後ろ手に金属手錠を掛けられ、頭部や首を手拳で殴られ、顔面を殴られ
て、鼻から出血し、下前歯付近を激しく殴られた。さらに、背中を強く蹴られたほか、下半身
及び股の辺を足で蹴られ、左足の脛を、激しく靴で蹴られた。
エ 調室での暴行
ア 引き続き、原告は、五、六人の入管職員によって調室に連行された。
そして、五、六人の入管職員に囲まれて調室の壁の前に立たせられ、手錠を掛けられた
状態で、再び全身に殴る蹴るの激しい暴行を加えられた。
イ そして、立っている原告の脛を入管職員が後ろから強く足で蹴り、他の職員が、原告の
肩をつかみ、床に強く叩きつけた。このため、原告は、腰から床に叩きつけられ、この時、
激しい痛みとともに、骨が折れる音がした。
ウ 原告が苦痛をこらえ、やっとのことで正座したところ、入管職員はさらに、正座した姿
勢の原告の胸や腹を蹴り、背中から脊椎を蹴り上げた。
そこに、原告に暴行していた入管職員らの上司と思われる英語を話せる入管職員が入っ
てきたので、原告は、この入管職員に英語で、なぜ殴るのかと訴えたところ、さらに他の
入管職員が原告の顔面の口付近を強く蹴り上げたので、原告はもはや耐えられず床に倒れ
た。
エ 原告は、このような激しい暴行を受け、体中の各部分から出血し、立つことも歩くこと
もできない状態であった。
入管職員らは、このように原告に激しい暴行を加えた後、原告に手錠を掛けたまま、そ
の足を持ち、原告の体を引きずって隔離室まで連行した。
オ 原告に対する再度の暴行
原告は、隔離収容されてから九日か一〇日くらい後の日の午後一〇時ころ、数名の入管職
員により隔離室から別室に連れ出され、足の脛を激しく蹴るなどの暴行を受けた。
カ 原告の被った傷害
原告は、前記の暴行行為により、全身に出血を伴う多数の挫傷、打撲傷、擦過傷を負い、さ
らに、第一腰椎圧迫骨折、仙骨骨折、肋骨骨折の傷害を負った。
(被告の主張)
ア 平成五年五月六日、入管職員は、原告を隔離収容するにつき、原告の違法な抵抗を制圧す
るため、その身体に対し有形力を行使しているが、それは正当な職務の遂行上、必要な限度
において行使されたものであり、入管職員が、原告が主張するような原告の頭部、顔面、腹部、
背中、腰部及び両足等に対して、殴る蹴るの暴行を加えた事実はない。
イ 原告を居室から連行した経緯
平成五年五月六日午前一一時三五分ころ、被収容者が、本件収容場の通路にスープをまき
散らし、食器を投げたことに端を発し、被収容者らによる騒乱事件が発生した。当初、入管職
員らは、被収容者三名に通路にまかれたスープの後片づけをさせていたところ、午後零時こ
ろ、Cが立会の入管職員に対し、モップで突きかかってきた。このため、入管職員は、Cを取
り押さえた上、別室でCから事情聴取を始めた。ところが、これを見ていたイラン人被収容
者数名が大声で怒鳴り始め、一斉に鉄格子を揺すり、通路に弁当箱や食器、食物、剥がした壁
材等を投げ付けるなどして著しい騒乱状態になった。その際、原告は、しきりに他の被収容
者等に大声で呼び掛け、入管職員に弁当箱や生ごみを投げ付け、鉄格子を揺するなどの違法
行為を繰り返し、入管職員の制止にも従わなかった。
そこで、その場にいた入管職員が他の入国警備官らに非常招集をかけ、騒乱行為に加わっ
た者のうち、積極的に関与した原告を含む六名のイラン人から事情聴取するため、順次居室
から連れ出すことにした。
ウ 通路における暴行について
入管職員らが、原告に対し、居室外に出るように指示したところ、原告はこれに従わずに
居室内に留まっていたため、入管職員が居室内に入り、原告の背中に手を当てて原告を居室
外に押し出した。
その後、他の入管職員二名が原告に同行を求めるべく、原告の両脇に付こうとしたところ、
原告は上記職員らに対し体当たりしてきた。そこで、入管職員らは、これを制止するため原
告の両腕を取り、脇を固めたところ、原告は、さらにこれを振りほどこうと激しく抵抗した
ので、複数の入管職員により、原告の腰と足を押さえ前に倒すようにしてうつぶせにした上、
腕を取って起きあがらせ、その抵抗を制圧しながら連行した。
エ 控室における暴行について
原告が主張するような事実はない。
オ 調室での暴行について
調室に連行された後も、原告を落ち着かせた上で、騒動についての事情を聞こうと、一旦
原告を床に座らせたが、原告は、大声をあげて立ち上がり、座るように促した入管職員に露
わな暴行の気勢を示したので、原告の周囲の入管職員らが原告の両腕を取ったところ、
原告は、なおも体をよじり足をばたつかせて激しく抵抗したため、職員らは、原告の手、足
等を押さえて床にうつぶせに倒し、これを制圧した上、後ろ手に金属手錠を施した。
カ 原告に対する再度の暴行について
原告が主張するような事実はない。
キ 原告の負った傷害について
ア 原告の第一腰椎圧迫骨折は、平成五年八月一日に発生した自傷事故によるものである。
すなわち、同日午後四時三〇分ころ、原告が収容中であった居室からドンという大きな音
がしたため、これを聞いた当直勤務の入管職員が駆けつけたところ、原告が毛布の中でう
めいており、同室の被収容者によれば、原告が居室内のトイレから出たときに段差で転倒
したとのことであったので、湿布薬を与えしばらく様子を見たところ、原告は、その後横
臥していたものの特に痛みを訴えることなく就寝した。
イ しかし、翌同月二日になって、原告が痛みが去らないとして病院での受診を申し出たの
で、原告を受診させるべく、D外科病院に連れて行き、同病院のE医師(以下「E医師」と
いう。)による診察の結果、原告に第一腰椎圧迫骨折があり、全治一か月を要する見込みと
診断された。E医師によれば、これに対する治療方針としては、以後は来院する必要はな
く、投薬を続けて安静にしていることでよいということであったため、
原告は、その後本件収容場内において安静加療を続けていた。
ク 以上のように、原告を隔離収容するについては、入管職員は、原告の抵抗を制圧するため、
その身体に対して有形力を行使しているが、それは適法、正当な職務の遂行上、必要な限度
において行使されたものであり、その内容、程度も既に述べた範囲にとどまるのであって、
適法な職務執行の範囲内にあるものである。
 原告に対する隔離収容の違法
(原告の主張)
ア 隔離収容
原告は、平成五年五月六日から同月一九日ころまで約一四日間にわたり、必要性が認めら
れないにもかかわらず、隔離室に隔離収容された。
イ 手錠による拘束
原告は、隔離収容の間、何ら必要性が認められないのに、常に金属手錠を施された状態で
拘束されていた。
すなわち、原告は平成五年五月六日に隔離収容された当時から、後ろ手に金属手錠により
拘束された状態で収容されており、二、三日後にようやく食事の時のみ手錠が解かれるよう
になり、隔離収容から七、八日後にようやく両手を前にした状態での手錠の使用に変更され
たが、結局隔離収容の終了時まで、両手を前にした状態での手錠の使用により拘束された状
態であった。
ウ 非衛生的かつ非人道的な処遇
原告らが隔離収容された隔離室は、衛生的にも甚だ劣悪な状況で、原告は、隔離室におい
て、次のとおり極めて非人道的な処遇を受けていた。
ア 原告は、隔離収容時に全ての衣服を取り上げられ、全裸で収容されていた。そして、約一
週間後にようやくズボンのみ着用が許可されたが、その他の衣類は最後まで取り上げられ
たままであった。
イ 隔離室の壁や床は、二、三ミリメートル間隔で、前に暴行を受けて収容された被収容者
のおびただしい血液が付着して汚れており、臭気もひどかった。
ウ 隔離室には換気装置はなく、常に空気がよどんでいる状態であり、原告らが室内から入
管職員に訴えると、一時的に扉を少しだけ開けて空気が流れてくるようにするが、しばら
くすると扉を閉めてしまっていた。
エ 原告らは、排便の際にも手錠が外されることはなく、トイレットペーパーも与えられな
かったので、原告は排便後の始末もできず極めて非衛生的な状態であった。
また、隔離室のトイレには、目隠しがないので、見張所から見通すことが可能であり、原
告は用便の度に羞恥心を著しく傷つけられた。
オ 隔離収容中は、寝具として、三人の収容者に対して汚れた毛布が一枚与えられたのみで
あった。
カ 原告は、一四日間にわたる隔離収容の間、シャワーなどを使うことが許されず、床に設
置された水道栓のある穴も、水をすくうことはできたが、洗顔等は構造上不可能であった。
キ 原告は、隔離室に収容中は、運動の機会を与えられなかった。
上記のような処遇は、その極めて非人道的な態様により、原告の人間としての尊厳を毀
損し、著しい精神的肉体的苦痛を与えたばかりか、被収容者処遇規則(昭和五六年一一月
一〇日法務省令第五九号)二一条及び二九条に定められた被収容者の衛生を保持する義務
にも違反するものであり、違法かつ不当なものというべきである。
エ 原告の傷害の放置
ア 原告が隔離室に入れられている間、原告の全身には打撲傷等で黒い内出血が生じてお
り、また、出血したり、赤く炎症している部分もあり、その痛みは非常に激しかった。また、
第一腰椎圧迫骨折のため、脊椎に激しい痛みがあり、かつ、背中及び腰付近に、大きな黒い
痣が生じ、両脇近くまで広がっていた。肋骨は大きくめり込んでくぼんでいたため、呼吸
が困難であり、心臓付近も殴られて痛みがひどかった。
イ このため、原告や同室のCらは、入管職員に薬を要求するなどしたが、入管職員らはこ
れにほとんど取り合わず、隔離収容されて数日後、Cらが原告のための薬を何度も要求す
るので、ようやく七枚ないし一〇枚程度の湿布薬のみが交付された。しかし、その後は原
告の症状が改善しないにも関わらず、隔離収容終了時まで、薬は一度も交付されることは
なかった。
また、この間、原告は、入管職員に対し医者に連れていくようにも要求したが、入管職員
はこれに応じなかった。
ウ 結局、原告は、その深刻な症状にもかかわらず、隔離収容の間、一度も医師の診察を受け
られず、十分な医療措置が講じられることもないまま放置された。
これは、被収容者処遇規則三〇条に定められた、被収容者に適切な医療措置を受けさせ
る義務に明らかに違反する処遇であり、原告に多大な心身の苦痛を与えるものであった。
(被告の主張)
ア 隔離収容について
原告は、平成五年五月六日に発生した被収容者による騒乱事件を扇動し、居室前通路でそ
の鎮静に当たっていた入管職員めがけて弁当箱等を投げつけ、その職務を著しく妨害したも
のであり、その行為は、被収容者処遇規則一八条二号に規定される隔離収容の要件に該当す
るので、隔離収容を実施したものであって、適法であることは明白である。
イ 手錠による拘束について
ア 原告を隔離室に収容した後は、それまでの後ろ手での手錠使用から、両手を前にした状
態での手錠使用に変更し、食事や排便の際は、複数の看守勤務員が立ち会って手錠を外し
て、その使用を一時停止していた。そして、隔離収容開始二日後の五月八日の朝の点呼実
施の際に、その所作から、もはや原告が再び抵抗しないと判断した入管職員が看守勤務員
に指示し手錠を外させており、以後、一切戒具は使用されていない。
イ 原告に対する戒具の使用については、原告が別室に連行された後も、暴行の気勢を示し
て入管職員に抵抗したことから、被収容者処遇規則一九条所定の要件に該当するものとし
て実施したものであり、適法な措置である。
なお、具体的な戒具としては、被収容者処遇規則二〇条二号の定める金属手錠が使用さ
れたものであり、その使用期間は、平成五年五月六日、事情聴取を実施のため連行された
別室において、入管職員に対し、原告が暴行の気勢を示して抵抗に及んだ時点を始期とし、
原告が落ち着きを取り戻して、再び徒な抵抗をしないと判断し得た同月八日を終期とし、
使用の形態も、隔離室収容時点で両手を前にした状態での手錠使用に変更した上、食事や
排便の際には一時解除していたものであって、その使用に違法事由の存しないことは明ら
かである。
ウ 非衛生的かつ非人道的な処遇について
ア 衣服を取上げたとの点について
原告が主張するような事実はない。
イ 隔離室が血痕で汚損していたとの点について
隔離室の壁や床面が血で汚損していた事実はない。
仮に自損行為により負傷して出血した者の血液が付着したとしても、入管職員が清掃し
たり、被収容者に用具を貸与して清掃を行っており、壁や床が汚れたままの状態であるこ
とはない。
ウ 隔離室の換気が不十分との点について
原告が一時収容されていた隔離室には、強制的に換気を行う換気扇等の設備はないが、
各隔離室の天井には通気口が設置され換気は行われていた。
また、隔離室には窓などはなく、外気との接触は通気口を通じてのみとなるため、保安
上支障が生じない限度で、通路に通じる扉を開けるなどして環境に配慮していた。
エ 排便時について
排便の後は、入管職員が水を流しているのであって、当然、その際にはトイレットペー
パーを与えていた。
また、トイレに目隠しがないことは、入管職員による監視上を必要であり、隔離収容の
目的に鑑みればやむを得ない。
オ 毛布が不衛生であったとの点について
被収容者の寝具は、被収容者処遇規則二二条に基づき貸与しており、毛布について、約
一か月をめどに、被収容者からの申し出により交換に応じていた。この扱いは隔離収容中
でも変わらず、貸与品の衛生の保持には十分に注意していた。
カ シャワーや洗顔ができなかった点について
原告が、隔離収容中にシャワーを使用できなかったのは、東京入国管理局第二庁舎にお
いて、隔離収容中の者を入浴させるには、一般居室の前を通ってシャワー室に行く必要が
あるが、原告は、騒乱事件を扇動したなどの理由により隔離収容されていたので、当分の
間、他の被収容者との接触を避ける必要があった上、原告の隔離収容中に、隔離室から手
錠を解錠するために作られた針金状の物が発見されており、原告自身もそれを使って手錠
を解錠しようとしたことから、原告と他の被収容者との接触を避ける必要性がより強度に
なったことによる。
本件隔離室には、ステンレス製シンクを床に埋め込んだ手洗い場(横四〇センチメート
ル、縦三四・五センチメートル)が設置されており、洗顔をすることも可能であった。
キ 隔離収容中の運動について
原告が、隔離室に収容中、運動の機会を与えられなかったのは、保安上の理由によるも
のであり、これは、被収容者処遇規則二八条但書に基づくものである。
以上のとおり、原告が、隔離収容期間中において、非衛生的かつ非人道的な、違法、不当
な処遇を受けた事実はない。
エ 原告の傷害の放置
そのような事実はない。なお、既に述べたとおり、原告の第一腰椎圧迫骨折は、平成五年八
月一日に発生したものである。
 原告の損害
(原告の主張)
本件不法行為により原告が受けた損害は、下記のとおりであり、損害額の合計は二六一五万
円である。なお、下記のうち、イ、ウ、エ及びオの内金一八〇万円は、平成一二年六月六日の本
件第三一回口頭弁論期日における請求拡張の申立てによって拡張されたものである。
ア 慰謝料 五〇〇万円
イ イランにおける治療費等 五〇万円
ウ 後遺障害による逸失利益 二八五万円
原告の後遺障害は、労働基準局による障害等級表によれば、「せき柱に著しい奇形(変形)
を残すもの」として第六級に、さらに「せき柱に運動障害を残すもの」として第八級に相当す
る。
また、身体障害者福祉法に基づく身体障害者障害程度等級表によれば、下肢の著しい障害
として四級に相当する。 
エ 後遺障害による慰謝料 一五〇〇万円
オ 弁護士費用 二八〇万円
(被告の主張)
原告が主張する入管職員による原告に対する暴行及び傷害の事実はそもそも存在しない。ま
た、原告の第一腰椎圧迫骨折は、原告が自ら誤って転倒したことにより生じたものである。
 消滅時効
(被告の主張)
ア 仮に、原告が主張するような事実があるとしても、原告が請求を拡張した前記イランにお
ける治療費等、後遺障害による逸失利益、後遺障害による慰謝料及びこれらに対応する弁護
士費用については、原告は、医師の診察を受けて第一腰椎圧迫骨折が判明した平成五年八月
二日には不法行為に基づく損害の発生を知ったというべきである。
したがって、前記請求拡張時には、既に不法行為に基づく損害賠償債権の消滅時効期間三
年を経過しており、これらは時効消滅の対象となる。
イ また、原告は、遅くともイランに帰国した平成六年の時点では、本件拡張部分に関する「損
害及び加害者」を知っていたことは、主張自体から明らかであり、その後も代理人弁護士に
委任して本件訴訟を追行していたものであるから、請求拡張部分に関する権利行使も可能で
あったのであり、時効期間を経過していることは明らかである。
ウ 原告は、訴状において、慰謝料及びその請求を行う費用としての弁護士費用だけを請求す
ることを明示しており、一部請求であることは明らかであるから、時効中断の効力は、残部
である治療費や逸失利益等の請求には及ばない。
(原告の主張)
ア 本件提訴時に、原告は、損害賠償請求権の一部についてのみ判決を求める旨明示していな
いから、訴え提起による時効中断効は、請求原因が同一の損害賠償請求権全体に及ぶという
べきであり、請求拡張部分の消滅時効は完成していない。
イ また、原告は、イランに帰国後も腰部の治療の継続を強いられ、この治療は、原告が平成
一二年三月に来日するまで続けられており、同年三月三一日、F医師(以下「F医師」という。)
の診断を受けて、ようやく後遺障害の内容及び原因を知った。
そうすると、原告が受けた後遺障害については、F医師の診断時に症状固定があったとい
うべきであり、後遺障害に関する損害賠償請求権の消滅時効はこの時から進行を始めたもの
であるから、原告が請求を拡張した時点では、消滅時効は完成していない。
ウ 仮に、上記主張が採用されないとしても、本件は、収容場という密室で行われた特別公務
員による悪質な暴行事件である上、被告は、一貫して真実の発見を妨害して原告の損害賠償
請求を困難にしていた等の事情に鑑みれば、被告による消滅時効の援用は権利の濫用に当た
り許されない。
 イランとわが国との間の国家賠償法六条にいう相互の保証について
(原告の主張)
ア 相互保証に関する国家賠償法六条は、次の理由により無効である。
ア 市民的及び政治的権利に関する国際規約二条三項違反
日本政府には、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約B規約」と
いう。)二条三項に基づき、日本の公務員が、日本の領域内で、その管轄下にある外国人
に対して行った同規約上の権利侵害に対し、効果的な救済措置を受ける権利を確保すべき
義務がある。ところが、国家賠償法六条が相互主義を採用しているので、同条にいう「相互
の保証」がないとされた場合、当該外国人は上記の効果的な救済措置を受けることができ
ない。
したがって、国家賠償法六条は、国際人権規約B規約二条三項に違反し、無効である。
イ 国際人権規約B規約九条五項違反
違法に逮捕又は抑留された場合の賠償請求権を規定した国際人権規約B規約九条五項
は、自由の剥奪を受けている者が、違法に権利を侵害された場合も救済の対象としている
上、同項は外国人にも権利を保障する趣旨である。したがって、相互主義を規定する国家
賠償法六条は、国際人権規約九条五項に抵触する限度において無効である。
ウ 拷問及びその他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い又は刑罰を禁止す
る条約一四条違反
拷問及びその他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い又は刑罰を禁止す
る条約(以下「拷問等禁止条約」という。)一四条一項は、締約国に対し、拷問に当たる行為
の被害者に対する救済及び賠償請求権を確保する義務を課している。
原告の受けた入管職員による暴行行為は、拷問に該当するから、被告は、原告に対し、賠
償を受ける権利を確保する義務があるところ、国家賠償法六条は、国籍のみを理由として
賠償請求権を否定するものであるから、同条は拷問等禁止条約一四条に違反し、無効であ
る。
エ 人種差別撤廃条約六条違反
人種差別撤廃条約六条は、当事国に対し、人種差別行為に対する実効的な保護及び救済
措置を講じること並びに人種差別により被った損害に対する賠償を保障する義務を課して
いる。
原告の受けた入管職員による暴行行為は、イラン人に対する差別意識に基づいてなされ
た行為であり、人種差別撤廃条約一条の人種差別に該当する。
したがって、原告は、差別の結果生じた損害の賠償を求める権利があるが、国家賠償法
六条は、国籍のみを理由に賠償請求権を否定するものであるから、人種差別撤廃条約六条
に違反し、無効である。
オ 憲法一七条違反等
憲法一七条は、日本国民のみならず、日本に在留する外国人に対しても国家賠償請求権
を保証しているところ、国家賠償法六条は、外国人が賠償を請求できる場合を相互の保証
がある場合に制限しているから、憲法一七条に違反し、無効である。
また、国家賠償法六条は、国際協調主義を規定した憲法九八条二項及び平等原則を定め
た同法一四条にも違反し、無効である。
イ 相互保証の存在
仮に、国家賠償法六条が有効であるとしても、わが国とイラン・イスラム共和国との間に
は、国家賠償法六条にいう「相互の保証」が存在する。
(被告の主張)
ア 国際人権規約B規約二条三項違反
国家賠償法六条は、外国人に対する保護を一律に拒否しておらず、相互の保証がある限り
は、外国人に対して国家賠償法の適用を認める趣旨であり、相互主義を採用することが合理
性を欠くとはいえない。
したがって、わが国の国家賠償制度が相互主義を採用していても、国際人権規約B規約二
条三項が要求する「効果的な救済措置」を充足しているというべきである。
また、条約の各規定を国内法上直接適用しうるか否かについては、当該条約規定の趣旨、
目的、内容及び文言等を勘案し、具体的場合に応じて判断すべきであり、少なくとも、条約に
おいて、その内容を具体化する法令の制定を待つまでもなく権利義務が明確に規定されてい
る必要がある。
国際人権規約B規約二条三項は、個人の権利義務を直接規定したものではない上、締約国
に求められている義務の内容も、「効果的な救済措置を受けることを確保すること」や、「司
法上の救済措置の可能性を発展させること」というように、権利義務の内容が明確ではない
ものであるから、上記の直接適用の要件を満たしておらず、上記規定により、国家賠償法六
条の規定が無効となることはない。
イ 国際人権規約B規約九条五項違反
国際人権規約B規約九条五項にいう逮捕及び抑留に出入国管理及び難民認定法に基づく収
容が含まれるとしても、同規定が、原告の主張するように、適法に自由を剥奪された者に対
する違法な権利侵害に対する賠償請求権まで認めていると解することはできない。
ウ 拷問等禁止条約一四条違反及び人種差別撤廃条約六条違反
争う。
エ 憲法一七条違反等
憲法一七条が保障する国家賠償請求権は、権利の性質上、外国人に対しても等しく保障が
及ぶ権利とはいえず、外国人に対して制限を加えても、直ちに違憲とはならない。
そして憲法一七条は、「法律の定めるところにより」国家賠償請求権を保障したものであ
り、外国人について、国家賠償法六条により、相互保証のあることを要件とすることは、合理
的な理由に基づく制限であるから、憲法一七条等に違反しない。
オ 相互の保証の存在について
争う。
第3 争点に対する判断
1 原告に対する暴行について
 前記争いのない事実に、甲第1号証、第3号証の1ないし5、第13ないし第17号証、第18号
証の1ないし4、第19号証、第21号証、第23、第24号証、第27、第28号証、第29号証の1ない
し8、第31ないし第36号証、第37号証の1、2、第38号証、第41ないし第43号証、第46号証、
第47号証の1、2、乙第2号証、第3号証の1ないし3、第4ないし第9号証、第13号証、第20
ないし第33号証、第34号証の1ないし16、第35号証の1ないし3、第36号証、第37号証の1
ないし7、第38号証の1ないし13、第39号証の1ないし24、第40号証の1ないし31、第41号
証の1ないし31、第42、第43号証、証人E、同G、同H、同I、同J、同K及び同Fの各証言並
びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 平成五年五月五日の午後七時三〇分ころ、前日から隔離室に収容されていたイラン人の被
収容者が「職員に耳を切り取られた。」などと叫んだことに端を発し、本件収容場二階のB、
Dブロックに収容されていた他のイラン人被収容者が騒ぎ出し、大声で怒鳴ったり、通路に
食べ物や食器等を投げ込んだりしたため、本件収容場内が騒然となった。そのため、当直の
入管職員だけでは事態を収拾することができず、非常招集により非番の職員の応援を求め
て、被収容者の説得に当たるなどしてようやく鎮静させた。
イ この翌日である平成五年五月六日午前一一時三〇分ころ、Dブロック付近で、被収容者の
イラン人が通路にスープを撒き散らしたことから、入管職員は、他の部屋に収容されていた
イラン人の被収容者のC及びフィリピン人の被収容者二名を通路に出して、モップを渡して
掃除するように指示したところ、Cが、目の前にいた入管職員にモップで突きかかったので、
入管職員らは同人を取り押さえて、調室に連行しようとした。
ウ すると、この騒ぎを聞きつけた他のイラン人の被収容者らが、部屋の通路側に来て、Cを
帰室させるよう大声で怒鳴ったり、鉄格子の隙間から通路に向けて弁当箱、スープ、紙くず
等のごみを投げ入れたりして、この騒ぎが次第に伝播して、本件収容場内が騒乱状態となっ
た。
エ 原告は、そのときD-2号室に収容されていたが、この騒ぎに同調して、鉄格子を掴んで大
声で叫び続け、入管職員から静かにするように注意されても止めなかった。
オ 当直の入管職員らは、当直の人数では、上記事態を収拾することは困難であると判断し、
警報ベルを鳴らして他の入管職員に対し非常招集をかけた。その後、応援の入管職員も駆け
つけて事態の収拾に当たったものの、騒乱状態は解消しなかったため、入管職員らは、上記
騒乱行為を扇動している者など、特に積極的に関与したと認められる者を順次別室に連行し
て、事態の収拾を図ることにした。
カ 東京入国管理局警備第五課所属の入国警備官I(以下「I警備官」という。)は、原告につ
いて、騒乱行為を扇動していたと認めて、居室から出すことを決め、原告に対し、言葉や身振
りで居室外に出るように何度か伝えたが、原告は、居室の通路前で立ったままで通路に出よ
うとしなかった。
キ そこで、I警備官は、居室内に入り、原告の背中を押して通路まで連れ出したが、原告は、
居室前の通路で待ち受けていた入管職員らの方に突きかかるように前進したので、入管職員
らはそれを避けて、原告の左腕を掴もうとしたところ、原告は左腕を左右に振って抵抗した。
そこで、入管職員二人位が、原告の腕を掴みかけたところ、原告が体を振るなどして強く
抵抗したために、入管職員四人くらいが、原告の両腕、足腰を押さえて、ひざまずかせてから
うつ伏せに倒し、両手を後ろ手にして、原告を制圧した。
ク 入管職員らは、原告を立たせて、後ろ手の状態で、原告を調室に向かって連行していった。
原告は、最初は、引きずるような状態で連行されていたが、途中から自力で歩いて連行され
ていった。
ケ 原告は、控室を通って、調室に入れられてから、入管職員五、六人に囲まれて正座をさせら
れていたが、突然勢いよく立ち上がって、大声を上げながら、入管職員の一人に対し、自らの
顔を突きつけるように近づけるなどした。
そこで、入管職員らは、原告の両側から腕、肩をつかんで再び座らせようとしたが、原告が、
入管職員らを振り払おうとして体をねじったり、大声で怒鳴るなどして抵抗したので、入管
職員らは、原告を前方に引き倒すようにして、原告を制圧し、後ろ手の状態で金属手錠をか
けたところ、原告はその後は抵抗をしなくなった。
コ 原告は、後ろ手に手錠を掛けられたまま隔離室に連行され、同室に収容された。同室には、
Cと、もう一人のイラン人被収容者の合計三名が収容された。
平成五年五月六日の騒乱により隔離室に収容された被収容者は、原告を含めて六名いた。
サ 東京入国管理局警備第五課所属の入国警備官H(以下「H警備官」という。)は、同月六日
の騒乱状態が収まった後、隔離室に収容されていた原告を見に行った際、原告の容体を確認
したところ、眉毛の辺りに擦り傷と内出血があったので、消毒薬で消毒を行った。
シ 原告とCが一緒に隔離収容されていたときに、Cが、床に頭を打ち付ける自損行為を行っ
たので、H警備官は手錠の鎖を隔離室入り口の鉄格子の棒に通して、後ろ手で手錠をした上、
鉄格子と頭の間に毛布を差し込んで、Cの自損行為を止めさせる措置を講じたことがあった
が、三〇分程度で、鉄格子を通す方法を止めて、後ろ手に手錠をかけ直した。
ス 東京入国管理局長は、平成五年五月六日、被収容者処遇規則一八条二号により、原告を、同
日から、五月一九日までの一四日間、本件収容場隔離一号室に隔離収容することを決定し、
原告は、同期間、隔離室に収容されていた。
セ 原告は、収容当初から糖尿病等の疾病があり、病院での通院治療を受けていたが、隔離収
容が終了した当日の同年五月一九日に、東京都板橋区本町所在のL病院で、医師のM(以下
「M医師」という。)の診察を受け、糖尿病等の治療を受けた。
診察の際、原告が、右胸部が痛いと訴えたので、M医師は、原告の肋骨部分の触診を行った
が、肋骨の変形などの異状は認められず、皮下出血等の外傷もなかったので、湿布薬を処方
して様子を見ることにした。なお、当日の診療録(乙第4、第5号証)には、「肋骨骨折の疑い」
と記載されている。
当日の診察において、原告が、その他の部位について特に痛みを訴えることはなかった。
ソ 原告は、同年六月一六日にも、L病院でM医師の診察を受け、糖尿病の治療を受けたほか、
胸が苦しいと訴えたので、心電図を撮ったところ、不整脈(心室性期外収縮)と診断されて治
療薬の処方を受けた。
原告は、このときも右胸部の痛みを訴えたが、痛みの程度が軽度であったため、M医師は、
湿布薬の処方など治療の必要はないと考え、投薬は行わなかった。
タ 原告は、同年七月一四日にも、L病院でM医師の診断を受け、糖尿病、不整脈の治療を受け
た。このときも、原告が右胸部痛を訴えたため、M医師は、触診をしたところ、特に異状は認
められなかったが、湿布薬の処方を行った。
チ 原告が収容される前に賃借していた居室の契約解除を巡る賃貸人との紛争等について、交
渉及び訴訟遂行を依頼されていた弁護士のG(以下「G弁護士」という。)は、本件収容場の
面接室で、同年六月二日に三〇分程度原告と面会し、同月一五日にも午後三時三〇分ころか
ら午後五時ころまで約一時間半原告と面会したが、原告は、歩いて面接室まで訪れ、G弁護
士に対し、入管入管職員から暴行を受けたことについて、まったく話さなかった。
ツ しかし、G弁護士が、同年七月五日午前一〇時四〇分ころから、同日午前一一時一三分こ
ろまで、原告の知人でG弁護士の紹介者であるN(以下「N」という。)と共に原告と面会し
た際、原告は、民事訴訟に関する話の後に、一か月ほど前に入管職員から、胸部、足、顔面等
を殴られたと述べ、左足ふくらはぎ及び右前足等の傷痕を見せた。
そこで、G弁護士は、原告との面会終了後、東京入国管理局警備第五課長Oに対し、原告か
ら入国警備官らによる暴行を訴えられ、左足のふくらはぎ及び右前足の三〇センチメートル
くらいの傷跡を見せられた旨抗議し、事実関係の確認を求めた。
テ 同年八月二日、原告は、東京都北区上十条所在のD外科病院において、E医師の診察を受
けた。
E医師は、原告が腰の痛みを訴えたため、触診した結果、第一腰椎の辺りに局所的な痛み
が強く、レントゲン撮影を行った結果、第一腰椎圧迫骨折があることが判明した。
上記診察の際、入管職員は、E医師に対し、原告が、二日前にトイレで転倒したらしいと説
明した。
ト Nは、平成五年八月四日と五日の両日、原告と面会したが、その際、原告は、面接室に車椅
子で入室し、腰が痛いと言っていたが、その原因についてNに対し特に話すことはしなかっ
た。
ナ 原告は、平成一二年三月三一日、横浜市神奈川区金港町所在のP診療所で、F医師の診察
を受け、陳旧性第一腰椎圧迫骨折のほか、陳旧性仙骨骨折があるとの診断をされた。
 入管職員による暴行の有無及び態様等について
ア 原告は、平成五年五月六日に、入管職員によって調室に連行され、隔離室に収容されるま
での間に入管職員から受けた暴行について、原告本人尋問及び甲第28、第32、第33号証(原
告作成の手紙及びイランにおける供述反訳書)等において、前記争点欄記載の原告の主張(第
2、2、、イないしエ)にほぼ沿う内容の供述をしており、これらの暴行によって第一腰椎
圧迫骨折等の重大な傷害を負ったと主張している。
イ しかし、以下に述べるとおり、本件においては、原告が供述する暴行の程度及び態様が、必
ずしも客観的な事実関係と符合しない点が認められ、その供述をそのまま採用することはで
きない。
ア 前記のとおり、原告は、隔離収容が終了した当日である平成五年五月一九日に、L病院
でM医師の診察を受けているが、診察の際、原告は同医師に右胸部の痛みを訴えたため、
同医師が原告の肋骨部分の触診を行った結果、肋骨の変形などの異状は認められず、皮下
出血等の外傷もなかったので、「肋骨骨折の疑い」により湿布薬を処方した。
原告は、当日の診察において、その他の部位について特に痛みを訴えることはなかった。
また、原告は、同日以降、同年六月一六日及び同年七月一四日にもL病院においてM医
師の診察を受けているが、毎回右胸部の痛みは訴えていたものの、腰部やその他の痛みを
訴えてはいなかった。
仮に、原告が、その主張するような激しい暴行を受け、第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負
っていたとするなら、暴行の痕跡が全身に残っていたと考えられ、腰部の異常や痛みにつ
いても当然医師に訴えるはずであるのに、三度にわたるL病院における診察において、そ
のような痕跡が医師によって確認されず、原告が右胸部の痛みについてしか訴えていなか
ったことからすると、原告の入管職員から受けた暴行の程度及び態様に関する供述には相
当な疑問を抱かざるを得ない。
イ 次に、前記のとおり、原告は、Nの紹介で民事事件について交渉等を依頼したG弁護士
と、平成五年六月二日及び一五日に本件収容場の面接室で面会をしているが、その際、原
告は、歩いて面接室に入室し、同弁護士に対し、入管職員から暴行を受けたことや、腰の痛
みについてまったく話しておらず、原告がG弁護士に暴行にもついて話したのは、同年七
月五日の三度目の面会の際であったことが認められる。
この点も、上記のL病院での診察の状況と同様に、原告主張の暴行の程度、態様からす
ると、不可解であるといわざるを得ない。
なお、G弁護士は、同年七月五日に原告と面会した際に、原告から傷跡を見せられ、左足
のふくらはぎと膝の内側にかなり時間が経過したような打ち身の痣があり、くるぶしに皮
下出血の跡があり、右足も同様の痣があったほか、腰の部分に横三〇センチメートル、縦
二〇センチメートル程度のかなり広い痣があった旨証言しているが(G証言八ないし一〇
頁)、同日、G弁護士と一緒に原告と面会したNは、原告の傷の状況についてはっきりと記
憶していないと証言しており(N証言75、甲第34号証三頁)、既に認定したとおり、M医師
は、診察の際に原告の体に外傷を認めていないこと、原告との面会後に、G弁護士が警備
第五課長Oと面会した際の状況を記録した面接記録書(乙第12号証)には、G弁護士が、
左足のふくらはぎ及び右前足の約三〇センチメートルくらいの傷跡を見せられたと述べた
旨記載されているが、腰の傷跡があったとの指摘は記載されていないことに鑑みると、G
弁護士の上記証言のうち、腰の部分の痣に関する部分は、直ちに採用することはできない。
ウ 本件当時、東京入局管理局警備第五課の入国警備官であったKは、平成五年五月六日の騒
動の際、イラン人被収容者を一般居室から調室まで連行するのを手伝った際、他の入管職員
が、連行途中の被収容者を多少殴ったり(K証言89、93)、手錠をかけられ、足を縄で縛られ
た外国人被収容者を蹴ったりしていた(K証言114、115)のを見た旨証言している。
しかし、被収容者を調室に連行する際に、一部の入管職員において、被収容者を殴打する
等の行為があったとしても、その態様は、原告の主張するような暴行態様とは相当異なる上、
Kは、暴行を受けていたイラン人被収容者の中に原告がいたかどうかは分からない(K証言
137)と証言し、また、調室での暴行を目撃しているわけではないから、上記証言から、原告
が入管職員からその主張するような暴行を受けたと推認することはできない。
エ 原告は、平成五年八月二日、D外科病院でE医師の診察を受け、第一腰椎圧迫骨折の診断
を受けたことは前記のとおりである。
しかし、上記診察日は、原告が入管職員から暴行を受けたとする日から約三か月を経過し
ているところ、乙第7号証及びE医師の証言によれば、E医師は、上記診察の際、同行してい
た入管職員から、原告が二日前に転倒し、徐々に腰痛が強くなったことを聞き、その旨を当
日の診療録(乙第7号証)に記載していること及び腰椎圧迫骨折の場合、一般的には、受傷時
から日数を経るに従って痛みなどの症状が緩和するものであり、受傷から三か月後に急に腰
の痛みが強くなるなど症状が悪化することは、通常はないことが認められる。
そして、乙第25号証及び証人Jの証言によれば、上記E医師の診察日の前日である平成五
年八月一日に、原告が居室トイレの段差により、トイレ内で転倒した事実があったことが認
められ、既に認定したM医師の診察時における原告の身体等の状況や、上記E医師の診察時
の状況を合わせ考えると、原告が、平成五年五月六日に入管職員から受けた暴行によって、
第一腰椎圧迫骨折が生じたと認めることは困難であるというほかはない。
なお、この点について、F医師は、本件収容場のトイレで足を滑らせて転倒した場合に、第
一腰椎圧迫骨折が発生するとは考え難い旨証言している(F証言112)。
しかし、同医師がそのように考えた根拠は、意識がある状態で転倒すれば、通常受け身を
取ることができ、転倒による衝撃を和らげることができる(F証言73、113)というものであ
るが、不意の事故により転倒する際に、常に受け身の姿勢が取れるとは限らないのであるか
ら、原告がトイレで転倒して上記傷害を負った可能性を否定することはできない。
また、F医師は、平成一二年三月三一日、P診療所で原告に陳旧性第一腰椎圧迫骨折のほ
か、陳旧性仙骨骨折があるとの診断をし、仙骨骨折の原因について、五センチから一〇セン
チ程度の幅のある円形の突起物が当たった場合に起こりうること、安全靴のようなもので蹴
られたということも原因として考えられると証言している(F証言91、92)。 
しかし、同医師の証言によっても、原告に仙骨骨折が発生した時期を特定することはでき
ないとされており、平成五年八月二日のE医師による診断では、仙骨骨折について、特に何
も触れていないことなどからすると、上記仙骨骨折が同年五月六日の入管職員による暴行に
起因するものと認めることはできない。
オ さらに、甲第2号証の1、2、第27、第31号証の記載内容及び証人Kの証言内容に照らす
と、本件当時、本件収容場において入管職員による被収容者に対する暴行がしばしば行われ
ていたことが窺われ、また、既に認定した事実によれば、平成五年七月五日にG弁護士が原
告と面会した際に、原告の両足などに傷痕が存在したのは事実であると認められる。
しかし、入管職員から受けた暴行の程度、態様についての原告の供述がそのまま採用でき
ないのは前記のとおりであり、当日の本件収容場における騒乱の状況等からすると、入管職
員が、原告を調室に連行する際に、原告の抵抗を排除するためある程度の有形力の行使をし
たことはやむを得なかったものと認められるのであって、原告の上記傷痕についても、それ
が直ちに入管職員による違法な有形力の行使によるものと認めることはできないといわざる
を得ない。
また、原告は、隔離収容中に入管職員から受けた暴行について、原告本人尋問及び甲第33
号証において、前記争点欄記載の原告の主張(第2、2、、オ)に沿う内容の供述をしてい
るが、上記の検討に加えて、原告のこの点に関する供述内容が変遷していることからすれば、
原告の主張に沿う上記供述部分を直ちに採用することはできない。
カ そして、他に、原告主張の入管職員による暴行の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
 そうすると、原告に対し、入管職員によって違法な有形力の行使が行われ、その結果、原告が
第一腰椎圧迫骨折等の傷害を負ったことを理由とする損害賠償請求は、その余の点を判断する
までもなく、理由がない。
2 隔離収容について
 隔離収容の適法性について
被収容者処遇規則一八条は、所長等(入国者収容所長及び地方入国管理局長を指す。)は、被
収容者が次の各号の一に該当する行為をし、又はこれを企て、通謀し、あおり、そそのかし若
しくは援助したときは、期限を定め、その者を他の被収容者から隔離して収容することができ
る。」とし、対象となる行為として、「逃走、暴行、器物損壊その他刑罰法令に触れる行為をする
こと。(一号)」、「職員の職務執行に反抗し、又はこれを妨害すること。(二号)」、「自殺又は自損
すること。(三号)」を規定している。
したがって、被収容者の隔離収容は、被収容者が、同規則一八条各号に該当する行為をし、又
はこれを企て、通謀し、あおり、そそのかし若しくは援助した場合に限り実施することができ
るのであり、所長等において、上記要件に該当する事実が存在しないのに、それが存在すると
判断してなされた場合には、その判断は違法である。
そこで、本件隔離収容について検討すると、原告に対する隔離収容言渡書(乙第2号証)によ
ると、原告は、平成五年五月六日に発生した騒乱事件を扇動し、居室前通路で鎮静に当たって
いた勤務員にめがけて弁当箱を投げつけ、勤務員の職務を著しく妨害した旨記載されている。
本件では、平成五年五月六日の騒乱の際に、原告が弁当箱を入管職員に向けて投げつけたと
の事実は認められないが、既に認定したとおり、原告は、騒乱状態の収拾に当たっていた入管
職員の制止に従わずに、D-2号室から通路に向けて大声で騒ぎ続け、騒乱に加勢しており、ま
た、入管職員が、事態の収拾のために原告を別室に連行する際も、入国警備官に対し、実力を
もって抵抗しようとしたことが認められるから、被収容者処遇規則一八条二号にいう「職員の
職務執行に反抗し、又はこれを妨害」した場合に該当するというべきであり、東京入国管理局
長において、原告に対する隔離収容の決定をしたこと自体は違法とはいえないというべきであ
る。
 隔離収容の期間の相当性について
被収容者処遇規則一八条が、隔離収容ができる場合を同条各号所定の場合に限定しているこ
とに鑑みれば、隔離収容は、被収容者を他の収容者から隔離して入管職員の監視下に置くこと
により、被収容者の保護又及び収容施設の秩序を維持する制度であり、懲罰の趣旨を含むもの
ではないというべきである。
また、乙第43号証によれば、東京入国管理局第二庁舎の収容場の隔離室は、七平方メートル
足らずの、窓のない狭隘な部屋であることが認められ、居住性が悪く、常に入管職員の監視下
に置かれることから、被収容者が心理的な圧迫感を受けやすいと考えられることも考慮する
と、被収容者に対する隔離収容は、できるだけ抑制的に行われるべきであり、東京入国管理局
被収容者処遇細則三一条五項においても、「警備係長は、隔離収容期間を延長し、又は短縮する
必要があると認めるときは、局長に報告し、その指示を求めなければならない。」と規定してお
り(乙第32号証)、これは、隔離収容の必要性が消滅した場合には、被収容者に対する隔離収容
を解除すべき場合があることを想定したものと解される。
したがって、隔離収容期間については、被収容者処遇規則一八条には、隔離収容期間の決定
について具体的に規律する条項が存在しないことから、基本的には所長等の裁量に委ねられて
いるものの、被収容者の隔離収容の必要性の程度に比べて、不相当に長期間にわたる場合には、
所長等に与えられた裁量の範囲を超え、又は裁量権の濫用があったものと判断され、隔離収容
の措置が違法となるものと解すべきである。
そこで本件を検討すると、原告を隔離収容した理由は、平成五年五月六日の騒乱事件を扇動
したことであるが、既に認定したとおり、原告は、騒乱の際は、単に大声で叫んでいただけであ
り、また、通路で入管職員に対し抵抗した際も、積極的な暴行に及んだのではなく、入管職員が
原告を押さえようとしたことに対し、手や体を振って抵抗したというにすぎず、証人Hの証言
によれば、調室においても、原告は、突然勢いよく立ち上がって、大声を上げながら入管職員の
一人に対し自らの顔を突きつけるように近づけたものの、入管職員に殴りかかったことはなく
(G証言264)、手錠をかけた後は殆ど抵抗はしなかったし、声も余り出していなかった(G証言
121)上、本件以前の騒乱において原告が扇動的な役割を果たしたとの評価はなかった(G証言
153)ことが認められ、乙第22号証(Iの陳述書)によれば、平成五年五月六日の騒動は、原告
らを隔離収容した後、同日中には収束したことが認められることを総合すると、同月六日の騒
動が、二日連続での騒動であった点を考慮しても、原告に対して一四日間の隔離収容の措置を
決定した入国管理局長の判断は、原告の隔離収容の必要性に比べて不相当に長期間なものであ
ったと言わざるを得ない。
また、乙第23号証(Qの陳述書)によれば、隔離室では、原告は特に反抗的態度を取ることも
なかったこと、乙第24号証(Rの陳述書)によれば、平成五年五月八日に、原告の手錠を外した
後も、原告はふてくされたような態度を示すものの、抵抗したり、暴れるようなことはなく、静
かにしていたことが認められるのであるから、前記事情とあわせて考慮すれば、原告に対する
隔離収容の理由は、遅くとも、同月八日中には消滅していたというべきであって、同日原告に
対応した入国警備官は、これを知り得たと認められるから、速やかに、東京入国管理局被収容
者処遇細則(乙第32号証)に基づき、入国管理局長に対し、隔離収容期間を短縮する必要性に
ついて報告し、期間短縮の措置を講じる必要があったといえる。
しかし、本件では、原告に対する隔離収容の期間を一四日間と決定し、その後、期間短縮等の
措置を講じることなく、期間の満了まで隔離収容を継続したのであるから、原告の隔離収容期
間に関する判断は、東京入国管理局長に委ねられた裁量権の範囲を超えており違法であったと
いわざるを得ない。
3 手錠の使用について
 事実関係について
原告は、隔離収容後、一週間くらいは、後ろ手に手錠を掛けられた状態であり、その後一週間
程度は両手を前にした状態で手錠を掛けられており、隔離収容中は常に戒具の使用が継続され
ていた旨主張しており、原告も本人尋問において同旨の供述をしている(原告本人230、239)。
しかし、甲第33号証によれば、原告は、イランでの原告代理人による事情聴取に対し、スペ
シャルルーム(隔離室)に収容されたときは後ろ手に手錠を掛けられた状態であったが、自ら
体をくぐらせて両手前の状態にして二、三日間過ごしていたところ、入管職員に見つかって再
び後ろ手に手錠を付けられた(甲第33号証一七頁)、Cが隔離室を出た平成五年五月一三日こ
ろまでは後ろ手に手錠を掛けられていたが、その後、入管職員に対し、これでは食事もできな
いから手を前にした状態に変えて欲しいと頼み、両手前の状態で手錠を掛ける状態にしてもら
ったとか(甲第33号証一七頁)、食事の度に手錠を外してくれた(甲第33号証一九頁)などと供
述している一方、原告本人尋問では、五月六日の夕食時だけは、手錠をはずされ、片手を手錠で
鉄格子につながれた状態で片手で食べ、食後は後ろ手に手錠をされていたが(原告本人231な
いし232)、翌日からは、一週間程度、体をくぐらせて両手前の状態で手錠をつけたまま食事を
していた旨供述しており(原告本人233ないし235、供述内容が不自然である上に、供述の時期
により内容が変遷しており、この点に関する原告の記憶はあいまいというべきである。
また、甲第32号証によれば、Cは、同じくイランでの原告代理人の事情聴取に対し、隔離室
に入れられた直後は後ろ手に手錠を掛けられており、服を脱がされた後は、両手前の状態で手
錠を掛けられていたが、二日後に、同じ隔離室に収容されていた原告以外のイラン人の手錠を
はずしたことが入管職員に発覚してからは、三人とも後ろ手の状態にされたと供述しており
(甲第32号証二四、二五頁)、原告の供述内容と食い違っているのであって、これらの点からす
ると、手錠を掛けられていた期間に関する原告の供述を直ちに採用することはできない。
そして、乙第21、第24、第28号証、H警備官の証言86ないし90項及び証人Kの証言187ない
し189項によれば、原告は、平成五年五月六日に隔離室に収容されてからは、食事や排便の際に
は手錠をはずしたり、両手を前にして手錠を掛けた状態に変更されることはあったものの、少
なくとも、同月八日中に戒具使用が解除されるまでは、後ろ手に手錠を掛けられた状態で隔離
収容されていたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
 手錠使用の適法性について
被収容者処遇規則一九条一項は、被収容者に対する戒具の使用について、「入国警備官は、被
収容者が逃走し、暴行を加え又は自殺若しくは自損をするおそれがあり、かつ、他にこれを防
止する方法がないと認められるときは、戒具を使用することができる。」と規定している。
そして、金属手錠は戒具であることから(同規則二〇条一項二号)、金属手錠は、被収容者に
逃走、暴行又は自殺若しくは自損のおそれがあり、かつ、他にこれを防止する方法がない場合
にのみ、これを使用することができるのであって、上記要件を欠くときは違法となると解され
る。
ことに金属手錠の使用は、身体の拘束の程度が大きく、被使用者が受ける苦痛は重大である
から、被収容者について、上記の要件を充足する場合であり、かつ目的達成のための必要最小
限度の方法、期間でのみ許されるものと解すべきであって、入国警備官の手錠使用の必要性に
関する判断が、上記基準に照らして合理的なものであると認められない場合には、金属手錠使
用の判断は、違法の評価を受けるものと解される。
そこで、まず、本件において、原告に対する手錠使用の適否について検討するに、既に認定
したとおり、原告は、平成五年五月六日に、調室において、突然勢いよく立ち上がって、大声を
上げながら、入管職員の一人に対し、自らの顔を突きつけるように近づける行為に及び、止め
させようとした職員に対して抵抗しているのであるから、入国警備官において、被収容者が暴
行を加えるおそれがあり、かつ他にこれを防止する方法がないと判断して、被収容者処遇規則
一九条一項に基づき金属手錠を使用したことを違法ということはできない。
次に、原告の隔離収容後も金属手錠の使用を継続した理由について検討すると、乙第21号証
(入国警備官戊野五郎の陳述書)によれば、隔離室の扉には格子状に針金が施されており、これ
を取り外して凶器として暴行行為に及ぶ危険があるという隔離室の構造上の問題と、自損行為
の防止が理由であった旨記載されている。
しかし、乙第21号証によれば、原告が自損行為に及んだ事実はなかったことが認められるの
であり、また、原告が隔離室に収容された直後は、原告の興奮状態が継続し、暴行等に及ぶおそ
れがあると判断することも是認しうるものの、乙第30号証及び証人Hの証言によれば、手錠を
使用した後は、原告はほとんど抵抗せず、おとなしくなったと認められ(G証言121)、既に認
定したとおり、原告は隔離室では特に反抗的態度を取ることはなかったのであるから、原告に
ついて、戒具の使用以外に防止する方法がないと認められる程度の暴行のおそれが継続してい
たとの判断を是認しうるのは、長くても、原告に金属手錠を使用した当日の平成五年五月六日
の経過時までにとどまるというべきであり、これを超えて、同月八日までの間についても、金
属手錠を使用する要件があるとした入国警備官の判断は、前記の基準に照らして合理性を認め
ることはできない。
したがって、原告に対する平成五年五月七日以降、同月八日までの間の金属手錠の使用は、
違法であるといわざるを得ない。
4 非衛生的かつ非人道的な処遇について
 衣服について
原告は、隔離収容の際に、衣服を取り上げられ、一週間後にようやくズボンの着用が許可さ
れたが、他の衣類は最後まで取上げられたままであったと主張し、本人尋問において同旨の供
述をしている。
しかし、原告が全裸になった経緯について、原告は、隔離室前で手錠を外されて、服を全て脱
がされてから、隔離室に連行された旨供述しているが(原告本人160ないし166)、甲第32号証
によれば、Cは、まずCが隔離室に収容されてから、原告ともう一人の被収容者が部屋に連行
されてきて、しばらくその中にいたところ、入管職員が取り囲み手錠を外されて裸になるよう
命令されたと供述しており、両名の供述が齟齬していることや、K証人も、隔離室の中で、下半
身を裸にされている被収容者を見たことはないと証言している上(K証言191ないし193)、原
告も、Cが居たときまでは(Cを含めて)裸であった旨供述している(原告本人259、260)一方
で、Cらが、大便をするときには、後ろ手に手錠を付けたままでズボンを下げて用を足してい
た(原告本人248)と供述していることを総合すると、上記の原告供述部分を採用することはで
きず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 床面、壁面の汚損について
原告は、隔離室の壁や床に、おびただしい血痕が付着して汚染されており、臭気がひどかっ
たと主張し、本人尋問で同旨の供述をしている(原告本人225)が、既に検討したとおり、原告
の供述全体からみて、原告の当時の記憶があいまいであると認められる上、これを客観的に裏
付ける証拠もないことからすれば、原告の上記供述部分を直ちに採用することはできず、他に
原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 換気装置について
原告は、隔離室には換気装置がなく、空気がよどんでいる状態であると主張しているが、乙
第43号証によれば、隔離室には換気装置はないものの、天井には通気口があることが認められ、
また入管職員が、一時的に通路に通じる扉を開けて空気を循環させることもあったことは原告
も認めており、通気性の確保について、保安上支障がない限度で、一定の配慮もなされていた
のであるから、この点について違法であるとはいえない。
 排便時について
既に述べたとおり、原告が、隔離収容中の一四日間手錠を使用したままであったとの事実は
認めることはできない。
また、既に認定したとおり、原告が後ろ手に手錠を掛けられていた期間についても、排便時
には、原告の申し出により入管職員が手錠を解除し又は両手を前にした状態で手錠を付け替え
るなどの措置をとっていた上、原告は、本人尋問において、体調が悪かったので三週間くらい
ほとんど排便できなかった(原告本人244)などと供述している上、原告本人尋問によれば、他
の被収容者は、用便後は入管職員に頼んでペダルを押してもらって水を流していたことが認め
られる(原告本人252)のであるから、排便の始末に関して違法があったとの原告の主張を認め
ることはできない。
また、隔離室のトイレに目隠しがないことは当事者間に争いがないが、隔離室のトイレに目
隠しを設けると、被収容者を常時監視することができず、被収容者の逃走、暴行並びに自殺及
び自損の防止などの隔離収容の目的に反することになることに鑑みれば、トイレに目隠しを設
置していないこと自体は違法とはいえず、この点についての原告の主張は理由がない。
 毛布について
原告は、隔離収容中は、三人の被収容者に対し、一枚の古い毛布が提供されたのみである旨
主張し、甲第32号証によると、Cが同旨の供述をしているものの、原告及びCの供述全体から
みて、同人らの当時の記憶があいまいであると認められる上、他にこれを裏付けるに足りる証
拠がないから、これらを直ちに採用することはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠
はない。
 シャワー及び運動について
原告は、隔離収容期間中、一度もシャワーを浴びることができず、また、水道で顔も洗うこと
ができず、運動の機会も与えられなかったことが違法であると主張している。
既に述べたとおり、少なくとも平成五年五月九日から同月一九日までの間、原告の隔離収容
を継続したこと自体が違法であるが、更に原告の主張するような違法があったかどうかについ
て検討するに、原告は、証人Jの証言によれば、被収容者は通常であれば週に一、二回シャワー
を使用していた(J証言86)と認められるところ、隔離収容によって一四日間にわたりシャワ
ーを使用できず、また、運動を制限されていたのであるが、このことをもって、隔離収容の継続
による違法とは別に、原告の処遇について、原告の主張するような違法があったとまではいう
ことができない。
なお、原告が、水道で顔を洗うこともできなかったと主張している点については、乙第43号
証によれば、隔離室には、縦四〇センチメートル、横三四・五センチメートルの洗い場があっ
たことが認められ、洗顔程度は十分可能な構造であったということができるから、これに関す
る原告の主張は理由がない。
 結論
以上によれば、原告に対する隔離収容中の処遇につき、極めて非人道的な態様により人間と
しての尊厳を毀損し、著しい精神的肉体的苦痛を与え又は被収容者処遇規則に違反する違法、
不当な処遇があったとは認められず、原告の主張は理由がない。
5 原告の傷害の放置について
既に認定したとおり、原告の第一腰椎圧迫骨折が平成五年五月六日に発生したとは認められな
い上、H警備官の証言によれば、平成五年五月六日の入管職員による制圧の際に生じた傷につい
ては、原告の眉毛の辺りの傷の手当てをしたことが認められ(G証言125、126)、また、乙第34号
証の1ないし15(看守勤務日誌)によれば、入管職員が、原告がM医師から処方された治療薬を、
適宜原告に服用させていたことが認められるから、原告が、隔離収容中に、治療を要する症状で
あったにもかかわらず、医療措置を講じないで放置されていたとは認められず、他に原告の主張
を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告が、被収容者処遇規則三〇条に違反する処遇を受けたとする原告の主張を認
めることはできない。
6 損害
 イランにおける治療費等、後遺障害による逸失利益及び後遺障害による慰謝料
既に述べたとおり、原告が主張する損害のうち、請求拡張分にあたるイランにおける治療費
等、後遺障害による逸失利益、後遺障害による慰謝料については、理由がないことは明らかで
ある。
 違法な隔離収容及び戒具使用による慰謝料
原告は、違法な隔離収容及び戒具使用等による肉体的、精神的苦痛を一体とみて、損害賠償
を求めていると解されるところ、既に認定したとおり、原告は、隔離収容の必要性に比して不
相当に長期間にわたり隔離収容された結果、不自由な生活を強いられ、また、不相当な期間、手
錠を掛けられていたことにより、肉体的及び精神的苦痛を受けたことが明らかであって、本件
の諸事情を考慮すれば、原告の前記苦痛に対する慰謝料の額は、七〇万円と認めるのが相当で
ある。
 弁護士費用
本件訴訟の追行の難易及び認容金額並びに原告が訴訟提起後にイランに送還され、原告代理
人の訴訟準備に相当の費用を要したことが窺われることなどの諸般の事情を考慮すれば、上記
違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、三〇万円と認めるのが相当である。 
 遅延損害金請求について
遅延損害金の起算日は、違法な本件隔離収容期間の最終日である平成五年五月一九日とすべ
きものと解される。
7 国家賠償法六条にいう「相互の保証」について
原告は、イラン・イスラム共和国籍を有する外国人であるから、国家賠償法の適用を受けるた
めには、同法六条により、同国において相互の保証がなされていることが必要である。
そこで検討すると、乙第16、第19号証によれば、イラン・イスラム共和国民事責任法一一条は、
政府、自治体又は団体の職員により、故意又は過失により損害を与えた場合には、当該職員が補
償すべき責任を負う旨規定しており、原則として、政府、自治体又は団体に対する法的責任は規
定されていないことが認められる。
しかし、甲第40号証の1、2によれば、イラン国内の弁護士が、民事責任法一一条により裁
判所から損害賠償を命じられた公務員が賠償をしない場合には、イラン・イスラム共和国憲法
一七一条が、裁判官の不法行為につき、一定の要件で国に賠償責任を負わせる趣旨に則り、政府
が公務員個人に代位して被害者に対し賠償金を支払った上で、公務員に対して求償権を行使した
事例があったとの見解を示していること、甲第48号証の2(口上書)において、イラン外務省は、
民事責任法には外国人による賠償請求権の行使を制限する規定はなく、外国人も内国人と同等の
保護を受けられる旨回答しており、他に特段の反証がないことからすれば、本件において、イラ
ンとわが国との間には、国家賠償法六条にいう「相互の保証」があるというべきである。
したがって、その余の主張について判断するまでもなく、被告は、国家賠償法一条一項に基づ
き、原告が被った損害を賠償する義務がある。
第4 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し一〇〇万円及びこれに対する不法行為の最後の
日である平成五年五月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支
払を認める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求については理由がな
いからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言
及びその免脱宣言について同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

収容令書執行停止申立事件
平成13年(行ク)第114号
申立人:A、相手方:東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行、廣澤諭、日暮直子)
平成13年11月6日
決定
主 文
1 相手方が平成13年10月3日付けで申立人に対して発付した収用令書(同年10月30日付けで延
長後のもの)に基づく執行は、平成13年11月9日午前10時以降、本案事件(当庁平成13年(行ウ)
第287号収用令書発付処分取消請求事件)の第一審判決言渡しがあるまでこれを停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は相手方の負担とする。
理 由
第1 当事者の申立て
1 申立ての趣旨
主文同旨
2 相手方の意見
 本件申立てを却下する。
第2 前提となる事実
本件記録によれば、以下の事実が一応認められる。
1 申立人の国籍および生年月日
申立人は、昭和49年(1974年)《日付略》に出生したアフガニスタン国籍を有するハザラ人であ
り、シーア派イスラム教徒である。
2 申立人の入国および在留の経緯
申立人は、平成6年ころから、ドバイに滞在する親戚のための中古車部品の買い付けを行うた
め7回から8回来日したことがある。
申立人は、平成13年4月か5月ころ、アフガニスタンを出国してパキスタンに入国し、アフガ
ニスタンにおいて第三国への出国のあっせんを依頼していた者からパキスタンにおいてアフガニ
スタンの旅券を入手し、同人同行でドバイ、香港を経由して韓国へ入国した。韓国へ入国すると
ブローカーに旅券を取り上げられ、所在不明の民家で約40日間、プサン移動後11日間軟禁された
後、平成13年7月初めころ、船籍船名不詳の貨物船で横浜港に入り、本邦に不法入国した。
申立人は、日本においては、他のアフガニスタン人やパキスタン人とともに千葉県佐倉市《住
所略》の自動車解体現場敷地内に居住し、中古自動車の解体作業に従事し、ドバイ在住の親族か
らの注文に応じで自動車部品を輸出している。
3 難民認定申請手続
申立人は、同年8月27日、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)において、法務大臣に対
し難民認定申請をした。
4 本件収容手続の経緯
東京入管は、平成13年10月3日、千葉県警と合同で、申立人の居宅を臨検捜索押収許可状によ
り強制調査し、その結果、申立人を含むアフガニスタン人ら7名を発見して摘発した。
また、同日、東京入管入国警備官が申立人の違反調査を実施した結果、申立人が出入国管理及
び難民認定法(以下「法」という。)24条1号に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、
相手方から収容令書(以下「本件令書」という。)の発付(以下「本件処分」という。)を受け、同令
書を執行して申立人を東京入管収容場に収容し(以下「本件収容」という。)、同月5日、法24条1
項該当容疑者とて東京入管入国審査官に引渡した。
相手方は、平成13年10月30日、本件令書の収容期間を同年12月1日まで延長した。
第3 当事者の主張
1 申立人
申立人は、本件処分及び本件収容が①難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)に
違反すること、②日本でのテロを未然に防止し、日本にいるテロリストの情報を収集することを
目的とした目的外収容であること、③難民条約に反する違法な身柄拘束の違法性を承継すること
から違法なものであり、本件収容令書の執行がされれば申立人に回復し難い損害が生ずると主張
する。
2 相手方
本件処分の執行がされても、申立人には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性がなく、
また、本件処分は適法に行われているから本案について理由がなく、本件処分の執行を停止する
ことは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすから、本件申立てには理由がないと主張する。
第4 当裁判所の判断
1 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかについて
 収容令書発付の要件について
法39条は、容疑者が法24条各号に列挙された退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当
の理由があるときは、収容令書によりその者を収容することができるとしており、収容令書の
発付及び執行において上記の要件以外の事由が挙げられていないことは相手方の指摘するとお
りである。
しかし、難民条約は、31条2項において、締約国は、1項の規定に該当する難民(その生命又
は自由が第1条の意味において脅威にさらされていた領域から直接来た難民であって許可なく
当該締約国の領域に入国し又は許可なく当該締約国の領域内にいる者)の移動に対し必要な制
限以外の制限を課してはならない旨規定するところ、難民条約が国内法的効力を有することに
かんがみれば、主任審査官が退去強制手続の前提となる収容令書の発付を行うに際しては、法
39条所定の要件に加え、対象者が難民に該当する可能性を検討し、その可能性がある場合にお
いては、同人が難民に該当する蓋然性の程度や同人に対し移動の制限を加えることが難民条約
31条2項に照らし必要なものといえるか否かを検討する必要があると解すべきである。すなわ
ち、収容令書発付の可否を検討する段階において、対象者が難民条約31条1項にいう難民に該
当する可能性がないことが判明している場合、又は、対象者が有罪判決を受けるなど不法入国
以外の退去強制事由が生じた場合や対象者の身柄が不安定であり移動の制限を行わなければ難
民認定に関する事実の調査(法61条の2の3)が困難になる等移動の制限が必要といえる場合
には収容令書の発付が可能であるが、難民に該当する一定程度の蓋然性がある場合には、その
蓋然性の大きさとの比較の観点において、その段階で収容の必要性があるか否かを検討し、そ
の必要性が認められる場合にのみ、収容令書を発付し、執行することができると解すべきであ
る。
この点につき、相手方は、難民条約31条2項にいう「必要な制限」とは、締約国の安全及び公
の秩序の観点から必要なものをいい、法が定める収容令書に基づく収容は、国際法上認められ
ている国家の権利として認められるものであるし、難民条約においてもその32条において「国
の安全又は公の秩序を理由とする」追放が認められているのであるから、法24条各号の1に該
当すると疑うに足りる相当な理由が認められるのであれば、その者が難民条約上の難民である
か否かを問わず、法39条1項に規定する収容令書を発付することによって収容することが認め
られると主張する。しかし、難民条約31条においては、難民が正規の手続・方法で入国するこ
とが困難である場合が多いことにかんがみ、対象者が不法入国や不法滞在であることを前提と
してなお、刑罰及び移動の制限を原則として禁じているのであるから、難民に該当する可能性
があるものについて、不法入国や不法滞在に該当すると疑うに足りる相当な理由があることの
みをもって、収容令書を発付し、収容を行うことは、難民条約31条2項に違反するといわざる
を得ない。また、同項は、同条1項にいう難民が他の国への入国許可を得るために必要な全て
の便宜を与えることを締約国に義務付けており、ここにいう便宜の供与の中には少なくとも身
柄拘束をしないことが含まれると解されるから、同項にいう「必要な制限」の中に不法入国の
みを理由とする身柄の拘束を含めることは、同項の解釈として矛盾抵触を来すものといわざる
を得ず、この点からも相手方の主張は採用できない。また、相手方は、難民申請をし、難民に該
当する可能性が否定し得ない限り、一切退去強制手続やその前提としての収容ができないとの
運用が合理性を欠くものであると主張するが、上記のように移動制限の必要性を難民該当性の
蓋然性との比較において検討するとの運用を行う限り、相手方の主張するような一律の運用に
はならずその主張は前提を欠くというほかない。
 申立人の難民該当性
法39条及び難民条約31条2項を上記のとおり解するとした場合、主任審査官は、難民申請を
行っているものについて収容令書を発付する際には、対象者が法及び難民条約が定める難民に
該当する一般的な可能性を検討し、その可能性がある場合には、さらにどの程度の具体的蓋然
性があるか、収容が必要な移動の制限といえるかについて検討すべきこととなる。 
申立人が難民に該当する蓋然性を検討するに、申立人が前記第2、3記載のとおり、平成13
年8月27日に、東京入管において、法務大臣に対し難民認定申請をし、いまだ難民認定処分・
不認定処分のいずれをも受けていない者であることは当事者間に争いがなく、疎明資料によれ
ば、現在一般に、アフガニスタンを実質的に支配しているタリバンが、人種又は宗教等を理由
として、申立人らハザラ人やシーア派イスラム教徒に対して、迫害を加えていること、申立人
自身がタリバンにより再三にわたり身柄を拘束されたり、暴行を受けたりし、正規の旅券を取
り上げられ、また、タリバンにより妹が殺されたり、父親が連行されたりしていることが一応
認められ、以上によれば、申立人は人種、宗教、政治的意見等から迫害を受けるおそれがあると
いう十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいるものであって、その国籍国の保護
を受けることができないものであるといえ、申立人が難民条約31条所定の難民に該当する一定
程度の蓋然性が存するといえる。
相手方は、申立人の難民該当性について明確な主張をせず、疎明資料からすると、申立人及
び同時に摘発された11名について、うち7名が千葉県佐倉市内の同一住居にいたところを摘発
されたこと、収容後、その11名の中からアフガニスタン人であると自ら称したパキスタン人が
いることや、不法残留のアフガニスタン人が不法入国を偽装するため偽名を使用して難民申請
に及んだ者がいることが判明したこと等を考慮して、申立人らの入国は組織的背景を有する不
法入国事案であるとし、申立人が法又は難民条約にいうところの難民には当たらず、単なる経
済難民又は難民認定制度に乗じて在留資格を得て就労することを目的とするものであると考え
ているようにうかがわれる。
しかし、申立人の取調べに用いられた言語がアフガニスタンに居住するハザラ人が用いるダ
リ語であり、申立人がアフガニスタン国籍を有するとの事実と矛盾しないこと、これまでの取
り調べの結果においても申立人がハザラ人か否かについて疑問が生じた形跡がないこと、本人
は難民申請時から現在までアフガニスタン国籍を有するハザラ人であることを一貫して述べて
いること等からみて、申立人はアフガニスタン国籍を有するハザラ人であると認められる。こ
の点については、東京入管も現在までアフガニスタン国籍を有するものとして取り扱っている
ところであって、申立人について、国籍を偽って難民を装おうとした事実は認められない。ま
た、申立人が偽名を用いて難民認定申請をした事実を認めるに足りる疎明資料も存しない。そ
して、国籍を偽った2名のパキスタン人は、それぞれ東京都足立区《地名略》と東京都東村山市
《地名略》で摘発されているところ、申立人は、居住地である千葉県佐倉市《地名略》で摘発さ
れているのであり、疎明資料によっても同一の日に摘発を受けたこと以上の関連性を認めるこ
とはできず、他に、国籍・氏名等を偽った者たちと申立人の間に何らかの組織的関係を有する
ことを基礎付けるに足りる疎明資料はない(相手方の提出する疎明資料は、一般的で本件の組
織的背景を基礎付けるには至らないものか、申立人ではない国籍又は氏名等を偽った者自身の
悪質性を裏付けるものにとどまっている。)。申立人は、東京入管の取調べに対し「ブローカー」
という第三者の存在を認めた上、その者の指示で入国の経過を偽っていることが認められ、相
手方はこの点も申立人の難民性を否定するものとして指摘するかのようであるが、申立人の供
述に現れる「ブローカー」については、その役割が疎明資料からは明らかではなく、難民である
申立人が、前述のようにタリバンによって正規の旅券を取り上げられたため、やむを得ず、第
三国への入国をあっせんする第三者を利用し不法入国をしたという可能性も否定し得ず、その
場合には、相手方が想定するような、不法入国をして難民として在留資格を詐取して本邦で就
労するとの組織的活動につき申立人自身がその一端を担っていると認めるのは早計である。他
方、申立人と同時に摘発を受けた者たちの入国の経過は異なっており、そのことを考慮しても、
申立人が、組織的背景を有する不法入国を行ったとはいえず、相手方の主張は採用し得ない。
また、相手方は、申立人がアフガニスタンにおける脅威を主張するものであるところ、申立
人はアフガニスタンから直接入国した事実はないから、難民条約31条2項の適用を受け得る者
ではないと主張する。しかし、同条が同条の適用を受ける難民を脅威にさらされていた領域(同
条の規定は国籍を有する国や出身国とされているわけではない。)から直接来た者に限った趣
旨は、本条が不法入国や不法滞在といった違法な行為をした者については、その脅威を逃れて
から遅滞なく所定の手続をした場合に救済を施し、反面、ある他国に一時定住した者がむやみ
に入国し、不法入国や不法滞在による不利益を免れることを防ぐことであるから、形式的に脅
威を受ける地域から直接入国することが必ずしも必要というわけではなく、脅威を免れるため
に領域を逃れる一連の移動をして締約国に入国した場合、仮にその移動の過程の中で第三国を
経由して来たとしても、同条にいう直接来た難民であると評価し得ると解すべきである。
これを本件についてみると、申立人は、脅威にさらされていた領域であるアフガニスタンに
おいて既に外国へ正規手続外で渡航するための依頼を第三者にし同人とともにアフガニスタン
を出国して前記認定の経路で本邦に不法入国したものであって、アフガニスタン出国の当初か
ら日本に到着するまで、一連の移動と評価できるものであって、パキスタン、アラブ首長国連
邦、香港、韓国は単なる経由地と評価すべきものであるから、これらの国々を経由してきたこ
とによって、直接性が否定されるものではない。
 収容の必要性について
前記認定のとおり、申立人には難民に該当する蓋然性が認められるところ、その場合には、
前記の解釈によれば、収容令書の発付に当たって、この蓋然性との相関関係において収容が、
難民条約31条2項所定の必要な移動の制限といえるかについて検討する必要があることとな
る。そこで、本件における収容の必要性について検討する。
本件において、申立人は、本邦に不法入国してきた独身者であって、本邦に家族等はおらず、
本邦入国からの期間もそれほど長いとはいえないものであって、生活の本拠を本邦内に築いた
とまではいえない。また、処分当時、身元保証人になる者がいない旨も自認しているところで
あるから、難民認定手続や後に退去強制手続を行うこととなった場合に、確実に出頭が確保で
きるか否かについて、疑問が生じないでもない状態であったということができる。しかし、相
手方はこのような事情を考慮して本件処分をしたのではなく、本件申立後においても、当裁判
所がこの点について釈明したにもかかわらず、収容令書発付に当たって、このような事情を考
慮する必要はないとして釈明に応じない。また、申立人は、長期とはいえないが、本邦在留の最
初から、本件収容令書の執行により収容を受けるまで、肩書地に居住している上、居住地であ
る佐倉市の市役所において外国人登録の申請を行っている。そして、何よりも、入国してそれ
ほど間をおいていない時期である平成13年8月27日に法務大臣に対して難民認定の申請を行
っており、同年9月17日には東京入管の出頭要請に応じ、東京入管の大手町庁舎に自ら出頭し、
事情聴取に応じている。そして、その後同人らの身柄が不安定になったと認めるに足りる事情
の変化が生じたとはいえないのであって、申立人につき、本件処分の当時において収容に及ば
なければ、出頭の確保や公共の福祉の観点で具体的な困難や不安が生じるとまでは認められな
い。そのような場合に、前記のとおり難民に該当する一定の蓋然性を有する申立人につき、
その蓋然性との比較において、収容令書の発付及び執行という方法を用いてまで移動の制限の
必要性があったとは認め難い。
なお、本件処分当時においては、申立人に身元保証人がいなかったことは前記のとおりであ
るが、本件手続中に申立人の身柄に関し、申立人代理人のみならず、カトリック《地名略》教区
の司教、同教区のオープンハウス、B協会の理事ほか計5名が身元引受書を提出し、身元引受
人及びその構成員らが申立人を支援する旨を述べており、また、東京都江東区のC教会が同教
会敷地内の宿泊施設を提供し、住居の移転が必要な場合には、弁護団と事前に協議を行い、弁
護団の責任の下に行うとしており、現時点における事情としても、処分当時以上に、収容を行
う必要性は低い状態となっている。
 結論
以上によると、本件における収容は、入国審査官が、本来、検討しなければならない要件につ
いての検討を欠いてされたものといわざるを得ない上、これを、検討したとしても、本件処分
は、法39条及び難民条約31条2項に反する違法なものとなる可能性が十分存するから、行政事
件訴訟法25条3項の「本案について理由がないとみえるとき」には該当しない。
2 「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)の要件の
有無について
行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る損害が、
原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、損害の性質・
態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でないと認められる場
合をいう。
そして、本件処分により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることであるが、身
柄拘束自体が個人の人権に対する重大な侵害であり、それ自体が精神的・肉体的に重大な損害を
もたらす上、特に、難民認定の申請を行い、いまだ認定・不認定いずれの処分も受けていない者
の場合には、仮に収容がされると、難民認定を受けるための活動や他の国への入国許可を受ける
ための活動が阻害されるおそれは否定できず、申立人の置かれている不安定な地位に照らすと、
これが1日でも阻害されることは申立人に計り知れない苦痛をもたらすものと考えられる。ま
た、収容により申立人が受ける精神的・肉体的ダメージが難民の認定手続における申立人の活動
に何らかの悪影響を与え、本来難民認定を受けるべきであるのに、これが受けられなくなる可能
性もないとはいえず、これらの不利益によって生ずる損害は、後の金銭賠償が不可能なものであ
るか、社会通念上原状を回復させることが容易でない損害であると認められる。
相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分の根
拠法が、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定しているものである限り、受
忍限度内のものとして行政事件訴訟法25条2項にいう「回復の困難な損害」には当たらないと主
張し、法39条1項にいう収容は、まさに、収容令書の発付を受けた者につき、退去強制事由の存
否の調査のために身柄を確保するとともに、退去強制の一連の手続を円滑に行うことを目的とす
るものであるから、被収容者が収容されることにより生ずる何らかの不利益は、収容を執行され
ることにより通常生ずべき損害にすぎないものであり、回復の困難な損害には当たらないと主張
する。
しかし、法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がないとの原則を前提に、
同原則の徹底により処分により回復の困難な損害を受け、後に本案について勝訴判決を得てもそ
の効力が実効性をもたないことを防ぐために執行停止の制度を設けたものであり、他方で、後に
回復が容易な損害についてはその回復の手続によって解決するものとしたのであるから、処分そ
のものや法が当然予定した損害であっても、そのことにより後の勝訴判決が実効性をもたない可
能性がある場合には、執行停止の必要性を肯定すべきである。そして、回復が困難か否かとその
損害が処分の結果として当然発生するか否かは必ずしも一致するものではなく、処分の結果とし
て当然発生する損害であっても、回復が困難な場合はあるし、他方、処分の結果として法が予定
していないものであっても、事後的な回復が容易な損害もあるのであって、処分の性質やその結
果である損害の性質、さらには申立人の事情等を考慮して、当該損害が回復困難な損害といえる
か否かを検討すれば足りるものである。行政事件訴訟法の文言も、当該処分の結果として当然発
生するものであることを予定している損害を排除しているものではないから、このような解釈を
妨げるものではない。
そして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復することが
困難な損害を受けるものといわざるを得ない。
なお、退去強制令書発付処分に対する執行停止申立てがされた場合には、実務上、送還部分に
限って執行を停止し収容部分の執行を停止しないことが多く、上記の説示には、このようなこれ
までの実務の取扱いに反するのではないかとの疑問が生じないでもない。しかし、執行停止の要
件としての回復困難な損害の有無の判断は、本案の勝訴の見込みとの比較において柔軟に行うべ
きものであり、上記の従前の実務の取扱いは、退去強制事由の存在に争いがなく、本案の成否は
在留特別許可における法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かにかかるという、いわば、
申立人の勝訴の見込みが極めて限定される事例に関するものが多かったことによるものと考えら
れるのである。これに対し、本件の場合は、申立人が難民である蓋然性が相当程度あり、そのこと
を前提とすると、これを考慮しないままにされた本件収容は違法といわざるを得ないし、申立人
については本邦での保護が認められないとしても他の国への入国許可が得られるのに妥当と認め
られる期間は退去強制手続が猶予されるべきなのであるから(難民条約31条2項)、勝訴の見込
みが相当程度あると考えられ、上記のようなこれまでの実務が前提としていた事案とは、その内
容を異にし、同列には取り扱えない事案であるということができる。
3 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当する
かどうかについて
相手方は、本件収容令書の執行停止に関し、収容令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、
併せてその執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起及び係属を理由に、安易に収容令書
に基づく収容の執行停止を認めるとすれば、本案訴訟の提起は原則として執行停止の効力を有し
ないとする行政事件訴訟法25条1項に明らかに反する上、本案訴訟の係属している期間中、申立
人のような退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由がある者の収容を長期にわたって
不可能にすることになり、出入国管理行政を長期間停滞させて甚だしい打撃を与えることになる
から到底容認し得ないと主張する。また、本件収容令書の執行についての執行停止申立てを認容
することは、正式に入国し適法に在留する外国人ですら、法により在留資格及び在留期間の点で
管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金の納付等の相当程度の制約が存するのに
比し、退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当な理由がある外国人についてはそのような規
制を受けることがなく、全くの放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果
となるが、このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、
行政事件訴訟法44条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の
基本的支柱たる在留資格制度(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における
保証金納付等に対応する措置を採り得なず、逃亡により収容令書の執行を不能にする事態が十分
に予想され、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留する者による濫訴を誘発し助長するも
のであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。さらに、相手方は、収
容令書に基づく収容に対する執行停止が認められれば、退去強制事由の有無についての審査、審
査の結果退去強制事由に該当すると認定された場合における退去強制令書の発付、その執行とい
う一連の手続を支障なく行うことが困難となって、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあ
ること、行政事件訴訟法が行政事件手続における民事訴訟法上の仮処分を排除しているにもかか
わらず、あたかも同法における仮処分によって仮の地位を付与したのと同様の結果を招来するこ
と等を主張する。
しかし、本件処分の執行停止は、単に本案訴訟の提起及び係属のみを理由に安易にされている
ものではなく、前記1及び2で説示したとおり、行政事件訴訟法25条所定の要件の存在を判断し
た上でされるものであって、その中には、申立人の難民該当の蓋然性やその移動を制限する必要
の有無といった要件も含まれており、それらの要件を充たすか否かの判断を経ている以上、相手
方の危惧しているところは全て解決されているというべきである。また、本件執行停止制度が行
政事件訴訟法上の制度である以上、その制度を用いることは、同法が民事訴訟法上の仮処分を排
除していることに何ら抵触するものではない。相手方がそのほかに主張するところは、いずれも
収容令書の執行停止による一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当である
し、本件において、本件処分に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ
があるとの事情をうかがわせる疎明はない。 
むしろ、相手方の採る態度は法の運用に当たって、その上位の規範である難民条約の存在を無
視しているに等しく、国際秩序に反するものであって、ひいては公共の福祉に重大な悪影響を及
ぼすものというべきである。
第5 結論
以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件申立ては理由があることとなるが、執
行停止期間の始期は、身柄引受人による申立人の受入れが円滑に行われることなどの諸般の事情
を考慮し、平成13年11月9日午前10時と定め、その範囲で申立人の申立てを認容し、その余の申
立てを却下することとし、申立費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条
ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

退去強制令書執行停止申立事件
平成13年(行ク)第96号
申立人:A、相手方:東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・村田斉志・廣澤諭)
平成13年12月3日
決定
主 文
1 相手方が平成13年8月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本
案事件(当庁平成13年(行ウ)第245号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の第一審判決の言
渡しの日から起算して10日後までの間これを停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は、これを4分し、その1を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とする。
理 由
第1 当事者の申立て
1 申立ての趣旨
相手方が平成13年8月17日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本
案事件(当庁平成13年(行ウ)第245号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の判決が確定する
までこれを停止する。
2 相手方の意見
本件申立てを却下する。
第2 前提となる事実
本件記録によれば、申立人の国籍及び生年月日、入国及び在留の経緯並びに退去強制手続の経
過については、別紙(意見書写し)第3記載のとおりの事実が一応認められる(以下における略語
は、同別紙(意見書写し)第3記載のものと同様である)。
第3 当事者の主張
1 申立人
本件申立ての理由の要点としては、①申立人の法49条1項の異議の申出に対して法務大臣が平
成13年8月17日付けでした裁決(以下「本件裁決」という。)は、原告とBとの婚姻が真実のもの
ではないと判断した事実誤認に基づくものであるか、又は、同婚姻が真実のものと認めた上でそ
の家族的結合を尊重しないで明白に合理性を欠く評価をしたことによるもので、違法な処分であ
り、②本件裁決については、裁決書が作成されておらず、処分根拠が明示されていない点で重大
な手続違反があり、③本件において申立人に在留特別許可を認めないことは市民的及び政治的権
利に関する国際規約17条の禁止する「恣意的な干渉」に当たり、同条違反であり、④本件におけ
る申立人についての告知と聴聞の機会及び証拠の提出は申立人とBとの婚姻関係を巡って行われ
たにもかかわらず、相手方の主張のように申立人の不法就労等を理由として本件裁決がされたの
であれば、それは適正手続を保障する憲法31条に違反し、これら①ないし④のとおり違法な本件
裁決に基づいてされた本件退令発付処分は違法なものとして取り消されるべきであって、申立人
には回復困難な損害を避けるために執行停止を求める緊急の必要性があるというものである。
2 相手方
相手方の意見は、別紙(意見書写し)記載のとおりである。
第4 当裁判所の判断
1 「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)の要件の
有無について
 本件退令に基づく収容の執行について
行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る損害
が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、損害
の性質・態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でないと認
められる場合をいう。
本件退令に基づく収容により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることである
が、身柄拘束自体が個人の生命を奪うことに次ぐ人権に対する重大な侵害であり、精神的・肉
体的に重大な損害をもたらすものであって、その損害を金銭によって償うことは社会通念上容
易でないというべきである。その上、一件記録によれば、本件において、申立人は、平成13年6
月21日にBとの婚姻の届出を了したが、同月29日に相手方から収容令書の発付を受け、同年7
月2日から同収容令書の執行により東京入管収容場に収容され、その後違反調査、退去強制事
由に該当する旨の認定等の一連の手続を経て、同年8月17日に本件退令の発付を受けて引き続
き収容されていることが一応認められ、申立人は、Bとの婚姻後まもなく、夫婦の同居が不能
とならざるを得ない事態を既に相当期間強制されているのであって、収容により申立人が受け
る精神的・肉体的ダメージや申立人との面会や本件の訴訟手続等のために奔走していることが
うかがわれるBの精神的・経済的負担をも考慮すると、申立人とBとの今後の婚姻関係に何ら
かの悪影響が及ぶ可能性もないとはいえず、こうした不利益によって生ずる損害は、後の金銭
賠償が不可能なものであるか、金銭賠償が一応可能であっても、社会通念上損害がなかった原
状を回復させることが容易でない損害であると認められる。
相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分の
根拠法が、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定しているものである限
り、受忍限度内のものとして行政事件訴訟法25条2項にいう「回復の困難な損害」には当たら
ないと主張し、法52条5項にいう収容は、退去強制令書の発付を受けた者につき、送還が可能
になるまでの間、その身柄を確保するとともに、本邦内において在留活動を禁止することをも
目的とするものであるから、被収容者が収容されることにより生ずる何らかの不利益は、退去
強制令書の収容部分を執行されることにより通常生ずべき損害にすぎないものであり、回復の
困難な損害には当たらないと主張する。 
しかし、行政事件訴訟法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がないとの
原則を前提に、同原則の徹底により処分の結果として回復の困難な損害を受け、後に本案につ
いて勝訴判決を得てもその効力が実効性をもたないことを防ぐために執行停止の制度を設けた
ものであり、他方で、後に回復が容易な損害についてはその回復の手続によって解決するもの
としたのであるから、処分そのものや法が当然予定した損害であっても、そのことにより後の
勝訴判決が実効性を持たない可能性がある場合には、執行停止の必要性を肯定すべきである。
そして、回復が困難か否かとその損害が処分の結果として当然発生するか否かは必ずしも一致
するものではなく、処分の結果として当然発生する損害であっても、回復が困難な場合はある
し、他方、処分の結果として法が予定していないものであっても、事後的な回復が容易な損害
もあるから、処分の性質やその結果である損害の性質、さらには申立人の事情等を考慮して、
当該損害が回復困難な損害といえるか否かを検討すれば足りるものである。行政事件訴訟法の
文言も、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定している損害を排除してい
るものではないから、このような解釈を妨げるものではない。
しかして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復するこ
とが困難な損害を受ける蓋然性が高いものといわざるを得ない。
なお、退去強制令書発付処分に対する執行停止申立てがされた場合には、実務上、送還部分
に限って執行を停止し収容部分の執行を停止しないことが多く、上記の説示には、このような
これまでの実務の取扱いに反するのではないかとの疑問が生じないでもない。しかし、執行停
止の要件としての回復困難な損害の有無の判断は、本案の勝訴の見込みとの比較において柔軟
に行うべきものであり、上記の従前の実務の取扱いは、退去強制事由の存在に争いがなく、本
案の主たる争点を在留特別許可における法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かに設定
し、このため、いわば申立人の主張自体からして勝訴の見込みが極めて限定され、しかも、仮に
後記2のように主任審査官の裁量権を前提とした考え方を採ったとしても、その事案の内容
からして送還がやむを得ないとうかがわれる事例に関するものが多かったことによるものと考
えられるのである。しかしながら、後記2に述べるとおり、在留特別許可における法務大臣
の裁量権の行使に濫用があったか否かはともかく、主任審査官には、退去強制令書を発付する
か否か、発付するとしていつこれを発付するかにつき、裁量が認められ、退去強制令書を発付
された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無
のほか、主任審査官の裁量の逸脱又は濫用についても同処分の違法事由として主張し得ると解
すべきであって、これを前提とすると、本件においては、後記2のとおり、相手方が自らに裁
量権があることを前提としてその行使に当たり本件退令の発付により申立人に回復し難い損
害が発生するおそれの有無及び程度等をどのように考慮したのかについては定かでなく、その
ような考慮が十分されたものであるかは疑わしく、被告が本件退令の発付に当たって考慮した
事実には、社会通念に照らし著しい過誤欠落があった可能性が少なからず認められるのであっ
て、そうした過誤欠落がある場合には本件退令の発付は違法といわざるを得ず、申立人につい
ては勝訴の見込みが相当程度あると考えられ、こうした点で、本件は、上記のようなこれまで
の実務が前提としていた事案の把握や争点の設定とはその内容を異にするものであって、同列
には取り扱えないものであるということができる。
 本件退令に基づく送還の執行について
本件において、本件退令に基づき申立人がパキスタンに送還された場合には、申立人の意思
に反して申立人を送還する点で、申立人の居住地(国)選択の自由を制限するものであり、その
こと自体が申立人にとって重大な損害となるほか、申立人と訴訟代理人との間で訴訟追行のた
めの十分な打合せができなくなるなど、申立人が本案事件の訴訟を追行することが著しく困難
になることは明らかである。また、仮に申立人が本案事件について勝訴判決を得ても、その送
還前に置かれていた原状を回復する制度的な保障はないことをも考慮すれば、申立人は、本件
退令に基づく送還の執行により回復の困難な損害を被るものと認められ、本件については、こ
うした損害を避けるため本件退令に基づく送還の執行を停止すべき緊急の必要があるいうべき
である。
2 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかどうかにつ
いて
 本件の本案事件において、申立人は、本件退令発付処分の取消しを求めているところ、法24
条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人について、法第5章(27条ないし55条)
に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めており、これが、退
去強制に関する実体規定として、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否
かにつき担当行政庁に裁量があることを規定しているものであることはその文言上明らかであ
る。そして、法第5章の手続規定においては、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外
国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されている(法47条4項、48
条8項、49条5項)と解されることからすれば、退去強制についての実体規定である法24条の
認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、
その結果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしていつ
これを発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められているものというべきである。したがっ
て、退去強制令書を発付された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟におい
て、退去強制事由の有無に加えて、これらの主任審査官の裁量の逸脱又は濫用についても同処
分の違法事由として主張し得るのであり、主任審査官が退去強制令書を発付する際に考慮した
事実及びそれを前提としてした判断の過程において、社会通念に照らし、著しい過誤欠落があ
ると認められる場合には、その裁量を逸脱又は濫用したものとして当該退去強制令書の発付が
違法なものとなるというべきである。
 このように解することに対しては、法47条4項、48条8項及び49条5項が、容疑者が入国審
査官の認定若しくは特別審理官の判定に服したとき又は法務大臣から異議の申出が理由がない
と裁決した旨の通知を受けたときは、主任審査官は「退去強制令書を発付しなければならない」
と規定していることから、主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地は
ないのではないかとの疑問が生じないでもない。
しかしながら、退去強制手続は、原則として容疑者たる外国人の身柄を収容令書により拘束
していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中
断し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞ
れ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければな
らない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に
向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審
査官の義務として規定を置いたものと解され、これらの規定と法24条を併せて解釈すれば、実
体規定である法24条において退去強制につき前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、主
任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮をしてもなお退去強制手続を進
めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定め
る次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、この
ように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付につい
ての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するもので
はない。
 以上を前提に、本件において「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうか
を検討するに、本件の本案訴訟において、申立人は、法務大臣が申立人に対して在留特別許可
をせずに法49条3項の裁決をしたことが法務大臣の裁量の逸脱又は濫用に当たり違法であり、
同裁決に基づく本件退令発付処分も違法である旨主張しているところ、本件退令発付処分の違
法事由として法務大臣の裁決の違法を主張し得るか否かや申立人の主張する事由が法務大臣の
裁決の違法事由となるか否かはともかくとして、申立人が法務大臣の裁量の逸脱又は濫用を基
礎づける事情として主張する事実は、上記主任審査官の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事実
となり得るものであるから、本件で「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかど
うかを検討するに当たっては、上記申立人の主張事実を主任審査官の裁量の逸脱又は濫用を基
礎づける事実としても検討すべきである。
そして、前記第2の前提となる事実及び疎明資料によれば、申立人は、平成10年10月14日、
当時日本人であるCと婚姻していたことから、法務大臣より在留資格を「日本人の配偶者等」、
在留期間を1年とする在留特別許可を受けたが、平成11年8月24日にCと協議離婚し、在留期
間の更新等の手続をしないまま、在留期限である同年10月14日を経過して本邦に不法に残留
することとなり、その後、申立人は、平成13年1月ころ、日本人であるBと知り合って、同年3
月ころから同人との交際を始め、Bが週末を申立人のアパートで過ごすなどしていわゆる半同
棲生活を送り、申立人は、同年6月12日に法違反(不法残留)の疑いにより逮捕されたが、同月
21日にはBがその両親を証人として申立人との婚姻の届出をすることにより婚姻するに至り、
Bは、申立人が収容令書により収容された後も、申立人と頻繁に面会し、申立人の放免に向け
て助力をしており、Bの両親も申立人とBとの婚姻に理解を示し、申立人が放免されることを
強く望んでいることが一応認められる。これらの事実によれば、申立人とBとの婚姻関係は真
摯なものと認められ、申立人については、本件退令発付の時点において、実質的には「日本人の
配偶者等」としての在留活動があったものということができる。
他方、申立人に対する法違反調査においては、申立人とBとの関係について事情が聴取され
たり、婚姻届出がされていることが確認されていながら、相手方は、本件において、申立人がか
つて不法就労・不法残留をし、在留特別許可を得る際に日本国の法令に違反しないことを固く
誓約したにもかかわらず再び不法残留したことを捉え、「申立人と現在の妻であるBとの婚姻
関係がいかなるものであったにせよ、申立人の素行は著しく不良であり、出入国管理上も極め
て悪質であることから、法務大臣は、申立人について特別に在留を許可すべき事情があるとは
認められないと判断し」たもので、日本人との婚姻等の事実の存在をもって直ちに法務大臣の
裁決がその裁量権の範囲の逸脱又は濫用によるものであるとすることはできない旨を主張する
のみである。
確かに、不法残留及び不法就労の点は、出入国管理上は容易に看過し難いものであるが、疎
明資料によると、申立人は、平成4年以来同一の勤務先で就労しており、勤務態度も良好であ
って、雇主も雇用の維持を希望しており、その他に犯罪を犯したこともないことが一応認めら
れるのであるから、その素行が著しく不良であるとの認定には疑問がある。また、疎明資料に
よると、申立人は、月25万円程度の収入を得ており、前妻との婚姻中は自己の収入のみで家計
を賄っていたことが一応認められ、その賃金が著しく低いとは認め難く、その就労状況が我が
国の労働市場に悪影響をもたらしているとも認め難い。その上、相手方が、退去強制令書を発
付するか否か、発付するとしていつ発付するかにつき、自らに与えられた裁量の範囲において、
申立人とBとの婚姻関係がどの程度真摯なものかの点、さらには、これを踏まえ、本件退令の
発付が申立人とBとの婚姻関係に及ぼす悪影響等、本件退令の発付により申立人及びBに回復
し難い損害が発生するおそれの有無及び程度等をどのように考慮したのかについては定かでな
く、むしろ相手方の上記主張からは、そのような考慮が十分されたものであるかは疑わしい。
そうであるならば、相手方は、本件退令の発付に当たって、申立人を在留させた場合における
本邦への弊害を過大評価していた疑いがある上、本件退令の発付により申立人ひいては我が国
の国民であるBにいかなる損害が生ずるかについての考慮を欠いていた可能性も否定できず、
その判断過程には、社会通念に照らし著しい過誤欠落があった可能性が高い。
こうした点にかんがみれば、本件退令の発付に際しての主任審査官の裁量の逸脱又は濫用の
有無については、少なくとも本案の審理を待たずに同裁量の逸脱又は濫用がなかったと断ずる
ことは困難であり、本件退令の発付処分が違法となる可能性が低いとも言い難いのであって、
本件については、申立人のその余の主張について検討するまでもなく、「本案について理由がな
いとみえるとき」に該当するとは認められない。
3 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当する
かどうかについて
相手方は、本件退令の執行停止に関し、退去強制令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、
併せて退去強制令書の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起及び係属を理由に、安易
に退去強制令書に基づく送還の執行停止を認めるとすれば、本案訴訟の提起は原則として執行停
止の効力を有しないとする行政事件訴訟法25条1項に明らかに反する上、本案訴訟の係属してい
る期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能にすることになり、出入国管
理行政を長期間停滞させて甚だしい打撃を与えることになるから到底容認し得ないと主張する。
また、退去強制令書の発付された外国人に対して、送還部分のみならず収容部分までその執行を
停止することになれば、正式に入国し適法に在留する外国人ですら、法により在留資格及び在留
期間の点で管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金の納付等の相当程度の制約が
存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規制を受けることがなく、全く放
任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となるが、このことは、裁判所が
強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事件訴訟法44条の趣旨に反
し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本的支柱たる在留資格制度
(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保証金納付等に対応する措置
を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の手段がないままに逃亡により退去強制令書の
執行を不能にする事態が出現することも十分に予想され、本件と同様に在留期間を経過して不法
に残留し、退去強制処分に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長
するものであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
しかし、本件処分の執行停止は、前記1及び2で説示したとおり、行政事件訴訟法25条所定の
要件の存在を判断した上でされるものであって、単に本案訴訟の提起及び係属のみを理由に安易
にされているものではない。また、本件執行停止制度が行政事件訴訟法上の制度である以上、そ
の制度を用いることは、同法が民事訴訟法上の仮処分を排除していることに何ら抵触するもので
もない。相手方がそのほかに主張するところは、いずれも退去強制令書の執行停止による一般的
な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であるし、本件において、本件退令に基
づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうかがわせる疎
明はない。
4 執行停止の期間について
前記2の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかの判断については、本
案事件の第一審判決の結論いかんにより影響を受けるものである。そして、本案事件の第一審判
決において申立人ら敗訴の判決が言い渡された場合でも、なお「本案について理由がないとみえ
るとき」に該当しないとまでいうことは困難であり、この点については、本案事件の第一審判決
の帰趨を待って改めて判断すべきものと解される。
しかして、本件退令に基づく執行の停止の期間は、執行停止期間満了時の円滑な事務処理の必
要性をも考慮し、本案事件の第一審判決言渡しの日から起算して10日限りとするのが相当であ
る。
5 以上によれば、本件申立てのうち、本件退令に基づく執行につき、本案事件の第一審判決の言
渡しの日から起算して10日後までの間その執行停止を求める部分は理由があるというべきであ
る。
6 結論
よって、本件申立ては、本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して10日後までの間につ
き本件退令に基づく執行の停止を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その
余の部分は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟法
7条、民事訴訟法61条、64条本文を適用して、主文のとおり決定する。

退去強制令書執行停止申立事件
平成13年(行ク)第143号
申立人:A、相手方:東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・村田斉志・廣澤諭)
平成13年12月27日
決定
主 文
一 相手方が平成一三年八月一三日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、
本案事件(当庁平成一三年(行ウ)第三一六号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の第一審判
決の言渡しの日から起算して一〇日後までの間これを停止する。
二 申立人のその余の申立てを却下する。
三 申立費用は、これを四分し、その一を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とする。
理 由
第一 当事者の申立て
一 申立ての趣旨
相手方が平成一三年八月一三日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、
本案事件(当庁平成一三年(行ウ)第三一六号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の判決が確
定するまでこれを停止する。
二 相手方の意見
本件申立てを却下する。
第二 前提となる事実
本件記録によれば、申立人の国籍及び生年月日、入国及び在留の経緯、家族状況並びに退去強
制手続の経過については、別紙記載のとおりの事実が一応認められる(以下における略語は、同
別紙記載のものと同様である)。
第三 申立の理由
本件申立ての理由の要点としては、申立人の法四九条一項の異議の申出に対して法務大臣が平
成一三年八月一三日付けでした裁決(以下「本件裁決」という。)は、原告とBとの婚姻が真摯な
ものであるのにこれを認識しなかったか、又は、同婚姻の事実を認識しつつ本件裁決に当たりそ
の事実を十分考慮せず、本来重要な要素として評価すべきではない不法残留、不法就労、外国人
登録法違反の事実を過大に評価した点で、法務大臣の裁量権の濫用ないし逸脱があり、夫婦関係
及び家族関係の尊重を定める憲法二四条二項、私生活等に対する恣意的又は不法な干渉を禁止す
る市民的及び政治的権利に関する国際規約一七条、家族及び婚姻の権利を保障する同規約二三条
一項及び二項、平等原則を定める憲法一四条に反する違法なものであり、これを前提する本件退
令発付処分は違法なものであり、また、相手方についても、上記と同様の婚姻関係についての事
実誤認等の点で本件退令発付処分における裁量権の逸脱又は濫用があって違法なものであり、取
り消されるべきであるから、本件は「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法
二五条三項)に当たらず、申立人には本件退令の収容部分及び送還部分のいずれについても回復
困難な損害を避けるために執行停止を求める緊急の必要性があり、この点について相手方の主張
する「通常損害基準論」は極めて不合理で理論的に維持し難く、裁判実務からも放逐されつつあ
るというものである。
第四 当裁判所の判断
一 「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法二五条二項)の要件
の有無について
 本件退令に基づく収容の執行について
ア 行政事件訴訟法二五条二項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る
損害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、
損害の性質・態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でな
いと認められる場合をいう。
本件退令に基づく収容により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることであ
るが、身柄拘束自体が個人の生命を奪うことに次ぐ人権に対する重大な侵害であり、精神的・
肉体的に重大な損害をもたらすものであって、その損害を金銭によって償うことは社会通念
上容易でないというべきである。元来、我が国の法体系下において、このように人権に重大
な制約を及ぼす行為を単なる行政処分によって行うこと自体が異例なのであるから、それに
直接携わる行政機関はもとより、その適否を審査する裁判所においても、この処分の取扱い
には慎重の上に慎重を期すべきであり、このことは執行停止の要件該当性の判断に当たって
も妥当するものというべきである。
その上、一件記録によれば、申立人は、平成九年九月ころからBと生計を一にするように
なり、申立人の土木業による収入を主とし、これにBのパート収入を加えて、申立人、B及び
Bの同居の子の生活を支え、平成一一年一二月一四日にBとの婚姻の届出を了し、その際直
ちにはBとその前夫との間の子に対する配慮から完全な同居には至らなかったものの、平成
一三年五月ころからは申立人とBが二人でキムチ販売業を始めたことやBの子においても申
立人との同居を受入れる素地ができたことから、同年六月からBとその子の住むアパートに
申立人も同居するようになったが、同年八月一三日に相手方から本件退令の発付を受け、同
日から収容されていることが一応認められ、申立人は、Bとの婚姻後、申立人とBの子との
間の関係の調整期間を置いてようやく同居に至って約二か月しか経過していないところで、
同居が不能とならざるを得ない事態を強制されることとなり、しかも、従前から申立人のみ
ならずB及びその子の生活は主として申立人の収入により支えられていて、同年五月ころに
申立人とBの二人で始めたばかりのキムチ販売業についても、申立人が本件退令発付処分に
より収容されることによって、Bにおける同事業維持のための負担が過重となっているもの
と認められるのであって、収容により申立人が受ける精神的ダメージや申立人との面会や本
件の訴訟手続等のために奔走していることがうかがわれるBの精神的・肉体的・経済的負担、
さらにはようやく同居することとなった申立人と引き離されたBの子と申立人との関係に対
する影響をも考慮すると、申立人が収容されていることにより、申立人とBの始めたキムチ
販売業が立ち行かなくなったり、申立人とBとの婚姻関係や申立人とBの子との関係に回復
し難い悪影響が及ぶ可能性もないとはいえず、こうした不利益によって生ずる損害は、後の
金銭賠償が不可能なものであるか、金銭賠償が一応可能であっても、社会通念上損害がなか
った原状を回復させることが容易でない損害であると認められる。
イ 相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分
の根拠法が、当該処分の結果として当然発生するものであることを予定しているものである
限り、受忍限度内のものとして行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」には
当たらないと主張し、法五二条五項にいう収容は、退去強制令書の発付を受けた者につき、
送還が可能になるまでの間、その身柄を確保するとともに、本邦内において在留活動を禁止
することをも目的とするものであるから、被収容者が収容されることにより生ずる何らかの
不利益は、退去強制令書の収容部分を執行されることにより通常生ずべき損害にすぎないも
のであり、回復の困難な損害には当たらないと主張する。 
しかし、行政事件訴訟法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がない(行
政事件訴訟法二五条一項)との原則を前提に、同原則の徹底により処分の結果として回復の
困難な損害を受け、後に本案について勝訴判決を得てもその効力が実効性をもたないことを
防ぐために執行停止の制度を設けたものであり、他方で、後に回復が容易な損害については
その回復の手続によって解決するものとしたのであるから、処分そのものや法が当然予定し
た損害であっても、そのことにより後の勝訴判決が実効性を持たない可能性がある場合に
は、執行停止の必要性を肯定すべきである。そして、回復が困難か否かとその損害が処分の
結果として当然発生するか否かは必ずしも一致するものではなく、処分の結果として当然発
生する損害であっても、回復が困難な場合はあるし、他方、処分の結果として法が予定して
いないものであっても、事後的な回復が容易な損害もあるから、処分の性質やその結果であ
る損害の性質、さらには申立人の事情等を考慮して、当該損害が回復困難な損害といえるか
否かを検討すれば足りるものである。行政事件訴訟法の文言も、当該処分の結果として当然
発生するものであることを予定している損害を排除しているものではないから、このような
解釈を妨げるものではない。相手方の主張は、法の規定しない新たな要件を設定しているに
等しく、到底採用できない。
ウ しかして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復する
ことが困難な損害を受ける蓋然性が高いものといわざるを得ない。
なお、上記のように退去強制令書に基づく収容による身柄拘束自体が行政事件訴訟法二五
条二項の「回復の困難な損害」に当たると解することに対しては、個別事情にかかわらず退
去強制令書の収容部分については常に同項の要件を充たすことになって同条一項の定める執
行不停止の原則に反するのではないかとの疑問が生じないでもない。
しかし、上記解釈は執行不停止を原則としつつも明文上の制度として定められた執行停止
の要件の解釈の問題であり、明文上の要件の一部について結果として類型的にこれを充足す
ることがあったとしても何ら法律上の原則を歪めるものでないことはもちろんである上、そ
もそも、退去強制令書に基づく身柄拘束については、前記のように我が国の法体系下におい
て、刑事手続においてすら身柄拘束のためには令状主義により司法審査を経ることが原則と
されていることに照らせば、司法審査を経ずに行政庁が行政処分として身柄拘束をすること
が許されていること自体で極めて例外的な制度であるといわざるを得ず、そのような類型の
処分についは、身柄拘束を伴う処分の執行停止の要件を充たす可能性が結果として類型的に
高くなるとしても、何ら不合理なことではない。
また、執行停止の要件としての「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」か否
か(行政事件訴訟法二五条二項)の判断については、処分が違法であることの疎明の程度が
高いときは申立人が違法に損害を被る可能性が高いから、これにより損害回避の必要すなわ
ち執行停止の必要性も高くなると考えられ、逆に、「本案について理由がないとみえるとき」
(同条三項)に当たるとまではいえないまでも、処分が違法であることの疎明が非常に低い程
度にとどまる場合には、執行停止が仮の措置であることに照らし、申立人において損害を甘
受すべき場合もあり得るというべきである(この点においては、保全処分における被保全権
利の疎明の程度と保全の必要性の相関関係に類似するものと考えられる。)。したがって、第
一次的には身柄の拘束がそれ自体で「回復の困難な損害」に当たるとしても、本案の勝訴の
見込みとの比較の結果、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件を
充たさないこととなる場合もあり得るのであって、身柄の拘束を伴う行政処分について常に
行政事件訴訟法二五条二項の要件が充たされることにはならないから、収容による身柄拘束
自体が「回復の困難な損害」に当たると解することは、何ら執行不停止の原則に抵触するも
のでもないし、同要件を蔑ろにするものでもない。
従前、退去強制令書発付処分に対する執行停止申立てがされた場合に、実務上、送還部分
に限って執行を停止し収容部分の執行を停止しないことが多かったが、これは、従前の事案
においては、退去強制事由の存在に争いがなく、本案の主たる争点を在留特別許可における
法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かに設定し、このため、いわば申立人の主張自
体からして勝訴の見込みが極めて限定され、しかも、仮に後記二のように主任審査官の裁
量権を前提とした考え方を採ったとしても、その事案の内容からして送還がやむを得ないと
うかがわれる事例に関するものが多かったことから、上記のように本案の勝訴の見込みとの
比較検討がされた結果によるものと考えられる。
エ そして、退去強制令書の発付については、後記二に述べるとおり、在留特別許可におけ
る法務大臣の裁量権の行使に濫用があったか否かはともかく、主任審査官には、退去強制令
書を発付するか否か、発付するとしていつこれを発付するかにつき裁量が認められると解す
べきであり、退去強制令書を発付された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める
訴訟において、退去強制事由の有無のほか、主任審査官の裁量の逸脱又は濫用についても同
処分の違法事由として主張し得ると解すべきであって、これを前提とすると、本件において
は、後記二のとおり、相手方が自らに裁量権があることを前提としてその行使に当たり本
件退令の発付により申立人に回復し難い損害が発生するおそれの有無及び程度等をどのよう
に考慮したのかについては定かでなく、そのような考慮が十分されたものであるかは疑わし
く、相手方が本件退令の発付に当たって考慮した事実には、社会通念に照らし著しい過誤欠
落があった可能性が少なからず認められるのであって、そうした過誤欠落がある場合には本
件退令の発付は違法といわざるを得ず、申立人については勝訴の見込みが相当程度あると考
えられ、こうした点で、本件は、上記のようなこれまでの実務が前提としていた事案の把握
や争点の設定とはその内容を異にするものであって、同列には取り扱えないものであるとい
うことができる。
 本件退令に基づく送還の執行について
本件において、本件退令に基づき申立人が韓国に送還された場合には、申立人の意思に反し
て申立人を送還する点で、申立人の居住地(国)選択の自由を制限するものであり、そのこと自
体が申立人にとって重大な損害となるほか、申立人と訴訟代理人との間で訴訟追行のための十
分な打合せができなくなるなど、申立人が本案事件の訴訟を追行することが著しく困難になる
ことは明らかである。また、仮に申立人が本案事件について勝訴判決を得ても、その送還前に
置かれていた原状を回復する制度的な保障はないことや、前記のとおり申立人については本案
事件において勝訴の見込みが相当程度あると考えられることをも考慮すれば、申立人は、本件
退令に基づく送還の執行により回復の困難な損害を被るものと認められ、本件については、こ
うした損害を避けるため本件退令に基づく送還の執行を停止すべき緊急の必要があるというべ
きである。
二 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法二五条三項)に該当するかどうかに
ついて
 本件の本案事件において、申立人は、本件退令発付処分の取消しを求めているところ、法
二四条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人について、法第五章(二七条ない
し五五条)に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めている。
いかなる場合に行政庁の裁量を認めるかの判断については、種々の見解があるにせよ、このう
ち法律の文言のみを基準とする立場に立たずとも、法律の規定の仕方が同判断の重要な要素と
なるべきことは論を待たず、法律の文言が「……することができる」と規定している場合には、
その裁量の範囲が全くの自由裁量が覊束裁量であるかの点を別とすれば、立法者が行政庁に対
して一定の幅の効果裁量を認める趣旨を表したものであると解するのは極めて一般的な見解で
ある。特に、本件の退去強制令書の発付処分のように侵害的行政行為であって同処分が第三者
に対する関係でも授益的な側面を持たない処分については、裁量の範囲自体は当該行政行為の
目的等に従って自ずと定まるにしても、上記の法律の文言を裁量を示すものと解することに何
らの支障もないということができる。したがって、法二四条が、退去強制に関する実体規定と
して、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かにつき担当行政庁に裁量
があることを規定しているものであることはその文言上明らかである。
他方、行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合にも行政庁は
これを行使しないことができるとの考え方が一般的である(行政便宜主義)。特に、外国人の出
入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序
を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必要最小限度にとどまるべ
きであると考えられている(警察比例の原則)。したがって、仮に形式的には法所定の処分要件
に該当する事実があったとしても、当該事実関係の下において処分を行わなくても実質的にみ
て公共の安全と秩序を乱すおそれがない場合はもちろん、そのおそれがある場合にも、事態を
放置することによって発生する弊害の程度が低く、かつ当該処分を行うことによって発生する
権利自由の制限がこれを大きく上回るときには、もはや行政庁はその権限を行使することがで
きないと解するのが相当である。
そのような観点から、法第五章の手続規定をみると、主任審査官の行う退去強制令書の発付
が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法
四七条四項、四八条八項、四九条五項)、退去強制についての実体規定である法二四条の認める
裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結
果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしていつこれを
発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはならないとの規
範も与えられているものというべきである。
また、このことは、退去強制手続において、入国警備官、入国審査官、特別審理官、法務大臣
の行う各行為に裁量があることを否定するものではなく、手続の各段階においてその行為の性
質に即した裁量が認められるべきことを前提とするものではあるが、就中、退去強制令書の発
付においては、単に退去強制事由の有無が問題とされるのではなく、初めて退去強制の執行方
法や送還先の指定をし、本邦から退去すべき義務を具体的に確定するものと解される点で、一
連の退去強制手続において法が退去強制手続を担当する行政庁に対して与えた裁量がいわば集
約されているものということができる。なお、法四九条の異議の申出について法務大臣が理由
がないと裁決した場合には、主任審査官は裁決に拘束されるのではないかとの疑問が生じない
でもない。しかし、この裁決は行政処分ではなく、単なる行政機関内部における裁決手続にす
ぎないと解すべきであるから、その決裁の趣旨が退去強制令書の発付を命ずる趣旨であるとし
ても、それは組織法上の義務を生じさせるにとどまり、そのことによって当該発付処分が適法
となるものではなく、これに客観的にみて裁量違反ないし比例原則違反の事実がある場合には
当該処分は違法といわざるを得ないのである。このことは、処分庁が事前に上級行政庁の決裁
を受けて行政処分をした場合一般に生ずることであり、何ら特異な現象ではない。
したがって、退去強制令書を発付された外国人は、退去強制令書発付処分の取消等を求める
訴訟において、退去強制事由の有無に加えて、これらの主任審査官の裁量の逸脱又は濫用及び
比例原則違反についても同処分の違法事由として主張し得るのであり、主任審査官が退去強制
令書を発付する時点における、これを発付しないことによって生ずる公共の秩序と安全への支
障とこれを発付することによって当該外国人とその家族に生ずる権利自由の制限に関する具体
的事実を前提として、主任審査官がした判断の過程に、社会通念に照らし、著しい過誤欠落が
あると認められる場合には、その裁量を逸脱又は濫用したものとして、また同時に比例原則に
違反するものとして、当該退去強制令書の発付が違法なものとなるというべきである。
 このように解することに対しては、法四七条四項、四八条八項及び四九条五項が、容疑者が
入国審査官の認定若しくは特別審理官の判定に服したとき又は法務大臣から異議の申出が理由
がないと裁決した旨の通知を受けたときは、主任審査官は「退去強制令書を発付しなければな
らない」と規定していることから、主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量
の余地はなく、比例原則に違反するときにもこれを発付するほかないのではないかとの疑問が
生じないでもない。
しかしながら、退去強制手続は、原則として容疑者たる外国人の身柄を収容令書により拘束
していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中
断し、放置することを許さないように、法四七条一項、四八条六項及び四九条四項において、そ
れぞれ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなけれ
ばならない」ことを定めるとともに、法四七条四項、四八条八項及び四九条五項においては、退
去強制に向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」とし
て主任審査官の義務として規定を置いたものと解され、これらの規定と法二四条を併せて解釈
すれば、実体規定である法二四条において退去強制につき前記効果裁量及び時の裁量を認めて
いる以上、主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮をしてもなお退去
強制手続を進めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せ
ず、法の定める次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべき
であって、裁量判断の結果、手続を進めるべきではないと判断した場合には、その時点で容疑
者を放免することができるし、比例原則違反の事実があると判断した場合には、むしろ容疑者
を直ちに釈放すべき義務があると解すべきである。法二四条と法四七条四項、四八条八項及び
四九条五項の規定が一見矛盾するようにみえないでもないが、法の解釈は、極力合理的な解釈
方法により関連規定が体系的な整合性を持つように行うべきものであり、上記のように法の各
規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付についての裁量を認
め、かつ比例原則違反を考慮した行動を求めることは、法四七条四項、四八条八項及び四九条
五項の各規定と何ら矛盾するものではない。
 以上を前提に、本件において、「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうか
を検討するに、申立人は、法務大臣が申立人に対して在留特別許可をせずに法四九条三項の裁
決をしたことが法務大臣の裁量の逸脱又は濫用に当たり違法であり、同裁決に基づく本件退令
発付処分も違法である旨及び相手方についても申立人とBとの婚姻関係についての事実誤認等
の点で本件退令発付処分における裁量権の逸脱又は濫用があって違法なものである旨主張して
いるところ、本件退令発付処分の違法事由として法務大臣の裁決の違法を主張し得るか否かや
申立人の主張する事由が法務大臣の裁決の違法事由となるか否かはともかくとして、申立人が
法務大臣の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事情として主張する事実は、上記主任審査官の裁
量の逸脱又は濫用を基礎づける事実となり得るものであるから、本件で「本案について理由が
ないとみえるとき」に該当するかどうかを検討するに当たっては、申立人が本件裁決の違法事
由として主張する事実をも主任審査官の裁量の逸脱又は濫用を基礎づける事実としても検討す
べきである。
そして、前記第二の前提となる事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。
ア 申立人は、平成四年五月一四日に、在留資格「短期滞在」、在留期間一五日間の上陸許可を
受けて本邦に入国したが、その後まもなく、資格外活動許可を受けることもないまま不法就
労をし、在留期限である同月二九日を超えて本邦に不法残留していたところ、平成九年三月
ころ、日本人であるBと知り合って、同年六月ころから同人との交際を始めた。
イ 申立人は、平成九年九月三〇日に、勤務先の寮を出て、Bの友人が賃貸するアパートに転
居したが、その際、Bが賃貸借契約上の賃借人となり、申立人を住まわせた。このころから、
申立人は、その収入をBに渡し、申立人の土木業に従事した収入を主とし、これにBのパー
ト収入を加えて、申立人、B及びBの前夫との子のうちBと同居している二人の生活費のや
りくりをすることにより申立人とBがその生計を一にするようになり、申立人とBは、平成
一一年一二月一四日に婚姻の届出を了した。Bには、前夫との間に三人の子があり、申立人
との交際を始めたころから順次申立人と子らを引き合わせ、独立して生計を別にしている長
男からは申立人との婚姻につき祝福を受けていたが、二男及び三男は直ちに申立人との婚姻
及び同居を受け入れることはできず、申立人は、Bとの婚姻後直ちには二男及び三男に対す
る配慮から同居をしなかった。しかし、申立人が夕食を頻繁にB宅でとったり、Bが申立人
宅で食事の支度をしたりするうちに、二男も申立人とBの婚姻を受け入れ、また、平成一二
年には二男は勤務先の寮に転居することとなった。
ウ 申立人は、平成一三年五月ころ、Bと二人でキムチ販売業を始め、そのころまでには、時に
は申立人がBの三男と二人で外出をするなどして、三男が申立人との同居を受入れる素地が
できたことから、同年六月からBとその子らの住むアパートに由立人も同居するようになっ
たが、同年八月一三日に相手方から本件退令の発付を受け、同日から収容されている。
エ Bは、申立人が収容された後も、申立人と頻繁に面会し、申立人の放免に向けて助力をし
ており、Bの子らや兄弟等の親族も申立人とBとの婚姻に理解を示し、申立人が放免される
ことを強く望んでいる。
これらの事実によれば、申立人とBとの婚姻関係は真摯なものと認められ、申立人につい
ては、本件退令発付の時点において、実質的には「日本人の配偶者等」としての在留活動があ
ったものということができる。
他方、申立人に対する法違反調査においては、申立人とBとの関係について事情が聴取さ
れたり、婚姻届出がされていることが確認されていながら、相手方は、本件において、申立人
が本邦への入国直後から不法就労し、八年間以上も不法残留をしていて、外国人登録法上の
新規登録の申請も本邦入国後約七年七か月後であったことを捉え、「申立人とBとの婚姻関
係がいかなるものであったにせよ、申立人の素行は著しく不良であり、出入国管理上も極め
て悪質であることから、法務大臣は、申立人について特別に在留を許可すべき事情があると
は認められないと判断し」たもので、日本人との婚姻等の事実の存在をもって直ちに法務大
臣の裁決がその裁量権の範囲の逸脱又は濫用によるものであるとすることはできない旨を主
張する。
確かに、不法残留及び不法就労の点は、出入国管理上は容易に看過し難いものであるが、
疎明資料によると、申立人は、平成四年に本邦に入国して以来、Bとキムチ販売業を始める
までは土木作業員として働いていたところ、これまでの間、不法残留・不法就労、外国人登
録法違反の他に特段の法律に違反する行為をしたこともないことが一応認められるのである
から、その素行が著しく悪質であるとの認定には疑問がある。また、疎明資料によると、申立
人は、当初は土木作業員として働いていたが、平成一三年五月からBとともにキムチ販売業
を始め、徐々にその販売先を拡大してきていたところであることが一応認められ、その就労
状況が我が国の労働市場に悪影響をもたらしているとも認め難い。その上、相手方が、退去
強制令書を発付するか否か、発付するとしていつ発付するかにつき、自らに与えられた裁量
の範囲において、申立人とBとの婚姻関係につきその別居の理由や同居に至る経緯を含め同
婚姻関係がどの程度真摯なものかの点、さらには、これを踏まえ、本件退令の発付が申立人
とBとの婚姻関係及び申立人とBの子との関係に及ぼす悪影響等、本件退令の発付により申
立人及びBに回復し難い損害が発生するおそれの有無及び程度等をどのように考慮したのか
については定かでなく、むしろ相手方の上記主張からは、そのような考慮が十分されたもの
であるかは疑わしいというべきである。そうであるならば、相手方は、本件退令の発付に当
たって、申立人を在留させた場合における本邦への弊害を過大評価していた疑いがある上、
本件退令の発付により申立人ひいては我が国の国民であるBにいかなる損害が生ずるかにつ
いての考慮を欠いていた可能性も否定できず、その判断過程には、社会通念に照らし著しい
過誤欠落があった可能性が高いばかりか、その判断が比例原則に反する可能性も高い。
こうした点にかんがみれば、本件退令の発付については、少なくとも本案の審理を待たず
に同裁量の逸脱又は濫用がなく、比例原則違反の事実もなかったと断ずることは困難であ
り、本件退令の発付処分が違法となる可能性が低いとも言い難いのであって、本件について
は、申立人のその余の主張について検討するまでもなく、「本案について理由がないとみえる
とき」に該当するとは認められない。 
三 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法二五条三項)に該当す
るかどうかについて
相手方は、退去強制令書の収容部分の執行停止につき、退去強制令書の発付された外国人に対
して、収容部分の執行を停止することになれば、正式に入国し適法に在留する外国人ですら、法
により在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法五四条が定める仮放免についても、保証金の
納付等の相当程度の制約が存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規制を
受けることがなく、全く放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となる
が、このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事
件訴訟法四四条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本
的支柱たる在留資格制度(法一九条一項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保
証金納付等に対応する措置を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の手段がないままに
逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態が出現することも十分に予想される旨主張し、
また、送還部分の執行停止については、退去強制令書の発付を受けた者が抗告訴訟を提起し、併
せて退去強制令書の執行停止を申し立てた場合、単に本案訴訟の提起及び係属を理由に、安易に
退去強制令書に基づく送還の執行停止を認めるとすれば、本案訴訟の提起は原則として執行停止
の効力を有しないとする行政事件訴訟法二五条一項に明らかに反する上、本案訴訟の係属してい
る期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能にすることになり、出入国管
理行政を長期間停滞させて甚だしい打撃を与えることになるから到底容認し得ないと主張し、こ
のような事態を招く退去強制令書の執行の停止は、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留
し、退去強制処分に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長するも
のであるから、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
しかし、執行停止制度が行政事件訴訟法上の制度である以上、その制度を用いることは、同法
が民事訴訟法上の仮処分を排除していることに何ら抵触するものではないし、本件処分の執行停
止は、前記一及び二で説示したとおり、行政事件訴訟法二五条所定の要件の存在を判断した上で
されるものであって、単に本案訴訟の提起及び係属のみを理由に容易にされているものでもな
い。また、相手方がそのほかに主張するところは、いずれも退去強制令書の執行停止による一般
的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であるし、本件において、本件退令に
基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうかがわせる
疎明はない。
四 執行停止の期間について
前記二の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかの判断については、本
案事件の第一審判決の結論いかんにより影響を受けるものである。そして、本案事件の第一審判
決において申立人敗訴の判決が言い渡された場合でも、なお「本案について理由がないとみえる
とき」に該当しないとまでいうことは困難であり、この点については、本案事件の第一審判決の
帰趨を待って改めて判断すべきものと解される。
しかして、本件退令に基づく執行の停止の期間は、執行停止期間満了時の円滑な事務処理の必
要性をも考慮し、本案事件の第一審判決言渡しの日から起算して一〇日限りとするのが相当であ
る。
五 結論
よって、本件申立ては、本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して一〇日後までの間に
つき本件退令に基づく執行の停止を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、そ
の余の部分は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟
法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり決定する。

退去強制令書執行停止申立事件
平成14年(行ク)第3号
申立人:A・B、相手方:東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・村田斉志・廣澤諭)
平成14年3月1日
決定
主 文
一 相手方が平成一三年一二月二七日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行
は、本案事件(当庁平成一三年(行ウ)第二九〇号収容令書発付処分取消請求事件・平成一四年(行
ウ)第四号追加的併合事件)の第一審判決の言渡しの日から起算して一〇日後までの間これを停
止する。
二 申立人のその余の申立てを却下する。
三 申立費用は、これを四分し、その一を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とする。
理 由
第一 当事者の申立て
一 申立ての趣旨
相手方が平成一三年一二月二七日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行
は、本案事件(当庁平成一三年(行ウ)第二九〇号収容令書発付処分取消請求事件・平成一四年(行
ウ)第四号追加的併合事件)の判決が確定するまでこれを停止する。
二 相手方の意見
本件申立てを却下する。
第二 前提となる事実
本件記録によれば、申立人の国籍、入国状況、申立人に対する退去強制手続の経過については、
別紙二記載のとおりの事実が一応認められる(以下における略語は、同別紙記載のものと同様で
ある。)。
第三 申立ての理由
本件申立ての理由の要点としては、法務大臣が、申立人は難民であるのに申立人のした難民認
定申請を認めず、申立人の法四九条一項の異議の申出に対して、在留特別許可を認めずに同異議
の申出に理由はない旨の本件裁決をしたところ、申立人は難民であるのに申立人を難民に該当し
ないと判断した法務大臣の判断には重大かつ根本的な事実誤認による裁量権の逸脱濫用があり、
申立人に対し法四九条一項の異議の申出に理由がないとの裁決を行うことは、申立人を本国に送
還することを是認する処分であるというべきであるから、難民を迫害のおそれのある国に送還す
ることを禁じた難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)三三条一項、法五三条三項
に違反していて(ノン・ルフールマン原則違反)、本件裁決は違法であり、これを前提とする本件
処分は違法なものである上、本件裁決及び本件処分に至る手続にも重大な瑕疵があり、また、本
件処分についても、送還先をアフガニスタンとする点でノン・ルフールマン原則違反があり、ア
フガニスタンに対する送還の目処が立たないにもかかわらず無期限長期収容を前提として同処分
をした点で違法であり、さらに相手方独自の裁量権についても逸脱濫用があり、違法なものであ
って、本件処分は取り消されるべきであるから、本件は「本案について理由がないとみえるとき」
(行政事件訴訟法二五条三項)に当たらず、申立人には本件退令の収容部分及び送還部分のいずれ
についても回復困難な損害を避けるために執行停止を求める緊急の必要性があり、この点につい
て相手方の主張する「通常損害基準論」は極めて不合理で理論的に維持し難く、裁判実務からも
放逐されつつあるというものである。
第四 当裁判所の判断
一 「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法二五条二項)の要件
の有無について
 本件退令に基づく収容の執行について
ア 行政事件訴訟法二五条二項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって被る
損害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、
損害の性質・態様にかんがみ、損害がなかった原状を回復させることは社会通念上容易でな
いと認められる場合をいう。
本件退令に基づく収容により申立人が被る損害は、収容による身柄拘束を受けることであ
るが、身柄拘束自体が個人の生命を奪うことに次ぐ人権に対する重大な侵害であり、精神的・
肉体的に重大な損害をもたらすものであって、その損害を金銭によって償うことは社会通念
上容易でないというべきである。元来、我が国の法体系下において、このように人権に重大
な制約を及ぼす行為を単なる行政処分によって行うこと自体が異例なのであるから、これに
直接携わる行政機関はもとより、その適否を審査する裁判所においても、この処分の取扱い
には慎重の上に慎重を期すべきであり、このことは執行停止の要件該当性の判断に当たって
も妥当するものというべきである。
なお、相手方は、申立人が収容されている東日本センターの設備、衛生状況及び処遇状況
を具体的に指摘し、それらに問題がないことを主張するが、上記の説示は、そのような施設
内の状況がどのようなものであっても、その施設から外部に出ることを禁じていること自体
を問題としているのであって、相手方が施設内部の状況についていかに意を用いようと結論
を左右するものではない。
以上の点からすれば、申立人が収容されていることによって生ずる損害は、後の金銭賠償
が不可能なものであるか、金銭賠償が一応可能であっても、社会通念上損害がなかった原状
を回復させることが容易でない損害であると認められる。
イ また、後記認定のとおり、申立人は、難民としての保護を受けるべき地位にあると一応認
められるから、たとえ我が国に不法に入国したものであったとしても、難民条約三一条二項
により、第三国への入国許可を得るために妥当と認められる期間の猶予及びこのために必要
なすべての便宜を与えられるべき地位にあることとなる。ところが、仮に本件退令によって
収容がされると、第三国への入国許可を得るための活動が阻害されることが明らかであり、
申立人の置かれている不安定な地位に照らすと、このような活動が一日でも阻害されること
は申立人に計り知れない精神的苦痛を与えるばかりか、自己の希望する国への入国の機会を
失うなどまさに回復し難い損害を受けるおそれがあると認められる。
その上、一件記録によれば、申立人は、平成一三年一〇月三日から同年一一月九日までの
三八日間収容された後、当裁判所の執行停止決定に基づき、同年一二月二一日に再び収容さ
れるまでの間、一時的に収容を解かれたところ、同年一一月二一日に、精神科医であるB医
師による診察を受けており、同医師による「SDS(自己診断式うつスコア)」、「GHQ(総合健
康質問用紙)」、「バウム・テスト」、「ロールシャッハテスト」等に基づく診断の結果、「急性ス
トレス障害」に相当する中程度のATSD(急性心的外傷ストレス障害)に罹っているとされ、
同医師の所見では、放置されれば早い段階(約二、三週間)でPTSD(心的外傷後ストレス障害)
になっていく可能性があり、アフガニスタンへの送還や入国管理局への収容は、現状の症状
をさらに悪化させ、著しい心身の健康を阻害する可能性が高く、場合によっては重度の精神
障害や、自殺企図などの行動がみられ、生命の危機にさえつながる可能性があるとされてい
ること(《証拠略》)、申立人が、平成一三年一二月二一日の再収容以降少なくとも六日間は、
薬を飲む際の水分以外の食物、飲物を一切摂取できておらず、同月二五日までの五日間で約
三・五キログラム体重が減少し、同月二八日に、収容先である東日本センターで面接を行っ
た山村淳平医師の診察によれば、急性心的外傷後ストレス障害、それによるうつ状態、筋緊
張性頭痛と診断され、同人が、不眠、食欲不振、頭痛の症状に加え、体重減少、腹部痛、全身
の痛み、幻覚症状といったもの等を訴えていたことが一応認められるのであるから、「収容に
特段の支障があるとは認められない」との相手方の主張は採用できない。
ウ 相手方は、行政処分又は行政処分の執行自体により発生する損害について、当該行政処分
の根拠法が、当該処分の結果として通常発生するものであることを予定しているものである
限り、受忍限度内のものとして行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」には
当たらず、処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性とこれを執行することに
よって申立人が被るおそれのある損害とを総合考慮し、前者を一時的に犠牲にしてもなお後
者を救済しなければならない程度の損害か否かの観点から検討すべきであるとし、退去強制
令書発付処分に基づく収容においては、収容の執行自体により発生する損害が収容に通常伴
う程度のものにとどまる場合には、退去強制令書の発付を受けた者を送還するために身柄を
確保し、本邦内での活動を制限するという行政目的を達成するためにやむを得ない損害とし
て、行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害」に該当しないというべきである
と主張する。
しかし、行政事件訴訟法は、処分取消しの訴えが提起されても処分の効力に影響がない(同
法二五条一項)との原則を前提としつつも、同原則の徹底により処分の結果として回復の困
難な損害を受け、後に本案について勝訴判決を得てもその効力が実効性をもたないことを防
ぐために執行停止の制度を設けたのであるから、処分そのものや法が当然予定した損害の発
生が予想されるにとどまる場合であっても、そのことにより後の勝訴判決が実効性を持たな
い可能性がある場合には、執行停止の必要性を肯定すべきである。このような観点からする
と、この要件の有無については、処分の性質やその結果である損害の性質、さらには申立人
の事情等を考慮して、当該損害が回復困難な損害といえるか否か自体を検討すれば足りると
いうべきである。行政事件訴訟法の文言も、当該処分の結果として当然発生するものと予定
されている損害を排除しているものではないから、このような解釈を妨げるものではない。
相手方の主張は、法の規定しない新たな要件を設定しているに等しく、到底採用できない。
また、相手方が、行政目的の達成の必要性をも考慮すべきである旨主張する点については、
「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法二五条二項)との
要件を定める文言からして同主張自体理解し難いものであるし、行政事件訴訟法が執行停止
について別に「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」との消極的要件を定めていること
からしても、法が定める積極要件に法の定めのない限定を加えるものというほかない(この
点について相手方の引用する杉本良吉・行政事件訴訟法の解説の記載は、法の定める積極要
件と消極要件の双方を勘案して執行停止の許否を定めるべきという趣旨にも解される上、比
較衡量の対象が「公共の福祉」とされており、相手方の主張するような「行政目的の達成の必
要性」との記載がなく、同じく相手方の引用する「行政事件訴訟法に基づく執行停止をめぐ
る実務上の諸問題」(司法研究報告書第三四輯第一号)の記載も同様である。また、行政処分
を定める行政実体法は、行政目的達成のために行政処分をする権限を行政庁に付与するもの
であり、その立法に当たっては、当該処分の相手方に通常生ずる損害は当然に想定した上、
それでもなお行政目的達成のためには行政処分をすることが必要であるとの考慮がされてい
るのが通常である。したがって、このことを前提として相手方の主張を採用すると、結局、当
該処分によって通常生ずる損害は「回復の困難な損害」には該当しないとの考え方に立つこ
ととなるが、このような考え方が採用できないことについては、上記のとおりであるし、相
手方の引用する上記司法研究報告書四九頁から五〇頁も指摘しているところである。)。
エ しかして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復する
ことが困難な損害を受ける蓋然性が高いものといわざるを得ない。仮に、本件において、行
政目的の達成の必要性をも考慮すべきである旨の相手方の上記主張を前提とするとしても、
現時点において申立人を収容しなければ将来の退去強制の執行などの行政目的に支障が生ず
ることについて、具体的なおそれの有無を検討することなく、相手方が主張するような抽象
的かつ一般的なおそれを指摘するのみで、単なる行政処分で身柄拘束という重大な人権侵害
行為を行い、かつ、その執行停止を認めないことには、憲法上の問題も生じかねず、この点に
ついて具体的な支障が生ずることの疎明がない本件においては、申立人には事後的に回復す
ることが困難な損害を受ける蓋然性が高いものというほかない。
オ なお、上記のように退去強制令書に基づく収容による身柄拘束自体が行政事件訴訟法二五
条二項の「回復の困難な損害」に当たると解することに対しては、個別事情にかかわらず退
去強制令書の収容部分については常に同項の要件を充たすことになって同条一項の定める執
行不停止の原則に反するのではないかとの疑問が生じないでもない。
しかし、上記解釈は執行不停止を原則としつつも明文上の制度として定められた執行停止
の要件の解釈の問題であり、明文上の要件の一部について結果として類型的にこれを充足す
ることがあったとしても何ら法律上の原則を歪めるものでないことはもちろんである上、そ
もそも、退去強制令書に基づく身柄拘束については、前記のように我が国の法体系下におい
て、刑事手続においてすら身柄拘束のためには令状主義により司法審査を経ることが原則と
されていることに照らせば、司法審査を経ずに行政庁が行政処分として身柄拘束をすること
が許されていること自体で極めて例外的な制度であるといわざるを得ず、そのような類型の
処分については、身柄拘束を伴う処分の執行停止の要件を充たす可能性が結果として類型的
に高くなるとしても、何ら不合理なことではない。
また、執行停止の要件としての「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」か否
か(行政事件訴訟法二五条二項)の判断については、処分が違法であることの疎明の程度が
高いときは申立人が違法に損害を被る可能性が高いから、これにより損害回避の必要すなわ
ち執行停止の必要性も高くなると考えられ、逆に、「本案について理由がないとみえるとき」
(同条三項)に当たるとまではいえないまでも、処分が違法であることの疎明が非常に低い程
度にとどまる場合には、執行停止が仮の措置であることに照らし、申立人において損害を甘
受すべき場合もあり得るというべきである(この点においては、保全処分における被保全権
利の疎明の程度と保全の必要性の相関関係に類似するものと考えられる。)。したがって、第
一次的には身柄の拘束がそれ自体で「回復の困難な損害」に当たるとしても、本案の勝訴の
見込みとの比較の結果、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件
を充たさないこととなる場合もあり得るのであって(本件の場合は、後記のとおり、申立人
が難民である蓋然性が相当程度あり、そのことを前提とすると、これを考慮しないままにさ
れた本件収容は違法といわざるを得ないから、本案の勝訴の見込との比較の結果においても
「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」との要件を充たすことに変わりは
ない。)、身柄の拘束を伴う行政処分について常に行政事件訴訟法二五条二項の要件が充たさ
れることにはならないから、収容による身柄拘束自体が「回復の困難な損害」に当たると解
することは、何ら執行不停止の原則に抵触するものでもないし、同要件を蔑ろにするもので
もない。
 本件退令に基づく送還の執行について
本件において、本件退令に基づき申立人がアフガニスタンに送還された場合には、申立人の
意思に反して申立人を送還する点で、そのこと自体が申立人にとって重大な損害となるほか、
申立人と訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打合せができなくなるなど、申立人が本
案事件の訴訟を追行することが著しく困難になることは明らかである。また、仮に申立人が本
案事件について勝訴判決を得ても、その送還前に置かれていた原状を回復する制度的な保障は
ないことや、前記のとおり申立人については本案事件において勝訴の見込みが相当程度あると
考えられることをも考慮すれば、申立人は、本件退令に基づく送還の執行により回復の困難な
損害を被るものと認められ、本件については、こうした損害を避けるため本件退令に基づく送
還の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。
二 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法二五条三項)に該当するかどうかの
判断のあり方
相手方は、この「本案について理由がないとみえるとき」とは、双方から提出された疎明方法に
照らして、本案に関する申立人の主張が一応理由なしと認められるときという意味であるとして
いる(なお、相手方は、前掲司法研究報告書の五九頁を参照すべきものとしてしているが、同頁に
は相手方の主張と同旨の記載はなく、相手方の主張は同文献一一七頁の記載を引用するものと思
われる。)。しかし、このような解釈を採ると、ほとんどの事案において、この要件を充たさず執行
停止が認められないこととなりかねないのであって、法が、行政事件訴訟法二五条二項本文にお
いて、まず処分等によって回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合には処分等の執行
の停止等ができることを定めた上、同項ただし書において、前記要件を定めており、この要件を
いわば原則に対する例外と位置づけていることに反するものというほかない。むしろ、この点に
ついては、前記文献の五九頁に記載されているように「本案について原告が主張する事情が法律
上理由がないとみえ、又は事実上の点について疎明がないとき」と解すれば足りるのであり、後
記認定のように本案の慎重な審理を経ずして相手方に裁量権の逸脱濫用がなかったと断ずること
が困難な場合には、この要件を充たすものというべきである。 
また、相手方は、上記主張をするに当たり、本件申立てについて相手方が「時間的余裕もないま
ま、限られた資料により疎明しなければならない」ことを、その理由として主張する。しかし、本
件処分は、申立人の身柄を拘束し、かつその意に反して国外へ送還するという重大な効果をもた
らすものであるし、慎重な判断をしている時間的余裕がなかったことをうかがわせるに足りる事
情も見当たらないから、その処分要件はもとより申立人が主張する難民該当性の点についても十
分な資料を収集し、少なくとも責任ある行政庁として自己の判断に誤りがないとの確信をもって
はじめて処分権限を行使すべき事案であって、そのような検討を経て処分を行っているならば、
執行停止の申立てがされた際には、既に収集した一件資料を裁判所に提出するとともに、処分時
に行った判断の過程を書面として主張すれば足りるのであるから、相手方の上記主張は不可解と
いわざるを得ない。
三 本件退令の送還部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否か
 前記二の説示を前提に本件の同要件該当性を検討するに、申立人は、前記第三のとおり、本
案事件において、本件処分の取消しを求める理由の一つとして、本件退令において送還先をア
フガニスタンとしたことが難民を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民条約三三
条一項、法五三条三項のノン・ルフールマン原則に違反している旨主張して本件処分の取消し
を求めている。したがって、申立人が難民であると認められる場合には、本件退令において難
民である申立人の送還先を迫害のおそれのあるアフガニスタンとした点でノン・ルフールマ
ン原則違反があることとなり、少なくとも本件処分の送還部分が違法となり得るものであるか
ら、まず、申立人の難民該当性について検討する。
 疎明資料によれば、申立人の出身国であるアフガニスタンの情勢及び申立人につき、次の事
実が一応認められる。
ア アフガニスタンにおいては、現在の最大規模の民族であるパシュトゥーン人と、一八〇〇
年代まで自国を有していたハザラ人との間で民族的対立があったほか、パシュトゥーン人と
他の少数民族との対立、タジク人とハザラ人との対立などの少数民族間の対立や、イスラム
教スンニ派とイスラム教シーア派との対立も重なって、根深い対立が続いている。
イ 昭和五四年(一九七九年)一二月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、ソ連の支援下で共産
主義のカルマル政権が成立したが、イスラム原理主義を中心とするムジャヒディーン(イス
ラム聖戦士達)がソ連及びカルマル政権に対する抵抗運動を開始し、以後、内戦状態となっ
た。昭和六一年(一九八六年)五月には、カルマルからナジブラへと政権が引き継がれたが、
平成元年(一九八九年)二月にソ連軍が撤退し、平成四年(一九九二年)四月にはナジブラ政
権は崩壊して、ムジャヒディーン各派による連立政権が成立し、ムジャヒディーン各派間で
の主導権争いにより内戦が激化した。
ウ 平成五年(一九九三年)二月には、当時のアフガニスタン政権における大統領であったグ
ルバディン・ラバニとその指示を受けたアーマド・シャー・マスード(以下「マスード将軍」
という。)に率いられたタジク人イスラム教スンニ派のグループであるイスラム協会と、アブ
ドゥル・ラスル・サヤフ(以下「サヤフ」という。)の率いるアフガニスタン解放イスラム同
盟が、カブール西部を急襲してハザラ人を多数殺害した。
平成七年(一九九五年)三月には、マスード将軍の率いるイスラム協会のグループが、ハザ
ラ人や他党派の居住する区域を占拠し強奪などを行った。
エ 平成八年(一九九六年)九月末、南部より勢力を拡大したイスラム原理主義の新興勢力タ
リバンが首都カブールを制圧して暫定政権の樹立を宣言し、以後、タリバンに反抗するムジ
ャヒディーン各派のイスラム協会(マスード将軍などスンニ派のタジク人を指導者や有力者
としている。)、アフガニスタン・イスラム統一党(ハザラ人に支持されるシーア派のグルー
プ。)、アフガニスタン国民イスラム運動(ウズベク人を主体とする。)及びアフガニスタン解
放イスラム同盟(サヤフが率いている。)の四大勢力の統一戦線とタリバンとの内戦が続いた。
統一戦線は、タリバンによりカブールを追われた政府であるアフガニスタン・イスラム国(以
下「旧政府」という。)を支持しており、旧政府の最高指導者であるグルバディン・ラバニが
統一戦線の形式上の指導者とされていた。タリバンは、平成一三年一〇月ころには国土の九
割を掌握しており、アフガニスタンを実質的に支配していた。タリバンは、パシュトゥーン
人を主体としており、宗教としてはイスラム教スンニ派を信仰する者が多かったことから、
人種又は宗教等を理由として、少数民族であるハザラ人、タジク人、ウズベク人などを迫害
し、特に、ハザラ人の多くがイスラム教シーア派であることから、ハザラ人に対しては、組織
的な殺害を含む迫害を加えていた。
オ しかし、米国におけるいわゆる同時多発テロを契機とした米英軍の空爆と統一戦線による
攻撃により、タリバンは、首都カブールから駆逐され、その勢力は崩壊するに至った。
カ その後、アフガニスタン暫定政権が、平成一三年一二月二二日に発足し、我が国は同月
二〇日、同月二二日付けで同政権を承認した。同暫定政権は、パシュトゥーン人のハミド・
カルザイ元外務次官を首相に相当する議長とし、合計三〇人の閣僚で構成され、うち一一人
がパシュトゥーン人、八人がタジク人、五人がハザラ人、三人がウズベク人、その他が三人で
ある。
キ 暫定政権成立後のアフガニスタンについては、パキスタン等の隣国に逃れていた避難民の
大量帰国を報じる新聞報道もある一方で、治安の悪化を懸念する報道もされており、さらに
は、暫定政権の成立に向けた交渉過程で、ラバニ元大統領派のタジク人が政権の要職を占め
つつあったことに対して、ウズベク人の指導者であるドスタム将軍やクルド人の指導者であ
るイスマイル・カーン司令官が暫定行政機構への参加を一時見送ろうとしたことや、暫定行
政機構の中心となっているパシュトゥーン人については、以前にあった部族有力者らの腐敗
と権力闘争が再燃するおそれがあることなどから、暫定行政機構には全土統一を達成できる
だけの軍事力もなく、カリスマもイデオロギーもないとして、タリバンによる政権掌握前の
内戦状態に後戻りすることを危惧する報道もされている。
ク 申立人は、四・五歳ころから西カブールのブルソフダというハザラ人居住地域に居住して
いたが、同地では、一九九二年のナジブラ政権の崩壊直後から、ムジャヒディン各派間の内
戦が激しくなり、同年半ばころからは、イスラム協会がサヤフ派と連合し、ハザラ人居住地
区に総攻撃を始め、これにイスラム統一党が反撃したころから、大きな戦闘が繰り広げられ
た。
申立人ら家族は、五ヶ月半ほど自宅の地下室などで暮らしたが、その間、ハザラ人であれ
ば、西カブール地区を出るだけで、逮捕拘留されたり、拷問されたり、厳しく尋問されたりす
る状態が続いた。また、申立人の父は資産家として有名であったことから、ムジャヒディン
各派の兵士から金員や財産の供出を迫られたりした。五ヶ月半の間には大きな戦いが二度あ
り、二度目の戦闘の際には住宅街にも戦闘が及ぶなど戦闘地域が拡大したことから、申立人
ら家族はマジャリシャリフに逃れた。
ケ 一九九六年には、タリバンがカブールを制圧し、マザリシャリフに迫り、そのころ、申立人
の父は、イスラム統一党の兵士からの金員の供出の命令を断り一週間拘禁され、金員を払っ
てようやく釈放されたりしていた。そのため、申立人の父は、申立人に、タリバンのマザリシ
ャリフヘの進撃は時間の問題であるため、国外に逃げるよう言った。そこで申立人は、父の
友人のつてをたどり、アラブ首長国連邦の会社で働くこととなり、基本的にUAEと日本に三
ヶ月ずつ滞在し、中古車部品を調達し販売するという生活をした。
コ 申立人が、アラブ首長国連邦と日本を往復しながら生活している間、家族はタリバンのマ
ジャリシャリフ制圧に伴うハザラ人に対する迫害の激化により、一九九九年から二〇〇〇年
ころにカブールへと移動した。
サ 二〇〇一年三月ころに至り、後記のとおり、アフガニスタン人に対する我が国のビザ発
給数が減少したことなどから、申立人は勤務していたアラブ首長国連邦の会社から解雇さ
れ、同国での在留資格を失ったため、家族の住むカブールに帰らざるを得ないこととなり、
二〇〇一年五月ころにパキスタン経由でカブールに帰国した。しかし、そこでも、タリバン
によりハザラ人が、ハザラ人であるという理由だけで逮捕され、勾留され、強制労働をさせ
られ、殺されるのを目撃し、再度アフガニスタンを逃れるしかないと考え、旅券更新のため
に内務省旅券事務所に行ったところ、当局から住民票が必要であるからカブール市の第六地
区の警察署に行くように言われ、内務省旅券事務所から第六地区警察署に宛てたその旨の依
頼書様の手紙を渡された。申立人は、警察署に行くことに恐怖を覚えたものの、パスポート
更新の際に身柄を拘束されたハザラ人の話を聞いたことがなく、内務省発行の手紙をもって
いたことから、翌日、第六地区警察署に向かった。
申立人が、同署に行ったところ、侮辱的な言葉をかけられた上、長時間にわたる暴行を加
え、コンテナ内に二〇日間ほど留置された。その後、申立人の父が仲介役のパシュトゥーン
人を通じ八〇〇〇米ドルを支払ったため解放されたものである。
シ 申立人は、アフガニスタンにこれ以上とどまれば、必ず殺されると思い、釈放後、家族に
さえ会わず、仲介役のパシュトゥーン人に連れられて、ペシャワールへと逃れた。その際、
仲介役のパシュトゥーン人が一度パキスタンに戻り、パスポートを取戻し、申立人の父から
六〇〇〇米ドルを預かり申立人に手渡した。申立人は、ペシャワールのホテルに滞在し、日
本で難民申請を行おうと考え、中学時代の同窓生にブローカーを紹介してもらい、入国方法
についてはブローカーに任せることとし、数週間ペシャワールに滞在した後、韓国を経由し
て日本に入国した。
ス 申立人は、同年八月一日、東京入管において、法務大臣に対し、難民認定申請をし、同月六
日に佐倉市長に対し、外国人登録の新規登録申請をした。
 以上の事実によれば、申立人は、今回の我が国入国時には、その本国であるアフガニスタン
において、人種、宗教による迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する
者であったということができ、難民条約三一条所定の難民に該当していたと認められる。
そうである以上、申立人については、その後の事情の変化により、上記のような恐怖が払拭
できたと認められない限りは、我が国において引き続き難民条約上の難民としての保護が与え
られるべきであるところ、アフガニスタンにおいては、現在においても、暫定政権を構成する
民族及び宗派のグループがタリバン政権時以前から歴史的に対立抗争を繰り返していたことな
どから、今後の政権の安定及び治安にはいまだ大きな不安があるというべきであり、特に、ハ
ザラ人については、国内で多数を占めるパシュトゥーン人からもタジク人からも迫害されてき
た歴史があり、ハザラ人でありイスラム教シーア派を信仰する申立人は、人種、宗教により迫
害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を払拭できない状態にあると認められ
る。
相手方は、申立人及び同時に摘発された一一名について、うち七名が千葉県佐倉市内の同一
住居にいたところを摘発されたこと、収容後、その一一名の中にアフガニスタン人であると自
ら称したパキスタン人がいることや、不法残留のアフガニスタン人で不法入国を偽装するため
偽名を使用して難民申請に及んだ者がいることが判明したこと等を考慮して、申立人らの入国
は組織的背景を有する不法入国事案であるとし、申立人が法又は難民条約にいうところの難民
には当たらず、単なる経済難民又は難民認定制度に乗じて在留資格を得て就労することを目的
とするものである旨主張している。
しかしながら、申立人は、アフガニスタン国籍である旨が記載された日本における運転免許
証とアラブ首長国における運転免許証を所持しており、取り調べにおいて、入国警備官が、こ
れらの提示を受けた上、なお、アフガニスタン国籍を有する者として手続を進めていること、
申立人の取調べに用いられた言語がアフガニスタンに居住するハザラ人が用いるダリ語であ
り、申立人がアフガニスタン国籍を有するとの事実と矛盾しないこと、これまでの取り調べの
結果においても申立人がハザラ人か否かについて疑問が生じた形跡がないこと、本人は難民申
請時から現在までアフガニスタン国籍を有するハザラ人であることを一貫して述べていること
等からみて、申立人はアフガニスタン国籍を有するハザラ人であると認められる。この点につ
いては、東京入管も現在までアフガニスタン国籍を有するものとして取り扱っているところで
あって、申立人について、国籍を偽って難民を装おうとした事実は認められない。また、申立人
が偽名を用いて難民認定申請をした事実を認めるに足りる疎明資料も存しない。そして、国籍
を偽った二名のパキスタン人は、それぞれ東京都足立区加平町と東京都東村山市萩山町で摘発
されているところ、申立人は、居住地である千葉県佐倉市下志津で摘発されているのであり、
疎明資料によっても同一の日に摘発を受けたこと以上の関連性を認めることはできず、他に、
国籍・氏名等を偽った者たちと申立人の間に何らかの組織的関係を有することを基礎付けるに
足りる疎明資料はない(相手方の提出する疎明資料は、一般的で本件の組織的背景を基礎付け
るには至らないものか、申立人ではない国籍又は氏名等を偽った者自身の悪質性を裏付けるも
のにとどまっている。)。申立人と同時に摘発を受けた者たちの入国の経過は異なっており、そ
のことを考慮しても、申立人が、組織的背景を有する不法入国を行ったとはいえず、相手方の
主張は採用し得ない。
また、申立人は、東京入管の取調べに対し「ブローカー」という第三者の存在を認めており、
相手方はこの点も申立人の難民性を否定するものとして指摘するかのようであるが、申立人の
供述に現れる「ブローカー」については、その役割が疎明資料からは明らかではなく、難民であ
る申立人が、前述のように旅券の発行に赴いたところ、逮捕され、旅券の発行を受けられなか
ったため、やむを得ず、第三国への入国をあっせんする第三者を利用し不法入国をしたという
可能性は否定し得ない。一般的にいっても、難民は、迫害の現実的な危険を免れるために当該
国から出国するのであり、その際に迫害の危険を恐れて旅券が入手できないなどの事情により
正規の出国手続を経ることが困難なことは多分にあり得ることであって、それがひいては我が
国に適法に上陸することを不可能ならしめることがあり得る。そして、疎明資料によれば、ア
フガニスタン人が我が国に正規に入国しようとする場合には、在パキスタン日本大使館等最寄
りの我が国在外公館において査証の発給を受ける必要があるところ、同大使館におけるアフガ
ニスタン人に対する査証の発給数は、平成一一年には一一一八件、平成一二年には五八四件で
あったのに対し、平成一三年の一月初めから同年一〇月末までは二四件となっており、これが
いかなる原因に基づくものかについては必ずしも明らかでないものの、少なくともこの時期に
査証の発給申請がこのように激減したと認めるに足りる資料はなく、単なる偶然の積み重ねの
結果ではないことがうかがわれるところ、その結果、アフガニスタン人で我が国において難民
申請をしたいと望む者の場合には、不法入国をせざるを得ない実情にあることが推認されるの
であり、我が国への入国の手段として組織的背景を有する「ブローカー」を利用して不法入国
したとしても、そのことだけで、相手方が想定するような、不法入国をして難民として在留資
格を詐取して本邦で就労するとの組織的活動につき申立人自身がその一端を担っていると認め
るのは早計であり、申立人が単なる経済難民又は難民認定制度に乗じて在留資格を得て就労す
ることを目的として本邦に入国したものとは認められない。
 よって、本件処分が、本件退令において申立人の送還先をアフガニスタンとした点で、難民
を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民条約三三条一項、法五三条三項のノン・
ルフールマン原則に違反し取り消されるべきである旨の申立人の主張については、直ちに失当
のものであるということができないのはもちろんのこと、申立人の主張するその余の違法事由
の当否は別にしても、本件処分の取消しを求める請求が第一審における本案審理を経る余地が
ないほどに理由がないということはできず、現段階においては、本件申立てが、「本案について
理由がないとみえるとき」に該当すると認めることはできない。
四 本件退令の収容部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか否か
 申立人が難民に該当し、申立人の送還先をアフガニスタンとした点でノン・ルフールマン原
則に違反するとしても、これにより取り消されるべき範囲は、本件退令のうち送還先を指定し
た部分にとどまり、本件退令の収容部分については別途その適法性を考慮しなければならない
との解釈もあり得ないではない。
そこで、以下において、本件退令の収容部分の適法性について別途検討する。
 難民条約は、三一条二項において、締約国は、同条一項の規定に該当する難民(その生命又は
自由が同条約一条の意味において脅威にさらされていた領域から直接来た難民であって許可な
く当該締約国の領域に入国し又は許可なく当該締約国の領域内にいる者)の移動に対し必要な
制限以外の制限を課してはならない旨規定するところ、同項は、難民が正規の手続・方法で入
国することが困難である場合が多いことにかんがみ、対象者が不法入国や不法滞在であること
を前提としてなお、移動の制限を原則として禁じているのであるから、難民に該当する可能性
があるものについて、不法入国や不法滞在に該当すると疑うに足りる相当な理由があることの
みをもって、退去強制令書を発付し、収容を行うことは、難民条約三一条二項に違反するとい
わざるを得ない。そして、難民条約が国内法的効力を有することにかんがみれば、主任審査官
は、不法入国者が難民である場合には、不法入国のみを理由にその者の身柄を拘束することは
許されないのであり、その者が有罪判決を受けるなど不法入国以外の退去強制事由が生じた場
合やその者の身柄が不安定であり移動の制限を行わなければ第三国への出国まで難民としての
在留状況の把握が困難になる等移動の制限が必要といえる場合にはじめて退去強制令書の発付
が可能となるのであるから、論理的には難民該当性の判断を退去強制令書発付の判断に先行さ
せる必要があるというべきであって、実務的には、主任審査官としては、退去強制令書の発付
を行うに際して、法所定の要件に加え、対象者が難民に該当する可能性を検討し、その可能性
がある場合においては、同人が難民に該当する蓋然性の程度や同人に対し移動の制限を加える
ことが難民条約三一条二項に照らし必要なものといえるか否かを検討する必要があると解すべ
きである。このように移動制限の必要性を難民該当性の蓋然性との比較において検討するとの
運用を行う限りにおいては、難民に該当する可能性が否定し得ない限り一切退去強制手続にお
ける収容ができないというような硬直的な運用を避けつつ、収容の必要性を具体的に検討した
上で退去強制令書の発付とその収容部分の執行をすべきこととなり、まさに難民条約の要請す
るところに合致する運用が可能となるというべきである。
 なお、前記三の事実によれば、申立人はアフガニスタンから直接入国したものではなく、
難民条約三一条二項が同条一項に規定する「その生命又は自由が第一条の意味において脅威に
さらされていた領域から直接来た難民」を対象としていることから、申立人がこれに該当する
か否かについて検討する。
難民条約三一条二項が同条の適用を受ける難民を脅威にさらされていた領域から直接来た
者に限った趣旨は、同条が不法入国や不法滞在といった違法な行為をした者については、その
脅威を逃れてから遅滞なく所定の手続をした場合に救済を施し、反面、他国に一時定住した者
がむやみに入国し、不法入国や不法滞在による不利益を免れることを防ぐことであるから、形
式的に脅威を受ける地域から直接入国することが必ずしも必要というわけではなく、脅威を免
れるために領域を逃れる一連の移動をして締約国に入国した場合、仮にその移動の過程の中で
第三国を経由して来たとしても、同条にいう直接来た難民であると評価し得ると解すべきであ
る。
これを本件についてみると、申立人は、脅威にさらされていた領域であるアフガニスタンか
ら脅威を逃れるためにパキスタンに出国し、そこに定住することなく、第三国への逃亡のため
第三者に依頼をし、前記認定の経路で日本に不法入国したのであって、アフガニスタン出国の
当初から日本に到着するまでを一連の移動と評価できるものであって、パキスタン、タイ、韓
国は単なる経由地と評価すべきものであるから、これらの国々を経由してきたことによって、
直接性が否定されるものではない。
 前記三のとおり、申立人は難民としての保護を受けるべき地位にあると一応認められると
ころ、本件退令の発付に当たって、その執行が、難民条約三一条二項所定の必要な移動の制限
といえるかについて検討する必要があることとなる。そこで、本件における収容の必要性につ
いて検討する。
本件において、申立人は、本邦に不法入国してきた独身者であって、本邦に家族等はおらず、
本邦入国からの期間もそれほど長しとはいえないものであって、生活の本拠を本邦内に築いた
とまではいえないから、この点のみに着目すると、難民認定手続や後に退去強制手続を行うこ
ととなった場合に、確実に出頭が確保できるか否かについて疑問が生じないでもない状態であ
ったということができる。しかし、相手方がこのような事情を考慮して本件処分をしたもので
あることは何らうかがわれない。
他方、申立人は、長期とはいえないが、本邦在留の最初から、収容令書の執行により収容を
受けるまで、肩書地に居住している上、平成一三年八月六日に居住地である佐倉市の市役所に
おいて外国人登録の申請を行っている。そして、何よりも、入国してそれほど間を置いていな
い時期である平成一三年八月一日に法務大臣に対して難民認定の申請を行っており、同年九月
一七日には東京入管の出頭要請に応じ、東京入管の大手町庁舎に自ら出頭し、事情聴取に応じ
ている。そして、その後同人の身柄が不安定になったと認めるに足りる事情の変化が生じたと
はいえないのであって、申立人につき、本件処分の当時において収容に及ばなければ、出頭の
確保や公共の福祉の観点で具体的な困難や不安が生じるとまでは認められない。むしろ、申立
人については、申立人代理人のみならず、カトリック浦和教区の司教、同教区のオープンハウ
ス、難民支援協会の理事ほか計五名が身元引受書を提出し、身元引受人及びその構成員らが申
立人を支援する旨を述べており、また、東京都江東区のカトリック潮見教会が同教会敷地内の
宿泊施設を提供し、住居の移転が必要な場合には、弁護団と事前に協議を行い、弁護団の責任
の下に行うとしており、このような場合に、前記三のとおり難民としての保護を受けるべき
地位を有すると一応認められる申立人につき、本件退令の発付及びその収容部分の執行という
方法を用いてまで移動を制限する必要性があったとは認め難い。 
 以上によると、本件における収容は、入国審査官が、本来、検討しなければならない要件につ
いての検討を欠いてされた蓋然性が高い上、これを検討したとしても、本件退令の収容部分に
ついては、送還部分とは別の理由で、難民条約三一条二項に反する違法なものとなる可能性が
十分存するから、行政事件訴訟法二五条三項の「本案について理由がなしとみえるとき」には
該当しない。
五 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法二五条三項)に該当す
るかどうかについて
相手方は、退去強制令書の収容部分の執行停止につき、退去強制令書の発付された外国人に対
して、収容部分の執行を停止することになれば、適法に入国・在留している外国人ですら、法に
より在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法五四条が定める仮放免についても、保証金の納
付等の相当程度の制約が存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規制を受
けることがなく、全く放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となる
が、このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事
件訴訟法四四条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本
的支柱たる在留資格制度(法一九条一項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保
証金納付等に対応する措置を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の手段がないままに
逃亡により退去強制令書の執行を不能にする事態が出現することも十分に予想されるところであ
り、かかる在留形態の存在は、在留資格制度を根幹として在留外国人の処遇を行っている法の規
定からは到底容認し得ないもので、出入国管理に関する法体系を著しく乱すこととなるものとい
わざるを得ず、特に、申立人は、不法入国者であり、在留資格を有していない者であるところ、い
ったん収容の執行停止によって放免されるや否や、前述のとおり法上、何らの規制を受けずして
本邦に在留し得ることとなるのは、何ら在留資格を有しない者に対し実質上在留活動を許容する
仮の地位を与えたことと何ら異なるところがなく、あたかも民事訴訟法上の仮処分によって仮の
地位を与えたのと同様の結果を招来することとなるのであって、このような事態を生じさせる退
去強制令書に基づく収容の執行停止は、行政事件訴訟法自体が、同法二五条において原状回復の
実効化について消極的保全措置にとどまっている上、同法四四条においては民事訴訟法上の仮処
分を排除していることにかんがみれば、許されない旨主張し、また、送還部分の執行停止につい
ては、本案訴訟の係属している期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能
にすることになり、出入国管理行政を長期間停滞をもたらすことになる旨主張し、このような事
態を招く退去強制令書の執行の停止は、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留し、退去強
制処分に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長するものであるか
ら、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
しかし、執行停止制度が行政事件訴訟法上の制度である以上、その制度を用いることは、同法
が民事訴訟法上の仮処分を排除していることに何ら抵触するものではなく、本件処分の執行停止
は、前記一ないし四で説示したとおり、行政事件訴訟法二五条所定の要件の存在を判断した上で
されるものである。相手方がそのほかに主張するところは、いずれも退去強制令書の執行停止に
よる一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であるし、本件において、本
件退令に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとの事情をうか
がわせる疎明はない。
また、難民条約三一条二項は、不法入国した難民についても、締約国は当該難民に第三国への
入国許可を得るために妥当と認められる期間の猶予及びこのために必要なすべての便宜を与えら
れることとしているが、我が国においては、このような不法入国した難民が第三国へ出国するま
での間、当該難民に生活上の支援を与える旨の法制度は整備されていないのであるから、当該難
民は第三国に出国し得る状況となるまでの間自ら生計を立てるために活動せざるを得ない立場に
置かれているのであり、このような観点からすると、申立人が難民としての保護を受けるべき地
位にあると一応認められる以上、本件執行停止決定により、在留活動を許容する仮の地位を与え
るのと異ならない状態が生ずることもやむを得ないことというべきである。
六 執行停止の期間について
前記二の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するかどうかの判断については、本
案事件の第一審判決の結論いかんにより影響を受けるものである。そして、本案事件の第一審判
決において申立人敗訴の判決が言い渡された場合でも、なお「本案について理由がないとみえる
とき」に該当しないとまでいうことは困難であり、この点については、本案事件の第一審判決の
帰趨を待って改めて判断すべきものと解される。
しかして、本件退令に基づく執行の停止の期間は、執行停止期間満了時の円滑な事務処理の必
要性をも考慮し、本案事件の第一審判決言渡しの日から起算して一〇日限りとするのが相当であ
る。
七 結論
よって、本件申立ては、本案事件の第一審判決の言渡しの日から起算して一〇日後までの間に
つき本件退令に基づく執行の停止を求める限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、そ
の余の部分は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟
法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり決定する。

在留資格変更不許可処分取消請求事件
平成12年(行ウ)第114号
原告:A、被告:法務大臣
東京地方裁判所民事第2部(裁判官:市村陽典・森英明・馬渡香津子)
平成14年4月26日
判決
主 文
被告が平成12年3月10日付けで原告に対してした在留資格の変更を許可しない旨の処分を取り消
す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は、日本人男性と婚姻し、二人の子供をもうけて、本邦に適法に在留していた外国人であ
る原告が、離婚し、二女の親権者となったため、被告に対し、出入国管理及び難民認定法別表第1
の「短期滞在」の在留資格から同法別表第2の「定住者」へ在留資格の変更許可を申請したところ、
被告がこれを不許可としたため、この不許可処分の取消しを求めている事案である。
1 法令の定め等
 本邦に在留する外国人は、原則として、当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の
取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留する(出入国管理及び難民
認定法(以下「出入国管理法」という。)2条の2第1項)。
在留資格は、出入国管理法別表第1又は同法別表第2の上欄に掲げるとおりであり、同法別
表第1の上欄の在留資格をもって在留する者は当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表
の下欄に掲げる活動を行うことができ、また、同法別表第2の上欄の在留資格をもって在留す
る者は当該在留資格に応じそれぞれ本邦において国表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有す
る者としての活動を行うことができる(同条2項)。
出入国管理法別表第2の「定住者」の在留資格をもって在留する者は、「法務大臣が特別な理
由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」としての活動を行うことができる(同
表第2)。
 在留資格を有する外国人は、その在留資格の変更を受けることができるところ(出入国管理
法20条1項)、在留資格の変更を受けようとする外国人は、法務省令で定める手続により、被告
に対し、在留資格の変更を申請しなければならない(同条2項)。
上記申請があった場合、被告は、当該外国人が提出した文書により在留資格の変更を適当と
認めるに足りる相当の理由があるときに限り、これを許可することができる(同条3項)。
ただし、短期滞在の在留資格をもって在留する者の申請については、やむを得ない特別の事
情に基づくものでなければ許可しないものとする(同項ただし書)。
 「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の規定に基づき同法別表の定住者の項の下
欄に掲げる地位を定める件」と題する告示(平成2年法務省告示第132号。以下「本件告示」と
いう。)は、上記地位であらかじめ定めるものについて別紙2のとおり定めている。
 法務省入国管理局長が平成8年7月30日付けで地方入国管理局長及び地方入国管理局支局
長宛てに発した「日本人の実子を扶養する外国人親の取扱いについて(通達)」(以下「本件通達」
という。)は、「日本人の実子としての身分関係を有する未成年者が我が国で安定した生活を営
めるようにするために、その扶養者たる外国人親の在留についても、なお一層の配慮が必要と
考えられます。ついては、扶養者たる外国人親から在留資格の変更許可申請があったときは、
下記のとおり取り扱うこととされたく、通達します。」として、未成年かつ未婚の日本人実子を
扶養するため本邦在留を希望する外国人親については、その親子関係、当該外国人が当該実子
の親権者であること、現に相当期間当該実子を監護養育していることが確認できれば、地方入
国管理局(支局を含む。以下同じ。)限りで「定住者」(1年)への在留資格の変更を許可して差
し支えないとし、①実子が本邦外で生育した場合、②外国人親が「短期滞在」の在留資格で入国・
在留している場合、③実子の監護養育の実績が認められない場合等、地方入国管理局限りで許
否の判断が困難な場合には、本省に進達するものとしている。(乙13)
2 前提となる事実
末尾に証拠を掲げた事実は当該証拠により認定した事実であり、証拠を掲げていない事実は当
事者間に争いがない。
 本件処分に至る経緯
ア 原告の国籍について
原告は、昭和46年(1971年)《日付略》、タイ王国の《地名略》において出生したタイ国籍を
有する外国人である。
イ 前回の入国・在留状況等について
a 原告は、有効な旅券又は乗員手帳を所持せずに、平成元年《日付略》ころ、新東京国際空
港に到着上陸し、もって、出入国管理法3条の規定に違反し本邦に入国した。
b 原告は、平成4年《日付略》、千葉県銚子市において、B(以下「B」という。)との間にC(以
下「長女C」という。)を出産した。なお、長女Cは、平成6年《日付略》、日本国籍を取得し
ている。
c 原告は、平成6年《日付略》、千葉県銚子市長に、Bとの婚姻届を提出した。
d 原告は、平成6年、千葉県銚子市において、Bとの間にD(以下「二女D」という。また、
長女C及び二女Dを併せて以下「子供ら」という。)を出産した。二女Dは、出生届出により、
日本国籍を取得している。
e 原告は、平成7年《日付略》、出入国管理法24条1号該当者として、本邦から退去を強制
された。
ウ 今回の入国から本件処分に至る経緯ついて
a 原告は、平成8年《日付略》、新東京国際空港に到着、東京入国管理局成田空港支局入国
審査官から、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「1年」を付与されて、本邦に上陸し
た。
b 原告は、平成9年11月27日、東京入国管理局鹿島港出張所において被告に対し在留期間
更新許可申請を行い、同年12月11日、被告から、在留期間「1年」とする許可を受けた。
c 原告は、平成10月12月3日、東京入国管理局鹿島港出張所において被告に対し、「定住
者」への在留資格変更許可申請(以下「別件変更申請」という。)をした。
ところが、被告は、「短期滞在」への在留資格変更申請を受けたものではないにもかかわ
らず、別件変更申請において申請されている「定住者」への在留資格変更に係る許否につ
いて応答することなく、平成11年1月27日、別件変更申請に対し、原告の在留資格を「短
期滞在」(在留期間90日)に変更することを許可する旨の処分を行なった。
d 原告は、平成11年3月3日、東京入国管理局において被告に対し、在留資格変更許可申
請を行い、被告は、同年4月9日、上記申請に対し、在留資格の変更を許可しない旨の処分
をした。
e 原告は、平成11年4月20日、東京入国管理局において被告に対し、在留期間更新許可申
請を行い、同日、被告から、在留期間「90日」とする許可を受けた。
f 原告は、平成11年5月31日、東京入国管理局において被告に対し、在留期間更新許可申
請を行い、同年6月7日、被告から、在留期間「90日」とする許可を受けた。
g 原告は、平成11年6月24日、千葉家庭裁判所八日市場支部において、Bとの間で、原告
を申立人、Bを相手方として、別紙3記載のとおりの調停条項(以下「本件調停条項」とい
う。)による調停(以下「本件調停」という。)が成立し、Bと離婚した。
h 原告は、平成11年8月18日、東京入国管理局において、被告に対し、変更の理由を「次
女Dの親権者として」と記載し、具体的な在留目的に「別紙上申書及び千葉地裁八日市場
支部の離婚調停成立調書により、次女のDの親権者、又長女Cとの面接交渉権を得ました
(Cの親権は別紙戸籍謄本に記入)。この事を確実に実行する為に定住者としての資格が必
要ですので、よろしく御願いいたします。」と記載して、「定住者」への在留資格変更許可申
請(以下「本件申請」という。)をした。(乙3の1)
被告は、平成12年3月10日、本件申請に対し、原告が本邦において行おうとする活動は、
「定住者」の在留資格について法務大臣があらかじめ告示で定めた地位を有しているとは
認められず、また、他に本邦への居住を認めるに足りる特別な理由も認められないから、
「定住者」の在留資格への変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められな
いとして、「定住者」への在留資格変更を許可しない旨の処分(以下「本件処分」という。)
をした。(乙6)
3 当事者の主張
(原告の主張)
 原告に対し定住者の在留資格を付与すべき事情
ア 原告の結婚及び離婚に至る経緯
原告は、平成2年5月ころに銚子市の寿司屋「E」で板前をしていた日本人であるBと知
り合い、平成3年3月からは同人と同棲し、内縁の夫婦となった。
そして、前提事実記載のとおり、原告ら夫婦は、長女C(平成4年《日付略》生)をもうけて、
平成6年4月22日正式に婚姻の届出をし、さらに二女D(平成6年《日付略》生)をもうけた。
原告は、結婚当初、Bの両親、祖母と同居して、Bらの家業である寿司店を手伝いながら、
家事全般から従業員の食事の支度、店の掃除、洗い物など一手に引き受けて近所でも評判の
働きぶりであった。
その後、原告は、子供らのためにも正規の在留資格を得る必要があると考え、自ら入国管
理局に出頭して違反事実を申告し、平成7年《日付略》、退去強制を受けて、子供らを連れて
タイに帰国し、同国において、「日本人の配偶者等」の在留資格を取得した上で、平成8年12
月7日、再来日し、結婚生活を継続した。なお、原告がタイに帰国している間、原告は、子供
らを同国において養育していた。
ところが、夫のBは、他のタイ人女性を愛人にして、次第に自宅に寄りつかなくなり、原告
に対し、子供らを置いてタイに帰れなどと罵るようになったため、耐えかねた原告は、平成
10年4月14日、千葉家庭裁判所八日市場支部に離婚の調停申立をした。
そして、上記離婚調停は不成立となり、離婚訴訟が開始されたが、再度調停に付され、平成
11年6月24日、前提事実記載のとおり、離婚調停が成立した。
イ 長女C及び二女Dに対する面接交渉権と二女Dに対する親権
原告は二女Dの親権者であり、かつ養育・監護の監督者でもある。すなわち、前記離婚調
停の成立によって、原告は二女Dの親権者とされ(本件調停条項2項)、面接交渉により同人
に対する養育・監護を親権者として監督しなければならず(同3項)、長女C及び二女Dの双
方について面接交渉権がある(同4項)。
この監督の任務は、子に対する保護のため必要不可欠なものであり、上記養育・監護の補
充的性質を有し、その延長線上の内容を有するというべきである。また、原告の二女Dに対
する親権は、本件調停条項に定められた当面の間の養育監護権を除いても、財産管理権や代
理権及び未成年者の親権代行権等がある以上、原告はこの親権を常に日々行使し得る状態に
なければならないが、母親たる原告が現に日本に居なければ、それらの権利行使は事実上、
有名無実のものになる。さらに、原告がタイに帰国した場合、子供らに面接しようとしても、
交通費、滞在費等の諸費用が高額になり、原告の経済状況からみて、事実上不可能である。
そして、現に実の母親たる原告は、定期的に上記面接交渉権を行使し親権者として元夫で
あるBの二女Dに対する養育・監護の監督にあたっている。
すなわち、原告は、親あるいは親権者としての各権利に基づき、本件調停が成立した平成
11年6月以降、7月には銚子市まで子供らに会いに行ってデパートに行ったり食事をしたり
して過ごし、8月には夏休みを利用して2人を自分の新宿区のアパートに連れてきて3日間
一緒に遊んであげ、以後も、毎月、銚子市まで子供らに会いに行っている。平成12年の正月
には、後楽園遊園地に連れて行って同年1月5日まで3人で楽しく過ごしている。その後、
原告は、本件処分に対処するために、支援の人々や弁護士らとの打ち合わせ等を重ねざるを
得ず、週に1日しか取れない休みをそれらに費やさなければならなくなったこと等の事情に
より直接には子供らに会えないでいたが、電話での会話は絶やさず、平成12年4月には子供
らと銚子市のマクドナルドで食事を共にしている。
また、子供らが電話で緊急に会いたいと電話連絡してくれば、原告は、その都度、休みをと
って、銚子駅まで行き、子供らと会っている。
このように原告は本件調停条項に従い、親権者として面接交渉権の行使によって、現実に
2人の子供らの養育・監護の監督にあたっている。
原告は、離婚後、タイ料理店等で働く等して収入を得て生活している。
原告は、子供らの存在を心の支えとし 生甲斐としているのであって、子供らが成人する
までは何としても本邦に在留し、実の母としての当然の責任を全うしたいと切実に願ってい
る。
また、子供らも実母である原告を深く慕っている。
ウ 子供らの養育・監護がBに委ねられている事情
a もともとBには子供らを養育・監護する意思も能力もなかったため、原告としては子供
らを自分の元で育てることを強く望んでいた。しかし、離婚調停において、離婚原因と責
任がBにあり、よって慰謝料と財産分与として合わせて218万円を支払うことに合意した
ものの、同人にそれ以上の資産がなかったため、毎月の養育費の支払については、本件調
停条項に入れられなかった。原告は、Bの実家の家業(創業80年以上の寿司屋の老舗)を
手伝っていた間も、Bから生活費ももらっておらず、離婚時点の原告の資産は、上記の218
万円から弁護士費用を差し引いた140万円程度が全てであり、二女Dを実際に養育・監護
するだけの経済的な余裕がなかった。一方、Bは、子供らの養育・監護する意思も能力も
ないことは明らかであったが、Bの両親と祖母が、子供らの養育・監護を望んでおり、原
告もそれらを共同行使できると判断した。そこで、原告は、子供らの養育・監護を切望し
ていたものの、子供らの幸せを真剣に考え、子供らの養育・監護をBに委ねたものである。
しかし、今後、原告が二女Dに対する相応の養育・監護を施せる程度に経済的に安定し
た場合や、Bによる子供らの遺棄などの事態が生じた場合に備えて、本件調停条項にはあ
くまで「申立人(原告)は、次女Dの親権者として、当分の間、次女Dの養育・監護を相手
方に委ねる。」との明確な限定を付けたのものである。
b 原告が子供らの扶養について金銭的負担をしていない事情
そもそも、養育費も支給されず、女性であり外国人であるというハンディを背負いなが
ら、一人日本で生きていくことを余儀なくされている原告と、80年以上も続いている老舗
の寿司屋を経営するBの両親と共に安穏と暮らしながら、実際に子供らと同居しているB
とを比較すれば、Bが扶養についてもある程度の金銭的負担をするのは、むしろ当然であ
り公平である。
エ Bの監護能力の欠如
原告が子供らの監護者として期待していたBの祖母が平成11年に亡くなり、Bの母親も平
成12年12月に亡くなった。Bの父親が近所の知人の協力を得て子供らの面倒を見ているが、
もはや十分な監護は期期待できない。他方B自身は、昼間からパチンコ屋に入り浸るなどし
ており、自身の扶養義務を放棄したかのようである。
オ 原告の本邦に対する定着性
原告は、平成元年12月6日から平成7年4月24日までの約5年6月の在留歴と、平成8年
12月7日から本件処分時まで約3年4月の在留歴を有し、かつ、2回目の在留のうち約1年
5月の期間、長女C及び二女Dと同居していた。
したがって、原告は、本件処分時において、合計8年9月の長期間にわたる本邦滞在歴を
有していた。
この期聞だけみても、本邦への定着性が強固であることは明らかである。
なお、原告が1回目の滞在と2回目の滞在との間にいったん帰国した目的は、日本人家族
との生活を継続するため在留資格を得ることにあったこと、この帰国中、原告は日本人であ
る夫との間で生まれた子供らの養育を一手に引き受けていたこと、退去強制による上陸拒否
期間1年の経過を待ってすぐに「日本人の配偶者等」の在留資格を取得の上、再入国を果た
したことにかんがみれば、1回日の滞在と2回目の滞在は一体としてとらえるべきである。
また、「定着性」とは、在留期間の長さ、在留中の生活態度などにより判断されるべきであ
って、その場合、その間の在留資格の有無は考慮されるべきではなく、日本人家族との同居
期間の長短を加味して判断されるべきものでもない。
 在留資格変更申請に対する許否に係る被告の裁量について
ア 国際慣習法上、国家が外国人の出入国管理に広範な裁量権を有することを前提としても、
そこからただちに被告の自由裁量が導かれるわけではない。
外国人の入国、在留に関しても、国会の広範な立法裁量の結果として、行政庁に一定の裁
量権を付与することもあるが、行政庁に全くの自由裁量が付与されることはあり得ない。す
なわち、国会を国権の最高機関とする日本国憲法の精神及び「法律による行政の原則」から
すれば、行政庁に一定の裁量権が与えられるとしても、その裁量権の範囲は根拠となる法律
の目的及び趣旨等に制約されるいわゆる「霸束裁量」にとどまることは明らかである。
イ この点、出入国管理法は「出入国の公正な管理」を目的としており(同法1条)、これは、国
内の治安や労働市場の安定などの公益と、国際的な公正性、妥当性の実現、また、憲法、条約、
国際慣習、条理等により認められる外国人の正当な利益の保護を意味する。そして、出入国
管理法20条1項、3項(在留資格変更許可)の趣旨も、この公益目的と外国人の正当な権利・
利益の調整を図ることにあると解される。
そうすると、在留資格変更許可における被告の裁量権は、上記の出入国管理法の趣旨の範
囲内で認められる羈束裁量にとどまるはずであり、被告の主張するような、広範な自由裁量
などではないと解すべきである。
ウ したがって、在留資格変更申請に対する被告の許否に係る裁量処分の当否が司法審査の対
象になるのは当然である。また、裁量性のある処分であっても、①判断の前提となる具体的
事実関係が正確に把握されていなければならないこと、②判断にあたっては当該具体的事件
の具体的諸事実を斟酌しなければならないこと、③過去の行政処分例や内部基準等に従い行
政の平等性を損なわないようにしなければならず、これらに反する処分は違法と評価される
べきである。
 本件処分の違法性
ア 裁量権の逸脱、濫用
a 前記のとおり、原告は2人の幼い子供の実の母親であり、子供らは母親を慕い、かつ、必
要とし、母親である原告は、母親としての当然の責任を全うしたいと願っており、子供ら
をかけがえのない存在として慕い、大切にしている。
仮に、在留資格の変更が認められず、原告が外国に退去させられることになれば、実際
上、子供らに突然起こる病気や事件等の異変があっても原告が駆けつけることはできなく
なり、子供の権利の保護の精神にも著しく反することになる。
ところで、原告とBとの結婚生活は、前述のとおり同居期間を含めれば8年以上に及ぶ
長期のものであったにもかかわらず、結婚のときだけは妻として協力させ、かつB家の家
業に従事させておいて、離婚した途端、安易に国外退去を強いることは、外国人配偶者(家
族)の生活や人権を脅かすものである。しかも、離婚に至った原因は、そもそも元夫である
Bが愛人をつくり家庭を放棄したためなのである。明らかに元夫の日本人の方に帰責事由
があるのに、その不利益を外国籍の元妻たる原告の側に一方的に負わせるのでは、元夫た
る日本人男性にだけ有利であって、不公平であるから、原告の在留資格変更申請の許否を
判断するに際しても、原告の権利、利益を不当に害することのないように配慮される必要
がある。
また、法務省は平成12年3月「第2次出入国管理基本計画」を告示し、今後は外国人労
働者を積極的に受け入れるとともに、不法滞在者に対しても、日本人等との身分関係を有
する者など日本社会とのつながりが十分に密接と認められる不法滞在者に対しては、人道
的な観点を十分に考慮し、適切に対応していくとしている。これは従来の入管政策を転換
するものであり、法務省としても、今後は、日本人と外国人が円滑に共存・共生していく
社会づくりが必要になりつつある国際社会の趨勢に適応して、日本社会の構成員、居住者
たる外国人に対して新たな外国人行政を構築していこうとするものである。
本件において、原告は、日本人の子供らの親として日本社会の構成員であったし、現在
もそうであるから、原告に対しても人道上の配慮が必要というべきである。
そうであるとすれば、原告に定住者等の在留資格を一切与えず、外国人だからといって
強制送還してしまうことを強いる本件処分は、2人の子供から母親を人道上不当に奪うも
のであり、人類普遍の母子の情愛を踏みにじる、人道上許されない違法な処分である。
b 民法及び考慮すべき事由の不考慮による違法
前記のとおり、原告は、二女Dの親権者であり、養育・監護の監督者でもある。また、原
告は、長女C及び二女Dに対する面接交渉権も有している。
ところが、本件処分により、引き続き所定の退去強制手続が実行されれば、子への手厚
い保護を実現するため後見的に親権を保障した民法818条1項の「成年に達しない子は、
父母の親権に服する」という条文の趣旨は没却されたも同然になる。
したがって、本件処分は、原告につき民法が定める親権と子供らに対する面接交渉権の
存在、これらの各権利に基づき親としての面接交渉を重ねてきたという事実があるのに、
全くこれらを考慮しようとせず、処分の前提となる事実の評価を誤り、明白に合理性を欠
く狭量な判断というべきである。
c 内部基準違反・平等原則違反
前記のとおり、内部基準に違反する処分は、違法と評価されるべきであるところ、「定住
者」の在留資格については、内部基準として本件告示と本件通達が存在する。
 まず、本件告示は、日本において生活歴が全くない者が初めて上陸しようとする場合
であっても、本件告示に示された類型に属する者については、上陸後、「定住者」と呼ぶ
に相応しい活動をする蓋然性が高いので、上陸当時から「定住者」の在留資格を認めよ
うとするものである。
これに対して、在留資格変更申請の際には、上陸後資格変更申請のときまでに積み重
ねた職場環境、家庭環境、社会環境があることから、在留資格変更時の「定住者」該当性
は、日本での生活歴がないことを前提に、どのような場合に「定住者」の在留資格が認め
られるかという見地から類型化された本件告示にとらわれる必要はない。
したがって、在留資格変更の時点では、本件告示の類型に該当するか否かに関わらず、
本邦において積み重ねてきた生活環境の態様と長さを「定住者」該当性の判断要素とす
ることは、本件告示の存在と何ら整合性を欠くことにはならない。
現に、被告自身、本件通達によって、上陸後の生活環境のみを「定住者」の在留資格該
当性の判断要素とすることを認める方針を示している。
したがって、原告が本件告示に定められた地位に該当しないからといって、在留資格
の変更申請を拒否すべきではない。
 次に、本件通達は、本件告示の類型に該当しない場合であっても、日本人の実子を監
護養育する外国人親に対して、「定住者」の在留資格を付与して在留を認める方針を示し
ている。
本件通達の趣旨は、仮に、外国人親が日本人配偶者と離婚又は死別し、そのために本
国への帰国を余儀なくされた場合、親子は離ればなれになるし、それまで外国人親に監
護・養育されている日本人実子は、外国人親が本国に帰国すると、残されて1人で本邦
で生活することが困難となり、結局は親と一緒に親の本国に行かざるを得ないことにな
るのであって、このような事態は日本において教育を受け生活していくことを望む子の
利益に反するという点にあると解される。
すなわち、本件通達の趣旨は、日本人である子の利益の保護にあると解されるのであ
って、日本人実子を養育する外国人親に対する在留資格付与の判断にあたっては、子の
利益保護を基準に判断すべきである。
そして、離婚後の子の監護・養育は、子と同居している親だけが行なうものではなく、
子の監護・養育に関する状況は、個々の家族が抱える事情やライフスタイルによって異
なるものであり、同居していない親であっても、子の監護・養育に重要な役割を果たし
ていることもある。
したがって、本件通達にいうところの外国人親が実子を「自ら監護・養育」している
か否かの判断は、親権の有無、同居の有無のほか、日本人親、外国人親それぞれの監護能
力、監護・養育への貢献の程度(面接交渉も含む。)、子の意思などを総合的に考慮して
判断すべきである。
そこで、本件についてみると、原告は、前記に述べた事情によれば、子供らを自ら監
護・養育していると評価されるべき立場にあると認められるから、本件通達の趣旨及び
本件通達が定める内部基準に照らし、原告に対しては、「定住者」の在留資格を付与する
のが相当であり、本件処分には、本件通達に違反するという内部基準違反が存するとい
うべきである。
d 以上のとおり、本件処分は、人道に反し、民法及び考慮すべき事由を考慮せず、自らが定
めた内部基準にも違反するものであるから、被告に与えられた裁量権を濫用、逸脱した違
法な処分というべきである。
イ 憲法違反
a 憲法13条違反
親が子供らと心を交歓したり、教え、また会話したりなどして、家族の交流を通じ、子を
大人に育てていくことに対する職責と、これに対する期待と幸福感は、親たる個人にとっ
て幸福追求権として保障されるべきである。
したがって、母子を離ればなれにしてこのような幸福を奪う本件処分は、憲法の基本原
理たる個人の尊重を旨とする上記条項に違反する。
b 憲法第14条1項違反
日本人であれば、離婚しても親権や面接交渉権があれば子供らとの交流は当然可能であ
るのに、原告が距離的にも金銭的にも、莫大な渡航滞在費用を要するタイを母国とする外
国人であるゆえに、上記各権利の行使が事実上不可能になる。
したがって、本件処分は、離婚する日本人の配偶者に比べ、離婚した原告たる外国人配
偶者に対してのみ著しい不利益を与えるものであって、極めて不当な差別であり、法の下
の平等に反する。
c 憲法第24条2項違反
上記条項は、家族に関する事項に関して、法律は個人の尊厳に立脚しなければならない
旨を定める。そして、親子は、自然の情愛に基づいて相互にその傍らに居て常時交流し、相
談し合い、子供らが親に監督され得る状況にあってのみ、それぞれの子供らの人格は発展
し、親も、これらの行為や責任を全うして円満な人格を形成していくことができるもので
ある。
したがって、これらを無視した本件処分は、家族における各個人の尊厳に反する。
d 以上のとおり、本件処分は、憲法に違反した違法な処分というべきである。
なお、憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをそ
の対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及
ぶ。
したがって、上記の基本的人権はいずれも、その性質上、外国人たる原告にも保障され
るべきである。
ウ 法律に優位する国際人権条約違反
国際法上、外国人の入国、在留の処遇について国家の一定の裁量が認められるとしても、
国家とその行為は以下列挙するとおり特別に条約の定めがあればこれに拘束される。
a 世界人権宣言16条は、「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国
の保護を受ける権利を有する。」と規定し、同宣言25条は、「母と子とは、特別の保議及び
援助を受ける権利を有する。」と規定している。
したがって、本件処分は上記各条項の制定趣旨及び文言に違反する。
b 児童の権利に関する条約9条は、「締約国は、児童がその父母の意思に反してその父母か
ら分離されないことを確保する。」と規定している。
したがって、退去強制手続の前段階である本件処分自体が上記条項に違反する。
なお、同条約3条は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的もしくは私
的な社会施設、裁判所、行政当局または立法機関のいずれによって行われるものであって
も児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定しているが、母親である原
告が子供を虐待したなどの特別の事情がない以上、原告が日本でできるだけ子供らのそば
に居て、自然の情愛と最低限の保護を与え得ることが、「最善の利益」であるというべきで
ある。そうすると、原告が今後受けるであろう退去強制処分は、上記条項に違反する措置
である。
c 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「A規約」という。)10条は、「こ
の規約の締結国は、次のことを認める。できる限り広範な保護及び援助が、社会の自然か
つ基礎的な単位である家族に対し、特に、家族の形成のために並びに扶養児童の養育及び
教育について責任を有する間に、与えられるべきである。」と規定している。
同条は、人権の保障はその個人の家族の保護にまで及ばなければ十分とはいえないこと
にかんがみて、家族それ自体が社会及び国による保護を受ける権利を享有することを規定
し、家族離散の防止を求めている。国家による保護、援助が、特に「扶養児童の養育及び教
育」について必要であることが強調されている。
したがって、本件処分は上記条項に違反する。
d 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)17条は、「何人も、そ
の私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及
び信用を不法に攻撃されない。」と規定し、同規約23条は、「家族は、社会の自然的かつ基
礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」、「この規約の締結国
は、婚姻中及び婚姻の解消の際に、婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を確保するた
め、適当な措置をとる。その解消の場合には、児童に対する必要な保護のため、措置がとら
れる。」と規定している。
本件処分は、原告の家族関係(原告と長女C及び二女Dの親子関係)に対する恣意的干
渉に当たり、また、将来、本件母親を退去強制させて母子を遠く海を越えて離ればなれに
し、元夫である父親のみに子供らを託することは、子供らの生存、生活に生じる危険を倍
加させるものである。
したがって、本件処分は上記各条項にも違反する。
e 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下「女子差別撤廃条約」とい
う。)16条は、「締約国は、婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差
別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし、特に、男女の平等を基礎として
次のことを確保する。」、「子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わ
ない。)としての同一の権利及び責任。あらゆる場合において、子の利益は至上である。」と
規定している。
したがって、本件処分は、上記条項に違反する。
f 以上のとおり、本件処分は、条約に違反した違法な処分というべきである。
 出入国管理法20条3項ただし書の「やむを得ない特別の事情」について
出入国管理法20条3項ただし書は、短期滞在の在留資格からの在留資格変更申請について、
やむを得ない特別の事情の存することを要求している。
ところで、原告は、離婚調停を行なっていたころ、「日本人の配偶者等」としての在留期限が
平成10年12月7日までだったので、東京入国管理局鹿島港出張所Fの勧めに従い、「日本人の
配偶者等」から「定住者」への在留資格変更申請をしたが、原告の意に反して、一方的に、平成
11年1月27日付け「短期滞在」の在留資格に変更許可処分をされた。
上記変更処分は、短期滞在の在留資格を一方的、不意打ち的に付与したものであるから、重
大な違法の存する処分であって、このような経緯で短期滞在の資格を付与された原告の在留資
格変更申請については、出入国管理法20条3項ただし書は適用されないというべきである。
そうでないとしても、このような場合において、原告に対し、出入国管理法20条3項ただし
書の規定する「やむを得ない特別の事情」を要求することは、信義則に反する。
仮に原告に対して出入国管理法20条3項ただし書が適用され、「やむを得ない特別の事情」
の具備が要求されるとしても、被告が別件変更申請に対して「短期滞在」への在留資格変更許
可処分を行ったこと自体が、同項ただし書の「やむを得ない特別の事情」に該当するというこ
とができ、原告は、「やむを得ない特別の事情」に基づいて、「短期滞在」から「定住者」への在
留資格変更を申請したものというべきである。
(被告の主張)
 在留資格変更申請に対する許否に係る被告の裁量権
ア 在留資格変更の要件
外国人の在留資格の変更申請が許可されるためには、当該外国人の在留状況等諸般の事情
を考慮して、在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由が認められることが必要で
ある(出入国管理法20条3項)。
被告が上記の相当の理由の有無を判断するに当たっては、在留資格の変更にあっては、ま
ず、当該外国人が希望する在留資格についての在留資格該当性(当該外国人の行おうとする
活動が出入国管理法別表第1に類型化された活動又は同法別表第2に類型化された身分若し
くは地位を有する者としての活動に該当することをいう。以下、同様の趣旨で用いる。)を有
するか否かについて判断し、次に、在留資格該当性が認められる場合に、さらに、当該在留資
格該当性を除くその他の諸般の事情を考慮した上で在留資格の変更を認めるのが相当である
か否かを判断することになるものである。
イ 裁量の範囲
上記在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由が具備されているかどうかは、外
国人に対する出入国及び在留の公正な管理を行なう目的である国内の治安と善良な風俗の維
持、保健衛生の確保、労働市場の安定など国益の保持の見地に立って、申請者の申請理由の
当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、
国際情勢、外交関係、国際礼譲など諸般の事情を総合的に勘案して的確に判断されるべきで
ある。
そして、出入国管理法には、在留資格変更の許否の判断について特に考慮すべき事項や考
慮すべきでない事項を定めるなど被告の判断を覊束するような規定が置かれておらず、その
変更の事由も出入国管理法5条の定める上陸拒否事由に比べて概括的であるから、上記のよ
うな多面的専門的知識を要し、かつ、政治的配慮も必要とする判断は、事柄の性質上、国内及
び国外の情勢について通暁し、常に出入国管理の衡に当たる被告の広範な裁量に委ねられて
いるものと解される。
このような被告の裁量権の性質にかんがみると、裁判所が被告の裁量権の行使としてなさ
れた在留資格の変更申請の許否の判断が違法となるかどうかを審査するに当たっては、被告
と同一の立場に立って在留資格の変更をすべきであったかどうか、又はいかなる処分を選択
すべきであったかについて判断するのではなく、被告の第一次的な裁量判断が既に存在する
ことを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認がある等により上記判断が全
く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により上
記判断が社会通念上著しく妥当性を欠いていることが明らかで裁量権を付与した目的を逸脱
し、これを濫用したと認められるか否かを基準に判断すべきである。
したがって、在留資格の変更の許否の判断が違法となるのは、上記判断が全く事実の基礎
を欠き、あるいは、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど、被告に与えら
れた裁量権の範囲を逸脱し、又はその裁量権を濫用した場合に限られるというべきである。
 本件処分の適法性
ア 「定住者」の意義
出入国管理法は、我が国への入国・在留を認めるべき外国人について、外国人が我が国で
在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類型化し
た27種類の在留資格を定め、在留資格として定められた活動(出入国管理法別表第1)又は
身分、若しくは地位を有するものとしての活動(同法別表第2)を行おうとする場合に限っ
てその入国・在留を認めることとしている。
そして、在留資格のうち、出入国管理法別表第2の「定住者」には当該活動の前提となる身
分又は地位として「被告が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」
と規定するとともに、この在留資格については、上陸の申請をした外国人が、被告からあら
かじめ告示をもって定める地位を有する者としての活動を行おうとする者でない限り、入国
審査官は上陸許可の証印を行うことができないこととされている(出入国管理法7条1項2
号、9条1項)。
これを受けて定められたのが、本件告示であり、同告示が定める地位に該当しない者は出
入国管理法7条1項2号にいう「定住者」として予定されているものではなく、原則として
上陸を認めない趣旨であることは明白である。
すなわち、本件告示は、「定住者」の在留資格で上陸を許可すべき外国人を類型化して羅列
的に列挙しているのであり、逆に、本件告示に定める地位に該当しない者は、原則として 
「被告が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」として上陸が許可
されるべき者には該当しない者であるということができる。
そして、上陸申請において許可される場合と在留資格の変更申請において許可される場合
とが余りに整合性を欠くことは、外国人の出入国ないし在留全般を公正に管理するという本
来の法の目的にも抵触しかねず、また、本邦における外国人の地位を極めて不安定にするな
どの点で適当ではないから、本件告示が直接的には上陸申請の場合の原則的な許否の要件を
定めているものであって在留資格の変更の許否の要件を定めるものではないとはいうもの
の、上記在留資格の変更申請の許否の判断においても本件告示の内容・趣旨は十分に尊重さ
れるべきである。
したがって、本件告示に定める地位に該当しないことは、在留資格の変更又は在留期間の
更新申請に当たってこれを許可し難いとする方向に働く大きな要因となると解すべきである
が、当該外国人が本件告示に適合しない場合でも、本件告示に類型化して列挙された外国人
の場合と同視し、あるいはこれに準じるものと考えられる人道上の理由その他特別の事情が
あるときには、一定の在留期間を定めて居住を認めるのを相当とする場合はあり得るという
べきであり、上記のような特別の事情があることを考慮して「定住者」の在留資格該当性を
認めるか否かの判断については、被告の広範な裁量に委ねられており、被告に与えられた裁
量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるのは、上記判断が全くの事実
の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られるというべ
きである。
イ 被告は、原告に係る以下の諸事情を考慮して、「定住者」への在留資格変更を適当と認める
に足りる相当の理由がないと判断して本件処分をしたのであって、本件処分における被告の
判断に裁量権の逸脱又は濫用はない。
a 原告が本件告示の定める地位に該当しないこと
本件申請は、在留資格「定住者」への変更許可申請であるが、原告の地位が本件告示に定
めるいずれにも該当しないことは明らかである。
b 原告は形式的親権者にすぎないこと
原告は、本件調停条項によって二女Dの親権者とはなっている。
ところで、被告は、日本人配偶者と離婚したことにより、在留資格「日本人の配偶者等」
に該当しなくなった外国人については、日本人配偶者との間に出生した未成年かつ未婚の
日本人の実子の親権者になっており、かつ、現実に相当期間当該実子を自ら監護・養育し
ている場合においては、日本人の実子が我が国で安定した生活を営むことができるように
するため、原則として、在留資格「定住者」への在留資格の変更許可をする取扱いをしてい
る。
しかし、親権とは、父母が未成年の子に対して持つ身分上及び財産上の監督保護を内容
とする権利義務の総称であって、子の監護教育、居所指定、懲戒、職業許可、財産管理権及
び子の財産に関する法律上の代表をその内容とするものであるところ、二女Dの養育・監
護がすべてBに委ねられており、扶養についての金銭的負担もされていないという事実に
かんがみれば、原告の親権は実際にはその内容をほとんど欠くものといわざるを得ない。
さらに、原告は、本件調停の成立時(平成11年6月24日)はもちろんのこと、本件処分
時(平成12年3月10日)においても、子供らを自ら養育監護しようという積極的意思を有
していなかったことが明らかである。
そして、本件調停条項が定められるに至った経緯について、Bが東京入国管理局入国審
査官に対して、「妻は日本に住みたいため、親権を譲らず、離婚に応じなかった。次女の親
権を譲るのであれば離婚に応じると言うので調停に応じた」、「妻は離婚に応じず、離婚の
条件として在留資格を得るために、子の親権をよこせと言ってきた。子は2人とも私が扶
養していたし、扶養したかったため調停となったが、妻は頑として離婚に応じなかったと
ころ、タイ人専門の婦人団体の支援を得て、Gという有能な弁護士を付けてきた。私の弁
護士は、驚き、こちらに勝ち目はないと悟り、子供だけこちらで養育できたら良いと相手
の言い分を認めたためこのような結果になったものである。」と述べていることをも併せ
考慮すれば、親権の行使という在留資格変更の目的も疑わしく、原告が形式的に親権を有
していることをもって、離婚後もあえて本邦に在留を認めなければならない理由はない。
c 原告の本邦への定着性が強固とはいえないこと
原告は、本国タイにおいて出生し、前回の本邦入国まで、我が国とは何らかかわりのな
かったものであり、前回不法入国した平成元年12月から強制送還された平成7年4月まで
の約5年4月は本邦に不法に滞在していたものである。
そして、不法入国し在留を継続する外国人は、違法な在留を継続するにすぎず、それが
長期間平穏に継続していたとしても、法的保護を受けるものではないのであるから、違法
な在留をもってその定着性を評価することはできない。
そうすると、今回の原告の在留歴は、本件処分時において、約3年3月であって、そのう
ち、B、長女C及び二女Dとの同居期間は、原告が単身で家出をしたと称する平成10年4
月1日までの1年4月にすぎないのであるから、本邦への定着性が強固であったとは到底
認められない。
d 子供らがBの監護下で生活することに特段の支障が認められないこと
Bが子供らに対する養育・監護を放棄している事案は全く認められず、Bは、従来から
子供らの生育に十分に関心を持ち、父親としてのしかるべき行動をとっており、長女C及
び二女Dの2人の子供に対する養育に対するBの意思は堅固なものであると認められる。
また、子供らが通常の生活を送るにあたり、特段の支障が生じている事実はないことは、
子供ら自身が現在の任所を離れたくない旨明確に述べているという事実にかんがみても明
らかである。
e 原告は、二女Dを養育・監護する能力に欠けること
原告は、経済的状況もBに比較して不安定であり、二女Dを引き取った後の生活設計に
ついては、支援者や福祉の関係に相談する旨供述するのみであって、何ら具体性がない。
仮に原告が、二女Dの養育・監護をすることになったとしても、二女Dが原告の保護下
で安定した生活を送れるとは到底いえず、かえって、職場と住居が一緒で、Bとその両親
が同居し(本件処分時には母親も存命中である。)、近所にはBの父親の姉も住んでいるな
どの状況の認められるBによる監護・養育の方がはるかに望ましい。
f 原告が子供らとの面接に一定限度の制約を受けたとしてもやむを得ないこと
そもそも、外国人は、我が国の憲法上も、本邦に入国する自由を保障されるものでない
ことはもとより、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障さ
れているものではないから、仮に原告が、2人の子供と本邦において面接交渉する権利が、
我が国に在留する資格を失って本国へ帰国しなければならないなどの事情から一定の制約
を受けることとなっても、それはやむを得ないというべきである。
そして、仮に原告が、本国に帰国することになっても、子供らとの面接は、必要とあらば、
子供らがタイを訪問することや、原告が短期滞在の査証を新たに取得して本邦に入国する
ことにより可能である。また、子供らにとって原告の在留を認めなければならないような
差し迫った状況も見あたらず、B及びその親族が、原告と子供らとの面接を妨害したよう
な事案はなく、Bが調停での合意事項以上の面接をも容認しているから、仮に原告と子供
らとの毎月の面接が困難になるとしても、夏期休暇等を利用したまとまった期間の面接に
より十分に補えるというべきである。もちろん、原告との文通はもちろんのこと、電話や
ファックス等によるやりとりも十分可能である。
したがって、本件処分により、原告の面接交渉権自体が侵害されるとはいえない。
ウ 原告の主張に対する反論
a 出入国管理法20条3項ただし書の「やむを得ない事由」の具備が必要であること
確かに、平成10年12月3日付けの原告からの在留資格変更許可申請に対して、平成11年
1月27日、被告が「短期滞在」を許可した点については、別件変更申請を不許可処分とし
た上で、事後、別個の手続を進めるべきであり、手続上の瑕疵があったことは否定できな
い。
しかしながら、当時、原告とBとの婚姻関係は破綻状態にあって、「日本人の配偶者等」
の在留資格を付与すべき事情は失われていたのであるから、そのような状況において、別
件変更申請に対して不許可処分をしたとしても、「日本人の配偶者等」の在留資格による在
留期間の更新を許可する余地はなかったため、鹿島港出張所審査官が、原告から事前の相
談があった際に在留資格「短期滞在」に変更許可になる可能性があることを説明していた
こともあり、原告の便宜をも考慮して、改めて「短期滞在」への変更許可申請を指導するこ
となく、別件変更許可を行ったものである。
そして、原告には、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間更新を許可する余地
はなかったこと、原告の別件変更申請に対し、在留資格「定住者」への変更を適当と認める
に足りる相当の理由はないことの事情からすれば、いずれにしても、原告は、法20条3項
ただし書の「短期滞在の在留資格をもって在留する者」といわざるを得ず、本件申請に際
し、同項ただし書の「やむを得ない特別の事情」の具備を求めても信義則に何ら反するも
のではない。
また、本件処分が何ら人道に反するものではないことは、前述のとおりであり、また、別
件変更許可に手続的瑕疵があり、それ故に仮に違法であるとしても、その違法は、別個独
立の処分である本件処分に何ら影響を及ぼすものではない。
b 本件処分が憲法に違反しないことについて
外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度の枠内で与えられているに
すぎないものと解するのが相当であって、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの
保障が与えられているものではないから、在留する外国人に対する憲法の基本的人権の保
障は、違法な在留資格という基盤の上において与えられているにすぎないものである。そ
して、その基盤を形成する在留の許否を決定する国家の裁量を拘束するような範囲まで基
本的人権の保障が及ぶものと解することはできない。
したがって、本件処分が、原告の挙げる憲法の各条項に違反しないことは明らかである。
c 本件処分が人道に反せず裁量権の濫用に当たらないことについて
そもそも、本件処分には、原告に退去を強制する効力はなく、原告に退去を強制するか
どうかは、別途退去強制手続において決定される事柄であるから、退去強制がされること
を前提とする原告の主張は失当というべきである。また、この点を措くとしても、長女C
及び二女Dは、現実にはBに監護・養育されているのであり、日常生活において、原告は、
長女C及び二女Dとは別居していること、また、原告が本国への帰国を余儀なくされたと
しても、前述のとおり、新たに「短期滞在」の在留資格により本邦に入国したり、日本人実
子がタイを訪問することによって、本件調停により確認された原告の面接交渉権を行使す
ることも可能であることに照らせば、本件処分は何ら人道に反するものではなく、裁量権
の濫用に当たらないことは、明らかである。
d 本件処分には原告の親権及び面接交渉権を考慮しなかった違法はないことについて
本件処分は原告の上記各権利を侵害するものではないから、原告の主張は失当である。
e 本件処分は国際人権条約に違反しないことについて
原告は、①世界人権宣言16条及び25条、②児童の権利に関する条約3条及び9条、③A
規約10条、④B規約17条及び23条、⑤女子差別撤廃条約16条に違反する旨主張する。
しかしながら、上記主張は以下のとおりいずれも失当なものである。
 ①の世界人権宣言については、そもそも、その前文が示すとおりあくまで道義的次元
のものであって、確立された法意識に支えられた法的拘束力を有するものではないので
あり、また、国際慣習法の原則からも国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負
うものではない。
 ②の児童の権利に関する条約に関して、まず、同条約9条は、平成6年5月16日に国
連事務総長に通告した書簡において、「日本国政府は、児童の権利に関する条約第9条1
は、出入国管理法に基づく退去強制の結果として児童が父母から分離される場合に適用
されるものではないと解釈するものであることを宣言する。」としているのであって、上
記宣言の内容をみれば、本件処分に何ら違法性がないことは明らかである。
そして、そもそも児童の権利に関する条約9条4において、父母の一方若しくは双方
又は児童の退去強制の措置に基づき、父母と児童とが分離されることがあることを予定
していることをみれば、外国人親が日本国籍を有する子供の監護・養育に関与する法的
地位は、当該外国人の本邦における在留が認められる枠内において保護されるものにす
ぎないというべきである。
また、上記のとおり解される以上、同条約3条1に規定する「最善の利益」も、我が国
の出入国管理制度の枠内で実現されるにすぎないものであることもまた明らかである。
 ③のA規約10条についていえば、そもそも、A規約は、その完全な実現について漸進
的な達成を定める(2条1)など方針規定としての性格が強く、個人に対し即時に具体
的な権利を付与すべきことを定めたものではない。
したがって、A規約の定めをもって、本件処分の違法性を根拠付ける原告の主張には
理由がない。
 ④のB規約17条及び23条についていえば、外国人を自国内に受け入れるかどうか、こ
れを受け入れる場合にいかなる条件を付すかは、国際慣習法上、当該国家が自由にこれ
を決することができるというのが原則であるところ、同規約13条1項が、外国人につい
て、法律に基づいて退去強制手続をとることを容認していることからも明らかなよう
に、同規約は、上記国際慣習法上の原則を当然の前提とし、その原則を基本的に変更す
るものとは解されない上、同条文は、その文言からして、外国人の在留の権利について
特に定めたものとは認められない。
 ⑤の女子差別撤廃条約に関して、原告は、本件処分が同条約16条に違反する旨主張す
るが、その具体的根拠は述べていない。
もとより、本件処分において男女差別の点は何ら存在しないのであるから、原告の主
張は理由がない。
4 争点
 在留資格変更申請に対する許否に係る被告の裁量権の有無及び範囲(争点1)
 本件処分に際し、被告がその裁量を逸脱し、又は濫用したか否か。( 争点2)
 本件申請について、出入国管理法20条3項ただし書が適用されるか否か及び適用されるとし
た場合において、原告が同項の定める「やむを得ない特別の事情」を具備しているか否か。(争
点3)
 本件処分は、憲法13条、14条1項、24条2項に違反するか否か。(争点4)
 本件処分は、世界人権宣言、児童の権利に関する条約、A規約、B規約、女子差別撤廃条約等
に違反するか否か。(争点5)
第3 当裁判所の判断
1 争点1について
 外国人は、憲法上、我が国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を
保障されてはおらず、また、国際慣習法上も、国家は外国人を受け入れる義務を負うものでは
なく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れ
る場合にいかなる条件を付するかは、当該国家が自由に決定することができるものとされてい
る。
また、出入国管理法は、我が国に在留する外国人の在留資格の変更の許否について、被告が
「在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」許可するものとし(出
入国管理法20条3項)、その許否の判断について特に考慮すべき事項や考慮すべきでない事項
を定めるなど、その判断を覊束する規定をおいていないこと、元来外国人の出入国管理は、国
内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持を目的と
して行われるものであって、上記のような国益の保護の判断については、広範な情報を収集し
その分析の上に立って、時宜に応じた的確な判断が必要であり、ときに高度な政治的な判断を
要求される場合もあり得ること、上記のような判断については出入国管理行政を任されている
被告が責任を負うべき建前になっていると解されること等にかんがみれば、外国人の在留資格
の変更の許否の判断は、被告の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。
 したがって、在留資格の変更の許否の判断が違法となるのは、その判断の基礎とされた重要
な事案に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠くか、又は事実に対する評価
が明白に合理性を欠くこと等によりその判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明
らかであるなど、被告に与えられた裁量権の範囲を著しく逸脱し又は濫用した場合に限られる
というべきである。
2 争点2について
 「定住者」の意義について
出入国管理法は、前記のとおり、我が国への入国及び在留を認めるべき外国人について、外
国人が我が国で在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目
して類型化した同法別表第1及び同法別表第2所定の各在留資格を定め、在留資格として定め
られた活動(同法別表第1)又は身分若しくは地位を有するものとしての活動(同法別表第2)
を行おうとする場合に限って、その入国・在留を認めることとしている。
そこで、在留資格の変更の許否の判断に当たっては、当該外国人が希望する在留資格につい
て、当該外国人の行おうとする活動が出入国管理法別表第1に類型化された活動又は同法別表
第2に類型化された身分若しくは地位を有する者としての活動に該当するか否かにつき、判断
すべきこととなるところ、同法別表第2の定める在留資格「定住者」については、法は、当該活
動の前提となる身分又は地位として「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定し
て居住を認める者」と規定している(同表下欄の「本邦において有する身分又は地位」欄)。
上記の規定は、社会生活上、外国人が我が国において有する身分又は地位は多種多様であり、
出入国管理法別表第2の「永住者」、「日本人の配偶者等」及び「永住者の配偶者等」の各在留資
格の下欄に掲げられた類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位を有する者と
しての活動を行おうとする外国人に対し、人道上の理由その他特別の事情を考慮し、その居住
を認めることが必要となる場合が考えられ、また、我が国の社会、経済情勢の変化によって、こ
れらの在留資格の下欄に掲げられた類型の身分又は地位のいずれにも該当しない身分又は地位
を有する者としての活動を行おうとする外国人の居住を認める必要が生じる場合も考えられる
ことから、法は、このような場合に臨機に対応することができるように、同法別表第2に「定住
者」の在留資格を設け、同表のその他のいずれの在留資格にも当たらない外国人を一定の範囲
で受け入れることを可能としたものと解される。
このような規定の趣旨にかんがみれば、上記の「特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定
して居住を認める」か否かの判断は、被告の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相
当である。
 本件処分が根拠とした事情
被告は、①原告が本件告示の定める地位に該当しない、②原告は形式的親権者にすぎない、
③原告の本邦への定着性が強固とはいえない、④子供らがBの監護下で生活することに特段の
支障が認められない、⑤原告には二女Dを養育・監護する能力に欠ける、⑥原告が子供らとの
面接に制約を受けてもやむを得ない、などの事情を考慮して、在留資格の変更を適当と認める
に足りる相当の理由がないと判断したと主張する。
そこで、本件処分が、全く事案の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明ら
かであるなど、被告に与えられた裁量権の範囲を著しく逸脱し又は濫用した場合に当たるか否
かについて検討する。
 原告の事情
各項末尾に掲げる証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 日本人の夫との婚姻及び離婚に至る経緯
a 原告は、タイで生まれ育ったが、実家が貧しかったため、原告が19歳のとき、本邦にお
いて不法就労する目的で、平成元年《日付略》、本邦に不法入国した。
原告は、平成2年5月ころに銚子市の寿司屋「E」で板前をしていたBと知り合い、平成
3年3月ころから同人と同棲し、内縁の夫婦となった。(甲16)
b このころ、Bには、昭和62年に婚姻したフィリピン人女性の妻(以下「前妻」という。)
及び同人との間に生まれた長男(昭和63年《日付略》出生。以下「長男」という。)がいたが、
Bは、平成3年《日付略》、この長男の親権者を母親である前妻と定めた上で、前妻と正式
に離婚した。
上記離婚に際して、Bは、前妻に対して慰謝料として350万円を支払い、前妻は、長男を
連れてフィリピンに帰国した。(乙3の2、原告本人)
c 原告は、平成4年《日付略》、Bとの間に長女Cを出産し、平成6年《日付略》、正式に婚
姻届を提出し、そのころからBと共に、同人の実家にて、同人の両親、祖母と同居すること
になった。
原告は、平成6年《日付略》、Bとの間に、二女Dを出産し、子供らのためにも正規の在
留資格を取得したいと考えるようになり、いったんタイに帰国し、正規の在留資格を取得
した上で本邦に再入国することにした。
そこで、原告は、平成7年《日付略》、東京入国管理局第2庁舎に自主出頭の上、子供ら
を連れてタイに帰国し、「日本人の配偶者等」の在留資格を取得して、平成8年12月7日に
本邦に再入国し、本邦におけるBとの結婚生活を再開した。(甲16)
d ところが、その後、Bには原告の他に交際しているタイ人女性がいることが判明したこ
と等をきっかけとして、原告とBとの夫婦関係は悪化するようになった。
しかし、原告は、在日タイ大使館を訪ねて相談するなどしながら、子供らのためにも離
婚を思いとどまっていた。
そうしたところ、原告は、平成10年3月30日夜、友人のタイ料理店で原告の誕生日を友
人に祝ってもらって帰宅したところ、鍵をかけられて自宅から閉め出され、車の中で一夜
を明かすことになり、翌日もBから出ていけと怒鳴られた。そのため、原告は、もうBと暮
らすことはできないと考えて、同年4月1日、Bの家を出て、東京の友人宅に身を寄せる
ことになった。
そして、同月6日が長女Cの小学校入学式であったため、原告は、同日、Bの家を訪ねた
ものの、長女Cには会わせてもらえず、原告に駆け寄ってきた二女Dとも、Bによって無
理やり引き離されてしまった。
そこで、原告は、このままでは子供らをB家に取られてしまうと思い、同月14日、ボラ
ンティア団体の支援等も得て、千葉家庭裁判所八日市場支部に離婚調停を申し立て、平成
11年6月24日、本件調停条項のとおり調停が成立した。(甲1、16)
イ 子供らの親権者、養育・監護権者決定に至る経緯
上記の離婚調停においては、当初、原告及びBの双方が、互いに子供らとの同居及び親権
を求めて譲らず、話し合いは対立していた。
原告は、離婚調停を申し立てたころには、子供ら2人の親権者となり、子供らをタイに連
れて帰りたいと思っていたが、次第に、子供らが日本で生まれ育っているので、タイに連れ
て帰ることは子供らにとって望ましいことではないと考えるようになった。しかし、Bは、
原告に対して子供ら2人の養育費の支払に応じる様子はなく、当時、仕事もないまま友人宅
に身を寄せていた原告にとっては、日本で、子供ら2人を養育していくことは経済的に不可
能であった。また、原告は、子供らのうち1人であれば、引き取って養育することも可能であ
ろうと考えたものの、子供らの心情を慮ると、2人姉妹を引き離すことはできないと居った。
そこで、原告は、子供らにとっての幸福を考えた結果、B自身には、子供らの養育・監護を
まかせることはできないものの、Bと同居しているBの両親及び祖母が子供らをかわいがっ
ていたこと、Bの家は寿司屋を営んでいて経済的に裕福であることなどを考えて、当分の間、
子供らの養育・監護をBに委ねることに同意することとした。
その結果、本件調停条項記載のとおりの内容で、調停が成立した。
なお、原告としては、子供らが原告と生活することを希望した場合、原告自身の生活基盤
が安定した場合、B家の家族が子供らの面倒をみなくなった場合、Bが再婚して子供らがい
じめられたような場合などには、直ちに子供らを引き取るつもりがあり、本件調停条項に「当
分の間」と明記されたのも、その趣旨であると理解していた。(甲16、原告本人、証人B)
ウ 調停成立後の原告と子供らとの面接交渉状祝
a 原告は、調停成立後、ほぼ毎月、本件調停条項に従い、東京から銚子市まで子供らに会い
に行き、面接交渉を行っている。
そして、原告は、子供らの学校が終了する時刻(面接交渉の日が土曜日である場合には
昼の12時ころ、週末以外の日である場合には午後3時半ころから)から東京に帰るための
最終電車が出る時刻(午後6時半ころ)までの間、銚子駅付近のデパートなどで買い物や
食事をするなどして、子供らと共に過ごしている。
なお、原告の自宅から銚子市までは、片道約3時間かかり、電車賃として片道約4000円
程度を要する。(甲16、原告本人、証人B)
b 原告は、本件調停条項に従い、夏休み、ゴールデンウィーク、冬休みには、それぞれ数日
間から1週間位の期間ずつ、子供らを原告の自宅に泊まりがけで連れてきて、共に過ごし
ている。
原告は、これらの機会には、子供らを遊園地に連れていったり、デパートで買い物や食
事をしたりして過ごしており、そのための費用として、下記の交通費も含めてその都度10
万円程度を負担している。
また、東京と銚子間の子供らの送り迎えは原告が担当しており、そのための交通費(子
供2人分の往復で約3万円)なども原告が負担している。
なお、上記の負担や前記aにおける負担は、後記のような原告の就業の状況及び収入に
照らせば、原告としては、時間的にも、経済的にも、精一杯の負担である。(甲16、原告本人、
証人B)
c そのほか、原告は、本件調停条項に定められた面接交渉以外にも、子供らからの電話連
絡で会いたいと言われた場合には、休みをとり、銚子駅まで会いに出向いている。(原告本
人)
d 一方、Bは、子供らが原告との面接交渉を楽しみにしていることから、子供らに対し、原
告と会うことを禁じたりはせず、本件調停条項に定められた以上の期間、回数であっても、
子供らと原告が決めた日に自由に面会させている。(原告本人、証人B)
エ 原告の生活状況
a 原告は、平成11年1月からは頭書住所地に単独で居住している。(甲16)
b 原告は、離婚後しばらくハウスクリーニングの仕事をした後、平成11年8月からはタイ
屋台料理店「H」において、ホール担当の従業員として働き始め、午前10時半から午後4
時までは同店渋谷店で稼働し、午後5時から午後10時半までは同店池袋店で稼動し、月給
を20万円ないし22万円程度得て、子供らのために月に5万円の貯金も行うようになった。
その後、原告は、ホールではなく、キッチンを担当する仕事を希望していたことから、平
成12年7月に上記「H」を辞め、タイ料理店「I」で、キッチン担当の従業員として働き始
めた。しかし、同店の月給は13万円から14万円程度であるため、貯金はできなくなり、生
活も苦しくなった。
原告は、平成14年1月に開店するタイ料理店での採用が内定し、同店での仕事内容は原
告が希望しているキッチン担当で月20万円の収入が得られる条件であったが、原告の在留
資格について裁判で係争中であることから、採用が保留となった。(原告本人、甲16、23)
c 原告は、Bが再婚するなどして子供らがBの下で幸福に過ごせなくなった場合、子供ら
が望む場合には、いつでも自ら監護・養育したいと考えており、そのために、上記のとお
り貯金をしている。
原告には、原告がBと不仲になったころから原告を支援してきたボランティア団体「J」
の人々等の支援者がおり、今後も、原告の経済的問題等については、これらの人々や福祉
に相談して解決したいと考えている。(甲17、原告本人)
オ B家の状況
a Bの祖母は、平成11年11月に亡くなり、Bの母は、本件処分後である平成12年12月に亡
くなった。(証人B)
b Bは、Bの父が経営する寿司店で働いており、同店の開店時間は午前11時から午後11時
までである。B家には、B家の近所に住むBの叔母が手伝いに来て、店の手伝い及び子供
らの世話を行っている。(原告本人、証人B)
c 原告は、平成13年8月ころ、上記叔母から、電話で、Bが、子供らを自宅に置いたまま、
原告との離婚前に交際が発覚した女性とは別のタイ人女性と出て行ってしまい、どこにい
るかわからず困っているなどの連絡を受けたことがある。
そして、原告は、Bが、原告と同居しているころから、寿司店が忙しいとき以外は、昼間
からパチンコ屋や愛人の家などに出て行ってしまったまま自宅に帰らないなど真面目さを
欠いていたことや、離婚後においても、上記のとおり、タイ人女性との交際が発覚したほ
か、面接交渉の日にちを決めるためなどにBの携帯電話に連絡すると電話越しにパチンコ
店の音が聞こえてくるなど、Bがまじめに就労していない様子が窺えるため、このまま子
供らの養育・監護をBに委ね続けることについて不安を抱いている。(原告本人)
カ 子供らの状況
a 現在、長女Cは10歳(処分時には8歳)、二女Dは7歳(処分時には5歳)であり、原告
とともに平成8年12月7日に来日して以来、Bの家でBと共に暮らしている。(弁論の全
趣旨)
b 子供らは、原告を深く慕っており、原告との面接交渉の時間を非常に楽しみにしている
ほか、原告に頻繁に電話をかけたり、手紙を書いたりしている。
また、子供らは、原告がタイに帰国してしまって会えなくなってしまうことを非常に心
配しており、原告の在留資格の状況についても、子供らなりに気遣い、原告には今後も日
本に居てほしいと願っている。(原告本人、甲10ないし15、19ないし22)

 

退去強制令書執行停止申立事件
平成13年(行ク)第149号
申立人:A、相手方:東京入国管理局主任審査官
東京地方裁判所民事第3部(裁判官:藤山雅行・鶴岡稔彦・廣澤諭)
平成14年6月20日
決定
主 文
1 相手方が平成13年9月5日付けで申立人に対して発付した退去強制令書に基づく執行は、本案
事件(当庁平成13年(行ウ)第374号退去強制令書発付処分取消等請求事件)の第一審判決の言渡
しの日までの間これを停止する。
2 申立費用は相手方の負担とする。
理 由
第1 当事者の申立て
1 申立ての趣旨
主文第1項同旨
2 相手方の意見
本件申立てを却下する。
第2 申立ての理由
本件申立ての理由の要点は、法務大臣が、申立人は難民であるのに申立人のした難民認定申請
を認めず、申立人の出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)49条1項の異議の申出に対
して、在留特別許可を認めずに同異議の申出に理由はない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)
をしたところ、申立人は難民であるのに申立人を難民に該当しないと判断した法務大臣の判断に
は重大かつ根本的な事実誤認による裁量権の逸脱濫用がある上、申立人に対し法49条1項の異議
の申出に理由がないとの裁決を行うことは、申立人を本国に送還することを是認する処分である
というべきであるから、難民を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民の地位に関す
る条約(以下「難民条約」という。)33条1項、法53条3項に違反していて(ノン・ルフールマン
原則違反)、本件裁決は違法であり、本件退去強制令書発付処分は、違法な裁決を前提とする点で
違法なものであるほか、それ自体についても、送還先をパキスタンとする点でノン・ルフールマ
ン原則違反、「拷問及びその他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰を禁止
する条約」(以下「拷問等禁止条約」という。)違反があり、難民不認定処分に対する異議申出権を
侵害する違法なものであって、本件退去強制令書発付処分は取り消されるべきであるから、本件
は「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に当たらず、申立人には
本件退去強制令書の収容部分及び送還部分のいずれについても回復困難な損害を避けるため執行
停止を求める緊急の必要性がある、というものである。
第3 当裁判所の判断
1 「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25条2項)の要件の
有無について
 本件退去強制令書発付処分に基づく収容の執行について
ア 行政事件訴訟法25条2項の「回復の困難な損害」とは、処分を受けることによって生ずる
損害が、原状回復又は金銭賠償が不能であるとき、若しくは金銭賠償が一応可能であっても、
損害の性質、態様にかんがみ、損害がなかった現状を回復させることは社会通念上容易でな
いと認められる場合をいう。
この点につき、相手方は、「行政処分の執行によって通常生じる損害は、そもそも『回復の
困難な損害』には当たらない。」として、退去強制令書発付処分の執行によって生じる身柄の
拘束そのものは「回復困難な損害」に当たらないという趣旨の主張をする。しかしながら、こ
のような解釈は、行政事件訴訟法25条2項の文言から当然に導き出される解釈ではない上
に、現在の裁判実務においても、一般的には採用されていない解釈であるといわざるを得な
い。例えば、退去強制令書発付処分に関してみても、その送還部分の執行によって「回復困難
な損害」が生じるものとして執行停止を認めることが可能であることは一般的に承認されて
いる事柄であるけれども、その根拠として指摘されているのは、強制的に出国させられるこ
とにより訴訟代理人との打合せ等に困難が生じ、本案訴訟の追行が困難になること等である
が、これは、まさに送還部分の執行によって必然的かつ類型的に生じる損害なのであり、こ
れを送還そのものと区別し、処分の執行によって「通常」生じる損害ではないというのは、言
葉の遊びにすぎない。また、建築物の除却処分や物件の廃棄処分によって当該建築物や物件
が失われるということは、まさに処分によって「通常」生じる損害のはずであるが、それによ
って失われる価値(その価値の中には、金銭的、文化的、歴史的価値等様々なものが含まれよ
う。)がいかに大きなものであれ、「通常」生じる損害にすぎないから、執行停止が認められる
余地はないとは解されていないはずであり(その価値の程度によっては、「回復が困難な損
害」に当たらない場合もあり得ようが、それは、価値の程度等に着目してそのようにいえば
足りるのであって、わざわざ「通常」生じる損害に当たらないなどという議論を持ち出す必
要はない。)、ここでも「建築物や物件の喪失」とそれによって失われる価値の喪失とを区別
して、「建築物や物件の喪失」そのものは「回復の困難な損害」に当たらないと主張すること
にどれだけの意味があるのかは疑問である。以上を要するに、処分によって通常生じる損害
であるかどうかで「回復の困難な損害」に当たるかどうかを区別しようとする見解には、論
理的な無理があるといわざるを得ないのであり、採用できるものではない。
また、相手方は、「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要」があるかどうかについては、
行政処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性とこれを執行することによって
行政処分の相手方が被るおそれのある損害とを比較衡量する必要があるところ、退去強制令
書の発付を受けた者を送還するためにその身柄を確保し、本邦内での活動を制限するという
行政目的には極めて大きな公益上の必要があり、これは、身柄の収容によって通常生じる損
害を上回るものであるから、単に身柄が収容されるというのみでは上記の要件を充たすもの
ではないという主張もするのであるが、この主張は、その前提に誤りがあるものといわざる
を得ない。すなわち法52条5項は、入国警備官は、退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送
還することができないときは、送還可能のときまで収容を行うことができるという趣旨の規
定を置く一方、同条6項は、入国者収容所長又は主任審査官は、上記の場合において、退去強
制を受ける者を送還することができないことが明らかになったときは、住居及び行動範囲の
制限、呼出に対する出頭の義務その他必要と認める条件を付して、その者を放免(特別放免)
することができると定め、また、法54条は、退去強制令書発付処分に基づいて収容されてい
る者に対し、一定の条件等を付して仮放免をすることができる旨を定めている。これらの規
定、特に、特別放免、仮放免制度を定めた法52条5項、54条の規定は、退去強制手続を受け
ている外国人といえども人身の自由が認められるべきものであり、退去強制のためとはいえ
合理的な理由もなく、その身柄を拘束し続けることは相当ではないところから、逃亡等によ
って退去強制の執行が困難になるおそれが低い場合には、一定の条件を付した上で、当該外
国人の身柄を解放することを定めたものであり、このことは、退去強制令書発付処分に基づ
く収容は、あくまでも、退去強制の執行を確保するための手段として行われるものにすぎず、
それ自体が退去強制令書発付処分の目的ではないし、また、外国人の本邦内における活動を
制限することを目的とするものでもないことを意味するものというべきである(以上のよう
な解釈は、決して当裁判所の独自の解釈ではない。出入国管理事務の担当者の著作である坂
中英徳=斎藤利男・出入国管理及び難民認定法逐条解説543頁は、法39条の収容の目的は、
「退去強制手続において被退去強制容疑者の出頭を確保して容疑事実の有無についての審査
を円滑に行うため、及び最終的に退去強制の処分が確定したときにその者の送還を確実に実
施する」ことにあるとし、同606頁は、退去強制令書に基づく収容も、被退去強制者の送還と
いう目的を達成するためのものであるという趣旨の説明をした上、同612頁において、上記
の特別放免の目的が、被退去強制者について「送還の目処も立たないのに収容を続けること
は、人道上問題である」ことから行われるものであるとし、被退去強制者の人身の自由の観
点からの処分であることを肯定している。そして、現在の出入国管理実務においても、退去
強制令書発付処分取消訴訟を提起している者について、収容期間が相当程度長期に及んだ場
合には、仮放免を認めるという運用がされている例が多く、これは、まさに、上記のような配
慮に基づくものと解されるのであり、身柄の確保の必要性を常に身柄収容によって生じる損
害よりも上位に置く相手方の主張は、自らの見解や実務にも反するものといわざるを得ない
のである。)。したがって、相手方の主張を前提としたとしても、比較衡量されるべきは、退去
強制の執行という目的のために身柄を確保しておく必要性の程度と収容によって生じる損害
の程度なのであり、しかも、この考量に当たっては、身柄確保の必要性を具体的に判断すべ
きものであると解することこそが、上記のような規定の趣旨に合致するものというべきなの
であって、身柄確保の必要性が一律に身柄収容によって生じる損害を上回ると断定すること
は法の趣旨に合致しない主張であるといわざるを得ない(相手方の引用する杉本良吉・行政
事件訴訟法の解説の記載は、「具体的事情の下において、後者(当該処分の不停止によって維
持される公共の福祉)とにらみ合わせて、それ(停止によって原告の受くべき利益)を犠牲と
してもなお救済に値いする程度の損害かどうか相対的に決まる」というものであることから
すると、この比較衡量は当該処分の一般的な行政目的と処分によって通常発生する損害とを
類型的に比較することでは足りず、当該処分をすべき必要性とそれによって生ずる原告の不
利益とを個別、具体的に比較衡量すべきであって、このことは、執行停止制度の趣旨のみな
らず、警察比例の原則からしても当然のことであって、相手方の引用する平成14年4月26日
最高裁判所第2小法廷決定も、その文言からして同様の立場に立つものと思われる。)。
以上に検討した点を総合考慮し、かつ、人身の自由は重大な法益であって、それが侵害さ
れた場合には、その回復そのものは極めて困難であることを考慮すると、少なくとも、後記
4のとおり本案について理由がないものとはいえず(その意味で、退去強制令書発付処分が
違法である可能性が排除されず)、しかも、後記4のとおり当該外国人のこれまでの行動
や、生活状況、収容期間が既に8ヶ月を超えていること、身元保証人の存在その他の事情に
照らし、逃亡のおそれが低く、退去強制の執行のために身柄確保の必要性が低いにもかかわ
らず行われるような身柄の拘束は、いわば「いわれのない身柄の拘束」であって、それによっ
て生じる損害は、それ自体として「回復の困難な損害」に当たるものというべきである。
なお、相手方は、「収容部分の執行停止を得た外国人は、何ら在留資格がないにもかかわら
ず、特別放免や仮放免の場合のような制限を受けることもないまま本邦内で活動することが
できることになり、この結果は、容認し難いものである。」という趣旨の主張もしているが、
この主張は、執行停止制度の存在意義を正面から否定するものであるのみならず、後記4
及び5のとおり、申立人について収容によってその活動を制限することの適否又はその必要
性には大いに疑問があるし、仮に相手方において申立人の活動に制限を加える必要性がある
と認めるのであれば、退去強制令書発付処分を自庁取消しした上で、改めてその発付をする
とともに、職権で仮放免とすることも可能なのであるから、いずれにせよ上記主張は理由が
ないものというべきである。
イ また、仮に、申立人の受ける損害が相手方のいうように金銭賠償により回復が可能である
としても、違法な退去強制令書に基づく収容については刑事補償法のように無過失責任を認
める法的手当がされていないため、これまでの入管実務やこれに対する裁判所の対応状況に
照らすと、相手方に相当重大な事実誤謬があるなどの事情がない限り、当該収容について国
家賠償法上の違法性が否定され、金銭賠償が全く認められない可能性が高く、この意味でも
損害の回復が困難であることに留意しなければならない。
ウ しかして、本件においては、前記のとおり、本件処分によって申立人は、事後的に回復する
ことが困難な損害を受ける蓋然性が高いものといわざるを得ないし、仮に、本件において、
行政目的の達成の必要性をも考慮すべきである旨の相手方の上記主張を前提とするとして
も、現時点において申立人を収容しなければ将来の退去強制の執行などの行政目的に支障が
生ずることについて、具体的なおそれの有無を検討することなく、抽象的かつ一般的なおそ
れを指摘するのみで、単なる行政処分で身柄拘束という重大な人権侵害行為を行い、かつ、
その執行停止を認めないことには、憲法上の問題も生じかねず、この点について具体的な支
障が生ずることの疎明がない本件においては、申立人には事後的に回復することが困難な損
害を受ける蓋然性が高いものというほかない。
 本件退去強制令書に基づく送還の執行について
本件において、本件退去強制令書に基づき申立人がパキスタンに送還された場合には、申立
人の意思に反して申立人を送還する点で、そのこと自体が申立人にとって重大な損害となるほ
か、申立人と訴訟代理人との間で訴訟追行のための十分な打合せができなくなるなど、申立人
が本案事件の訴訟を追行することが著しく困難になることは明らかである。また、仮に申立人
が本案事件について勝訴判決を得ても、その送還前に置かれていた原状を回復する制度的な保
障はないことや、後記のとおり申立人については本案事件において勝訴の見込みが相当程度あ
ると考えられることをも考慮すれば、申立人は、本件退去強制令書に基づく送還の執行により
回復の困難な損害を被るものと認められ、本件については、こうした損害を避けるため本件退
去強制令書に基づく送還の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきである。
2 「本案について理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当するかどうかの判
断のあり方
この点については、「本案について原告が主張する事情が法律上理由がないとみえ、又は事実上
の点について疎明がないとき」と解すれば足りるのであり、後記認定のように本案の慎重な審理
を経ずして相手方に裁量権の逸脱濫用がなかったと断ずることが困難な場合には、この要件を充
たすものというべきである。
なお、相手方は、この「本案について理由がないとみえるとき」とは、双方から提出された疎明
方法に照らして、本案に関する申立人の主張が一応理由なしと認められるときという意味である
としているところ、その意味するところは必ずしも明らかではないが、相手方は、自説を裏付け
るものとして、「行政事件訴訟法に基づく執行停止をめぐる実務上の諸問題」司法研究報告34輯
1号59頁を参照すべきものとしており、同頁には上記の当裁判所の見解と同旨の記載がされてい
る。
3 本件退去強制令書の送還部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか
否か
 前記2の説示を前提に本件の同要件該当性を検討するに、申立人は、前記第2のとおり、本
案事件において、本件処分の取消しを求める理由の一つとして、本件退去強制令書において送
還先をパキスタンとしたことが難民を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民条約
33条1項、法53条3項のノン・ルフールマン原則に違反している旨主張して本件処分の取消
しを求めている。したがって、申立人が難民であると認められる場合には、本件退去強制令書
において難民である申立人の送還先を迫害のおそれのあるパキスタンとした点でノン・ルフー
ルマン原則違反があることとなり、少なくとも本件処分の送還部分が違法となり得るものであ
るから、まず、申立人の難民該当性について検討する。
 疎明資料によれば、申立人の出身国であるパキスタンの情勢及び申立人につき、次の事実が
一応認められる。
ア イギリス領インド時代のカシミールは藩王国を形成しており、藩王はヒンドゥー教徒であ
ったのに対し、藩民の約5分の3はイスラム教徒であったところ、1947年のインド・パキス
タンの分離独立に際して、カシミール藩王が最終的にヒンドゥー教国のインドへの加入を選
択したことから、これに反発したイスラム教国である隣国パキスタンとインドとの間で、同
年に第1次インド・パキスタン戦争が勃発し、1949年に停戦が成立したものの、カシミール
は、国連決議に基づいて取り決められた停戦ライン(1971年の戦争の後「管理ライン」と再
定義された。)により両国で暫定的に分割領有された。その結果、約10.5万平方キロメートル
のインド側はジャンムー・カシミール州としてインド連邦の1州を構成し、パキスタン側カ
シミールは、7.9万平方キロメートルはアーザード・カシミール州及び北方地域とされた。
イ JKLF(ジャンムー・カシミール解放戦線)は、カシミールのインド・パキスタンからの独
立を求める団体であるNLFを前身とし、カシミールのインド・パキスタン両国からの独立を
目指すとの思想を掲げ1985年から活動を開始した政治組織であり、活動開始の当初は、カシ
ミールで活動する主要な軍事的集団の一つであったが、1993年ころまでには軍事的勢力を
失い、1994年にはJKLFの指導者であるヤシン・マリクが軍事的闘争の放棄を宣言し、政治
的交渉を提唱するに至った。
ウ パキスタン政府は、少なくともJKLFが平和的対話路線に転換した後はこれを支援してい
ない。
エ 申立人は、1973年にパキスタン領カシミールの《地名略》で出生したパキスタン国籍を有
する者であるところ、1991年にカレッジ(日本の短大に相当する。)卒業後、自らと同じ思想
を掲げるJKLFの準会員となり、同年11月ころからは、JKLFのメンバーとともにインド統治
下のカシミールに赴き、カシミールの解放を求めてインド政府軍との戦闘に加わった。
申立人は、1993年5月ころ、パキスタン統治下のカシミールに戻ってきたところを、パキ
スタン政府の軍情報機関(ISI)により逮捕され、インドに渡った目的や所属組織を黙秘し、
かつ、ISIがインドに渡り再び戦うように強要したのを拒否したことにより、4ヶ月にわた
り、殴る蹴るの暴行、さらには電気ショックなどの拷問を受けた。
オ 申立人は、身柄解放後の1994年6月19日、正式にJKLFのメンバーとなり、ムザファラバ
ードに設置されたJKLFの事務所において、主に思想啓蒙活動(パンフレット作成、会合のア
レンジ等)を担当する部署に配置され、1996年からは当務部署のリーダーを務めるようにな
った。
カ JKLF の創設者のマクウール・バットの命日である1998年2月11日にムザファラバード
で1万人規模の集会が行われ、申立人は、この集会で、カシミールの独立を阻止しようとす
るパキスタン政府を非難する演説をし、演説中、パキスタンの国旗に火を付けて燃やした。
警備に当たっていた警察官らはすぐさま申立人を取り押さえようと駆け付けたが、同時に
JKLFのメンバー多数がこれを止めようとして抵抗したため、会場全体が混乱状態となり、そ
の隙に申立人は何とか逃亡した。
申立人は、ムザファラバードにあるJKLFが用意した隠れ家で2日間過ごしたが、集会の
翌日には警察官が申立人の実家を訪れ、申立人を逮捕するため捜査している旨を両親に告
げ、その旨記載された書面(疎乙4の3)を父親に渡したことを知った。その書面には、申立
人が、15名から20名の者を率いて、国旗を燃やしたことのほか、パキスタン政府に反逆を宣
言して公共施設を壊したり、公務執行を妨害し、その結果、警官1名が負傷したことなど、申
立人が関与したとは考えていない事項についても申立人に責任がある旨の記載がされてい
た。
そこで、申立人は、同じくJKLFの事務所があるイスラマバード近くの《地名略》の隠れ家
に移動した。
キ 申立人は、その隠れ家で1ヶ月半ほど身を潜めていたが、このままでは身柄を拘束され、
JKLFに所属していることを理由として、身に覚えのない罪を認めるよう拷問を受け、その結
果、不当な刑罰を受けるおそれがあると危倶し、国外に逃亡するしかないと考えるに至り、
申立人の叔父も、国外逃亡を勧め、友人であるBという者に申立人を国外に逃亡するための
手配を依頼した。
Bは、申立人に対し、直接庇護国へ出国することは無理で、とりあえずケニアへ出国した
後に、第三国への出国を手配することは可能である旨述べ、申立人は、同人の手配により
1998年4月初めごろケニアへ入国した。
ク その後、Bは、日本へ入国するなら手配できるとして準備を進め、申立人は、JKLFの事務
所があるヨーロッパヘの出国を希望していたが、Bに従い、日本に向けて出発し、1998年7
月25日、短期滞在の在留資格で日本に入国した。
 以上の事実によれば、申立人は、今回の我が国入国時には、その本国であるパキスタンにお
いて、特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受け、かつ、拷問
を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する者であったということができ、難
民条約31条所定の難民に該当していたと一応認められる。また、相手方の提出した連合王国内
務省移民・国籍局国際情報及び政策部作成のアセスメント(疎乙28の2)中に、パキスタンで
は「警察は、人々を常に拷問し、虐待する」との記載があることからすると、自らに対する容疑
を全面的に認めていない申立人に対する拷問が行われるおそれは十分にあると考えられ、申立
人をパキスタンに送還することは、拷問等禁止条約3条に違反すると一応認められる。
相手方は、JKLFのメンバーが政治的意見を理由に迫害を受けたり、特に重い処罰を受けると
考えるに足りる理由がない旨主張し、前記アセスメントを提出する。同アセスメントには、一
般論としては相手方の主張に沿った部分もあるが、必ずしもJKLFがパキスタン国内でどのよ
うな位置付けにあるかについて具体的に記載したものではないし、逆に、JKLFの情報源では、
アーサード・カシミール州の裁判所での処分の公平性は状況によるとして、裁判の公平性を疑
わせる記載もあることにかんがみれば、上記の事情のみによって、申立人の難民性を否定した
り、申立人の供述につき信用性がないものと評価するのは早計といわざるを得ない。
また、相手方は、申立人が当初の事情聴取の際に、申立人が平成7年に日本に入国しようと
して上陸を拒否されたことにつき虚偽の供述を述べるなどして、これを秘匿していたことや、
1993年の身柄拘束・拷問の事実を何ら供述していないことによれば、1993年の身柄拘束や拷
問は存在しないものであるというべきであるし、そもそも申立人の供述全体が信憑性を欠くも
のである旨主張する。さらに、1998年の集会での演説や国旗を燃やしたことにかかる一連の事
実経過に関する供述もその具体的状況について一貫性を欠き、迫害を受けたことはなかったと
評価すべきであるとも主張する。しかし、一般に難民は、身体的又は精神的に強度のショック
を受けていることが多いことから、苦痛の原因となった出来事を話すことによる感情の再体験
に強いためらいを感じることや意識的か無意識的かを問わず、過去の特定の出来事しか思い出
せないことも多く、また、日付や場所、距離、事件や重大な個人的体験までも混乱することがあ
ると認められ、体験すべてを正確に記憶していたり、表現したりしなければ信憑性がないと断
ずることはできない。また、本件においては、退去強制手続段階や難民認定手続段階の事情聴
取では、代理人が関与せずに英語の通訳人を通して行われており、申立人のような立場の者が、
取調官に対して信頼感を抱くことは容易でないことや、通訳人という第三者を通じての会話に
は意思の疎通に支障を来すことが少なくないことなどにかんがみれば、その後、申立人の信頼
を受けた代理人が十分な時間をかけて事情聴取をしたことにより新たな事実が判明したとして
も何ら不自然とはいえない。
さらに、相手方は、申立人に対する訴追は政治的意見に向けられたものではなく、政治的な
動機による行為に向けられたものであるから、これに対する刑罰が当事国の一般の法令に合致
しているのであれば、申立人は難民とはいえないものである旨主張する。確かに、相手方の主
張するところは難民の認定に当たっては慎重に判断すべき事項であるが、申立人に対する訴追
が政治的な動機に基づく行為のみに向けられたものか否かを判別するのは困難といわざるを得
ず、初期犯罪レポート(疎乙4の3)に書かれた公共施設の破壊、公務執行妨害行為等について
は、申立人自体はその関与を否定しているところであるから、現段階において、単に政治的な
動機による行為に向けられた刑罰であると断じて、申立人の難民性を否定するのは困難といわ
ざるを得ない。
さらに、相手方は、3年以上本邦に滞在していたのであるから、他国への入国許可を得るた
めに必要な措置を執るのに十分な時間的余裕を有していたことを指摘するが、不法残留である
とはいえ、その事実状態の継続が見込まれる以上、収容等を避ける意味で何ら手続を行わずに
滞在を続けることはさほど不自然なこととはいえないし、現に、申立人は、退去強制等の手続
を受ける前に自ら難民認定申請を行っているのであるから、手続の遅れのみから申立人の難民
性を否定するのは早計といわざるを得ない。
 よって、本件処分が、本件退去強制令書において申立人の送還先をパキスタンとした点で、
難民を迫害のおそれのある国に送還することを禁じた難民条約33条1項、法53条3項、拷問等
禁止条約3条のノン・ルフールマン原則に違反し取り消されるべきである旨の申立人の主張に
ついては、直ちに失当のものであるということができないのはもちろんのこと、申立人の主張
するその余の違法事由の当否は別にしても、本件処分の取消しを求める請求が第一審における
本案審理を経る余地がないほどに理由がないということはできない。確かに、相手方が申立人
の難民性について指摘した各点は、十分に検討すべき事項ではあるが、その指摘によっても現
段階において本案に理由がないと断ずることは困難で、むしろ、それらの点を含めて本案訴訟
において十分に解明すべきであって、現段階においては、本件申立てが、「本案について理由が
ないとみえるとき」に該当すると認めることはできない。
4 本件退去強制令書の収容部分について「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか
否か
 申立人が難民に該当し、申立人の送還先をパキスタンとした点でノン・ルフールマン原則に
違反するとしても、これにより取り消されるべき範囲は、本件退去強制令書のうち送還先を指
定した部分にとどまり、本件退去強制令書の収容部分については別途その適法性を考慮しなけ
ればならないとの解釈もあり得ないではない。
このような解釈は、前記1アのとおり、退去強制令書発付処分に基づく収容の趣旨及び目
的に照らして誤りというべきであるが、念のため、このような解釈を前提として、本件退去強
制令書の収容部分の適法性について別途検討する。
 難民条約は、31条2項において、締約国は、同条1項の規定に該当する難民(その生命又は
自由が同条約1条の意味において脅威にさらされていた領域から直接来た難民であって許可な
く当該締約国の領域に入国し又は許可なく当該締約国の領域内にいる者)の移動に対し必要な
制限以外の制限を科してはならない旨規定するところ、同項は、難民が正規の手続・方法で入
国することが困難である場合が多いことにかんがみ、対象者が不法入国や不法滞在であること
を前提としてもなお、移動の制限を原則として禁じているのであるから、難民に該当する可能
性がある者について、不法入国や不法滞在に該当すると疑うに足りる相当な理由があることの
みをもって、退去強制令書を発付し、収容を行うことは、難民条約31条2項に違反するといわ
ざるを得ない。そして、難民条約が国内法的効力を有することにかんがみれば、主任審査官は、
不法滞在者が難民である場合には、不法滞在のみを理由にその者の身柄を拘束することは許さ
れないのであり、その者が無期又は1年を超える懲役若しくは禁固に処せられる有罪判決を受
けるなど不法滞在以外の退去強制事由が生じた場合やその者の身柄が不安定であり移動の制限
を行わなければ第三国への出国まで難民としての在留状況の把握が困難になる等移動の制限が
必要といえる場合にはじめて退去強制令書の発付が可能となるのであるから、論理的には難民
該当性の判断を退去強制令書発付の判断に先行させる必要があるというべきであって、実務的
には、主任審査官としては、退去強制令書の発付を行うに際して、法所定の要件に加え、対象者
が難民に該当する可能性を検討し、その可能性がある場合においては、同人が難民に該当する
蓋然性の程度や同人に対し移動の制限を加えることが難民条約31条2項に照らし必要なもの
といえるか否かを検討する必要があると解すべきである。このように移動制限の必要性を難民
該当性の蓋然性との比較において検討するとの運用を行う限りにおいては、難民に該当する可
能性が否定し得ない限り一切退去強制手続における収容ができないというような硬直的な運用
を避けつつ、収容の必要性を具体的に検討した上で退去強制令書の発付とその収容部分の執行
をすべきこととなり、まさに難民条約の要請するところに合致する運用が可能となるというべ
きである。
 前記3の事実によれば、申立人はパキスタンから直接入国したものではなく、難民条約31
条2項が同条1項に規定する「その生命又は自由が第1条の意味において脅威にさらされてい
た領域から直接来た難民」を対象としていることから、申立人がこれに該当するか否かについ
て検討する。
難民条約31条2項が同条の適用を受ける難民を脅威にさらされていた領域から直接来た者
に限った趣旨は、同条が不法入国や不法滞在といった違法な行為をした者については、その脅
威を逃れてから遅滞なく所定の手続をした場合に救済を施し、反面、他国に一時定住した者が
むやみに入国し、不法入国や不法滞在による不利益を免れることを防ぐことであるから、形式
的に脅威を受ける地域から直接入国することが必ずしも必要というわけではなく、脅威を免れ
るために領域を逃れる一連の移動をして締約国に入国した場合、仮にその移動の過程の中で第
三国を経由して来たとしても、同条にいう直接来た難民であると評価し得ると解すべきであ
る。
これを本件についてみると、申立人は脅威にさらされていた領域であるパキスタンにおい
て、既にしかるべき庇護国へ渡航しようと考え、その第一段階としてケニア共和国に向かった
にすぎず、同国で庇護を受ける意思はなく、現に、そこで3ヶ月あまり滞在した後シンガポー
ルを経由して本邦に入国したものであり、パキスタン出国の当初から日本に到着するまで一連
の移動と評価できるものであって、ケニア、シンガポールは単なる経由地と評価すべきもので
あるから、これらの国々を経由したことによって、直接性が否定されるものではない。
 前記3のとおり、申立人は難民としての保護を受けるべき地位にあると一応認められると
ころ、本件退去強制令書の発付に当たって、その執行が、難民条約31条2項所定の必要な移動
の制限といえるかについて検討する必要があることとなる。そこで、本件における収容の必要
性について検討する。
本件において、申立人は、本邦での不法残留者であり、独身であって本邦に家族等はいない
ものであるし、入国後1つの住居に定住することなく群馬県館林市、長野県、現在の東京都清
瀬市と転居していることが認められ、この点のみに着目すると、難民認定手続や後に退去強制
手続を行うこととなった場合に、確実に出頭が確保できるか否かについて疑問が生じないでも
ない状態であったということができる。しかし、相手方がこのような事情を考慮して本件処分
をしたものであることは何らうかがわれない。
他方、申立人が上記のように転居したのは、仕事の状況等やむを得ない事情によるものと認
められるし、申立人は、平成12年1月13日に自ら難民認定申請を行い(不法残留等により立件
され収容等を受けた後に申請を行ったものではない。)、同年3月8日には自ら出頭し事情聴取
を受けており、その後も同年7月28日、同年9月5日、同年11月6日に退去強制手続のため出
頭し、また、同年8月11日、同月24日には難民認定申請の事情聴取に出頭しており、その後同
人の身柄が不安定になったと認めるに足りる事情の変化が生じたとはいえないのであって、申
立人につき、本件処分の当時において収容に及ばなければ、出頭の確保や公共の福祉の観点で
具体的な困難や不安が生じていたとまでは認められない。むしろ、申立人については、カトリ
ック清瀬教会の司祭、同潮見教会の司祭及び元の勤務先の上司であるCの計3名が身元引受書
の提出をし、身元引受人が入国管理局等から定められた制限を申立人が遵守をするように監督
し、申立人が裁判所や入管から出頭要請を受けた場合に申立人を出頭させることを誓約してお
り、また、Cにおいて、監督の必要があれば自らの勤務先の寮において同居する可能性を示唆
しており、このような場合に、前記3のとおり難民としての保護を受けるべき地位を有する
と一応認められる申立人につき、退去強制令書の発付及びその収容部分の執行という方法を用
いてまで移動の制限の必要性があったとは認め難い。
 以上によると、本件における収容は、入国審査官が本来検討しなければならない要件につい
ての検討を欠いてされた蓋然性が高い上、これを検討したとしても、本件退去強制令書の収容
部分については、送還部分とは別の理由で、難民条約31条2項に反する違法なものとなる可能
性が十分存するから、行政事件訴訟法25条3項の「本案について理由がないとみえるとき」に
は該当しない。
なお、申立人が我が国に既に4年近く在留していることからすると、難民条約31条2項にい
う期間の猶予は既に与えられたとの見方もできないではないが、反面、近時、先進諸国におい
ては安全な第三国に相当期間在留した難民はもはや難民として受け入れないとの取扱が定着し
ており、しかも、我が国が難民の受け入れに消極的であることについて声高な非難がされてい
ることは、当裁判所に顕著な事実であり、これらのことからすると、申立人が難民であるとす
ると、パキスタンへの送還ができないばかりか、第三国での受け入れも期待できないことから、
結局、送還の見込みが立たない状況にあると考えられる。そうであるとすると、申立人を収容
することは、送還の見込みがないまま収容のみを継続することを意味し、送還に備えるものと
の収容の法的性質からしても、人道上の見地からも到底許されない違法なものといわざるを得
ない。
5 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(行政事件訴訟法25条3項)に該当する
かどうかについて
相手方は、退去強制令書の収容部分の執行停止につき、退去強制令書の発付された外国人に対
して、収容部分の執行を停止することになれば、適法に入国・在留している外国人ですら、法に
より在留資格及び在留期間の点で管理を受け、法54条が定める仮放免についても、保証金の納付
等の相当程度の制約が存するのに比し、違法に在留する外国人についてはそのような規制を受け
ることがなく、全く放任状態のまま司法機関によって公認された形で在留させる結果となるが、
このことは、裁判所が強制処分に積極的に干渉して、仮の地位を定める結果を招来し、行政事件
訴訟法44条の趣旨に反し三権分立の建前にも反するばかりか、法の定める外国人管理の基本的支
柱たる在留資格制度(法19条1項)を著しく混乱させるものであるし、仮放免における保証金納
付等に対応する措置を採り得ないことから、逃亡防止を担保する一切の手段がないままに逃亡に
より退去強制令書の執行を不能にする事態が出現することも十分に予想されるところであり、か
かる在留形態の存在は、在留資格制度を根幹として在留外国人の処遇を行っている法上からは到
底容認し得ないもので、出入国管理に関する法体系を著しく乱すこととなるものといわざるを得
ず、特に、申立人は、不法入国者であり、在留資格を有していない者であるところ、いったん収容
の執行停止によって放免されるや否や、前述のとおり法上、何らの規制を受けずして本邦に在留
し得ることとなるのは、何ら在留資格を有しない者に対し実質上在留活動を許容する仮の地位を
与えたことと何ら異なるところがなく許されない旨主張し、また、送還部分の執行停止について
は、本案訴訟の係属している期間中、申立人のような法違反者の送還を長期にわたって不可能に
することになり、出入国管理行政の長期間停滞をもたらすことになる旨主張し、このような事態
を招く退去強制令書の執行の停止は、本件と同様に在留期間を経過して不法に残留し、退去強制
処分に付されるやこれを免れるために訴えを起こすという濫訴を誘発し助長するものであるか
ら、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。
しかし、本件執行停止の可否は、前記1ないし4で説示したとおり、行政事件訴訟法25条所定
の要件の存在を判断した上でされるものであり、同条2項によって執行停止の申立てを却下する
ためには、当該処分の執行を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある
ことが具体的に認められなければならないところ、相手方が主張するところは、いずれも退去強
制令書の執行停止による一般的な影響をいうものであって具体性がなく、主張自体失当であっ
て、本件において、本件退去強制令書に基づく執行を停止すると公共の福祉に重大な影響を及ぼ
すおそれがあるとの事情をうかがわせる疎明はない。
また、難民条約31条2項は、不法滞在している難民についても、締約国は当該難民に第三国へ
の入国許可を得るために妥当と認められる期間の猶予及びこのために必要なすべての便宜を与え
ることとしているが、我が国においては、このような不法滞在している難民が第三国へ出国する
までの間、当該難民に生活上の支援を与える旨の法制度は整備されていないのであるから、当該
難民は第三国に出国し得る状況となるまでの間自ら生計を立てるために活動せざるを得ない立場
に置かれているのであり、このような観点からすると、申立人が難民としての保護を受けるべき
地位にあると一応認められる以上、本件執行停止決定により、在留活動を許容する仮の地位を与
えるのと異ならない状態が生ずることもやむを得ないことというべきである。
6 結論
よって、本件申立ては理由があるからこれを認容し、申立費用の負担について、行政事件訴訟
法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。

出入国管理及び難民認定法違反被告事件
平成14年(わ)第225号
広島地方裁判所刑事第2部(裁判官:小西秀宣)
平成14年6月20日
判決
主 文
被告人に対し刑を免除する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、アフガニスタンの国籍を有する外国人であるところ、有効な旅券又は乗員手帳を所持し
ないで、平成13年6月10日、アラブ首長国連邦から大韓民国を経由して航空機で福岡市○○区○○所
在の福岡空港に到着して本邦に不法に入国し、同所に上陸した後、引き続き同14年2月27日まで山口
県内等に居住するなどして本邦に不法に在留したものである。
(証拠の標目)
《省略》
(法令の適用)
《省略》
(刑を免除した理由)
1 当裁判所は、弁護人の主張を入れ、出入国管理及び難民認定法(以下、単に「法」という。)70条の
2を適用して、被告人に対して刑を免除することとしたので、以下、その理由を説明する。
まず、前記各証拠のほか、《省略》によれば、以下の事実を認めることができる。
 被告人は、1972年、アフガニスタンの《地名略》県で出生したハザラ族(以下、「ハザラ人」と
もいう。)であり、イスラム教シーア派に属するアフガニスタン人である。
ハザラ族は、アフガニスタンにおける少数民族であり、宗教的にも少数派であるシーア派であ
って、民族的及び宗教的に多数派であるスンニ派のパシュトゥン人とは民族的、宗教的に対立関
係にあり、また後述の内戦後は、同じくスンニ派のタジク人とも対立関係にあると考えられる。
また、ハザラ人は、アフガニスタン国内で経済的に最も困窮している部族であると言われている。
 被告人は、1991年にA大学経済学部を卒業後、1992年にハザラ族シーア派の政治団体である
イスラム統一党(ヘズベ・ワフダッテ・エスラーミー)に入党して文化委員会に所属し、主とし
て通訳や広報関係の活動を行っていた。
また、1992年、ナジブラ政権が崩壊してアフガニスタンが内戦状態になった後、カブール市西
部のコテサンギやアフシャールにおいて、パシュトゥン人勢力であるタリバンやタジク人のグル
ープがハザラ人に対して軍事攻撃を行った際には、被告人は、これに対抗するための軍事活動に
も従事したが、1995年3月、タジク人グループがカブール市西部のデフマザングからカルテセー
に向けて、ハザラ人に対する軍事攻撃を行った際、カブールから逃走することを余儀なくされ、
パキスタンのペシャワールに逃れた。
その後、被告人は、安全にアフガニスタンに入出国することができなくなった。
 他方、被告人は、1994年に自動車中古部品の売買を業とするBに雇用され、カブールとパキス
タンのペシャワールを往来して自動車中古部品売買の仕事をするとともに、イスラム統一党の活
動も行っていた。
そして、上記のように1995年にペシャワールに逃れた後は、ペシャワールに居住して、Bの業
務に従事するとともに、イスラム統一党の活動も行っていた。また、被告人は、1996年に結婚し、
1男1女をもうけている。
1997年には、上記Bの経営者が、アラブ首長国連邦(U.A.E、以下「UAE」という。)にC中古自
動車部品貿易会社(以下、「C社」という。)を設立したため、被告人も同国のシャージャに居住し
て同社の仕事をするようになり、妻子は、アフガニスタン北部のマザリシャリフで被告人の両親
と同居するようになった。なお、C社は、2001年1月にD自動車中古部品貿易会社(以下、「D社」
という。)と改称された。
また、被告人は、B等のために、1995年(平成7年)から2000年(平成12年)まで、8回にわたり、
我が国に適法に入国して、自動車中古部品の買付けや輸出等の業務を行うとともに、シンガポー
ルや韓国にも渡航して、同様の業務を行ってきた。なお、被告人は、英語に通じ、日本語で日常的
な会話をすることができる。
 1995年3月のカブール市西部における戦闘の後、被告人の両親及び弟はアフガニスタン北部
のマザリシャリフに逃れていたが、1998年8月にマザリシャリフがパシュトゥン人勢力である
タリバンによって征服された際には、ハザラ人多数が殺害されたと言われており、被告人の弟も
その際死亡したものと思われ、消息が不明となっている。被告人の両親や被告人の妻子は、その
後アフガニスタン東部の《地名略》県に逃れた。
そして1999年に被告人は、《地名略》県の両親のもとにいた妻子をUAEのシャージャに連れ帰
った。
 2001年4月7日ころ、被告人は、《地名略》県の両親に会うため、UAEからパキスタンのペシャ
ワールに赴き、更にアフガニスタンに入国したが、アフガニスタン国内のおじ宅に寄ったところ、
おばから、タリバンが被告人を逮捕するために、《地名略》県の被告人の両親宅にやってきたとこ
ろ、被告人が見つからないので、代わりに父を逮捕して行ったことを聞き、身の危険を感じて直
ちにペシャワールに戻った。
そして被告人は、日本に亡命することを決意し、ペシャワールでおじに密航ブローカーを紹介
してもらい、UAEのシャージャでその準備が整うのを待っていた。また、妻子は《地名略》県の母
の元に戻らせるため、パキスタンに赴かせた。
 他方、被告人は、1999年(平成11年)ころから、C社の業務として、山口県にある中古自動車部
品の売買等を業とする有限会社E工業所(以下、「E工業所」という。)と取引をするようになり、
また2000年(平成12年)7月18日には、被告人が取締役となって、広島県《住所略》に本店を置
くF有限会社(以下、「F社」という。)の設立登記をした。
そして、被告人はE工業所の信用を得るようになり、2000年(平成12年)9月には、E工業所
を連帯保証人として、山口県《住所略》にある工場(以下、「G工場」という。)をF社名義で借り
受け、その一部をE工業所が使用することとなった。また、そのころ、被告人は、E工業所の専務
取締役であるHから、同社で働かないかと誘いを受け、上記Hは同年11月ころ、UAEに渡航して
ドバイのD社を訪れ、同社の経営者との間で、E工業所が被告人を雇用する旨の取決めをした。
Hは、日本に帰った後、同年12月1日に、E工業所の従業員を被告人の代理人として広島入国
管理局岩国出張所に法7条の2に基づく被告人の在留資格認定証明書交付申請を行ったが、この
申請に対する判断がなかなか出なかった(同交付申請に対しては、翌年6月19日付けで不交付通
知書が発出されている。)ため、被告人に対して、ドバイの日本総領事に対して短期ビザを申請す
るように指示し、被告人は、2001年(平成13年)4月14日、ドバイの日本総領事に対して査証発
給申請を行った。しかし、この申請に対する判断もすぐには出なかった(この申請については同
年10月2日に外務本省からドバイ総領事に対して査証発給を拒否する旨の指示が発出されてい
る。)。
 そして、同年5月になって、前記密航ブローカーから被告人に連絡があり、被告人は、5月30
日にUAEのドバイから出国し、香港経由で6月1日に大韓民国のソウルに入国し、更にプサンに
行き、6月10日、プサンから航空機で福岡空港に到着し、オランダ国籍の「I」という偽名の偽造
旅券によって本邦に入国した。
本邦入国後、被告人は、G工場に居住し、E工業所の関係者には、短期ビザで入国したと偽って、
従前同様、D社のために自動車部品の買付けや輸出等を行っていた。
 被告人は、同年6月下旬ころには、Hから、前記在留資格証明書不交付通知がなされたことを
知った。Hは、上記不交付通知の理由が、被告人のUAEにおける住居が不安定なためであると聞
き、D社から被告人についての証明書等を、また在東京のUAE大使館から被告人の同国における
在住許可証についての証明書を取寄せる等して、同年8月6日、再度、被告人の代理人として広
島入国管理局に在留資格認定証明書交付申請を行ったが、これについては同年10月10日付けで
不交付通知書が発出されている。
 被告人は、上記在留資格証明書の発給がなされないため、難民認定申請をすることを決意し、
難民の支援活動をしている大阪のカトリック教会に相談し、福岡のカトリック教会の紹介を受
け、その関係者の協力の下に、同年9月12日、福岡入国管理局に対して、難民認定申請を行った。
もっとも、被告人は、この申請をするに当たっては、「J」という偽名を名乗り、また上陸年月日
は平成13年8月22日である旨偽っており、またタリバンの発行した「J」に対する拘束令状の写
しを提出している。
その後、被告人は、9月23日に大阪のカトリック教会に電話し、同教会で難民支援活動をして
いるKに対し、福岡において偽名で難民認定申請をしていることを打ち明けて相談した結果、大
阪において本名で難民認定申請をすることとし、Kの勧めに従って、同年11月7日に至り、大阪
入国管理局に対して、本名で難民認定申請を行った。もっとも、この申請においても、被告人は、
ペシャワールから韓国経由で同年8月22日に船舶で横浜港に上陸した旨、入国日及びその経路を
偽っている。なお、この申請に対しては、平成14年2月27日付けで不認定通知書が発出されてい
る。
また、この申請の際に、被告人は入管当局に対して、福岡において偽名で難民認定申請をして
いることを告げ、同申請を取り下げている。
2 以上の事実関係を元に、まず被告人の難民該当性及び難民であることと不法入国・不法在留との
因果関係について検討するに、前記のとおり、被告人は、ハザラ族シーア派のアフガニスタン人で
あり、ハザラ族は、民族的にも宗教的にも少数派であって、民族的かつ宗教的に多数派であるシー
ア派のパシュトゥン人とは対立関係にあり、1992年以降のアフガニスタンにおける内戦において、
ハザラ人はパシュトゥン人やタジク人のグループから軍事攻撃を受けており、ハザラ人がアフガニ
スタンにおいて迫害されるおそれのある状態であったことは、明らかというべきである。
そして、被告人の公判供述や手紙によれば、前記のとおり、被告人は、ハザラ人の政治団体である
イスラム統一党の党員であり、1992年以降のアフガニスタン内戦において、ハザラ人がパシュトゥ
ン人やタジク人のグループから軍事攻撃を受けた際、これに対抗するための軍事活動に従事してい
るため、両グループから迫害されるおそれがあったものであり、かつ、現にパシュトゥン人勢力で
あるタリバンが被告人を逮捕しようとしていたことが認められる。
なお、検察官は、以上のような被告人の供述の信用性を争うのであるが、被告人の供述は、詳細か
つ具体的であり、内容もほぼ一貫していて格別不自然なところはなく、また、被告人がイスラム統
一党員であったことを示す特別身分証明書の存在も窺われるところであって、信用することができ
るものである。
そして、被告人が今回、不法入国及び不法在留をした動機についてみるに、前記認定事実及び被
告人の公判供述によれば、被告人は、2000年(平成12年)11月には、D社からE工業所に転籍して
雇用されることになり、E工業所の関係者を介して来日のための在留資格認定証明書交付申請を行
っていたのであるが、その後2001年4月に、タリバンが被告人を逮捕するために捜索していること
を聞いて、タリバンの影響力の強いパキスタン及びUAEから亡命することを決意するとともに、亡
命先として日本を選択したものと認められる。
なお、被告人が亡命先として日本を選択したことについては、前記のように、これまで来日経験
があり、日常的な会話能力があることのほか、E工業所に雇用されることが決まっていて、日本で
就業できるということも、その動機の一つであることは明らかであるが、他方で、被告人が、本国で
あるアフガニスタン並びに本国を支配していたタリバンの影響力の強いパキスタン及びUAEで迫
害されるおそれがあるために、日本への亡命を決意したという動機も認められるのであって、就業
という動機が並存しているからといって、これが亡命の意思を認めることの妨げになるものとはい
えない。
また、前記認定のとおり、被告人は、本邦に入国した後も、E工業所の関係者を介して在留資格認
定証明書の交付申請を行っていて、直ちに難民認定申請を行っておらず、また自動車部品の買付け
等の営業活動を行っている。この点について被告人は、在留資格認定証明書が交付されれば、不法
に入国していても日本での滞在が合法的になると思ったからであり、営業活動を行っていたのは、
生活するためであると述べるところ、日本での滞在が合法的になると思ったとの点は、容易には理
解し難いところではあるが、被告人は、これまで8回にわたり適法に入国して自動車部品の買付け
等を行っているのであるし、関係証拠(省略)によれば、今回の入国後も、被告人は、自己が取締役
になっているF社名義や被告人名義の銀行口座を利用し、またE工業所や他の取引先とも本名で取
引を行い、G工場に居住しており、ことさら自己の所在を隠したり、氏名を偽ったりはしていない
ことが認められるのであって、そのような事実からすれば、被告人が不法在留のまま営業活動を継
続しようとしていたものとは考えられず、上記のような、やや不可解な供述内容も、不法入国・不
法在留をしている被告人の、自己の立場を少しでも有利にしておきたいという心情の表れとして理
解できないものではないというべきである。
さらに、前記認定のとおり、被告人は、入国日及び入国経路を偽って難民認定を申請しているの
であるが、被告人の供述によれば、入国日を偽った点については、難民認定を受けるためには、本
法に上陸した日から60日以内にその申請をしなければならないと聞いていたからであり、入国経路
を偽っていた点については、危険な地域から直接来たという話をしなければ難民認定に不利である
と思ったからであり、また前記密航ブローカーから、難民認定を受けるためには、空路で入国した
のではなく、海路で入国したと申請した方が有利である旨聞かされていたからであると述べるとこ
ろ、この点も、被告人の前記のような境遇や心情からすれば、理解できないものではなく、これが難
民該当性や前記因果関係を認定することの妨げになるものとはいえない。
以上のとおり、被告人は、人種ないし特定の社会的集団の構成員であること及び政治的意見を理
由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国であるアフガ
ニスタンの外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができなかったものであり、かつ
そのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないものであって、法2条3
号の2にいう難民であると認められるとともに、被告人は、前記おそれがあることにより、本邦に
不法に入国し、かつ不法に在留したものといえる。
3 次に、被告人が、生命、身体又は身体の自由が害されるおそれのある領域から直接本邦に入った
といえるかどうかについて検討するに、国連難民高等弁務官事務所の1999年のガイドラインの難
民の地位に関する条約31条についての解釈をも参考にすると、法70条の2第2号にいう「直接本邦
に入った」とは、出身国から、あるいは庇護希望者の保護、安全や安定が保証されないかも知れな
い他国から直接本邦に入った場合であって、庇護申請をせず、あるいは庇護を受けることなく短期
間で中継国を通過した場合を含むと解すべきである。そして、前記のとおり、被告人は、2001年4
月7日ころ、アフガニスタンからパキスタンを経由していったん当時の居住国であるUAEに戻り、
5月30日にUAEのドバイから出国し、香港経由で6月1日に大韓民国のソウルに入国し、6月10
日、プサンから航空機で福岡空港に到着して本邦に入っているのであるが、パキスタン及びUAEが
当時アフガニスタンの国土のほとんどを支配していたタリバン政権を政府として承認していたこと
は、関係証拠(省略)によって明らかであって、以上の事実関係からすれば、UAEにおいても被告人
が逮捕されるおそれはあったものといえ、かつ、香港及び大韓民国を経由したのは、短期間で中継
国を通過した場合に当たるといえるから、被告人は、前記おそれのある領域から、直接本邦に入っ
たということができる。
4 さらに、被告人が、本邦に不法に入国し、不法に在留した後、遅滞なく入国審査官の面前で難民で
あること等、法70条の2各号の事由に該当することの申出をしたといえるかどうかについて検討す
るに、前記認定のとおり、被告人は、平成13年(2001年)6月10日に本邦に不法に入国し、不法に
在留するに至ったものであるが、難民認定申請を行ったのは、同年11月7日であり(9月12日の福
岡入国管理局に対する偽名での難民認定申請は、同号の申出に当たるとはいえない。)、不法入国後、
難民認定申請までに約5か月を経過していることが明らかである。
しかしながら、その経緯は前記認定のとおりであって、9月下旬に大阪のカトリック教会のKに
相談するまでの約3か月間の期間のほとんどは、Hに依頼していた在留資格認定証明書交付申請の
返事を待っていたものといえ、その心情が理解できないものではないことは、前記のとおりであり、
その後11月7日まで難民認定申請をしなかったのは、Kらの勧めによるものであると認められると
ころ、被告人の難民としての立場や心情等にかんがみると、以上の程度の期間を要したとはいえ、
被告人の難民認定申請は、法70条の2にいう「遅滞なく」なされたものというべきである。
なお、被告人が、上記難民認定申請の際に入国日及び入国経路を偽っていたことは前記のとおり
であるが、難民であることやその原因など、その他の点では被告人は事実を申告しており、入国日
や経路の偽りも、前者については約2か月の差にとどまり、後者についてもUAEでの2か月弱の滞
在を申告しなかったにとどまるもので、そのような偽りを申告した動機をも併せ考えると、この点
が上記認定の妨げになるものとはいえない。
5 以上の次第で、被告人については、法70条の2の各号に該当することの証明があり、かつ、不法
入国・不法在留の後、遅滞なく入国審査官に対して法70条の2の各号に該当することの申出をした
ということができるので、被告人に対しては、その刑を免除することとした。
(求刑懲役1年6か月)

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